★バージョンアップ
ゴールデンウィークが終わった翌日の昼休み、純がアキラこと水無 晶を連れて僕と蒼真の教室までやってきた。そのうち連れて来るとは思っていたけど、昨日の今日とはな。我が姉にかかれば、事前に心の準備すらさせては貰えないらしい。
「一応、初めまして…になるのかな」
顔を緋くしているところを見ると、どうやら照れているみたいだな。まぁ、トリプルオーの中で何回か会っていたとしても、改めて現実でも会うとなれば、何か照れるよな。蒼真も僕と同じように照れているみたいだ。自分で自分を見る事が出来ないけど多分僕も皆と同じように顔に出ているんだろうな。
現実で初めて会う晶は、トリプルオーの中のアキラと殆んど同じだった。だから、一目見ただけでも晶がアキラなのだと分かったので照れて緊張している時間も、そう長く続く事はなかった。多分、晶の醸し出す雰囲気がトリプルオーの中のアキラと同じと言うのが一番大きかったんだろうけど。
晶の容姿は、身長が僕より高くて一見するとモデルと見間違えるくらいスレンダーで格好良い。実際に読者モデルくらいは化粧をしてなくても簡単に務まりそうだからな。それに、性格の方もサバサバとしていて同性の女子からもかなりモテている。まぁ、男の僕から見ても格好良いのだから、その点は同意せざるを得ないだろう。
その晶とアキラの違いをあえて指摘するのなら、髪の毛の色と虎のケモミミと白と黒のシマシマのしっぽが現実の晶には存在しないくらいだな。まぁ、それらが有ったとしたら逆に怖いんだけど。
それと、トリプルオーの中では同じくらいの伸長だった僕とアキラだが、現実では僕よりも少し背が高い。それにしても、短めのショートヘアが良く似合っているな。うん、可愛い。
「そうなるのかな。でも、どうしたんだ?急に…」
「駿くん達は、二週間後に控えているバージョンアップの情報は、もう確認した?」
晶にそう言われて、蒼真が慌て携帯を取り出しで情報系のサイトをチェックしだした。
バージョンアップ?この前正式稼働したばかりなのに?少し早くないかな。今のままでも、まだまだ全然楽しめると思うんですけど…
ちなみに、今蒼真の手の中で大絶賛稼働中の携帯には液晶等のディスプレイが存在せず、空間ディスプレイと言う空中にディスプレイが投影される物が使われている。その為、携帯本体には操作をする用のタッチパネルしか付いていない。この時代ではほとんどの人(駿達も含む)が使用している非常に一般的な物だ。
空中にディスプレイが投影されたら、そのディスプレイを他人が覗き放題だと感じるかも知れないが、二十一世紀前期に起きた幾度かの技術革新によって使用者とその使用者が許可した者以外には見えない高度な仕組みが採用されていた。携帯自体の形状は殆ど進化していない事を考えると、二十一世紀初期の技術自体も素晴らしいのだけどな。まぁ、どんなに技術が進んでもガラケーやスマホ等の骨董品を使用する一部の愛好家達が絶滅する事は無かったんだけど…
「おいおい、これはマジか?かなり大変な事にならないか?特に最後の二つが…」
最近では見かけた事がないくらい真剣な顔をしているけど、何か変わった事でも有ったのだろうか?…と言うか、僕としてはゲーム以外でもそんな真面目な顔をして欲しいんだけどな。
「一応、公式発表だからね。その可能性は高いと思うよ。やっぱり、蒼真くんも最後の二つが気になった?」
僕も蒼真から渡された携帯から投影される内容を見せてもらう。
・湖畔の街【ソルジェンテ】が湖の西に追加
・新緑の街【ヴェール】が森の北に追加
・ギルド機能の追加
・個人工房機能の追加
・ホームにゲート機能追加
・初めてログインしてから、現実時間換算で二十二日プレイ日以上のプレイヤーは初期支給品の使用停止
・バージョンアップ後に第一回公式イベント開始
おっ~!新しく街が二つも増えるんだな。多分、一つは港町だと思うけど、もう一つはどんな街並みをしているんだろう。今から楽しみだな。
多分、蒼真が気になっているのは下の二つと言っていたので、初期支給品の使用停止と公式イベントの件だと思うけど、初期支給品って【布製の服】と【ハンドガン】が一つ、あとは…チュートリアルをクリアした時のアイテムくらいだったよな。まぁ、それくらいなら買い直しても新しく製作しても良いよな。少しは、お金にも余裕が出来てきてるから、僕としては特に問題は無さそうだな。
そんな事よりも、やっぱり僕には新しく追加される二つの街の方が魅力的だよな。うん?そう言えば…
「お話し中のところ、すまない。今更の事なんだけど、最初の街って何て言う名前なんだ?」
「城塞の街【シュバルツランド】だ。晶、多分一番関わりの有りそうな駿が事の重大さを分かってないから、教えてやれ」
確かに、蒼真や晶達みたいに何が大変なのか分かっていないのは間違いないが、蒼真に言われるのは微妙に嫌なんだけどな。
「駿くんは《鞄製作》を取得して生産るよね?」
まぁ、皆の分の製作を頼まれるくらいには取得して生産してるよな。…と言うか、それについては晶もご存知だと思う。
「一応してるけど…」
「じゃあ、皆が初めから持ってて、絶対に無くては困る物って何だと思う?」
なるほどな。今の晶の一言で、皆が何を懸念していて何を言いたいかの予測がついたな。
「皆が気にしてるのは、初期支給品の使用停止の…つまり鞄の件だよな。それって本当に鞄まで使えなくなるのか?いくら何でも、流石にそれは無いだろう」
正式稼動日当日からトリプルオーに参加しているプレイヤーは、かなりの数いるんだぞ。鞄までが使えなくなると、鞄の中のアイテムはどうなるんだ?倉庫に預けてないプレイヤーの持ち物は消え失せるのか?いやいやいや、あらかじめ事前に告知しているとは言え、流石にそこまで酷い事はしないだろう。
仮に百歩譲って初期状態で配付されている鞄が使用停止になったとしても、僕以外にも《鞄制作》取得しているプレイヤーもいるだろうし、何よりも露店売りの市販品が有るからな。僕に依頼が偏るって事は無いだろう。
「甘い」
「純の言う通りでかなり甘いぞ、駿。いや、待てよ。真相は実際にログインしてみれば分かる事か…」
結局、今日ログインしてみれば全てが分かると言う事で話がまとまり、昼休みは解散になった。まぁ、どっちにしても早めに準備しておくに越した事は無いだろうな。何しろバージョンアップの期間は中間テスト期間と丸かぶりなので、まともにログインは出来ないだろうから。
僕がログインしてみると、蒼真や晶が予想していた通りNPCの露店では鞄の売り切れが続出している。普段はあまり人気のないモデルまでが売り切れている事から考えると、蒼真や晶の考えは当たっているのかな。周りにいたプレイヤーに聞いたところによると露店では次回の入荷も未定らしい。
『う~ん…』
これは困ったな。運営側が相当意地悪なのか、プレイヤーの皆さんが心配症なだけかは分からないが、街全体の雰囲気が急激に悪くなったな。
僕のメイン武器である銃の方は売り切れていないと絶対の自信を持っていだけど、服の方も売り切れてなくて本当に良かったな。服が手に入らずバージョンアップを迎えた場合は悲惨な事になりかねないからな。
まぁ、流石に全裸になる事は無いだろうけど、この分だと大事な部分にモザイク、それ以外は裸にはなりかねない。
この時点の僕は知らなかった事だが、仮に全ての装備を外して裸になっても大事な部分に光のエフェクトが入って絶対に見える事が無い仕様になっている。まぁ、絶対に大事な部分が見える事は無いと言っても、羞恥心の有る大概のプレイヤーなら、そんな状態で人前で裸になるのは恥ずかしいんだけどな。
僕は、露店で必要な【ハンドガン】一丁と今装備している【布製の服】より少しランクの高い防具【冒険者の服】を買って通いなれた工房へと足早に移動する。まぁ、ここで急ぐ必要は全く無いのだけれど、露店周辺のプレイヤーの多さに耐えれなく、少しでも早くこの場から離れたかったからな。
【冒険者の服】防御力10〈特殊効果:なし〉
『うぉっ!』
足早で移動してきた《革製作》の工房前には、かなりの人混みが出来ていた。しかもガラ悪そうなプレイヤーが多いし、普段は人声のしない工房がガヤガヤと五月蝿い。
おいおい、これって露店周辺よりも多いんじゃないのか?工房に人がいっぱいとか始めて見たぞ。多分だけど、NPCから鞄を買えなかったプレイヤーが《鞄製作》を取得しているプレイヤーから直接買う為なんだよな…
しかし、僕が見る限り工房内にいる殆んどの職人が《革製作》の職人だ。その為、鞄を作る事が出来無い。この騒ぎに便乗して新しくスキルを取得した者もいるみたいだけど、《革製作》の職人よりも多くのプレイヤーに囲まれている。
…と言う事は、あれか。僕の事もバレたら集団に囲まれるのか?それは、かなり嫌なんですけど…
取り敢えず、一旦この場から逃げた方が良さそうだよな。僕の事に気が付いても何も言わなかった職人仲間に心の中で感謝して、その場を去る。後日、何かしらのお礼は考えたい。
今日からしばらくの間は、《調合》《鍛冶》《錬金》の工房を回って銃弾の補充と強化に重点を置いた方が良さそうだな。幸いな事に今のところは急いで鞄を作る予定は無いからな。
まだログインして来てないアキラには、工房の現状としばらくの間、僕は《革製作》の工房には行かないとメールで伝えておく。ログインして来て、この状況を見たら絶対に引くだろうからな。
最初に立ち寄った《調合》の工房で、ネイルさんに何時もの依頼とお金を渡し立ち去ろうとしたのだが…
『シュン君、君は本当に丁度良いところに来てくれたよ。君は鞄も作れたよねぇ?もし良かったら僕も依頼したいのだけど、良いかな?』
辺りを気にして小声で話し掛けてくるネイルさんに引き止められてしまった。もう、ネイルさん達《調合》の職人達にも、《革製作》の工房が現在進行形で置かれている状況は、ある程度伝わっているらしい。
『ご存知かも知りませんが、今の工房の状況で新しい鞄を作るのは少し難しいんですよ。今は工房で鞄を作るだけで目立ちますから…手持ちに有る試作品として作った鞄で良かったら、今すぐ譲れるんですが…』
気を利かせてくれたネイルさんに倣って僕も小声で返す。
あの中で《鞄製作》をするのは、魔王にたった一人で戦いを挑む勇者並みの勇気がいるからだろう。残念ながら、僕はその勇気を持ち合わせていない。
回りにプレイヤーがいない事を確認して、僕は鞄から取り出した試作品鞄をネイルさんに手渡した。
『ねぇねぇシュン君、君は簡単に試作品って言うけど、これは僕が使っている初期の鞄より高性能だよ』
『いえ、今はもっと良いものが簡単に作れるんですよ。取り敢えず、間に合わせとして色々と落ち着くまでは試作品を使って貰って、状況が落ち着いたらオーダーメイドで良質な鞄を作るって方向でも良いですかね?』
僕の《調合》依頼を簡単に請けてくれるネイルさんからの依頼を僕が断れる訳がない。まぁ、ネイルさんが相手なら今現在依頼を請けて貰ってなくても断らないと思うけどな。
『勿論。ボクも無理を言える立場や状況じゃない事は分かってるからねぇ。それでOKだよ。シュン君、これは依頼料だ。ほい、受け取ってくれ』
おいおい、さっき渡した二万フォルムが、そのまま全額返ってきたんだけど…鞄って、そんなに価値が有るのか?いや、流石に一つの鞄でこの額は有り得ないだろう。
『ネイルさん、今の状況を考えて多目に貰ったとしもて、これは貰い過ぎですよ』
今僕が使っている鞄でも材料費の分を上乗せしても、一万フォルムも貰えば、余裕でお釣りがくると思う。
『いやいや、シュン君。この性能ならこれくらいが適正価格だよ。転売が始まっている店売りの鞄は粗悪品でもこの十倍くらいの価格になってるんだから』
『うぇっ、マジですか?』
流石に、それは暴利を貪り過ぎだろ…と言うか、その価格で買う奴がいるのか?
『本当だよ。本当は後々の揉め事を無くす為にも、適正価格で取り引きするべきなんだけどねぇ。今は初期の鞄が使用禁止になる取り出した煽る者達もイルミネーションくらいだから、まだ使用禁止になるのが確定した訳じゃないんだけどねぇ。皆、不安よりも安全を優先したいんだよ。僕も含めてねぇ』
それは、僕も共感出来るよな。
あと、別れ際に『《鞄製作》の職人は数が少ないからバレないように気をつけて』と優しいアドバイスを受けた。早い段階でネイルさんと知り合えた僕は本当に幸運なのかも知れないな。
次は、《鍛冶》の工房だ。ここでは初日にログインした時以来、久しぶりにフレイさんに再会出来た。フレイさんは、ネイルさん以前に出会った《銃士》の僕に優しく接してくれたプレイヤーだ。まぁ、あの時は《銃士》と言ってない殻かも知れないけどな。こんな時でも再会出来たのは嬉しいよな。フレイさんは気付いていないようなので、僕から声をかけるべきだよな。
『フレイさん、お久しぶりですね』
『おっ!君は確か…シュン君だったか、本当久しぶりやね。ところで、シュン君も《鍛冶》の方は頑張っとるんかい?』
『すみません。銃弾が作れない《鍛冶》は現在保留中で、銃弾を作れる《錬金》に切り替えました』
折角、優しくしてくれたのに申し訳無いよな。
『銃弾?自分、もしかしなくても《銃士》やったんか?それは、スキル違いやったな。でも、他にも製作出来る物も有るし、それに素材を集めるんやったら《鍜冶》を持ってても損はせんか。そや、今度採掘行くときはウチも誘ったてな』
本当にそうだよな。生産系のスキルを取得する時に、もう少し詳しい説明が有っても良いと思うな。製作可能な物のリストとかを重点的に。
『是非是非、採掘の件はこちらからお願いしたいくらいですよ』
先人達の知恵と技術は、見れるだけでも貴重なのだから。
『こちらこそヨロシクやで。ところで、そしたら《鍛冶》の工房には何用なん?』
まぁ、《鍛冶》をしない《鍛冶》職人プレイヤーが工房に来るのは珍しいからな。
『製作の依頼ですよ。自分で《鍛冶》をするのを保留中なので、《錬金》の為の素材を工房の職人に作業を依頼して、鉄塊や銅塊等の合金を作って貰ってるんですよ』
『ほうほう、そうなんや。ふむふむ、分かった。それなら次からはその依頼をウチに頼み。お代は、まけへんけど他の職人には負けへんくらい良いもんは作るで』
『良いんですか?』
その一言は、僕にとっては本当に嬉しい言葉だった。
今の僕は《鍜冶》をしてない。トリプルオーをプレイして一番最初に優しくしてくれたフレイさんに対して、ある意味で裏切りと言っても過言ではない《鍛冶》保留宣言。それにも関わらず、いまだに優しくしてくれるフレイさん。
それは、関東生まれの生粋の関東育ちの僕にフレイさんの関西弁が簡単に移るくらいには…勿論、製作を請け負ってくれる事に対してもだけど、それ以上にフレイさんとの関係がプッツリと切れなかった事が一番大きいんだけどな。
『シュン君、自分ウチの関西弁がうつっとるで。勿論ええよ。依頼の全てはウチに任せとき』
『ありがとうございます。では、この素材こでお願いします』
普段払う依頼料に少しだけ色を付けて素材と一緒に渡した。
さっきのお金がそのまま残っているので余裕で支払う事が出来る。この点も、ネイルさんに感謝だな。
『…ところでや、そのシュン君が今使ってる鞄は市販品と違うて、誰かのオリジナルとちゃうんか?良かったら、ウチにもその鞄を作った職人さんを紹介して貰われへんやろか』
素材を出す時に鞄を見られたらしい。流石は関西人だな、目の付け所と目利きが他の人とは違うな。
『えっ~と、ここだけの話ですが、この鞄は僕が作ってるんです。今は工房の周りに人が多く集まっているので、新規では依頼を請けてないのですけど、間に合わせとして手持ちの試作品ならすぐにでも渡せますよ。正式な依頼の方はこの騒ぎが収まってから改めてと言う事で…でも良いですか?』
周囲を警戒してフレイさんだけに聞こえる声で伝える。
『ほ~う。シュン君自身が職人さんやったんか。ちゅうか、自分一体いくつの生産系取得しとるんよ。それで、その試作品は今見せてもろうてかまへんやろか?』
フレイさんも僕の状況を気遣って、小声で他の人に聞こえないように話してくれる。やっぱり良い人だな。僕は試作品の鞄を鞄から取り出してフレイさんに手渡した。
『ふ~む…自分凄いんやな。この鞄、露店で売ってた最高級品よりも性能高いんとちゃうか、このレベルでも試作品かいな。そうなると、シュン君が今使ってる鞄の性能見せて貰うんが怖いわ』
自分の製作物を褒められるのは、僕自身を褒められるよりも嬉しいらしい。多分、これって自分の努力が認められた気がするからなのだろうか。
『よっしゃ、商談成立や。さっきの依頼料はそのまま返すわ。この鞄が今回の依頼料や』
そう言って渡したお金を返してくる。
フレイさんに、さっきも同じような事が《調合》の工房で有って、その時は二万フォルムで渡してるからと説明して、依頼料との差額一万五千フォルムをフレイさんに返却した。
『自分、本当に気持ちええな。ますます自分の事気に入ったわ。じゃあ、その分はウチも依頼を頑張らしてもらうな』
はっきり言って、フレイさんの方が僕よりも遥かに気持ちが…いや、この場合は気前が良いと思うんだけどな。
う~ん…僕も少しはそれを見習った方が良いのかもな。この騒ぎを少しでも改善する為にも…
『ほな、依頼の件は出来たらコールするからな』
そう言い残し、フレイさんは工房の奥で再び作業を始めた。
《鍜冶》の工房を出た僕は、その足で当初の予定通り《錬金》の工房を目指す…はずだったのだが、急遽予定を変更して《革製作》の工房を目指す事にした。
鞄の価格が崩壊して醜い争いが起きていると聞いた時は、《鞄製作》スキル取得者の一人として嫌な気分になったからな。多分、ネイルさんやフレイさんに会わなかったら、こんな清々しくやる気に満ち足りた気持ちには、ならなかっただろう。
《革製作》の工房までの移動中にコールを使って、アキラに手伝って貰らえるようにお願いもした。アキラは、さっきのメールを読み終わって、丁度僕にコールしようとしていたところだったらしく、すぐにOKの返事をくれた。
『シュン、お待たせ』
思っていたよりも早い到着だよな。急がせてしまったかな?
『来てくれてありがとう。助かるよ。でも、本当に良かったの?』
僕がやろうとしているのは、鞄の品不足の改善。慈善事業だけど完全に僕の自己満足だろう。
『こんな時は、お互い様だからね。それで、どうするの?』
既に、溢れんばかりのやる気を見せている。本当に良い子だよな。
『うん。あのね、オリジナルの製作品って一回作ったアイテムなら、素材を持っていればメニューからでも作る事も出来るかだよ。だから、その機能を利用して手軽に出来る範囲でそこそこの性能の鞄を大量生産しようと思うんだ。まぁ、スキルレベルに依存して失敗もする事も有るみたいだけど…一から手作業よりは格段に早く大量に製作出来ると思う。そして、それをメニューから一気に増やして露店をレンタルして売りだそうと思うんだ』
ログインした頃よりも《革製作》の周りにいるプレイヤーの数が減っている。これなら他のプレイヤーに僕達の事がバレずに何と出来そうだ。少なくともアキラに迷惑を掛ける事は無いだろう。
僕は出来るだけ他者にバレ難い隅の方の作業位置をキープさせて貰っている。まぁ、そこには知り合いの《革製作》職人達の
知られざる善意が有ったんだけど。
『なるほど、そんな事も出来るんだ。まずは?』
『まずは、素材の加工を兼ねてスキルレベルを上げつつ、メニューから製作しても失敗しないレベルのサンプルを一つ作るところからかな』
『了解。私も何とか下処理は手伝えそうだよ。あっ!でも待って、それだと素材はどうするの?私の手持ちの素材ってそんなに多くないよ』
アキラは頭の回転も悪くないな。アクアなら、一回では絶対に伝わらない自信があるからな。
『うん。その辺も一応は何とかなりそうな考えが有ってね。僕も、出来るだけ数を作って多くの人に行き渡るようにしたいんだよ。だから、鞄を製作する為に必要な素材を持ってきた人にしか売らない。鞄一個分の素材を持って来た人に一つ二万フォルムで、必要な素材を四個分持ってくれたら半額の一万フォルムで売ろうと思う。それで、悪いんだけど、アキラには鞣し作業じゃなくて、露店での売り子をして欲しいんだ。お礼は僕に出来る範囲で何でもするから。勿論、売り上げは半分半分だから』
『う~ん…うん、分かった。プレイヤー・アキラはプレイヤー・シュンからの個人依頼を請けるよ。私自身は製作しないから売り上げは半分も貰えないよ。気持ち程度で良いよ。その代わり、お礼の方はお願いするかな。シュンも少し覚悟しててよ』
あれ?少し想定外だな。優しいアキラなら、売り上げの半分で快く協力してくれると思ったんだけど…もしかして、アキラに頼んだのは早まったかも知れないよな。
まぁ、僕は知り合い自体が少ないから仕方が無いのだけど…
『最初に売り出す分の素材は、どうするの?』
『僕の手持ち分の素材が、かなりの量有るからそれを使って、足りなくなったらアクアとジュネにも素材の回収をイラストと言う形で頼もうと思ってる』
『じゃあ、取り敢えずは、露店分稼ぐのが目標?』
『うん、そうなるかな。今の僕の手持ちが四万二千フォルムだから、三個くらいを即席で売って、それが売れたら一番小さい露店を数時間レンタルかな』
二人で人混みを掻き分けながら工房に入っていく。中もそれなりの人数になってきているな。まぁ、逆にこの方が目立たなくて良いのかも知れないけど。
『私の手持ちが八万フォルム有るから、すぐにでも露店を借りれるよ。今のこの状況下なら、すぐに元手は回収できそうだし』
まぁ、今の状況なら売れない方が不思議だからな。そっち方面での心配はしていない。
『じゃあ、お願いできるかな?必ずお金は返すから。目標は二時間後に開店。それまでにサンプルを作って、商品の方もある程度数を揃えるから、露店の手配の方はお願いします』
所持金から四万フォルムをアキラに渡して、僕は鞄の製作に取り掛かる。
現在は午後八時。今日は開店時間が夜遅い事も有り、十時から一時間限定で開店する事を決めて、アキラは露店レンタルの為に神殿に向かい、僕は作業を続けながらアクアとジュネにもヘルプのメールを入れた。
そして、僕はリザードの合皮を使ってサンプル作りを始めた。形状は、誰もが親しんだ初期鞄の形状に近い物にするが、持ち易さと使い勝手には最低限の拘りを持って製作していく。当然、悪徳転売商法対策の為に、転売は不可にする。今の状況で転売を可能にすると、ますます混乱の原因を増やすだけになるのだから。
リザードを狩れないレベルの低いプレイヤー用にボアとウルフの合皮製の鞄も作る。僕みたいなのが一人だとリザード狩りは難しいからな。当然、この低レベル用の鞄は高レベルプレイヤーには売らない…と言うか買えないように制限もかける予定だ。
皮の鞣し作業や作る鞄の形状が簡単な為、すぐに四パターンの鞄を作り上げる事が出来た。出来た鞄の中から出来の良い二種類を商品にしようかな。
【冒険者の鞄】転売不可
〈特殊効果:重量軽減/自動回収・ドロップ素材〉〈製作ボーナス:容量拡張・中〉
ショルダーバッグタイプ
【初心者の鞄】転売不可/プレイ時間現実に時間で十五時間以内の者しか買う事が出来ない
〈特殊効果:重量軽減/自動回収・ドロップ素材〉〈製作ボーナス:容量拡張・小〉
ショルダーバッグタイプ
性能的には、この二つが良いだろうな。残りの二つはまともな性能をしていない鞄と粗悪品、間違っても売ってしまう訳にはいかない性能だ。
タイミング良く、アキラが露店の場所と準備が出来た事を言いに来たので、今出来たばかりの二つのサンプルを渡す。その後、お互いに露店での注意事項を確認して別れた。
『さぁ、ここからが本当の勝負だな』
僕達の考えた作戦は、プレイヤー皆の善意が無ければ絶対に成立しない作戦だ。でも、僕達は失敗もしないと思っている。そんな事を考えながら、再び僕は鞄の製作へと集中を戻した。
アキラが広場で鞄を売る為の露店の準備を始めた途端、かなりの数のプレイヤーが集まってきていた。現在の時刻は午後九時三十分。
『本日開店する【冒険者の鞄店(仮)】です。商品の一つ【冒険者の鞄】は一個の価格が素材一セット持参で二万フォルム、四セット持参で半額の一万フォルムになります。そして、この鞄は転売不可の個人製作のアイテムです。申し訳有りませんが、諸事情により、どんなにお金を積まれてもお金だけの販売は絶対に致しません。本日は午後十時~十一時まで時間限定開店です。明日からは一週間限定で午後八時~十時。鞄自体のサンプルをこちらにご用意していますので各自で品質をご確認下さい。出来るだけ皆様に商品をお渡しする為にも、数を多くご用意したいと思いますが、やはり数には限りもございます。その点はご了承下さい。それと最後になりましたが、今も《革製作》の工房で鞄の製作をしている者がいます。粘着したり、探すのは止めて下さい。それが判明した時点で私達は撤退します。くれぐれもその点だけは宜しくお願い致します』
アキラが店先で拙いながらも丁寧に説明をしていく。
たまたま必要な素材を持っていたプレイヤーは、露店のカウンターを先頭に綺麗な列で並び始めていた。そして、その列を仕切っているのはアクアだ。
『あ~、あ~、【初心者の鞄】。値段は半額、内容は冒険者の鞄とほぼ同じ、若干劣化品』
ジュネが初心者の鞄を簡単に説明していく。
勿論、露店の店先に飾られている看板にも大きく書いてある。内容を確認しなおして、街を出るプレイヤーも多く見られる。その時すでに列は二十人を軽く越えていた。その誰一人として文句を言う者は現れていない。皆が一様に発するのは『ありがとう』等の善意への感謝。
ここにいるアクアとジュネの二人はアキラにお手伝いを依頼されていた。そして、その理由を聞いた二人も快く快諾してくれている。当然、ここにも僅かながらの善意が有った。
一方その頃の《革製作》の工房では、メニューから全ての素材を鞄に変えている僕がいた。
アキラが露店で売り始めたら、《革製作》の工房にプレイヤーが押し寄せて来るかとも思っていたが、むしろ初めよりも減っている気がするよ。アキラが何かしたのか?
スキルレベルが低いので多少の失敗は有るが、既に合計で百個以上は出来ている。これだけの製作には僕の手持ち素材では到底足りず、その多くは工房にいる多少見知った職人達からの善意のカンパでも賄われている。勿論、出来上がった鞄も素材を提供してくれた知り合いの職人達には渡してはいるのだけど。
取り敢えず、一回納品に行った方が良いかもな。僕は、急いで露店の場所を目指す。当然、【ローブマント】のフード部分を深く被り、顔を出来るだけ隠して正体だけは絶対にバレないように入念な準備をしてから工房を出た。
露店の情報が出回っているからか?本当に工房の周りを囲っていたプレイヤーの数が目に見えて減ってきているよな。もういないと言っても良いくらいだから。まぁ、しつこく工房前に張り付いているプレイヤーもいるけど、僕はここで売り出す気は全く無いし、他の職人達も僕を売るような事は全くしない。それでも、鞄が欲しいのなら他の職人を探して貰いたいものだ。
露店を出している広場には、かなりのプレイヤーがいた。それに、露店にはかなりの列が出来ている。明らかに五十人…いや百人は越えているだろう。
アキラに近付くと百人以上のプレイヤーから一斉にブーイングを受けた。どうやら割り込みと勘違いされたようだ。まぁ、それ自体は仕方の無い事かも知れないけど。アキラが並んでいるプレイヤー達に鞄を作っている職人だと説明してくれて、激しかったブーイングが一斉に拍手に変わった。この場合は、どっちもどっちだよな。あんまり酷いと軽くトラウマものだぞ。
『アキラ、予定より少し早いけど開店しよう』
『うん。その方が良さそうだよね』
アキラが頷きながら答えてくれる。辺りを見回すとアクアやジュネも同意見らしい。
『お待たせ致しました。予定より早いですが、只今より【冒険者の鞄店】を開店します』
お客様として最初から並んでいる素材を持っていた上級プレイヤー達は、事情が分かっている者が多いらしい。皆、提示している数よりも多目に素材を置いていく。凄い勢いで列が捌けていき、多くのプレイヤーに『ありがとう』と言われた。残り七つと言うところで列が捌け終わり、本日の閉店時間が過ぎた。
『本日は、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします』
僕達に向けて『明日は、絶対に素材持って買いに来る』とか『売り切れを出さないようにお願いします』と声をかけて広場から去っていくプレイヤー達。
事前告知の無い初日でこの勢いなら、明日以降が本当に怖いよな。四人で製作から露店までを回せるのか…と言うか、僕が完全に製作に回るから露店側は三人になるんだよな。あの列を捌きながら鞄の販売とか本気で怖くなってきたな。
『アキラ、アクア、ジュネ、ありがとう本当に助かった。今日は本当にお疲れ様でした。僕は、これから皮を鞣して少し鞄を作ってログアウトするから、先にログアウトしてくれ。詳しくは、明日昼休み教室で相談したいんだけど良いかな?個別の依頼料とかは、全部終わってからで頼む。おやすみ』
三人に説明してお互いを労う。三人と別れた僕は、すぐに工房へと舞い戻った。
露店が終了した影響か、工房の周りにはまた人だかりが出来始めている。明らかに僕を探しているプレイヤーもいるが広場の前では顔を見せていないので正体に気付く迄には至っていない。どのみち時間の問題かも知れないけどな。
僕は工房の中に入り、皮の鞣し作業を始めた。素材は今日売った分を三倍以上作れるくらい集まっている。それでも、初期のプレイヤーが約十五万人くらいなので、鞄の絶対数には全然足りてないんだよな。う~ん、この点も明日皆に相談しようか。
一時間程度作業を続けて、今日は工房の中でログアウトした。疲れているのに、工房の外に出たところで見知らぬ誰かに絡まれるのは嫌なのだから。
翌日の昼休み、僕達は教室で弁当を食べていた。
「あれ?駿くん達、三人共お弁当の中身同じなんだね」
アキラの素朴な質問に蒼真家の知られざる事情と三人分の弁当を僕が作っている事を伝えた。
その隣で弁当を作らない二人は、今日も平常通り「美味い」と言いながら食べていた。まぁ、いつもの事なんだけど、弁当を作らないなら、せめて自分達で事情を説明して欲しいよな。
羨ましそうな瞳で、僕達三人の弁当を見ていた晶が、
「依頼の報酬決めた。駿くんの手作り弁当」
と言いだした。
「それは却下させて貰うよ。弁当くらいは、報酬関係無しで作るから、それ以外で考えてくれるかな」
晶は一瞬かなり沈み、今は喜んでいる。
そんなに食べたかったのならいくらでも作るぞ。朝起きて三つ作るのが四つになっても手間は、たいして手間は変わらないからな。
「じゃあ、明日は晶の分も作ってくるな。だから、間違っても弁当を持ってくるなよ」
「うん。約束ね」
喜ぶ晶。でも、冷凍食品は使ってないだけで、昨日の晩御飯のアレンジレシピだから、過度な期待はしないで欲しいけどな。まぁ、残り物を使わず、事前に弁当用としてわざと残した分を調理してはいるけど…
「それと話は変わるけど、昨日の件で三人に相談なんだ。露店の人手を増やしたい。テスト期間の三日前までに鞄をかなりの量を作り上げるには、人手が全然足りてないからな。だから、信用出来る人を紹介してくれないか?」
バージョンアップの六日前までは露店をする。そこから三日間はテスト勉強、その後二日間は中間テスト期間になる為、今日を含めた一週間しか僕達に残された時間は無い。
幸いな事に蒼真以外はテスト勉強の方に問題は無いみたいなので、ギリギリまで時間が取れた事は助かったよな。この際だから、蒼真には追試を頑張って貰おう。どうせ、それが平常運転なのだから。
「駿ならそうすると思ってたぞ。昨日の内に俺はドームとレナに連絡済だ。今日から空いた時間は手伝ってくれる」
流石は幼なじみだな。こう言う時の話しは早くて助かるよ。僕は今回も追試の対策を手伝うからな。
「パーティーの女の子五人、声掛けて有る、大丈夫」
「純もか、ありがとな」
「じゃあ、今日から晶には僕の補助として皮の鞣し作業を手伝って貰おうかな。それで純と蒼真には露店の方を中心になって仕切って貰いたい。露店を拡大して、売り子も五人くらいに増やしてどんどん売ろう。それから一人信頼出来て、一人でも絶対的に強い人…知り合いの中からだとドームが良いのかな?その人に素材と鞄の運搬をして貰いたい。昨日、皆と別れてから試した結果、作るだけに集中するなら一時間で千五百個くらいは作れると思う。だから、一日の目標は三千~五千個くらいかな?土日とかを含めても六・七万個くらいが限界だと思う。他にも職人はいるはずだし、NPCから市販品を買ったプレイヤー達もいるはずだから、それでも結構な数のプレイヤーに行き渡ると思う。今出来ているストックが五百個くらい、取り敢えず、これが二百個売れたら売れた分の素材を運搬してきて欲しい」
…等と午前の授業中に考えた大幅な構成を三人に告げた。そして、その後も僕は三人と他にも細かく相談して、この昼休みは解散した。
その日をかわきりに平日の四日間は地獄のような忙しさだった。かなり情報が知れ渡っていた事も有るが、手に入る鞄がNPCの露店の物を転売で買うよりも安くて、尚且つ高性能だった為、毎日開店前(正確には僕達のログイン前)には長蛇の列が出来ており、製作の方が全く追い付いていなかったのだ。
本当に申し訳ない事だが、毎日閉店時間よりも先に品切れで終了している。買えない人達からは不満も出始めているが、迷惑行為やマナーの悪い人達には、売り子さんをしてくれている仲間達が絶対に売らないと公言しているので、まだ辛うじて争い事は起きていない。
一部のプレイヤー達には、《革製作》の工房でに引き込もっている僕の全身真っ黒な見た目から【黒の職人さん】と呼ばれているらしい。生産職人仲間や露店協力者達のお陰で、僕の素性だけは内緒になっているのが有り難いよな。
作っては売り、作っては売りの繰返しで、アキラも僕も手伝ってくれている《革製作》の工房にいる職人仲間達も鞣し作業で使用した《革製作》は既にカンストしていて《革職人》に進化していて、さらに進化させた《革職人》も既にレベルが30を越えている。僕に至っては《鞄製作》の方も《鞄職人》に進化済だったりもする。
まぁ、《鞄製作》の方はメニューから一括生産なので、どうしても手作業で鞣し作業をしている《革製作》に比べると経験値の入りが良くないのだけどな。それは仕方が無い事だろう。
お互いスキルが進化した事で、かなりの効率を上げる事が出来た。製造量も当初の予定の倍以上になっていて、売った鞄も既に二万個を越えているが、まだまだ列が途切れる事がない。素材は今ストックしている分だけでも四万個は作れる状態にある。
露店も二日目・三日目に借りた露店の倍の広さ(初日に借りた露店と比べると都合四倍以上)で同時に三ヵ所で売れる店舗を借りなおしている。
売り上げの方は、既に三億フォルムを越えており、比較的に大きなホームも倉庫代りに購入している。手持ちの鞄だけでは、製作した鞄の在庫や集まった素材を保管できなくなったからだ。勿論、それに伴って大きな倉庫も増設して有る。
当然、バージョンアップ後には各種工房設備と店舗も増設予定だ。手伝ってくれているアキラ以外の人には、先払いで報酬も支払ってある。露店を手伝ってくれている助っ人達には一人につき一千万フォルム。工房で手伝ってくれている職人仲間達は一人につき五百万フォルムだ。あまりの大金に最初は全員が断っていたが売り上げ金の総額を話して、半ば強引に受け取って貰っている。
最初は、工房の職人仲間達にも露店の助っ人と同じ一千万フォルムを渡そうとしたが、スキルレベル上げの方が美味しいと言う事で全く受け取って貰えなかったが、僕が強引に頼み込んで何とか半分だけ受け取って貰っている。もしかしたらだけど、この交渉がこの数日間で一番大変なやり取りだったかも知れないよな。
いわゆる二番煎じで同じような鞄を作って売り始めたプレイヤーも出始めたが、どれも品質と効率が悪く、あまり売れていないらしい。まぁ、鞄が無くなるよりは遥かにマシなので、それなりの数は売れているみたいだけど。
今は明日以降の、分かり易く言えば土日の為に、アキラと鞄を作り続けている最中だ。
ちなみに、アキラの報酬は金銭的な報酬ではなく、バージョンアップ後に二人で【工房】兼【店舗】兼【ギルド】の開設をすると言う事になっている。むしろ、僕としては仲良くなったアキラとこれからも一緒に遊べる事は大歓迎だったりもすので断る理由は無かったんだけどな。
露店最終日を含む土日は、今日まで以上に忙しくなると言うのが皆の共通の予測だ。平日の夜では買いたくてもログイン時間の合わなかったプレイヤー達もいるらしいからだ。その為、明日と明後日は午前中に二時間、午後から四時間、露店を開く予定にしているので、今現在は喋る時間も惜しんで、かなりの量の仕込みをしている。
明日は学校も休みで、テスト前と言う事でアキラの部活も無いので取り急ぎ一万個のストックを目指している。メニューから鞄は作れるが、鞣し作業の内一割程は手作業オンリーの部分が含まれるので二人で一生懸命頑張っている。
午前一時を過ぎたところでお互いに限界が来た。目標には若干届かなかったが、かなりストックできたかな。
『アキラ、お疲れ様。今日は、もう上がろうか』
『そだね。じゃあ、おやすみ』
『うん、おやすみ』
そう言って、二人揃ってログアウトした。
午前十時の開店の為、早めの八時にログインする事に。工房を目指す道すがら広場に寄ってみると、見ただけで少しうんざりする行列が出来ていた。まだ露店の開店二時間前なんですけど…今日も行政とて修羅場の予感しかしないな。時間いっぱい鞄を仕込んだ方が良さそうだ。
『おはよう』
工房には、すで鞣し作業をしているアキラがいた。流石に早くないかな?僕も人の事は言えないけど…
『おはようアキラ、早いな』
『うん。今日は早く目が覚めたからね。でも、私もさっきログインしたとこだよ』
その割には、鞣し作業を終えたリザードの皮の在庫が昨日の夜よりも増えている。中には他の職人の分も有るとしても、これは絶対にかなり早くに起きてログインしているよな。
『シュン、今日も頑張ろうね』
例の如く二人+αで鞣し作業、合皮作業を進める。一時間くらい経った頃に…
『おい、シュン、在庫が有るなら開店早めていいか?』
アクアが鞄を受け取りにきたついでに聞かれ、アキラにも確認して開店を早める事にした。アクアが言うに、すでに広場は地獄の雰囲気を醸し出しているそうだ。まぁ、朝の時点でもかなり酷かったからな。地獄の風景が容易に想像は出来るよな。そして、それを聞いた僕らは作業のピッチを一段階上げた。
そして、ついに懸念していた事が…トラブルが起きたのは閉店間際の午後五時過ぎ。閉店間際と言う事も有り、僕達も久しぶりに気分転換を兼ねて露店で売り子をしていた時だった。
『おい、何故だ!何故、今並んでいる列が終わるまで鞄を売り続けない?こっちは、朝から何時間待たされたと思っているんだ』
列の後方に並ぶ一部のプレイヤーがクレームをつけだした。
当然、今日も作った在庫は殆ど売れているし、閉店後の僕達には工房で製作作業の続きが待っている。僕達としても、事情が事情なので、売れる鞄が有るのなら僕達も売り続けたい。だが、僕達の時間も有限であって無限ではないのだ。出来る事と出来ない事はどうしても有る。どうして、そんな事も分からないんだろう?
『【冒険者の鞄】は、プレイヤー製作の品ですので、製造には限りがございます。誠に申し訳ございませんが、また明日お越し下さい』
『ふ、ふざけるな!売る鞄が無かったら、お前達の持っている鞄を売れば良いだけだ。そうだろ、皆』
『そうだ。そいつの言う通りだ。その鞄を売れ』
僕達の対応が気に入らなかったのか、周りの無関係なプレイヤーを巻き込んで暴れ始めた。
『おい、やめろ!そこのおっさんども。無関係な客を巻き込むな。それと、そこの五人、無関係な人も騒ぎに巻き込むつもりなら、僕が代りに相手をしてやる。僕に勝てれば、試作品の鞄をプレゼントするぞ』
暴れている五人を相手に僕は一対五のPVPの申請を出す。まぁ、これは同じPVPと言ってもプレイヤーVSプレイヤーではなく、プレイヤーVSパーティーだけどな。
まぁ、僕にはこの勝負を勝つつもりは全く無い。仲間内に対して心配させないように、メールでこのあと僕がする行動内容等を送った。最後に『PS.手出し無用 客の安全を優先』とだけを記して…
『いっ、一対五だと、バカにするなよ。分かった、やってやるよ!後悔するな』
五人は意気込んで参戦して来た。
一瞬で僕を含めた六人とその他大勢を隔離する空間が出来上がる…
PVP Go Fight!
そして、PVPが静かに始まった…のだが、相手の五人は『おい、アイツ《銃士》だよ』とか『《銃士》のくせに生意気な』とか言いながら笑っていた。もうPVPは始まっているんですけど、余裕なのかな?本当に大丈夫だと思っているのかな?
多分、外で観戦している殆んどのプレイヤーが、《銃士》の僕に対して似たような感想を持ってるんだろうな。まぁ、それは別に良いんだけどな。
僕は、その隙に〈速度上昇〉〈攻撃力上昇〉の《付与魔法》を使って準備を整えて、油断している一番最初に暴れ始めた大剣を持ったプレイヤーの懐まで一気に接近した。そして…一撃〈零距離射撃〉と〈急所撃ち〉を同時に発動する。その一撃を喰らった大剣を持ったプレイヤーが一瞬でPVPエリアの端まで吹き飛んだ。倒れたプレイヤーの頭上には戦闘不能と言う文字が高らかと表示されていた。
『『『『はっ!?』』』』
残された四人も、見守っていた客達も何が起こったか分からないと言った表情だ。あらかじめ、僕から説明を受けていた仲間達だけは、納得は出来なくても内容だけは分かっているのだけど。
『おい、お前達。僕はこれ以上攻撃をしない。あとはお前達の好きにしてくれて良いぞ』
そう言い残した僕は、地面に手持ちの四丁の銃を置いて立ち尽くした。
残っていた四人は、それで皆我に返ったようだ。一斉にアーツを僕目掛けて発動する。勿論、その攻撃を僕には耐えきれる力など有る訳もない…
You Lost!
最初に倒された大剣を持ったプレイヤーを含めて六人が隔離された空間から順番に戻されていく。
『PVPの勝利おめでとう。これが約束の賞品だ。持っていけ』
五個の試作品もとい不良品の鞄を投げ渡した。
【冒険者の鞄・試作品Ver.0】転売不可・一ヶ月間着脱不能
〈特殊効果:自動回収・ドロップ素材〉〈製作ボーナス:容量拡張・中〉
ショルダーバッグタイプ
『くそっ、弱いヤツは最初からそうしてれば良いんだよ』
投げ渡された鞄を受け取り、逃げるように去って行く五名のプレイヤー。リアルな捨て台詞とか初めて聞いたな。これはこれでちょっと面白いかもな。
『皆さん、大変ご迷惑をお掛けしました。当【冒険者の鞄店】は、明日が営業最終日です。素材も充分に集まりました。今から明日にかけて、かなりの量の鞄を製作させて頂きます。なお明日は、今までご購入頂きましたお客様には申し訳ございませんが、お金のみでの販売にさせて頂きます。明日の営業は午後一時から売り切れまでとなります。明日のご来店も心よりお待ちしております』
広場にいて、さっきの出来事を目撃した多くの呆然としているプレイヤーに大声で伝えた。その裏で僕は仲間内にホームに来て、全部話すからとメールを送っていた。
ホームには、すでに店舗を手伝ってくれていた十人がいた。
『お待たせしました。それと今日は大人げない行為をしてしまいました。本当にすみませんでした。それで、皆は何から聞きたいんだ?』
そう言って、僕は誰かが質問してくるのを待つ。
『じゃあ、俺が代表して聞くぞ』
アクアが目線で皆に了承をとっていく。
『取り敢えず、俺が聞きたいのは二つだ。一つは何故、鞄を渡したか?もう一つは、あの大剣使いを吹き飛ばしたアーツはなんだ?』
皆がうんうんと頷いている。やっぱり、あのアーツは気になるよな。
『まず、鞄の件だけど、簡単に言うとあれは完全な失敗作で、ある種の呪いのアイテムみたいな物だかな。まぁ、実際に呪われてはいないんだけど、あの鞄には重量軽減の効果も付いてないし、装備後一ヶ月着脱不能が付いてしまったからな。物を入れれば入れるだけ重くなって動き難くなるんだよな』
それを聞いた皆は唖然としている。まぁ、噺を続けようか。
『次に一番聞きたい事であろうアーツの件だ剣、あれは結論から言えば〈零距離射撃〉と〈急所撃ち〉と言う二つのアーツを同時発動しただけなんだ』
正式稼働の初日にあった事を全て話していく、偶然覚えたアーツの性能や速攻で死んでろくでもないトラウマ称号を経た事も全て話した。特にレクトパス戦にいた僕とアクア以外の三人は、僕がトラウマの称号の獲得させない事に拘っていた理由から分かったようで必要に頷いていたのが印象的だった。
そして、同時にこれがレクトパスを道連れにした凶悪なアーツで有る事も…
『まぁ、単純に【デルタシーク】と【銃弾】を合わせた攻撃力40に〈零距離射撃〉の十倍と〈急所撃ち〉の二倍と《付与魔法》〈攻撃力上昇〉の効果に、多分あの威力だとクリティカルが出てるから…約二千近いダメージが出てると思う』
…と話して終わった。
今、この場にいる最も高いHPの持ち主のドームですら千五百を越えたぐらい。いかに約二千のダメージが高いかが判って貰えただろうか。ちなみに、この場で理解していないのが約二千のダメージを叩き出したシュンだけなのは、ここだけの話である。
しばらくの間続いていた沈黙と言う静寂をアクアが破った。
『シュン、あの時本気でやれば全員倒せたんじゃないか?』
『あ~、無理、無理。あれは完全な不意討ちかパターンが決まっている魔物相手にしか通じないと思うぞ。完全に勝ち逃げ的な騙し討ち技だな』
そもそも、僕はあの騒ぎの原因を作ったプレイヤー以外と戦う気が全く無かったからな。それに、あの騒ぎを煽った全員を呪いの鞄の刑に処す事が出来たのだ。それで十分過ぎるだろ。
『それと、話は変わるけど、このホームはバージョンアップが終わったらギルド兼工房兼店舗兼倉庫にする予定なんだ。昨日、このホーム近くの空き地を五区画分買ったからな。アキラと一緒に初心者から生産者まで【陰から全てを支援するギルド】をやる事にしました。ちなみに、ギルド名は未定で募集中だ』
『あと、追加報酬でお金渡そうと思ったけど、皆受け取らなそうだから、シュンと二人でプレゼントを用意しました。鞄を作り続けたお陰でスキルも進化したので、性能の良い鞄を皆の好みで作ってます。新しく容量拡張・大と透明化機能の二つが目玉能力として追加されてるから、使って試してみてね』
一つ前の僕の言葉に、内容を知っていたアキラ以外は誰も何も言わなくなっていた。
『規格外、過ぎる』
ジュネに突っ込まれた。ジュネに言われるのは誠にもって不本意だよな。
『まぁ、最終日も頑張ろう。皆、お願いします』
最終日は、昨日とは違い忙しいだけで大きな問題はなかった。最終的に九万個以上の鞄が売れて、所持金が十五億以上になっていた。まぁ、確かに規格外だったのかも知れないよな…
装備
武器
【デルタシーク】攻撃力30〈特殊効果:なし〉×2丁
【銃弾2】攻撃力+10〈特殊効果:なし〉
【ハンドガン】攻撃力15〈特殊効果:なし〉×2丁
【銃弾】攻撃力+5〈特殊効果:なし〉
防具
【ゴーグル】防御力3〈特殊効果:命中補正・微〉
【レザーブレスト】防御力15〈特殊効果:なし〉
【冒険者の服】防御力10〈特殊効果:なし〉
【レザーバングル】防御力8〈特殊効果:なし〉
【レザーブーツ】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ローブマント】防御力10〈特殊効果:なし〉
アクセサリー
【ウルフダブルホルスター】防御力5〈特殊効果:速度上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
【左狼脚ホルスター】防御力2〈特殊効果:回避上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
【右狼脚ホルスター】防御力2〈特殊効果:回避上昇・微〉〈製作ボーナス:リロード短縮・小〉
《銃士》Lv38
《短銃》Lv43《速度強化》Lv28《回避強化》Lv26《風魔法》Lv31《魔力回復補助》Lv30《付与魔法》Lv29《鞄職人》Lv38《錬金》Lv9《探索》Lv39《家事》Lv22
サブ
《調合》Lv8《鍛冶》Lv6《革職人》Lv32
SP 43
称号
〈もたざる者〉〈改めてトラウマを得た者〉〈略奪愛?〉
new称号
〈大商人〉
商売で一億フォルム稼いだ者への称号
取得条件/商売で一億フォルム稼ぐ
〈大富豪〉
十億フォルムを手にした者への称号
取得条件/十億フォルムを手にする