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OOO ~Original Objective Online~ 改訂版  作者: 1048
第一章 第三部
20/65

★発見?大発見!

 先日の公式イベントが終了して【noir(ギルド)】では、オークションに向けての準備が着々と進んでいた。分かりやすいところで言うと、僕以外の皆のオークション用の生産も徐々に活気付いてきているのだから。


 すでに、雪ちゃんも【noir】に所属する(・・・・)メンバー全員と仲良くなっている。当然、その中にはNPCである【le noir】のマナさんと【by buy】のミナさんを含まれている。


 マナさんやミナさんにとっては、色々とお手伝い(サポート)もしてくれるので助かっているらしい。まぁ、お手伝いをしてくれて助かると言う建前よりも、マナさんやミナさんにとっては可愛い妹のような存在と言う事が本音なのかも知れないけどな。


 なんにせよ、雪ちゃんのお陰(笑顔)でますますギルドが明るくなっているのは事実だ。雪ちゃん本人も僕達と出会った時よりも明るくなったみたいで何よりだと思う。


 た・だ・し、僕としては僕を見付ける度に尻尾を掴みにくるのだけは止めて欲しいんだよな。相手が小さな女の子なので、いちいち注意はしていないけど、時々はやんわりと回避をさせてもらっている。まぁ、雪ちゃん自身は、僕とのやり取りを含めて楽しんでるみたいだけどな。


 一人だけオークションの準備が進んでいる僕自身はと言うと、一人(ソロ)で【ポルト】に来ていた。【ポルト】に到着した日以来、公式イベント(そのあとを含むetc.(エトセトラ))等でバタバタとしていたので、ゆっくりとこの街を見ていなかった事に気付いたからだ。


 なので、いつも通りに新しい物を探しながら露店を冷やかして、この街でしか買えない物や海が近いと言う利点を活かした特産物…今までの街では見たこともない魚介類(食材)も仕入れる事が出来た。後者は、そのうち料理に使いたい。


 『う~ん、やっぱり広い海は良いよな~』

 こんなにも広くて、波が穏やかで、底が見えそうなくらい透き通った海を現実では全く見た事が無い。見ているだけで心が安らぐ。まるで、テレビやネットで見た沖縄や海外に有る高級リゾートエリアの海のようなのだから。


 一応、僕の住んでいる東京都にも申し訳無い程度の海は有る…のだが、お台場で東京湾を見て汚いと感じた事はあっても、海の雄大さを感じた事は無いからな。


 だが、それでも今の東京湾は数十年前の五人の男性アイドルグループのお陰でかなり綺麗にはなっているらしいけどな。親の時代の東京湾()は非常に残念だったらしい。でも、逆にお台場(そこ)から見る夜景だけは、別格に綺麗だと思う。海や街は大きく変わっていても、こちらは過去も現在も大きくは変わっていない。


 まぁ、東京都に属する離島群(南の小笠原諸島)の方に行った事が無いので、正確には分からないし、言い切る事も出来ないのだけど、海に対する見え方や周囲の雰囲気等の環境の違いも大きく関係しているのだろう。


 トリプルオー自体は所詮作り物の世界だ。現実に有ろうが無かろうが自由自在。そんな事は充分に分かっているけど、それでもこのエリアのCG(美しさ)は特に凄いと思う。多分だけど、多忙を極める製作者達にも少なからずリゾート()での休暇に対しての憧れが有るのだろう…その事を考えると少しだけテンションが下がった。


 『そうじゃろ、そうじゃろ。この海は広いし良いもんじゃ』

 いつの間にか、僕の隣に現れた見ず知らずの海を見ながら満面の笑みを見せるおじいちゃんに話し掛けられた。


 え~っと、このおじいちゃんは普通にNPCだな。この前の雪ちゃんの事が有ったので、僕が疑いたくもなるのは仕方が無いだろう。まぁ、新手のイベント商法ではなく、他愛ない世間話をするだけなら、その相手がNPCでもプレイヤーでも関係は無いのだけど。特にAIの進化したトリプルオーの世界では…


 『ですね。落ち着きますし、癒されます。この前この近くで見た夕日も絶景でした』


 『そうじゃろ、そうじゃろ、夕日も綺麗じゃ』

 一応、会話(世間話)は成り立つらしい。それなら、問題は無い。


 確か、ヒナタが船を作りたいと言っていたからな。この辺りでは見掛けないし、参考までに聞いてみる事にするか。


 『そう言えば、この辺りでは漁船等の船を全く見掛けませんけど、ここは港町なんですよね?船は、どの辺りに行けば見れますか?』


 『うむ、船か…そうじゃの。どの船も今は無理じゃろうな…』

 さっきまでの満面の笑みが嘘のように陰る。あれ?僕は何かしら地雷でも踏んだかな?


 『そうなんですか?それは残念ですね』

 今、追及するのは止めておこうか。このままだと、せっかくの休みが休みじゃなくなりそうだ。時間的にも、気分的にも…な。


 『うむ。大きな船は、他の大陸へと行くと出ていったきり一向に帰って来んのじゃ…漁船も有るには有るのじゃが、今は誰も恐がって乗りゃせん。造船所の奥で埃を被りながら眠っておるわ。わしが、もう少し若ければのう…消えた船を見付けて見せるのじゃがな』


 『そうなんですか…』

 お~い、聞いてない。僕は聞いてませんよ。だけど、今の会話の中に|聞きたくなかった不穏な《気になる》ワードがいくつか出たてきたな。大きく分けて三つ。


 他の大陸…行方不明の船…造船所で眠る船…


 今現在の海(船)はそう言う設定なのだろうか?それとも、このおじいちゃんと話す事で何かしらのイベントが進んだのか?あるいは、新種のクエストだろうか?まぁ、前者だとしても、後者だったとしても僕のこのあとの予定(平凡な休日)は無くなったのは確実だろう。


 まぁ、ここで悩んでいても仕方が無いか。このあとの展開を面倒だと思いながらも、その先の話が気になっているのだから。僕の頭の中も、かなりトリプルオー(ゲーム脳)に染まって来たのかも知れないな。


 『そうじゃ。お主、そんなに船が見たいのなら、お主自身の手で造ったらどうじゃ。そして、わしの造船所を買わんかのう?造船所はホームとしても使える。もう何年も使ってないし、老い先短いわしには、もう必要ありゃせんからのう』

 何気無い世間話を楽しむつもりだったけど、急に物件の押し売り(新手のイベント商法)ですか?残念ながら、すでにホームは持ってますよ。それに…


 『魅力的な提案で本当に残念ですが、僕には船を作るスキル(技術)が有りません』

 この事については、以前にヒナタと一緒に《木工》スキルとその進化系である《木工職人》スキルを使って実験しており、《木工職人》スキルでも船を作る事が出来ないのは立証済みだ。


 かろうじて、木材を船の形に近い物(模型)へと加工する事は出来たけど、船と呼べるような水の上に浮く物を作る事が出来ないのだ。仮に、この状況の僕達が上手く作れたとしても人が乗ると(・・・・・)浮かばない(いかだ)が関の山だろう。


 『なんじゃ、そんな事か。お主が、わしの造船所を買ってくれるんじゃったら《造船》スキルくらい、わし自らが教えてしんぜようぞ』


 『…えっ!?今、何とおっしゃました?』

 おじいちゃんからさりげなく出た耳を疑うフレーズ。


 『うん?わしが《造船》スキルをお主に教えると言ったんじゃが…』

 SPを消費しなくても新しいスキルをNPCから教えて貰って覚える事も出来る?俄には信じられない。


 『本当ですか?』

 これが本当なら、発見…いや、革命的な大発見だよな。


 『本当じゃとも、いくら年老いたとゆっても、この道五十年の船大工の端くれじゃ。お主に教えるくらい訳もない事じゃ』


 念のために、NPC(おじいちゃん)のステータスを確認したところ、確かに《造船》スキル…多分、その上級にあたるであろう《造船職人》と〈船頭(ふながしら)〉の称号持ち。


 マジか!?それが本当なら、造船所(物件)もろとも是非購入したい。それに、この一連の流れからすると…どうやら、NPC関係のレアスキル取得クエストだったみたいだな。


 『おじいちゃん、僕が造船所を購入した場合、その《造船》スキルを教わる人間は僕以外でも可能ですか?』

 《造船》スキル、これを僕一人が取得出来ても【noir】としては意味がほとんど無い。可能ならば、最も欲しがっているプレイヤーにプレゼントしたいものだ。


 『それも勿論可能なのじゃ。そうじゃのう…お主を含めて三人だけ(・・)じゃ。ただし、《木工職人》スキルを取得している事は最低条件じゃ。どのみち、それ以下の技術を持っていても《造船》を取得するのは無理じゃろうし、扱いきれんわい』

 いきなり、本当(マジ)っぽい設定に変わったな。三人までではなく、三人だけと言う点も気になる。


 都合が良い事に【noir】のメンバーで事足りる…もしかして、同じギルドないしパーティー内に《木工職人》スキルの取得者が三人以上(もしくは丁度三人)いる状況で【ポルト】に来る。これが発生条件なのかな?それとも、《木工職人》を必要人数集める事が課題なのか?


 まぁ、どっちにしても、この推定クエストは《造船》スキルを必要としている仲間を加えて受けるので、一度発生してしまえばこっちのものだ。多分、僕達に二度目は必要無いのだから…この場合は発生条件が不明でも関係は無いだろう。


 『分かりました。仲間を呼ぶので少し待ってくれませんか。それと造船所と授業料は、おいくらになりますか?』

 お金に余裕は有る。それは間違いない。なので、足りない事は絶対に無いと思うけど、ここで値段を聞いておくのが普通だろうな。


 『そうじゃのう…わしが教える事も含めてじゃ、しめて三百万フォルムと言ったところか?それでどうじゃ?』


 金額を聞いた僕は一瞬だけ耳を疑った。


 『おじいちゃん、いくらなんでもその金額は安すぎないでしょうか?』

 当然、反対の意味で…


 特殊な物件だと言うのに物件だけをみても安い。スキルの取得まで含めると破格の安さに感じる。まぁ、僕の金銭感覚が若干麻痺している感は否めないけどな。


 『良い、良い、良いのじゃ。老い先短いわしみたいなじいさんがそれ以上の大金を持っていても仕方が無いじゃろう。わしはこの海を見ながら毎日一杯やれればそれで良いのじゃ。それにじゃ、わしの造船所も五十年以上使っておる古い建物じゃ、お主がわしから購入したあとに手を入れる必要が有るしのう。わしの造船所を使ってくれるお主に対しての気持ちじゃ、気持ち。じゃから、これくらいが相場じゃろうて』

 それを含めても随分安いと思うがな。まぁ、ここは好意に甘えさせて貰おうかな。


 『おじいちゃん、ありがとう。感謝します』

 僕はおじいちゃんに感謝した。さて、この次は僕が感謝される番だな。まぁ、感謝を求めている訳ではなくて、仲間の喜ぶ顔がみたいからだけど。


 その仲間がログインしている事を確認した僕は、すぐにコールを入れる。幸いにも、その仲間もすぐにコールに出た。


 『ヒナタ、今少し時間有るか?』


 『えっ~と…はい、今は大丈夫ですよ』


 『今からカゲロウ連れて【ポルト】に来てくれないか?』


 『今からですか?大丈夫ですけど、急ですね。何か有ったんですか?』

 コールの先からでもヒナタが驚いている事は伝わってくるけど…


 『それは秘密だ。確か、ヒナタもカゲロウも《木工》スキルを《木工職人》には進化済みだったよな。絶対に損はさせないから、急いで来てくれ』

 こう言う時は、内緒にしていた方(サプライズ)が楽しいだろう。


 『はい。それも二人共大丈夫です。分かりました。少々お待ち下さいね』


 『了解だ。場所はメールで送るから、あとで確認してくれ』

 ふ~~、ひとまず無駄にはならなそうだな。


 あとは…アキラにも許可を貰っておこうか。僕はヒナタに続けて、アキラにもコールを入れた。


 『アキラ、【ポルト】で《造船》スキル関係のクエストが発生したから、ギルドのお金を少し使っても良いか?そっちにいるヒナタ達も呼んだから、こっちに来る準備してると思うけど、これは秘密な』

 アキラもヒナタの目標を知っているので、反対する事は無いだろうけど、仮にもホームが増えるのだから業務連絡は必用だろう。


 『あっ、そうなんだ。それは良かったね。ギルドのお金の件は了解しました。そもそも、ギルドのお金は元はシュンのお金なんだし、私達の事は気にせず自由に使っても良いんだからね。でも、本当に《造船(それ)》をよく見付けたよね。本当は私よりもシュンの方が運が良いんじゃない?かな』

 アキラよりも幸運…それだけは絶対に無いな。これだけは断言出来る。


 『僕自身に起きた事だけど信じられないからな。嘘のような偶然なんだけど、本当に偶々(たまたま)世間話してたNPCのおじいちゃんが、造船所のオーナーだったと言うなんとも妙な話だ』


 『だったと言う…って、シュンって本当に運が良いのか?悪いのか?ううん、そう言うのじゃなくて…多分、運の振り幅がかなり極端だよね』


 『そう言ってくれるな。これでも結構気にしてるんだからな。まぁ、詳しい事は戻った時に説明するから』


 以前から、この一番最初に取得した〈もたざる者〉の称号には大きな疑問が有る。普段は称号の名前の通り、確実に運が悪い(持ってない)のだけど、ここぞと言う時には人には言えない何かしらを持ってくる…いや、正確には寄付やプレゼント(与えられる)と言った感じか?


 雪ちゃんの時や今回の《造船》はその最たる例だろう…まぁ、良いか悪いかは別としてだけどな。普段は本当に運が悪いからな。


 しかも、この称号だけは他の称号と違って、現状の《見破》では内容を視る(確認する)事が出来ない。だから、この称号の存在を疑っても仕方が無いと思う。でも、いずれ解明したいものだ。何か取り返しがつかない事が起きる前には…





 『すいません。色々とお待たせしました。おじいちゃんの造船所を僕達【noir】が買わせて頂きます』

 僕は、おじいちゃんに百万フォルム(僕の気持ちを)上乗せした四百万フォルムを支払った。


 『お主、これはちと貰い過ぎじゃ』


 上乗せした金額は僕達の気持ち(・・・)なので貰って欲しいと大金に困惑するおじいちゃんに伝えた。僕達…特にヒナタにとっては、それくらいの価値が《造船》スキルには有る。それに、ヒナタ以外の僕達も、あの綺麗で雄大な海を皆でクルージングしたいのだから、この出費は高くないだろう。


 僕が、おじいちゃんと共に造船所に着いた時、タイミング良くヒナタとカゲロウの二人もやって来た。


 『おっ、二人共意外に早かったな』


 『目的は分かりませんが、シュンさんをお待たせする訳にはいきませんので』

 いやいやいや、そんなに急がなくても十分や二十分…三十分くらいは僕は普通に待てるからね。事前に説明しなかった事が焦らせる事に繋がっていたのなら、申し訳ないけどな。


 『それでは発表します。今から三人で《造船》スキル取得するぞ』

 僕は先程の反省を活かして、今度は一切()らす事も溜める事も無く、あっさりと今回の目的を告げた。


 『『はっ!?えっ!?』』

 流石は姉弟だな。その驚いた時に見せる表情だけでなく、驚き始めるポイントや驚いた時の仕草(・・・・・・・)(顔以外)まで息がピッタリだ。


 『さっき、偶然に偶然が重なって、たまたま見付けてな。これまた、たまたま三人まで取得チャンスが有ったから、ヒナタとカゲロウ(二人)を誘ってみたんだけど』


 『本当ですか?シュンさん、本当に、本当にですか?』

 信じられないと言った表情のヒナタと、今のやり取りにまだ反応しきれずにいるカゲロウ。やはり姉の方が僕の家以外(どこの世界)でも強いらしい。


 『こんな時の僕は嘘を言わないよ』


 『はい。ありがとうございます。本当にありがとうございます』

 そう言ったヒナタは、僕の両手を掴み上下に振り続ける。


 これが、ヒナタがトリプルオーの世界でやりたかった一番の目標だった。それが叶うと言うのは、そうとう嬉しいらしい。やっぱり、誘って正解だったみたいだ。ヒナタが嬉しいのは僕も嬉しいのだから。





 造船所(建物)の中に入るまでもなく、おじいちゃんから購入した造船所は、かなりの年季…もとい、(おもむき)を感じさせられる。正面から見ただけで分かるように造船所の裏手側は一面が断崖絶壁になっており、その圧迫感もあってか実物よりも小さく狭く感じる。反対に、正面側…つまり今僕達が立っている位置には、かなり広い空き地が有る。だが、裏手にそびえる断崖絶壁のせいで周囲には他の店舗おろか民家の一つも無い、完全な空き地。


 まぁ、周りの空き地ついては、この造船所の趣は一切関係なく、この街の中心部から少し離れた立地条件的に誰も寄り付かないからだろう。逆に僕達的には都合が良いんだけどな。


 『お主、《造船》スキルを取得したいのは、この三人で良いのじゃな。それではサクッいくぞ』


 『いや、サクッっての…』


 『ほれ、どうじゃ?』

 瞬きする間も無く一瞬でスキルの取得が終わった。言葉すら言わせてもらえなかった。長く厳しい修行等を覚悟して、少し身構えた僕達三人が虚しくなるくらい、あっさりと…


 おじいちゃん曰く、これで《造船》スキルを教え終わった事になり、人が乗っても沈まない筏も製作可能になるらしい。


 もっと特殊な技術的指導とかを想像していた僕としては意外と言うか、呆気なかった…と言うか、この簡単に言い表せない気持ちはなんなんだろう、良い事は良い事なんだと分かってはいるけど、自分の気持ちが空虚になるような…まぁ、簡単に《造船》を取得出来た事に文句を言うのも、こんな事を思うのも筋違いなんだけどな。


 『うむ。大丈夫ようじゃの。三人共無事に《造船》スキルを取得出来ておるようじゃ。つまり、今からここはお主の物じゃ。あとはお主達の好きにするのじゃ』


 あとは、造船所の改修作業をすれば、船の製作を始められるらしい。まぁ、簡単に言うとだ。残りは自力で頑張れと言う事だな。実際に取得してみれば本当に呆気ないよな。


 それに、ヒナタ達に秘密にしていた僕としては、ヒナタの嬉しそうな笑顔が無かったら、このあまりの呆気なさに涙が出ていたかも知れない。高確率で…


 『うわっ、うわっ、うわ~~!!ギルマス、大変だ。この造船所、中は広くて大きいけど、かなり改修が要りそうだぞ』

 誰よりも早く中に入ったカゲロウの第一声がこれだ。


 確かに、中は外見以上に年季を感じるな。まぁ、最初から増改築の(その)条件を含めての造船所購入だから、仕方が無いだろう。この場合は、ここの設備よりも船の製造拠点(造船所)の存在とスキル取得がメインだ。結果的にはお金の消費だけで、SPの消費は全く無かったんだ。それだけでもかなりのお得だと思う。


 『まぁ、しばらく使ってなかった造船所(建物)の中と言うのは、こんなものじゃないか?築五十年以上は確定で、後半何年かは使ってなかったみたいだからな。まぁ、それよりも二人共僕についておいでよ。おじいちゃんから聞いた話の通りなら、ここから…ほら、な』

 そんなものなかのか?騙されていないのか?といたげなカゲロウと建物()よりスキル(団子)なヒナタに造船所の裏口から外を見せる。僕自身も、おじいちゃんから聞いていただけで、初めて見る光景なのだけど、本当に圧倒的な光景だ。


 『『『………』』』

 その光景に目を奪われた僕達は、三者三様に言葉を失ってしまった。


 造船所の裏口と言うのは、正面から見えていた断崖絶壁の中に存在していた誰(ただし、元の持ち主であるNPCのおじいちゃんを除く)も知らない小さな洞窟の中に有り、船を出す為に直接海と繋がっている。その洞窟には、外からダイレクトで差し込んでくる一筋の光で海の青が反射され、洞窟全体がサファイアのような蒼色に輝いて見えている。ちなみに、夕方になると夕日が沈むのも見れて、その時はルビーのような緋色に輝いて見えるらしい。こっちの方も楽しみだ。


 おじいちゃん曰く、この洞窟の存在は街の人にも教えておらず、長い間おじいちゃんだけの秘密にしていたらしい。まぁ、秘密にしておきたくなる気持ちは分かる。


 さらに、おまけと言うか船を海へと直接出せる場所が、ここの他に港側に直接出せる出口(街のNPC()達はこっち側しか知らないらしい)も有るそうだ。かなり便利な作りになっているよな…と言うか、本当にたった四百万フォルム(あの価格)で良かったのだろうか?僕なら、この光景を独占出来る行為に、あの数倍の金額を積まれても即答でNOと言えるだろう。


 ちなみ、その事を僕に教えてくれたおじいちゃんは、スキルの取得が終わった時点…つまりは、僕達が驚いている間に感謝する間も与えてくれずに何処かへと帰っていった。あのおじいちゃん、最初から最後まで神出鬼没()だったよな。


 『まぁ、綺麗な景色は一旦置いておいて、取り敢えずは造船所をホームに申請してゲートで繋ぐか…まぁ、そっちの方は僕がまとめて担当するから、二人には当面(出来れば、船が完成したあとも二番目のホーム(セカンドハウス)的な運用が出来たら最高なのだけど、こればかりは僕の一存では決めれないから、あとで相談だな)は使えるように設備と建物の改修だな。おじいちゃんに聞いた話だけど、造船所の改修はどこの街でも有る《木工》の工房で申請可能らしいから、そっちは…そうだな、ヒナタに任せる。そのついでに、ここにも《木工》用の設備の追加も頼む。どちらも、今の【noir】が選べる最高の設備にして来てくれて構わないからな』

 まぁ、スキルのランクアップ(進化)をしている《木工》とは違って、取得したばかりの《造船》は初級の設備しか選べないと思うけど、そこはこれからの僕達の努力しだいだからな。


 『分かりました。任せて下さい』

 いっもより大きな声で元気良く返事をしたヒナタは、意気揚々と造船所をあとにした。


 『カゲロウはゲートが繋がったあとで、ホームから武器に使わない(使えない)木材を運んで貰おうか』

 船の製作自体を始めるのは、オークション後になるだろうけど、造船所運営の仮準備だけはしておきたいからな。


 ちなみに、あとでギルドメンバー全員と協議した結果も僕と同じだった。【noir】用の船が出来たあとも、この造船所の売却は無く、第二の(サブ)ホーム的な扱いになる事が瞬時に決まっている。まぁ、全員があの光景に一目惚れなのだから仕方が無いだろう。


 僕は、神殿で造船所自体の改修と申請を手早く済ませ、ホームに戻ってゲートとの登録も済ませた。ギルドのホームみたいに周りに土地が余っているからと言って大きくはしなかったけど、それなりに立派で頑丈そうな外見を選んでいる。建物の内面の仕様が造船所の為、内面の改修は残念ながら神殿では出来なかった。


 ちなみに、周囲に有った空き地も少しだけ追加購入して木材用の倉庫も併設している。まぁ、そのついでに簡単なキッチンと食堂兼リビングも取り付けたのは、ご愛嬌(僕らしい)と言ったところだな。





 『あ~!シュン(にぃ)、シュン兄でしょ!!やっ~と見付けた』


 『うわっ!?何?…えっ誰?』

 場所は神殿のゲート前、つい先日の既視感(デシャヴュ)のように背後から尻尾を掴まれて捕まえられた。黒の職人さん以外(僕のキャラネーム)を名前を知っているなら、多分何かしらの知り合いだとは思うのだけど…この女性は全く記憶に無いよな。人違いか?


 『まだ分からないの?マリアージュ、真理だよ。この前も言ったけどマリアって呼んでね』

 僕が首をかしげて考えているのは見かねた女性は自己紹介をしてくれた。まぁ、僕が気付かない事に対して、ただ単に我慢の限界だっただけかも知れないけどな。僕の知っている彼女なら大いに有り得るだろう。


 『おぉ、マリアか…どうしたんだ?今日の僕はアクアと一緒じゃないぞ…』

 アクア(蒼真)と一緒以外の時に、苦手としている真理ちゃん(マリアージュ)と合った事はない。まぁ、単独の真理ちゃんに会う理由も用も無い。つまり、今の僕は単純にピンチだと言える。


 僕の視線は、自然と周りに逃げ道(蒼真)を探していた。


 『今日は、蒼兄(そうにぃ)の事は良いの(ってか、真理的には、いつもいらないんだけど。蒼兄にいないとシュン兄会ってくれないから、一緒にいるだけで…もしかして伝わってないのかな?)。マリアはシュン兄を探してたの』

 う~ん、マリアがアクアを蔑ろ(ないがし)にするのは珍しいな。


 当然、そんな真理の秘めたる想いは、小さな頃から大好きな(・・・・)(駿と純の大きな思い違い)蒼真のうしろを常についてまわっているイメージしかない駿や純に伝わる事は今後もないだろう。


 だが、今はそんな事よりも…


『まぁ、その、あれだ…そろそろ尻尾を放してくれないか?周りの人の目も有るし、僕にも立場と言うものがだな』

 街中で繰り広げられているこの攻防。明らかに周りの人達の目が僕達に…正確に言うと僕の尻尾に集まっている。


 中には僕の事(黒の職人さん)を知っている人もいるようだ。『流石は黒の職人さん』『リア(VR)充』と言う言葉も聞こえてくるが、決してそうでは無いと大声で言いたい。ここは断固として。


 『む~、まぁ、いいや。まずはマリアとフレンド登録しよ』

 フレンド登録か…コールが来る可能性も有るけど、アクア(蒼真)がいない時に出会った事がたまたま(シュンが思い込んでいるだけ)なのだから、今の状況と比べると、こっちの方が遥かにリスクは少ないよな。


 それなら、フレンド登録くらいなら別に良いのか?まぁ、全く知らない仲でもないからな。


 フレンド登録をしたと同時に冒険にも誘われたが、今日は予定が有るからダメだと数回断った…それならと、今度一緒に冒険する約束も強制的(・・・)にさせられた。


 こう言う風に少し強引なところが有るので、はっきり言うと僕は苦手なんだよな。もっとちゃんとアクアに管理させないとダメだ。


 駿と純が真理を苦手としている理由は、この辺りの強引さが大いに関係していると言う事を真理自身は知らない。


 『本当()時間が合っても御免(残念)だな。悪いけど、二度と会いたくない(また今度)な』

 ここはさっさと退散しよう。カゲロウやヒナタを待たせているし、何よりも僕自身が新しくなった造船所を見たいのだから。


 僕はゲートを使い神殿からホームへ、ホームから造船所へと連続転送していった。





 『おぉ!おっ、おぉ~~!!これは凄い』

 かなり見違えた。あの趣のあった造船所の面影は全く無い。


 改修された造船所の中は、見違える程豪華になっている。多分、ヒナタが改修した設備の影響が大きいのだろうけど、古びて若干錆び付いていた設備は全て撤去され、新たにさっきまでは無かった大型のクレーン等の新設備も設置されている。これだけの設備が有れば、【noir】の規模以上…思っていたよりも大型の船も作れそうだよな。


 それに、後付けさた倉庫の棟(ただし、後付けした時に造船所と倉庫を繋げる壁等は取り払われている)には僕好みのキッチンも出来ている。まぁ、僕が選んだのだから僕なら好みになるのは当然なんだけど、あとで皆を誘って洞窟でティータイムを開いても良いかも知れないな。休憩と言う意味でも、時間(タイミング)的にも…


 勿論、外見の方も僕が選んだものへと変わっていた。いつも思う事だが、建物の改修は瞬きする間も無く終わる。まぁ、改修しているのが僕の為、僕は直接見る機会はまだ無いけどな。これが一番魔法っぽくてファンタジーな気がするよな。


 『おっ!!皆も来たんだな。もう奥は見たのか?』

 一旦出ていた外から戻ると、いつのまにかマナさんとミナさんの店舗店員コンビ以外のギルドメンバーが勢揃いしていた。


 雪ちゃんもアキラに引っ付く形でここへと来たらしい。幽霊?にも転送ゲートは効果有るんだな…と言うか、雪ちゃん万能過ぎる気がするな。


 『まだ来たばかりだけども、この奥には何か有るの?』

 まだ見てないみたいだな。まぁ、反応から分かってはいたけど、それなら…


 『多分、ヒナタ達も奥にいると思うし、行ってみたらどうだ?百聞は一見にしかず…とも言うからな』

 洞窟へと続く通路の方を指差して先頭を譲り、皆の楽しそうな表情や様子を観察しながら、皆の背後からゆっくりとついていく僕。


 自分自身でも今の僕が他人に見せられないような人の悪い顔をしてるのが分かる。さて、皆はどんな反応を示すか、楽しみだな。


 僕の予想した通り、僕達はタイミング良く夕日が沈むところに遭遇した。皆、本当に運が良い。まぁ、運の良いアキラが一緒だからかも知れないけど。


 『『『『………』』』』

 さっきまではワイワイと喋り続けていた皆が一斉に言葉を失った。うんうん、その気持ちは分かるよ。初見なら言葉は出ないよな。この前の沈む間際の景色(夕日)よりも絶景だからな。


 海のサファイア()と夕陽のルビー()が織り成すアメジストカラー()のコラボレーションの威力は絶大だ。さっき、一度似たような事を体験している僕達ですら言葉が出ないのだから…


 僕は皆が、現実へと戻って来る(夕陽が完全に沈みきる)前に次の準備に取り掛かった。





 『シュン、あのね?お金に関して問い詰めるつもりは全く無いけど、ここって一体いくらしたの?』


 『その前に、ちょっと夜の海でも見ながら、皆でティータイムにしないか?この雰囲気に合う紅茶を淹れたぞ』


 『ゆき、おてつだいするの』

 雪ちゃんは、言葉よりも先にピュ~と音を立てて飛んでくる。


 『じゃあ、雪ちゃんは、僕の入れた紅茶を皆に配ってくれるかな』


 『はいなの』

 雪ちゃんは紅茶を持って、またピュ~と飛んで皆へと配って行く。空を飛べるのが羨ましく思えるな。


 僕も、最近手に入れた【アーツの書・浮遊】を使えば、空を飛べるようになるのだろうけど…ここで使うのは悩ましい。こう言うレアアイテムを使うと言うのは、何故か勿体無く感じるんだよな。レア素材とかなら、また別なんだけど…決めた。やっぱり、今は使わない。


 ちなみに、先日のイベント報酬である【スキルの書・生産】だけは苦手な生産活動である《調合》スキルのレベル上げに使わせて貰っている。これは適材適所だろう。


 『ありがとう。これは、雪ちゃんの分だよ。雪ちゃんが好きな蜂蜜たっぷり入りにしてあるよ』


 『シュンおにいちゃん、ありがとうなの』

 蜂蜜たっぷり入りの紅茶を美味しそうに飲んでいる。その姿を見るだけで心がほっこりするな。まぁ、僕一人だけでなくて皆そうみたいだけど。


 僕は、おじいちゃんとのやり取りをヒナタとカゲロウ以外のメンバーにも話し、三百万フォルムだった造船所と《造船》スキルを百万フォルム増額して譲り受けた事も話す。まぁ、改装とかその他諸々に別途費用が購入額の五割程度は掛かってるけど、それを説明してもアキラ達の反応は安過ぎると言いたそうな感じだった。


 その日は、夜の海とその海に反射する夜空に煌めく多くの星々を見ながら、遅くまで他愛ない雑談に花を咲かせた。しばらくして、朝日が昇る頃になると、今度は太陽光(朝陽)を海が反射してキラキラ光っていた。その光景で、僕達の心がさらに安らいだのは言うまでもない事だろう。





 オークションまで、残すところ四日。


 昨日の夜は、オークションに参加する七ギルドが集まって打ち合わせを兼ねた会議をおこなっていた。観客も予想以上に集まりそうなので、新たに立ち見席を三百席設ける事もその場で提案されて採用されている。


 さらに、当日券と【noir】が受け持った分で、配り切れていなかった分を午前・午後半日づつの二回に分けて配布する事になった。二回に分ける事で少しでも多くの人に楽しんで貰おうと言う僕達なりの配慮だ。この会議では各ギルドの受け持ち時間や案内等の担当場所も決まり、今日からは出展品の搬入作業も始まっている。


 出展品も午前中が《調合》・《木工》・《布製作》・《裁縫》系のアイテム。午後からが《鍛冶》・《細工》・その他分類が難しい特殊アイテムに分類した。なるべく、ジョブや取得スキルによって欲しいアイテムの種類が固まるように考えている。大きく分けると午前が魔法系アイテムで午後からが物理系アイテムだ。


 僕が思っていた以上に、出展するプレイヤーとそのプレイヤーによる製作品も多いみたいで、特に午後からのリストを担当しているアキラ、トウリョウさん、ネイルさんの三人は準備や作業に膨大な時間を費やしていた。


 その為、以前にトウリョウさんに相談していた僕の願望(お風呂)はオークション後に【noir】と【カーペントリ】の共同で製作する事になっていた。


 ちなみにだけど、午前のリストの製作は僕とチャリさんで済ませている。午前のリストは、午後からよりも数が少なかった事も有り、思っていたよりも早く終わっていた。それに、リストの出来た部分からチャリさんが情報サイトへのアップも平行して行ってくれている。


 そのチャラい見た目とは違って、リアルではIT系の企業で敏腕プログラマーとして活躍しているらしいチャリさんの作業は物凄く速くて僕が驚いたのはここだけの話だ。まぁ、チャリさんの見た目とかけ離れ過ぎたリアルの職業に、僕は一番驚いていたのたけど。今の見た目からはIT系エリートとして頑張っているチャリさんが想像できないのだから。


 僕のオークションに出展するアイテムは、他の人と被らない事には絶対の自信が有る【ロングリーロング】と【マルチブレイク】に決めているので、ギルド内では事前準備から解放され気味の僕だけが暇人になっている。雪ちゃんはと言うと、皆の生産活動のお手伝い中だ。無理矢理手伝わせているのではなくて、雪ちゃん自身が率先として手伝ってくれている。皆のお手伝いが出来るのが嬉しくて楽しいらしい。


 『う~ん、この機会に《裁縫》でも鍛えて、自分用の装備でも強化するか…あっ、待てよ。雪ちゃんやマナさん達用の装備を作っても良いかもな』

 アキラ製作の【ノワールの証】を装備出来ているのなら、他のアイテムでも大丈夫と言う事だよな。


 せっかく手にいれた造船所と《造船》スキルの方は放置され気味(遊ばせる形)になっているのだが、そっちはヒナタがリーダーとなり作業全般を仕切る事が決まっているので、ヒナタがオークションの準備をしている今は船の製作は出来ない。


 しかし、だ。そんな事を思い付く最近の僕は、定年後に暇を持てあまさない為に趣味で始めたDIYに没頭する大人(おじさん)…もとい、完全に暇を持て余した生産職の思考になっているみたいだな。


 自分自身でも驚く事に、今の様々な思考中に狩りに出ようと言う発想が全く無かった。普通のプレイヤーなら、まず時間が有れば狩りやレベル上げ等の冒険が頭に浮かぶのだろう。アクアとかは、特に…な。


 『取り敢えず、《裁縫》のレベル上げからだな』

 雑念を頭から振り払い、さっき決めた行動へと移していく。


 プレゼントすると決めたのなら、出来るだけ良い物をプレゼントしたい。その為の時間の消費を僕は惜しまない。


 ミシンで生地を縫い始める。オークションが終われば、お風呂を作る予定になっているので、練習とスキルレベル上げを兼ねて、それに必要な【湯着】でも作ろうか。


 いくら、ゲームの中でも裸での入浴は不味いだろう。決して、混浴がしたい訳では無いけど、男湯と女湯の二つを作るつもりも無い。まぁ、混浴(それ)を全く期待してないと言うのも嘘にはなるけどな。それに、【湯着】の製作なら、仮に失敗したとしても雑巾か何かに生まれ変えればよいだけだ。


 僕は何度かの失敗…その度に生まれた雑巾、その数約二十枚と共に、なんとか【湯着】を形にする事が出来た。



【湯着】防御力10〈特殊効果:耐水〉〈製作ボーナス:透過防止〉※上下セット・男女兼用



 ボーナスに身体を透けさせない透過防止の効果を選べたのは大きいよな。これで、何も気にせずにゆっくりとお湯に浸かる事が出来る。見た目的には普通の甚平だが、男女どちらでも使えるデザインとしては無難なところだろうな。ちなみに、この他にもバスローブ(女性専用)の薄いバージョン(性能は同じ)も有る。


 一応、両方共ある程度の数は製作しとこうか。きっと、お風呂が有れば僕以外の皆も入りたいだろう。メニューから二つ共に十着複製して倉庫に保管しておく。これをお風呂で使うのが楽しみだよな。


 トリプルオー内で天然温泉は無理だろうけど、どうせなら外の見える露天風呂にはしたい。その辺もトウリョウさんと相談だな。すでにこの時点で僕のワクワクは止まらなかった。


 それにしても、今日は《裁縫》スキルの調子がすこぶる良い気がする。それなら、次は【ノワールクロース】の改良をしてみるか。


 以前アキラが僕用に採寸した型紙を使って新しい生地を裁断していく。スキルレベルが上がっているお陰か?それにしても、今日は本当に調子が良いな。寸分違わず型紙通りに生地も切れる。もしかして、このハサミが良いのだろうか?普通のハサミにしか見えないけど…


 『あっ、そうだ!!今度、《鍛冶》でオリジナル(僕専用)の工具を作れば良いんだ』

 何故、僕は今までその発想を思い付かなかったのだろうか…製作品に特殊なボーナスが付くように、工具にも工具専用のボーナスが付けれそうだよな。まぁ、そんなボーナスよりも僕の手に合わせた僕の為だけの専用道具を手に入れれる事を考えると、ちょっとワクワク(しかし、お風呂のワクワクには遠く及ばない)してきたな。まぁ、今は《裁縫》が優先なんだけど。


 そんな事を考えると考えながらも、僕は軽快にミシンを走らせていく。今回は性能も大事だが、デザインと着心地(・・・・)は最優先したいところだ。



【ノワールクロース2】防御力20/魔法防御力20〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:耐火/着心地向上〉



 『う~ん、着心地向上が製作ボーナスで付けれたのは、身に付ける僕としては凄く素敵な事だとは思う。思うのは間違いないのだけど…また、セットボーナスは付かなかったな』

 色々と試行錯誤を重ねて試しているのだけど、いまだに防具にはセットボーナスが発現しない。武器なら特に考えなくても簡単に発現するんだけどな。何かが足りないのだろうか?


 それとも、防具の一部がバージョン2(改良版)になっている事がダメなのだろうか?はたまた、防具にはセットボーナスと言う概念が無いのだろうか?う~ん…悩ませられるところだな。


 まぁ、この際だから、他の防具もバージョン2に改良してみても良いかもな。どうせ、そのうちやろうと思っていた事だ。やるかやらないかの差は早いか遅いかの差と同じだろう。


 そうと決めれば、行動に移すのは早いのが僕の特徴。今回は今持っている素材の中で良い方から三種類を使って、合皮にと加工していく。


 そう言えば、最近は在庫して有る合皮を使う事が多かったから、革を鞣す作業は久しぶりだよな。ちなみに、一番内側には性能よりも三種類の中で一番肌に優しく柔軟な(柔らかい)素材を選んでいる。重視したいのは性能よりも性質。多分、そんな事を追い求めるのは僕だけだろうけどな。


 『おっ、おぉ~!!素晴らしい』

 革素材でも良質な三種類合わせると、かなり丈夫に仕上げる事が出来た。実際に防具に加工してみないとその正確な能力までは分からないけど、粗悪な鉱石()素材よりも強度は有りそうだ。これなら、肌触りだけで無く、防御力の方にも期待出来そうだ。



【ノワールブレスト2】防御力35〈特殊効果:耐火〉〈製作ボーナス:重量軽減・中〉


【ノワールブーツ2】防御力20〈特殊効果:速度上昇・大〉〈製作ボーナス:跳躍力+20%〉



 早速僕は新入りを含めて全ての装備をしてみた。


 外見(見た目)的には変わっていないはずなのだけど、使った素材は格段に良くなっているので、(ほとばし)る高級感と(あふ)れるような存在感を醸し出している。何よりも着心地が良くて軽くなったところが素敵だ。


 『あれ?これはマジでか!?あぁ、そうか…なるほどな。そう言う事か』

 これが全ての防具に当てはまる事象なら、防具にセットボーナスが付かな訳だよな。これはこれで嬉しい誤算なのだけど、これは本当に良いのだろうか?



【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40

〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉


※シリーズボーナス:俊敏(行動速度に上昇補正有り)



 バージョン2に改良した全ての防具を装備する事で、装備の名称が【ノワールシリーズ】と言う表記が変わっている。そして、ここが一番の変化ポイントなのだが、複数の防具が一つのアイテムとしてまとまった。さらに、ずっと狙い続けていたセットボーナスでは無く、シリーズボーナスと言う新たなものが現れていた。


 『う~ん、嬉しいけど…また妙な事になった気がするよな』

 一つの装備になった事で便利になった気もするけど…シリーズボーナスとか噂ですら全く聞いた事がない。しかも、ここが最も重要な点なのだけど、特殊効果と製作ボーナスが合わさって効果が底上げされて(アップして)いる。耐火の上だと思われる超耐火とか、能力補正関係の上昇・極大とか見た事も無い効果だからな。


 さらには、何故だかは判らないけど、シリーズボーナスを得た防具達がアイテムとしての(・・・・・・・・)分離は出来なくなった。まぁ、装備を個別に外す事は出来るし、外したら外した分の能力分が正確に下がる。だけど、防具の名称は何一つ変わらない。


 簡単に言うと【ノワールローブ2】だけを装備した状態でも、シリーズボーナスが発現した状態になったのだ。まぁ、外した防具分の能力は正確に下がるので、そんな使い方をするプレイヤーは少ないと思うけど。そして、どこか一ヶ所でも【ノワールシリーズ】を装備していると、外している他のヶ所には他の装備が装備出来ないようになっている。まぁ、元から装備してないヶ所や重複装備が可能なアクセサリーは別枠みたいだけど。


 取り敢えず、この件についてはフレイ達との相談も必要だな。一人で抱え込むのは絶対に不可能な案件だし、僕だけの手では負えそうにない。ましてや、たった一人で検証等出来るはずが無いのだから。


 まぁ、その前に雪ちゃんやマナさん、ミナさん用の装備?いや衣装になるかな?も考えなければな。


 『まず必要なのは、マナさんとミナさん用に店舗の制服と雪ちゃん用の子供服になるのかな?』

 まずはマナさんとミナさんの【le noir】と【by buy】の二つの店舗で使える共通の制服のデザインを考えようか。自社で制服を着る事を強硬的に決めた母さん曰く、制服に身を包むと責任感と連帯感、それに伴うやる気が違うらしいからな。一応、イベント会社を経営してる人の言葉だ。参考にしても良いだろう。


 ちなみに、母さんはこんな事も言っていた。制服を着ないスタイルの会社は会社で、会社からの束縛や仕事に対する窮屈さがオープンになって良いそうだ。ただ、制服を着ないスタイルは絶望的に母さんには合ってなかったらしい。まぁ、考え方は人それぞれだと言う事の典型的な例だろう。


 二人には、どんな服のが似合うかな?二つの店舗は、お洒落と言うよりモダンでシックな感じになっている。簡単な例えで言えば、お洒落なカフェと言うよりも老舗の純喫茶…と言う事は、メイド服よりも執事服か?


 確かに、二人には凄く似合いそうだけど、二人共女の子と言う絶望的な問題が…こう言う時に自分の安易な発想と想像力の無さが嫌になるな…


 『…うん!?』

 冷静に考えると、だ。三人の女性(女の子一人を含む)の服、これ男の僕が製作するのは難しい…と言うか、絶対に不味いよな。今さらだけど、僕が三人の採寸するのって倫理的に無理じゃないか。僕はリアルでもゲーム(どんな世界)でも犯罪者には、なりたくない。


 『シュン、どうかしたの?』


 『あれ?アキラか?リストの製作の方は、もう良いのか?』


 『ううん、一応今日は終わりかな。皆疲れたから続きは明日になったよ。もう、私もログアウトしようと思ってたんだけど、シュンが、まだログイン中だったから…』

 探しに来てくれたと言う感じか。悪い事をしたかもな。


 時計を確認すると既に夜の十一時を回っている。いつの間に、こんな時間が過ぎていたんだろう。


 『ちょっと考え事をしてたら、思いのほか時間が過ぎてたみたいだ。でも、有る意味丁度良かったよ』


 『えっ、何?丁度良かったって…』

 悩んでいる僕の顔を見て、今度はどんな厄介事なのかと少し下がり気味に身構えるアキラ。流石にちょっと傷付くよ。それ…


 『いや、そんなに身構えなくても…ちょっとした質問、聞きたい事が有るだけなんだよ。アキラ、マナさんとミナさん用に制服作るならどんなのが良いかな?』


 『えっ!?それが、シュンの考え事なの?』


 『そうだよ。あと、お手伝いをいっぱいしてくれてるから、雪ちゃんにも可愛いエプロンと衣装()をプレゼントしても良いかなとか思ってたんだけど、女の子の服の種類って良く分からないから、知っていると思うけど、僕の姉はそう言う事は得意じゃないし、だから誰かに相談しようかなって…まぁ、そんなところかな』


 『なるほどね。確かに、マナさん達にも何か別の衣装や店舗用の多少汚してもよい丈夫な制服も有った方が良いよね。それで、シュンはどんなの考えてたの?』

 僕は、恥ずかしながら執事服しか思い付かなかった事を伝えた。あと、その服を製作する為の採寸を僕がするのは問題が有る事に今さら気付いた事を話した。


 『確かに、あの二人なら背も高いしスタイルも良いから執事服は似合いそうだよね。分かった。採寸と製作は私が担当するから、シュンは生地を準備しておいて』


 『えっ、良いのか?ありがとう』

 アキラが共感してくれて良かったと思う。その分、気合いを入れて生地を準備させて貰いますよ。





 翌日、ログインしてきたフレイを捕まえてシリーズボーナスの事を話してみた。


 『シュン、自分は一体何なんやろな。全く次から次へと面白い事を、本当に話題には事欠かへんな』

 僕も、それについては否定しないし、否定出来る立場ではないけど、全くもって不本意だぞ。


 『残念やねんけど、シリーズボーナスに関してはウチにも分からへんなぁ。そもそも、ウチの場合はセットボーナスもアキラの時に一回付いただけなんやで。まぁ、その辺りについては色々と興味は有るから、検証するなら勿論手伝うで。そやな、ウチが検証するならカゲロウの防具作ってみるくらいやな』

 確かに【noir】では、カゲロウしか全身(オール)金属系の装備をしていない。どちらかと言うと、僕やアキラの担当が多いくらいだ。まぁ、あくまでも【noir】に限っての需要たけどな。


 『じゃあ、カゲロウの分はお願いしても良い?』


 『了解や。任せとき。その代わり、シュンはウチの防具を新しく作って検証してや。そろそろ防具の新調しようと思っとってん。渡りに船やわ』

 それなら、丁度良かった。僕も検証のモルモット(実験台)が一つでも多く欲しかったから、一石二鳥だろう。フレイに習って諺で返してみたけど、なかなか良いな、これ。


 僕はフレイから防具に付けて欲しい製作ボーナスや機能面の事を事細かく聞だしていく。


 『了解した。それとフレイ、昨日思い付いたんだけど、生産に必要な個人専用の工具を自作しないか?』


 『はん、何やて!?…それは、ウチも全く思い付かへんかったわ』

 僕も、生地を裁断しながら、たまたま思い付いたと言う事を話した。まぁ、普通は気付かないだろうし、例え気付いたとしても、工房で専用の物が低価格で販売しているのに、わざわざ一から作ろうと思わないからな。


 『シュンの阿呆(あほう)。訳の分からんシリーズボーナスの検証よりも、もっと実用的で効果的な工具の製作が先やないか、そんな大事な事はや、思い付いた瞬間ウチに連絡くれなアカンやろ。ええか、オークションまでに仕上げるで。まずは金属系の工具から始めよか…あっ!?ウチの防具の検証?そんなの後回しに決まっとるやろ。それにな、良い道具使う方が良い物が作れるって相場は決まっとるんや』

 すでにやる気充分のフレイ。もう僕ごときが何を言っても止まりそうにない。そのくらいの勢いが今の彼女には有る。


 『まぁ、まだ上手くいくかは分からんし、検証も兼ねて簡単なところで金槌ぐらいから始めてみよか?』

 二人で別々の金槌を作っていく。単に金槌と言っても、大きさだけでも大小様々な物が有るし、【noir】の工房にも七種類も有る生産の過程で絶対に必要になる工具の一つだ。



【合金槌】〈特殊効果:作業時間短縮・中〉〈製作ボーナス:耐熱〉※フレイ作


【小金槌】〈特殊効果:失敗を減らす〉〈製作ボーナス:重量軽減・中〉※シュン作



 『やっぱりや。予想通りのものが出来たな。効果にしても、ボーナスにしても市販品には付いてへんものも有るで。やったな、シュンお手柄や』

 武器としても使えそうな形状をしている槌類、武器では無いので当然攻撃力は無い。ハンマー系の武器とは別の工具と言う分野の扱いになっている。その辺の判断はどうなってるんだろうな。いかに工具とは言え、あの合金製の金槌で殴られたら、いくら軽く殴ったとしても僕は死にそうなんですけど…


 『シュン、ボーっとしてる暇なんかあらへんで、次や次。ノコギリとか彫刻刀等の刃物類は、ウチに任せとき』

 刃物類はフレイの方が慣れているので、その事に異論は無いけど、そんなに焦らず、少し落ち着い気を見せて欲しい。そこには異論有りだな。


 『じゃあ、僕は木製の工具や金属工具の持ち手にあたる部分を作るな』

 僕達は作業を分担して作り始めた。


 一つ製作する事が出来たらメニューから全ての種類を二つ同じ物を作っている。合計で三個、【noir】では同時進行で複数人で作業するのも珍しくないし、何事にも予備は必要になるからな。オークションのあとには船や露天風呂の製作も待っているので、質の良い木製の工具も必要になってくるだろう。


 その日から二日掛けて、僕達は僕達が使う全ての工具を新たに製作した。出来上がった工具を、どんどん新しい工具の製作に投入していったので出来上るのも早くなっている。なおかつ性能が良く、使いやすい工具が出来上がっている。


 これを使う事で【noir】は、ますます生産活動に忙しくなりそうだ。

装備

武器

【烈火】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に火属性が追加〉

【霧氷】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に氷属性が追加〉

【雷鳴】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に雷属性が追加〉

【銃弾3】攻撃力+15〈特殊効果:なし〉

【魔銃】攻撃力40〈特殊効果:なし〉

防具

【ノワールシリーズ】防御力105/魔法防御力40

〈特殊効果+製作ボーナス:超耐火/耐水/回避上昇・大/速度上昇・極大/重量軽減・中/命中+10%/跳躍力+20%/着心地向上〉

アクセサリー

【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉

【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉

 +【マガジンホルスター2】防御力5〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉

【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉



《双銃士》Lv41

《魔銃》Lv40《双銃》Lv36《拳》Lv35《速度強化》Lv70《回避強化》Lv73《旋風魔法》Lv25《魔力回復補助》Lv71《付与術》Lv38《付与銃》Lv48《見破》Lv60


サブ

《調合職人》Lv18《鍛冶職人》Lv26《革職人》Lv47《木工職人》Lv16《鞄職人》Lv48《細工職人》Lv23《錬金職人》Lv24《銃製作》Lv30《裁縫》Lv25《機械製作》Lv1《料理》Lv31《造船》Lv1《家事》Lv58


SP 43


称号

〈もたざる者〉〈トラウマ王〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉

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