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OOO ~Original Objective Online~ 改訂版  作者: 1048
第一章 第四部
31/65

★王からの依頼 1

 『皆、お待たせ。やっぱり、私が最後になったみたいだね。ごめんね』

 自分自身の集合が一番最後になった事も予定通りと言った感じで、アキラがログインしてきた。


 当然、今日は平日なので遅くまで部活の有ったアキラが最後になるのは仕方が無い事だ。【noir】ではアキラ以外にもカゲロウやヒナタが部活をしているらしいけど、アキラみたいに毎日遅くまで拘束される事は無いらしい。


 ちなみに、カゲロウとヒナタは各々が別々の文化系の部活に所属しているが、活動期間はお互い不定期開催らしい。アキラと比べると、どうも緩く感じてしまう。


 すでにお分かりかも知れないが、本日はお城へと招待された日だ。


 『大丈夫、気にするな。まだ大臣さんが来るまでに時間も有るから充分だよ。まぁ、時間まで紅茶でも飲んで、ゆっくりしなよ』

 僕は今日も今日とて平常運転だ。喫茶店のマスター(いつも)のように紅茶をアキラに差し出した。


 部活で疲れているであろうアキラには、少しでもゆっくりして貰いたいので、いつもよりも少し薄く甘めに紅茶を淹れている。アキラの部活終了時間を考えると、この時間にログインしてくる為に、帰宅後はかなり急いでいると思うからな。


 『ありがとう。でも、改めて考えると大臣さんが来るのは緊張するよね』

 お気に入りのソファーで二人仲良く紅茶を飲んでいたヒナタとケイトも、アキラの言葉に必要以上に同意している。


 どうやら、緊張してないのは一回会って話をしている僕とカゲロウ。それに、誰に対しても人見知りをしなさそうなフレイと言ったところか。まぁ、一緒にいる分には心強いのだけど。


 『あっ、そうだ。皆、そのままで良いから聞いてくれ。多分、あのお城に行くからには、城の中まで武器類の持ち込みは出来ないと思うんだよ』

 大臣さんが迎えに来たら、王様に会う事に同意してそのままお城へと向かう予定にしている。あらかじめ、その為の準備をしておく必要も有るだろう。


 『まぁ、そやろな。仮にもお城に行くんやから、問題を起こさん為にもその方がええやろ』


 『だから、武器は共通倉庫(・・・・)に置いて行こうと思うんだ』


 『何で共通倉庫なんや?リビングか工房…ちゅうか、個人用の倉庫でもええやん』

 少し首を(かし)げながら正論過ぎる正論を述べるフレイ。何も共通倉庫をわざわざ指定してまで武器を置く必要はない。これには皆も同意見のようで、フレイ同様に首を傾げて僕を見詰めている。いや、そんなに一斉に同じような体勢で見詰められると僕も恥ずかしいんだけど…


 『一応、僕も白と黒はホームに置いて行く予定なんだけど、置いておく場所が共通倉庫の中なら、緊急時(いざと言うとき)には取り出せるようにしたんだよ』

 まぁ、僕の場合は自由自在に動ける白と黒なので、どこに置いておこうが全く問題は無いのだけど…


 『『『『『はい!?』』』』です』

 当然、この説明では普通に伝わらない。勿論、それも予定通りだ。説明で伝わらないのなら実演で伝えるだけだ。百聞は一見に如かず。


 『これは最近僕が作った秋の新作鞄なんだけどな。ちょっと見てくれるか?』

 秋の新作鞄…って、自分で言っておいてなんだけど、どこのセールストークだと思う。


 〔『主よ、【le noir】のセールストークなのじゃ。電話の(コール)音が止まらないのじゃ』〕

 黙れ…と言うか、よくそんな事まで知ってるな。


 喋りながらも手持ちの適当なアイテムを使って、鞄の共有化の特殊効果を見せると、各々に驚いた表情を見せる。


 まぁ、アイテムを入れた鞄とは全く別の場所に置いた鞄から、そのアイテムが取り出せたら驚くよな。現実世界にも、この鞄が有ったなら移動や消失系のマジックが誰でも簡単に可能だろう。むしろ、マジシャンと言う職は一気に駆逐されるはずだ。さらに、倉庫に保管している(眠っている)アイテムも誰でも簡単に取り出せる事を確認して貰った。


 念の為に用意した策なのだから、当然皆の分の鞄も用意してある。一時はクリスマスプレゼント用にとも思ったけど、今回必要に迫られて早めに御披露目する事にした…が、タイミング的に少し失敗だったかもな。よくよく考えれば昨日でも良かったはずだ。まぁ、せっかく披露したからには是が非でも渡すのだけど。


 『シュン!自分、この鞄の素材は何を使ったんや?かなりのレア素材やろ?流石にこれはタダでは貰えへんで?』

 フレイの言葉に我に返った皆も一斉に同意しだした。


 『まぁ、皆の驚く気持ちも分からなくはないけど、少し落ち着ついてくれ。まずは素材についてだけど、これは在庫として余っている(ダブついてる)分で作ってるから、全く心配しなくても良いよ。実は《鞄職人》スキルが《上級鞄職人》スキルに進化したんだ。その恩恵で付けれる特殊効果が増えただけなんだよ』


 『なるほど…そうか、シュンも上級になったんか。それなら、ある意味納得出来る話やな。ウチも《上級鍛冶職人(上級)》に進化してるから、付けれる特殊効果については何も言えへんわ』


 『私も同じです』

 僕と同じように生産系のスキルを上級に進化させているフレイやヒナタには、それだけで伝わったらしい。二人だけが納得したような表情を見せる。


 僕は色々な生産系を取得しているので一つ一つの成長は遅いが、フレイやヒナタは僕とは違って専門分野に特化して集中的に成長させているので、僕よりも早く上級に進化している。


 上級に進化させていない他の皆には、どう言えば伝わるか分からないけど、上級と取得したばかり(無印)のスキルや一段階上(職人)に進化したスキルとでは全く能力が変わってくる。


 当然、付けれる特殊効果の種類や個数、性能も違うのだが、それ以上に一つ一つの仕事が綺麗…いや、細やかになるとか丁寧になると言えば分かりやすいのかな?


 例えば、《鞄製作》の場合は外見からは継ぎ目や縫い目が見えなくなったりするだけなのだけど、フレイの《鍛冶》やヒナタの《木工》になると、今まではレアなドロップ武器にしか付いていなかった(未検証)エフェクト効果も付けれるようになっており、見た目が炎や氷等を纏った武器とかの製作も可能になっている。


 当然、全部が全部に付けられるようになるわけでは無いんだけど、それでも付ける事の出来た生産品は格好良いと思うし、素人目でも憧れる。僕の感覚としてはスキルを上級に進化して、やっと生産系のプロになれた感触を得た。まぁ、これはあくまでも僕の主観だけどね。


 『分かった。取り敢えず、今回は何が有るか分からんから、鞄は有り難く受け取って使わせて貰うわ…しかし、や。これは一種の借りや、これのお礼は近いうちに必ずさせて貰うで』

 最後に『絶対に覚えといてや』と指を指されながら念を推された。まぁ、これはフレイのポリシーでも有るのだから仕方が無いだろう。


 フレイ曰く、タダより恐ろしい(高い)ものは無いらしい。他の皆もフレイと同様の念を推してきた…僕としては、鞄に関しては全く手間が掛かってないので、本当に気にしなくても良いんだけどな。


 『えっ~と、じゃあ、ゆきはおるすばん…してるね。ゆきもちゃんとわかかってるの』

 僕達の会話の終了に合わせて、唐突に話始めた雪ちゃん。自ら話し始めて、自らの言葉を理解し納得し、それでも残念そうな顔を浮かべる雪ちゃんを見て、僕はアキラの方を見て軽く頷いた。


 『雪ちゃん、今回は(・・・)一緒に来ても大丈夫かな。ただし、三つの約束を守って貰うね。一つ、私達の言うことは絶対に守る事。二つ、私達の側を勝手に離れない事。三つ、会話には《心話》を使う事。雪ちゃんは約束守れるかな?』


 『いいの?うん。やくそくまもれるの。アキラおねえちゃん、シュンおにぃちゃん、ありがとなの』

 先程までとうってかわって、一気に嬉しそうな顔をする雪ちゃん。


 まぁ、雪ちゃんは僕達以外には見えないのだから、声さえ出さなければ、そこまで心配しなくても大丈夫だろう。仮に見えたとしても、今から会う相手は普通じゃないだけでNPCだ。その点は助かっている。多分、アキラの言った『今回は(・・・)』の部分に、その辺りのニュアンスも含まれている気がするからな。





 〔『マスター、中は外見以上ですねです』〕

 城の中を見て誰よりも早かったケイトの感想。他の皆は感想よりもキョロキョロする方に忙しいらしい。まぁ、他の皆の中には僕も含まれているのだけどね。


 僕達は今、大臣さんに案内されて【シュバルツランド()】の中の王の間へと向かう通路を案内されている。


 ただひたすら真っ直ぐな通路を…


 城の正門から城に至る道ですらかなり長く、その道の左右は草花に覆われた庭園になっており、僕達は見た目以上に広く感じてたのだが、城の中は見た目以上どころの騒ぎでは無く、信じられないくらいの広さになっていた。軽くダンジョン?と言っても過言では無いくらいには…


 これが、もし本当にダンジョンだったとしたら、《探索》系のスキル無しでは確実に迷子になるだろう…考えるだけでも嫌になる広さだ。むしろ、これを最大級のダンジョン(魔王城)だと思いたいくらいなのだから。まぁ、想像上の魔王城とは違って、薄気味悪くも暗くもないのだけど。仮に、これ以上の広さを持つダンジョンが存在するのなら、どんな事情があっても遠慮したいし、【noir()】としては潜る気はない。


 ちなみに、街から城の正門の前に行く為には専用の道が存在していた。その道は、ずっと街に存在していたようだが、認識阻害?と言うのか、普通に見るだけでは全く分からないようになっていた。体感的には〈朧〉を使われた時に似た感じだ。ただ、一度でも知識として認識してしまえば、自由に通れるようにもなるらしい。


 どのみち、正門を通って城の中に入る為に、特別な許可が必要になるのは変わらないらしく、道の存在を知っていて、その道を通る事が可能であっても、そう簡単には城の中には入れない仕様になっているそうだ。この豆知識は城への道すがら大臣さんに教えて貰った。


 〔『そうだよな。これぞ、豪華絢爛って感じだな。だけど、こんな大きな城に大臣さん以外のNPC()が全く居ないってのは変じゃないか』〕

 ケイトの言う通り、城の中には貴重な絵画(あそこに飾られているのはピカソやゴーギャンじゃないか?)や見るからに高価な品が上品に飾られていた。


 その中には僕達では取る事は勿論、(ふれ)る事すら出来ない仕様にはなっているが、レアな武器や防具だと一目で分かる物も飾ってあるにも関わらず、この場どころか城の中にも兵士や騎士等が全く居ない事に、どこか違和感を感じる。


 〔『シュン、それはちょっと違うかも。ここって、人が全く居ない訳では無さそうだよ。さっきから《探索》スキルに少なからず人の反応は有るよ。まだ私達は大臣さん以外に全く出会えてないけどね』〕

 自分の出した結果に自信を持って答えるアキラ。


 どうやら、アキラのしていたキョロキョロは僕達とは意味合い(ニュアンス)が全く違ったらしい。反省します。


 〔『そうなのか?具体的に聞いても良いか?』〕


 〔『うん。私達は真っ直ぐ進んでいるけど、何ヵ所かあった左右への分かれ道の先とか、少し離れたところで私達の背後。あと…少し言い難いけど私達の上か?下か?』〕

 全く視線を動かさず答えるアキラ。


 アキラの言う通りなら、相手は非常に上手く隠れているらしい。僕には全く分からない…特に上とか下とか言われても非常に困る。それとも、相手は場違い甚だしい忍者か?


 もしかして…今回の件は最初から全てが罠だったのだろうか?今さらながら、僕の中で少し後悔が(よぎ)る。


 だが…これがもし罠だとすると、武器類の持ち込みが意外にも可能だった事に疑問が生じてくる。


 ここに来るまでの間に何度も(勿論、大臣さんが迎えにきた時にも)確認したが、武器の持ち込みは可能だった。当然、振り回す事や許可無く武器を抜く事は禁止されたけど。まぁ、そこは建物の中としては、ごく普通の処置だろう。武器を抜くや振り回す事が普通に可能な【noir】のホームの方がおかしいだけだ。


 〔『それなら、しばらくの間はこのパーティーチャットを維持しようか。それと念の為、皆も警戒は密に…』〕

 カゲロウが大臣さんに聞こえないように(正確にはケイトとの)内緒話(会話)をする為に、パーティーチャットを使い始めたけど、正解だったらしい。


 当然、アキラだけに《探索》を使わせて、僕達が何もしてない訳では無い。僕は、鞄を通して倉庫から取り出した白と黒に〈朧〉を使って姿を隠した状態で、分岐点の先を確認して貰いながら城の中のマッピングに集中している。こんなにも広い城なのだ。万が一の場合(非常事態)の逃走ルートや逃げる手段のキープは必至だろう。


 先頭を歩くカゲロウとフレイは、いつでも武器や盾を抜ける状態で何が起きても迅速な対応が出来るような位置取りを自然にしているし、ケイトとヒナタも詠唱を済ませた魔法を待機状態で維持している。魔法を待機状態で維持する方法は初心者()でも簡単に出来るが、維持している間も常にMPが消費されていく為、見た目以上に大変だと思う。ちなみに、待機させている魔法はケイトが範囲回復魔法で、ヒナタは威力よりもスピードと範囲を重視した攻撃魔法だ。





 『お待たせいたしました。この扉の中が我が王のシュヴルツ三世が()られる場所です。皆様、どうぞ中へお入り下さい』

 そう言った大臣さんは僕達よりも一歩前に出て、自ら両手を突いて重厚な大扉を力強く開ける。だが、余程建て付けは良いのか、全く音はしない。


 はっきり言うけど、そのサイズの扉は最低(・・)左右に一人ずつで開けるタイプの扉で、普通は絶対に一人で開けるタイプの扉ではないと思う。


 僕達は大臣さん自らがパワフルに扉を開ける姿に違和感を感じつつも(若干引きつつも)、入室前に軽く会釈して中へと進んだ。


 …が、僕達の目の前にある玉座には誰も座っていない。やはり、騙されたのか?その一瞬を認識した事で、僕達の警戒レベルは最大限まで上昇した。あくまでも内面的には…


 まぁ、出来ていないメンバーもいる…誰とは言わないが前衛の二人。


 『えっ~と、すみません。大臣さん、誰もいらっしゃらないようなのですが…』

 僕は外見の態度は普段と変わらない平静を装っていても、心と体は最大限で身構えていた。実際に、さっきまでよりも一歩二歩大臣さんとの距離は離れている。


 『いえいえ、ちゃんとここにおりますよ』

 そう言った大臣さんは座りなれた感じで玉座に普通に腰掛けた。


 大臣さんが玉座に腰掛けると同時に、身に付けていたものが王様の装備(それ)に一瞬で変化した。不思議な事に大臣さん時の姿よりも妙に板に付いて見えるし、何よりも体つき…筋肉量がさっきまでとは全く違う。これなら、あの重厚な扉を開けても不思議ではないけど…そんな事は最早どうでも良かった。


 『『『『『『………』』』』』』


 『まだ、お分かりになりなりませんか?私が皆様をこの城にお呼びした張本人であるシュバルツ三世その人ですよ。姿が多少違って見えますのはご了承下さい』

 改めて立ち上がり、丁寧な姿勢で一礼する旧称大臣さんの自称王様。


 『いやいやいやいや、貴方は大臣さんでしたよね。確か…シュバルツ三世と言う名前では無くて、カイロさんと言う名前だったと思いますけど…』

 とっさの事で全く理解は追い付かない。


 大臣さんが王様だった?そんなバカな話が…第一、最初に会った時に《見破》を密かに使わせて貰って(ただし、皆には内緒)名前だけは確認済みだ。


 それに、王様自らが【noir】のホームに一人の護衛も付けずに、足を運ぶなんて簡単に信じれる話でもない…と言うか、こんな事になるなら、あの時にカイロさんのステータスを、しっかりと確認はしておけば良かった。まぁ、今さら言っても後の祭りだけど…今だけは、ホーム内での《見破》禁止が(うと)ましく感じる。


 『はい。勿論、カイロも本名ですよ。シュバルツ=カイロ(・・・)ディアン=エルロと申します。王様ではなく、カイロとお呼びして頂いても大丈夫ですよ』

 正体を現しても、全く態度の変わらない王様。


 『いやいやいや、流石にそれは…』

 残念ながら…仮にも一国を任される王に対して、そこまでフレンドリーになれる気が僕にはしない。そんな事が簡単に出来るのは僕の知り合いの中でも、誰に対してもフレンドリーなアクアかマイペースなジュネくらいのものだろう。


 『そうですか…残念です。本当にカイロでも良いんですよ』

 再び聞かれた問いに、僕達全員が首を横に振った。


 何度聞かれようとも、仮にお願いされたとしても名前呼びは無理に決まっている。


 『それでは立ち話も何ですから、お食事でもしながら本題についてお話しましょうか』

 大臣さんもとい王様が、右手の親指と中指でパチンと指を鳴らすと、どこかに隠れていた?であろう三人の侍女が現れた。そして、僕達を玉座の間に隣接された大広間へと案内していく。


 きっと、この侍女達は全ての動作が一流なのだろう。どんなに動いても足音は愚か、()の擦れる合う音すらもしない。多分、忍者も欲しがる(びっくりの)技術だ。





 『うわっ!ここはまた一段と凄いぞ。見ろよ』


 『カゲロウ、少しお行儀が悪いよ』

 案内された大広間で、珍しい物を物色するような感じで隅々まで歩き回っているカゲロウにヒナタがお姉ちゃんらしく軽く注意を促している…が、微妙に態度は釣り合っていない。


 もう少しキョロキョロと辺りを見回すのをヒナタ自身も抑えれていたら、より最高だったけどね。


 それでも、言葉に出せるところは流石にお姉ちゃんだと思う。颯馬家では全く逆の光景しか見た事が無いからな。まぁ、今さら純に対して注意等の無駄だと分かり切った事を僕はしないけど。だが、こう言う部分は僕の姉にも是非とも見習って貰いたいものだ。


 『ほほっ、大丈夫ですよ。料理が来るまでに少し時間も掛かる事ですし、この部屋の中をご自由に見て貰っても結構ですよ』

 まぁ、それはそれで良いと思うけど、僕としては…


 『申し訳ございません。お気遣いありがとうございます。それでは料理が来るまでに僕達をここに呼んだ件についてお聞きしても宜しいでしょうか?』

 少しでも早く、厄介事は終わらせたい。


 『そうですね…』


 ぐぅ~~~~~~


 無神経に場の空気を乱し、長く長~く鳴り響くお腹の虫。この音が緊張感を霧散する。


 そんな音が鳴るくらいお腹が減るかね?ホームには作り置きしてあるお菓子もいっぱい有るよ。


 『…やはり、具体的なお話は食後にしましょう』

 王様が喋り出すと同時に鳴ったカゲロウのお腹の虫(ぐぅ~~)の音を聞いて、先に食事を済ませようと提案してきた。


 どうやら、王様に()らぬ気を使わせてしまったらしい。そのお腹の虫を鳴らしたカゲロウ(本人)は恥ずかしかったからか、真っ赤な顔で鳴らない口笛を吹いていた。


 カゲロウよ、どちらかと言うと、お腹の虫よりも鳴らない口笛を吹く(そっちの)方が恥ずかしいと思うぞ。カゲロウ自身にも隠そうと言う気は無いのかも知れないけど、見ているこちら側が居たたまれなくなる。


 これには流石のお姉ちゃん(ヒナタ)もスルーを決めたらしい。若干、顔を紅くしているのはご愛嬌と言ったところか。まぁ、これは分からなくもないだろう。


 それにしても、トリプルオーの世界の中にいてもお腹の音は鳴るんだな。普段は自分達で好き勝手に料理しているので、ホームには食べ物や飲み物は常備されている。それなので、完全な空腹状態になる前には適度な休憩兼食事(おやつタイム)も取っている。


 なので、お腹の虫を聞いた瞬間は鳴らした当人(カゲロウ)以外は誰もお腹の虫の音だと理解が出来なかった。トリプルオーは、一体どこまでリアルに作り込まれているんだろう?機会が有るのなら、一度製作者達の話を聞いてみたいな。


 ちなみに、空腹になる前に食事をする理由は感情度の低下を防ぐ為でもある。噂では、イライラで人に八つ当たりをしてケンカになり、パーティーやギルドの解散にまで発展した(行き着いた)プレイヤー達もいるらしい。まぁ、あくまでも人伝に聞いた噂話なので、信憑性は疑われるのだけど…ケンカ程度なら、後日謝れば済むのだから。


 そうこうしている内に僕達の目の前へと運ばれてきた料理は、フランス料理のフルコースに似ていた。そして、それは前菜からデザートまで全てが普通に美味しく、特に奇をてらった物は無かった。その事は《料理》をする者として、どこかホッとするような…少し残念なような…複雑な気分。


 だが、コースには変わった味付けの料理も出て来たので、シェフにレシピを教えて貰うついでに、珍しい調味料も頂いてしまった。是非この味をホームで再現してみたいものだ。


 そして本来、この料理には赤か白(僕の両親的に言わせると、メイン料理がだったので白だろう)のワインが合うと思うけど、僕達全員が未成年だと言う事で山葡萄のジュースが出てきている。多分、運営側のAI(王様)が気を使ってくれたのだろう。ほのかな酸味を生かす炭酸系だった事も有り、喉越しは勿論、味も最高だった。


 ここまで寛大にもてなされると、逆に疑っていて悪かったかなとも思ってしまう。その罪滅ぼしと言うかお礼と言うか、食後のティータイムには僕の持つ最高のブレンド紅茶を淹れさせて貰おうか。こんな時でも紅茶の普及だけは絶対に忘れない。


 今僕が淹れている紅茶は市販されている茶葉を僕の好みに合わせて、細かく《合成(ブレンド)》して作っている。


 これを聞いたトウリョウ達に《合成(スキル)》の無駄使いとも言われたが、僕にとっては一番有意義な使い方だと思っている。これだけの単純な作業を繰り返すだけでも《合成》のスキルレベルは上がるのだ。


 美味しい紅茶を飲めてスキルレベルも上がる。僕にとってはまさに一石二鳥(良いこと尽くめ)なのだから。この紅茶は王様も気に入ってくれたようなので、帰り際に手土産として少し茶葉を置いて帰ろうと思った。まぁ、単なる紅茶の普及活動だけど。


 ちなみに、食事が始まった時点でパーティーチャットは切っている。料理には特に変な物が入ってなかったので、これ以上は疑う必要は無いし、逆に失礼だろうと早々にフレイが判断したからでもある。まぁ、それには僕を含めて誰も反対しなかったんだけどね。


 急遽、僕が王様との交渉を受け持つ事になったのは、以前話をしているので他の皆より慣れているだろうと言う事が一番大きな理由らしい。決して面倒だからと押し付けられた訳ではない…よね。まぁ、以前に話した事が有ると言っても、その時の王様の肩書きは王様ではなく大臣だったのだけど。


 〔『主よ、色々と深く考えては負けなのじゃ』〕


 〔『…流れに身を任せるのが吉』〕

 言いたい放題だな。


 だけど、実際に王様との交渉を僕がやる事に、かなり荷が重いとも感じているのは変えようのない事実だ。まぁ、やるんだけどさ…


 『美味しい紅茶も頂いた事ですし、皆様をお呼びした件について、お話しさせて頂きましょうか。実はクラーゴンを倒して頂いた皆様に御依頼が御座いまして…』

 僕は一言も発せず目で返事をし、続きを促した。ポーカーフェイスを保つ為で、決してクラーゴンの名前に動揺して言葉が出ない訳ではない事は信じて貰いたい。


 『はい。一つ目(・・・)は、本当に情けないお話しなのですが、我が国はクラーゴンの討伐に多大な戦力を使い潰しました。すでに城の中を見てお気付きかも知れませんが、現在城にいる兵士の数は極僅少かです。これは優先順序が高い物事から率先してこなす為に出払っているからです。その為に国の細々とした依頼にまで対応出来ていない状況なのです。その辺りについて、【noir】の皆様にご協力頂きたいのです』

 なるほど…城の中に兵士が居なかったのは最低限の防備をする為の兵士以外は人々の依頼をこなす為に外出しているって事か。


 これには納得出来るし、民を思う良き王なのだろう。まぁ、使いに人を使わず、自分で【noir】のホームまで来るくらいだし、この点は疑う必要もないだろう。


 つまり、この件については普段から街のクエストや依頼は受けている僕達からすれば、依頼主が街の人から王様に代わったと言うだけの話。皆に確認するまでもなくOKで良いだろう。それに、僕達以外に他のプレイヤー達も街のクエストはこなしているのだから、解決は時間の問題だろう。


 ただし、問題は王様がこの依頼に対して一つ目と言った事だ…まだ他にも有ると言う事か?


 『分かりました。この件は(・・・・)普段の僕達が生活している延長上の事ですので、出来る範囲ではお手伝いさせて頂きます』

 念の為にこの件は(・・・・)の部分を無駄に強調して慎重に返答する。


 多分、これで確認するまでもなく、フレイとアキラには僕の意図は伝わったはずだ。


 『ありがとうございます。それでは二つ目(・・・)、森の街【ヴェール】の事はご存知かと思いますが、その街の畑を荒らす魔物の討伐を依頼したいのです』

 やはり、二つ目の依頼も有ったか…


 『畑を荒らす魔物?ですか。具体的にはどう言った魔物でしょうか?』

 これくらいの事なら兵士数人…いや、兵士一人でも数日有れば何とかなりそうなものだけど。


 『(まこと)にお恥ずかしい話ですが、城の兵士では犯人の姿を見る事さえも叶わず、厳重に警備していた最中(さなか)にも荒らされる始末で全くと言うほど対処出来なかったのです。分かったのは、犯行現場に馬のような足跡が残っていた事ぐらいで…』

 馬のような?足跡…もしかして、この前のあいつか?


 もし、あいつが犯人なら捕まえるのは愚か、討伐すらも速すぎて無理だと思う。あの時は、初見だった為の油断とこちらも本気でなかった事を踏まえたとしても…金属系の装備で固めた兵士は勿論、速度を重視した僕や白達にも無理のような気がする。


 〔『主よ、ワシもこの前の人馬一体だが怪しいと思うのじゃ』〕


 〔『…黒も』〕


 〔『しかしじゃ、人馬一体は人に迷惑をかけるような種族ではないのじゃ。きっと何か理由が有るのじゃ』〕

 確かに、この前も少し姿を見られただけで(正確には、こっちがあいつに気付いた為に…)逃げ出された。それなのに人前…しかも厳重に警備された畑まで出てくると言うのは何か違和感を感じる。


 そうなると、だ…考えられるのは、森の中で餌が少なくなっているから畑を荒らしたとかが有力か?他に最近で変わった事と言えば、【ヴェール()】とは縁の薄そうな【サイク=リング(チャリさん達)】がいたくらいだからな。もしかして、その辺りの影響も有るのかも知れない。


 『その魔物に少しだけ心当たりは有りますけど、これは御約束出来ませんね。以前に追い掛けて逃げられた経験も有りますし…まぁ、一応善処はしてみますけど…』

 断ろうとした僕の目を、ケイトがじっと見つめて来たので、その場で断る事に失敗してしまった。これは、あとで皆にも説明する必要が有りそうだ。


 『それでも充分な成果ですよ。我が兵では姿を見る事も叶いませんでしたから…』

 姿を見て、若干の心当たりが有るだけでも遥かにマシって事なのかな。まぁ、国としても食料関係の問題は重要な案件だと思うので、必死になるのも仕方が無いのかも知れない。


 『最後は現在我が国にはクラーゴンに壊された為に船が無く、他国との交流が出来ていません。他国に必要な書類等も運搬出来ておりません。無理を承知でお願い申し上げますが【noir】の船をお売…』


 『すみませんが、それはお断りします』

 僕はその先の言葉を予想して少し喰気味に答えた。皆の意見を確認するまでもない。


 それに、これで三つ目の依頼だぞ。如何(いか)に相手が一国の王様と言えど、流石に三つは図々しくないだろうか?久しぶりに、ちょっとカチンときたよ、僕は。


 僕の怒気が伝わるかのように、その場の空気は凍りつく。


 『シュンさん、少し良いですか?』

 だが、そんな僕を止める(庇う)かのようにヒナタが会話に割って入ってきた。


 『うん?どうかしたのか?』

 王様への苛立ちが影響し、本人の意思とは裏腹に少し投げやりに返事するシュン。


 『はい、私に提案が有ります』

 そんな事すらも、まるで無かったかのように自然に受け流すヒナタ。そして、ヒナタは僕の返事を待たずに言葉を続ける。


 どちらの方が大人な対応なのか?は、この場にいる誰の目から見ても明らかだろう。


 『王様、私達の船をお譲りする事は、例えそれが誰であったとしても絶対に出来ません…が、ある程度の時間が掛かってもよろしければ、新たに船を作る事は可能です。それと、その間の間に合わせとして、私達自身が船を使って書類の運搬を代行する事は可能です。それでは駄目でしょうか?』

 冷静に話を聞いていたヒナタによる至極真っ当な(的確な)指摘。


 船を譲って欲しいと言う言葉にカチンと来ていたせいか、新たに《造船》で作ったり、代行で運搬する等、他の選択肢が僕には浮かんでこなかった。


 〔『主もヒナタやワシ(・・)を見習うのじゃ』〕

 さりげなく、ヒナタに便乗する白。


 そうだな。僕もヒナタを見習って、もう少し冷静になるべきだろう。


 〔『主よ、ワシの事もなのじゃ』〕

 白をスルーした事で、もう一度強調してくる。


 『図々しいお願いで(まこと)に申し訳なかった。では、改めて【noir】に船の製作を依頼させて貰いたい。同時に船が完成するまで書類の運搬代行もお願い出来ますか?勿論、船だけではなく、他の全ての依頼に対しても出来る限りの報酬は支払させて貰います』

 深く一礼する王様。


 『いえ、こちらも少し言い過ぎました』

 王様に深く一礼された事で、それまでの苛立ちが逆に子供のわがままのようで、逆に恥ずかしくなる。


 『そちらが怒るのは至極当然の事です。こちらが図々しいかっただけなのですから』

 その言葉と共に凍りついた空気が緩和されていく。


 〔『主よ、だからワシの事も見習うのじゃ』〕

 だから(・・・)、ヒナタの事は見習いたいと思うけど、(ワシ)の事は知らない。僕の言いたい事(そこ)に気付いて欲しい。だから、今は見習わない。


 『それで、何か報酬としての望みは有りますか?』

 その緩和された空気に乗るように話を進める王様。


 さてと、ここからが問題の交渉だ…言ってみれば、今までは前座なのだ。まぁ、さっきまでは断る選択肢しか無かったけど、いざ引き受けると決めたのなら、ここからが僕の真の役目だろう。


 『例えばですが、その報酬にはどう言った物が有るのですか?』


 『そうですね…色々な物をご用意出来ますよ。逆に皆さんはどんな物を望まれますかね?』

 支払う報酬に自信が有るのか?自信満々で答える王様。


 ならば、是非とも応えて貰おうか。


 『では、報酬として一つだけお願いが…可能ならば、【シュバルツランド()】にある各々の工房を拡張するか、新しく増やして頂く事は出来ませんか?僕達にとっては直接影響が無い事ですが、街の工房に人が溢れていて困っている人も出てきたみたいなんです。今はまだ大きな問題になってないんですけど、こう言う事への対処は問題が起きてからでは遅いと思うんですよ。残りは、今欲しい物が思い付かないので依頼達成後に適当な物を選ばせて頂きたいのですけど…』

 これだけを選ばせて貰えるなら、他に貰える物は何でも良いだろう。それこそ、ちょっと良いポーションでも構わない気分だ。この僕の意見は事前に皆に相談していた。発案者の僕以上に、この案がフレイやアキラにも支持された事が嬉しかったよな。まぁ、フレイとアキラが特に同調しただけで、他の皆に反対された訳でも無いんだけど。


 『街の工房ですか…そんな事になっていたのですね、分かりました。ただ、これは今回の依頼の報酬としてでは無く。街…いや、この国の改善策の一つとして対処させて頂きます。それ以外の報酬が特に決まってないのでしたら、後程侍女に一覧(リスト)をお持ちさせます』


 『へぇっ!?』

 思わず声に出してしまう僕。それは僕だけでなく、他の皆も同様に驚いているようだ。


 それもそのはずで…まさか、工房の拡張がクエストの報酬としてでは無く、国の改善策(陳情案の一種)として受け取られるとは思ってもみなかったからだ。


 『それは当然でございましょう。この件は、どう考えましても【noir】の皆様の利益になりえません。どちらかと言うと、我が国に対する利益でしょう。こちらが依頼した報酬として、こちらが得をしていたのでは単なる悪徳商法ですよ』

 知らない人から見れば、確かにその通りでも有る。だけど、それは必ずし【noir(僕達)】の利益にならない事はない。直接的な利益はなくとも、主にギルドメンバーを増やさなくてもよいと言うのは、僕達にとっては精神的な利益面で非常に有能で価値が高い。


 もしかしてだけど、この王様は図々しいのではなく、ただ単に切羽詰まり過ぎて(わら)にもすがる思いだっただけで、物凄く有能な人物なのではなかろうか?この事だけで、多少の無理は聞いてあげたくなるくらい僕の中では評価が鰻登りだ。まぁ、元々の評価が低かっただけでもあるのだけど…


 『分かりました。それでは有り難くその提案を受けさせて頂きます。依頼の方は少しずつ進めさせて貰いますが、その事はご了承下さい』





 あの後、侍女に見せて貰った報酬リストの中に僕が欲しかった銃の素材や、魅力的な【アーツの書】、今までに見た事の無い【スキルの書】等の非常にレアなアイテムも複数有った。


 街の小さなクエスト?関係は、それ自体に元々成功報酬が有ったので、三つクリアする毎にリストの中から一つ報酬が貰える契約になった。これは普段からこの手のクエストを得意としているケイトと時間の融通が利きにくいアキラを中心に攻略していく予定だ。


 街のクエストには大きく分けると素材を●●個(指定数)納品してくれ等の採取&採掘系。魔物を●●匹(指定数)討伐してくれ等の討伐系。その他の街の簡単なお手伝い系(中でも代表的な物は指定アイテムの運搬やNPCの露店の店番)の三種類が有る。基本的に何個も同時に受けて、同時に攻略していけるので、似たような物を複数個まとめて受けて、効率良く攻略していくのがセオリーになっているらしい。こう言う小さなクエストを地道にクリアしていく事でもギルドランクが上がるので、ギルドランクの低い(ギルドメンバー増加による恩恵の少ない)僕達にとっても一石二鳥だろう。


 ちなみに、今現在の【noir】のギルドランクは紆余曲折(あったか?そんなの)の末、Dランクにアップしている。これも普段からケイトが進んで色々(コツコツ)とクエストをクリアして来た影響が大いにあるだろう。


 次に、船に関しては現在進行形で【ワールド】からの依頼を受けているので、その船の完成後を待って手をつける事になった。まぁ、そろそろ【ワールド】の船の完成も見えているので、そんなに待たせる事にはならないだろう。


 こちらはヒナタとカゲロウを中心に進める予定だ。クラーゴンの討伐を終えた影響もあってか、トウリョウの【カーペントリ】も今まで見つからなかったのが嘘のように簡単に《造船》スキルのイベントを発見して、スキルの方も順調に取得出来たみたいなので協力して貰うらしい。一応、僕もスキル持ちなので空き時間は進んで協力したいところだ。


 畑を荒らす魔物(推定ケンタウルス)?の討伐の件は、出会える可能性が低いと言う事も有り、ギルドメンバーを複数()くことが出来ず、僕が一人で捜索する事になった。


 僕が一人になった理由は唯一の目撃者と言う事も有るけど、白と黒の協力も得られるし、何よりも前回のイベントで貸しを作った(・・・・・・)プレイヤー達(お友達)を捜索に協力させる事を思い付いたからだ。その皆には悪いと思うけど、馬車馬のように働いて貰おうか。


 最後に、残ったフレイは【noir】への依頼を積極的に受け持って貰う事になった。これはフレイ自身も言っていた事だけど、現在は《刀鍛冶》系の依頼が一番多いので適任だとも思う。勿論、各々担当者に任せっきりにするのではなく、人手が必要な場合は全員で協力もする。ただ、クエストを進めるにはリーダーは必要になるだろうと言う事でこう言う割り振りになった。まぁ、我ながらバランス良く配置出来たな、と密かに思っているのは秘密だけど。





 『どや、シュン、畑荒らしの犯人は見付かったんか?』

 ホームで一人(たたず)む僕に、フレイが声を掛ける。


 『まだまだ時間が掛かりそうな感じかな。一人の目撃者すら見付かってないからな。当然、手掛かりの方もな…』


 【ヴェール】付近の畑で、ほぼ毎日のように被害は出ているのだけど、目撃者の方は一人も見付からない。僕も時間が許す限り張り込んでいるし、アクアやガイア達にも有無を言わさず(お願いして)協力させているのにも関わらずだ。確かに王様の言った通り、馬?の足跡らしき物は現場に残されている…が、何かしらの違和感は感じられる。まぁ、百歩譲っても(どう見ても)何かしらの生き物の足跡だろう。


 ただ、この一連の巧妙な手口の犯行や微妙に感じる些細な違和感に、犯人は本当に魔物なのだろうか?とも疑問に思ってしまうぐらいだからな。


 『そなんか…そっちは大変そうやな。そやそや、シュンはもう月末のイベントやバージョンアップの内容は確認したか?広場に掲示されとったから気分転換にそっちの確認して来たらどうや。今回は色々と別れとって確認が楽やったわ。それにな、今回のイベントも楽しそうな事になりそうやで。今回は他にもなかなかええ仕事(・・・・)しとるわ』

 不適な笑みを浮かべるフレイとその表情に若干引く僕。


 そここまでフレイのテンションを上げるイベントとは一体どんな内容なのだろうか?それと、なかなか良い仕事と言うのも気になるよな。まぁ、フレイのテンションを上げたイベントとは違って、こっちの方は期待出来るかもな。


 幾度かのバージョンアップを経て、今回のようにシステム上の重要な内容を含むバージョンアップの場合のみに限り、運営(サイド)が事前にバージョンアップの内容を教えてくれるようになった。バージョンアップ後では対策が間に合わない、出来るだけ事前に様々な対策を取りたいと言うプレイヤー側からの要望が叶った数少ない事例だ。


 あくまでも、重要な内容を含む場合に限った話で、魔物やアイテム、ダンジョンの追加等では以前同様にバージョンアップ後の報告となっている。


 過去のイベントを参考にすると、トリプルオーのイベントは現実世界の季節感が重視されたりもしている。今は十月だからな…秋を推してくる可能性も有るよな。紅葉を楽しむイベントとかなら安全に楽しめそうだ。でも、食欲の秋を推してきて大食い系、または大量の料理を作ったり、料理の腕を競う系のイベントだったら少し嫌かも知れないな。多分だけど、食べる方はジュネの一人勝ち(圧勝)だろう…作る方は仲間達からの強制参加(強引な強要)が待っていそうだし…





 フレイに言われて訪れた広場のテンションは、普段のバージョンアップ情報が掲示された時よりも高く感じられる。それも、複数有る掲示板に攻略組、高目だったり低目だったりとバラバラのテンションをした生産系の職人が別れて掲示板を確認している。簡単に言えば、さっき見たフレイと同じものが複数いると思って貰えれば良いだろう。


 …と言う事は、そこまで楽しい系のイベントなのか?そんな淡い期待に思いを馳せながら、僕は広場の真ん中に有る一番人の集まる大きな掲示板を確認した。


 『これか…確かに、この季節(十月)に相応しいイベントでは有るな』

 周りの反応とは反対に、僕の上がりかけたテンションは急降下していくのを感じる。



・酪農機能と関連スキル追加

 これは普通に楽しみだな。新鮮な乳製品が手に入れれる、または自分自身で生産も可能で有れば、《料理》の幅も広がる。


・農業機能と関連スキル追加

 これは単純に嬉しい。自家製紅茶を生産したかった僕が切望していたスキルでも有るからな。


・新規露店の追加

 これで、採掘や採取に行かなくても低ランクの素材が購入出来る可能性も有るのか?個人的な期待値は高いな。


・各工房の追加と拡大

 こんな事なら、王様にお願いしなくても良かったかも…いや、お願いした結果がこうなのか?この辺りは運営側のテコ入れの可能性も有るけど。まぁ、多分これがフレイの言う良い仕事(・・・・)の内容だろう。運営さん(王様)、本当に良い仕事をしてますよ。


・スキルチェンジ機能追加

 これは謎だな。スキルの進化や派生とは何か違うのか?


・バージョンアップ後に第三回公式イベント【大運動会】開始

 問題はこれだ。そして、僕のテンションを下げた犯人もこれだ。【大運動会】…名前を聞いただけでも頭が痛い。


 まぁ、個人的な感想よりも(何にしても)正確な内容の確認が先だろう。僕は別々の場所に掲示されている内容の確認に動いた。


 今回、複数の掲示板が用意されていた理由は、広場の真ん中にある大きな掲示板にバージョンアップの名前をを記載して、広場を囲うように用意された小さな複数の掲示板に各々の詳細が別れて記載されているからだ。どうやら、各々が必要な情報だけを得られる為のシステムらしい。プレイヤーが一ヶ所に集中しなくても済むのは、わりと便利かも知れない。


 酪農と農業関連のスキルは文字(想像)通りと言ったところか。まぁ、料理の材料を作る畑や牧場だけでなく、庭園や完全な趣味の逸品(紅茶の木)も自家製栽培出来るのは喜ばしい事だな。


 新規露店は説明書きを見る限り、僕が想像した低ランクの素材の販売ではなく、成長したプレイヤー用の装備販売がメインのようだ。自分達で自作する僕達には余り関係無がさそうな事だけど、一般論では良いバージョンアップだと思う。僕達的には、たまに新しい露店を確認する(賑やかす)くらいが丁度良いかな。それに、新しい露店に良いデザインが有れば、今後の製作の参考にもしたい。


 工房の追加と拡大に関しては、改めては言わなくても大丈夫だろう。ただ、一言だけ…運営さん、ありがとう。


 しかし、問題は…残りの二つだ。


 スキルチェンジ機能は進化や派生とは違い、あまり使わなくなった…言い方を悪くすると不要になったスキルを、そのスキルのレベルを半分にして新しいスキルにチェンジする事が出来るら機能しい。これは間違えて取得したスキルや他者から不遇と言われて肩身の狭いスキル取得者に対する是正処置になるのかも知れない。


 これって、益々(ますます)銃系スキルの所持者が減るんじゃないのか?他者から不遇と言われるスキルも使っていれば、それなりに存在感()が出てくると思うんだけどな。まぁ、この際だから、僕も最近は使わなくなってきている《拳》と《旋風魔法》を何か別の便利な戦闘系スキルか新しい生産系スキルに変えても良い時期かも知れない。


 最後に今回の公式イベントの【大運動会】は一週間かけて行われて、一日三種目開催の計二十一種目で争われる文字通りの運動会。一人につき二種目まで選択(エントリー)可能らしい。簡単に言うとトリプルオー内でのオリンピック…いや、名前を文字って(オー)リンピックみたいなものだろう。


 競技はタイムを競う物から得点を競う物まで幅広く有るようで、個人種目やチーム種目と多種多様になっている。現実の体育祭で失敗している僕としては、なるべくなら関わりたくは無いイベントだ。


 それに、ログイン時間等の兼ね合いも有り、見る事の出来る種目にも限りが有りそうだな。平日の昼間や夜中にも種目が有るのは二十四時間対応しているオンラインゲームとしては仕方が無い事なのだろう。


 『おっ!!射撃競技も有るんだな…』

 これなら内容によっては僕にも可能性が有る。


 〔『主よ、これはワシらに有利なのじゃ。ワシと黒がおるのじゃ、主が的を外すなんて絶対に有り得ないのじゃ』〕


 〔『…黒に任せる』〕

 白と黒が自信を持って言うように、オート必中機能(とでも言えば良いのかな?)が付いている。多分、これは銃型の魔銃器特有の能力で、白と黒の各々に各々のAI(意思)が有るから成せる能力()なのだろう。


 まぁ、白と黒を競技に使わないとしても、射撃競技は〈必射〉のアーツが有るから有利なんだけどな。当然と言うか、やっぱりと言うか射撃競技は金曜日の夜中…むしろ、土曜日の朝方と言った方が良い時間帯が割り当てられている。まぁ、土曜日(翌日)が休みなのはある意味で救いだけどな。


 その他にも、障害物競争やPVPとかも端から見ているだけなら面白そうではある。あくまで、見る側からの意見だけど…参加の方は全力で遠慮したい。





 『マスター、今大丈夫ですか?です。ちょっとクエストを手伝って頂けませんか?です』

 少し慌てた様子のケイトからコールが入った。


 『大丈夫だよ。どうしたんだ?』


 『はいです。【ポルト】で変なクエストを引き当てましたです。マスターも《機械製作》取得してましたよね?です』


 『あぁ、全く成長してないけど、取得だけはしてあるぞ。今は【ポルト】だよね。すぐに行くからゲートの前で待っててよ』

 幸いな事にこの場所はゲートも近い、そんなに待たせなくても済む。


 『違いますです。【ヴェール】です。【ヴェール】に来て下さいです』

 あれ?確か、さっきは【ポルト】で変なクエストを引き当てたと言ってたような…それとも【ポルト】で起きたクエストを【ヴェール】でもクリア出来るのか?と、ちょっとした疑問も浮かんぶ。ここで問いただしておいた方が良いのか…?それとも悪いのか…?


 それにしても、《機械製作》スキルの取得が必要な変なクエストか…まぁ、どっちも行けば分かるか。


 『…了解だ』

 その答えに至った僕は、当たり障りのない返事をした。





 『あれ?フレイか?フレイもケイトに呼び出されたのか?』

 僕が【ヴェール】のゲートに着くと、そこにはケイトだけでなくフレイの姿もあった。


 『そや、なんでも《機械製作》スキルの取得者三人限定でのクエストらしいんや。ウチもケイトもかなり前に検証の為にと思って取得したんやけどな、この《機械製作》ちゅうんは生産する方法が全く分からへんから、全く成長してへんねん。最初はシュンの《銃製作》みたいなものか思ったけど、メニュー画面のリストにも何一つ表示してへんし、全くもってお手上げやわ』

 大阪の芸人さんっぽく、両手の手のひらを見せて何もない事をアピールするフレイ。僕がすれば、ただただダサいだけのポーズなのに、フレイがすると芸人さんがするみたいに様になって見えるから不思議なものだ。


 『はいです。私もレベル1のままで全く成長してませんです。今回のクエストは成長のチャンスかも知れないのです』


 《機械製作》取得者三人限定のクエスト…僕は二人との会話から似たような指示があった《造船》の時を思い出した。確かに、何かしらのスキルの成長?もしくは《機械製作》を用いた製作方法のヒントくらいは分かるかも知れない。


 そんな事よりも、スキルを取得して置き去りにしていた僕だけじゃなくて、スキルの検証を進めていたフレイ達もスキルを成長させられていなかった事に内心驚いている。


 『では、マスターも来ました事ですし、改めて説明しますですクエストの名前は〔灯台に()を灯せ〕と言いますです。内容は古びた灯台の整備とその灯台の(あか)りの確保になりますです』

 ケイトがメニュー画面のクエスト欄を僕達にも見えるように表示した。


 『…え~っと、これ、本当に《機械製作》スキルが必要なのか?』

 どちらかと言うと、必要なのは掃除の為の《家事》や整備する為の《細工》や《木工》のような気もするんだけど…まぁ、今名前をあげたスキルを僕は全部取得しているから、僕を呼び出した事はある意味で正解なのかも知れない。


 『はいです。《機械製作》は灯台の灯りの修理に必要になりますです。その為の道具(アイテム)を手に入れる為に【ヴェール(ここ)】に来て貰いましたです』


 『アイテム?修理道具か何かか?それなら、ウチがなんぼでも作ったるで』

 どこからか取り出したフレイ製作の工具数点を両手の指に挟みながら、胸の前で交差するように拳を握っているフレイ。


 『違います(No)です。修理に必要な道具は工具では有りませてす。皆さんもご存じのとある魔物のドロップアイテムになりますです』


 ケイトが言うには、灯台の灯りを修理する為に専用のアイテムが必要で、そのアイテムをドロップする魔物を探して倒さなければならないらしく、僕達を【ヴェール】まで呼び出したとの事。そして、そのイベントの進行には《機械製作》スキル所持者が三人必要なのだとクエストの依頼者に教えられたかららしい。


 『その魔物って?もしかして…』

 ここに呼び出すって事は…もしかして、例のケンタウルスが関係しているのか?ケンタウルス(あいつ)を見付けるのは少しどころではないくらい過酷だぞ。仮に、イベント専用の魔物だったとすると、簡単に見付からなかった事にも納得出来る。


 『はいです。ここにいる普通のビー達がターゲットになりますです』


 『えっ?』

 あれ!?予想とは全く違うぞ。どの魔物よりも慣れ親しんだビーが目的の魔物らしい。まぁ、全く文句は無いけどさ…ちょっと拍子抜けと言うか…


 でも、ここにいる普通のビーなら千回以上は倒しているけど、修理に使えそうなアイテムはドロップした事は無いよな。もしかして、確率が鬼のように低いのか…それ、僕だと出るきしないんですけど…


 『ビーのイベント専用のドロップアイテム・密油(みつゆ)が百個必要になりますです』

 なるほど。イベント用のドロップか。それなら、僕が見た事が無いはずだ。それも、百個も必要になるのか…確実に一回はクィーンと遭遇しなければならないらしい。


 あっ!もしかすると、クィーン自体《そのもの》がこのイベント用の魔物だったの可能性も有るな。そう考えると、僕とは何かしらの不思議な縁を感じるよ。

装備

武器

【雷光風・魔双銃】攻撃力80〈特殊効果:風雷属性〉

【白竜Lv26】攻撃力0/回復力146〈特殊効果:身体回復/光属性〉

【黒竜Lv23】攻撃力0/回復力143〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉

防具

【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40

〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉

アクセサリー

【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉

【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉

【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉



天狐族Lv36

《双銃士》Lv59

《魔銃》Lv58《双銃》Lv53《拳》Lv35《速度強化》Lv83《回避強化》Lv85《旋風魔法》Lv33《魔力回復補助》Lv85《付与術》Lv52《付与銃》Lv60《見破》Lv85


サブ

《調合職人》Lv24《鍛冶職人》Lv27《上級革職人》Lv4《木工職人》Lv30《上級鞄職人》Lv5《細工職人》Lv24《錬金職人》Lv24《銃職人》Lv1《裁縫職人》Lv12《機械製作》Lv1《料理》Lv40※上限《造船》Lv15《家守護神》Lv16《合成》Lv18《楽器製作》Lv5


SP 26


称号

〈もたざる者〉〈トラウマ王〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈なりたて飼い主〉

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