★ギルドメンバー 1
大いに盛り上がった公式イベントが終わって、僕が最初にログイン出来たのはイベント終了の六日後の事だった。
その間五日ログイン出来なかった主な理由としては、プライベートの方が忙しく、ある程度まとまったログイン時間が取れなかったからだ。まぁ、プライベートが忙しいと言っても中高生特有のデートとか恋愛関係では無く、溜まりに溜まっていた家事関連である。ただでさえ、僕の片割れは頼りにならないのに、それに輪をかけて家事とは無縁の幼馴染みが我が物顔で入り浸っているのだから…
そんなこんなを乗り越えて。久々にログインした僕が最初にやるべき事はただ一つ。ホームで紅茶を楽しむ事だ。
実際に、この数日間はこの時間を過ごす事だけが楽しみだった。家で飲む紅茶も様々な茶葉を揃えているので当然美味しいのだが、苦労して手に入れた自分の城で飲む紅茶は別格だからな。
『う~ん、本当に旨いな』
アキラの方も部活が忙しく、ログイン出来るのが夜になるそうなので、今日はこの前のイベントで上限まで成長したジョブの変更やスキルの進化やその慣らし運転に時間を取る予定にしている。
『えっと…』
上限まで成長しているのは…
《銃士》Lv60※上限
《短銃》Lv60※上限
《探索》Lv50※上限
『…の三つか』
ジョブの《銃士》は、上限まで成長させる事で中級クラスのジョブが新しく現れている。《双銃士》、念願だった二丁持ちでの攻撃が出来るように成るらしい。これが分かった時、僕はどんなに喜んだ事だろう。はたして、《銃士》以外のプレイヤーに想像出来る事なのだろうか?
だから、ジョブの選択に問題は無い。問題なのは、《短銃》と《探索》に派生スキルや進化スキルが複数有る事だ。派生先や進化先が複数有るのにも拘わらず、SPの方は都合良くそんなに多くは残らない。
ここで、ジョブチェンジについて少しだけ説明しようと思う。
ジョブチェンジは、新たなスキルを取得する時と同じようにSPを消費して変更する事になる。これついての公式な発表では、スキルを取得する為に、そのベースとなるジョブを取得しないといけない事が関係しているかららしい。ジョブチェンジなのに必要なポイントがスキルポイントと言う名前なのは少し変な感じがするかも知れないが、そう言う仕様なのだと理解して頂きたい。
基本的なジョブチェンジは、下級クラスから下級クラス等、同級同士への変更は10Pで済むのだが、下級クラスから中級クラスは20P、中級クラスから上級クラスへは30Pが必要になってくる。他にも特殊なジョブに変更する場合は、さらなるSPの追加が必要になるらしい。こちらの方はプレイを続ければ分かってくる事だろう。
『う~ん…』
今後の事を考えると、どっかでまとめてSPを貯めておく必要が有りそうだ。まぁ、今は特に気にせずに使っちゃうんだけど。
現在のSPが42P。《双銃士》へのジョブチェンジに20Pを使う予定なので、残るのSPは22P。
僕が迷っている《短銃》の候補は、スキルレベル40以上かつ魔銃系統武器の所持が派生条件の《魔銃》必要SP15と上限まで成長させる事が進化条件の《短銃技》必要SP10の二種類。
《探索》の候補は、上限まで成長させる事が条件の《見破》必要SP10と《索敵》必要SP10と《隠密》必要SP20の三種類。
《見破》は、ステータスや弱点属性、急所を見る事が出来るようになるが《探索》系スキルの命とも言えるサーチ効果が無くなるらしい。
《索敵》は、単純に《探索》の強化版のようだな。
《隠密》は、《探索》効果の範囲が狭くなるけど、魔物には見付かりにくくなる効果を得るみたいだ。
それとは別に不確定な利点(になるのか?)らしき物も有る。《隠密》スキルには、まだ発見されていないジョブ《忍者》になる為の条件の一つでは…とか言われているらしく、かなりの人気を見せているんだよな。
僕的に《魔銃》の取得は、取得条件的にも今の僕が取得出来るのも偶然だと思っているので出来る事なら取得したいのだが、それを取得すると他のスキルが残りSP的に取得出来なくなる。全くもって悩ましい事態だな。
しばらく悩んだ結果、取り敢えずは《魔銃》を取得して、その他のスキルはスキルレベルを上げてから取得する事にした。しばらくの間は、我慢する事で多少のストレスを感じる事になると思うけど、結果的には一番ストレス感じなくて済む気がする。欲しいスキルを選ばなかった場合は、後悔しか出来ないからな。まぁ、あとで悔やむから後悔になるんだけど。
まずは、一番大事なジョブチェンジの為に神殿を目指す。トリプルオーのジョブチェンジは神殿の受付でジョブチェンジの届け出を提出すると言う、現実世界で役場に申請をするような感じになっている。この辺りは全くファンタジーじゃない。しかも、リアルに受付の順番や発行を待つ時間まで有った。これには、超が付く程の現実的でドン引きしていた僕がいた。まぁ、周りにいた他のプレイヤー達も同様にだけど…
まぁ、これで今日からは《双銃士》だ。手に持って確認してみると、ちゃんと銃の二丁同時期持ちも出来る。ちょっと感動だな。続いて、メニュー画面から《魔銃》スキルを取得…
『マジか!?』
ここで、僕にとって完全に予定外な事が起り、周囲にいる人の事を全く気にせず大声を上げてしまった。
それは、《短銃》スキルの進化先に新たに《双銃》と言うスキルが現れていたからだ。必要SPは5P。必要SPは低いのだが、《双銃士》にジョブチェンジをしないと取得出来ない事を考えると他のスキルよりも消費SPは高いのかも知れないよな。まぁ、この辺りがSPでジョブチェンジをする事に繋がるんだろうな。
…だが、これで迷いは一切無くなったのも事実。これはさっきまでの考えを否定する事にも繋がるのだけど…まずは《魔銃》を派生で取得して、そのあとで《短銃》を《双銃》に進化させる。
この結果、《短銃》系統のアーツを多く覚える《短銃技》は完全に諦める事になるのだけど一切不満は無い。そして、《探索》の方は予定通りSPが貯まってから進化させる事にする。直接、戦闘との関わりが低いので、あとに回しても問題は無いだろう。それに、今は《探索》状態のままでも困ってないのだから。
新ジョブと新スキルを取得した僕は、早速慣らし運転の為に街の外へと向かった。場所は湖近辺で、相手はホワイトタイガやリザード系。湖に近寄り過ぎなければ、ソロでも狩りやすい場所と魔物だからな。まぁ、狩りを始める前には多少の練習が必要になるだろうけど。
どう考えても、始めは【魔銃】オンリーだよな。近くの適当な木を目掛けて軽くトリガーを引くと、まるで弱い魔法を使ったような消耗感だけが手元に残り、目の前の適当な木を軽く傷付けた魔力の弾丸が飛び出た。まぁ、実際に消耗感だけじゃなくてMPも減っているのだけど。
消費具合は魔力の弾丸十発で〈ウインドカッター〉一発分くらいか?これなら意外と消費は良いかも知れないな。連続して射撃を続けながら一人で納得していく。
しかも、嬉しい事に今までと違って距離が離れていても威力が減少する事はなさそうだ。これはかなり嬉しい仕様だよな。射程の方は約二十メートル。銃弾を使用した時の射程が二十五メートルと言う事を考えると少し短い気もするが、そんなに長い距離で最初から使う予定はないので十分だよな。
しかし、当然の事だがメリットだけが有る訳ではない。【魔銃】では銃弾を反射させて攻撃するアーツの〈跳弾〉と距離によって攻撃力が依存するアーツの〈零距離射撃〉は全く効果が無かった。〈曲射〉と〈必射〉は普通に効果が有るところをみると、アーツの性能に依存するみたいだな。詳細な仕様が知りたいのだが、そもそも銃を使うプレイヤーが少なく検証が難しいからな。こう言う時に、まじまじと不遇職って感じるんだよな。
『うん!?』
そう言えば、銃は銃でも《付与銃》の扱いは、どうなるんだ?まぁ、僕の場合は実際に試してみれば分かる事だけど…
『…これは良いのか?』
試してみた結論から言うと《付与銃》は使える。しかも、消費は《付与魔法》と変わらないのにも関わらず、魔法自体の射程がさっき試した通常攻撃の約二十メートルの射撃範囲よりも大きく延びている。【魔銃】って《付与銃》と相性が良過ぎないかな?もう《付与銃》専用の銃でも良いんじゃないかと僕は思うよ。
さらに、何度か試してみて分かった事が有る。それは【魔銃】から放たれる光弾の色で付与の種類までが判るようになった事だ。さすがに上昇系か減少系かは分からなかったけど便利には違いないだろう。まさに至れり尽くせりだ。
ちなみに、【魔銃】の通常弾は白く輝く光弾になっている。真っ黒な僕から真っ白い光弾が発せられるのは、若干の違和感も有るけど、分かりやすいのでOKかな。
続けて二丁持ちでの射撃を試してみた。
こちらは、今までと違って左右等の多方向への同時撃ちが可能になっており、今まで以上に遠距離からの立体的な攻撃が可能になった。
だが、一番大きかったのは、おそらく二丁合わせて二十連射まで出来た事だろうな。今までは弾切れの銃を別の銃に持ち変えたり、間にマガジンのリロードを挟まないとマガジンの限界である十連射までしか出来なかった。なので、二丁持ちが出来る事によって、二十連射が出来るなら捌ける範囲や選択出来る行動も格段に広がるだろう。
当然、【魔銃】と【デルタシーク】の二丁持ちも可能で、二丁持ちの状態でも《短銃》スキルのアーツは使う事が出来た。その中でも特に【魔銃】による〈曲射〉と【デルタシーク】から放たれる〈跳弾〉の同時使用はヤバかった。個人的な意見だが、直線的な射撃とは違う二種類の起動を描く弾丸を両方同時に回避するのは不可能に近いだろう。
ヤバイ…な。僕の中で銃の評価が鰻登りです。
さて、そろそろ実戦でのテストをしてみるか。今までのは机上の空論と動かない木相手のテストだからな。勿論、出来た木材や木片は【noir】が美味しく頂きました。
まずは、単体のホワイトタイガを探す…まぁ、そう都合良く単体の魔物は見付からないよな。僕は、真っ先に見付けたホワイトタイガ二体のパーティーで手を打つ事にした。僕は自分に対して〈攻撃力上昇〉を掛け、右手に【デルタシーク】、左手に【魔銃】を持つ。
〈防御力減少〉と〈曲射〉を同時に射撃していく。二丁持つ事で一人で牽制も兼ねた弱体化(外れても牽制になるのでOK)と攻撃が同時に出来る。【魔銃】による連射で素早く一体を倒して、残り一体には【デルタシーク】二丁持ちに持ち変えてからの同箇所への〈零距離射撃〉同時撃ちを試した。
前者は予想通りの範疇で収まったが、後者は予想を遥かに超えて酷い結果になった。以前は、ただ単に吹っ飛んでいた(それでも通常のに射撃からすると十分に過剰なのだけど)だけだったが…今回は吹っ飛ばない代わりに魔物の身体に大きな風穴を開けて貫通。多分、この結果は仲間内以外では見せられないな。間違っても今回はPVPでは使えないだろう。
『ふっ~、少し疲れたかな』
午前中は、いろいろなパターンで戦闘を試す事が出来たし、午後からは生産でスキルレベルでも上げようかな。《探索》の方も、早目にスキルを新しくしたいからSPも貯めないとな。それに、新たに装備も見直した方が良いだろう。魔銃専用のホルスターも用意した方が良いだろうな。僕は、【魔銃】を得た事で楽な相手になったホワイトタイガを狩りながら、そんな事を考えていた。
午後からは、慣れた手付きで皮の鞣し作業をこなしていく。メニューから一括作業で鞣す事も可能だが、一個一個手作業でやる方が仕上がりや品質も良くスキルレベルも上がり易い。当然、直接依頼された知り合いの鞄は、全て手作業で作った鞣し皮を使用している。それに、地味でコツコツする作業とかは、僕に向いてるみたいだからな。
『さて…』
そろそろ気分も乗ってきたし、試作品でも作ろうか…と思ったところに僕の気分に水を差すようなタイミングでの無慈悲なコール。一体誰なんだ?僕の邪魔をするのは…
フレンド登録する事で可能になるコールは非常に便利な機能だと思う。たけど、同時にフレンドリストを見る事でコール相手がログインしているかどうかも伝わってしまうので、居留守が使えないのが欠点だな。運営さん、居留守機能の追加をお願いします。
『こんにちは、リツです。今日はログインされているんですね。シュンがログインしてくるのをお待ちしてました。今、お時間有りますか?』
『…こんにちは、今のところは夕方までならホームにいるかな』
一瞬、どう答えるか迷ったけど、そう答えた。多分、この前に約束した弓の製作依頼の件だろう。約束は約束だから、今回は仕方が無いかな。
『それでは、後程ガイアと共に伺わさせて頂きます』
うん?ガイアも一緒なのか?それは聞いていないし、そんな予定にも無かったよな。
『あぁ、わかった』
もしかすると今日の予定が半分…いや、ほとんどが潰れたかもな。まぁ、他の素材の下処理でもして待つ事にするか。
…コールから数時間、待ち人はまだ来ない。おいおい、どうなってるんだ?持っていた鉱石類の下処理は終わってしまったんだけど。こうなるなら、始めから時間をキッチリと決めとけば良かったな。
『お待たせいたしました。リツです。入室許可をお願いします』
入口で声がした。しかも、休憩の為に紅茶を入れて、お茶菓子を出したタイミングで…だ。どこかで見てたのだろうか?それとも、女子と言うのは皆そう言うものなのだろうか?アキラもそんな感じだからな。
『テスト?了解だ。許可したから、もう中に入れるぞ』
どうやら、ガイアかリツのどちらか…多分、ガイアの方はアキラとフレンド登録してないらしいな。あの時意気投合していたアキラとリツがフレンド同時期していないとは考え難いからな。まぁ、今は関係の無い事だけど。
『…このホームは、外見や中庭も規格外でしたが、中は非常識ですね』
規格外から非常識への不本意なランクアップ。
全く失礼な話だよな。このホームは、生産系サポートギルド的に必要な物ばかりだと僕は思っている。まぁ、初見での反応にはもう慣れていたが、他人から見るとそこまでなのだろうか?
ホームに設置している各種生産工房は、僕達が街の工房を圧迫せずに済ませる為に設置しているし、倉庫やキッチンやリビングにしても…あれ?内装を含めて完全に僕達の趣味だよな。あれれ?もしかして、本当にリツが言うように非常識なのだろうか。取り敢えず、今はお客さんがいるので、この件は保留にしておこう。
『まぁ、そこに座って紅茶でもどうだ?』
早々に話題転換と言う名の戦略的撤退を計った僕は、リツとガイアにソファーと紅茶を薦める。コーヒーよりも紅茶を好きと言う人間を増やすのは、僕の密かな野望だからな。二人が紅茶に口をつけたのを確認して…
『それで、今日は何の用だ?』
依頼の件だと思うけど、念の為に確認は必要だろう。
『この前の件で、依頼をお願いしにきました』
『…弓か?どんなのが良いんだ?』
『素材は、これでお願いします。足りなければ言って下さい。弓の形状は、私が今使っている物と同じで、金属と木のハイブリッドにして下さい。色は薄い緑色で、私が《風魔法》を使うので風属性が付いていたら嬉しいですね』
普段の僕なら身近に《風魔法》仲間がいたのは嬉しく感じるところだが、かなり難易度の高い事をサラッと言われた気がするよな。それよりも、気になるのは…
『この素材は、もしかして…銀か?』
素材そのものの品質は高くなさそうだが、間違いなく銀。今まで見付かっていない貴重な素材だよな。少なくとも僕の周りでは…
『そうです。先日イベントで入賞した二十パーティーに送られたイベント報酬が、新設ダンジョンへの先行挑戦権も含まれていたので、南の川を越えた所に有る鉱山でダンジョンを見付けて、そこで採掘出来ました。まだ攻略の方は全然出来て無いんですけどね』
川を越えた先に鉱山とか有るんだな。全く知らなかった。
確か…僕の周りではアクアも入賞してたよな。知ってるんだったら教えて欲しかった情報だな。それよりも…
『ダンジョンって?』
鉱山よりも気になるフレーズが有ったな。
『はい、次のバージョンアップで正式に開放されるそうです。今は二十パーティーだけの限定開放みたいですね』
それは、少し羨ましいな。銀は個人的に加工してみたいし。
『MVPの報酬には、ダンジョンの挑戦権は有りませんでしたか?』
そう言えば、僕は何を貰ったのだろうか?
『いや、確認するのを忘れていたな。ちょっと、倉庫を見てくるから、待っててくれるかな』
『えっ!普通は真っ先にそこを確認しそうなものですけど…』
『でも、そこがシュンらしいのかも』
二人が不本意な事を言っているのは聞こえていたが、あの時は疲れてたからな。僕らしいと言うのは是が非でも否定しておきたいところだ。
僕が倉庫を確認すると、新規アイテムとして未鑑定素材が五個有った。今の僕のスキルでは鑑定すら出来ないらしい。他にはアキラが受け取って来たと思われるレア素材が八個有った。う~ん、これもスキルレベルの低い間は使いたくないな。
『お待たせ、ダンジョンの挑戦権は無かったけど、未鑑定の素材が五個有ったな。今の僕では鑑定出来ない素材らしい』
内容も気になるが、どのスキルで鑑定出来るのかも気になるな。他の生産系の取得も考えないと駄目か?
『シュンの報酬は未鑑定の素材ですか…それは、レアっぽいですね』
ガイアの目が輝いている。あっ!リツもだったか。多分、自分で分からないだけで僕もだろうな。
『リツの用件は分かったんだが、ガイアは何しに来たんだ?付き添いか?』
さっきまで、社交辞令以外ではまともに話してなかったからな。まぁ、付き添いと言うよりはオマケっぽいけどな。
『シュン、つれない事を仰らないで下さい。私は、ギルドメンバーで共通のアイテムを持つ事になったので、それの依頼に参りました』
それを黒の職人さんの正体である僕に依頼すると言う事は…
『鞄か?それとも革製品か?でも、ロゴやマークの刺繍とかは出来ないぞ』
まぁ、この際だから本気で《裁縫》スキルも取得しても良いかも知れないが、今はSPが残ってないからな。
『ご想像の通り、鞄の製作をお願い致します。今のギルドメンバー分プラス今後も増える事を加味した分の合計百個。性能は…そうですね。シュン達が使っている鞄と同じ性能でお願いしたいです』
性能面での差は、やはりバレていたか。まぁ、【冒険者の鞄店(仮)】で売っている物とは素材は別にしても見た目からして全く違うから四仕方が無い話だけど。
まぁ、黒の職人さんの正体がガイア達にバレた時点で時間の問題だったかも知れないけど…それにしても、百個は多いよな。皮を鞣す作業だけでも時間が掛かりそうだからな。本当に、ツインテールドラゴン戦で正体がバレた事が出来た悔やまれる。
『う~ん…分かった。僕個人としてではなくギルド【noir】として、二人の依頼は受けようと思う。まず、ガイア、僕の鞄と同じ性能の鞄を百個になると全て手作業での製作になるから相当時間が掛かるぞ。あと、素材は自分達で用意して欲しい。別途、宝石を持ち込むと追加で宝石依存の能力も付けれる。分かってる宝石の情報はあとでメールするから、必要ならそれらも必要な数だけ用意してくれ。それと依頼はリツの弓が先だから、鞄は後回しになるからな。次にリツだけど、僕が銀鉱石の加工をした事がないから、今の素材の量だと練習する分が無い事が問題だ。試作する分も考えたら、もう少し銀鉱石を用意して欲しい。それと、これは二人共に共通する事だけど、最初に一度試作品を作るから、それで形状や性能等を確認して欲しい…僕からは、それくらいかな』
『分かりました。私はそれで結構です。それで、報酬の方はいくらになるのでしょうか?』
それが問題なんだよな。基本的に仲間内では物々交換やプレゼントがほとんどだからな。お金の報酬って、あまり貰ってないんだよな。
『実際のところ、そこが問題なんだよ。僕自身では相場が分からないんだよ。弓は知り合いに聞くとしても、鞄の方がな…まぁ、以前にかなり儲けてて、お金に困って無いからな。報酬は、おいおい考えるって形でも良いか?』
以前の儲けは、いずれ別の形で皆に還元したいからな。
『こちらはそれでも大丈夫ですよ。それでは、よろしくお願いしますね』
『素材を持って来てくれるまでに、他の素材で試作品を作っておくな。えっ~と…来週の土曜日のこの時間で良いか?都合が悪くて駄目ならメールかコールで連絡してくれたら変更するから』
鞄と弓の依頼を請け負う事にする。リツからは、弓のスペアをサンプルとして受け取った。
これが【noir】としての始めての依頼になるのだから、頑張らなければならないだろう。よしっ、気合いが入った。
まずは、リツの弓から考えるとするか。
【霧弓】攻撃力50〈特殊効果:命中上昇・少〉
サンプルの弓は、店売りの物では最高品質らしいけど…アキラに作った弓よりも性能が低いし、能力も微妙だ。
弓の長さは約一メートル。握りの部分を基準として上下が三対二くらいの比率になっている。形状は普通の弓よりも弓道部が使っている和弓と言う物に近い大型の弓だ。
『う~ん…』
これを金属と木で再現するのか?これなら、同じ高校の部活シリーズでもアーチェリー部で使っている弓の方が再現しやすいだろう。多分、この和弓擬きを再現するとなると、かなり試作をする必要が有りそうだ。
取り敢えず、ベースをしなりを生かせる木で作り、持ち手になる握る部分以外を強度重視の金属で補強する形にしてみようかな。
木材は在庫で一番品質の良い物か、リツが持ち込んだ物を使うとして、金属は攻撃を受け止めれる強度も付ける為に銀(素材の鑑定が可能と言う点から、今のスキルレベルで加工出来ると仮定してだけど…)を使った丈夫は合金をメインしようか。
問題は風属性に対応する宝石を僕が知らない事なんだよな。まぁ、困った時はこの道の先輩にご教授願おうかな。
『フレイさん、今は時間有りますか?』
《鍛冶》の事なら、フレイさんに相談するのが実績を含めて一番だろう。
『シュン君、この前はごちそうさま。本当に旨かったわ。また機会があったら呼んだってな。うんうん、今は時間あるよ』
喜んでくれてなによりだな。また必ず呼びますよ。
『少し相談したい事が有るんで、どこかで会えませんか?』
『変わった事なんか?それなら、他の人に聞かれるのもまずいんやろ…ちゅう事で、シュン君とこのホームでどない?そこやと、もれなく美味しい紅茶も飲めるしな』
『紅茶なら、いくらでもお出ししますよ。でも、良いんですか?』
『かまへん、かまへん。ほな、十分後にな』
『じゃあ、フレイさんがホームの工房部分にも自由に入れるように許可出しておくので、直接来てもらえますか?入口入って右の通路の奥になります』
『シュン君、お待たせや…ちゅうか、中はこないな事になっとたんかいな。ほんまに面白いわ』
笑いに厳しいはずの関西人を簡単に笑わせるホームって、一体何なんだろうな。小一時間ほど、自分自身を問い詰めたくなるな。
『来てくれてありがとうございます。相談と言うのは、風属性の宝石の事と新しく見付かった素材の事なんですけど…』
鞄から銀鉱石を取り出してみせると、一瞬でフレイさんの目の色と目付きが変わった。気のせいか、ホームの雰囲気にも緊張が走る…
『自分、これどないしたんや?』
『実は…』
僕がリツから請けた依頼の件や銀鉱石がこの場に有る経緯を話した。
『なるほどなるほど、予定では鉱山が次のバージョンアップで出来るんやな。《鍛冶》の職人としては楽しみやわ。悪いんやけど、ウチも銀鉱石は使った事が無いんやわ。βの頃にも無かった素材やらかな』
まぁ、それは仕方が無い事かも知れないな。銀鉱石は鉱山以外での採掘情報は無いし、βの時の街は【シュバルツランド】しか存在しなかったらしいし…
『風属性は、βではエメラルドと翡翠ちゅう宝石が有ったんやけど、エメラルドは今のところ未発見やな。翡翠ならなんぼか余っとるから少し譲ろうか?』
なるほど、風属性の宝石は翡翠とエメラルドになるんだな。でも、エメラルドが今のところフレイさんでも未発見の宝石って事は僕が一から探すのは期待薄だよな。翡翠の採掘場所を聞いて僕が掘り出しに行っても良いけど…
『じゃあ、翡翠はあとで売って下さい。銀鉱石の方はフレイさんの練習用を含めて多目に素材が有れば、塊にしたり加工したり出来ますか?それとは別に銀を利用した反発力が有ってしなる合金とかも製作可能ですか?』
『そこは、やってみないと分からんのやけど…多分ウチが見たところ、素材としては鉄の一つか二つ上って感じの素材やな。それやから、加工自体はいけると思う。だけど、加工する場所がな…新素材を街の工房で加工するのは外聞的な問題が有るし、最近の工房は人も増えてきとるから、一人が長時間独占するのも駄目やと思うんやわ。職人としてのウチは、是が非でも加工してみたい素材なんやけどな』
確かにそうだろう。素材的にも加工内容的にも絶対に目立つし、同じ職人仲間から質問攻めにあうことは間違い無いからな。
『そうですよね。あっ、もし良かったらなんですが、ここ使いませんか?僕も加工の指導して貰いたいし。当然、報酬もお支払いしますよ』
ギルドとして依頼を受けた以上は、絶対に良い結果を出さなければならない。当然、そう言う細かな依頼の積み重ねでギルドのランクも上がる。
ギルドランクは下から順にE・D・C・B・A・S・SS・SSSランクの八段階ある。初めは当然Eからのスタートで少し依頼や実績を積めばDランクへと上がる。Cランクまではギルドメンバーの人数でも上がるらしいが、Sランクより上はメンバー数は勿論の事、他にも特殊な功績も必要になるらしい。まぁ、二人だけの僕達【noir】とは無縁の話だろう。ちなみに、【noir】は現在最低のEランクだ。
ギルドランクは直接請けた依頼だけでなく、ギルドメンバーが神殿前の広場に貼り出されている個人的に請けたフリークエストの攻略数でもギルドランクは上がるらしい。
『良いんか?ウチとしては、逆にお願いしてでもやりたい事なんやけど』
『まぁ、念の為、先にアキラに相談してからになりますから、今すぐにとはいきませんが、明日必ず連絡させて頂きます』
フレイさんと別れて、今度は《木工》で木材の下処理をしてアキラのログインを待つ事にした。アキラのログイン予定まで時間があった為、晩御飯を食べにログアウトする時間くらいは充分有るだろう。
『こんばんは、ちょっと待たせたかな?』
『大丈夫。ギルドに依頼が来て、それの製作をしてたからな』
『おっ、初依頼?やったね。あっ、もしかしてリツさんの弓?』
まぁ、アキラから弓の事を聞いたとリツも言ってたし、知っていても当然か。
『そう。あと【ワールド】から大量の鞄も依頼された。そっちの方は時文字通り間の問題なんだけど、リツに依頼された弓に問題が有るんだよ。今の現状だと僕一人で完成させるのが無理っぽいんだよね』
アキラに一連のやり取りを話した。
『うん、良いよ。フレイさんには私の扇作って貰ってるし、それに、もしフレイさんさえ良かったらになるんだけど、ギルドにも勧誘しちゃおうか?』
アキラとフレイさんは初対面の時から気が合って、その時にフレンド登録も済ませている。その為、この考えに至るのは必然かもな。
『なるほどな。それも有りかもな』
現状はホームの機能が有り余っている。常時使ってくれそうなプレイヤーが増えるのは有難いからな。まぁ、その相手がフレイさんなら、僕とアキラの二人しかいないけど誰も文句は無いだろう。むしろ、僕的には大歓迎だからな。
『じゃあ、早速コールするね』
行動が早いな。もう、コールで話し始めている。
『フレイさん、あと十分ぐらいで来るって』
時間にして約一分、即行で交渉がまとまったらしい。実際に、測っては無かったけど、かなり早かったのは間違いない。
『了解だ』
早速、僕は紅茶の準備に入った。最近は毎日のように紅茶のお世話になっている。まぁ、紅茶はトリプルオーの中だけでなく、現実でも毎日飲んでいるんだけどな。親の趣味でも有る紅茶は、家のキッチンには常時三種類以上は茶葉が有る。
出来る事なら、トリプルオーの世界でも色々な種類の茶葉を集めたいいや、この際だ。現実では絶対に出来ない事を…茶葉から僕オリジナルの紅茶を作りたいな。
しかし、残念ながら現在は農業関系のスキルは存在しないんだよな。今後のバージョンアップで是非とも増やして欲しい趣味スキルだ。
『お待たせや、アキラちゃん。遠慮なく【noir】の工房を使わして貰うわ』
『フレイさん、いらっしゃい。もう一つ、それに関連しなくもない相談が有るんですけど、少し良いですか?』
アキラが工房の方に進むフレイさんを引き止める。
『うん?他にも何か有るんか?ウチは、別にかまへんで』
僕の前のソファーに座り、僕の出した紅茶を一口飲む。
『もし、フレイさんが良かったらなんですけど、私達のギルド【noir】に入って頂けませんか?』
アキラは何の躊躇も無しに、どストレートで本題を切り出した。
『なんや、ギルドの勧誘かいな…でも、ウチが入っても本当にええんか?ウチが言うんは少しお節介かもしれへんけど、シュン君と二人きりになれへんようになるで。それにウチがシュン君に惚れてまうかも知れへんし』
少しだけ悪い顔をしたフレイさんが、僕の方をチラ見しながら会話の途中からアキラに何か耳打ちして話している。
当然、僕には途中までしか聞こえてないし、無理して聞くつもりもない。まぁ、女の子同士の内緒話は聞こえない方が良いだろうな。僕の身の安全の為にも…な。
『そこは、きっと大丈夫です。私も頑張りますから』
フレイさんがアキラに何を言ったのかが分からない僕には、アキラが何を頑張るか分からない。
ただ、分かるのはアキラの顔が妙に緋い事と何かしらを頑張ると言う事。何を頑張るかは僕には分からないが頑張ると言う事は素敵だよな。それに、アキラが頑張るのなら僕も手伝う事は惜しまない。勿論、僕に手伝える事なら。
『それやったら、ウチが断る理由は全くあらへんな。アキラちゃん、どんな結果になっても恨みっこ無しやで(笑)ほな、二人とも改めてヨロシク頼むわ』
たった今、フレイさんのギルドの加入が決定した。お互い、改めての自己紹介をする必要は無いが、お互いに出来る事…手持ちのスキルを話していく。どうやら、生粋の生産職人のフレイさんは《鍛冶職人》だけでなく《細工》の上位スキル《細工職人》も取得しているらしい。
他にも、生産の補助的な役割として《火魔法》を取得しているらしい。《火魔法》を取得している職人プレイヤーが、魔高炉の火力の調節をする事で生産品に付加価値も付くらしい。それは、全く知らなかったよな。《風魔法》でも、そう言った補助的な役割が有るのかも知れないな。
『じゃあ、《鍛冶》と《細工》の工房も中級クラスにランクアップしなきゃだね』
これは、フレイさんとアキラの二人が、あとで工房に発注に行くらしい。
『それじゃあ、ウチからも一つお願いや。もう仲間なんやから、敬語とさん付けは無しにしてくれへんか?前から言いたかったんやけど、敬語って何かこう背中がむず痒くなるんよ。それにや、ウチも自分等と同じ高一なんや、お互いタメ語でいこうや』
妙に大人っぽいから軽く二十歳は越えていると思っていた僕とアキラは、思わずお互いの顔を見合わせる。
『ウチ、そんなに老けて見えるんか?それはそれでショックなんやけど』
微妙に凹み気味のフレイさんに、僕達は慌てて『違う、違う』と首を左右に振り。『もっと大人っぽく見えていた』と思っていた事を素直に伝えた。
『まぁ、その、敬語の件は了解だ。それなら、フレイも呼び捨てで呼んでくれよな』
僕達からも念を押しておく事にする。
『フレイも二つ生以上産系スキルを持ってるんだよね。なんだか私だけ仲間外れみたいだし、《革職人》以外の生産系が欲しくなってきところだから、二人が持ってない生産系でも取ろうかな?』
『ウチとしては、そっちのシュンは一緒にしんといて欲しいんやけどな。アキラの気持ちも分からんでもないか…じゃあ、《革製作》に関係が無くもない《裁縫》とかはどない?服系も作れるし、革製品にも刺繍出来るしボーナスも有るみたいやで。下級の生産系のメインどころはシュンがほとんど持っとるからな』
フレイさん、僕の扱いが少し酷くないですかね?僕が取得している生産系スキルは、必要に迫られてる取得した分もあったんですよ。
まぁ、確かに必要だから仕方無くとか自分自身に言い聞かせて取得して、さりげなく工房を拡張しつづけてはいるから、完全に否定するのは難しいけどな。それに、コツコツと少しずつ生産系スキルを取得して最終的には全制覇をし、ホーム内に全生産系の工房を制覇するのは、トリプルオーでの僕のささやかながら壮大な野望だからな。
『確かに、服系の装備は絶体に必要になるからね。シュン、家庭科の実技を見て得意なのは知ってるけど、絶対に《裁縫》は取らないでね』
あれ?あれれ?ちょっと困った事になったよな。早々と僕のささやかな野望が潰えそうなんだが…
『いや、あのですね、アキラさん。ガイアからのギルドメンバー専用の鞄の依頼も有ってですね、僕も刺繍がしたいのですけど…あっ、はい。そうですね。はい、アキラさんに全てお願いします』
アキラのこちらを見る希望の眼差しに、僕は耐えきる事は出来ませんでした。まぁ、全制覇は果てしないから早々と諦めようか。それに、まだ工房の方は可能性が有るのだから。
『アキラ、ここだけの話やけどな。シュンに刺繍を教わったら必然的に二人きりになれる時間が出来るんやで』
フレイがアキラにまた何か囁いて、二人して僕の方をチラ見している。本当に仲が良いよな…と言うか、チラ見してくるぐらいなら、僕も仲間に入れて貰えませんかね。
『ちょっと待って、やっぱり今の無し。シュンも《裁縫》取得して、それで私に刺繍を教えて下さい』
フレイは一体何をアキラに吹き込んだんだ?アキラの身の翻し方が半端ないのだけど…ささやかな野望が復活した僕としては文句はない。
『まぁ、僕もそうしたいところだけど、今すぐには無理なんだよ。さっきも話したけど、ジョブチェンジしたせいでSPが残ってないんだな。生産系よりも先に進化させたいスキルも有るから、取り敢えずSP貯まったら取得するって流れになるけど、それでも良いかな?』
『うん。それでお願いします』
落ちたり、上がったりを繰り返す今日のアキラは忙しそうだな。
『あっ!そうだ。忘れてたけど、フレイも倉庫を自由に使ってくれ。ギルド共通の素材別の倉庫や食糧庫、他にも個人用倉庫と色々区別してあるからな。個人用は空いてる場所から好きなところを選んでくれたら良いよ』
話し合いを終え、各々で決めた作業に入る。アキラとフレイは工房の拡張に、僕は《木工》の続きを再開した。
リツの弓は上下で長さの比率が違う為、比重を上下で逆転させて弓全体のバランスを取る事にした。強度を上げる為にも金属を多目に使用したいし、ジュネの杖のように水晶の透明を生かして金属部分を強調するデザインを考える。勿論、リツの注文通り風っぽいデザインで。
そして、ようやく完成したデザイン構成案は、ベースになる部分には木材を軸に使用して、反の部分に銀を使った合金をベースの木材と同様にしなる加工を施して補強し、中心から端に離れていくほど風をデザインした金属と水晶で形成する。
弓の下側の部分には、重さ調節にデザインのアクセントも兼ねた風属性付与の宝石を二個付ける予定で、最終的には握りの部分だけが木製に見える薄い緑のグラデーションの弓になる予定だ。
今回は、金属の加工と水晶の《細工》をフレイに任せて、僕自身はベースの弓と組み立てを担当するのも有りかもな。各種工房のバージョンアップから戻ってきたフレイとデザイン案を見せて相談して担当や細かい仕様を話し合った。しばらくの間は、試作品に集中する事になるだろうな。
『こんにちは~約束していた試作品を見せて貰いに来ました』
約束していた通り一週間後、リツが大量の銀鉱石と少量の宝石と共にホームにやって来た。
新しくフレイが【noir】に加わって、今から試して貰うこの試作品の製作にも携わっていることを説明して弓を渡した。ただし、試作品では貴重な水晶や宝石は使っておらず、同じ重さの金属や小石を加工して付けている。
『これが試作品だ。金属と木材は質の悪い物を使っている。デザインや形状と持ち易さの確認だけをしてくれ』
リツは弓を引いてみたり、何故か両手で掴み剣のように振り回したり?して感触を確かめている。
『そうですね、持ち手の部分をもう少し幅を広くして下さい。そうですね…私が両手で持てるくらいが嬉しいです。それ以外は特に問題ありませんね』
試作品を見て、リツは完全に安心しきっている。デザイン等に問題は無さそうで良かったかな。
『今、両手で持ってたのは何でなんだ?』
『あぁ、あれはですね。周りを囲まれた時に振り払う為に使うんですよ。滅多にない事ですけど、用心に越した事はありませんから』
ほんわかとした見た目の印象とは違って、そんな乱暴な使い方もするんだな。だったら、多少の衝撃にも耐えれるようにしておくかな。
『じゃあ、明日の今ぐらいの時間に取りに来てくれ。価格は時価だ。使用者であるリツ本人に任せる。この大量の銀鉱石と少量の宝石を貰うからな。気持ち程度でもOKだぞ』
そう言って僕はサンプルとして借りていた弓を返す。
『えっ、明日?明日出来るんですか?それって大丈夫なんですか?』
リツは急に不安になったらしい。職人としては、少しは信用して貰いたいんだけどな。
『安心してくれても大丈夫だ。各パーツに使う素材の加工自体は終わってるからな。あとは形状の微調整をして組み立てるだけだ。一応【noir】は生産系のギルドで、僕はともかく新加入のフレイは多分トリプルオーの中でもトップクラスの生産職人だぞ。かなり遅い時間まで待ってくれるなら、今日でも出来るくらいだからな。それに、銀鉱石の加工は僕が心配していたほど難しくなかったんだよ。だから、楽しみにしてくれてて良いぞ』
リツに言った言葉通り、すでに水晶部分にも基本的な《細工》は終わっているし、風属性の宝石の翡翠もフレイから買い取らせて貰った分を加工済みだ。あとは依頼者であるリツ本人からのGoサイン待ちだったのだ。半日も有れば多少の変更点を含めて余裕で完成品するだろう。
『はぁ~、そう言う物なんですね』
『そう言う物なんだよ』
まぁ、現実では組み立てるだけと言っても、絶対に完成しない事だからリツが不安になるのも分かるけどな。ファンタジーは現実より奇なりだ。
リツが帰ったあと、フレイと二人で依頼の弓を仕上げていく。アキラは、僕達の隣で出来上がった鞄の試作品にギルド【ワールド】のマークを刺繍をしている。
ちなみに、【noir】の工房は新しく設置したり、何度も増改築しているけど、その全てが一つのフロアにまとめられている。まぁ、一つにまとめてあると言っても滅茶苦茶広いフロアになんだけど。
『これは、ヤバイな』
僕達は、また一つ美しい物を作ってしまったみたいだ。
『うん、ほんまに最高やな。これは、ほんまにシュンのデザイン通りやわ。付属の方もええ感じやし。このサービスの方は、似たような物をウチにも作ってくれへんか?』
フレイも気に入ってくれたみたいだな。
『そう言うと思ってな。フレイの分は近接用で強度を増し増しで作ってある。良かったら使ってくれ』
【フレイムガントレット】攻撃力40/防御力30〈特殊効果:強度上昇・少〉〈製作ボーナス:速度上昇・中/耐火〉
『おぉ!シュン、ありがとうな。良く気の効く男はモテるんやで、これは、めっちゃウチの好みやわ。それにしても、こんなもんいつの間に作ったんや?』
『今までのお礼とアキラをと僕からのギルド加入のお祝いを兼ねてな。作ったのは昨日だ。少し時間が有ったからな。好みの方は一週間一緒にて、色々と見させて貰ったからな。フレイ自身の装備には金属製を使ってない事には気付いていたぞ』
『ウチ自身は《鍛冶》の職人やけど、金属製の装備の特徴である動いた時に鳴るカチャカチャ言う音が苦手やねん。戦闘の時もポジション的に動き難くて重いんもはアカンしな。それにや、そんな鎧を着込んで《鍛冶》してたら暑いやんか。ウチはただ単に金属使って何か作るのが好きなだけやねん』
フレイらしい理由だな。金属を使う《鍜冶》の職人としては、多少予想外の理由だったけど。
『ついでに、耐火の能力も付けてるから、苦手の暑さも多少はマシになるかな。何か有ったら、また言ってくれればその都度改良するから』
『ほんまに、至れり尽くせりやわ』
そして、翌日…
『こんにちは、リツです』
『いらっしゃい。これが依頼の弓と、そのオマケで製作した籠手だ。試作品よりも良い物が出来てるはずだぞ』
僕は依頼の品を手渡した。
【翡翠の風・弓】攻撃力62〈特殊効果:風属性付与〉〈製作ボーナス:命中+15%〉
【翡翠の風・籠手】防御力15〈特殊効果:弓の攻撃力+10〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
※セットボーナス:飛距離延長
『ほぇっ?えっ~~~~~!』
あれ、失敗だったか?僕達的には、この出来を気に入っているんだけど。
『あ、あの~、何か不味かったか?試作品から少しだけ強度面を改良したんだけど…』
返事が無いな。どうしようか?と僕達三人は顔を見合わせた。
『あっ…失礼しました。予想外の見た目と性能で…しかも、セットボーナスの有る籠手まで着くって頂いて、私は一体いくら払えば良いのか検討がつきません。いくら払えばよろしいんでしょうか?』
『あぁ、支払いの件か、銀鉱石を大量に貰ってるし、製作過程で得た経験値的にも美味しかったから、本当に気持ち程度で良いかな。それと良かったらで良いけど、今度のバージョンアップ後に僕達三人を鉱山まで案内して欲しいくらいかな。あっ、そうだ。それとは別に一つお願い事が有るんだよ』
『なんでしょうか?私に出来る事でしたら、大丈夫ですよ』
『ギルドの情報は、あまり流さないで欲しいかな。オリジナル品の製作は、試作品から作るとなると時間が掛かり過ぎるから三人しかいない現状ではあまり請けれないからな。あと、これはガイアに渡しておいてくれ』
ついでにガイアから依頼された鞄の試作品をリツに手渡した。
『鞄の方の返事は、コールかメールで頼むと伝えて欲しい。しばらくは、三人で店舗用の商品と自分達の装備を製作してるから、ホーム内は立ち入り禁止の予定だからな』
『分かりました。弓、本当にありがとうございました。報酬は鉱山への案内の時にお支払いしますね』
そう言って立ち去ったリツは、これから弓のテストに行くらしい。リツには特殊な矢を作れる事は秘密にしてある。この特殊な矢の製作を毎回頼まれたら、流石に面倒くさいからな。
ガイアからの返事が来るまで微妙に手持ち無沙汰になった僕は、冒険者の鞄を量産している。新規プレイヤーが追加された時に以前のような事は出来るだけ回避したいからだ。
今度の鞄は、誰でも簡単に手に入るように値段も低価格の二千フォルムに設定している。その代わり、性能も以前の物よりは落としているのだが…スキルレベル自体が向上しているので品質そのものは、そこまで悪くない。
フレイは、様々な金属製装備の製作を始めた。鉄製や銅製の武器は勿論、銀製の武器もメニューから一括で作れるスキルレベルを持っているが、銀製の武器は銀塊を加工するところから手作業で進めていくらしい。デザインを整える為に《細工》も施していくので市販の物とは鉄製の武器ですら輝きが違うからな。
僕もフレイの合間をみて銀鉱石の加工法や《細工》の技術も習おうかな。
アキラは、ガイア達みたいにギルド共通の装備品が欲しいようで、時間の合間を縫ってギルドメンバーの証として黒のリストバンドを文字通り縫ってくれた。
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉※ギルド【noir】の全施設使用許可証/譲渡不可/シリアルナンバー入り
これを作った事で、ホームのセキュリティ設定を少しだけ変更しているのだが、変更したのはギルドメンバーについての部分なので僕達三人以外には関係は無いだろう。ちなみに、シリアルナンバーは僕が0で、アキラが1、フレイが2になっている。
シリアルナンバーはギルドの発起人である僕を1から初めても良かったのだけど、シュンは普通のプレイヤーと違うとアキラとフレイに言われ続けた結果、不本意ながら特別なシリアルナンバー0を得る事になっている。そんなに僕は普通と違うのだろうか?少し凹むんですけど…
そんなこんなで各々がバージョンアップに対する準備をして、バージョンアップ期間が過ぎるのを待っている。
今回は、バージョンアップが行われるのは告知されていたが、内容は事前に公開されなかった。新規のプレイヤーも増えるし、少し嫌な予感もするんだよな。噂では、イベントとか新しいスキルやジョブの開放とかも上がっているからな。まぁ、一つだけ正確に分かっているのは、鉱山ダンジョンの追加だな。
本当に色々と楽しみで仕方が無いな。
装備
武器
【デルタシーク】攻撃力30〈特殊効果:なし〉×2丁
【銃弾2】攻撃力+10〈特殊効果:なし〉
【ハンドガン】攻撃力15〈特殊効果:なし〉
【銃弾・毒2】攻撃力+10〈特殊効果:毒Lv2〉
【魔銃】攻撃力40〈特殊効果:なし〉
防具
【ゴーグル】防御力3〈特殊効果:命中補正・微〉
【レザーブレスト】防御力15〈特殊効果:なし〉
【冒険者の服】防御力10〈特殊効果:なし〉
【メタルバングル】攻撃力5/防御力15〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:軽量化〉
【レザーブーツ】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールローブ】防御力15/魔法防御力10〈特殊効果:回避上昇・中〉〈製作ボーナス:速度上昇・中/重量軽減〉
アクセサリー
【ウルフダブルホルスター】防御力5〈特殊効果:速度上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
【左狼脚ホルスター】防御力2〈特殊効果:回避上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
【右狼脚ホルスター】防御力2〈特殊効果:回避上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
《双銃士》Lv5
《魔銃》Lv4《双銃》Lv3《拳》Lv31《速度強化》Lv48《回避強化》Lv45《風魔法》Lv43《魔力回復補助》Lv48《付与魔法》Lv52《付与銃》Lv22《探索》Lv50※上限
サブ
《調合》Lv14《鍛冶》Lv24《家事》Lv38《革職人》Lv41《木工》Lv21《料理》Lv21《鞄職人》Lv45《細工》Lv16《錬金》Lv16
SP 13
称号
〈もたざる者〉〈トラウマを乗り越えし者リターンズ〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉