★ありふれた日常 2
日曜日の夕方、【noir】のホームでは慌ただしくケイトの誕生日会の準備が行われていた。ケイトのログインしてくる予定時刻までは、あと一時間程度しかないからだ。多分、適材適所で効率良く準備を行わないと間に合いそうにない、そんな状況だ。
僕とアキラとフレイがログインしてきたのは少しだけ前の事で、ほとんどの準備をカゲロウとヒナタ、それに白と黒と雪ちゃんのファミリア組とマナさんとミナさんの店員コンビが請け負ってくれている。ちなみに、僕達のログインが遅れたのは、今日が学校行事だったからだ。決して、他の皆に押し付けた訳ではない。そこだけは間違えないで欲しい。
まぁ、昨日はケイトも僕達と一緒に最後までログインしていた事が、事前に準備が出来なくて、今慌てている最大の理由だけどね。
『本当に、遅くなって悪かった。準備、かなり終わっているようだけど、僕達はどこから手伝えば良いんだ?』
僕が見る限り、リビングの飾り付けは、ほぼ終わっている感じだ。リビングの高い場所にも飾り付けられている。まぁ、こっちは空を飛べる雪ちゃんや白と黒に頼んだのだろう。その当人達は役目を果たしたからか、優雅にティータイムをしていた。
多分、僕が同じ状況になってもお願いすると思うし、何よりも効率が良い。飛べない僕達だと、梯子を製作するところから必要になるのだから…その後のティータイムで羽目を外すくらいは大目に見ても良いと思える。
『ギルマス、何度も言うがそれは気にするな。えっ~と、そうだな。ギルマスは予定通りパーティー用の料理に取り掛かってくれ。材料の方はキッチンに用意してある。アキラはケーキを予約してあるので受け取りに行って下さい。フレイはそうですね…ヒナタの方を手伝って下さい』
相変わらず、僕以外は敬語で話すカゲロウ。アキラもフレイも、そう言う事は気にしないタイプなんだけどな。気にするタイプなら呼び捨て段階で怒ると思う。そもそも、そんなプレイヤーなら一緒にギルドを設立したりしていないけどな。
〔『…逆』〕
〔『主よ、残念ながら、この場合は主に対する態度がフレンドリー過ぎるだけなのじゃ』〕
なるほどな。確かに、そう言う考え方も出来るのか…でも、それって、僕の扱いだけが適当でもOKと言う訳では無いよね?違うよね?
この時、シュンは白と黒からの返事無かった事が少しだけ寂しく、全てを物語っているようにも感じた。カゲロウの立場から言えば、決してそのような事は無いのだけど…それをシュン本人が知るよしもない。
『了解や。ウチに任しとき』
『じゃあ、私もちょっと行って来るね』
仕事の割り振りは、ある程度は前もって予定していた事なので、誰もがカゲロウの割り振りに異論を述べる事なく行動に移って行く。
少しだけ凹み気味の僕もキッチンに入り、下準備に時間の掛かりそうな物から料理を始めた。僕の思い浮かべる理想は温かい料理の同時完成。まぁ、あくまでも理想と言うだけで、現実はそんなに甘くはない。だが、ここは現実ではないファンタジーの中の世界。やりようは有る。
本日のメインは手巻き寿司。以前ポルトで仕入れてきた魚を刺身にしたところ、その味を想像以上にケイトが気に入っていた為にメイン料理に採用された。まぁ、皆でワイワイ喋りながら自由に好きな物を手に取って食べやすいと言うのも大きな理由の一つだ。細かく利点を上げれば他にも準備をしやすいとか色々有るのだけど、ここでは割愛させて貰う。
その為、今日は朝早くからカゲロウとヒナタが船釣りに出掛けており、そこで釣り上げて来た魚を調理する予定になっている。まぁ、まだ所持している事自体が少ない非常にレアな船の利用方法となるので、船釣りと聞いたプレイヤーはビックリするんだろうけど。
今回使った釣竿は、ヒナタが《造船》の合間にスキルレベル上げを兼ねて遊びで製作した物を使用したらしい。ここでは、しなる事には特化していた御神巨木が大活躍だったらしい。本当に直接的な物理攻撃以外には強い素材だったのだろう。
僕は炊きたてのお米を寿司桶(フレイ拘りの渾身の逸品)に移して、塩と砂糖を加えた寿司酢を切るように混ぜていく。だんだんと酢飯の良い香りがリビング全体に届いたようだ。話しかけてまではこないが、チラチラとこちらを覗く視線を感じる。
ちなみに、お米は僕達がログインする時間に合わせて炊き上がるように、ヒナタが仕込んでくれていた物を使用している。若干、普通に米を炊くよりも水を少なめにするのがポイントだ。まぁ、この辺りの微妙な匙加減は事前に入念に打ち合わせ済みだけど。
『これは、良い匂いやな。美味しそうやわ』
唯一、甘酸っぱい寿司酢の匂いに釣られたフレイがキッチンまで入って来る。
『そうだな。匂いだけじゃなくて、味も良いと思うぞ。フレイ、もう飾り付けの方は良いのか?』
『あ、あぁ、何て言うか、その~…ヒナタにクビ切られてもたわ』
ご丁寧な事に、苦笑いを浮かべたフレイは右手を首の横に水平に振るアクション付きで自らのクビを宣言している。
『…そっか』
その様子を僕は直接見ていないけど、《心話》を使った白からの報告を受けた。見ていた場合、どこか居たたまれなくなりそうなので、事前に知らせてくれた白にはグッジョブの言葉を贈ろうと思う。本当に感謝してます。
どうやら、若干空回り気味の本人のやる気とは裏腹に、フレイは飾り付け等の作業が苦手らしい。さっきまで、フレイが飾り付けを担当していた場所をヒナタやマナさん達が一生懸命に修整している。《鍛冶》の時に見せる細かな気遣いや丁寧さが全く発揮されてない感じだ。フレイ本人を含めて非常に残念な結果だろう。
〔『主よ、紳士としては手を差し伸べた方が良いのじゃ』〕
〔『…人助け』〕
若干、フレイの事が気の毒になった白と黒。
『フレイさえ良ければ、僕の方を手伝ってくれるか?そうだな…そこの食器類を洗って並べてくれると助かるんだけど』
僕の方も料理の完成自体がケイトのログインギリギリになりそうだから、ある意味で丁度良かった。
実際に、優雅なティータイムを切り上げさせて、味見を交渉材料にファミリアの手も借りている状況なのだから。
言っておくけど、これは決してフレイが不憫過ぎて同情した訳ではない。あくまでも僕の都合だ。そうしておく方か世の中は綺麗に回るのだから。
『任せとき。洗いもんは得意やで』
特に『は』の部分を強調するフレイ。洗い物にも何かしらのトラウマでも有りそうだけど、突っ込んで墓穴を掘るようなヘマはしない…と言うか、本気で時間がない。
フレイは黙って今日使う予定にしていた食器類を洗い始めた。多分、今洗わなくても充分綺麗な食器類だけど、こう言う時は気分の問題だ。洗い終わったばかりの食器の方が美味しそうに見える…だろう。
実際に、黙って言う事を聞くフレイのアシストがを得た事で、僕の作業もかなり捗っていた。作業の流れを読む事に長けたフレイは僕の準備していく具材を美味しそうにお皿へと盛り付けてくれてもいる。だから、僕は気になって仕方が無い。こんなに素敵な盛り付けが出来る彼女が飾り付けでどんな失敗をしたかが…
今回使用する具材は細く切った玉子焼きに同じく細く切ったキュウリと適当なサイズに千切ったレタス、それに加えてカゲロウの釣ってきた秋刀魚は柵状の刺身にして、ヒナタの釣ったアジは刻んだ大葉と一緒にお手軽なタタキにしている。アジはナメロウにしても良かったのだけど、手巻き寿司(他の具材との兼ね合い)と味噌の相性が微妙になりそうだったので、今回は早々に計画から外していた。
あとは【ポルト】の露店で買ってきた正体不明の紅い魚卵(ただし、味は抜群)と見た目は普通のブラックタイガー。本当はツナマヨを作る為にツナも欲しかったのだけど、今現在トリプルオーの世界でツナの元になるマグロが発見されていないので海老で代用する事にした。茹でた海老を細かく刻んで軽く自家製マヨネーズと和える。これで、なんちゃってエビマヨ(中華の同名の品とは別物)の誕生だ。魚卵の方は、少し味見してみたところ味付けをしなくても手巻き寿司には良い塩梅だった。
えっ~と、酢飯OK、具材OK、高級山葵(この山葵は森にいた樹木系に属するの魔物のレアドロップ。たまたまゲットして、倉庫の中で眠っていた逸品。普段は街で売られている素朴なチューブ山葵を使用しているので出番がなかった数少ない食料アイテム)OK…
『あっ!!』
確か、醤油のストックって切れてたよな…
『アキラ、悪い。ついでに醤油を買ってきてくれる』
外に出ているアキラに、すかさずコールで追加のお使いを頼む僕。
『分かったよ。少しだけ待っててね。ちょっと遅くなるかも知れないけど』
この焦ったようなもどかしい様子から察するに、ケーキ屋で少し時間が掛かっているみたいだな。まぁ、醤油を使うのは食べる時なので多少の遅れは問題は無いだろう。
これで、手巻き寿司の方の準備は、ほとんど終わったか。あとは簡単なサラダと揚げるだけでOKな揚げ物類(下準備済)とスープ…いや、今日のメインはご飯系だから、あっさりとした魚介ベースのお吸い物の方が良さそうだな。
『シュン、これ…味見も必要やんな?絶対に必要やんな?』
物欲しそうな顔で僕の手元を見ているフレイ。何故、二回聞く?二回聞いても結果は変わらないよ。
『そうだな。でも、今のところは大丈夫そうだ。フレイ、次は丸い大皿を二つとサラダ用の皿を用意してくれ』
かなり残念がるフレイに対して次の指示を出して、僕はポテトフライや唐揚げ等の揚げ物を揚げながら、サラダに取り掛かる。僕(白と黒を含む)が料理しながら味見はしているので、今日のところは第三者の意見は必要無いんだよ。
今回、揚げ物を天ぷらにしなかったのは、少しくらいジャンクな物も誕生日会には欲しいと言う肉食系の人達からの願望を叶える形になったからだ。まぁ、それについては誰からも反対の意見は無かったしな。
まずは玉子を茹でて、その間にキャベツ、薄切りにしたキュウリとトマトを切り綺麗に盛り付けていく。フライパンで刻んだベーコンをカリカリに炒めてサラダの上に乗せ、茹で上がった玉子をスライスしてサラダの周りに彩りを含めて飾り付ける。颯馬家では、朝食用として普通に作っているサラダだけど、いつも以上に旨そうだよな。やはり、パーティーの雰囲気が一番の隠し味になるのだろうか?
残りは、お吸い物を作れば…よし、完成だな。ちょっと和風寄りになっている気もするけど、唐揚げやポテトフライ、食後にはケーキも有るし、お祝いの雰囲気は出せたんじゃないかな。お吸い物以外をリビングに運べば準備完了だ。あとは、ケイトが喜んでくれる事を願うばかりだ。
『皆、お待たせ。ケーキの文字入れして貰ってたら、ちょっと遅くなっちゃった。ゴメンね』
そう言ったアキラの両手には、かなり大きいサイズの箱が抱えられていた。どんだけ大きいサイズのケーキを注文したんだよ。あれは、この人数では食べきれないよ、絶対に…
『ただいまです』
いつものように元気良くログインしてくるケイト。雪ちゃん曰く、ホームに他のメンバーが誰も居ない時でも、この挨拶は全く変わらないらしい。
だけど、今日は違っていた。ログイン直後のケイトの視界から見える景色が、いつものそれでは無いのだから…
『『『『『『ケイトお誕生日おめでとう』』』』』』
ケイトのログインを待っていた僕達は一斉に声を出す。
惜しむべきはトリプルオーの世界に、雰囲気を醸し出すパーティー用のクラッカーが存在しなかった事だろう。何かしらのスキルで生産可能なら、是非とも取得して作ってみたいものだな。
『ひぇっ!!…は、はい、おめでとうございますです』
一瞬何が起きたのかが分からなくて、自分の誕生日を自分で祝ってしまうと言う若干間抜けなところを見せたケイトだが、改めて確認したリビングの様子と集合予定時刻の三十分以上前に勢揃いしている僕達を確認して、今何が起こっているのが把握出来たらしい。
『どうして、皆さんは私の誕生日を知ってたのですか?です』
伝えた覚えのない誕生日。誰からも祝われる予定の無かった誕生日。ケイトにとって、この日を仲間達と過ごせるだけでも充分なプレゼントだった。ケイトはどうしてもその事が気になった。
『カゲロウが私達がパーティー結成時に話した自己紹介を覚えてたんですよ』
勿論、私も覚えてましたけどね…と少し照れながら付け加えるヒナタ。
『Oh~!!カゲロウ、ヒナタ、ありがとうございますです』
カゲロウとヒナタの順にハグするケイト。ハグの時間もヒナタの方が長いのは同性だからで、他意は無いだろう。
こう言うところは流石外国人だよな。僕達日本人には簡単に真似出来そうもない…と言うか、ケイトにバグされているカゲロウを見ているだけで照れるのは僕だけなのか?いや、違うよね。綺麗な女の子にハグされると誰でも照れるよね。そうだよね?
『別に…そ、それよりも、早く始めようぜ。せっかく、ギルマスが作ってくれった手巻き寿司が冷めるからな。それに、こんな美味しそうな料理を目の前にして、俺はもう我慢が出来ないぞ』
バグに照れて、なんとか逃れようとするカゲロウ。その幸せそうな顔を見ているだけで、こっちまで微笑ましい気持ちになった。カゲロウさ動揺して全く気付いてないのだろう。今日のメイン料理は元から冷めているんだよ。
そして、敢えて言わせて貰えるならば、美味しそうな料理ではなく、美味しい料理だ。
〔『主よ、動揺は見て見ぬ振りをするのが大人の男・紳士なのじゃ』〕
〔『…武士の情け』〕
二人揃って、そう言ってくる。いくら、僕が鈍感と言われ続けていても、流石にそれは分かっているんだよ。
『じゃあ、ケイトも適当にグラスを持って。改めて、ケイトお誕生日おめでとう。この一年が素敵で幸せでありますように…乾杯』
『『『『『『かんぱ~い』』』』』』
アキラの音頭で誕生会が始まった。カゲロウとフレイは手巻き寿司が待ち切れなっかたらしい。主役のケイトを無視して我先にと美味しそうに頬張っている。量は用意しているので、全く問題は無い。あながちさっきの台詞は嘘では無かったのかも知れないな。
いやいや、フレイさん。唐揚げとポテトフライを巻くのは間違ってますよ。いや、でも…美味しそうではあるのか?
アキラやヒナタは、雪ちゃんやケイトと言った手巻き寿司初心者チームに食べ方を手解きしているようだ。
その頃の僕はと言うと、開始早々に四人の胃袋へと消えてしまったお吸い物のおかわりを配っている。何気に貝類で出汁を取ったお吸い物は僕の自信作でもあるので嬉しい限りだ。
だけどね…白さん、黒さん、カゲロウくん、フレイさん、お吸い物は飲み物でもわんこそばでもないんだよ。おかわりを注いだ瞬間に飲み干すのは止めて欲しい。製作者からのお願いです。
『主よ、この手巻き寿司とお吸い物は最高の相性なのじゃ。とっても美味しいのじゃ』
『…美味』
白と黒を含めて、皆が気に入ってくれたのは本気で嬉しい。美味しそうに食べているのを見ると、こっちまで幸せになるな。それでこそ、作ったかいが有ると言うものだ。
『それで、ギルマス達の体育祭はどうだったんだ?』
皆の幸せそうな表情を一通り楽しんだシュンが、ようやく手巻き寿司に箸を延ばそうとした一瞬を突くカゲロウのインターセプト。シュンは延ばしかけた箸を無意識の内に引っ込めた。
『それは私も聞きたかったです。どうだったんですか?』
結果を知らないカゲロウとヒナタが興味津々に体育祭の事を聞いてくる。勿論、その間も二人の食べる手は止めていない。
『まぁ、それはだな…』
歯切れの悪いシュン。
『あっ、う~ん、その、シュンも頑張ったんだよ。ほら、結果はどうあれ、皆と一緒で楽しかったし…』
『そ、そやな、シュンも頑張ってたわ。ウチも皆と一緒で楽しかったし…』
僕のフォローをしてくれるアキラとフレイの二人。改めて言われると微妙に傷付くのは何故だろう?毎年の事なんだけどな。
『えっと、アキラとフレイは得点の高い対抗リレーや団体種目で大活躍だったぞ。僕は個人種目(得点の低い)の借り物競争と障害物競争に出たけど、一回ずつコケて結果はどちらも最下位だ。まぁ、体育祭は全体的に見るとは盛り上がっていたと思うし、僕も皆と同じで楽しかったかな』
まぁ、結果は結果だ。今さら変えられないし、特に隠す必要も無い。トリプルオーの中で行われた運動会の結果だとすれば、軽く新しいトラウマが生まれてたかも知れない散々な結果だったので、現実の運動会で良かったくらいだとも思っている。
それに、蒼真が毎年の恒例の体育祭無双で、クラスとしては学年一位で学校全体でも二位だったからな。クラスの皆には感謝したい。まぁ、僕のミスが無ければ一位の可能性も有ったから、軽く戦犯(冗談的なノリ)扱いだったけどね…
『そうですか…それは、残念でしたね。でもでも、シュンさんや皆さんが楽しかったなら、それだけでも良かったですね』
場の空気を変えようと、必死にフォローしてくれるヒナタ。だが、場の少し重い空気は変わらない。
…が、その沈黙をケイトが破る。
『マスター、この手巻き寿司は本当に美味しいのです。材料は何ですか?です』
ちょっと悪くなりかかった空気もケイトの無邪気?な一言で一気に晴れた。
多分、これはその場の空気を全く読めてないのではなく、読め過ぎた結果だろう。
『おう、ありがとな。その魚は薄く切って有る方が秋刀魚で、細かく刻んで有る方がアジって言うんだ。日本だと今の時期に旬を迎える魚だな。今朝カゲロウとヒナタが釣って来たんだよ』
当然、僕はケイトの言葉に乗っかる。
『それは、凄いのです。カゲロウ、ヒナタ、自分で釣ってきたんですか?です。私も釣りに行ってみたいです』
カゲロウ達が釣り上げたと言う事実にケイトが驚いている。こちらは僕へのフォローとは違い、掛け値なしの事実だろう。
…と言うか、この流れはカゲロウが自然にプレゼントを渡す良い雰囲気じゃないか?僕としても完全に場の空気を変えれるのは嬉しい。まぁ、あくまでも優先順位は前者が優先で、後者はついでだけど。
僕はカゲロウのプレゼントも知っているので、今がベストだと思う…どうやら、その辺りは動揺を全く隠せていないカゲロウ本人にも分かっているらしい。こう言う時は他人からのアシストも少しは必要だな。黒風に言うなら、思いやりだ。
『じゃあ、そろそろお楽しみのプレゼントタイムにしようか。順番は、そうだな…カゲロウから左回りでどうだ?』
僕の一言で、皆一斉に鞄の中へと手を突っ込んだ。
カゲロウを最後にしても流れ的には美味しかったかも知れないが、プレゼントの内容的には間違いだろう。
当然、誕生日会自体を知らなかったケイトは、プレゼントが有る事も知らないのでキョトンとした表情を浮かべている。
『お、俺からは、この釣竿だ。最近成長してきた《木工》で作ったんだ。一応、テストで作った試作品の竿でも魚は釣れたからな。釣果は期待しても良いぞ。よ、良かったら…これで一緒に釣りに行かないか?』
自分の言葉を精一杯紡ぐカゲロウ。見ている僕達の方が微笑ましくなるよ。周りを見渡すと、他のメンバーも同意見らしい。これまた微笑ましい表情でカゲロウとケイトを見詰めている。それに対して、ヒナタだけがハラハラドキドキしているのもご愛嬌だろう。
『カゲロウ、ありがとうです。この釣竿は素敵なのです。この頂きました竿で釣りに行くのを私も楽しみにしますです。そうだです。マスター、皆で一緒に行きましょうです。きっと楽しくなりますです』
ケイトの言葉で凄く良い笑顔となったカゲロウが、その後に紡がれたケイトの言葉を聞いて、一瞬で絶望的な表情に変わった。本人は絶対に否定するだろうけど、表情は隠しきれていない。幸いな事は、その表情を僕の方を向いたケイト本人に見られていないところかな。
まぁ、それも仕方が無いのだけど…ケイトにはカゲロウの真意が全く伝わらなかったのだから、仮に僕が同じ立場だったとしても軽く凹んでいただろう。
でも…人と人の気持ちは、ゆっくり地道にコツコツと頑張るしか方法は無いと思う。頑張れカゲロウ。僕も陰ながら応援しているよ。
カゲロウに続いて皆も順番にプレゼントを渡していく。アキラが《裁縫》で作った可愛い系のモコモコしたマフラー、フレイは《細工》と《鍛冶》で作ったお洒落なアクセサリータイプの腕輪、ヒナタは《木工》で作った自身の魔力を事前に溜めておく事の出来る杖の三本セットらしい。
こうなると姉弟でプレゼントが杖に被らなくて良かったんじゃないかとも思う。やっぱり、姉弟で思考は似てくるのか?いや、僕と純は違うから、一概に当てはまらないな。
それにしても、皆各々に凝ったプレゼント考えてるよな。しかも、カゲロウ以外は普段使いも出来る装備品(お洒落なアクセサリー含む)で。僕は選択肢に、まだ色々有った事を改めて気付かされた。
そして、このプレゼントタイムの最後を飾るのが…
『僕の番か、ぼくのプレゼントはこれだ』
鞄の中から、リボン等のラッピングが綺麗に施された物と多少使い込まれた感のする二本のギターを取り出した。
『それはギターですか?です』
『うん、ケイトに何をプレゼントしたら喜んで貰えるか悩んでな…《楽器製作》取得してギターを作ってみたんだ。こっちは、ケイトへのプレゼント用で…こっちは、3・2・1』
僕の合図とアイコンタクトで、事前に打ち合わせしていた通りに、ヒナタ、カゲロウ、フレイ、マナさん、ミナさんがその場に立ちアメリカ風のハッピーバースデーを歌いだす。当然、僕はBGMの演奏だ。
そして、歌に参加していなかったアキラが歌の終了と共に巨大なバースデーケーキを持って現れた。
『改めて、ケイトお誕生日おめでとう』
アキラの一言と同時に、リビングの灯りを雪ちゃんが消して十六本のロウソクの炎だけが、ケーキとその周りに集まる十一人の笑顔を照らしている。改めて見ると、ふらふらと揺れるように燃えるロウソクの炎って暖かくて素敵なんだな。
『ふっ~~~~~』
急に歌いだした僕達に驚いていたケイト自身も全てを理解したのか、一息で十六本のロウソクの炎を消し去った。
今思う必要は無いのかも知れないけど、ケイトが【noir】で一番年上になるんだよな。これには物凄く違和感を感じるな。どうしても、年下に見えて仕方が無いのだから。
『皆さん、本当にありがとうございますです。とっても楽しくてHAPPYな気分になりましたです。今日が本当に最高の一日になりましたです』
目にうっすらと嬉し涙を浮かべるケイト。
どうやら、ケイトは歌もプレゼントのギターも両方とも喜んでくれたらしい。これだけ喜んでくれたのなら、サプライズ企画としては大成功だろう。
まぁ、僕のプレゼントが皆からのプレゼントに代わった事も、直接的なプレゼントを用意出来ないマナさんとミナさんの店員コンビと雪ちゃんを含めたファミリア達にとっても良かったと思う。
その後、僕達はケーキや料理を食べ終わり、食後の紅茶やコーヒーを楽しみながら食後の一時を過ごしていた。
『主よ、そろそろ、あの話を進めてはどうじゃ?』
さっきまで、一心不乱にケーキを食べていた白が僕の肩に止まり、急に内緒話をするように話し出した。多分、ケイトとのエピソードトークに花を咲かせていた皆には気付かれていない。
ちなみに黒と雪ちゃんはまだケーキに夢中だ。お互いが恋人かのようにケーキをスプーンで食べさせあっている。凄く羨ま…微笑ましい。
白の言うあの話とは十中八九、大臣さんの事だよな。約束の期限も明後日に迫っているし、ギルドメンバー全員が揃っているこのタイミングは調度良いのだけど、誕生日会の余韻を楽しんでいる時にする話題としては、少し重い気もする。残された時間的に、そうも言ってられない状況でも有るのだけど。まぁ、覚悟を決めますか…
『皆、こんな時に空気が読めてない感じで申し訳ないんだけど…少しだけ時間を貰っても良いか?』
『はいです。私は大丈夫ですよです』
皆を代表して、今日の主役であるケイトが答えた。その言葉に他の皆は黙って頷いている。その場の雰囲気も一瞬で引き締まった気がするし、うぅ…ますます話し難いよな。
『実はな…』
皆の確認も取れた事で、僕はこの前の出来事を話した。どうしても、あの件は一人で決める気にはなれない。
『マスター、困っている人は助けましょうです』
趣味がボランティアと言い切るだけは有るな。そのケイトは一切の躊躇を見せず即答で賛成してきた。ケイトにとって、ボランティアの対象が普通のNPCでも、特殊な人生を背負った専用のNPCでも関係ないらしい。
僕は素直に凄いと思った。
『ウチも別にかまへんで。あの誰もが攻略出来へんかった城の中に入れるとか妙に心踊らされるやんか。スクショでも撮れば、また盛り上がるで』
『こんどは、ゆきがだれかをたすけてあげたいの』
『私も賛成だから、これで雪ちゃん入れて四人…あっ、ヒナタとカゲロウもだから六人だね。それで、肝心のシュンは?』
フレイ、アキラ、雪ちゃんと続き、それとほぼ同時にヒナタとカゲロウも手を上げて賛成派に同意した。白と黒を含めると僕以外の全員が賛成らしい。
ちなみに、この場にはマナさんとミナさんもいるのだが、二人は決してギルドの会議の内容には口を出してはこない。まぁ、相談事には対しては適格なアドバイスをくれるし、自身の意見や意思についてはある程度強めに主張もするんだけど。僕達は人間らしい主張が嫌ではない。
『う~ん…実のところ、僕はさっきの話でも分かると思うけど、あまり乗り気ではないんだよ。僕の今までが今までだから…皆はともかく、僕がメインで絡むとろくでもない事になりそうな気がするんだよね…』
主にマイナス面では自重も躊躇もないくらいに…
それなりに付き合いの長いフレイとアキラにとって、僕の言葉はかなりの説得力が有ったらしく、やる気が微妙に下がっていくのも伝わってくる。勿論、ここで《見破》の手を借りる必要はない。
『マスター…』
今日の主役から発せられるかぼそい声と何かを訴えてくる子犬ような目。
当然、僕には子犬の目に耐えられるような強靭な精神は持ち合わせていない。
『…そう言えば、白と黒も賛成派だったよな。取り敢えず、王様の話だけは聞いてみようか。それと一緒に城に行きたい人は?…って、全員か』
雪ちゃんを含めて僕と店員コンビ以外の六人全員が手を挙げる。
その結果、お城には留守番役で、手を挙げなかった店員コンビ以外で行くことになった。まぁ、僕やフレイ以外でも一度くらいは城の中に入ってみたいと思っても不思議では無いのだけど。
だが、来週末には次の定期バージョンアップも控えている。その中には、新しいイベントが始まると言う噂も有る。それを犠牲にするのも、誰かにさせるのも違うと思う。
それと…話は変わるけど、今月末には第二回オークションが開催される予定だ。今回のオークションの為に、前回からの修整点として会場の規模も拡張している。時間の掛かりそうな長期クエスト?や特殊な依頼系は避けたいのも本音だ。
もし、仮に面倒な事に巻き込まれるのなら、早めに切り上げたい…不可能であれば、犠牲者は僕一人で充分だろう。
なんにしても、目的地が一国の城なのだ。多分、城内には武器等の持ち込みは出来無いと思っておいた方が良いだろう。そんな場所に行くのなら、ある程度の準備も必要になる。本当に悩ましい問題だ…と言うか、他の皆は、その辺りの事をどう考えているのだろうか?まさか、ノープランでは無いよね。
『じゃあ、取り敢えずは全員参加で決まりだね。皆、お城に行く準備はしておいてね』
残念ながら、僕が訪ねる前にアキラの一言によって答えがまとまってしまった。まぁ、皆が楽しそうにしているから、別に水を差すつもりもないのだけど。
カゲロウには内緒の話になるけど、結果的にお城に行く事がケイトに対する一番の誕生日プレゼントになっている気がする…うん、これは絶対にカゲロウには内緒だ。
『シュンくん、今時間は大丈夫かい?』
誕生日会と話し合いが終わったタイミングで、ネイルさんからコールが入る。
『今は少しだけ立て込んでまして…そうですね。一時間後で良いなら、僕の方は大丈夫ですよ』
実際のところ、昨日もネイルさんから誘われていたのだが、昨日はギターの最終調整に時間が掛かったので断っていた。
流石に、日頃から多大な世話になっているネイルさんからの誘いを二日連続で断る勇気は無いし、逆にネイルさんが二日連続で誘ってくると言う事は、急ぎかつ重要な案件の可能性も高い。まぁ、本当に急ぎかつ重要な案件なら、メールで簡単な詳細だけでも知らせてくるとは思うけどね。
何があるにしても、今は後片付けを全員でしているので、僕だけが抜ける訳にはいかないだろう。
ちなみに、後片付けには主賓のケイトも参加している。僕達は、今日だけは手伝わなくても良いと伝えたけど、ケイトは今日のお礼に少しでも手伝いたいと頑なに譲らなかった結果だ。実際、この押し問答に少し時間を取られている。多分、この辺は価値観の違いだろう。
『僕はそれで大丈夫。じゃあ、待ってるから【プレパレート】のホームに来てくれる?出来れば、フレイも一緒に連れて来て欲しいな』
『分かりました。ちょうど、ここにフレイもいますので、時間が大丈夫そうなら連れて行きますよ』
幸いな事にフレイも時間が有るらしく、始めに伝えた一時間後よりも少し遅くなるが二人で行く事にした。
でも、ネイルさんが僕とフレイに用が有ると言う事は、生産ギルド組合関係の話かな?ただ、珍しいのは【noir】のホームに集合しない事だな。まぁ、まだ完全に大臣さんからのお誘いの件が頭から抜けてないので、他のギルドホームに行くのは良い気分転換になるかも知れないけど。
今現在の生産ギルド組合の集まりは事前連絡の不定期開催で、四ギルドから数人ずつが参加する事になっている。結成当時よりも、一つ参加ギルドが増えているのはオークション後に、少し仲良くなったチャリさんのギルド【サイク=リング】が加入しているからだ。【サイク=リング】側としても、お互いが使わない素材の等価交換等のメリットが大きいらしく、ギルドメンバーや隣にいる通称秘書さんと相談して決めたようだ。
ちなみに、【noir】以外の三つのギルドはギルドマスターとサブマスターが代表者になっているが、【noir】からは僕とフレイが代表になっている。ギルドへの加入歴から言えば、フレイもサブマスタークラスに相当するけど、【noir】にはギルドマスターが二人いる為にサブマスターは作っていない。以前にフレイに対してギルドマスター就任も提案した事が有ったけど、『ウチの柄やない』の一言で即答(しかも、若干の喰い気味)で断られている。
これは余談になるが、フレイが生産ギルド組合の代表者に選ばれた理由は【noir】内で一番生産系に詳しいからだ。流石のフレイも、この件は満場一致で決まった為に断れなかったけどな。まぁ、これについてはギルドマスターとは違って、全く抵抗しなかったフレイ本人も断るつもりも無かったかも知れないのだけど。
『ネイル、来たで~。ウチや』
【プレパレート】のホームの前で、いつものようにフレイが勝手知ったる友達の家に遊びに来たような感じで入って行く。
僕はあまり来た事は無いけど、ネイルさん達と仲の良いフレイは頻繁にお邪魔しているらしい。得意とする生産の種類は違うけど、お互いに良き相談相手兼理解者になっているらしい。僕もその相談相手兼理解者の一人らしいけど、知識や実力が二人とはかけ離れているから、気分としては微妙なところだ。勿論、ライバルと言われるのは嬉しいし、やる気も出る。
『二人共、急に呼び出して悪かったね。ちょっと相談事が有るんだよ』
僕達が訪れた【プレパレート】のホームには、僕達を待ち構えるようなネイルさんと【カーペントリ】のギルマスのトウリョウさんの二人だけがいた。
『チャリさんとかサブマスター達は、どうしたんだ?』
『???他のメンバーって…あぁ、ちゃう、ちゃう、勘違いさせてもたか、すまんな。今日は生産ギルド組合の集まりでは無いんよ。ちゅうても、生産ギルド組合と全く無関係な話では無いんやけど…』
『違うんか?ウチとシュン呼ぶんなら、生産ギルド組合の臨時会議やとウチは思うたんやけど…』
僕以上に、この何とも言えない状況を不思議がるフレイ。僕もポーカーフェイスを崩していないだけで、予想と違って驚いてはいる。
『まぁ、普通はそう考えるわな。そやけど、今日は別件やねん。私が説明するけど、ネイル良いか?』
トウリョウがネイルさんに確認を取り、ネイルさんが頷くのを確認して話を続ける。
『話って言うのは簡単に言えば、工房の件やねん。私達はギルドホームに工房持ってるから、知らへんのかもしれんのやけどな。最近生産系のプレイヤーが工房に溢れてパンクしてるんが、生産系の職人の中でちょっとした問題になってるんよ。なかなか順番が回って来ないとか、ギルドホームの工房を貸してくれとか、ちょっとした苦情や要望がウチラにも来てるんや。街に有る工房って何処も規模と設備は、そこそこ有るんやけど広さがイマイチやんか、ギルドに所属したりしてホームに工房を作れる私らみたいな古参は問題無いんやろうけど、新人さん達は所属したいギルドが有るらしくてな…まぁ、その希望するちゅう生産系のギルド以外が勧誘しても、なかなか入ってくれへんらしいんやわ。中には、それなりに腕の良い職人もいるみたいなんやけど…』
そう言えば、この前工房を巡った時も、ほとんどの工房がプレイヤーで賑わっていたよな。今は工房の中まで入る事はないので、そこまで溢れているとは気付かなかったよな。
だが、だんだんとトウリョウさんの説明の雲行きが怪しくなってきてないか?このパターンだと絶対…
『その所属したいギルドちゅうんが…』
『【noir】ちゅう事なんやな。それなら、ウチやなくてアキラに相談した方が良いんやないか?』
フレイの言葉に、やっぱりそう言う流れになるよな…と、密かに溜め息をつきたくなる僕。
確かにフレイの言う通りで、この案件ならフレイと僕以外にも僕と同じギルドマスターであるアキラもこの場にいた方が良い…いや、絶対にいるべきだろう。
『実は、アキラには昨日の内に話してあるんよ。アキラにはシュンとフレイにも直接話して欲しいと言われてな…自分で説明したら、自分の余計な感情が入るかも知れないからと言われたんや』
なるほど…昨日は、僕だけでなくアキラも誘われてたんだな。それなら、今日の話し合いの時にさわりの部分だけでも伝えてくれても良かったのではないだろか?
〔『主よ、虎猫の姉さんの気持ちも考えるのじゃ。そこの大工の姉さんも言っておったのじゃ。虎猫の姉さんのはギルドの為に自分の余計な感情が入る事を嫌ったのじゃ』〕
〔『…相変わらず、鈍い』〕
今まで黙って話を聞いていた白と黒からの鋭い一言。
〔『はい、すみません…』〕
二人の意見が正論過ぎて、僕には反論する余地は微塵も無い。
『それで、僕達の答えを言う…僕達が話し合う前に聞いておきたいのだけど、ネイルさんとトウリョウさんの希望としては、どうしたいんだ?』
ギルドでアキラ達と相談する前に、ネイルさん達の意見も聞いておきたい。あくまでも、僕達が結論を出す為の参考までにだけど…
『…その前に逆に私らから質問や。何で【noir】はギルドメンバー増やさへんの?メンバー増やすだけで、ギルドのランクも上がる。それだけでも色々と便利なんやで』
『それは…トウリョウさんの言う通りなんだろう。それについては、実際にフレイとアキラと僕の三人で話した事が有るんだよ。ネイルさんとトウリョウさんも知ってる事だと思うけど、【noir】の立場は他に比べてもかなり特殊だと思うんだよね。生産ギルド組合にも秘密にしている事も多いし、工房の設備一つを挙げたとしても街の工房以上の物がほとんどだから。仮に今後メンバーを増やす事になったとしても、ヒナタ達が加入する時にクエスト形式での加入イベントを開いたから、今後簡単に加入させるとなると、それはそれで前の参加者で諦めて他のギルドに入ったプレイヤーに対して問題が起きそうな気もするからな…』
これは余談になるけど、店舗に買い物に来る客の中には、次のイベントを待ってると言う言葉を伝言代わりにさりげなくマナさん達に残して帰るプレイヤーもいるらしく、僕達に伝え難そうにしているマナさん達を気遣った雪ちゃんを通して数回聞いているた。
『やっぱ、問題はそこやねんな。昨日、アキラにも同じような事を言われたんよ』
以前、三人で話し合った会もあってか、アキラは僕と似たような考え方をしていたらしい。流石はアキラだ。
『そやろな。あれはあれで面白かったイベントやから今さら後悔はしてへんけど、ウチが二人に誘われて入った時でさえ、ホームや工房設備は異常やったやんや。まぁ、今は異次元になってるから全く比べもんにならへんけど』
確かに【noir】の工房には、複合スキルが使える工房も有るし、困った事が有るとその都度ホームの施設も便利に改築しているので言いたい事は分かるが、流石に異次元は言い過ぎだと思うんだけどな。
『フレイが言うだけじゃなくて、僕自身が普段もなるべく黒の職人さんの正体や所在がバレないように工夫して遊んでいるからな。正体を知ってるプレイヤーが増えたら、僕がトリプルオーで遊び難くなりそうだろ?それと、これが一番大きな理由なんだけど、基本的にアキラやフレイは別として、僕が大人数を率いるギルドマスターの器では無いんだよ。実際に僕一人だと今の少人数でも手に余っていたと思うからな』
また改めて加入クエストを開催するとしても、ギルドに入れなかったプレイヤーから、僕はともかく仲間(新規加入者を含む)が嫌がらせ等を受けるのは勘弁願いたい。
『私達としては、生産系のプレイヤーには新人プレイヤーが気軽に工房を使用出来るようにする為にも、どこかしらの生産系ギルドへの加入を進めていきたいんやけど、生産ギルド組合筆頭の【noir】が全くメンバー加入を求めてないからな。少し困ってたんや』
なるほどな。
さりげなく生産ギルド組合の筆頭扱いされた事は、この場では触れずに置いておくとして、この件をアキラが僕に直接相談しない訳だよな。この件については、はっきり言って僕に対してが最も言い難かっただろう。まぁ、今目の前にいるネイルさんとトウリョウにも、現在進行形でかなり気を使わせてるのも確かだな。
『シュン、またクエスト申請でもするか?』
一時的な解決策としてはそれでも良いんだけど、それでは根本的な問題解決には繋がらないだろう。
『う~ん、どうしようかな。もう一回くらいは加入クエストをしても良いんだけど…まぁ、これは僕達だけでなくて、カゲロウ達も含めた皆で相談した方が良い問題かな。カゲロウ達に聞くだけでも何か別の良い解決策が出るかも知れないからな。それに、仮にメンバー増やすにしても、どんなクエスト?にするかとか、最初にある程度方針だけでも決めておかないと、あとから色々と問題が出てきそうだからな』
以前とは明らかに僕達の置かれている立場が変わっているので、同じようなクエストではダメだと思う。プレイヤーの潜在的な人数が増えた現在、アイテムを提出して貰う方式だと、倉庫に入るか入らないか以前に鑑定する僕達の体力が持たないだろう。
『トウリョウさん、悪いけどこの件については少し時間をくれないか?ちょっと別の案件で予定が立て込んでて、すぐには解決出来そうもないし』
トウリョウさん達も、すぐに答えが出ない事だとは分かっていたみたいで、すぐにOKの返事が返ってきた。
いつの間にか、色々と周りの事も考えないといけないみたい立場になっていらしい。だが、僕自身に出来る事は圧倒的に少ない。だからと言って、知らない関係ないと全てを投げ出してトリプルオーを引退出来るかと問われると、今の…ギルドの仲間達と仲良くなった僕には無理だ。
…となれば、目の前の事から少しずつ終わらせていくしかないのか?さしあたっては、目の前に迫っている王様の案件からになるよな。その時に皆に今日の事を相談しようかな。
翌日、僕はログイン直後に【シュバルツランド】の街を散歩している。まぁ、散歩と言っても楽しく歩いている訳でも気分転換でも無く、工房や露店等の現状を見て回っているだけの、視察みたいなもの。前者なら、どんなに楽しかった事か。
視察の結果を簡単に述べると、ネイルさん達の言うように、明らかにプレイヤーが工房から溢れている。僕が見たのは少しだけだけど、順番待ちの列まで出来ていたのだから。平日の昼間でこれなら、休日は最悪徹夜組…うん、考えたくない。
待てよ…もしかして、このメンバーの中にも【noir】に入りたいプレイヤーがいるのだろうか?いたのなら、ごめんなさい。今の僕には謝る事しか出来ません。
改めて全ての工房を回ってみたが、どの工房も似たような感じで、日常的に空いている工房は見当たらなかった。まぁ、この状況は運営側も分かっていると思うので、今後工房の拡張等の何らかの改善策は有ると思うけど…それでも、このままではダメだよな。
『何か良い案はないのかな?…と言うか、この辺りに転がってないのかな?』
広場の端の方で街をキョロキョロと眺めながら、心の声を思わず口に出して呟くシュン。
〔『主よ、心の声が漏れているのじゃ』〕
〔『…工房作る?』〕
〔『黒、工房は持ってるだろ』〕
〔『なるほどのう。主よ、黒はホームの工房とは別に誰でも使える貸し工房的な物を作ってはどうかと言っておるのじゃ』〕
『えっ!?』
黒からの意見を要約した白に対して、思わず僕は《心話》を使うのを忘れていた。
そうか…街の工房とは別に、皆で共有出来る大きなレンタル工房みたいな物を作れば、問題になっているプレイヤーが溢れる状況は緩和出来るのか?これは全く思い付かなかった解決策だぞ。まだ【noir】の土地だけでなく、街の中にも土地が余っているはずだ。出費さえ考えなければ、案外良い案かも知れない。もし、作るなら【noir】と分からないような場所が良いだろうな。
〔『主よ、それも良い案かも知れないのじゃが、黒の意見を聞いてワシは良い案を思い付いたのじゃ』〕
僕の心を読んで、白が答えてきた。
〔『ちなみに、白が考えたのはどんな案なんだ?』〕
〔『これは、ワシが言うのもなんじゃが一石二鳥なのじゃ。王様の依頼をこなして、報酬として街の工房を大きくして貰うのじゃ』〕
〔『えっ!?…そんな事が可能なのか?』〕
確かに、それが可能なら一石二鳥どころか、【noir】としては余計な出費も出ないし、レンタル工房と違って工房の運営の事も考えなくても済むので、最低でも一石三鳥…いや、一石四鳥の価値は有るだろう。
〔『主よ、それは王様のみぞ知るじゃ』〕
結局そうなるのか。まぁ、依頼の内容も分かっていない現状では報酬を選べるはずがない。だが、土地や建物等が報酬として選べる可能性が有るのなら、報酬が工房の拡張と言う可能性も少なからず有るだろうな。まぁ、どっちにしろ明日王様に会ってからの話か。
〔『さてと、今日の残り時間は何しようか?』〕
ある程度自分なりの考えがまとまった事も有り、ログアウトまでに少し時間が有る。このまま久しぶりの街ブラを続けても良いけど、たまには白達の意見を聞いても良いだろう。
〔『…騎乗出来る魔物』〕
あぁ、ガイアの話に有ったヤツか。捜索となると時間的には短いかも知れないが…狩りや採取を兼ねて森の方に足を延ばしても良いかもな。丁度良い事にゲートの近くにいる事だしな。
僕は何も迷う事なく、近くのゲートから【ヴェール】に転送して行く。
最近の【ヴェール】は《木工》と《調合》の素材を採取に来るプレイヤーか新人プレイヤーしか見当たらない。魔物のレベルがお手頃な事も有るけど、街の規模が他に比べて小さめだからと言うのが大きな理由かも知れない。つまりは…
『う~ん、ここに(騎乗出来る魔物に乗ったプレイヤーが)いたら、それだけで目立ちそうだよな』
いつもなら有りそうな白や黒からの突っ込みがない、僕の無意識の内の一人言。
『何が目立つんすか?』
その一人言に対して、背後からさりげなく相槌を入れてくる声。
『いや、捜し人になるのか?』
それに何の違和感を感じる事もなく答えるシュン。
『捜し人っすか。僕も手伝うっすよ』
さらに違和感なく応える声。
『おう、助かるよ。ありがと…って、誰だ?』
ようやくここにきて、今日の僕は一人だった事を思い出し、振り返る。
『嫌だな~、黒の職人さん。分からなかったっすか?僕っす、皆のチャリっすよ』
そこには、今日も今日とてチャリさんらしいチャリさんがいた。こんな不意討ち、誰でも分かる訳がない。
ごく普通に混じってきた背後からの声に対して、そのまま会話していた僕も僕だけど、さりげなく混じる方もどうかと思うよ。
『こんな所で奇遇っすね。捜し人手伝うっすよ』
『う~ん、今日は大丈夫かな。捜し人は捜し人なんだけど、全く情報も宛も無くて、ある意味で手探り状態なんだよ。また、困った時は頼むよ。あっ、そうだ!月末のオークションはヨロシクね』
何故か?残念そうにしているチャリさんを一人残して、僕は一人で森の中に入って行く。
白さん、黒さん、チャリさんが背後にいた事に気付いていたなら、教えて欲しかったよ。
でも、《細工》系ギルドのチャリさんが、【ヴェール】にいるとは思わなかったな。森の中…いや、【ヴェール】近辺で新しい素材でも見付かったのか?少し羨ましいよ。僕の方は全然目当ての物が見付からないからな。
しばらく捜してみたが、見付かるのは見慣れた魔物ばかり、白と黒の《探索》スキルにも引っ掛からない。まぁ、レアな存在に不運な僕が一回目から出会えるとも思ってなかったけど。捜し始めた当日に都合良く簡単に会えるのは、捜す相手がかなりの愚か者か、漫画や小説かアニメくらいの物だろう。
『今日のところは、滝でも見て帰ろうか…』
疲れた自分を癒す…もとい、慰めてフォローするための一人言。
まぁ、それもある意味では建前の一つで、この森を訪れたら滝で癒されて帰るのは僕の中での密かな定番なのだ。それに、久しぶりに見る滝は相も変わらず見事の一言に尽きるのだから。むしろ、この滝に対して簡単な感想はいらないだろう。
うん!?あれは何だ?
滝の上に黒い馬?みたいな魔物に乗るプレイヤー?らしき者が一瞬だけ見えた…と言うか、あれって、もしかして…
『白、頼む。《朧》』
《朧》をかけた白を空中へと解き放つ。
僕が呼ぶのと同時に、何をお願いされたかを理解した白は竜の姿となり、一瞬だけ見えたヤツを追っかけて行く。
『主よ、ダメなのじゃ。もういなかったのじゃ』
…が、滝の上まで飛んで行ったところで見失ったらしい。
かなり素早かったよな。確認できたのが一瞬過ぎて《見破》を使う隙もなかった。だが、いるのはこの目で確認したぞ。
『主よ、残念じゃが、あれはファミリアでは無さそうなのじゃ。さらにもう一つ分かった事が有るのじゃ。少なくとも、あれはプレイヤーでも無かったのじゃ。ワシの推測では、ただの希少魔物なのじゃ』
いやいや、レアな魔物にただのと言う形容詞を付けるのは間違っていると思う…けど、人馬一体と言う事は…やっぱり、あれは僕の見間違いだった訳ではなく、神話上の生き物なのだろうか?まぁ、ゲームや小説では定番なのかも知れないけどな。
白や黒の目当てのファミリアでは無かったのなら、今のところは時間を費やして探す必要も無いか。まぁ、あのスピードだけは少し魅力的だったけど。
それにだ。騎乗用に用意された馬等は別として、ケンタウルス(人型)の後ろに乗るのと言うは絵的には大丈夫なのだろうか?そっちの方が心配ではある。
まぁ、そんな事よりも、今最も大事な事はアニメや漫画の世界等じゃなくても、目的に都合良く会えると言う幸運が僕の場合でも起きるんだな。それを知れた事が今日の一番の収穫かも知れない。
『主よ、本当に幸運かどうかはまだ分からないのじゃ』
この白の一言が、嬉しくて少し浮かれていたシュンに届く事はなかった。この事が正解なのか…はたまた、不正解なのか…まだ誰も知るよしもない。
装備
武器
【雷光風・魔双銃】攻撃力80〈特殊効果:風雷属性〉
【白竜Lv25】攻撃力0/回復力145〈特殊効果:身体回復/光属性〉
【黒竜Lv22】攻撃力0/回復力142〈特殊効果:魔力回復/闇属性〉
防具
【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40
〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
天狐族Lv36
《双銃士》Lv58
《魔銃》Lv57《双銃》Lv52《拳》Lv35《速度強化》Lv83《回避強化》Lv85《旋風魔法》Lv33《魔力回復補助》Lv82《付与術》Lv52《付与銃》Lv60《見破》Lv82
サブ
《調合職人》Lv24《鍛冶職人》Lv27《上級革職人》Lv2《木工職人》Lv30《上級鞄職人》Lv3《細工職人》Lv24《錬金職人》Lv24《銃職人》Lv1《裁縫職人》Lv9《機械製作》Lv1《料理》Lv39《造船》Lv15《家守護神》Lv15《合成》Lv18《楽器製作》Lv5
SP 16
称号
〈もたざる者〉〈トラウマ王〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉〈創造主〉〈なりたて飼い主〉