★第三回公式イベント 3
僕はアクアとの連繋練習と試作品達のテストを終えてホームに戻ってきていた。このあとの予定としては、ヒナタとカゲロウが参加する棒倒しとフレイの牙戦の観戦。しかも、開始時間が最初のヒナタ達の出番まで、そんなに多くは時間が残っていない。
そうなると、当然今からでも出来そうな事も限られてくる…つまりは、適当な生産系のレベル上げくらいだ。今優先するとなると…各施設の利便性の向上も兼ねて《機械製作》が一番だろう。
音声認識装置を試してみた結果、非常に便利だった事も有り、ゲートで移動しながら造船所とライトニングのゲートにも音声認識装置を組み込んでいく。タッチパネルの操作が要らないと言うのは、聞くだけなら本当に些細な事だけど、実際に使用してみると本気で便利なのだから。
その作業と平行して、メールを用いてギルドメンバー全員に音声認識装置の件も連絡…うん、そうだな。音声認識装置の素材も充分に在庫が有るし、ついでにガイアやアクア達にも安く売り込もうか。
【noir】は生産系の店舗【le noir】も運営している為、ホームを持っている知り合いは他のギルドと比べても多いほうだ。その為、ちょっとした知り合い達に売るだけでも良い小銭稼ぎ(普通のプレイヤーからすれば、大金)になる。特にアクアは、一度自身で体験しているだけに断る事は無いだろう。
それに、いずれ名も知らない誰かしらに先を越されるくらいなら、その前に実益とその過程で得られる経験値は美味しく頂きたいところでもある。むしろ、僕としては後者の方がメインと言った感じだ。製作はともかく、ゲートへの音声認識装置の設置はスキルレベル上げ的にも美味しい。なにしろ、製作しただけでは上がらなかったレベルも銃に付与した分を含めて、たったの四つだけで2レベルも上がってるのだから。
『主よ、今はそんな事を考えるよりも先に大事な事が有るのじゃ。すでに成長限界に到達しているスキルも有るのじゃ』
『…しかも、ちょっと前から』
シュンの際限の無さそうな思考のループを止めるように急に目の前に現れた白と黒。どうやら、いつのまにか勝手(いつもの事だが…)にホルスターから抜け出していたらしい。
『えっ?あっ、本当だな』
他の事に夢中だった僕は、この事に全く気付いてなかった。
確かに白と黒の言う通りで、《双銃》と《料理》二つのスキルが上限まで成長している。特に《双銃》は僕のメイン攻撃スキルだ。何を犠牲にしても(この場合は時間潰しを兼ねた《機械製作》の事)進化させておく必要が有る。
『えっ~と…何々』
う~ん、少し困ったな。まぁ、手っ取り早く解決出来る方から進めるとしようか。
《料理》の方は|名前が変わるだけらしい《完全上位互換スキル》《調理師》に進化出来るのか…
うん、これは全く問題が無いな。元々、進化先も《調理師》の一つしか存在していない事も有り、一切の躊躇なくサクッと進化させる。
完全上位互換スキルと言うのは、成長の限界を超える上位スキルとは違い、スキルの名称が変わるだけで特に出来る事が変わらないスキルの総称らしい。その多くは趣味スキルに用いられ、自己満足の世界の代物だ。
《料理》系のスキルを例に挙げて言えば、いくらスキルを進化させたとしても、出来上がった料理の味が急に美味しくなったりはしない。味や技術は完全に料理する者の実際の技術力に依存する能力だからだ。つまり、《料理》系に限って言えば、現実でも味音痴にとっては救いようのないスキルとも言える。自分で料理して食べるにしても、誰かに料理した物を食べて貰うにしても…
ただし、完全に無意味なのか?と聞かれると、そうでもない。《料理》系に限って言えば一つだけ利点も有る。出来上がった料理の効果は《料理》スキルの時よりも《調理師》スキルの方が数パーセント高く補正が付くらしい。これは味に全く依存せず、どれにも等しく付く事がせめてもの救いだろう。まぁ、あくまでも出来上がった物が完全に食べ物系のアイテムと認識されればの話になるのだけど。これは別の問題だろう。
まぁ、そんな事はさておき、次が問題の《双銃》になるのだけど…進化後のスキル名が《???》になっていて、事前に進化後の情報どころか、進化後のスキル名すら分からない状態になっている点が問題だろう。
現状では《???》の他に派生先や進化先が存在しないので、どう転んでも《???》に進化させるしか選択肢は無いのだけど、事前にスキル名すら分からないところが少し怖い。
『主よ、虎猫の姉さんが言うには男は度胸らしいのじゃ。さっさと覚悟を決めるのじゃ』
シュンの斜め上から見下ろすように胸を張って答える白。
いや、それを言うなら女は度胸だ…と言うか、いつのまにアキラとそんな話をしてたんだろうか?そもそも、どう言う状況でそんな話になったんだろうか?まぁ、僕も覚悟は決めているけどな。
『えぇ~い、成るがままよ…』
僕は少しばかりの躊躇いを背に《???》への進化を選択した。
《双銃》を進化して得られたスキルは《操銃》。
読みと発音は《双銃》と同じなのに漢字だけが変わったのか?もしかして、これも完全上位互換スキルなのだろうか…それとも、単に漢字の変換のミスと言う事か?それは無いか。
文字だけで見るなら、銃を操るスキル?今も充分操っている気はするけど…《見破》で確認しても、今までの《双銃》と大きな差が無いような気もする。あれ?やっぱり完全上位互換スキルか?
まぁ、今まで通りに銃の二丁持ちは継続して出来るみたいだから、僕としては大した問題でも無いんだけど。きっと、スキルレベルが上がって新しくアーツを覚えたりすれば、少しは判明するはすだ。取り敢えず、良しとしておこうか。
『…黒も新しいスキル』
僕の思考が落ち着いたのを見計らって、白よりも高い位置から見下ろすように話し出す黒。
流石に、その角度との会話は首がおかしくなりそうなので、返事をすると同時に白と共にテーブルへと引っ張り下ろした。
『おっ!!そうなのか…と言う事は、黒も《吸収》が出来るようになったんだな』
これで戦略の幅が格段に広がるし、同時に強力な魔法を使う相手も怖くなくなる。MPの無い魔法使いは、ただの的なのだから。
そんな事を思い浮かべながら一人浮かれるシュン。
『…全く違う。《相殺》、黒専用』
反対に少し機嫌を悪くした黒は再び頭上へと舞い上がり、シュンを見下ろした。
『えっ!?白と同じで《吸収》じゃないのか?』
二人共が最初に覚えたスキルが同じ《探索》だったので、次に覚えるスキルも同じように《吸収》だと思っていたんだけど…黒専用と言う事は、一種のユニークスキルになるのか?
『…むぅ、黒と白は全然違う。一緒にするのは白にも黒にも失礼』
さらに機嫌を悪くする黒。もう僕の方すら向いてはくれない。
『うっ…』
よくよく考えれば、めちゃくちゃ正論だな。僕も双子と言うだけで純と同じだと思われるのは嫌なのだ。当然、白と黒が同じ事を思うのも道理だろう。そもそも、僕が嫌な事を他人にするのはダメだよな。
『本当にそうだよな。黒ごめんな。白もごめん』
白色と黒色だけで同じ形状だったからな。知らず知らずの内に一緒にしてたみたいだな…性格の方は全く違うのにも関わらず。確かに失礼な話だ。
『…もう良い。次、気を付けて』
チラリとこちらを振り返りながら一言だけ言い放つ黒。まだこちらは向いてくれないらしい。
『分かった、ありがとな。それでだ、黒の《相殺》はどう言うスキルになるんだ?』
黒が言う《相殺》スキルの能力は、相手が放った魔法を自在に消滅させる事が出来る代物だ。ただし、消滅させる為にはより多く(正確には相手が放った魔法の二倍)のMPが必要になるらしい。僕の感覚的にはシリーズボーナス〈魔反〉の劣化版って感じだな。しかも、僕が思っていた通り【黒竜】だけが持つ《固有の》ユニークスキルらしい。
…と言うか、この場合はカゲロウの防具に付いた〈魔反〉の性能の方が凄すぎるんだよな。魔獣器のユニークスキルを凌駕する生産系のボーナスって…一体何なんだろう。量産出来たらゲームバランスが危うい気もする。まぁ、〈魔反〉と違い《相殺》は連発出来るので、使い勝手の面では圧勝するけどな。
仮定の話として、この珍しくて特殊なスキルを取得出来るプレイヤーがそれなりの数いたら、魔法系をメインとするプレイヤーの数は確実に減るだろう。まぁ、消費するMP自体が多いので乱発は出来ないから使い勝手自体は悪いんだろうけど…それでもな、その考えを否定する事は僕には出来なかった。
うん?ちょっと待てよ。黒に固有のユニークスキルが有るって事は、白にも有るって事か?
『あっ…』
その考えが僕の頭を過った瞬間、一瞬だけ白が僕の方を睨み付けた気がした。一瞬すぎて正確には分からないけど、また白と黒を一緒にしてたよな。慣れって言うのは本当に怖い、これは早く直さないとダメだ。
黒、僕も自分で自覚しているから、そんなジト目で見ないで下さい。もうしばらくこの状況が続いていれば、僕はアクア直伝ジャンピング土下座(※アクア命名)を披露する事になっただろう。
黒のスキルを含めてハーフマラソン前にテストは必要だと思う。だがしかし、今はスキルの確認よりも…
『主よ、《機械製作》の事じゃが、適当なアイテムに音声認識装置を付けていけばレベルアップも早いのではないかの』
話を変える為に空気を読みに読んだ白からの一言。どことなく説明口調になっているのも致し方ないだろう。
そう。音声認識が優先なんだよ。鞄を改良する為にも《機械製作》の成長が不可欠だからな。ただし、その過程は僕の思い描いていた方法とは似て非なる物だった。
『なるほどな…それは有りかも知れないな』
適当なアイテムでお手軽にレベル上げが出来るなら、現時点でのもう一つの目標である浮遊装置の製作、さらにはその先へのスキル進化も格段に早くなるだろう。
事前に音声認識装置を付けた回復アイテムを用意しておけば、『アイテム使用』等を喋るだけで回復アイテム等を使える可能性も有る。これが出来れば、緊急時の一手間が省けるよな。もしかすると、レベル上げの用途以上に有効な案じゃないか、白。
『…それ、ちょっと危険?』
少し以上に渋い顔を見せる黒。
『黒よ、今のワシの名案のどこが危険なのじゃ?』
それに対して、黒より渋い顔を見せる白。これぞ一触即発。
僕も黒の発言が瞬時に気になったのだが、白の方が圧倒的に反応が早かった。だけど、この非常に便利な音声認識装置に危険性は有るのだろうか?
『…音声認識が音声入力だから』
『黒よ、どう言う意味なのじゃ?もっと分かりやすく説明するのじゃ』
『黒も白も少し落ち着け』
取り敢えず、間を繋ぐ為に当たり障りのない相槌だけを挟み、思考を落とし込んでいくシュン。
音声認識が音声入力だから?って、どう言う意味だろう?今まで音声認識装置をよく考えもせずに使ってきたけど、特に問題は起きてないはずだ。音声認識装置も僕が製作前から想像していた通り、指定した言葉だけに反応して動きを指定出来るアイテム。それを白の言うように、消費アイテムにも付けれれば…
…うん、どう考えても便利の一言に尽きる。
『そ、そうか!そう言う事じゃったのか。流石は黒なのじゃ。確かにワシの案は名案では無かったのじゃ…主よ、答えは簡単なのじゃ。音声認識装置は固有の音声ではなく、あらかじめ指定した言葉に反応するだけで、誰でも使える可能性が有るのじゃ』
だが、発案者の白の反応は違っていた。
『うん!?』
誰でも使える可能性って、どう言う事だ?誰でもと言う限りは特定の制限が無いと言う事だから、普通に考えてると便利で良い事で、特に悪い事では無いよな。
しばらく僕が考え込んでいると…
『…今日の主、勘が鈍い、鈍感?』
呆れたような一言を放つ黒。
『黒よ、主が鈍感なのはいつも通りなのじゃ』
それにさも当然のように乗る白。
久しぶりに言われたし、酷い言われようだとも思うけど…僕は定期的に皆に言われる程、鈍い感覚の持ち主なのだろうか?どっちかと言うと、この問題よりも深刻な気がするぞ。
いや…待てよ。それも少し違うか、どうやら黒はまだ機嫌が悪いだけみたいだな。僕としてはそう信じたい。
『…盗まれる?可能性が有る』
溜め息を放つような仕草を見せ、黒が言葉を続ける。
『あぁ、そうか。なるほど、そう言う事か…』
確かに、それはちょっと不味いかも知れない。ようやく、僕は黒の言いたい事が理解出来た。
勿論、黒が言っている盗まれる可能性と言うのは、実際に音声認識装置を付けたアイテムが紛失や盗難等な遇う可能性の事ではなく、音声入力の機能を他のプレイヤーに使われ、不必要な相手に使用されたり、無駄な時に回復アイテムが使用させられたりする可能性の事だ。
まぁ、今のところ【noir】の関係者以外が音声だけでアイテムが使える事を知るはずもない事だけど、普通の会話中に出る登録済の言葉に反応して勝手にアイテムを使われる可能性が有るのは不味い。たまたまや偶然等は世の中にごまんと有るのだから。
ただ単に回復するだけの回復系のアイテムはともかく、それが毒や麻痺等のバットステータス系を付与するアイテムだった場合、残されるのは危険な香りしかない。特に、今までに僕に対して起きた出来事を考えると、その確率は格段に跳ね上がる事だろう。まぁ、そう言うアイテムに率先して音声認識装置を付ける必要も機会も無いと思うけどね。あくまでも今の例は例えばの話なのだから…
そうなるとだ。現状、消費アイテム類に音声認識装置を付ける事は諦める方が得策だな。これの改善ついては、今後のレベルアップやスキルの進化で何かしらの方法が出てくる事に期待した方が早いだろう。
その結果を踏まえて、僕は時間の許す限り《機械製作》で各種のギアを作り続けていた。
『アキラ、お待たせ。それと、ここの場所取りありがとな』
一緒にヒナタ達の応援に行く予定だったアキラと合流する。ログイン時間の違いも有り、今日の応援の場所取りはアキラに一任されていた。
ちなみに、アキラだけに任せている訳ではなく、ギルドメンバー全員で持ち回りで場所取りをする予定になっていて綿密なシフト(ヒナタ作)も組まれている。つまり、初回の今回がたまたまアキラの番だっただけだ。
『うん。でも、あまり良い場所じゃなくてゴメンね』
アキラのセリフ通り、ここはモニターの中央から少し右に逸れた場所。
『この人数だからな。座れる場所が取れてるだけでと凄いと思うよ。ありがとな』
現に、広場に特設されている巨大モニターの周辺はすでに人、人、人で埋まっている。本当に場所が取れているだけでも凄いと思う。後方には立ち見の観客もいるくらいなのだから。
モニターは広場の東西南北と中央に一ヶ所ずつの計五ヶ所に設置されており、複数の競技を各自が好きなように楽しめる仕様になっている。僕達がいるのは中央のメインモニター前。一番人気の有る場所だ。
ちなみに、メインモニターは複数同時に開催されている競技の中から、事前のアンケートで選ばれたその時間に一番人気の有る競技を映し出している。
『えっ~と…確か、ヒナタとカゲロウが出る棒倒しが採取系の競技で、フレイの牙戦が採掘系だったよな。ヒナタ達の棒倒しはともかく、フレイの牙戦は騎馬の部分が牙に置き換わっているところが気になるな…詳しくは覚えてないけど、チーム戦ではなくて個人戦だったような気もするし…』
僕は目の前で開始を待つ棒倒しよりも、競技の名前に少し違和感を覚える牙戦の方が若干気になっている。
この期に及んで、まだ僕は応援する競技を決めかねているらしい。
それだけなら、先にヒナタ達の参加する棒倒しを精一杯応援したあとで、何の憂いもなくフレイが参加する牙戦を応援すれば良いように聞こえるが、競技としてヒナタ達の方が若干早く始まるだけで、棒倒しの競技中…ほんの僅かな時間差(約5分)でフレイの牙戦も始まる。
『そうでもないよ。ほら、あれを見て』
そんなシュンの今さらながらの葛藤に気が付いたアキラが指差す方向には、詳細なルールと参加者の名前が掲載されている掲示板が有った。
そのルールや情報を見る限り、競技時間は牙戦の方が長いらしく、最終終了予測時間も牙戦の方が遅い。僕が知らなかっただけで、実際に競技に参加する三人を含めたアキラ達は知っていたらしく、細かく応援のスケジュールを立ていたようだ。
…と言うか、僕にも細かなスケジュールを教えて欲しかったよ。
〔『主よ、知らない主が悪いのじゃ。ワシらは知っておったのじゃ』〕
〔『…当然の事』〕
銃の姿にも関わらず、我が物顔な態度を伝えてくる白と黒。
『…あぁ、そうみたいだな』
悔しいが、その通りなだけに僕は何も言う事が出来ない。
そんな過ぎた事よりもだ。思ったよりも参加者が多い気がする。やっぱりと言うか、当然と言うか、普段は目立たない生産系のプレイヤーが目立っている。オークションの出展組もちらほら見受けられる。僕の少ないフレンドリストの中からは、【カーペントリ】からヒナタ達以外にトウリョウ達も参加していた。
自然素材が採取出来る競技に間違いない事や生産系のプレイヤーが多い事を確信すると同時に、ようやくこの競技がペアで行われる理由も分かった。
※棒倒しルール
・この競技は、二人一組で専用のノコギリを用いて巨大な木を切り倒すまでの時間を競うスピード競技です。
・木を切り倒す為に使う二人用のノコギリは常に二人で持った状態で行動して下さい。ペアのどちらかがノコギリから手を離した時点で失格となります。
・木を直接切る行為以外に対しては《付与魔法》等の身体強化系の魔法の使用は可能となります。木を切る行為に魔法の使用が確認された場合も失格となりますのでご注意下さい。なお、使用出来る魔法等は事前に受付でも確認出来ます。
・報酬は競技終了時の順位報酬以外にも特別報酬として、イベント中に獲得した自然素材が全て贈られます。
どうやら、持ち手が両端に有る二人引き用のノコギリを二人三脚で言う足を結束する紐の代わりに使うので、棒倒しはペア専用の競技にならしい。一番重要な競技エリアは子供の頃に公園の砂場で遊んだ山くずし?だったかなに似ている気がする。まぁ、勝利条件が山の天辺に差した木の枝を倒すと負けの山くずしとは真逆だと言うポイントとエリアの規模は除くのだけど。
でも、あの競技で使うノコギリって、昔ながらの伝統を受け継ぐ職人を紹介する(だったかな?)ようなテレビで見たことが有るけど、今は使っていない林業用のかなり職人仕様な一品じゃなかったか?それを見た事が有るだけに、何も知らない素人二人で呼吸を合わせながら、あのノコギリを使うのは普通の状況でも無理に近いと思う。それを砂山で?僕には考えられないな。
まぁ、これがイベントではなく、普通のエリアだったとすれば、力の強い怪力プレイヤーなら二人引き用を一人で使う事も可能かも知れないけど、今回のルール上は不可能になっている。つまり、仲の良い姉弟の絆持ちで、なおかつ普段からも息の有ったヒナタとカゲロウには向いてそうな競技だと、僕個人としては思っている。
それに、刃が粗くて長い形状のノコギリが大きな木を切るのに向いていたのなら、二人用ではなく採取用に一人で使える物の製作をフレイに頼んでも良いかも知れない。
『う~ん、それにしても少し悪意が強いな、あれは…』
『あっ、やっぱり、シュンもそう思った?私もそう思ってたんだよね』
さりげなく呟いた僕の一言にアキラが相槌を打つ。
この競技内容だけを聞いたなら、ちょっと悪ふざけが過ぎる程度なのだけど、僕がこの前見たムカデ競争同様に、競技会場を徘徊している魔物の種類と強さが異常だと思う。
各チーム毎に、ちょっとした丘よりも高い砂だけで出来た山が用意されており、その頂上には棒倒しの最大の目標となる大木が生えている…のだが、その大木の周りには砂地を得意としそうなサソリ型やトカゲ型等の魔物が複数徘徊している。二人の距離と片手をノコギリで一定に固定されながら、あの数の魔物を相手にしながら競技を進めるのは至難の技だろう。
それに、あのサソリ型やトカゲ型の魔物は今までは見た事がないのでイベント用に用意されている特殊な魔物。いくら弱かったとしても初見の魔物の意外過ぎる一撃で一気に戦局が揺らぐ事は、これまでにも多々に有った。これはヒナタ達も対処に困りそうだな。
だが、そんな事よりも、運営側がこの競技の一番のポイントとしているのは魔法の使い方かも知れないよな。ルールに木を直接切る行為以外に魔法は使えないと、わざわざ書いて有ると言う事は逆に言うとそれ以外には魔法を使えると言う事。対象は自分自身や仲間、徘徊している魔物や、それと…
『うん、でも…あとにしようか。そろそろ始まるようだ』
次の言葉を紡ぐ前に僕とアキラの視線が競技エリアへと移った。
考察は後回しだ。今の僕達に出来る事は二人を信じて待つだけなのだから。
『おい、ヒナタ。大丈夫か?多分、シュン達も見てくれていると思うけど、それで逆に緊張はしてないか?』
弟として長年付き合ってきた俺から見ると、普段は滅多にしない緊張をしているように見える。多少の緊張は普段もしているが、ここまでは極端なものは珍しい。
『い、今、シュンさんの事は関係ないでしょ。それと、いつも言ってる事だけど、私との会話の時だけシュンさんを名前で呼ばずに、皆の前でも呼んであげてよ。シュンさん、最近は言わなくなったけど、かなり気にしてるはずだよ』
さっきまでのビクビクした緊張とは打って変わって、表情を強張らせるヒナタ。
あれ?軽く緊張を解そうとしたんだが、逆効果だったか?
『それは無理だ、と俺もいつも言っているだろ』
何の迷いもなく素っ気なく返事をするカゲロウ。
思い返せば、このやり取りも長くなる。【noir】に加入してから、ほぼ毎日続いている…もう日課と言っても過言ではないくらいのありふれた日常。
『もう…それに、カゲロウの方こそ、大丈夫なの?』
その何気無いやり取りのお陰で、普段のヒナタに戻ったらしい。つまり、結果オーライ。俺はシュンとは違うから、過程に拘りはない。
ちなみに、カゲロウは知らない事だが、シュンも特に物事の過程に拘ってはいない。学校の先生みたいに過程を評価するのも好きなだけだ。
『俺の方は平気だ。それで、作戦はどうするんだ?』
現在、俺達が置かれている状況は棒倒し専用のエリアに転送されて、各チーム毎に別れてのブリーフィングタイムとなっている。
基本的な作戦としては、どうやって目標の大木に辿り着くかと、いかに早く魔物に邪魔されず早く木を切るかの二点が大きなポイントとなるだろう。シンプルなだけに、他のチームと作戦が被りやすくもなる。そうなれば、経験の差で不利になりえる。
その事はヒナタも充分に分かっていた。カゲロウよりも正確に…
『う~ん、そうだね。最初は遠目から様子見をしようかなと思ってる』
『…様子見?』
予想もしないヒナタの提案に一瞬我を忘れながら、気になったワードを口ずさむカゲロウ。
『うん。カゲロウも分かっていると思うけど、あの砂山に登る事が一番のポイントになると思うの。だから、何も分からず焦って進むと…ね。どう?』
『う~ん…』
俺は開幕ダッシュで山登りの方が楽しいと思うけど、ヒナタの考えも分からなくはない。
確かに、あの砂山では動き難そうだし、どうなるかも分からない。モブに対しても行動パターンが読めない時に無理するのは悪手か…となると、ひとまずここは慎重な姉の意見を尊重するのも一つの正解か?
多分、今回の場合はシュンもヒナタと同じ事を言いそうな気がする。それにしても、我が姉の考え方はかなりシュンに似てきたものだ。それが良い事か悪い事かは分からないが、俺にはプラスになりそうもないな。
『俺も取り敢えずそれで良いぞ。後衛は任せたから、前衛は任せろ』
俺達は手早くかつシンプルな作戦を決めた。
〔只今より棒倒しを開始します。皆様、準備は宜しいですか?それでは3・2・1・レディーゴー!!〕
公式からのアナウンスが競技エリア全体と僕達の前に有るモニター周辺に響き渡ると共に一斉に競技エリアへと駆け出す参加者達。中には公式のカウントダウンに声を重ねる者もちらほら見受けられる。いよいよ、棒倒しの開始だ。
『えっ!?あれ?シュン、どうしよう…ヒナタ達、何かトラブルでも有ったのかな?全く動かないみたいんたけど…』
逸早く、ヒナタ達が動いていない事に気付いたアキラがシュンのローブを掴み、シュンの身体事左右に揺らす。
その事は当然僕も気付いていた。ローブの裾をしっかりと掴んで離さないアキラの手を解放し、少し乱れた服装を整えてから僕は答える。
『少し落ち着け。多分だけど、全体の様子を見てるんだと思う。カゲロウ…いや、この場合はヒナタがあの砂山に迂闊に近寄るのは危険と判断したんじゃないかな。その証拠と言うか、二人とも落ち着いているし、他にも似たようなチームもいるだろ?』
他のチームはカウントダウン終了と同時に一斉に自分達の砂山へと駆け出していたが、ヒナタとカゲロウペアを含めた数チームだけが左右を見渡し他のチームの動向を伺っていた。
こう言う細やかな作戦を立てるのは今のカゲロウでは荷が重い、必然的に残された一人…ヒナタが立案したのだろう。多分、カゲロウなら他の多くのプレイヤーと同じく、開幕と同時に一直線に突っ込んでいる気がする。ここにはいないが、僕の幼馴染みも同様だろう。
…と言うか、今日いきなりこのエリアを見せられたばかりなら、僕も様子見の作戦を選択すると思う。現に最初に突撃を試みた複数のプレイヤー達は開始十数秒足らずでリタイアさせられている。一体、何を考えて貴重なブリーフィングタイムを過ごしたんだろうか?冷静さと判断力に欠けている気がするな。
いや、これも明日は我が身かも知れないのだ。僕も気を付けねば…
ヒナタと二人で他のチームを観察していて分かった事が二つ有る。一つは主なリタイアの理由が、砂山の流砂に足をとられて前に進めなくなる事と仮に足をとられずに上手く前に進めたとしても足元が覚束ない状態ではイベント用の魔物の対処に困惑する事だ。それと、もう一つが今目の前で行われている諸行…
『あれには驚いたぞ…』
『うん。ちょっと予想外だったけど、あの目的の大木も魔物だったんだね』
運良く最速で砂山の上部付近に辿り着いたプレイヤー達が、砂山から突然延びてきた大木の根に攻撃されて、砂山の麓まで戻されたり、砂の中に引きづり込まれ一撃でリタイアに追い込まれている異常事態。
咄嗟に反応を示したプレイヤーも中にはいたが、片手が塞がっている事に加え、大木を切る行為に魔法を使えないと言うルールが、この場合は大木(魔物)戦での攻撃魔法の使用禁止に変わり、一段と重い足枷となり、為す術もなかった。
『どうする?そろそろ俺達も行かないと勝負にすらならないぞ』
何もせずにリタイアなど、全くの問題外。それなら今の彼らみたいに華麗?に散る方が幾分も魅力的だし、言い訳のしようもある。
そして、その覚悟もすでにここに出来てきた。
『大丈夫。私に考えが有るの。《流水魔法》で流砂を濡らして、滑らないように少し地面を固めて道を作るから、カゲロウは私の援護をして』
一つの作戦を伝え、真っ直ぐな瞳で砂山の頂上の大木(魔物)を見詰めるヒナタ。
だが、ただ見て覚悟を決めていただけのカゲロウと違い、ヒナタには手持ちの札だけで砂山攻略に対しての冷静な対処方法が存在していた。
『な、なるほど…』
ここで砂山自体に魔法を使うのか、俺では絶対に考え付かなかった方法だ。そのアイディア分、魔物狩りとヒナタの援護は頑張らせて貰うぞ。
『任せておけ』
そう言い残したカゲロウは片手に装備していた剣と盾を鞄しまい。右手にフレイ特製で店舗売りの既製品よりも一回り以上小型化された斧槍一体武器【ハルバード】を装備した。
普段、シュン達との六人パーティーなら盾役に徹している俺だけど、ケイトとヒナタとの三人パーティーなら、これでも前衛なんだ。レベルは高くない…その事も重々承知している…
…だけどな、そんな俺でもって状況に応じて複数種の武器は使えるようにはなっているんだ。今見せ付けなければ、いつそれを見せ付ける時がくるんだ。
ヒナタが《流水魔法》を駆使して大木までの一筋の道を造り、そのついでに道の周辺にいる魔物蹴散らして先行していく。足場さえ安定すればイベント用の魔物自体はあまり強く無いらしい、気を付けなければならないのは…
『行け!〈スラッシュ〉』
たまに、不意を突いて現れるサソリ型の魔物から放たれる低威力の遠距離追加毒攻撃くらい、これの着弾を妨害する事くらいなら、俺の手札の一つ(《近接武器》スキルの弱い遠距離アーツ)で充分に対処可能出来る。
『ヒナタ、今の内だ。頂上まで一気に行くぞ。今からは俺が先行する』
ヒナタの返事を待たず、細い砂を固めた道の上でカゲロウヒナタがノコギリで手枷をされているとは思えないくらい上手く体勢を入れ替える。これは双子だからこそ為せる技なのだろうか?
『分かった。〈ウォータスライド〉』
…と同時にヒナタが放った次の《流水魔法》は、道を作る為に固めた場所以外をスコルピやトカゲ型の魔物サンドリザードを巻き込みながら砂山の麓へと押し流していく。
勿論、効果を重視する為に急造で放った詠唱を破棄した魔法の威力的では、いかに弱点属性を突いていようが一撃で倒す事は出来ていない。
だが、ヒナタの目的通り魔物達を砂山の麓の方へと押し流しているので、カゲロウ達が山の上まで登る今の状態的には効果的だった。
『ヒナタ、ナイスだ』
『うん、あり…カゲロウ、足元!!』
『うぉっと、危ね。サンキュ、サンキュ』
ヒナタの声に反応して、数歩分を一跳びで後退するカゲロウ。
言うまでもない事だが、それを可能にしたのはカゲロウの反射神経だけでなく、注意を促すよりも早くヒナタがノコギリ越しにカゲロウを引っぱっていたお陰でもある。勿論、カゲロウの反射神経に素晴らしい物が有った事も事実だ。
直前まで俺がいた場所には大木の根が数本突き出ており、木の枝で出来た生け花みたいになっている。気付かなければ、他のプレイヤー同様に百舌鳥の早贄のような串刺しスタイルでリタイアする事になっていただろう。ヒナタの言う通り、ちょっとの油断も出来ないらしい。
『もう絶対に油断しないで!〈アイスブレイク〉。これで足元を凍らせたから、しばらくは木の根の攻撃も大丈夫だと思う。今の内に早く切ろ』
おいおい、いつの間にお姉様は《氷魔法》まで取得してたんだ?俺は助かったから文句は無いが、あらかじめ教えておいて欲しかった事だぞ。
『…分かった。急ぐぞ』
だが、それを言葉に紡ぐ事が出来ないカゲロウであった。ここは、言葉に動揺を見せなかっただけでもカゲロウを誉めるべきだろう。
『あっ!ほら、あそこ、あそこ見て、シュン。ヒナタ達が頂上まで辿り着いたよ。もしかしたら、今のところ一番じゃないかな』
僕の隣でヒナタとカゲロウの活躍にテンションを一際上げてはしゃぐアキラ。普段のアキラからすれば、少し珍しくも感じる。
『あぁ、本当に凄いよな。でも、一番はあそこ四十五番のチームが、すでに木を切り終わりそうだぞ…えっと、所属ギルドが【ウィザード】って事は、あれはジュネのギルドメンバー達か?』
僕はモニターの右上部分に写し出されている一つのチームを指差した。
現在進行形でリタイアするチームはどんどん増えおり、残っているチームの映像(※特に活躍度が高いチーム)が徐々に拡大されているので、チーム一人一人の顔等も確認もしやすくなっている。
『あぁ、あれはね…うん、もう別物だよね…でも、あの攻略方法はジュネの仲間っぽいよね』
先程とは打って変わって、少し呆れた表情で遠くを見詰めるアキラ。気のせいだろうか?僕に対しても若干遠い目をしているようにも見えた。
『そ、そうだな。何と言ったらいいか…取り敢えず、すまない』
僕のせいではないのだけど、どことなく気まずく感じるよな。
開始早々から一際目立った行動を見せたあのチームを僕はヒナタ達の次に注目していた。開始直後に放ったエリア全体をも凍りつかせるかの勢いを見せた《氷魔法》で自分達の砂山全体と魔物を全て凍らせるのと同時に、残されたチームメイトが《土魔法》を上手く利用して岩の階段を作って悠々自適に登っている。余裕が有るのか?ご丁寧な事に階段の両脇には手摺まで用意すると言う神対応。
はっきり言って、この一チームだけ違う競技をしているみたいに思えている。ダントツで一位(筆頭候補ですらない)だろう。しかし、まだ上位は十分狙えるはずだ。頑張れヒナタ、カゲロウ。
『切り始めるぞ。ヒナタは俺の背後を警戒してくれ、俺はヒナタの背後を警戒する。それじゃあ、切るぞ』
両手をノコギリに塞がれたこの状況で、背後からの不意討ちだけは勘弁願いたい。
『分かった。行くよ、せ~の!!』
ヒナタの掛け声に合わせてノコギリを動かす…が木はびくともしない。
『うっ…嘘だろ』
『かっ、かった~い。これ本当に切れるの?』
ヒナタの言葉ではないが、この木はめちゃくちゃ硬い。これは本当に木なのか?ちょっとした金属の間違いじゃないか?
この大木の性質を一瞬金属かと疑っていたが、ヒナタとタイミングを合わせて少しずつ少しずつ切り進めると、鞄の中に木ぐずや木片等の見知った名前の素材ばかりがドロップされている…と言う事は、このめちゃくちゃ硬い大木も一応は木の分類らしい。
『今言う話ではないけど、こう言う時はシュンの《付与術》が欲しくなるな』
やっぱり、シュンの《付与術》って結構有り難かったんだな。心の中で感謝しておくよ。
『シュンさんの《付与術》?…あっ!!そうか、なるほど。〈アイスブレイク〉』
何かに気付いたらしいヒナタがノコギリを動かす手を止め、急に大木の幹を凍らせ始めた。
『おい、どうしたんだ?』
『この魔法、凍らせると同時に凍らせた相手に対して防御力の減少効果も有るから…シュンさんの《付与術》の代わりにならないかな?って思って』
一通り大木に対して魔法を掛け終えたヒナタが、再びノコギリを動かし始めた。
なるほど、疑似的な減少系の《付与術》って事か。おっ、おぉ!確かに、これなら刃の進む速度が段違いだ。これは、かなり…
『ナイスだ!ヒナタ』
今がチャンスとばかりに、俺達は一気に切り倒しにかかった。
…だが、そのまま何もなく大木を切り終えられるほど、トリプルオーの運営のやり方は甘くはない。カゲロウ達が七割方大木を切り終え一息つこうかとした時に事態は一変する。
ヒナタの魔法で砂山の麓まで流されていた魔物達が一斉に群れをなして襲い掛かって来たのだ。
『カゲロウ、後ろ!!危ない』
ヒナタの言葉に反応したカゲロウは間一髪のところで不意討ちだけは逃れたが、木を切る手は止まってしまう。
『くそっ!!』
やっぱり、先に倒しておけば良かったのか?いや、今はそんな事を考えている場合でも暇もない。
二人同時に文字通り跳ぶように大木から一旦離れ、体勢を立て直しながらもアーツや通常攻撃等で応戦始めるカゲロウとヒナタ。しかし、最初の不意討ちを除けば、カゲロウよりも防御が明らかに薄いヒナタの方が集中的に狙われていた。
カゲロウも魔物達の総攻撃に負けじとレジーアさんに貰った〈請け負う〉で大半を庇ってはいるのだが…庇われている側のヒナタ自身も相手の攻撃を凌ぐだけで精一杯の為、魔法の詠唱が全く追い付いていない。つまりは攻撃する手段が時間を追う毎にはっきりと目減っていた。
『おい、ヒナタ。このままでは埒が明かないぞ』
俺以上にヒナタの方が限界が近い。
『でも…』
色々な事を思い浮かべ、それでも作戦はおろか次の行動への判断も覚束なくなっている。この場合は、そんな状況にも関わらず、防御には集中出来ている事を誉めるべきなのかも知れないが…
普段は冷静で頼りになる姉だけど、一度パニックになると一転してダメダメになるんだよな。ここら辺がシュンとの大きな違いか?やっぱり凄いな。まぁ、絶対に口には出さないけどな。
でも、何でシュンはどんな状況でも、あんなに冷静でいられるんだ?ある意味で何よりも謎だ。
…と現実逃避してみても、急にヒナタを越える革新的な打開策が思い付く頭を俺が持っている訳でもない。それなら、いっその事…
『ヒナタ、自分に対しての回復魔法だけをMPが尽きるまで詠唱破棄で唱え続けてろ。ダメージを無視して一気に斬り倒すぞ』
俺らしく、一か八か当たって砕ければ良い。当然、最初から砕ける気はない。これは、はっきり言って分の悪い賭けだ。今の状況なら一旦逃げ切り、体勢を立て直す方に賭けた方が幾分かマシだろう。
そう思うと同時に、カゲロウはヒナタの周りの魔物を〈スラッシュ〉で少しでも遠くへと弾き飛ばしながら、ノコギリを持つ手に力を込める。
『…う、うん。分かった』
俺達は再び全力で大木へと向かって駆け出した。
『後ろあぶない!よっし、そこだ。いけっ!あっ、あ~~ぁ。ヒナタ達リタイアになっちゃった』
ヒナタ達の一挙一動に合わせて応援していたアキラが、ついに溜め息混じりの言葉を放った。
もう少しで大木を切り倒せそうな時に、ヒナタを庇って受けたスコルピからの毒のスリップダメージの回復が追い付かず、奮闘しながらも徐々に形勢が逆転し、カゲロウがリタイアに追い込まれてしまった。
『うん。惜しかったな。本当にもう少しだったんだけどな』
無意識の内にシュンも本当にという言葉に力が入った。
本当に、本当にもう少しだったと思う。多分、何かが…些細な事が少しだけ足りなかったんだろう。まぁ、それがHPなのか、知力なのか、はたまた日頃の行いなのか、全く別の要素なのか…はたまた、それらの偶然が積み重なっただけなのかは競技に参加した二人以外には分からないだろう。
『でも、出会った頃に比べると二人共成長したよね。私もうかうかしてられないよ』
アキラの瞳にやる気と言う力が宿る。
あの二人との出会いは街から街へのストーキング行為だった。それから考えると色々と頑張っているとは思う。それに、上から目線で話す訳ではないけど、あと少し何か…ふとした切っ掛けでも有れば、もう一皮剥ける気がする。まぁ、その何かを得るのが一番大変なんだろうけど…と言うか、化けたら僕を軽く越えていきそうだ。
『そうだよな。僕は本気でうかうかしてられないな。なぁ、アキラ、ネイルさん達に言われたからって訳ではないんだけど、僕も【noir】の先の事を少し考えてたんだ』
『うん』
頷くだけの相槌を打つアキラ。
『やっぱり新規のプレイヤーからメンバーを増やそうかなって思う。この際だから、ついでに今まではのらりくらりと保留にされてたフレイの三人目のギルドマスター就任の件も進めようかと思うんだ』
すでにフレイも《大商人》の称号は獲得済みなので、二人目以降のギルドマスターになる条件だけはクリアしている。あとは本人の意思次第なのたが、今までは上手くのらりくらりと回避され続けていた。
今度は頷くだけの相槌もなく、目線だけで続きを促すアキラ。妙なプレッシャーを感じるのは、はたして僕だけなのだろうか?
『続けるね。僕もアキラと一緒に【noir】を作って、その勢いでフレイに加入して貰ったり、雰囲気に流されて出来たカゲロウ達三人の後輩の面倒をみたりと色々な事が有ったよね。特にカゲロウ達三人の影響は計り知れなくて、その陰で僕も少しは成長出来たと思うんだよ。そろそろ、カゲロウ達自身が以前の僕の立場…各々が自立して新しい後輩を育てても良い頃かなって思ってね。あっ、始めに言っておくけど、自立と言っても【noir】を出てけって事ではないからな』
ギルドのマスター、トリプルオーの先輩…いや、違うな。友達として成長する為の手助けしてあげたい。人に教える事で自分自身が教わり、成長出来る事も今後は多々有るはずなのだから。
もっと踏み込んで言わせて貰えれば、今回のリタイアの理由は考える経験の少なさも一つの理由だと思う。突発的な出来事、急なアクシデントに弱いからだと思った。つまり、今回の敗因…その一端は僕達にも有ると言う事に繋がってくる。
『そっか…なるほどね。うん、それも有りだよね。イベント後に皆と相談してからになるとは思うけど、私は概ね賛成かな』
少し何かしらを考え、すぐに賛成してくるアキラ。アキラも何か思うところは有ったようだな。
二人は全く気付いていなかった事だが、二人のギルドマスターの中で新ギルドマスター候補の意見を聞いてからと言う案は最後まで出てこなかった。勿論、フレイに断られる可能性と言う言葉も…
『まぁ、そうだよな。僕は先にフレイの応援の場所取りに行くから、ヒナタ達の事はお願い』
二人を労う方法が難しいと言う事も有るけど、今最も優先すべき事は、すでに始まっているフレイの応援なのだから。
僕達は牙戦を途中から観戦した為、フレイが競技会場のどの場所にいたのかすら確認出来ず、牙戦終わりのフレイを探し出し、【noir】のホームへと連れてきた。
フレイを見付けれなかっただけで、すでに競技自体のルールと内容は把握済みなのだけど、僕個人の感想を言わせて貰えるなら、あれは牙戦と言うよりも牙狩りと言う方が正しい気がする。
まぁ、この場には実際に参加した当人がいるのだから、直接話を聞く方が早いのだろう。
『えっ~と、もう知ってると思うけど、ヒナタ達の応援してて僕達は途中からしか見れなかったけど、フレイはイベントどうだったんだ?それと応援に遅れて、本当にごめんな』
フレイを探し出した時に謝罪は済ませて有るのたが、もう一度深く頭を下げるシュン。
『何度も言うけど、競技の時間が重なってたんやから応援の方は…まぁ、しゃ~ないわ。そもそもウチがヒナタ達の方へ行ったりって言ったんやから、そんなに気にせんでもええんやで。それで、牙戦なんやけど…』
それに対して苦笑いで答えながらも、フレイは牙戦について語り始めた。
『牙戦があない難儀な競技やったとは…』
ウチも競技が始まる前は生産系のプレイヤー感謝祭、素材が狩り放題のイチゴ狩り的な単純なルールやと思ってたんやけど、いざ競技の蓋を開けてみれば、全然想像してたもんと違ったんや。あれは生産系のプレイヤーにとっては、ある意味地獄やったわ。
※牙戦ルール
・制限時間三時間以内に牙を持つ魔物を狩れるだけ狩るだけの競技です。
・牙を持つ魔物には、それぞれ個別(固有)のポイントが与えられていますので、終了時間までに獲得したポイントが多いプレイヤー上位二十名に報酬が出ます。※種類別は勿論の事、同じ種類の中でも固有のポイントを持つレアな魔物も存在しています。
・この競技は特別報酬として、参加者全員にイベント中に牙を持つ魔物から獲得した素材もプレゼント致します。
このルールで知らされていないだけで、この競技が生産系のプレイヤーに非常に厳しかった理由が二つ有るんやけどな。
その一つが、牙を持つ魔物の絶対数が他の魔物よりも圧倒的に少ない事や。それにも関わらずや、他の…競技に関係のない魔物の遭遇率も低くないときてる。
そやから、ウチはその少ない一匹を探しだすだけでも苦労したんや。ウチが思うに、普通こう言うイベントなら専用の魔物を沢山用意しといてもええんとちゃうか、それこそ夏に湧く昆虫並みにや。これな、ウチみたいに《探索》系のスキル持ってないプレイヤーには本当にキツい競技やで…全く。
それで、もう一つのポイントはや、牙を持つ魔物が思ってたよりも強いくせに、一匹一匹の持ってるポイントが低い事やな。
ウチが転送された場所は牙戦の中でも比較的に難所の森林エリアちゅうのも有るやとは思うねんけど、これがまた事前の情報以上に視界と足場が悪いし、魔物の発見もしにくくて、かなり辛かったんやわ。
最初に出会った象系のモブのブルーエレファントちゅうんは、皮膚を被っている皮が無茶苦茶硬くて、ウチの武器が皮から下にまともに通らへんねん。まぁ、そこは色々な経験を持ってるウチやから武器を三節棍に変えて、打撃系アーツの連発で倒したんやけどな。あっ、ここ数少ない誉めるポイントやで。
それで、獲得したポイントがあんなデカイ体しとったくせに、たったの2ポイント。期待していたドロップ素材の方も全く手に入らんかったし、本当に踏んだり蹴ったりやったわ。あの硬い皮には、ちょっとだけ期待してたんやけどな。
二番目…ちゅうても倒せた標的では最後になるんやけどな、出会ったトラ系のモブのサーベルタイガーは、ブルーエレファントと違うて、硬さはそうでもなかってん。その代わりちゅうか、動きの方が素早かったんよ。そのお陰で、当たれば倒せそうなウチの攻撃もなかなか当たらへんのや。まぁ、この辺も三節棍や刀のアーツも絡めながら時間をかけて追い詰めながら倒したんやけど、これもポイントが1ポイントと低かったんやわ。
なっ?理不尽やと思わへん?このポイントの基準はどないなっとるか、本当に知りたいで。
ニ時間以上イベント頑張って牙を持つ魔物に二匹にしか会えないとか、イベント的には有り得へんわ。その時点で普通のモブは、もう軽く三桁に迫ろうかちゅうくらい倒しとるんやで、自分らもおかしいと思うやろ?
でもな、何が一番おかしいかちゅうとや、普通のモブからのは全くドロップアイテムが貰えへかったとこやねん。これってウチの運が悪いだけなんやろか?
なぁ、シュン。この運の悪さは自分並ちゃうんか?でもな、シュンはまだマシや。いつも最後の最後に一番美味しいところを持って行くんやからな。今回かて、自分が出てたら、仮にウチと同じように二匹しか会えなかったとしても、それなりに美味しい思いはしてると思うんや。皆もそう思うやろ?
まぁ、いつまでも愚痴を言うとっても仕方ないから、時間いっぱい楽しんだれと思って、途中からレベル上げメインに切り替えたったわ。
最後の方のウチは、二振りの刀を握り直し魔物の方へ駆け、刀の範囲アーツ〈風刃〉を使うて、雑魚モブを蹴散らしていったんや。簡単に言うとウチ無双やな。一体、それから何体のモブを狩ったか分からんわ。そのお陰も有って、ぎょうさんレベルだけは上がったんやで。
三匹目の牙を持つ魔物、竜系のモブのロックドラゴンに出会ったのはサーベルタイガーに出会ってから一時間ぐらいあとやったんと違うか?そこからは、それまでのお気楽モードから一転して死闘に打って変わったんや。
ロックドラゴンのブレスや爪を紙一重で回避してからの刀の連続攻撃で削りまくって、コンボの〆として全力で放った〈抜刀酒咲き〉を、ロックドラゴンのヤツが何事も無かったかのようなしれっとした態度で尻尾を使って弾き返してくるんやから、あの時は本当に目を見開いて驚いたわ。
その時に出来た隙に、ロックドラゴンのブレスをモロに喰らってもうてな。回復アイテムも使いきってたから、そうなると回復魔法の使えんウチには足掻く手段も無いし…結果的に、そのままアウトやったんやわ。
うん!?それにしては、ウチの顔が楽しそうで嬉しそうやて?
まぁ、それは正解やな。ロックドラゴンが牙を持つ魔物だけやなくて《鍛冶》スキルが生かせる岩石系のモブでも有ったから、連続攻撃中にロックドラゴンの素材だけは個別に採掘出来てたんや。手に入ったんはレアな竜系の素材、それもウチ待望の竜系の素材やで。ウチの顔が綻ぶのも無理ないやろ。爪に牙に鱗、数自体はそれほど多くないんやけど貴重やわ。
まぁ、そう言うことや。最後の最後で、若干このイベントもマシになって良かったかな。トータル的にはギリギリのところでプラス…
『…と言う風な具合やな。結局は最後まで残れずに途中リタイアしてもうたんや。素材取り放題に釣られて参加しだけど、よく考えれば、世の中そう簡単に上手い話は無いわな。まぁ、今回のイベントもそれなりに楽しめたからウチとしては良いんやけどな』
フレイが自分のプレイ内容を身振り手振りに戦利品を加えて教えてくれた。
戦闘の部分等で(話を盛り上げる為のテクニックとして)若干?話を盛っていそうだけど、普段にも増しに増した関西弁が気にならないくらい聞いていた僕達自身がフレイの話に引き込まれてたからな。これはもう、一つの物語と言っても過言では無いだろう。そして、話してくれたフレイの話術のクオリティーも高かったのだろうと僕は思った。
それにしてもだ。今回のイベントは一つとしてまともな競技が無い気がするんだけど…気のせいだろうか?
こうなると、明日に控えているアキラとケイトの出場競技も名前に関係なく厳しい内容かも知れないよな。えっ~と、確かスタンプラリー?これも牙戦同様にソロの競技だったよな。名前からすれば体育祭っぽくなくて、他の競技と比べても難度は低そうだと思っていたけど、果たしてどうなる事か…
『ウチの話は終わりや。カゲロウ達はどないやったんや?』
同時刻開催の為、カゲロウ達の結果を知らないフレイは興味津々と言った表情を見せる。これが、何に対する興味かはフレイ本人しか知るよしもない。
『俺達もリタイアしました』
カゲロウが代表し、悔しそうな表情を押し殺しながらフレイの質問に答える。
まぁ、かなり惜しいところまで行っていただけに余計に悔しいのだろう。仮に僕が同じ立場なら、カゲロウのように悔しさを隠せる自信はないのだから。
『そうなんか?そっちもあかんかったか。それで、悔しさそうな表情を隠そうとしている二人はイベントを楽しめたんか?』
真意は分からないが、敢えてカゲロウの傷口を抉るような一言を放つフレイ。
『うっ…本当に悔しいんですけど、二人共楽しめたと思います』
フレイの質問の意図にに戸惑うカゲロウを余所に、今度はヒナタが答える。
『それなら、良かったな。こう言うイベントは結果云々よりも楽しんでなんぼやろ。そうやって悔しさをひたすら隠すだけが強さやないとウチは思うで。悔しさを認めて次へと生かすのも、また強さやないか?』
言葉の最後で僕の方を見るフレイ。いや、確かに僕は悔しさを隠し通せる自信はないけど、悔しさを全面に出した記憶はないんだけど…
おい、そこのカゲロウとヒナタ+白と黒、妙に納得したような表情を見せない。
まぁ、後半部分は否定するとしても、前半部分は確かに僕もフレイの言う通りだと思う。だが、僕はあのハーフマラソンを本当に楽しめる事が出来るのだろうか?
シュンの心の片隅に若干の不安が残った。
おやっ?もうメールの返信が来てるな。このメールの返信と言うのはゲートに対しての音声認識装置の設置の件だ。
アクアと…それに、ネイルさんのところもか、二人共に設置希望と。アクアは実際に試しているから分かるんだけど、ネイルさんからも早々と依頼が来るとは思わなかったな。
まぁ、製作自体は終わっているし、時間さえあれば今すぐにでも設置出来るんだけどな。
『主よ、【noir】の工房から、他のギルドにも音声認識装置を設置出来るのかのう?』
『多分、大丈夫だろ。ゲートとしては繋がっているし、ここから別の場所も設置出来たからな。一応、依頼として請けているから許可も有るし…ほらな』
事前に思っていた通り、音声認識装置の設置可能リストに【双魔燈】と【プレパレート】のギルドホームが増えていた。
早速設置を終えて、設置が完了した事をメールで連絡する。個人的にはレベルの上がりも良く、気分も上々だ。
もう少し経験を積むと次の目標である浮遊装置も作れる。浮遊装置の事とその使用法を考えるだけで、先程まで感じていたハーフマラソンに対する妙な不安を忘れ、シュンは少しだけワクワクしていた。
装備
武器
【雷光風・魔双銃】攻撃力80〈特殊効果:風雷属性〉
【ソル・ルナ】攻撃力100/攻撃力80〈特殊効果:可変/二弾同時発射/音声認識〉〈製作ボーナス:強度上昇・中〉
【白竜Lv34】攻撃力0/回復力164〈特殊効果:身体回復/光属性〉
【黒竜Lv33】攻撃力0/回復力163〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉
防具
【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40
〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスターズ】防御力20〈特殊効果:速度上昇・大〉〈製作ボーナス:武器修復・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
天狐族Lv41
《双銃士》Lv65
《魔銃》Lv64《操銃》Lv1《短剣技》Lv11《拳》Lv37《速度強化》Lv90《回避強化》Lv91《魔力回復補助》Lv90《付与術》Lv59《付与銃》Lv66《見破》Lv96
サブ
《調合職人》Lv24《鍛冶職人》Lv40《上級革職人》Lv4《木工職人》Lv30《上級鞄職人》Lv5《細工職人》Lv32《錬金職人》Lv30《銃職人》Lv28《裁縫職人》Lv12《機械製作》Lv23《調理師》Lv1《造船》Lv15《家守護神》Lv23《合成》Lv28《楽器製作》Lv5
SP 68
称号
〈もたざる者〉〈トラウマプレゼンター〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈やや飼い主〉




