oboe 小鳥遊 京香
「京香も女バス入るよね?」
「え?」
入学して少したったある日、同じグループの由美子が言った。
「だからさ、京香も女バスだよね?みんな女バス入るって言ってるし」
「わ、私は、吹部に」
「えー? なんで? あんなの座って吹いてるだけじゃん。絶対バスケの方がいーよー」
由美子は、昔からバスケをやっているからそう思っているのだろう。
昨日、由美子たちとバスケ部の体験行ったけど、失敗ばっかり。先輩も私のこと下手すぎると思ってるみたい。そんなので続けられるかなぁ。
まだ先のことだから、ぼんやり考えてた。
「あ! やっば! 今日塾なんだよね! 体験いけないわー。ごめん京香。1人で行ってー」
「あー、わかった」
「ごめん」
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放課後。
【バスケ部!初心者でも大歓迎です!!】
体育館の前に貼られた画用紙を見つめる。
描かれているバスケットボールが、なんだか恐ろしく思った。
やっぱり吹部に入りたい。
バスケなんて私には続けられそうにないから。
と、音楽室へ走った。
音楽室に近づくにつれ、楽器の音が大きくなる。
ガラッ。
ドアを開けると、沢山の知らない楽器があった。
その中で、1人だけ違う楽器を吹いている先輩がいた。3年生だった。黒で、なんかカッコいい。
クラリネット?てゆー楽器に似てる。
「あれ? 知らない子だな。吹部の体験入部は初めてかな?」
金色の楽器を持った先輩が聞いてきた。
あれの名前は、確かサックスだ。
サックスは私にもわかる。
「は、はい。小鳥遊 京香です」
「京香ちゃんね。おっけー。初心者だよね?」
「あ、はい」
「じゃあこの中からどの楽器やりたいか選んでねー」
先輩は私にピンクの紙を渡した。
その中には、手描きのイラストで楽器の名前も乗っていた。
さっきの先輩が吹いてたのはクラリネット…じゃなくて!
───オーボエ。
なんだか変な名前だ。そう思った。
「あの! 私、オーボエやってみたいです!」
と、その先輩に言うと、彼女は驚いたように目を見開いた。
「オーボエやりたいの!? なんかめずらしーね」
と、私をオーボエを吹いている先輩のところへ連れて行ってくれた。
「ねえ、この子、京香ちゃん。オーボエやりたいんだって」
「あら、珍しいね。ごめんね、オーボエやりたいって言う子がなかなかいないから、今日は楽器出してなかったの。そこで座って待ってて」
「はい」
その先輩は、大人っぽい笑みをして楽器庫へ向かった。
「はい。持ち方とかわかる?」
「こうですか?」
「そうそう。これはね、リードって言うんだけど……」
オーボエを教えてくれた先輩は、なんだか嬉しそうだった。
やっぱり、オーボエってすごい綺麗な音だなぁ。
私も、オーボエやりたいなぁ。
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「おはよー!」
「おはよ」
由美子が来た。
やっぱり言おう。私、吹部入りたいって。
「由美子、あのね」
「昨日、女バス行ってなかったでしょ」
「え、なんで」
なんでわかったの?
「ユリちゃんから聞いたよ。そんなに吹部に入りたいの?」
「え、えと」
なぜか素直にうん、と言えない。
「いーよ。私も京香に女バス無理やり入って欲しくないし。頑張りなよ」
「え、いーの!?」
「うん」
と、彼女は私の肩を叩いた。
「うん、うん! ありがとう! 由美子もバスケ頑張ってね!」
「おうよ!」
と、ハイタッチをした。
2年後。
「チューニングしまーす!」
「「はい!」」
♪──────。
倍音がうっすらと聴こえる。
3年生になった今、チューニングは私が最初に吹く。
これは結構プレッシャーがかかる。
私が音をはずせば、みんな音をはずすことになるから。
でも、これがもしかしたらみんなをリラックスさせることになるかもしれない。
本番直前のリハーサル、私のいつものチューニングで、緊張しているみんなをほぐさせてあげたい。
去年とは違う、成長した私のソロを聞いてほしい。
私のソロで、みんなを関西に導く。
引退する時に、後悔することがないように。