・・・と思っていたが間違いだったようだ
僕とカゲロウの二人は、完成どころか開発の糸口すら見えないMPポーションの事を一旦置いておき、畑作業に掛かる事にした。
『うぉっ!!』
《農業》スキルを取得しているカゲロウは、種を蒔くと同時に芽が出てくる。これは《農業》スキルの栽培促進と言う効果が発揮されているらしい。僕が同じように種を植えても、カゲロウみたいに瞬間的には発芽してこない。
だけど、《農業》スキルの取得の有無とは関係せずに、種蒔きと同時に肥料や水が足りてない事や収穫時期の目安等のステータスが分かるのが非常に便利だよな。
これだけ便利なら、《農業》スキルの有無は必要が無い気もしてくるのだけど………《農業》スキルの取得者と非取得者の最も大きな違いが出るのは、育てている植物の成長の違いだろう。
既に、先程の種蒔きの時点で気付いていると思うけど、《農業》スキル非取得者は、種を植えて採取するまでに最短で七十二時間掛かるのだが、スキル取得者は最短で二十四時間と三分の一に短縮される仕様らしい。生産効率から考えると、この四十八時間と言うのは大きな差だからな。短気なプレイヤーなら、この時間差は待てないだろう。
まぁ、短気とは真逆の僕だけど、こんな違いを見せられると、ますます《農業》スキルが欲しくなるよな。
【noir】の畑エリアは、四分の三がカゲロウの薬草園で薬草の他にも多くの毒草が植えられている。これは、状態異常回復薬の作成や試作品の研究実験の為にも必要になる。畑での薬草類の栽培は【プレパラート】も既に始めているらしく、ネイルさんに勧められた結果のようだ。
そして、残りの四分の一は………
『なぁ、ギルマス。かなり気になってたんだが………ギルマスは、一体そこで何がしたいんだ?』
『うん!?何って、そうだな………植物園かな』
あえて名前を付けるのなら、【夢王国】僕の夢がいっぱいに詰まった植物園だ。ここには、紅茶用の茶葉数種類だけで無く、コーヒーやバナナ、カカオの木等も植えられている、まるでこの場所だけが南国の世界観だからな。その為に、植物園の一部分をカゲロウに頼んでビニールハウスに設置して貰っている。
それともう一つ、この畑の主であるカゲロウにも秘密にしている事だけど、ビニールハウスの端の方で僕が紅茶の次に大好きな苺も栽培している。ケイトが牛乳やチーズ等の乳製品を作ったら、苺をふんだんに使ったホールケーキでも焼いて、素敵な午後の一時も良いかも知れないよな。あぁ、そうだ。練乳を直接かけてそのまま食べるのも良いよな。ヤバイ、妄想が止まらない。
あっ!!クリスマスの時期には、ケーキを焼いて露店で売っても面白いかもな。こう言う事をするプレイヤーは少ないと思うので売れる気がするからな。
ちなみに、ビニールハウスの設置も《農業》スキル取得者だけの権利らしい。苺の栽培が上手くいったら、ビニールハウスの増設したくなると思うから、やっぱり《農業》スキルは必要なのかも知れないな。
『植物園?それは、どう考えても良く言い過ぎだろ。どう見てもここはカオス的な何かだろ………季節感も栽培出来る土地も全てバラバラになっているぞ。このままだと、この一帯の植物は成長に悪影響が出るぞ』
『そうなのか?ちなみに、どんな風に出るんだ?』
成長せずに枯れるとか、味に悪影響が出るようなら、植える位置を考え直す必要がある。それでも足りないと言うのなら、畑エリアの増設も視野に入れなければならないよな。
『この感じだと、そうだな………少し成長が遅くなる感じだな。ざっと見たところ、スキル無しのギルマスだと………予定日よりも、三日~七日ってところだ』
『それだけか?』
『それだけかって、十分に悪影響だろ。生産効率が、ぐん~と下がるんだぞ』
あぁ、生産効率って………カゲロウも、どっぷりと生産にハマってるみたいだな。言っている事が、フレイと変わらないからな。
『いや、この場合は味に影響が出ないなら、僕としては全く問題は無いぞ。この植物園は、あくまでも趣味の延長だからな。あと、畑の拡張とかは畑………この規模なら農園と言った方が良さそうだよな。農園総監督のカゲロウが自由にやってくれて良いからな。必要なら、【noir】の資金は自由に使ってくれても構わないから』
この調子で、ホームを大きくしていくと小さな村一つ分くらいの大きさにはなるかもな。まだ買っただけで使っていない土地が余っているので、今すぐにと言う訳では無いけどな。でも、そうなると移転も必要になってくるから、まぁ、流石に無理だよな。
『………分かった。一応、ギルマスの植物園の管理もまとめて俺がする。雑草とかも適当に処分するからな』
『マジか!?サンキュ。それは助かるぞ』
流石に、毎日畑の為だけにログインする事は出来ないから、管理を手伝ってくれるのは有り難いよな。
ベストな収穫時期が多少ずれても、収穫物が枯れる事は無い。ただし、収穫物の性能や収穫量が多少減少する。まぁ、味に全く影響が無いらしいので、僕的には問題が無いんだけどな。
『ギルマス、収穫は自分でしろよ』
『勿論だ。僕の収穫を楽しみにしてろよ』
お礼の代わりと言ってはなんだが、僕の次の一口はカゲロウに食べさせてやろうかな。
でも、これで残すやり残しは船の改造だけだな。許可も有るし、自由にやらせて貰おうかな。まずは《機械製作》でパーツ造り兼レベル上げだな。今回は大量に使うから、素材の回収も必要になるか………予定には無かったけど、久々に鉱山に潜る必要が有るかな。
そう言えば、鉱山の奧に居るボスは倒した事が無かったよな。中ボスみたいなのは倒した事が有るんだけど………ボスはソロでも狩れるのか?死ぬ事は無いだろうけど、与えるダメージの部分に若干の不安はよぎるな………
まぁ、何にしても続きは明日だ。今日はもう遅いからな。ダンジョンに関しては、アクア達にも聞けば何か分かるだろうからな。
「蒼真、鉱山のボスはソロでも倒せるのか?」
翌日の昼休み、弁当を広げる前に蒼真に聞いてみた。丁度、この場には二人しか居ないので、タイミング的にも良いだろう。
ちなみに、純は日直で遅れているし、晶と麗花ちゃんの二人はジャンケンに負けた為、五人分の飲み物を買いに食堂まで行っている。
余談だが、現在僕は昼休み飲み物買い出しジャンケンを三連勝中だ。普段の運の悪さからみると凄く運が良く感じるけど、三連勝の前に悪夢の三週間連続を記録している。同時に、これは買い出しジャンケンワースト記録だったりもするんだよな。まぁ、これは奢りでは無く、買い出しと言うところが救いなんだけど。奢りだった場合は、僕のお小遣いは既に無くなっている事だろう。何せ、五人分を十五日分なのだから………
「急にどうした?駿がボスの事を聞いてくるのは珍しいな」
「鉱山で採掘のついでにボスでも狩ろうかなって思ったから聞いてみただけだ」
「まぁ、ビークィーンをソロで狩れる実力が有るなら大丈夫だろ。ソロで倒す動画も情報サイトにアップされてるぞ。参考になるんじゃないか?それにしても、普通と目的が逆なんだな。お前は………」
そんな動画も有るんだな。動画には良い思い出が全く無いから敬遠していたのだけど、参考程度に見ても良いかもな。
「あくまでも、僕のシュンは生産系の職人だ。間違えるなよ」
「あんな狂暴な職人が居てたまるか」
そんなに言うほど狂暴なのだろうか?ステータスを見ただけなら、普通のプレイヤーを遥かに下回るんだけどな。身体的に強いスキル構成のカゲロウはともかく、魔法に特化したスキル構成のヒナタにも負けてる部分が多いし………それに、刀を持ったフレイは、もっと凶暴だと思うんだけどな。
「そうだ。動画見るなら、ついでに再生回数ランキング一位の動画も見てみろよ。多分、驚くぞ」
ニヤニヤとこっちを見ながら笑っている。
「………気が向いたらな」
多分、黒の職人さん関係の動画だろうな。これは、わざわざ確認するまでもないだろうな。
「おぉ~~~!!」
トリプルオーにログインする前に蒼真に言われた通り、鉱山ボスのソロ討伐動画を見ていた。ボスは岩系の巨大な魔物だった。内心はボスの大きさに驚くよりも、ボスからも普通に採掘が出来そうな事への驚きが大きいよな。
アップされている動画は、はっきり言って参考にならない。どれもガチの前衛系で遠距離プレイヤーのソロ討伐動画は全く無かったからな。まぁ、どれも凄い動きや見た事の無いアーツも使っているので、見ているだけでもテンションが上がって楽しい訳だけど。
それにしても、「倒される前に倒せ」と言う風な言葉が聞こえてきそうなくらいの脳筋プレイだな。まぁ、その動画でもボスの攻撃方法だけは参考になるかもな。
一通り動画を確認して、僕なりの対処法を考えている。その作戦と言うのは、いつも通り回避主体での戦いでは無く…………白と黒に頼りきった完全な脳筋プレイ。あんな男らしい動画を見たら、いかに僕が紙装甲と言えども気持ちが高ぶるのは仕方が無い事だろう。
「えっと、ランキング、ランキングは………これか。はぁっ!?」
一応、蒼真に言われた事も有り、動画再生ランキングを確認しようとしていたのだけれど………三位以下の追随を許すことなく、一位と二位はジュネの動画だった。四位に黒の職人さん、七位にアクアの動画がランクインしているけど、再生回数には話にならない差が有るよな。
驚くべきは、四位の黒の職人さんのPVP動画以外のベスト10は、ソロでの小規模レイドバトル用ボスの討伐動画だった。イベント以外でもレイドバトルが有るのは知っていたのだが、レイドボスをソロで討伐しようとするプレイヤーがいるとは思わなかったよな。
この場合、ソロで討伐したプレイヤーの数が多い事に驚く方が正しいのか、ただの完敗でしかないPVP動画でランクインしている僕自身を驚く方が正しいのかが分からないよな。
「うぁ~~~………」
取り敢えず、参考までに一位の動画だけを見てみたけれど………これは、全くいたたまれない結果だよな。
ジュネが《魔術師》系のジョブのソロで、どうやってレイドバトル用のボスを倒しているかと言うと、戦闘開始と同時にボスの攻撃を回避しながら、弱点に当たる属性の上位魔法を唱えてトラップのように設置しているのだ。MPが尽きるまで数十発の魔法を設置しおえたら、その魔法がコンボで繋がるようにボスを誘導して、トラップ発動用の着火材として最弱魔法を放つ。それは、まるで花火大会の連続花火のように魔法が次々と連発で放たれてコンボが繋がり、ボスは光となり消えていく。
事前準備に三十分以上掛かっている超長い動画だが、戦闘での非ダメージは0でレイドボスを倒しているし、動画の最初から九割以上は地味な時間が続くのだけど、最後が物凄く派手なので素人に人気が有るのも分かるよな。急激に一気に減り続けるボスのHPにも驚くのだから。
僕が知らない内にジュネの魔法の威力やスキルランクが上がっているのも有るんだろうけど、我が姉ながら本当にろくでもない結果だよな。僕の命がいくつ有っても絶対に足らなくなるので、ゲーム内では絶対に怒らせないようにしよう。
結局、ジュネの動画一本だけでお腹がいっぱいになってしまった僕は、かなりの時間を使った事や脳筋達の勇ましいプレイの存在を知ってしまった事も有り、トリプルオーにログインすると共に鉱山に突入している。
経過した時間的に、他の動画まで見る気にはならなかったけど、他も相当凄い動画なんだろうな。他のプレイヤーと比べて、僕自身の弱さに若干テンションは下がり気味なのだが、採掘の手はいつもと変わらず掘り続けている。今回はボスの討伐も兼ねてダンジョンに来ていて、【noir】お得意のループ採掘は程々にしているので、ダンジョンの進行具合も悪くないよな。
『主よ、普段もこれくらいにしておいて欲しいものじゃ』
『僕だけならともかく、フレイが一緒に居たら無理だと思うな。まぁ、今後のソロ行動時は考慮するかもな』
ループ採掘は、素材を戦闘中の魔物から採掘しているので、自然素材の枯渇こそしていないけど、小部屋や通路を独占して他のプレイヤーに少なからず迷惑をかけているのは分かっているからな。きっと、何事も程々が一番良いのだろう………
『それと………もしかすると、そろそろボス部屋に着きそうか?』
ほとんどマップが埋まっているので、埋まっていない場所がボス部屋なのだろうな。
『うむ、多分その先じゃ』
『………先客』
『えっ、先客?マジか!?』
流石にタイミングが悪いな。通常の戦闘は勿論の事、ボス戦への乱入は当然有り得ない事なので、ボスが復活するまで待たなければならない。まぁ、時間潰しも兼ねて適当に狩り………もといループ採掘でもするかな。
『主よ、その先客が今にも死にそうなのじゃ………』
『………助ける?』
いや、僕としては助けても良いのだけど………これって、ゲーム的にはマナー違反になるんじゃないのか?
『取り敢えず、少し様子を見てみるか………』
うん!?戦ってる人もソロか?確かに、かなり分が悪そうだよな。
………と言うか、さっき僕が動画で確認したボスと違うんだけど。それとも、こいつはボスでは無いのか?
『おい、そこ、誰かいるのか?いるんだったら、手伝ってくれ』
今にも倒れそうなくらい苦戦中の太い丸太らしき武器を持つプレイヤーから声が掛かる。他に武器が無さそうなところを見ると、あの丸太は棍棒系の打撃武器の類いかな?
『いるけど、他人がボス戦に参加しても良いのか?』
『こちらから頼んでいるから問題は無い。頼む、トラップで俺のパーティーは壊滅したんだ。このままでは死んでも死にきれない』
まぁ、ここでは死んでも死にきれずに神殿に戻るだけだけどな。そんなどうでも良い事よりも………
『トラップ!?』
その情報はサイトにも無かったよな。やっぱり、事前に情報を得て適切な対処法を知っていると、そればかりに集中して少し情報外の事が起きただけも簡単に動揺するよな………
〔『主よ、どうするのじゃ?』〕
〔『予定と変わったからな。ループ採掘は残念ながら諦めて、以前に覚えていて全く使ってなかった《双銃》の〈奥義セブンスター〉の試し撃ちでもするかな。だから、【雷光風】を使う。その前に、白と黒には、あのプレイヤーを回復させる為に力を貸して貰うぞ』〕
まぁ、ボスからのループ採掘には半端無い魅力を感じているのも事実だけど………人としては背に腹は変えられないだろう。
『了解だ。援護する。取り敢えず、僕からの回復を受け取れ』
【白竜】と【黒竜】でプレイヤーを射撃して、武器を持ち変える。
『な、何!?おっ、お~~』
他のプレイヤーが、始めて白達の能力を見た時の驚き方にも飽きてきたな。僕としては、もっと面白く派手なリアクションに期待したいところだな。
〔『………不本意』〕
〔『主よ、ワシらは他人を驚かす為の道具では無いのじゃ』〕
〔『いや、そんなつもりは僕にも無いんだけどな』〕
どちらにしても、必ず見る事になるのだから、より面白いリアクションに期待するのは当然だろう。
瀕死だったHPが一気に全回復した事に驚いている赤の他人。いつから一人で戦っていたのかは分からないけど、回復方法がアイテムしかない前衛が一人だけで、よくこの戦闘を保てていたよな。多分、それなりに名の知れた上位プレイヤーなのだろう。僕は知らないけどな。それと、ついでに………
『オッサン。これは、オマケだ〈攻撃力上昇〉と〈防御力上昇〉』
『おっ、おぉう、助かったぞ。恩にきる。だがな、俺はこんな見た目でも、まだ二十歳だ』
実年齢の方は僕の知った事ではない。キャラの見た目が、かなりのオッサンなのだ。二度と会うことは無いであろう赤の他人の呼び方は、オッサンで十分だろう。
『礼はいいから、状況を教えてくれ。目の前にいるのはボスなのか?』
『俺にも分からない。俺達がこのボス部屋に入ったら、ここにいるはずのボスはこいつ………オーガロックックに食べられている最中だった』
おいおい、ダンジョンのボスを食べる魔物とはどう言う了見だ。見た感じは動画で見たボスよりも一回りは小さいぞ。オーガロックックか、名前も情報と違うしな。今度、アクアに教えてやるかな。
オッサンと話している間に、《見ない感じ》でオーガロックックの把握を完了させる。
『それで、最初に言っていたトラップと言うのは?』
『トラップの詳細は不明だ。エリアに入ると同時に仲間が動けなくなった。俺はパーティーの後方にいたから難を逃れただけだ。入口からこの辺りまでのトラップは解除してある。だから、奥に行かなければ大丈夫のはずだ』
最低限の《探索》系のスキルは持っているみたいだな。ある程度のトラップは解除してあるみたいだし、遠距離主体の僕が奥まで入らなければ問題は無さそうだな。
『了解だ。オーガロックックの弱点属性は水だ。オッサンには何か対応策は有るか?』
『お前は何者なんだ?訳の分からない回復系だけでなく、俺の知らない特殊な《探索》系のスキルまで持っているのか?』
【白竜】と【黒竜】を使った時点で正体がバレたと思っていたけど、少し自意識過剰だったようだな。まぁ、気付いていないのなら、僕の正体は隠させて貰おうか。
『名前やスキル構成は秘密にさせて貰う。僕は基本ソロプレイヤーだからな。一人で何でも出来ないと話にもならない。僕から行くぞ。出来るなら、あとに続けて。〈奥義セブンスター〉』
僕の二丁の銃から放たれた七発の弾道が北斗七星を描き、オーガロックックに着弾すると同時に一気に輝きを増していく。弱点属性とは違うけど、流石は奥義の名前を冠する華麗なアーツだ。そして、何よりも弾数制限の無い魔銃向きのアーツだからな。
『すまない。威力は低いが………喰らえ!!〈水流打ち上げ〉からの〈打ち下ろし〉』
地面から急激な水が吹き出しオーガロックックを持ち上げ、自らもジャンプすると同時に空中から地面に叩き付ける。
属性が対応していた事も有り、僕のアーツ以上のダメージが出る。これでも威力が低いとか言われると………僕的には悲しくなるんだけどな。
『OKだ。僕が戦況をコントロールするから、回復を気にせずに攻めてくれ』
これが得策だろう。オッサンが攻めて、僕が牽制と援護と回復をする。慣れ親しんだ戦闘だ。僕が後方に入り戦局が安定した今となっては、二人で戦っても負ける事は無いだろう。
程なくして、オーガロックックは土に返って行く。フォローに回った為に、予定よりは素材が手に入らなかったよな。状況が状況なだけに、それも仕方が無いだろう。
『オッサン、お疲れ様。じゃあな』
『ちょっと待ってくれ。お礼がしたい。せめて、君の名前だけでも教えてくれないか』
名前を教えて、名前から僕の正体がバレたり、今後パーティーに誘われたりしても面倒くさいからな。
『気にするな。こう言う特殊な場合は、お互い様だろ。ボスドロップも有るし、お礼はこれで十分だ。それに、僕は少し急いでいるからな。また、どこかのイベントで会ったらヨロシクしてくれよな。じゃあな』
予定より素材が手に入らなかったと言っても、それはループ採掘と比べた場合の事で、実際にはオッサンよりも遥かに多い戦利品を手に入れている。それに、オッサンに協力した形だけど一応はダンジョンもクリア扱いになっているので、僕的には全く問題が無いからな。
それに、この後は入手した《機械製作》用の素材でレベル上げが待っている。もう少し鍛える事で浮遊装置が作れそうなのだ。名前も知らない赤の他人の為に、これ以上時間を使っている暇は無いからな。ただでさえ、今日は出だしから遅れているのだ。このあとは少しの時間も無駄にしたくない。
ようやく、《機械製作》に入れるか。まぁ、これすらもライトニング改造計画の為の第一歩なんだけどな。
まずは、ビスやナットを小さい物から大きな物まで増産していく。《機械製作》では、最初に素材を部品に加工する事が大事だ。いくら多くのレア素材が有っても、小さな基本となる部品が無いと何も作る事が出来ない。高ランク品になるにつれて必要な部品も相応に多くなるので、こまめな補充が必要になるんだよな。まぁ、同時にスキルレベルも上がるので一石二鳥………いや、工匠ボーナスの増殖の恩恵も有るから、僕にとっては一石三鳥だけどな。
かなりのアイテムを生産して分かった事だけど、工匠ボーナスの増殖は製作品のランクが低ければ低い程発生しやすいらしい。まぁ、高ランクの製作品が増殖しまくれば、簡単にゲームバランスが崩れるんだけど。
『さて………』
部品も揃った事だし、必要な物を作っていくか………と思った矢先のコールだ。しかも、フレイからのコールだな。
フレイからメールでは無く、直接コールが来るとは………嫌な予感しかしないんだけど。
『シュン、今どこにおるんや?』
『今は、工房の奥で《機械製作》に没頭中だ』
一応、無駄になる可能性も高いけど、生産活動中をアピールしてたおこうかな。
『ホームにおるんやな。それなら丁度良かったわ。何も聞かずに、ちょっとリビングまでおいで?ちょっとお姉さん達と大事な大事な話が有るんよ』
普段のフレイからは、全く想像も出来ない甘い声………それが、逆に怖い。
『今は少し立て込んでるからな。あとではダメなのか?』
あわよくば、今日のところはこのまま関わらずに逃げたいものだ。もし可能ならば、アクアかカゲロウを身代わりに立てても良い。
〔『白、黒、頼む。少し様子を見て来てくれ』〕
〔『了解なのじゃ』〕
持つべきものは、やっぱり白と黒だな。感謝するぞ。
『そんな事言わずにや、ウチだけちゃうんやでヒナタとケイトもおるんよ。美味しいお菓子も有るんやで。何ならウチらが、そっちに迎えに行こか?』
『い、いや、大丈夫だ。僕から向かうから、安心して待ってて欲しいかな』
事実上の死刑宣告と包囲完了宣告。リビングを固められてはゲートでの転移は勿論の事、外にも出られない。当然、ログアウトも………僕は、どこかで死亡フラグでも立てたのだろうか?全く身に覚えが無いんだけどな。
『ほな、待ってるからな。シュン、なるべく早く来るんやで』
『り、了解だ』
選択肢は二つに一つ。
一つは、素直に出頭し潔く謝り倒す。この場合は何が原因かが分からないので、さらに地雷を踏む可能性が有る。
もう一つは、【le noir】にお客を呼びまくってフレイ達を撹乱する。木を隠すなら森の中作戦。この場合は、今回は逃げ切れたとしても次に合う時が今以上に怖いよな。
どちらを選んだとしても、この二択を間違えると僕自身が無事では済まない気がするからな。それならば………前者の作戦が吉かな?
『主よ、天狐の姉様方は優しそうに微笑んでおったのじゃ。これ以上待たせるのは、天狐の姉様に悪いのじゃ』
『………待たせるの悪い。急いで行く。早く』
二匹共に普段と反応が違うよな。白がフレイを天狐の姉様と呼んだ事は、今まで無いはずなんだからな。
やっぱり、約束を破って《見ない感じ》を使うか?いや、それがこの場合は一番の悪手だろうな。万が一、本当に万が一だが何も無かったのなら必要の無い罪を犯す事になるのだから。
………と言うか、僕自身に罪の自覚が無い事が、僕の一番の罪なのかもな。
『参ったな………』
本当にギブアップだ。こうなると、さりげなく原因を探りつつ、前者の作戦で謝り倒すとするかな。
『悪いな。皆、待たせたか?』
『いやいや、全然大丈夫やで。秋の夜は長いからな~~』
『えっ!?』
夜は長いって、一体いつまでやるつもりだ?僕としては、そろそろログアウトしても良い時間なんだけど。しかも、皆の前で全く動揺しないような心構えで挑んだつもりだけど、即行で決死の覚悟をへし折られたみたいだな。
『そうです。マスター、ここに座ってお菓子でも食べて下さいです。私が焼きましたので誰にも遠慮する必要は有りませんです』
『こっちには、シュンさんが好きな紅茶も有りますよ』
ケイトとヒナタが二人して、満面の笑顔で美味しそうなクッキーと紅茶を勧めてくる。二つとも本当に美味しそうだけど、今日ばかりは喉を通りそうも無いよな。
三人共に口調や態度や表情は優しいのだけど、一番重要な目が笑ってらっしゃらない。
一緒にリビングに入った白と黒は、いつの間にか僕から離れてフレイの肩に待機している。僕の相棒達は、偵察時に買収されていたらしいな。美味しそうにクッキーを食べて、紅茶を飲んでいる。それで買収されたのなら、僕の価値って少し安くないですか?僕の味方をしていれば、それくらいはいつでも食べれるんですけど。
そして、さりげなく僕の座る場所としてケイトとヒナタに指定された位置は、いつも僕が座っているソファーでは無く、ゲートやホームの入口から最も遠い席。この場所は一応上座にあたるのかな?
まぁ、やっぱりと言うか、当然と言うか、三人は僕を逃がす気は無いようだな。やっと僕の覚悟が決まったよ…………
『さて、僕も色々と覚悟は出来たんだけど、最初に僕から質問しても良いか?』
『そやな~、ウチらも聞きたい事がようさん有るからな。一番最初はシュンが質問してもええで』
『なら、お言葉に甘えさせて貰うかな。皆様、すいません。僕は、一体何をしでかしたんでしょうか?』
そもそも、事の発端を知らなければ対策を取る事すら出来ない。仮に怒られたとしても、ドツボに填まって怒られ続ける事だけは避けなければならないからな。
『なんや。早速、今回の本命の方かいな。そやな………ケイト、シュンに説明したり』
本命の方………と言う事は、一つじゃ無いのか?
『はいです。私が代表して単刀直入に聞きますです。マスターはアキラと付き合っているのですか?です』
『はい?………えっ、ええ~~。そうなのか?僕とアキラは、いつから付き合ってたんだ?』
うん!?今の僕の発言は、何か変だったような気がする………自分の事なのに他人の事のような聞き方をしたような………
『じれったいの~。指環や、指環。アキラの左薬指の指環の事や。アレは、シュンがプレゼントしたんやろ?』
『あぁ、アレか、そうだぞ。僕が作った。ヒナタに魔獣器のイヤリングをプレゼントしたら、アキラも欲しそうにしてたからな。アキラに似合いそうなアクセサリーを作ったんだよ。本当は、アキラの装備的にはブレスレットが良かったんだけど、ちょっとデザインと製作に失敗して………それで、使いたい素材が足りなくなって、妥協した結果指環になったんだよ。勿論、能力の面では妥協していないけどな。イベントの時にクリスタルをもう少し多目に採掘しておけば、素敵なブレスレットが作れたと思うんだけど。それが、何か僕が怒られている件と関係有るのか?』
僕の発言と共に三人が一ヶ所に集まって、ヒソヒソと何かを話している。
『アカン。そう言えば、相手はシュンやったわ』
『鈍感無関心大王でしたです』
『冷静になって考えると、私もアクセサリー貰ってましたね』
………等と三人の話す声が、ところどころ搔い摘んで聞こえてくる。不本意な事も聞こえているけど、三人の醸し出している雰囲気的には嵐が過ぎ去った気もするので、わざわざ蒸し返して怒りを買うような事はしたくない。突っ込んだら、負ける気もするからな。
『シュン、少し待たせたかな。最終確認なんやけど、アキラとは付き合ってないんやな?』
『あぁ、付き合ってないぞ。まぁ、アキラは好きだけど、それを言うなら、フレイやヒナタやケイトにカゲロウも好きだぞ。それ、アキラが言ったのか?』
アキラを好きだと言った瞬間に、一瞬で空気が凍り付いた気がするけど………そのあとの言葉で一気に凍り付いた空気が溶けた気がする。
『いやいや、違う違う。勘違いさせて悪かったな。このネタの出所はリツや、シュンがアキラの指に指環を填めてたって教えてくれたんや』
あぁ、リツか………あの時見られてたからな。変な噂を流すとは、今度会った時にお説教が必要なようだな。僕の心のHPは残り僅かだったのだから。
『マスター、お願いが有るです。私にも指環をプレゼントして下さいです』
『それなら、ウチもや』
『私もお願い出来ますか?』
『それくらいなら、僕は構わないけど………』
この雰囲気の中で断れるのは相当な勇者だろう。また新しい予定が増えたよな………まぁ、普段からお世話になっているから、良いんだけどな。
『………あっ、ダメだ。クリスタルの在庫が無いから、火属性無効の特殊効果が付けれない』
『はっ!?ちょっと待てや、シュン。クリスタルが足りへんのなら、ウチの分を使ったらええ話やけど。火属性無効の特殊効果ってなんや?』
『生産スキルが工匠クラスにランクアップして、新しく付けれるにようなった特殊効果だけど………あっ、〈工匠〉の事は言ってなかったっけ?』
そう言えば、ここにいる仲間には話してなかったかもな。火属性無効の特殊効果と一緒に称号の内容や新しく出来るようになった事等も説明していく。その工匠ボーナスの恩恵で倉庫内の在庫が充実している事もな。
『それで、倉庫の在庫と素材の残量が合わんかったか………それにしても、呪のアイテムまで作ったんかいな。ほんまに自分は、話題に困らへんな』
僕自身は、好き好んで皆に話題を提供している訳では無いんだけどな。
『それで、三人はどんな指環が良いんだ?クリスタルが有るなら、火属性以外にも水、風、地、氷、雷属性無効は作れるぞ。上位属性は出来ないけどな』
流石の工匠でも上位属性無効はまだ付けれない。これは、スキルの進化待ちだな。
『そうですね。では、私は雷属性無効をお願い出来ますか?』
『ウチは………そやな。アキラと同じ火属性無効や』
『マスター、私は地属性無効をお願いしますです』
『了解だ。デザインは僕任せで良いのか?』
三人が同時に頷いてくる。属性や彼女達の見た目に合ったデザインが出来たらいいよな。
それにしても、何とかなって良かったな。一時はどうなることかと不安だったからな。
『あっ、そうです。マスター、ギルドの新メンバーの件ですが、私達は三種類のクエストをする事になりましたです。マスターも協力をお願いしますです』
三種類もクエストをするのか………多分、三人で頑張って考えたんだろうな。
『ウチやアキラも協力するんやで』
既に他への根回しも十分みたいだな。
『おう、良いぞ。どんなクエストにするんだ?』
『一つ目は、私主体のクエストで、アキラに手伝って貰います。初心者プレイヤーから《木工》と《造船》職人を募集して、制限時間内に木彫りの彫刻を彫るクエストを開催します。あっ!!今回のクエスト三つ共に初心者プレイヤー限定なんですけどね』
これは、ヒナタが考えたクエストで、完成品だけで無く木彫りの彫刻を彫る時の姿勢や技術も評価対象になるらしい。
なかなか面白そうなクエストだよな。時間が合ったら見に行きたいな。
『二つ目は私が考えましたです。お手伝い系のクエストを期間内に複数件クリアした時の報酬で貰える記念品を多く持って来たプレイヤーが合格になりますです』
『これは、ウチが手伝うんやで』
この記念品は月毎に形が変わるので、月が変わった時を開始日に指定すれば、公平な審査が出来るらしい。
記念品を貰う為のルールも運営が管理しているので、ズルイ事が出来ない。記念品獲得までに手間が掛かるクエストだな。ちなみに、ケイトは既に三種類の記念品を持っている強者だ。
『じゃあ、最後は………』
『俺だな。俺のクエストは単純な鬼ごっこだ』
いつの間にかリビングに、カゲロウが入って来ていた。誰かがメールしたんだろう。多分、ヒナタかな?
それにしても、鬼ごっことは異彩を放つ、ぶっ飛んだクエストだよな。
『鬼ごっこか………と言う事は、これを僕が手伝ったら良いのかな?それで、ルールは?』
『ルールは簡単。【シュバルツランド】の街中を逃げるギルマスを最初に捕まえたプレイヤーが勝利だ。題して〔黒の職人さんVS初心者プレイヤー 捕まえれるなら捕まえてみろ 捕まえたプレイヤーあなたの勝ちだ鬼ごっこ〕だ』
『おい、ちょっと待て、僕一人が追っかけられる役なのか?カゲロウは何をするんだ?一人だけ逃げるのだったら、カゲロウが一人で逃げれば良いだろ?』
これは、手伝うレベルの話では無くて、どう考えても僕がメインのクエストだろ………僕は、これ以上悪目立ちはしたくないんだぞ。
『俺は鬼ごっこを判定する審判だから、競技に参加出来ないのも理由として有るんだが、一番大きな理由は俺自身がギルマスみたいに有名なプレイヤーじゃないからだ。ギルマスなら知らないプレイヤーの方が少ないだろ』
最もな理由………最もな理由なのだけど、全く納得は出来ないよな。
『ちなみに、既にクエストは申請済みだから、キャンセルは不可能だ。ギルマスの代わりに畑の面倒を見るんだからな。これくらいは、やって貰わないとな』
もう根回し済みか………本当に根回しが十分過ぎるな。
ヒナタとケイトもいて、誰もカゲロウを止める事は無かったんだな。三人寄れば文殊の知恵と言うけど………間違いだったようだな。
装備
武器
【雷光風・魔双銃】攻撃力80〈特殊効果:風雷属性〉
【ソル・ルナ】攻撃力100/攻撃力80〈特殊効果:可変/二弾同時発射/音声認識〉〈製作ボーナス:強度上昇・中〉
【魔氷牙・魔氷希】攻撃力110/攻撃力110〈特殊効果:可変/氷属性/凍結/魔銃/音声認識〉
【白竜Lv58】攻撃力0/回復力208〈特殊効果:身体回復/光属性〉
【黒竜Lv58】攻撃力0/回復力208〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉
防具
【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40
〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスターズ】防御力20〈特殊効果:速度上昇・大〉〈製作ボーナス:武器修復・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
天狐族Lv58
《双銃士》Lv78
《魔銃》Lv75※上限《操銃》Lv22《短剣技》Lv25《拳》Lv48《速度強化》Lv100※上限《回避強化》Lv100※上限《魔力回復補助》Lv100※上限《付与術》Lv70※上限《付与銃》Lv75※上限《目で見るんじゃない感じるんだ》Lv26
サブ
《調合工匠》Lv28《上級鍛冶工匠》Lv3《上級革工匠》Lv6《木工工匠》Lv34《上級鞄工匠》Lv8《細工工匠》Lv42《錬金工匠》Lv40《銃工匠》Lv28《裁縫工匠》Lv15《機械工匠》Lv18《調理師》Lv4《造船》Lv15《家守護神》Lv42《合成》Lv43《楽器製作》Lv5《バイリンガル》Lv2
SP 38
称号
〈もたざる者〉〈トラウマプレゼンター〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈摂理への反逆者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈やや飼い主〉〈工匠〉〈呪われし者〉