サラベール山脈(ドラゴン)
『シュン、アレはヤバイ。ヤバイ奴です。俺の防御力だと紙と大差ないです』
まぁ、僕もそうだとは思う。多分、あの攻撃なら《付与術》を掛けまくって限界まで底上げした僕の防御力も紙と変わらないだろう。しかも、それだけ底上げしても今のブレッドよりも薄い事は確実だからな。まぁ、紙は紙なりにひらりひらりと回避させて貰うけどな。
『ブレッド、焦るな。少し落ち着け。パッと見た感じだと分かり難いけど、あの攻撃は範囲が少し広いだけで必ず命中する攻撃では無いし、厄介なステータス異常追加も無い。簡単に言うと直撃を喰らわなかったら大丈夫なタイプの攻撃だな。攻撃よりも回避を優先して、なるべく攻撃の範囲外に出ていれば、簡単に喰らう事は無いと思う。爪攻撃の速度は若干遅目だし、ブレスは事前に僅かだけど固有の溜め時間が有りそうだ。これも気を付けおけば、直撃だけは避けられるだろう』
【noir】に加入して、まだ日の浅いサラとブレットは知らない話だと思うけど、合体ビークィーンの全体攻撃に比べれば、範囲も狭いし回避もしやすそうな攻撃なので、今さら僕達がいちいちビビるような攻撃ては無いからな。
僕達の目に映っているのは、プレイヤーを蹂躙していく巨大な緑色のドラゴン。推定、全長十二メートル………ビルの三階から四階相当と言ったとこだな。まぁ、これくらいのサイズになるとトリプルオー内なら大概の建物よりも高くなるんだけどな。
そして、このドラゴン自体は大きさが大きさなだけに、その方向さえ間違わなければ喫茶店を出た瞬間から見えていた。見た瞬間は、どの時代から恐竜を連れて来たんだと小一時間程運営と話をしてみたいぐらいには僕も驚いている。
ちなみに、このドラゴンは四足歩行タイプらしいので、白達の分類で現すなら、亜龍種に相当する。いくら、亜龍種が竜種の下位種だと言っても、このマザードラゴンと白達が戦えば、笑い話にならないくらいの白達の完敗になる気がするんだけど、僕の思い過ごしなのだろうか?
………と言うか、このマザードラゴンは一体どこに隠れてたんだ?こんなのが街の近くにいたら絶対に目立つし、遠くから近付いて来たとしても誰かが気付くはずだろう?まさか、転送とか使えないよな。もし仮に使えたとして、それを戦闘中に使われたとするなら、倒すどころの話では無くなるからな。そこだけは頼むよ。本当に………
その反面、ブレッドが言うように、僕達にも一目でマザードラゴンの恐ろしさも伝わってきている。僕達がしっかりと確認出来たのは、たった二十秒程の出来事だったけど、マザードラゴンは、それだけの間に爪の一振りで二人、ブレスの一息で三人、ジャンプ着地後に出る衝撃波で少なくとも一人を亡き者にしている。
まぁ、個人の感想としては、ブレスが広範囲に吐き散らす系では無く、前方一直線に吐き続ける系なのは救いかもな。その点は、以前に戦ったツインテールドラゴンよりはマシだと思うからな。あと、尻尾の長さから見ても尻尾の攻撃は驚異にならないだろう。あのドラゴンにしては短か過ぎる可愛い尻尾で倒されるのなら、それは倒されたプレイヤー側に大きな問題が有るのだろうな。
………と言う事は、マザードラゴンのジャンプ着地後に巻き起こる切れ味の鋭い鎌鼬のような衝撃波と範囲攻撃ブレスは、距離を取って、ポジショニングを気を付けておけば直撃を喰らう事の方が難しそうだから、一旦置いておくとして………僕達が気を付けるポイントは、前足?を振り回す爪攻撃ぐらいなのか?いや、絶対に他にも有りそうだよな。ヨーロッパのプレイヤー達が二週間も果敢に挑んで連続で負け続けるくらいだから、警戒を密にしておいても損は無いだろうな。
それにしても、これを相手にして二週間も挑み続けるとか、ヨーロッパのプレイヤーは一種のMの集まりでは無いのだろか………僕なら、諦めて他のイベントを頑張る方に移行するかも知れないよな。まぁ、前にも言ったけど、仮にこれが【シュバルツランド】で起きたイベントだとするなら、ジュネ一人でもいれば、どうにかしてでも解決する事だろう。
〔『主よ、流石にワシも落ち着き過ぎだと思うのじゃ。少しは焦っても良いと思うのじゃ』〕
〔『まぁ、そうだよな』〕
確かに白の言う通りで、巨大なレイドボスを目の前に落ち着き過ぎてる気もするな。まぁ、ある意味で現実逃避とも言うんだけど………さて、そろそろ頑張るとするかな。
『アキラ、皆への指示とかフォローを任せても良いか?僕は、前線を維持してくれているプレイヤーのサポートに回るから』
取り敢えず、前線に行く前に《付与術》だけは、皆に掛けておいた方が良さそうだよな。
『分かったよ。ヒナタとサラちゃんは回避優先。遠距離から魔法で回復と魔法盾系の魔法をお願い。ブレッド君は、回復系のアイテムを使って前衛の回復と皆のフォローを………シュンの作った鞄なら、鞄の共有部分が倉庫と繋がってるから倉庫の中身は自由に使って。今日は出し惜しみは無しだよ。勿論、ブレッド君も自分の命優先してね。私は遠距離アーツで攻撃していくから。残り時間は………五十分を少し切っちゃったか。皆、最後にもう一度言うけど絶対に自分の命を優先だからね』
『『『はい』』』
皆、良い返事だな。やっぱり、僕とは違ってアキラが纏めると場が締まるらしい。
皆に〈守備力増大〉と〈速度増大〉と〈回避増大〉。そして、念の為に白のアーツ〈部分結界〉を掛けて、僕は前線へと駆け出した。
『〈攻撃力激減〉、〈速度激減〉、〈速度激減〉』
まず、前衛達の態勢を整えるところからだな。
僕は、前線で指揮を取っている風なプレイヤー達に近付きながら、マザードラゴンを《付与術》で弱体化させる。これをしておかないと本当に全滅しかねないくらい、前衛の動きがぎこちなく感じる。
いかに、普段一緒にプレイする仲間内の前衛達が頼りになっているのかが分かるよな。フレイ、カゲロウ、ついでにアクアも………本当に感謝します。
『お~い!!そこの人達、ちょっと良いか?助っ人に来たんだが、ここのレイドに参加するのは初めてでな。このレイドバトルのリーダーは誰なんだ?教えてくれないか』
まぁ、多分だが………見た目的にも威厳的にも、この筋骨粒々の巨漢、部分アフロヘアーがリーダーなんだろうけどな。さらに細かく言うならば、種族が物理に強いダークエルフで、装備もガッチリした前衛系。きっと、前衛並びに戦線を統一しているプレイヤーなんだろうな。
『それは有難い。レイドリーダーは儂である。ギルド【グレーテル】のギルドマスター、ヘンデルだ。種族はダークエルフで、ジョブは《調教師》だ。四十五才独身のドイツとフランス人のハーフである。ちなみに、彼女は募集中。趣味は…………』
おいおい、ほっておくといつまでも話し続けそうなん気配がするんだけど、僕の気のせいか?
レイドバトルのリーダーは、僕の思っていた人物だったけど、装備等の見掛けとは裏腹にジョブが後衛系とは完全に予想外過ぎるぞ。このヘンデルと言う人は………
それに、ヨーロッパの人は、こんな緩い感じなのか?いや、違うな。周りのプレイヤー達もヘンデル(僕の中では、もう完全に彼の呼び名は変です一択だけど………)を見て露骨に嫌な顔をしているからな。
だけど、そんなに嫌そうな顔をするぐらいなら、この行動を止めてほしいんだけどな。まぁ、グリム童話の登場人物みたいな名前から推測して、冗談を真っ先に優先する系のプレイヤーなんだろうな。
………と言うか、レイドバトルに勝てない理由って、これじゃないよな。レイドバトルのリーダーが変人と言うのが理由なら、今すぐこの戦場から撤退させて貰うぞ。
〔『主よ、多分じゃが、毎回レイドバトルのリーダーは違う人物なのじゃ。いつも同じ人物がリーダーをやるのは、このイベントの流れでは不可能なのじゃ』〕
〔『まぁな』〕
流石にそれは考え過ぎだよな。イベントの開始する時間帯がランダムなら、毎回同じメンバーが集まる事も無いだろう。
『悪い。そう言う自己紹介は、このレイドが終わってからにしてくれ。僕は、シュン。回復と補助メインのプレイヤーだ。レイドバトルの経験は二度程有る。指示をくれれば、それなりに働くぞ』
本音を言うなら、今後会う予定が全く無いプレイヤーの細かい自己紹介まで聞く気は無いからな。それに、残念ながらと言うか、有り難い事に僕に永遠のように話続けるオッサンの趣味を聞くと言った変な趣味は持ち合わせていないからな。
『………と料理と釣り………分かったのである。では、シュン殿には、敵愾心を管理している壁役の回復とフォローをお願いしたい』
まだ、自己紹介を続けてたのか?いつまで続ける気だったんだ?僕以上に緊張感が無さ過ぎる気もするんだけど………ヘンデルの周りで苦い顔をしているギルドメンバーの皆さんに思わず同情したくなるな。
まぁ、僕としてはやる事が分かったから良いけどな。確か………タンクと言うのは壁役の事だったよな。まぁ、ざっと見る限りでは、前に行けば行くほど消耗が激しそうだから、回復を優先させるのは分かるのだけど………ヘイトって何だ?
〔『主よ、ヘイトとは相手に攻撃したり挑発したりする事で、その相手に蓄積する敵愾心の事じゃ』〕
〔『………それが、有るのと無いのでは何か違いが有るのか?』〕
〔『それが有ると相手に狙われやすくなってしまうのじゃ。前衛系の者には常識的な事じゃ』〕
〔『………なるほどな』〕
僕がいつも戦闘の後半になるにつれて、敵から狙われる確率が高くなっていたのは、その敵愾心………ヘイトって言うのを僕が上手く管理出来てなかったからなんだな。
そう言う事なら、今まで疑問だった事が色々と納得出来るよな。戦闘では極力目立たないように後方で立ち回っている周りのプレイヤー達に比べて一段と貧弱な僕が目立つ理由は、危機的状況で放つ起死回生の高威力な一撃がヘイトを集め過ぎる事で、魔物に狙われている事に有るのかも知れないよな。これは良い事を聞いたかも知れないな。この知識を得られただけでも十分に【サラベール】に来たかいが有りそうだな。
〔『………常識的な話』〕
〔『主よ、今さらその話を人にすると笑われるのじゃ。特に主に親い者達には………』
うん。話を聞いた瞬間に僕も何となくそんな気はしてたな。
『了解だ』
この言葉には、ヘンデルへの返事の他にも白達の返事も含まれている。これぞ、一石二鳥と言うやつだな。
〔『白、黒、HP的にヤバそうなプレイヤーから順次教えてくれ。まずは、前衛達の回復を優先する』〕
〔『ワシも了解なのじゃ』〕
〔『………左側のダークエルフ男』〕
アレか?確かに瀕死一歩手前ってところだな………と言うか、あの状態でよく持ち堪えているよな。よっぽど個人の技術が高いのか、戦闘に慣れているんだろうな。
『そこの青髪のダークエルフ、回復行くぞ!!』
【白竜】と【黒竜】の連射でHPとMPを回復して、おまけに〈部分結界〉を放つ。これで、ブレスはの直撃は無理だとしても爪の攻撃一回分は防げるだろうな。
『おっ、おい、ちょ、ちょっと待て、焦るな。お、おっちゃんは味方だ。や、やめろ~~~………うん!?か、回復してるのか?おい、兄ちゃん、一体どう言う事だ?説明しろ』
自称おっちゃん(まぁ、その見た目や動作からしておっちゃんだけどな)よ、まず自分が焦るのを止めたらどうだ?それにしても、【白竜】からの回復って毎回説明しないといけない事なのだろうか?
〔『主よ、仕方が無いのじゃ』〕
〔『………何事も諦める事が肝心』〕
まぁ、色々と手遅れなので諦めてはいるんだけど、戦闘中だけは説明を求めるのは勘弁して欲しいよな。
『その質問は却下だ。こちらは一切答える気は無いし、受け付ける気も無い。そう言う物だと理解して欲しい。回復は僕に任せて、皆さんは攻撃に集中してくれ。時間は残って無いぞ』
見知らぬダークエルフと喋りながらも、戦線を立て直す為に、回復と〈部分結界〉を射撃していく。
『うっ………兄ちゃん、分かった。恩に着るぞ』
『すっげぇ~、すっげぇ~な、シュンは。いつも………くっ!!〈インパクト〉あんな感じなんですか?』
ブレッドが三人を庇うように一足飛びに前に出て、マザードラゴンから飛んでくる衝撃波をアーツで弾き返す。衝撃波自体は爪やブレスよりも威力が低い事も有り、難なくアーツで捌き切っている。逆にブレッドは、思っていたよりも衝撃波の威力が低くて拍子抜けと感じているのだが………流石にヨーロッパのプレイヤー達に囲まれている今、それを顔に出す程の度胸は持ち合わせてもいない。
『前衛の皆様、回復行きます!!〈ヒールレイン〉。確かに、シュンさんと比べられると私の回復は物足りなく感じますよね』
その隙に、ブレッドのフォローを受けたサラが範囲回復魔法を放つ。長い間二人でパーティーを組んでいただけ有って、この辺りの連繋はスムーズだ。サラも回復後は決して同じ場所に留まらず、常に動いてマザードラゴンの攻撃に注意している。今みたいなプレイを《回復士》系の間ではヒット&アウェイならぬ、ヒール&アウェイと呼んでいたりもするらしい。
ちなみに、〈ヒールレイン〉は水属性の範囲回復魔法で、単体への回復量こそ【白竜】の性能には劣っているが、広範囲を一気に回復出来る事でトータルでの回復量では勝っている。むしろ、こう言うレイドバトルでは単体回復しか出来ない【白竜】よりも重要になってくるだろう。
『まぁ、大体は………そうかな。〈紫電扇〉。あれで、本人は生産系のプレイヤーだと、シュンが本気で思ってるから少し達が悪いよね………』
『まぁ、シュンさんですからね。あっ、そちらの方、〈風の加護〉いきますよ』
アキラが放った牽制兼遊撃の間に、ヒナタが事前に準備していた範囲補助魔法を放つ。〈ヒールレイン〉の詠唱中に〈風の加護〉を準備しているあたりを見ても、決してヒナタのプレイヤースキルが低いとも思えない。なので、実際は回復量に関して悲しく感じる事ではないのだけど、《回復師》としてのプライド等を考慮すると分からない話では無いのかも知れない。
ヒナタが放った〈風の加護〉は、βテスターの検証好きのプレイヤー達を持ってして《風魔法》スキル唯一の長所と言わしめた魔法だ。その効果としては、数回分の〈ウインドシールド〉+攻撃への風属性の追加効果+風耐性付与+速度上昇。スキルレベルとの兼ね合いで、効果の継続時間や威力、〈ウインドシールド〉の回数等に変化が有るのでスキルレベルが低い状態ではMP消費に対して効果は低いし、やたらと詠唱に時間が掛かる欠点も有るが、それを踏まえても十分なお釣りが来るほどの至れり尽くせりの魔法だったりもする。
ちなみに、他の属性魔法にも〈○○の加護〉と言うような魔法は存在しており、そのほとんどが似た様な効果を持っているのだけど、速度上昇と言う身体的補助効果が得られるのは〈風の加護〉だけの特長で、この部分を持って唯一の長所と言わしめていた理由でも有る。
『それもそうなんだけどね………う~ん、そろそろお喋りは終わりにしようか。今から、パーティーを二つに分けるよ。ヒナタとブレッド君はマザードラゴンの左側に回って、私とサラちゃんは右側。正面は、このままシュンに任せておけば大丈夫そうだからね。もう一度念を押しておくけど、三人共無茶したらダメだからね』
『はい。アキラも気を付けて』
後方でシュンを異常扱いしている四人だが、自分達も軽くお喋りをしながらレイドバトルを戦えると言うのも異常だと言う事は知る由も無かった………そして、残念ながら周りに知り合いのいないこの状況では、その事を気付かせてくれる存在も居ないと言う事に気付く事も無かった。
一方その頃、【サラベール】近くの街を見下ろせる小高い丘の上………
レイドバトルの行方を見詰める共通点が全く無さそうな四人。
『獅子座、彼が魚座から報告の有った日本サーバーのイレギュラーの片割れですか?』
ただひたすらに黙ってレイドバトルの戦場を眺めていた女が、ようやく口を開いた。
『だろうね。まぁ、ピスケスは彼に接触した時はコードネームを名乗らず、プレイヤーネームのマリアと名乗ってみたいだから、彼は僕達の存在すら知らないと思うけどね』
『でも、ピスケスから聞いていた話と違って、サポートに回っているみたいですが………それは余裕からくるものですかね?』
『う~ん、それはどうだろうね。どっちかと言うと、こっちの方が彼の本質に見えるかな。僕も最初に報告を聞いた時は半信半疑だったけど………確かに、彼は報告の通り異常だよ水瓶座。どうやら、二週間もクエストを進めずに【サラベール】に近付くで彼を待っていた会は有ったみたいだね』
岩に腰掛けて戦場を眺めて微笑むレオと呼ばれた少年が、棒付き飴を舐めながら、右隣りから自分を見下ろして苦い顔をしているアクエリアスと呼んだ女性へ返事を返した。
『それでは、当初の予定通りに【ゾディアック】の欠番………3の双子座か7の天秤座として仲間に引き込むのですか?』
『う~ん………それも、どうだろうね。彼相手にそんな都合良く上手くいくのかな?牡牛座は説得出来ると思う?』
『うむ。分かっていると思うが、説得は俺には不向きな案件だ。逆に力ずくで加入させるのはどうなんだ?』
『レオ、私には無理ですが、【ゾディアック】最強の武闘派であるタウラスならば、彼に勝てるのではないですか?』
『う~ん………確かにタウラスなら、やり方によっては勝てなくもないだろうね。僕では正攻法で勝つのは無理(あくまでも正攻法ではだけど)かな。そうだね………真正面から闘って勝つには、今集まってないメンバーを含めてギルドの幹部全員で襲わないと無理かな』
事も無げに、あっけらかんと言い切るレオ。
『そ、そんなにですか?』
その事に、動揺を隠せないアクエリアス。
『うん。僕の《魔神乃眼》で見る限りは、何も考えずに正面から単純に突っ込んだら、返り討ちに遇うのだけは補償出来るね。まぁ、あの彼が本気で戦うかどうかは分からないけど』
流石に、この一言にはアクエリアスだけでなく、ギルド最強の武闘派と呼ばれたタウラスまでもが苦い顔をする。
『理由としては、彼自身のスキル構成が特殊なのも有るけど、装備している物が格段に異常だよね。向こうは、僕達よりもプレイキャリアが長いから、ある程度は仕方が無い事だとも思うけど………おっ!!やっと、マザードラゴンの残りHPも半分くらいななったね。そろそろ、戦場が動くはずだよ。蠍座、また例の素材の回収を頼めるかい?』
何も言わずコクリと一回だけ頷いたスコーピオと呼ばれた全身を黒一色で纏め上げた細身で長身の男は、結局一度も喋る事無く三人を小高い丘に残して戦場へと向かって行った。
『残りHPが半分を切ったのである。そろそろ例の攻撃が来るのであ~る。警戒を密に、注意を払え………』
後ろの方から、戦場に響き渡る気の抜けた指示が飛んでくる。
テンションが少し下がった事は置いといて、例の攻撃って一体何だ?何かしらの特殊な攻撃が来るのか?残りのHPが半分を切った事で、戦闘方法にも変化が有るのか?
まぁ、爪とブレスと衝撃波だけなら、上手く戦略を立てれば二週間も倒せないと言う事は無いだろう。現に、少し共闘しただけだが、ここまでは苦労する事も無く順調にマザードラゴンのHPを削っているからな。最初に予想していたよりもレベルや技術が低く無い事も分かっている。
それにしても、誰一人として今のヘンデルの言葉に耳を傾けた様子が無いのは何故だ?その情報を予め知っているからなのか………それとも、ヘンデルを信頼出来ないからか?まぁ、僕なら後者なのだけど、皆が後者で無い事を祈りたいよな。
グォォォォォォォ~~~~~ン
『うぉっ!?』
マザードラゴンが雄叫びと共に、全方向に向けた衝撃波を繰り出し、色とりどりのベビードラゴンまでも産み落としている。
その衝撃波の一撃で、かなりの時間を費やして前衛に掛けた白の〈簡易結界〉と身体強化系の《付与術》が一瞬にしてに無に還っている。勿論、僕自身に掛けていた分もだ。流石に全員とまではいかなかったみたいだけど………やっぱり、マザードラゴンも特殊な攻撃を持っていたみたいだな。
えっ~と、今のは………〈魔法無効化〉か、流石にそれを乗せるた衝撃波を狡くないですか?
〔『………仮にもレイドボス。当たり前』〕
まぁ、そうだよな。それに、僕としては衝撃波よりも大量に湧いているベビードラゴンの方が面倒そうだな。多分、ベビードラゴンの方が例の攻撃の本命だろうな。
マザードラゴンから産み落とされたベビードラゴンが、一斉にプレイヤーを襲い出している。一気に相手の手数が増えた事で、僕達の回復によって、ある程度の安全を保たれていた戦線が崩れ掛かっている。僕は戦局を分析しながら、近くにいるプレイヤーから〈簡易結界〉を掛け直していく。
〔『主よ、大絶賛大量増殖中なのだ』〕
〔『………しばらく、止まる気配が無い』〕
能力面はともかく………数と言う面では、既にレイドバトル参加者を大きく上回っているからな。こう言う時の数は一番の暴力に成り得るのだから………
それに、どの個体も前衛達の一撃程度では倒せていないので、産み落とされた一匹一匹自体もそこそこの強さは持っているのだろう。これなら、二週間も負け続けていた理由も分かる気がするな。
〔『シュン、それだけでは無いのだ。マザードラゴンが回復しておるのだ』〕
『うおっ、マジか!?』
急に出した一人言に、振り返ってくるプレイヤーもいたが、いちいち気にしている場合では無いだろう。
僕は、シヴァの非情とも取れる発言に《見ない感じ》をフルに使って、マザードラゴンのステータスを確認する。
そして、確認してみた結果、かなり予想を斜め上に進む展開へと進むな事となる。産み落とされたベビードラゴンの中には、回復魔法らしき物(多分、ベビードラゴン専用のアーツだよな)でマザードラゴンを回復させる青い色をした個体がいた。しかも、マザードラゴンにはベビードラゴンを産むのを止める気配が一向に無い。
まぁ、救いなのは、産み出されたベビードラゴンを倒せばマザードラゴンの方にも若干だがダメージを与えられているところか。でも、徐々にだがマザードラゴンのHPが回復しているよな。つまりは、与えるダメージよりも回復が上回っていると言う事なんだろうな。
う~ん、不味いな。正直なところ、かなり面倒な攻撃だな。今のところ、前衛の皆さんの頑張りで後衛まではベビードラゴンの攻撃が届いてないみたいだけど、このままだと前衛達の壁が破られるのも時間の問題だろう。まぁ、ベビードラゴンを倒す事で得られるドラゴン系の素材的には美味しい状況でも有るので、若干ワクワクしているプレイヤーがいるも事実なんだけどな。まぁ、その内の一人は僕でも有るわけだし………
〔『シュン、今こそ我の出番なのだ。ベビー共を瞬殺するのだ』〕
まぁ、確かに………シヴァを使えば、一気に戦局をひっくり返す事は可能だろう。だけど、シヴァを持ってしても急激に状況が変わる事は無いだろう。いずれは、元通りのじり貧状態に戻るだろう。まずは元を断つと言うか、ベビードラゴンの増殖をどうにかしないとダメだろうな。
〔『シヴァ、少しだけ待ってくれ。ベビードラゴンの増殖を止める方法が分かったら、思う存分に働いて貰うから』〕
〔『うむ。分かったのだ。シュンと我の約束なのだ。指切りをするのだ』〕
それを約束する事までは構わないのだけど、指切りを求めるのは時と場所を考えて欲しいところだな。
『お~い、誰か、ベビードラゴンの増殖を止める方法を知らないか?』
回復をしながら周囲のプレイヤーに聞いて回る。このイベントを二週間も戦っているからには、攻略法を知っているプレイヤーがいてもおかしくないからな。
『尻尾だ。あの短い尻尾に強烈な一撃を入れてブッタ切れば、ベビードラゴンの増殖は一時的に止まる………けどな。今その情報が必要なのか?お前みたいな《銃士》なんかに出来る事が有るとでも言うのか?』
なるほど。ヨーロッパのプレイヤーはベビードラゴンを赤ちゃんと呼ぶのか………郷にいれば郷に従えと言う事だし、僕も赤ちゃんと呼ばして貰おうかな。それと同時にディスられていた後半の方は受け流すとしようかな。いつも通りの流れで、もう慣れ過ぎているのだから………
『………それは、強烈な一撃じゃなくても、ブッタ切れば赤ちゃんの増殖は止まるのか?』
『あぁぁん。《銃士》のお前が何を考えて何をするか全く分からんが、千切れればどっちでも結果は同じだろ………って言うかな。強烈な一撃かダメージの蓄積以外でブッタ切る方法が有る分けないだろ。これだから、《銃士》は………』
それに、流石に二週間も戦っているだけあって、ある程度は情報を持っているみたいだな。まぁ、プレイヤーのガラの方は、かなり悪そうだけど。それと、《銃士》を世間知らずと同じ扱いにした事だけは忘れずに覚えておこう。
『おっさん、ついでにもう一つだけ良いか?マザードラゴンには弱点とか急所は無いのか?』
まぁ、《見ない感じ》でも反応が見られないからな。多分、無いのだと思うけどダメ元で確認はした方が良いだろうな。
『マザードラゴンの弱点は無い………』
やっぱり、そうだよな。そう都合良くはいかないよな………
『………が、どこかに有る一枚だけ目立っている金色の鱗を攻撃すれば弱体化するはずだ』
なるほどな。今の時点で弱点は無いけど、こちらの行動で弱体化させる事は出来るんだな。これは初めてのパターンだよな………これからの参考にさせて貰おうかな。それにしても、その事をヨーロッパのプレイヤー達は良く見付けたよな。
『アレか………』
《見ない感じ》で集中的に見ると一枚だけ色の違う鱗を見付ける事が出来る。あの金色で目立つ鱗が逆鱗で弱点の起点なんだな。まぁ、あれだけ目立っているんだ。数十回も戦っていたら気付く事なのかも知れないな。
〔『聞いてた通りだ。今から僕が何をするか分かるなよな』〕
〔『分かっておるのじゃ。主は、シヴァ様と【アルファガン】を使うのじゃろう?』〕
〔『………違う。使う順番が逆』〕
〔『黒よ、ワシは主の使う順番通りに言ったのでは無いのじゃ。シヴァ様を前にしたのは、ワシなりに敬意を示した結果だからじゃ』〕
まぁ、白達からすればシヴァに対して敬意も必要なのかも知れないけど………本人を前にして本音を喋ったのなら、それも無意味じゃないのかな?
〔『まぁ、そう言う事だ。シヴァ、準備は万端か?』〕
〔『我は、いつでもどこでも準備万端なのだ』〕
普段はあれだが、こう言う時は頼もしいよな。僕は、手持ちの武器を【アルファガン】に変えて、〈オール上昇〉の《付与術》を再び自分自身に施す。
〔『じゃあ、行くぞ』〕
『まずは喰らえ!!〈リング・イン〉』
僕は、マザードラゴンの尻尾を目掛けて、【アルファガン】の〈リング・イン〉を放つ。
最早、僕の中では定番になりつつある部位欠損の為の戦術だ。見た目に反してダメージは低いのだけど、標的を確実にブッた切る事は出来る。これは、アクアのトラウマを生んだ人体実験により証明済みだからな。
僕の予想通りに、【アルファガン】から時間差で放たれるレーザーは、太く短いマザードラゴンの尻尾をブッタ切った。
そして、地元のプレイヤーに教わった通りに赤ちゃんの増殖も止まる。ざっと見た感じ、かなり回復されてしまったようだけどな。折角、半分まで減らしていたマザードラゴンのHPが一割程度回復しているからな。
『次はシヴァ頼むぞ。〈リング・アウト〉だ』
続けて、両手に【虹鯨】を持って、マザードラゴンを中心に外に向かって〈リング・アウト〉を放つ。【虹鯨】から放たれる無数の弾幕が的確にベビードラゴンだけを捉えていく。
ちなみに、通常の銃で放つ〈リング・アウト〉は敵味方関係無しのランダムで行われる無差別攻撃なのだが、魔獣器で放った場合は少し違って魔獣器本体の意思任せになっている。これは、以前に【黒竜】と【白竜】を使って実験済みなので安心して使えるんだよな。まぁ、【黒竜】と【白竜】で使った時は、仲間のMPやHPの疑似範囲回復アーツになったんだけどな。
結果として、敵か味方に対してのみ必中効果を得られる非常に便利なアーツに変わるのだが、ほとんどレイドに参加しない僕からすれば、今までは微妙に使いどころが無くて半ば封印状態になっていた。
シヴァの制限時間をギリギリいっぱい使って、数百匹いたベビードラゴンのほぼ全てを駆逐する。残っている数匹も虫の息と言った感じで他のプレイヤーに倒されれようとしている。
流石はファミリアの王だよな。この威力は異次元だ。
数百匹のベビードラゴンが倒された事で、マザードラゴンの残りHPも二割程度まで削られている。
『な、なんだったんだ。あれは………』
『………アイツは、ま、魔王か』
『えっ、魔王………アイツが?《銃士》だぞ』
『だからだよ。俺はあんな《銃士》は知らない』
『あ、悪夢か』
『悪夢でも良い、覚めないでくれ』
『う、嘘だ。誰か嘘だと言ってくれ』
だが、周りの誰もが嘘だと言わない。
『さっきは生意気言ってすいませんでした』
一人だけは他のプレイヤーと違って、先程の行いを反省しているようだけど、僕は《銃士》を世間知らず扱いにされた事を忘れて無いからな。
『い、今がチャンスである。皆の者、一気に攻めるのである。こ、この二週間の借りを返すのであ~る』
ヘンデルにも、他のプレイヤーと同様に動揺の色は隠しきれていないのだが、そこは腐っていてもレイドリーダーを務めるギルドマスターらしく、戦線を纏めて一気にマザードラゴンの討伐に掛かっている。
残り時間は十分有るし、もう僕は必要なさそうだな。少し離れて僕自身のMPの回復とドロップでも確認させて貰おうかな。いくら僕には竜の力が有ると言っても、一連の攻撃での消耗は半端無いのだから。
『うん!?』
今一瞬真っ黒な何かがマザードラゴンの前を横切らなかったか?早すぎて僕以外は誰も気付いてないみたいだけど………それとも誰かの攻撃だったのか?名前も知らないおっさんに教えて貰った逆鱗と言う金色の鱗も無くなってるから、多分後者なんだろう。
『シュン、お疲れ様』
『お疲れ様です』
『ありがとう。アキラとサラもお疲れ様。でも、良いのか?トドメを刺すのに参加しなくても………』
魔物を倒す時にトドメを刺すと経験値やドロップにボーナスが有って美味しいので、普通なら誰でも参加したいはずだけど………
『はい。最後は地元のプレイヤーに任せた方が良いと思いますし』
アキラ達の考えは、違ったみたいだな。確かに、それは有るよな。これは、僕達のクエストでは無いから、最後の〆まで持っていくのは違う気がするな。まぁ、本当に美味しい竜の素材は僕の鞄の中にたんまりと眠っているのだけど………そこは秘密だ。
『それは、ブレッドとヒナタさんも同じみたいですね』
サラの言葉で、こっちに近付いてくるブレッドとヒナタを見付ける事が出来た。どうやら、ヒナタ達も僕達と同じ気持ちらしいな。まぁ、残り時間は離れて安全圏から回復支援しておけば良いだろう。僕達の本来の目的は、王の依頼だからな。
グォォ~~ン!グォォォ~~~ン!
どうやら、終わったみたいだな。あの赤ちゃん大増殖事件以外は、危険なところは無かったかな。まぁ、あの赤ちゃん大増殖事件がかなりの大問題だったんだけど。あれは、確かに戦力と言うよりも人員………プレイヤーの数が必要だよな。僕の攻撃も前衛の壁役達がベビードラゴンを抑えてくれていなかったら、無理だったからな。紙装甲の僕が一人で突っ込んでだいたら、無惨にも蹂躙されていた事だろう。
『シュン、見て、あそこ。何か変じゃない?マザードラゴンは倒したけど………ほら、あそこ、骨だけが残ってるよ。何かの特殊素材かイベント用のアイテムかな?』
アキラの言う通りで、骨だけが残るのは変だよな。普通なら、倒した時点で全てが光の塵となって消える。骨等のオブジェクトが残っていた事は、僕の少なくない経験では無かったはずだ。
仮に、アレが特殊な素材なら、考えたくは無い事だけど今からアレを狙っての醜い争いが起こるんじゃないのか?まぁ、如何にもトリプルオーの運営が考えて実行しそうな事でも有るところが怖いのだけど………
だが、僕達の心配とは他所に現実時間で二週間も掛かったマザードラゴンの討伐クエストの終了に喜びに湧くヨーロッパのプレイヤー達は、誰一人として気付いていない。
だから、僕達がそれに気付けたのは、単純に全体を見渡せる安全圏まで離れていたからだ。
『危ない、その場から離れろ!』
『危ない、その場から離れて!』
僕とアキラの言葉で、喜びに湧くヨーロッパのプレイヤー達が一斉に振り返る。
『『『『うわぁぁぁぁぁ~~~~~!?』』』』
そこに現れたのは………さっきまでマザードラゴンだったモノの骨だった。
〔連続クエスト4/4【レイドバトル・ドラゴンゾンビの報復】が発動致しました〕
『『『『ぎゃぁぁぁぁ~~~!!』』』』
その緊急連絡が木霊する前に四人のプレイヤーが光の塵となった。さっきとは違って、今度は確実に光の塵へと変わっている。
そして、その中には………このレイドバトルの立役者【グレーテル】のギルマスも含まれていたのだけど、誰一人としてそこに触れる者は居なかったらしい。
あぁ、なるほどな。このパターンも有ったんだよな。
装備
武器
【ソル・ルナ】攻撃力100/攻撃力80〈特殊効果:可変/二弾同時発射/音声認識〉〈製作ボーナス:強度上昇・中〉
【魔氷牙・魔氷希】攻撃力110/攻撃力110〈特殊効果:可変/氷属性/凍結/魔銃/音声認識〉
【空気銃】攻撃力0〈特殊効果:風属性・バースト噴射〉×2丁
【火縄銃・短銃】攻撃力400〈特殊効果:なし〉
【アルファガン】攻撃力=魔力〈特殊効果:光属性/レイザー〉
【虹鯨(魔双銃剣ver.)】攻撃力500〈特殊効果:七属性〉
【白竜Lv84】攻撃力0/回復力264〈特殊効果:身体回復/光属性〉
【黒竜Lv84】攻撃力0/回復力264〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉
防具
【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40
〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
天狐族Lv74
《錬想銃士》Lv18
《真魔銃》Lv21《操銃》Lv41《短剣技》Lv43《拳技》Lv9《緩急》Lv6《魔力支援》Lv6《付与術改》Lv28《付与練銃》Lv29《目で見るんじゃない感じるんだ》Lv48《家守護神》Lv64
サブ
《調合工匠》Lv33《上級鍛冶工匠》Lv8《上級革工匠》Lv7《木工工匠》Lv42《上級鞄工匠》Lv10《細工工匠》Lv46《錬金工匠》Lv45《銃工匠》Lv36《裁縫工匠》Lv16《機械工匠》Lv24《調理師》Lv26《造船工匠》Lv2《合成》Lv53《楽器製作》Lv5《バイリンガル》Lv14
SP 23
称号
〈もたざる者〉〈トラウマニア〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈摂理への反逆者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈やや飼い主〉〈工匠〉〈呪われし者〉〈主演男優賞?〉〈食物連鎖の最下層〉〈パラサイト・キャリアー〉