★第二回公式イベント 4
・第二回公式イベント四日目(最終日) ~アキラ編~
「…う~ん、少し胃が重いかな」
やはり、昨日は少し食べ過ぎたか…胃も少しもたれている気もするし、体も若干鈍く感じる。トリプルオーにログインしたら、この気だるさも少しはマシになるか?でも、体調不良の時にログインした事は無いからな。はたして、どうなるんだろう?
ダメならダメで、軽く身体を動かして消化を促進させる必要は有るかもな。まぁ、どのみちログインしないと分からない事だし、少し早いけど早目にログインするか。
考える事を途中で放棄してログインしてみると、さっきまでは若干の苦痛に思えていた食べ過ぎた感じは全くと言って良いほど綺麗さっぱりと無くなった。
『ははっ、これは本当に快適だ』
トリプルオー最高です!!トリプルオーありがとう。現実でも、この機能が欲しいところです。
身体を動かす必要が無くなり、待ち合わせまでに少し時間も余るので、装備のメンテに取り掛かる。
『マスター、今日は早いですねです。おはようございますです』
『おはよ。ケイトも早いんだな。昨日は、どうだったんだ?』
『Oh~!!アレが噂の日本の墓地エリアでしたです。アレは、とってもとっても怖かったです。デンジャラスです。マスターの言ってた本当の意味が分かりましたです』
昨日有った何かしらの出来事を思い出しただけでガクガクブルブルと震えだすケイト。
分かる、僕にはその気持ちが痛いほど伝わっているぞ。僕もお墓エリアは二度と勘弁願いたいのだから。
『だよな、そうだよな。あれは怖いよな』
考えただけでもテンションが下がるのが分かる。
『それで、今日はどうするんだ?』
『今日が、最終日ですからね。午後から私も参加しますよです。今は生産しながら準備してますです。マスターもですか?です』
『僕も待ち合わせまではメンテと銃弾の補充かな』
あと、時間が合えば、トウリョウさんに風呂についても相談するのも良いかも知れないな。取り敢えず、風呂の件は依頼としてメールだけはしておこうか。
僕は装備のメンテと銃弾の補充も終えて、広場でアキラを待っていた。
イベント中の弾切れの事が有ったので、今回は銃弾を多目に持ち込めるように【マガジンホルスター】にも改良を施してある。さらに、追加の対策として、序盤は【魔銃】を多様して銃弾を温存する予定だ。これだけ事前に準備をしておけば、終盤の弾切れは避けれるだろう。
当然今回のアキラともホームでの待ち合わせを提案したが、即効で拒否され、他の三人と同じ広場での待ち合わせを当たり前のように指定されている。まぁ、僕としてはどこでも良いんだけど、皆は何故ホームでの待ち合わせを嫌がるんだ?
この行為には何かしらの意味が有るのだろうか?僕としては、ホームから一緒に出て広場に着くまでの道程で簡単な相談や今日の編成について打ち合わせをする方が、遥かに効率的だと思うのだけど。
…もしかして、あのホームはギルドの皆に嫌われてるのか?いやいや、それは無いよな。あんなに広くて便利なのだから。
『…無い…無いよね』
でも、万が一と言う事も…
『お待たせシュン。それで、何が無いの?何かなくしたの?』
『い…や、それは大丈夫…と言うか。あのさ、一昨日のケイトに対しても同じ事を言ったんだけど、そんな軽装で良いのか?まぁ、その、なんだ。とってもアキラに似合ってるし、可愛いと思うんだけど…防具的には大丈夫なのか?って思ってな』
アキラを見た瞬間、今まで悩まされていた僕の不安が一瞬で吹き飛んだ。さらに大きな不安に上書きされて…
ケイトの時と同じで、完全に見た目が一般的な洋服にしか見えない装備をしている。ケイトと大きく違うのは、ホットパンツ?だったかな…太股がモロに出ていて、目のやり場に困るところだな。特にアキラの場合は足が細くてスラリと長いから、余計に…な。
『本当?あ、ありがとう。でもね、これも動き易くて防御力的にも良いんだよ』
そう言ったアキラは軽く身体を動かして見せる。
うん、うん。一昨日のアキラ作の洋服を着たケイトも同じ事を言ってたから、そう言うと思ってはいたよ。でも、僕が言いたいのはそう言う事ではないんだよ。まぁ、本人が楽しそうだし納得しているなら、服装的に動き易そうなので僕としては別に良いんだけど…
でも、本当に良いんですか?他のプレイヤーの皆さんの目を集めてるみたいですけど。本当に後悔しませんか?
『…まぁ、最終日だからな。楽しむか』
半分以上諦めた僕は、アキラと二人で転送ゲートから転送して行く。
運営様、今日も幽霊以外のイベントでお願いします。他の様々な事は諦めますので、これだけは本当にお願いします。
僕達が、転送された先は…
『ここは何かの建造物エリアになるのかな?肝試しの定番的な廃病院?』
『う~ん、どうだろう?』
確かに、どうみてもコンクリート仕立ての建物の中にいるようだけど、剥き出しのコンクリートを見ると病院っぽくは見えない。どちらかと言うと、コンクリート打ちっぱなしの古びたデザイナーズマンションの方が雰囲気的には近い気もする。
それに、古びたと言うよりも、ところどころに苔が生えていて壁も半壊と言って過言ではない程度に大きな穴がポッカリと開いているので、廃棄されてからそれなりの時間は経っている設定だろう。半壊した壁の小さな隙間から青空が見えるところを踏まえて推測すると完全な日中。つまりは、幽霊が出そうな気配はないと言う事だ。場所がどこと言うよりも、それだけで僕はホッと一息つくことが出来た。
マジでそこは良かったです。ありがとう、運営様。本当に感謝しても感謝しきれないです。
『あっ!シュン、今回の指令書はタブレットみたいだよ』
僕が辺りの確認をしている間に、タブレットを見付けたアキラが近付いてきた。
指令
不死なるモノの蔓延る廃墟から脱出しろ
『これに書いてある不死なるモノって…やっぱり、ゾンビとかが定番なのかな?』
そう言ったアキラの顔が若干青ざめて引き吊っている。僕が幽霊が苦手なように、アキラは気持ちの悪いホラー系が苦手らしいな。まぁ、僕も幽霊ほど苦手ではないだけで得意と言う訳ではない。ホラー系の映画も好んで見ないし。
『そうだね。考えられるのは、西洋系代表やアジア系代表…あと指令に書いて有るモノがわざわざカタカナで書かれているところを見ると、アンデットの人間だけじゃなくて、アンデット系の動物や魔物とかも普通に有りそうだよな。まぁ、大雑把に言うとそんなところだろうけど、指令に廃墟から脱出って書いて有るから、一応これは脱出系になるんだろうな』
まぁ、大きく分類するなら、肝試しのほとんどは脱出系のゲームになるんだろうけどな。そこは気持ちの問題だ。
それよりも、指令に不死って普通に書いて有るけど、今持っている普通の武器でも倒せるのか?それとも、廃墟の中に専用の武器でも有るのか?
まさか…完全な無敵と言う事は、いくらなんでも無いよな。でも、トリプルオーの運営さんの性格の悪さは侮れないからな。完全に否定しきれない。
もし、倒せない設定だとすると、逃げる事と隠れるてやり過ごす事がメインになると思うけど、逃げる事はともかく、隠れてやり過ごす事はつらい気がするな。指令にも廃墟から脱出と親切丁寧に最初から書いて有るのも不吉な事を暗示してそうで不安だ。もしかすると、もしかするのかも…一応、その場合の対策も頭の片隅には置いておくか。
『取り敢えず、念の為に会話はパーティーチャットでするようにして、出来るだけ音を立てない方が良いかもな。今日は僕が先頭を行くから、アキラは後方で《探索》スキルをフル活用して欲しい』
不死なるモノが、音を判別して聞き分ける事が出来るかどうかは分からないけど、経験から言って聴覚感知系の魔物は確実に存在するはずだ。念には念を入れて注意を払っておいた方が良いだろうな。どんな細かい事に対しても…
不死なるモノが僕達の想像通りのモノなら、その多くは火属性に弱いかな?と言う判断も有り、僕は右手に【烈火】を装備しなおす。左手には、すでに銃弾節約の事も考えていつも通り【魔銃】を装備している。
『そうか、なるほどな。どうやら今僕達がいるの場所はこの廃墟の四階で、ここが廃墟の最上階のようだぞ』
半壊した壁に出来た穴から、外の状況が分かった。しかも、ここは…
『うん、そうだね。しかも、この廃墟って、どこかの学校みたいだね。それと、今いる階しか詳しい事は分からないみたいだけど、タブレットに新しく位置情報が表示されているよ』
なんと、ご丁寧な事に支給されたタブレットには地図機能が付いていた。これは嬉しい仕様だな。
多分、この中心で赤く点滅してる二つの点が僕と晶なのだろう。ご丁寧な事に、下の階の情報は下の階に行かないと何も分からない仕様らしい。はっきり言って、このご丁寧は余分だ。その他で分かっているのは…
『脱出する方法を大きく分けると、一階に一つだけ有る昇降口に行くか、この二階に設置されている渡り廊下から体育館に行ってそこから外へと脱出するかの二択みたいだな』
この部屋壊れていない窓で確かめてみたけど、窓は開ける事は出来ないし壊す事も出来なかった。ポッカリと開いた穴も外を見る事は出来ても、その隙間から手を出す事すら出来ない。つまりは、初期の設定から全く動かせないと言う事だ。こうなると正規の出口から脱出する方法しか無いのだろう。アキラは、黙って僕の作戦を聞いて頷いている。
『そろそろ、落ち着いたか?アキラは僕が何が有っても護るから、そこは安心して。それに、この前もケイトと一緒に失敗してるから、あまりにも嫌だったら、ここでリタイアでも大丈夫だよ』
『大丈夫。頑張るよ。まだ、出てくるモノがゾンビに決まってないしね』
そう言いつつもアキラは、十中八九ゾンビを確信しているらしい。そして、今の発言で僕の予想通りゾンビが苦手な事も肯定してるよ。まぁ、今回は僕がカバーすれば良いだけなのだけど。
〔『それなら、そろそろ行こうか。アキラ、近くに魔物の反応は有るか?』〕
念の為に、ここからの会話をパーティーチャットに切り換え、アキラと僕に〈速度増大〉と〈回避増大〉も掛けておく。
〔『ちょっと待ってね。えっ~と、この階はそんなに広くないみたいだし、階段を降りるまで魔物との遭遇の方は大丈夫そうかな。ただ、《探索》スキルがまともに機能しているかは微妙な感じかも』〕
〔『了解。まずは、階段を目指すか』〕
スタート地点の部屋を出ると、アキラの《探索》スキル通りに魔物の姿は見えない。アキラの《探索》スキルに反応が無い事を確かめて、一気に階段までの道程を進んでいく。多分、《探索》系のスキルが無かったら、この道程でも苦労していただろう。そんなに広くないと言っても、それくらいには広い校舎だ。
〔『シュン、ストップ。階段下に一体いるよ』〕
アキラがいきなり僕を引き留めた。
僕は、階段の影に隠れながら下の階を確認してみた。確かに、一体いる…見た目からすると昔の映画で見たキョンシーか?黒い男性用の中華服?らしいものも着てるし。
でも、流石に学校を徘徊する設定には、不相応と言うか不釣り合いな魔物だな。まぁ、僕達としては《探索》系のスキルが充分に機能している事が判って良かっんだけどな。
〔『アキラ、キョンシーの近くに、他に魔物はいるか?』〕
〔『えっ~と…多分、大丈夫。近くに他の魔物はいないみたい』〕
〔『了解。僕の《見破》と〈ウインドミスト〉も効果が有るのか偵察を兼ねて少し確かめてくる。それと、本当に物理で倒せるのかどうかも、ついでに検証してくるわ。アキラは《探索》スキルで周囲を警戒して、何か変化があったら連絡してくれ』〕
〔『うん、分かった。シュンも気を付けてね』〕
僕は、こっそりキョンシーの背後に忍び寄り〈ウインドミスト〉と〈零距離射撃〉を繰り出した。
うん。これなら大丈夫そうだな。
そこには、確かな手応えが有り、キョンシーのHPを減ら事に成功する。〈ウインドミスト〉と〈零距離射撃〉が効いているのも《見破》で確認出来た。
最も確認したかった事を確認する事が出来たので、この死にかけ?の不死なるモノに用は無い。相手の間合いに気を付けながら【魔銃】の連射でトドメを刺した。
〔『アキラ、全てOKだ。階段の下まで来てくれ』〕
周囲を警戒しながら呼び出したアキラが降りてくるのを僕は待つ。
降りてきたアキラと共に近くに有った3ーEの教室に入り、再び地図を確認した。残念ながら、今使っていた階段は二階と三階の間で半壊しており、二階より下へと続いていなかったからだ。まぁ、流石にそんな楽はさせてくれないよね。ゲームなのだから…
〔『えっ~と、次は反対側の階段を目指すから、この教室を出て左側か…魔物は?』〕
〔『地図のこの辺りかな。今から進む予定の階段…渡り廊下を渡った先付近に三体が固まって行動してる。それと、ちょっと離れたこの場所にもう一体。階段の下の事までは、ここからではちょっと分からないかな』〕
それで充分な情報量だと思う。
僕は、ここから次の階段を降りるまでに遭遇しそうな魔物の位置を教えて貰った。この場合、次に取れる作戦は…
〔『まず、この先に見えたキョンシーは視覚でしかプレイヤーを認識出来ないタイプの魔物だから、〈ウインドミスト〉を使って強制的に視覚を奪う』〕
さっきの戦闘の経験から、キョンシーが直線的でなおかつ、規則的な動きしかし出来ない事も分かっている。なので、視覚さえ奪えば、回避主体の僕とアキラにとっては特に危険は無いだろう
〔『その勢いのまま、三体のキョンシーの内一体を僕が先制して倒すから、残りの二体を二人で倒そうか。そのあとで、念の為に僕が離れた場所にいる一体を倒しに行くから、その間にアキラは下の階の情報…いや、上の階の情報も一緒に《探索》で確認して欲しい』〕
〔『上の階?』〕
〔『あぁ、下に降りる最中に後ろから襲われたくないから、念の為にな』〕
こう言う状況では多分、階段等…つまりは逃げ道が少ない場所で前後を挟まれたら、それまでをどんなに優位に進めたきたとしたも、一気に状況が逆転する可能性がある。そう言う可能性は出来るだけ避けた方が良いだろう。二人しかいない現状なら、特に…
〔『なるほどね。うん。了解、分かったよ』〕
〔『じゃあ、僕は行くよ』〕
3ーEの教室を飛び出して、〈ウインドミスト〉の詠唱と共に、〈必跳弾〉の射撃で先頭にいたキョンシーを攻撃する。近付いた瞬間に、キョンシーのがら空きの脇腹を目掛けて〈零距離射撃〉を放ち、速攻で一体のキョンシーを葬った。さらに、こちらに近付いてくるキョンシーに対してアキラが扇の火属性アーツ〈緋火扇〉での迎撃が入り、僕も【烈火】と【魔銃】の連射で止めを刺していく。
〔『アキラ、頼んだ』〕
アキラに確認を任せて、僕は離れた場所にいる一体を狩りに行く。
僕が背後からの不意討ちからの連射で倒し、階段付近に戻った時には《探索》は終わっていた。
〔『階段を降りた先には魔物の気配は無いみたい』〕
〔『じゃあ、先に降りて周辺の確認と近くの教室を確保するから、僕が呼んだら降りてきてね』〕
僕は、また周囲を警戒しながら階段を降りる。降りた先には2ーAの教室が有った。まずは安全地帯の確保が先決だ…
〔『ちっ!!』〕
ついにゾンビが現れたか…
〔『アキラ、降りた先の教室の中にゾンビが一体いた。今から倒す、少しだけ待っててくれ』〕
ここでは、あえてゾンビの名前は出さない。
同じアキラに説明するにしても、この場所を確保して落ち着いてからの方が良いと思ったからだ。
僕は、そんなパーティーチャットしながらも、すでに射撃は繰り出してゾンビとの戦闘を始めていた。相手がキョンシー同様に視覚でしか物を感知する事が出来ない事も、すでに《見破》で確認している。そして、僕の貧弱な物理攻撃でもダメージは出る。
うん。これも全く問題は無さそうだな。
また例の如く〈ウインドミスト〉からの〈零距離射撃〉のコンボで倒す。視覚でしか感知する事が出来ない魔物相手には鉄板過ぎるな…と言うか、《探索》系のスキルを持っていないプレイヤー相手のPVPでも使えそうな戦術だよな。題して…暗中模索。
〔『アキラ、もうOKだ。2ーAに来てくれ。階段を降りて右側だ』〕
僕は、教室の入口付近でアキラが来るのを警戒しながら待つ。
〔『お待たせ。それで、次はどうするの?近くに魔物はいないみたいだよ』〕
問題は、2ーAからだろうな…地図を見る限りでは進行ルートのところどころの廊下に穴が空いているからな。最短距離で次の階段には進めそうもない。
ちなみに、やっぱりと言うか、お約束と言うか、今降りてきた階段も下の階は勿論、上の階にも繋がっていなかった。
〔『遠回りして次の階段目指すか、渡り廊下から体育館に行くか…アキラは、どっちが良いいと思う?』〕
〔『そうだね…何となくだけど、この体育館は避けたいよね。あまり良い予感はしないから』〕
確かに、逃げた先の広い場所に大量の魔物が待ちかまえているのはゾンビ映画等でも定番中の定番で、十分に有り得る話だよな。
〔『じゃあ、取り敢えず、遠回りして反対側の階段目指してみるか。まずは、ここ。この階段手前にある調理室を目指そうか』〕
〔『うん。この途中までは魔物に遭遇せずに進めるかも。階段付近と調理室は、ここからではちょっと分からないな…』〕
〔『了解。ここも僕が先頭で進むから、後ろから《探索》ヨロシク!』〕
僕達は充分に警戒しながら教室を出て、調理室の方向へと進んでいく。アキラの《探索》スキルを駆使して、遠回りをしながらも徘徊しているゾンビに全く遭遇しないルートを選択し、調理室まで辿り着く事が出来た。
〔『アキラ、大丈夫か?疲れてないか?』〕
〔『うん。まだ平気かな』〕
その言葉とは裏腹に、疲労を隠しきれていないアキラ。
僕達は、階段の途中と階段の下に魔物がいるみたいなので、今は調理室で休憩しながら、消耗したMPや疲れた精神を回復していた。どちらかと言うと、前者よりも後者の方の消耗が激しい。まぁ、仕方がない事だと思うけどな。
このあとの作戦には、二人で一気に昇降口へと突破する事を選んだ。アキラは口では平気と言っているけど、かなり疲れているように見えるし、僕にはスキルの恩恵で分かってもいる。
出来る事なら、この場で少しでも落ち着けるように紅茶とか差し入れして、気分転換をはかりたいのだけど…こう言う時に、アイテムの持ち込みが出来ない事が悔やまれるな。
〔『シュン、そろそろ行こうか。本当に悪いんだけど、また先頭はお願いしても良いかな?』〕
〔『当たり前だ。アキラを護ると約束したからには、それくらいはさせてもらうぞ』〕
改めて答えるまでもなく、当然の事だ。これは紳士的な行為からくるものではなく、フレイにしてもらった事を他の人へと返している…云わば、普通の事だからな。
簡単に言うと、先輩にしてもらった事を後輩へと返す…この事を教えてくれた人には二度と会えないだろうけど、この教えは守っていきたいものだ。
調理室をあとにして階段途中のゾンビに〈ウインドミスト〉を放ち、アキラと僕のアーツのコンボで瞬殺する。そして、素早く一階を目指…
〔『げっ!!アキラ、ストップだ。下に魔物がいる。今度は新種、ミイラが二体だ』〕
運営さんは、一体何種類の不死なるモノを用意してるのだろう…ネタが豊富と言うか、何と言うか…はっきり言ってマジで面倒くさい。
…と言うか、ミイラって死者の身体を保存する為に乾燥させた物じゃなかったか?一度は完全に死んだ身なので、定義的には不死なるモノでは無いよな。まぁ、何が出てきても僕のやることに代わりは無いのだけど。
〔『昇降口までには多くても三体。この場合は、一気に出口まで駆け抜けた方が良いのかも』〕
下にいるミイラ二体を合わせても、遭遇する可能性の有る魔物の数は三体か…
〔『了解だ。それなら、アキラが先に出口に向かって。背後への牽制は僕に任せろ。僕も〈必跳弾〉で援護しながら追いかける。じゃあ、三秒前から行くぞ…3・2・1・Go!!』〕
アキラから出るかも知れない反対の意見を言わせないように、すぐに作戦を実行へと移す。
当然、前もって〈速度増大〉を掛けて有るのだが、アキラは流石は《盗賊》と言うところを見せ付けて、一瞬で階段下にいた二体ミイラの横を駆け抜けて置き去りにした。僕もそのあとを〈必跳弾〉を絡めた射撃をしながら追走する。ここはミイラを倒す事よりも、まずは安全をキープする事が先決だろう。廃校を出れば、僕達の勝ちなのだから…
〔『シュン、ダメ。この扉、鍵が掛かってる。何か特殊な鍵が必要みたい』〕
僕が遅ればせながら昇降口に辿り着いくと、最初に着いていたアキラが拳よりも大きな錠前を背中に向けて、辺りを懸命に探していた。その一瞬で全てを悟る。
〔『マジか!?』〕
おいおい、ここまで来たのに…嘘だろ。
僕達が出口への扉でもたついている間に引き離したミイラ達も追い付いてきた。
〔『クッ、仕方が無い。こっちからくる二体は僕に任せて。それまで、アキラはそっちから来てる一体の時間を稼いで、お願い』〕
僕は、両手に握る銃で交互に射撃を繰り返していく。完全に安全だと思われる間合いをキープしながら、正確に急所だけを狙い撃つ。ミイラからも包帯?らしき物を伸ばした変則的な攻撃をしてくるが、変則的な動きが特徴なだけで攻撃速度が遅いので当たる気はしない。しかも、その包帯も【烈火】からの射撃を喰らえば燃えている。全く問題にならない魔物だな。
あっさりと二体のミイラとその後ろから来ていたゾンビを片付けた僕は…
〔『アキラ、今から行く、もう少し待っ…』〕
〔『大丈夫、こっちも終わったよ』〕
〔『お、おぉ…そうか。良かった』〕
僕が行くまでもなかったらしい。よくよく考えれば、今回は怖さが先行していただけで、僕よりもアキラの方が強いのだから、当たり前の結果なんだよな。
〔『そこの近くに有る保健室で合流しよ』〕
僕のいる場所の近くに保健室が有る。中を確認するが魔物はいない。ここでもまた入口付近で警戒を続けながら、僕はアキラを保健室へと受け入れた。
〔『お疲れ様。それと、読みが甘かった。ゴメンな』〕
〔『ううん、あそこに鍵が掛かったのはタブレットでは分からないからね。仕方が無いよ。でも、やっぱりと言うか、この体育館には行かなきゃダメみたいだね』〕
その事実を改めて突き付けられて、二人共にうんざりしているのだが、それしかここからの脱出方法は無いのだろう。
この廃墟の中から小さな鍵を一つ探せとか言われたなら、広大な砂漠の中でオアシスを探すようなもので、ほぼリタイア確実だからな。まぁ、扉の鍵は一つとは限らないし、ダミーの鍵が用意されていないとも限らないから、確率までは分からないんだけど…
〔『…まぁ、一階からも体育館には行けるようになっているみたいだし、行くしかないんだろうな』〕
〔『今なら、このルートを通ると魔物に会わずに体育館には行けそうだよ。他のルートは最低二体は魔物がいる感じ』〕
《探索》結果を聞いて、妙に体育館へと僕達が誘われている気がする。まぁ、悩んでいても、他の選択肢は思い付かないのだけどな。
〔『それなら、さっさと行くか。その前に〈防御力増大〉と〈魔法防御力増大〉と〈攻撃力増大〉を追加だ。これくらいは、準備した方が良いだろ』〕
追加でアキラに《付与術》を掛ける。まだ〈速度増大〉と〈回避増大〉の効果は残っているし、これだけパワーアップしておけば、これから起こるであろう何かしらの状況に対しても最低限の対処は出来るだろう。
僕達は、素早く体育館前に移動した。
僅かに開いていた扉の隙間から中を確認するが、誰(魔物を含む)もいないようだ。アキラの《探索》スキルにも反応無しだ。恐る恐る二人で中に入るが、イベントは起こらない…
はっきり言って、怪しすぎる。静かすぎる事も逆に不安でしかない。
〔『シュン!あそこ見て、ステージの上』〕
それに気付いたのは、考え事に集中していた僕よりも、辺りを確認していたアキラの方が早かった。そのアキラに呼ばれる。
ステージの方を見ると、あからさまに罠だと分かるような台座と、その上にこれみよがしに昇降口の扉の鍵と書かれた鍵が置いて有るのが見える。これまた、御丁寧な事に体育館の入口にいた僕からも一目で分かるようにして…罠感が半端無いよな。
〔『多分、あの鍵を取ったら何か有るよな…』〕
〔『うん。きっと有るよね…』〕
二人揃って、長い溜め息を漏らした。
鍵を取れば何かのイベントが起こる事が分かっているのに、取らないと先に進まないと言う事も分かっているとか…地味に嫌過ぎる。例えるなら、開かない扉、回避できない罠と言った感じか?
〔『シュンは大量の魔物が現れる…通称モンスターボックスか強力なボスが現れるの二択ならどっちだと思う?』〕
パターンとしては、アキラが提示した二つがメジャーなんだろうな。あと考えられるのは、鍵を取るとまだ見ぬ地下へと落下する落とし穴パターンや上から落ちてくる檻に閉じ込められるパターンが王道なのだけど、体育館の真下に地下が無い事は《探索》と《見破》の結果から判っているし、上に檻が仕込まれていない事も分かっている。
〔『どっちになっても、この場からは逃げよう(まぁ、簡単に逃げれるかどうかは分からないけど)…取り敢えず、アキラは体育館の出口を確保しておいて、あの鍵は僕が取って来るよ。もし、大量の魔物が出た場合はすぐ逃げて、ボスが出てきたパターンだったら僕が出口に近付くまで《扇》スキルでボスを牽制してくれないか?それと…これは、あまり考えたく無いけど、鍵を取ったと同時に体育館エリアが別のエリアに隔離されたら、全てを諦めて戦おうか』〕
当然だけど、全てと言う言葉の中にはイベントのクリアは勿論、リタイアや最悪の場合は死に戻る事も含んでいる。
改めて銃を両手に構え、付け焼き刃にしかならないだろうけど、〈ウインドシールド〉も掛ける。アキラの方は出口付近で【東白星】を構えて、すでにスタンバイをおえている。
よしっ、準備は整ったな。
〔『ふ~~~~。じゃあ、取るよ』〕
ゆっくりと長く息を吐いたあと、鍵を取る…が、何も起こらない。うん?何故だ?
一度、鍵を戻す…何も起こらない。それで、もう一度、鍵を取る…体育館が隔離された訳でも、魔物が溢れ出してきた訳でも、体育館の中にボスが現れた気配も無い。
〔『『はい!?』』〕
僕とアキラは二人揃って首を傾げた。
戻して取ってを何度繰り返しても何の変化もない。バグなのか?それとも、この鍵はダミーなのか?前者なら僕達にとっては都合が良いので文句はない。後者なら、この広い校舎の中を再び探すとなると気が滅入る。
どっちになったとしても、読みは大きく外れたらしい。はっきり言って、拍子抜けもいいとこだし、僕達の覚悟も返して欲しい。あれだけ饒舌に作戦を語っていた数分前の僕が逆に物凄く恥ずかしいのだから…
『シュン、一階全体を徘徊してた魔物の気配も消えたみたいだよ。さっさと昇降口に行こ』
おっ、魔物の気配が消えたのなら、前者だったか?
『一気にやる気が抜けたな』
魔物の気配が消えたのなら、同時にここまでお世話になったパーティーチャットとのお別れを示す。また、よろしくお願いします。
二人揃って昇降口に行き、手に入れた鍵で錠前に差し込む。何の問題もなくカチリと音を立てて、錠前が外れた。
『『あ~~!!そう言う事か』』
僕達は扉を開けたと同時に全てを悟った。だって、あんなに分かりやすい存在は他には存在しないのだから。
扉の外には大きな魔物。一目見ただけで異様な存在感を示す、推定ボスが待ち構えていた。
今まで僕達が攻略していたこの廃墟は、どこかの学校だ。保健室や教室、立ち入らなかったけど音楽室等の特殊な教室も有ったので、これは間違えようは無い。
つまり…だ。校舎の外には、ほぼ全ての学校に絶対と言って良いほど備わっている校庭と言う敷地が残っている。どうやら、体育館で何もイベントが起きなかったのはバグ等ではなく、最初からそう言う仕様だったみたいだな。上げて落とすとか、微妙にいやらしいよな。
ちなみに、スタート地点の部屋や途中立ち寄った教室からは、校庭が見えなかった為に全くボスの存在に気付きもしなかった。タブレット上の地図には、最初から校庭の隅々までがしっかりと描かれていたんだけど。すみません、それは完全に見落としてました。
まぁ、体育館で鍵を取ったから、ボスが現れた説も有るけど、今となってはどちらだったとしても大差はない。まぁ、そんな事よりも見付けた鍵がダミーでは無いと言う事実は、再びあの広い校舎を探しにいかなくても良いと言う事に繋がるので、それだけで僕は幸せになれるな。
『あれはスフィンクス?かな』
ミイラにスフィンクスか…一階はエジプトっぽい仕様なのかな。でも、あれも不死なるモノに入るのだろうか?
『…今、《見破》で確認したんだけど、アレはスフィンクスならぬ不死ィンクスらしいぞ』
まぁ、本物のスフィンクスと同様に単一色で表現されているので、よく確認しないと分からないけど、脚の節々に微妙に包帯が巻かれている。ちょっと芸が細かいな。
名前にしても、これは運営のこだわりなのか?それとも無理やり語呂を合わせただけか?もしくは何かしらのネタ…ネタなのか?一体どれが正解なんだろうな。三番目の答えが正解してそうで妙な不安が尽きないな。まぁ、今はそれよりも…
『アキラは遠距離で弓と扇で援護を頼む。僕は近距離で射撃する。どう考えてもイベント的には最後だと思うし、頑張ろうか』
僕はぎこちないながらもアキラに向かって微笑んでから、不死ィンクスの足下へ駆け出した。
『分かった。シュンも気を付けてね』
さてと…取り敢えず、アキラには援護を頼んだけど、マジでどうしようか。今の今なので、マジでノープランです。
まぁ、まずはいつも通りに…と。僕は思い付いた事を素直に行動へと移す。まずは、射撃での先制攻撃で不死ィンクスの注意を僕に引き付け、僕とアキラの二人共との距離を保ちながら《見破》で不死ィンクスのステータスを確認する。
攻撃力は高目、速度と防御力は普通、HPは思ったよりも高くないな。それよりも大事な事は…
『よし!!アキラ、普通にダメージは通るぞ。頭が急所で風属性に弱い』
分かった情報を即座に共有しなければ、二人だけでこの巨大で強大なボスと戦えはしないだろう。僕も右手に握られていた、不死なるモノに対して大活躍だった【烈火】を不死ィンクスと相性の良さそうな【疾風】へと持ち替える。
『了解。じゃあ、行きま~す。〈翠風扇〉』
アキラの放ったアーツは、不死ィンクスの頭にクリティカルヒットした。やはり、弱点への弱点属性での攻撃はダメージの通りも良さそうだな。
『オマケだ!!〈トライアングル〉』
【疾風】と【魔銃】による三点バーストショットを繰り出す。弱点箇所への追撃も成功した。初めて使ったけど、このアーツは使い易いな。〈零距離射撃〉みたいに、接近しなければならないと言うリスクも無いみたいだし、何よりも応用が利きそうなところが僕向きで良い。
今の一連の攻撃でHPも3%(その内、アキラが8割で僕が2割)くらいは削れている。単純計算でも、これをあと三十四回…気が滅入りそうだけど、逆に言うとその程度のHPしかないとも言える。不死ィンクスの大きさの割には絶対的に少ない。僕達にとって、これは数少ない勝機だろう。
攻撃直後の僅かな隙に、不死ィンクスからの攻撃が放たれる。
『おっと、おっとっと、危ない、危ない』
僕は、不意に出た言葉とは裏腹に余裕を持って回避した。
不死ィンクスの主な攻撃は、前脚を使った直接物理攻撃の連続だ。一発一発は大した事なくても、一発喰らえば数発は連続で喰らいそう強力なコンボタイプの攻撃だけど、速度はそこまで早くない。間合い自体に入らなければ全く怖く無い攻撃だろう。
その他にも、たまに身体のあらゆる場所からランダムで岩石も飛ばしてくる攻撃やその場で身体をぐるりと一周回転させる攻撃も有る。こちらは逆に威力は低いけど、射程が広かったり、技を放つタイミングが見破り難かったりと、ある意味で特徴的な攻撃だな。技の動き事態も速いので避けるのには苦労している。紙装甲の僕からすれば、低威力と言っても一発が脅威になると言う事に違いはないのだから。
『悪い、ちょっと油断した。アキラ、僕はアキラのタイミングに攻撃を合わせる』
バックステップとサイドステップを織り交ぜて、回避を続ける。回避しながらも【魔銃】を〈チャージ〉している。この〈チャージ〉も僕の中では便利なアーツの一つだ。
相手の動きを調節する為の牽制と完全に当てる為の攻撃、その時々で威力の調節が出来るようになった事で、確実に無駄撃ちも減っているし、MP残量が格段に違う。
『分かった。私の方は自由にやるよ。追撃は任せるからね』
アキラはそう言うと、立ち位置を微調整しながら〈翠風扇〉での攻撃を繰り返していく。僕も、アキラの攻撃に合わせて【疾風】での射撃と〈チャージ〉した【魔銃】の一撃を放っていく。
不死ィンクスに変化があったのは、HPの残りが二割を切った時だった。
『なっ…』
不死ィンクスの体が縦に真っ二つに割れて、中から…
『は、速い…くっ、〈回避低減〉と〈速度低減〉』
一回り以上は確実に小さい不死ィンクスJr.(小さくなっても、名称的には不死ィンクスのまま変わらなかったので勝手に命名)が現れた。
この不死ィンクスJr.は、速度が今までと比べても段違いに速い。《付与術》を使って低減させてはいるのだけど…それでもかなり早い。
『アキラ、狙えるか?』
『ここからだと、ちょっと無理かも。今度は私が援護にまわるよ』
現に先程までとは違い、少し離れた位置にいるアキラからの必中系のアーツを持たない攻撃では、不死ィンクスJr.に届くまでに余裕を持って回避されている。
『了解だ』
アキラに援護を任せて、必中系のアーツを繰り出していく。【魔銃】で放つ〈チャージ〉からの〈必射〉、【疾風】での〈必跳弾〉を。
しかし、相手の速度はこちら側の速度を完全に上回っていた。通常の攻撃では当たらない。しかも、アキラの攻撃は僕が回避する為の行動制限にしかなっていない。接近して戦っている僕の方は、すでに完全な回避は出来ていないのだから。
かろうじて、直撃だけは避けているけど、徐々に僕のHPが削れてきている。はっきり言って、この状況は非常に不味い…だが、逆にチャンスでも有る。不死ィンクスJr.は自分自身の攻撃に耐えきれず、自らもダメージを受けている。多分、不死ィンクスJr.の周りを覆っていた身体はこのダメージを防ぐ効果も有ったのだろう。
こうなってくると完全に部は悪いけど、どっちの体力(気力と根性含む)が最後まで持つかの我慢比べだな。
『うぐっ…』
しまった。
ランダムで飛ばしてくる岩石と同時に繰り出された反転からの不死ィンクスの体当たりを上手く捌ききれずに僕の左手の【魔銃】が吹き飛ばされる。すぐに【霧氷】を取り出したが、弱点ではない氷属性での《銃士》の攻撃ではダメージがほとんど出ない。
しかも、弾の補充には倍の時間が掛かる…が、牽制を兼ねたこの射撃を止める事は出来ない。射撃を止める事が即死に繋がる死活問題なのだから…
『〈紫雷扇〉、〈紫雷扇〉…』
僕が【霧氷】で射撃した場所に対して、アキラが次々と〈紫雷扇〉を放つ。最初は小さかった放電現象も、繰り返し放たれる事で徐々に大きく連鎖が発生していき、不死ィンクスの行動範囲が制限されていく。これを簡易的な檻と言っても過言では無いだろう。
『アキラ、そのまま続けて時間を稼いでくれ』
それだけ伝えた僕はアキラの返事を待たずに、吹き飛ばされた【魔銃】を拾いあげ、短い時間で〈ウインドヒール〉を使い出来るだけ自分のHPを回復させる。不死ィンクスの攻撃をギリギリ一回耐えられるだけのHPが有れば良い。
早く、早く…
HPの回復もそこそこに、僕は再び【魔銃】で〈チャージ〉を始めた。残されている全てのMPを込めるように…
多分、チャンスは一瞬。
〔『アキラ、こっちの準備OKだ。こっちに誘導してくれ』〕
パーティーチャットで、成功しても失敗しても最後になるであろう連絡を入れた。
『うん。いくよ』
アキラから放たれる複数のアーツによって、僕と不死ィンクスを結ぶに一筋の道が出来る。ずっと焦らされ続けていた不死ィンクスは、僕を目掛けて一直線に体当たりを仕掛けてきた。
『念には念を…不死ィンクスJr.、一発だけは貰ってあげるよ。ぐふっ…』
やっぱり、かなり効いたな。不死ィンクスJr.が放つ渾身の一撃は、僕のほぼ全快していたHPを八割以上持っていく。ギリギリまで回復に時間をかけていなかったらアウトだったな。
『…だが、これで終わりだ!!〈トライアングル〉』
アーツからの輝く光と【魔銃】からの魔力による煌めく光が交差していく。
しっかりと弱点の頭部に当てる事の出来た僕の一撃は、一体どれくらいのダメージを叩き出したのだろうか?直撃を喰らった不死ィンクスJr.は全く動かない。
【魔銃】による〈チャージ〉を含める〈トライアングル〉。さらに、【魔銃】単体では全く効果を発揮出来なかった〈零距離射撃〉も、【疾風】から放つアーツを絡ませる事で〈零距離射撃〉の効果も発動しているのだから…
不死ィンクスJr.は光の塵へと変貌した。まぁ、僕の方もボロボロなので、格好良く言えば肉を切らせて骨を断つ状態になるのだろうけど、この場合は肉を切らせ過ぎたようにも感じる。見た目で分かりやすいHP以上に、目で見て分かり難い気力や根性等の精神面で…何が言いたいのかと言うとだ。
僕はもう一歩も動いけないし、仮に動けたとしても動きたくはない。ここは、はっきりと言わせて貰おう。
『シュン、本当に大丈夫なの?って言うか、また私との約束を破って無茶しすぎだよ』
その約束、不死ィンクスJr.戦では完全に頭の中から抜けてたな。だが、今回の無茶は怒られなかったらしい。そこだけは本当に良かったと思う。今の状態での精神攻撃は致命傷です。
『笑顔で大丈夫…と言いたいところだけど、全然ダメだ。指一本すら、まともに動かせない』
あの三重アーツのせいなのか?起き上がる事はおろか、指一本すら動かす事が出来ない。
『そっか…シュン、約束なんだから無理しないでね。でも、あとでお説教は確定だね。覚悟しとくように』
良かったと安全を決め込むのは早かったらしい。アキラさん、声は優しいけど顔が全く笑って無いですよ。僕としては笑顔のアキラさんが良いです。
いや、待てよ。この場合は笑顔でお説教を宣言される方が恐いのではないのか?それを考えるなら、まだマシなのかも知れないな。
『それで、終わったか?』
ほぼ確信は持てる状況だけど、確認は大事だろう。話題の転換も兼ねて…
『うん、終わったみたいだね。報酬の宝箱が二つと転送用のゲートも出てるよ』
今回はクリア出来たみたいだ。そこまでは良かったな。
『アキラ、宝箱二つ共回収してくれ』
僕はまだ動く事が出来ない。出来たら、その回収した宝箱の中身を賄賂として提出する事で説教の方も回避したいところだけど…そんな事は、言い出すのも恐い。
『分かったよ』
アキラが宝箱を開ける。中には…
【アーツの書・必中】〈必中〉と言うアーツを覚えれる
【スキルの書・生産】は生産スキルレベルを10上げれる
やはりと言うか、安定と言うか、このエリアの攻略に便利な【アーツの書】が手に入ったな。
『アキラ、好きな方を選んで良いぞ』
まぁ、どっちを選ぶかは想像出来るけどな。
『じゃあ【アーツの書】の方を貰うね。私、最後の方は攻撃が当たらなかったし…』
うん。アキラなら、そう言うと思ったよ。
『了解しました。あと、お説教を控えている身で本当に言いにくいんだけど…肩を貸してくれないか?まだまともに動けそうもない』
『もう、仕方が無いなぁ』
言葉とは裏腹に少し嬉しそうな顔を必死で隠そうとするアキラ。
『あっ、い、いや、アキラさん、その肩をね、軽く貸してくれるだけ…』
『はい、残念。動けない人からの文句は受付ません』
『は、はい…』
今現在、僕はアキラの背中にいる…つまり、おんぶされている状態だ。同世代の女の子におんぶされると言うのは…はっきり言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。どれくらい恥ずかしいかと言うと、お姫様抱っこよりは微々たる差でマシだと言う程度。
僕は、実に不本意な態勢で転送ゲートから転送されていく。この状態だけは知り合いに見られたくない。
クリアして無事に広場へと戻って来れたのは嬉しい…嬉しいのだけど、多くのプレイヤー達に不必要な注目を浴びてしまった。アキラは全く気にならなかったようだけど、僕は耐えられない。また心が折れそうだよ。
僕達は、そのままの状態で神殿からホームへと転送していった。これは僕たってのお願いだ。少しでも人の目は避けたいのだから。
今はホームに戻って三十分くらい…あの三重アーツを使ってからだと一時間くらいは経ったか?ようやく僕は動けるようになった。
身体を動かせない状態の時に《見破》を使って確認していたけど、極限疲労と言うバットステータスを喰らっていたらしい。まぁ、喰らったと言っても、多分アーツ三つを同時に使った僕自身が大きな原因なんだろうけど…二つを同時に使った時は問題が無かったからと言って、事前にろくなテストもせずに重ね掛けのアーツを使ったのが失敗だったのだろう。
これは反省点として次回に活かしたいところだ。まぁ、次回等は無い方が良いのだけどな。
それと、あの戦闘では新しくアーツも覚えていた。
〈ミスト射撃〉攻撃力×1
〈ウインドミスト〉をかけて射撃する・自動発生/消費MP 10
他の銃スキルでも使用可能/連射可/他のスキルと併用可能
習得条件/〈ウインドミスト〉をかけてから射撃を繰り返す
おぉ~!これは地味だけど、かなり便利になるよな。すでにこのコンボは多用しているので、この一連の動作が一つのアーツになるのはお得だ。それにしても、魔法とアーツも合体するんだな…今度、皆で色々と試しても良いかも知れないな。
『アキラ、紅茶飲む?』
『うん。頂きます』
今は、二人で皆が戻って来るのを待っている状況だ。今回のイベントの打ち上げをする約束をしているからだ。ちなみに、少し前までは看病と言う名目で、動けない僕はアキラのおもちゃにされていた。これで、一応はお説教が無しになったのは嬉しい限りだけど、この間の出来事は墓場の中まで持っていきたい。
僕は紅茶を淹れる為に、カウンターキッチンの中に入った。このカウンターキッチンは僕自身がデザインして、自分の使い易さを極限まで追求した自慢の一品でも有る。
『あっ、えっ、え~~~~~~!?シュ、シュン、その尻尾に掴まっているの何?』
座っていたソファーから、言葉よりも早く飛び退くアキラ。
『へぇっ?…あっ、ほぇっ!?な、何で!?』
何で、この子がここにいるんだ?
僕が振り返ると、そこには尻尾を掴む幽霊の女の子がいた。忘れもしないイベント初日にお墓エリアで出会った幽霊の女の子だ。
この子あの時、お寺で成仏したんじゃなかったのか?…と言うか、お墓エリア専用のイベント用NPCじゃないのか?それよりも、エリアの外に…街に出てきても大丈夫なのだろうか?
『…ついてきちゃった。もふもふ、もふもふ、やわらかさいこうなの』
まぁ、確かに、尻尾のもふもふは僕のお気に入りで手入れは欠かしてないけど…今、そんな話は本当にどうでも良いし、そんな事が知りたい訳でもない。僕から漏れたのは…
『え~~~~』
…の一言。僕は、何がどうなっているのか分からない。理解しようとしても全く頭が回らない。
少しでも自分自身を落ち着かせようと《見破》で確認する。この幽霊の女の子は当然プレイヤーでは無いし、僕が予想していたNPCでも、僕が考えられる残された選択肢の魔物でも無い。
正解は???…ジョブは見た事も聞いた事も無い幽霊と表示されている。何一つ言葉が出ない。
ちなみに、この子には僕に対して好意はあっても悪意等は全く無い。その点だけは安心出来るのか?いや、だからと言って簡単に安心して良いものでは無いよな。
『ふっ~~~~』
僕は一つ大きな深呼吸をした。話をする前に少しは落ち着いかないとダメだろう。
『え~っと、僕はシュンで、彼女はアキラ。ここはギルド【noir】のホームなんだけど…君は?』
『ゆきはゆき』
ゆき…名前だな。そこは《見破》でも確認出来ている。だが、キャラクターネームを決める時に漢字は使えなかったはずだ。それにも関わらず、表示されている名前は雪。やっぱり、これって普通じゃないよな。隣にいるアキラは言葉すら失ってるみたいだからな。
『え~っと、雪ちゃんって呼んでも良いのかな?』
雪ちゃんが頷いたのを確認して、僕は話を続ける。
『雪ちゃんは、あのお墓エリアにいた子で合ってるよね?どうしてここにいるの?』
話を続けながらも僕の尻尾から引き離す。くすぐったくは無いいけど、自分以外の人に触られていたら何か落ち着かないし、握られている場所の毛並みが気になる。それも、僕の苦手な幽霊…考えただけで少し震えてくる。多分、顔は少なからず青白くなっている事だろう。
『あそこ、もうなくなるから…ゆき、ひとりぼっちはもういやなの…』
えっ~と、あそこが無くなると言いうのは、今日でイベントが終わるから、エリアが閉鎖されると言う事かな?確かに、あそこでも寂しそうにしてたから、それは分からなくもないかな。あんな場所だと余計にな…僕には無理だ。
『そっか、ちょっと待っててね』
アキラに僕が知り得た事情を説明する。アキラ自身は、あの場を経験していないので、簡単に納得はしないだろうと高を括っていたけど、アキラは…
『雪ちゃん、この場所にいつも誰かがいる訳じゃないけど、雪ちゃんさえ良ければ、ここにいても良いよ』
すっごい答えが即答で出たな…と言うか、もう膝の上に雪ちゃんを乗せているし、僕よりも仲良くなってようにも見える。
『僕も反対はしないけど。ここにいない仲間が他にもいるからな…まぁ、それは追い追い紹介するよ。それと、一つ質問しても良い?かな。雪ちゃんは、その…誰にでも見る事が出来るのかな?』
他は置いておくにしても、これだけは確認しておかなければならないだろう。
『ゆきはシュンおにいちゃんのまわりのひとにしかみえないよ。ゆきがここにいることができるのも、シュンおにいちゃんのおかげだもの』
これは僕じゃなくてもヤバい。絶対的に苦手なはずの幽霊が相手なのに妙に可愛いと思う。雪ちゃんが相手なら怖いよりも可愛いさの方が勝るかも知れない。
まぁ、今はそれよりも、雪ちゃんが言った僕の周りの人と言うのは、ギルドメンバーの事か?それともフレンドも含まれるのか?アキラはその両方に当たるので、検証にならないからな。
う~ん、仕方が無い。今度、暇なアクアでも呼んで試してみるか。上手くいけば、このイベントに対するアクアへの追い討ちにも使えそうだし。どっちにしても、僕の周りの人に対する範囲が絞れるから、僕が損をする事は無いな。
それと、最後に雪ちゃんが付け加えた僕のお陰と言うのが、少し気になるよな…
『雪ちゃん、僕のお陰って、どう言う事なの?』
『シュンおにいちゃんが、ゆきをたすけてくれたからなの』
僕が助けた…あの時、雪ちゃんを連れて行った事が原因か?何か特殊なイベントなんだろうか…
『シュン、質問はもういいよね。雪ちゃん、雪ちゃんは何が出来るのかな?』
アキラは僕の疑問よりも、雪ちゃん自身に興味津々のようだな。
『ゆきはおそらにうけるよ。ものにふれたりもできるの。あっ、こんなふうにきえることも…』
実際に浮いたり、姿を消したりして僕達に見せる。再び現れた時にはアキラの背中にいた。今度はアキラのモフモフのケモミミを触っていた。よっぽど、モフモフが好きなのだろう。
『でも、たたかったりするのはこわいから、シュンおにいちゃんにみつけてもらうまで、ゆきはひとりぼっちですっごくこわかったの。だから、シュンおにいちゃんありがとうなの』
『そっか、そっか、雪ちゃんは苦労したんだね。そうだ!雪ちゃん、シュンお兄ちゃんが入れた紅茶飲んでみる?』
どこかで見た事の有る久しぶりに孫に会った田舎のお婆ちゃんのようなアキラが雪ちゃんに紅茶を勧めると、雪ちゃんは嬉しそうに受け取り、カップへと口を付ける。今度、雪ちゃん用にもカップを仕入れないといけないな。
『これ、とってもと~ってもおいしいの』
飲むことも普通に出来るみたいだな。これだけ出来るとなると、もうプレイヤーと変わらないよな。少しだけ透けて向こう側が見える事を除けばだけど…他は僕達と同じなのだ。それなら…
『アキラ、あれ…』
『うん。OK!任せて』
あれだけで分かると言う事は、アキラも僕と同じ事を考えていたらしいな。
少しギルドのリビングを外したアキラが、番号の書かれていない真新しい【ノワールの証】を持って再びリビングに戻ってくる。
『雪ちゃん、これは【ノワールの証】と言って、ギルドメンバーの仲間の証なんだよ。これに、こう、ちょいちょいと細工して…はい。これは雪ちゃんの分だからね。このホームは、もう雪ちゃんの家でもあるからね。【noir】の皆が雪ちゃんの新しい家族だよ』
アキラは8番を横書きして∞に変えて雪ちゃんに渡す。8番を渡すとは思っていたけど、8を横に倒して無限にするとは思い付かなかったな。なかなか粋な事をしたと思う。
『ゆきのあたらしいかぞかとおうち…おねえちゃんいいの?ありがとなの。ゆき、とってもたいせつにするの』
アキラが頷くと、雪ちゃんは最大の笑顔を見せてリストバンドを腕輪みたいに腕にはめてみせる。僕達には手首サイズで丁度良かった【ノワールの証】だけど、小さな雪ちゃんにとっては腕輪サイズになるらしい。
しばらくして、ケイトとカゲロウとヒナタの三人が帰ってきた。三人共初めて雪ちゃんを見た時は言葉を失って驚いていたが、幽霊を怖がらない三人はすぐに打ち解けた。雪ちゃんの笑顔はそれだけで無敵だと思う。
それに、【noir】のギルドメンバーは、基本的に人柄が良いからな。まぁ、そんなプレイヤーしか選んでいないからだけど。フレイに至っては、前に一回会っていると言うだけで特に驚きもしなかった。ただ一言だけ、『シュンらしいわ』と笑いながら言っていたのが妙に印象的だった。
だが、この場合、僕はフレイに誉められたのだろうか?それとも…貶されたのだろうか?僕的には誉められたのだと思いたいけどな。
しばらくの間、雪ちゃんの事を他の人には秘密にする事になった。雪ちゃんの事が見えない人に言っても誰も信じてくれないだろうし…雪ちゃんが、このトリプルオーの世界に慣れてきたら、皆で街を散歩するのも楽しいかも知れないな。
装備
武器
【烈火】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に火属性が追加〉
【霧氷】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に氷属性が追加〉
【雷鳴】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に雷属性が追加〉
【銃弾3】攻撃力+15〈特殊効果:なし〉
【魔銃】攻撃力40〈特殊効果:なし〉
防具
【ノワールブレスト】防御力25〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:重量軽減・小〉
【ノワールバングル2】防御力15〈特殊効果:回避上昇・小/耐水〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
【ノワールブーツ】防御力15〈特殊効果:速度上昇・中〉〈製作ボーナス:跳躍力+20%〉
【ノワールクロース】防御力20/魔法防御力15〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:耐火/重量軽減・小〉
【ノワールローブ2】防御力15/魔法防御力20〈特殊効果:回避上昇・中〉〈製作ボーナス:速度上昇・中〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
+【マガジンホルスター2】防御力5〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
《双銃士》Lv41
《魔銃》Lv40《双銃》Lv36《拳》Lv35《速度強化》Lv70《回避強化》Lv73《旋風魔法》Lv25《魔力回復補助》Lv71《付与術》Lv38《付与銃》Lv48《見破》Lv59
サブ
《調合職人》Lv8《鍛冶職人》Lv24《革職人》Lv45《木工職人》Lv12《鞄職人》Lv47《細工職人》Lv20《錬金職人》Lv20《銃製作》Lv30《裁縫》Lv19《機械製作》Lv1《料理》Lv29《家事》Lv56
SP 43
称号
〈もたざる者〉〈トラウマ王〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉




