サラベール山脈(登山1)
『取り敢えず、レシピ集の件はそれで良いとしてだ。ギルマス、【noir】としては来月の公式イベントはどうするんだ?』
『おっ、もう十二月の公式イベントの発表が有ったのか?』
最近の僕は外回りが忙しくて、【シュバルツランド】の動向は全くチェックしてなかった。確かに、そろそろ何かしらの発表が有ってもおかしくない時期だよな。
『発表と言うか、今日広場の掲示板に開催期間だけ掲載されていたぞ。詳細は例の如く秘密だったけど、街にいるNPCの噂では個人参加型のイベントではなくて、ペアかパーティー単位で攻略するイベントらしい』
まぁ、そこはトリプルオーの運営も平常運転だよな。いつも準備期間が短くて困るのだけど、予め詳細を知らされるよりは逆に安心出来るよ。
でも、こんな事を考えると言う事は………もしかして、僕がトリプルオーの運営に毒されつつある結果なのだろうか?
〔『主よ、それは違うのじゃ。それについてはワシも同意見なのじゃ。早い段階で詳細が分かる場合は必ず裏があるのじゃ』〕
〔『………違う。いつも何かと厳しいのは変わらない』〕
〔『まぁ、そうだよな』〕
個人的には黒の意見に賛成かな。
それにしても、ソロかパーティー等の規模が噂されるのも珍しい事だよな。まぁ、あくまでも噂話程度の事だとは思うけど。
『それで、その開催期間は?』
『え~っと、開催期間は十二月十日~二十五日の約二週間だったはずだ』
『あ~~、私、その期間は部活が忙しくて、ちょっと完全参加は無理かも。数時間単位でなら可能かもだけど………それについては、行われるイベントの内容にもよるかな』
その期間の現実世界の晶は、所属しているバスケ部でのウインターカップの全国大会出場が決まっている。インターハイは惜しくも都予選敗退で、今回は念願かなっての全国大会初出場なので気合いが入っていても仕方が無いよな。
まぁ、この件について補足を述べるならば、本大会の開催地が東京と言う事も有り、時間が合えば僕も純や蒼真を誘って応援に行きたい………まぁ、行きたいと言うか、既に三人共の予定は押さえてあるから行くんだけどな。
『まぁ、そこはイベントの内容を見てから決めても良いんじゃないかな。多分、今月の終わりか来月の頭には正式発表が有るだろうし、フル参戦は無理でもスポット的な参加は出来る系のイベントかも知れないからな。ほら、夏に行われたイベントみたいに………』
自分で言っておいて今さらの話だけど、思い出したくない事を思い出してしまったよな。
来年の夏のイベントは、肝試しでは無い事を今から運営様に切実にお祈りしておきます。本当に、本当に、よろしくお願い致します。
『クリスマス関係の単発的なイベントの集まり………』
『『『『クリスマス!?』』』』
僕の発言を遮るように、サラを除く女性陣が一斉に同じような反応を示す。はっきりとは目に見えている訳では無いのだけど、何故かホームのリビング全体を覆うような強烈な闘気と寒気を感じるんだけど、僕の単なる思い過ごしなのだろうか………
まぁ、女の子の方がクリスマス等のイベント好きだから、やる気を出しても仕方の無い事かも知れないけどな。
『それは、普通に有りそうだな。ギルマス、ギルドとしては何かするのか?』
『シュンさん、その件で少し良いですか?私は十二月二十五日が日曜日なので、ギルドの皆さんと一緒にクリスマスパーティーがしたいです』
クリスマスパーティーか、今年は………いや、こんなところで密かに見栄を張るな僕。今年も、例年通りクリスマス当日とその前後は、純や蒼真達と過ごす程度の予定しか僕のスケジュールには存在しないのだから。
多分、二人にもゲームをする以外に予定は存在しないのだろうから、僕達のイベントに巻き込んでも構わないだろう。どのみち、同じ時間を過ごすのなら、それがトリプルオーの中でも同じだからな。むしろ、二人にはトリプルオーの中の方が楽しいに違いない。
………と言うか、基本的に現実の出来事よりも仮想空間のイベント命のあの二人が、何故あんなにもモテるのだろう?
やっぱり、顔か?顔が、そんなにも大事なのか?十数年一緒にいるけど、そこだけは本当に謎なんだよな。
〔『主よ、大丈夫なのじゃ。主の良さは見た目では無いのじゃ。長く一緒にいる事でワシらには分かっておるのじゃ』〕
〔『………心も大事』〕
〔『は、はははっ、ありがとう』〕
二匹共に僕の事をフォローしてくれているのは分かるし有り難くも有るのだけど、そのフォローの仕方では微妙に凹むよな。まぁ、優しく(?)フォローしてくれたであろう二匹をトゲトゲしく感じる僕の方が、本当は荒んでいるのかも知れないのだけど。
気を取り直して周りを確認すると、先程から強烈な闘気らしき物を放っている四人が、頻りに頷き合っているところを見ると、皆もクリスマスパーティー賛成派らしいな。この件については、カゲロウとブレットも反対する気(力)は無さそうだ………まぁ、反対の意見を出せそうにないと言うのが正しいのかも知れないけどな。
『よし、分かった。サラ、それ採用。どうやら、皆も同じ意見みたいだからな』
『あ、ありがとうございます。嬉しいです。皆さんも本当に良いんですか?』
『当然や、サラ。ウチも一応は女子やで、クリスマスは好きや。反対するなんて有り得へんわ。なぁ、ヒナタ』
『はい。ですよね。ケイト』
『はいです。アキラ』
『うん。うん。私も賛成だよ。それで時間はどうするの?』
まるで、事前に何回もリハーサルが行われていたかのように滑らかに進む出来事に、僕を含めた男性陣には一音たりとも口を挟む事は出来なかった。
まぁ、皆が楽しそうにしているから、それを遮ってまで口を挟む気は僕には無いのだけど。
『はい。そうですね。時間は昼~夕方ぐらいでも良いですか?前日と当日の午前で準備が出来ますし………』
小学生組の事も考えると、その辺りが妥当だろうな。まぁ、多少の延長有りにしておけば、中高生組にも不満は無いだろうからな。
『そやな。前座の時間は、それでええんちゃうか?皆も夜は個別な用が有るかも知れへんし。なぁ?』
生憎だが、僕の方を見て同意を求められても、僕自身に個別の予定等が有る訳が無い。はっきり言って存在しない………のだけど、フレイ達には有るのかも知れないな。まぁ、普通は無い方が少ないよな。
『あ、あぁ、それで良いんじゃないかな。どうせなら、クリスマスパーティーにギルド以外の知り合いも呼んでも良いか?僕も新人達にもジュネとその仲間(アクアを含む)を紹介したいからな。勿論、料理の方は僕が担当するから、人数が増えても準備での負担は少ないと思うし………どうかな?サラ』
『はい。私も他のギルドの皆さんとも仲良くなりたいですし、呼んでも良いなら、呼びたい友達もいます』
『うん。それも良いよね。さっき、シュンが言っていたレシピ集の紹介も出来るし。あっ!でも、イベント最終日だから、クリスマスパーティーの参加者少ないかも………』
『アキラさん、その時はその時ですよ。俺は【noir】メンバーだけでも十分楽しめると思いますよ。それに、パーティーへの参加自体は個人の予定と言うよりも、イベントの内容次第って言うのが大きいと思いますよ。最終日だと、逆に盛り上がり終わっているかも知れませんよ』
まぁ、カゲロウの言う事も正解の一つなんだろうけど、最終日にイベントが盛り上がり終わってる可能性は、かなり低いだろうな。
今までの少なくない経験から言わせて貰うと、最後の最後で極悪なイベントが追加される可能性が高いのがトリプルオーだからな。決して、簡単にはイベントを終わらせてくれないだろうし、簡単な事ではレアアイテムを獲得させてはくれないだろう。
でも………僕個人としては参加者が少ないのは少し寂しいと思う(決して、妬みからくる嫉妬ではないと強く否定させて貰うけど)し、ちょっと困るよな。この機会にサラとブレットの紹介もしたいからな………うん!?新人メンバー?
〔『主よ、もしかして、肝心な事を忘れておったのではなかろうのう?』〕
〔『………流石の主でも、それは無い』〕
〔『くっ、その通りだよ、白。完全に忘れていたさ』〕
〔『………流石は主。黒でもフォローの方法が見当たらない』〕
色々と有り過ぎて、僕が一人でクエストをしていた本当の理由が完全に抜けていたみたいだな。流石に、これは言い訳の仕方が思い付かないな。
『皆、すまない。クリスマスパーティーの計画で盛り上がっているところを悪いけど、ケイトのクエストってどうなっているんだ?そろそろ終わる頃だと思うんだけど?』
もう少しで十一月も終わりになる。僕が知らないだけで、ある程度の候補者、もしくは内定者が決まっていても可笑しくはないんだよな。
『はいです。あとで報告しようと思ってましたです。このままいくと候補者はクエスト報酬の記念品を三個獲得しそうな二人になりますです。一人は皆さんもご存知かも知れませんが、【ペンタグラス】からやってきたゼスちゃんになりますです』
やはり、候補者の筆頭はゼニスか。
ゼニスの加入クエストへの情熱が他と比べても半端な物では無かったし、トリプルオーのログイン時間が人よりも遥かに多いのも知っているけど、あの手に入れる事自体が大変な記念品を三個か………到底僕には真似出来そうにないな。僕も過去に挑戦した事も有るが、一ヶ月で一個手に入れるのが限界だったからな。
まぁ、ゼニスの方はそんな気もしていたんだけど、ゼニスに負けないくらい頑張ったプレイヤーが他にもいたのか?それも驚きだよな。
『そして、もう一人はグレタフさんと言いますです。こちらも【ペンタグラス】からやってきたプレイヤーになりますです』
『『『『グレタフ!?』』』』
【ペンタグラス】からやって来たグレタフって、あのグレタフか?
………と言うか、彼は【ハウンド】のギルドマスターだったはずだが………どうなってるんだ?【ハウンド】は解散したのか?
『アカン、アカン。却下や、却下。それは、なんぼなんでもありえへんわ』
『そうだね。ゼニスくんが加入する予定なら、グレタフの加入は私も反対かな』
おいおい、見た目が完全に女の子のゼニスを、普通にくん付けして呼んでいるが、まだ会った事のないメンバーが、初めて会った時に大きく動揺するんじゃないのかな?個人的には、それも面白いかも知れないけどな。
〔『主よ、その事についてはワシらも否定はしないのじゃが、今はそれどころではないと思うのじゃ。男の娘くんの事は、一旦置いておくのじゃ』〕
まぁ、そうだよな。自分でも意外な話だけど、僕は皆程慌ててないよな。
〔『………一回戦って情が湧いた?』〕
〔『いや、流石にグレタフに対しては無いと思うけど………な』〕
それとも、僕自身が気付いていないだけで、もしかして僕の心の奥底には慈母神のような慈愛でも有るのだろうか?
いや、あのグレタフに対して『僕とお前は、喧嘩をしたから友達だ』みたいな二十世紀後半のヤンキー漫画のような友情が湧く事は絶対に無いだろう。
〔『シュン、我はグレタフと言う者を知らないのだが、皆に嫌われるような嫌われ者なのか?』〕
〔『そうだな。直接見てないと伝わり難いと思うけど、簡単に言うと、質の悪い猿山のボスザルかな』〕
〔『うむむ。我には、その例えは分かり易いようで分かり難いのだ』〕
まぁ、他に言い表しようのない最低な人物だったからな。こんな事でもなかったら、思い出したくもないくらいには………
『ケイトには、悪いと思うが俺も皆と同じ意見だ』
フレイ、アキラに続いて、普段はケイトの意見に反対しないカゲロウまでが反対の意見を述べたか。それにしても、カゲロウがケイトに反対するのは本当に珍しいよな。
あの時、あの場にいた僕以外の三人が一斉に反対の意思を示す。まぁ、【ペンタグラス】での傍若無人な行為を見ているから、仕方の無い事だと思うし、反対するのは僕も十分に納得出来る話なのだけど………僕には、どんな理由が有ったとしても、あのグレタフが街中のお手伝いクエストを頑張ってまで【noir】に入りたいとは、どうしても思えない。
〔『………裏が有る?』〕
〔『うん。その可能性も有るかもな』〕
まぁ、本音を言うと別の可能性が高い気がするけどな。僕に《見破》スキルが有った頃なら、その詳細も分かったかも知れないけど、今はもう無いからな。
ここまで執拗にゼニスを追って来る必要と言うか理由が有るのか?また、面倒な事に巻き込まれて悪目立ちするのはゴメンだぞ。今いる場所は、僕達が勝手知ったる【シュバルツランド】なのだから。
『まぁ、僕も同意見だけど、最初に決めたルールだから、簡単に無下に拒否する事は出来ないかなとも思うな』
『シュン!自分、何を甘い事を言うてんねん。自分もあの場におったんやろ………ってか、自分がゼニスを庇ってグレタフ倒したやんか。その本人が改心するとでも思ってるんか?』
『それは、確かにごもっともな話だとは僕も思うんだけど、僕には、あのグレタフが仮にあの出来事で多少の改心していたとしても街のお手伝いクエストを頑張るとは思えないんだよね。【ハウンド】の仲間………いや、グレタフの事を語るなら、グレタフ風に言う手下の方がしっくりくるかな。その手下に、自分の代わりにクエストをやらせていると考えた方が、まだしっくりくるんだよな。例えば、素材回収系のクエストなら、集める過程は本人が行っているかは分からないだろう?まぁ、冷静に考えると、そこまでして【noir】に入りたい理由も分からないんだけどな』
僕達は、そう言うルールの盲点を許すつもりは全くないけど、奴らはそう言うルール以外の部狡猾な分だけは上手そうだからな。
『そやな。冷静に考えるとシュンの言う通りやわ。グレタフの名前聞いた瞬間に存在自体を完全否定したからな。そんな考えは全く浮かばんかったわ。確かに、奴が【noir】を恨みこそしても、加入したい理由が分からへんわ。すまん、ウチは少し熱くなり過ぎてたみたいやわ』
『別に気にして無いからな。僕もフレイ同様に思い込んでいたなら同じ事を言ったと思う。だから、気にしなくても大丈夫だぞ。まぁ、グレタフ本人が絡んでいて、【noir】に加入する為の有りそうな理由を強いて上げるとするなら、単純にゼニスに対する嫌がらせ説が濃厚かな』
『それは、本当に有りそうかもね。あっ、他にも有りそうなのはグレタフ完全な別人説?とかかな』
なるほどな。アキラから言われるまで僕も気付かなかったけど、それが一番有り得そうな話だよな。
僕達の知っているグレタフ一派が【シュバルツランド】にいるなら、この街で毎日クエストに勤しんでいるゼニスの方が先に気付いて、僕達に連絡の一つでも入れて来ても良さそうだからな。
『そやな。別人説は有るかも知れへんわ………ってか、逆にそれしか無いんとちゃうんか?』
『分かった。ギルマス、俺が残りの期間を使って、このグレタフの調べる。俺は【ペンタグラス】でも会っているから顔も分かるし、実際にその取り巻き達も何人かは見ているからな。本人だった場合、間違える事も無いだろう。それに、どっちにしても最終的な候補者に対して密着して評価する予定だったから好都合だ。ケイト、ゼニスの方はお願い出来るか?』
『それはNoです。私がゼスちゃんを確認するのはフェアじゃなくなりますです』
まぁ、それはそうだよな。
ケイトが、今更私情を挟んで自分の知り合いに特別な評価をするとは全く思ってないけど、それはあくまで僕達がケイトの人柄や性格等を理解しているからだからな。他の参加者の目から見たらどう見えるかは、容易に想像出来るからな。わざわざトラブルの種を蒔く必要は無いだろうな。
『ですので、ヒナタ、サラちゃん、ブレットくんの中から誰かお願い出来ませんですか?です』
『ケイト、私がやるよ。かなり馴染んではいるけどサラちゃん達は加入して日が浅いからね。まだ、ギルドに合っているのかを評価するのは少し荷が重いと思う』
まぁ、ヒナタにしてみれば、また少し目的の船旅から遠ざかる結果になったけど、それも二日三日の話だろうからな。ここはヒナタの善意と言うか男気に甘えるのが正解かもな。
〔『主よ、ヒナタ嬢は女の子なのじゃ。男気と言うのは少し気の毒なのじゃ』〕
〔『我も同意見なのだ。可愛らしいお嬢さんに言うフレーズでは無いのだ』〕
それは否定はしないけど、この場合のヒナタに相応しい言葉が男気以外に思い付かないんだよな。
〔『………この場合は『優しさ』の一択で良い』〕
〔『あぁ、なるほどな』〕
普段から優しいが標準装備されているヒナタに対して、改めて『優しさ』と言う言葉が僕には出てこなかったな。
実際のところ、サラとブレットの見た目の年齢は僕達と変わらなく見えるけど、中身は普通の小学生だからな。だからと言って、サラとブレットを軽く見ている訳ではないけど、他人を厳しく評価するのは難しいだろうな。同じ年齢の頃の僕には無理だと確実に言えるからな。
まぁ、それを言うなら、他人を評価すると言う面では中学生のヒナタとカゲロウや高校生の僕達三人も、サラやブレッドと大して変わらないと思うけどな………まぁ、決して口には出さないけど。
『まぁ、難しく考えなくても、最終的なフィーリングが合えば良いと思うからな。一緒にいて楽しそうに思えたなら、合格でも良いと思うぞ』
『シュン、それはいくら何でもアバウト過ぎると思うよ。今までからするとね』
『でも、このクエストの場合、最終的な候補に入っているプレイヤーが新しく生産系を取得したとしても、全く頑張れないって言う事はないと思うからな。それくらいアバウトな方が良いんじゃないか?それに、仮に何か有った時は僕達がフォローすれば済むだけの話だからな』
『それもそやな。ギルマスのウチらが最終的な責任を果たせれば良い話やし。今は、それでええんちゃうか』
最終的な責任が何に当たるのかは分からないけど、概ねフレイの言う通りだと僕も思う。
名目上は会議と言う打ち合わせを終えた僕は、船を【サラベール】近郊の港町【ハーバー】に移す為に、ゲートを使ってサラベール山脈中腹にポツンと置き去りにしているエクスライトへの移動を終わらせていた。
あのあとの会議は、特に目ぼしい話もなく滞りなく終わる事が出来ていた。
敢えて、気になった話題を一つ上げるとするなら、カゲロウから出た話で、トリプルオーでは全くと言って良いほどメリットが無いPKらしい者が出没した事くらいだろう。
そのPKらしい者の餌食となったプレイヤーは既に十数名に及ぶらしい。それも、遠距離からの弓でソロプレイヤーを一撃必殺するタイプPK行為らしいので、その犯人の姿を見たプレイヤーもいないらしい。
一説によると、その推定PKに狙われるのが決まってソロプレイヤーの為、犯人はプレイヤーでは無くて、ソロプレイでしか現れない限定出没のボスか魔物ではないかと言う話も有るらしい。
はっきりと分かっているのは、あくまでも犯人が『ソロプレイヤーを弓での一撃必殺で倒す』と言う結果だけ。
なので、犯人が一人なのか複数なのか、プレイヤーなのか魔物なのか、そう言った情報は一つも無いらしい。
僕も前者の推定PK説よりも、後者のレアボス(魔物含む)説の方が信憑性が高いと思うんだけどな。まぁ、その推定PKに対しての討伐者も多数出ているようなので、その内真相も分かるだろうな。犯人がレアボスならば、僕自身も一回は目にしたいからな。
『主よ、何をボ~っとしておるのじゃ。既に船は港町の上空を過ぎておるのじゃ』
『えっ、マジか!?』
どうやら、目ぼしい話ではないと思っていた推定PKの噂に夢中になっていたみたいだな。もしかして、脳で考えるのとは裏腹に心の方は意外と気になっているのかも知れないな。
まぁ、今は明日からのサラベール山脈登頂の為の準備が必要だからな。さっさと船を停泊させて戻ろうか。
今日、【サラベール】近郊で目立ち過ぎる事をしたから、新しい外見対策も必要になるんだよな。だから、【ハーバー】でゆっくりしている時間もないんだよな。まぁ、ゲート登録さえしておけば、あとで自由に来れるから暇を見付けて訪れば良いだけの話なんだけど。
『お~い、シュン。船にいるって聞いて来たんだが、いるの………おい、何だ!?ここは!?』
『いる。ここにいるから、ひとまず落ち着け。見た目通り、海の上の空の上だ。それで何か用か?このあと予定も有るから手早く済ませて欲しいんだけど………』
何をそんなに慌てる事があるんだ?初めて見た訳でもあるまいし………この船で空を飛ぶのはアクア自身も経験済みだろう。
『これが、落ち着いていられる事か、一体ここはどこなんだ。目の前に見える雪山は何だ?雪山のエリアとか俺は………いや、ほとんどのプレイヤーは見た事が無いんだぞ』
『あぁ、そっちか。ここはヨーロッパサーバー【サラベール】の近郊の港町【ハーバー】の近くの空の上だ。クエストで用が有って、ちょっと立ち寄っただけだな。まぁ、それは置いておくとして、アクアは何の用だ?僕を探してたみたいだけど………コールでは出来無い話だったのか?』
『これが、そんな簡単に流せて置いとける事か。まぁ、良い。この件は後程じっくりと聞かせて貰うとしてだ。俺の要件は依頼だ。別にコールで駄目だった訳ではないが、これは俺の誠意の問題だ。お願い事が有るのなら、お願い事をする方が手間暇を惜しむな。これは、ある意味当然の事だろ』
僕の方は、後程じっくりと説明に付き合う気はさらさら無いけど、後半の方は最もな意見だな。
だけど、それは他人やそれほど親しくない人を相手にする場合の話だよな。依頼として正式な料金を支払う気が有るなら、僕とアクアの関係で、別に改まって誠意は要らないとも思うけどな。
〔『………やっかい事』〕
〔『もしくは、時間が掛かる面倒事なのじゃ。主よ、先に用事を済ませた方が良さそうなのじゃ』〕
確かに、この感じだと話が長くなりそうだからな。先に港に着けて落ち着いて話を聞く方が賢い選択だろうな。
『分かった。船を港に着けるから、少しだけ待って』
僕は、エクスライトを海上に着水させてから【ハーバー】の港に入港し、念の為に人目に付きにくい端の方で船を停泊させた。港には、ある程度離れた位置に着水させてから近付いた為、特に目立たなかったのは幸いだっただろう。
『それで?何用なんだ?』
『おう。俺のギルドメンバー用に倉庫直通機能付きの鞄を作ってくれ』
『急ぎの用では無かったら、それくらいなら請けても良いぞ。【le noir】の方に注文種別に発注書が用意してあるから、鞄の形状や特徴等、そっちの希望を細かく書いてマナさんかギルドメンバーに渡してくれ』
時間さえ有れば、ベースとなる一個を造って個人のリストからだけでなく、工房のメニューからも複製出来るからな。そんなに手間は掛からないだろう。最近は、【noir】のロゴが入った既製品ばかりが売れて、オリジナル鞄の依頼は少ないからな。久しぶりにやりがいは有るよな。
『いや、悪いがちょっと急ぎなんだ。それに数も………』
おいおい、そこで口ごもってるけど、僕に一体何個の鞄を作らせる気なんだ?
過去に万単位で製作した経験は有るけど、あれは時間が無かったから、性能よりも量を優先して製作した簡単な部類なんだぞ。
倉庫直通機能の付いた鞄が同じ要領で出来るはずが無いだろう。そもそもの話、倉庫直通機能の特殊効果なら素材の在庫が心許ないしな。
『念の為に聞いてみるけど、何個欲しいんだ?』
『あぁ、一人につきオリジナルを二個で合計百個だ』
『なんだ、百個か。驚かせるなよ』
まぁ、個人での発注数としては多い方だよな。それくらいなら、在庫している素材で足りそうだな。
『それなら、依頼を引き受けてくれるのか?』
喜び笑顔を見せるアクア。そして、アクアと僕を呆れた顔で見つめる白と黒の二匹のファミリア。
〔『………話はちゃんと聞く』〕
〔『主よ、もう一度今の会話を思い出してみるのじゃ』〕
〔『うん?何が言いたいんだ。一人につき二個の合計百個だろ?』〕
〔『少し違うのじゃ。一人につきオリジナルを二個の合計百個なのじゃ』〕
うん!?今かなり不吉な単語が聞こえた気がするんだけど、白と黒が聞き間違えただけで完全な誤解だよな………短期間でオリジナルを百個製作するとか、正気の沙汰では無い。
『ちょっと待て、アクア。一応、念の為に確認しておくんだけど、デザインはギルドで共通なんだよな?』
僕が鞄事件で苦労した事を知ってて、製作の依頼をしてくるなら、それは阿呆だけだろう。
『違うぞ。一人につきオリジナルを二個の合計百個だから、全て別々になる予定だ。共通なのはギルドのマークくらいだ』
何も考えていない阿呆がいたな。ここに………
〔『ほれみたことか。主よ、ワシらの耳は確かなのじゃ』〕
〔『………主の耳とは形も性能も段違い』〕
〔『はい。その通りです。本当にすみませんでした。そして、教えてくれてありがとうございました』〕
間違いに気付いたのが正式に依頼を請ける前で助かったよな。本当に感謝だな。
『来月のイベント対策と噂のPK対策だ。だから、なるべく早く欲しいんだ。あっ、そう言えば、シュンはPKの噂聞いてるか?』
何を以て、僕の鞄でPK対策と言っているのかは皆目見当も付かないけど、来月のイベント対策の方で倉庫直通機能付きの鞄を必要とするなら、多分だけど鞄に入るアイテムの絶対容量………つまり、アイテムの数や種類を必用としているって事だよな。
『そのPKの噂は聞いてるけど………悪い。やっぱり、今回は鞄の依頼を断らせて貰う。来月のイベントまでにオリジナルを百個は絶対に無理だ。今の時点で僕個人への依頼は溜まってないけど、ちょっと個人的な用で忙しいからな』
確かに、この依頼なら誠意を見せる必要は有ったかも知れないな。その誠意は完全に無駄に空回りしているけど………
『やっぱりか、急ぎは無理だよな………』
『あぁ、かなり無理だな。急がないなら、その依頼は聞くからギルドのメンバーと相談して返事をくれ』
『分かった。それでOKだ。鞄の件は、それで良いとしてだ。この時期にシュンが個人的な忙しい用って何なんだ?俺達は幼馴染みにして大親友だろ、俺にも詳しく教えろよ』
下世話な心が丸出しのこの笑顔。
こいつ、何か大きな勘違いをしてないだろうか?期待に沿えなくて悪いけど………いや、それは違うな。僕には期待に沿える気が無いのだから。
『別に隠している訳では無いからな。そこに高い山が見えてるだろ?あれの頂上もしくは最高到達点を目指す事だ。《短剣技》と《拳技》のスキルレベル上げも兼ねてな』
本当は、他にもギルドとしてやるべき事も有るけど、ギルドメンバー以外には秘密だからな。それに、この山に出現する魔物の強さが、僕の扱う短剣でも戦えそうなところが大きなポイントだからな。
『おい、個人的な用ってトリプルオーの中の事だったのか?俺は、てっきりリアルの事だと思ってたぞ。来月は十二月で、クリスマスも近いからな』
やっぱり、勘違いしてるな。それも盛大に………僕に毎年クリスマスの予定が無い事は、お前もよく知っている事だろうに………その無情な追い打ちは、いくら僕の事を僕以上に知っている可能性が有る幼馴染みと言っても本当に悲しくなるんだからな。
『まぁ、それはこの際どうでも良いか。シュン、俺も山を登るのに一口噛ませろよ』
どうでも良いと流す事が出来るなら、改めて僕の心を抉るのだけは止めて欲しかったな。まぁ、アクアに対して今更言っても無駄なんだけど。多分、彼には悪気が無いのだろう。物理的な面でも辞書的な面でも………まぁ、この場合は悪気が無い方が質は悪いのだけどな。
それに、ついさっきまで、【双魔燈】の為の依頼を急かしていた張本人の口から出る発言とは、到底思えない自己中心的な発言
『断る!!と僕が言っても無駄なんだろうから、別に付いてくるのは構わないけど、アクアのギルドもイベント準備で忙しいんだろ?そっちは良いのか?』
それとも、僕の方が間違っているのだろうか?
〔『主よ、心配せずとも主は正常なのじゃ。主の友人が異常なのじゃ』〕
〔『………結果的には主も異常?』〕
〔『くっ、二匹共。また突っ込みの腕を上げたみたいだな。まさか、一回持ち上げてから再び落とされるとは思ってもみなかったぞ』〕
これなら一回目から落とされる方が、精神的には良かったんじゃなかろうか。
〔『主よ、待つのじゃ。違うのじゃ。誤解じゃ。ワシの言う事は本心なのじゃ』〕
〔『………黒も』〕
二匹共が本心か、う~ん………この場合は、どう捉えて良いものかが微妙だよな。白の意見を信じたいところだが、黒の意見を正しいと思う僕もいるから、迷うよな。
〔『ところで、今気付いたんだけど、シヴァは?』〕
〔『シヴァ様は、今はホームでお留守番なのじゃ』〕
〔『何で?』〕
〔『シヴァ様は、今日は疲れたらしいのじゃ。残りはギルドで虎猫の姉さん達のお手伝いをするそうなのじゃ』〕
あぁ、なるほどな。今日は既にシヴァを使ったので、もう完全に出番は無い………と言う事はだ。僕に付いて来てもホームにいても結果は一緒だよな。まぁ、あれだけ暴れたのだから、疲れたと言われても仕方が無いのかも知れないよな。
ホームでアキラ達と一緒にいるのなら、問題を起こす事も無いだろし………それにしても、いささか自由過ぎる気がするな。せめて、許可だけは取って欲しいところだな。
『忙しいのは忙しいけど、一日くらいな俺がいなくても何とかすらだろ、ドームやレナが。目の前に有るこんな楽しそうな事を逃すのは俺の主義に反する。それに、珍しい素材をゲットしてお土産に出来れば、鞄造りの足しにもなるだろ。理由を知ったギルドの皆も駄目とまでは言わないはずだ。きっとな』
『そうか………』
主にドームやレナが苦労してるんだろう。気持ちだけは僕も分かっているからな。同士達よ………
『この辺は雪が無いから分からないけどな。雪の有る【サラベール】の山側周辺で一通り戦ってみて、魔物から採れる素材と自然素材は鞄には向いていないのは分かっている。それでも良いのか?まぁ、山の中腹より上は未開だから、鞄に向いてる素材が手に入る可能性も有るけどな』
『へぇ、そうなのか。それで、分かってる範囲内では何が出るんだ?』
『スノーラビットやスノーウルフ。あとは出現率の低いスノーマン、雪系がメインだな。氷系が得意で火系が弱点になるから、火系の武器なら比較的に戦い易いな。まぁ、基本的にサーバータウン周辺だから魔物は弱いし、獲得出来る素材もランクが低いんだけどな』
『そっか、俺達には珍しくてもサーバータウン周辺で獲得出来る素材なら、レア度は知れてるか』
まぁ、確かにランクが低い素材だが、他の素材と合わせる事で大化けする可能性は有るのだけど。それは、今アキラやフレイが研究中だからな。今のところは秘密にしておこう。
『そう言う事だ』
『だが、会ったことの無い魔物と言うのはゲーマーにとっては魅力以外の何物でもないから、全く問題は無いけどな』
『それなら良いけどな。あっ、あと一つ注意事項が、一回に出てくる数が多いのと速度が速いからから、それなりに面倒だぞ。街で聞いた話では、一応街から海側に出る方が初心者向けで、山側に出る方が上級者向けらしいからな。まぁ、僕で何とか出来る程度だから、アクアは楽勝だと思うけどな』
ジュネに聞いた話だと、アクアは既に種族レベルが100になりカンストしているらしい。まぁ、学校と削りに削ったの睡眠時間以外は、ほぼ常にトリプルオーにログインしているアクアだから出来る芸当らしいけど、僕にそれは真似出来そうにないし、真似する気も無いからなよな。
『了解だ。じゃあ、待ち合わせは明日の夜、【サラベール】の山側入口で良いか?』
『僕は、それで良いけど。アクアは今日じゃなくて良いのか?忙しいんだろ?』
『俺は、【サラベール】へのゲート登録が無いからな。これからちょっと雪への慣らしも兼ねて、街まで登って来るよ。ギルドの事も有るから、本当にちょっとだけだがな。じゃ、明日な』
そう言い残してアクアは、颯爽と【ハーバー】の街の中へと消えて行った。
【ハーバー】から【サラベール】は少し距離が有るけど、場所が分かっているなら、アクアに問題は無いだろうな。まぁ、それとは別に、彼のちょっとがちょっとで終わるとは僕にはとうてい思えないけど、それは僕には関係の無い事だからな。
本当にすまない………ドーム、レナ。
………となるとだ。僕は、このあとはどうしようか。まぁ、実際は改めて悩む必要も無いんだけど。予定通り、仮のローブマントの製作とギルドの改築をすれば良いだけの事だから。
装備
武器
【ソル・ルナ】攻撃力100/攻撃力80〈特殊効果:可変/二弾同時発射/音声認識〉〈製作ボーナス:強度上昇・中〉
【魔氷牙・魔氷希】攻撃力110/攻撃力110〈特殊効果:可変/氷属性/凍結/魔銃/音声認識〉
【空気銃】攻撃力0〈特殊効果:風属性・バースト噴射〉×2丁
【火縄銃・短銃】攻撃力400〈特殊効果:なし〉
【アルファガン】攻撃力=魔力〈特殊効果:光属性/レイザー〉
【虹鯨(魔双銃剣ver.)】攻撃力500〈特殊効果:七属性〉
【白竜Lv90】攻撃力0/回復力280〈特殊効果:身体回復/光属性〉
【黒竜Lv88】攻撃力0/回復力268〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉
防具
【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40
〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
天狐族Lv79
《錬想銃士》Lv22
《真魔銃》Lv23《操銃》Lv43《短剣技》Lv44《拳技》Lv10《緩急》Lv9《魔力支援》Lv11《付与術改》Lv30《付与練銃》Lv31《目で見るんじゃない感じるんだ》Lv50《家守護神》Lv67
サブ
《調合工匠》Lv33《上級鍛冶工匠》Lv8《上級革工匠》Lv7《木工工匠》Lv42《上級鞄工匠》Lv10《細工工匠》Lv46《錬金工匠》Lv45《銃工匠》Lv36《裁縫工匠》Lv16《機械工匠》Lv24《調理師》Lv27《造船工匠》Lv2《合成》Lv53《楽器製作》Lv5《バイリンガル》Lv15
SP 38
称号
〈もたざる者〉〈トラウマニア〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈摂理への反逆者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈やや飼い主〉〈工匠〉〈呪われし者〉〈主演男優賞?〉〈食物連鎖の最下層〉〈パラサイト・キャリアー〉




