★第二回公式イベント 3
・第二回公式イベント三日目 ~ケイト編~
さすがにイベント三日目ともなると、率先して参加している誰しもが慣れて来たのだろう。各々が身に付けている装備を見るだけで、このイベントでいかに苦労してきたのが分かるような対抗策を感じる。
僕は待ち合わせ(今日も何故かは分からないけど、昨日と同じように広場での待ち合わせを指定されていた)よりも早めにログインして、広場でプレイヤー達を観察しているのだが、どのプレイヤーもジョブに関係なく、やけに動き易さを重視した軽装備が多い。まぁ、報酬が凄く魅力的なので、多少(控えめに言って…)苦労しても参加しないと言う選択肢を選ぶプレイヤーは少ないんだろうな。
僕は今日も今日とて、肝試しにならないように祈っているのだけど、果たしてどうなる事やら…
ちなみに、僕と同様に肝試しの苦手なアクアは、何の因果か二日連続で肝試し系だったらしい。本当にご愁傷様です。まぁ、僕としては是非とも率先して肝試しを引いて貰いたいものだ。僕が引かない確率を上げる為にも…
『おはようござますです』
『おはよ…』
ケイトの声に振り返って挨拶を返してみたけど…う~ん、困った…困ったぞ。
ケイトのこの格好は完全な突っ込み待ちなのだろうか?フレイと違って、関西系の現実技術の乏しい僕には全く判断が付かない。まぁ、今日のイベントの事を考えると、いくら関西人ではない僕でも全く突っ込み無しでは済ませられないのだけど。
『おい、ケイト、それは流石に軽装備過ぎないか?』
ケイトはかろうじて両手持ちの杖を装備しているけど、防具の方は普通の洋服にしか見えない。市販品では見た事がない代物なので、アキラ辺りが製作した物だと思うけど、動き易さはともかく…
『う~~、私には似合いませんでしたか?です』
『いや、違う。そこは勘違いしないで欲しいんだけど、初めて見た時からケイトの雰囲気にも良く似合っていて可愛いとは思ってる。これは問答無用で間違いは無い。だけどな、このイベントは少ないながらも魔物との戦闘も有るんだぞ。僕としてはケイト防御力の方が心配なんだよ』
僕は次の言葉を紡ぐ寸前のところで、ケイトのテンションが下がるのを感じた。僕の精神は、ある意味で一命を取り留めたのだろう。この気転に対しては自分で自分を褒めてあげたい。
防具全体で統一されたスポーティーな感じと明るめのオレンジ色が、普段から明るいケイトに良く似合っているし、普段の装備とのギャップでより一層可愛くも見える。ついでに言うと、デザイン的にはケイトが今装備している杖…僕の作った【風華水流】とも良く似合っている。それは文句無しに…だ。
『ありがとうございますです。これはアキラに作って貰いましたです。だから、防御力も大丈夫なのです。心配いりませんです』
やっぱり、アキラが作ったのか。でも、いつ用意したんだ?
少なくともイベント開始日以降の話になるよな…でも、これって、そこそこの時間と費用と素材がかかっていると思うのだけど、実際に製作に使えた時間の事を考えるのが怖いくらいには…
念の為に、《見破》を使って防具のステータスだけを確認すると、確かに市販されている革製の鎧以上の防御力は有る。ケイト本人も気に入ってるみたいだし、僕が《付与術》でフォローしたり、警戒を怠らなければ、なんとかなるか?
まぁ、どのみち僕がこのイベントで警戒を怠ると言う失態を侵す事は無いのだから…
『分かったよ。でも、絶対に無理はするなよ』
その言葉に反応して、嬉しそうな表情をしたケイトが隣にやってきた。
『はい、分かりましたです。頑張りますです。今日は私がマスターを守りますです』
いやいやいや、その答えは全然分かってないと同じですよ。僕は危なくなったら逃げろと言ったつもりなんですよ。ケイトさん。
仮に、防具がいつも通りだったのなら、本当に期待させて貰うんだけどな。フレイの時と同じように。
周りにいたプレイヤー達からは『爆破しろ』とか『燃やせ』とかの物騒な言葉が僕を睨む視線を添えて聞こえてきた。それは、大きな勘違いでケイトに対しても凄く失礼な話なので、本当に勘弁して欲しいものだ。
僕はケイトと共に逃げるようにゲートから転送していった。
『…えっ~と、ここは何エリアになるんだ?』
僕達は今、洞窟ダンジョンの【ポルト】側の出口付近に有った広場みたいに大きく開けた場所にいる…みたいだけど、今までとは大きく違っているポイントがここには有った。
ここには僕達以外にも複数組のプレイヤーがいたのだから…
このイベントで、今まではエリア転送後に他のプレイヤーに会った事は無い(ただし、推定NPCの幽霊の女の子を除く)。
そして、これも当然の話だけど、今みたいに出口が無く密閉された空間(円柱形)に閉じ込められた事も無い。
『マスター、これはカゲロウ達が言っていた脱出ゲームではないのかな?と思いますです』
ケイトのワクワクが僕にも伝わってくる。
確かに、カゲロウとヒナタは初日に洞窟エリアで脱出ゲームをしたらしいけど、他のプレイヤー達も参加していた話は聞いてないよな。カゲロウはともかく、しっかり者のヒナタがそんな重要な情報を出さない訳が無い…と言う事は、脱出ゲームとは違うと言う事になるのだけど。
う~ん、謎だな。でも…
『あそこに、知り合いを見付けたから、少し聞いてみるよ』
端の方に最近知り合った【サイク=リング】のギルドマスター、チャリさんがいた。向こうも、こちらに気付いたみたいで、こっちに向かって来ている。色々と手間が省けたかな。
『お久し振りっすね。黒の職人さん』
『チャリさん、これは一体どうなってるんだ?』
普段の僕なら、真っ先に僕の呼び方に注意するところだけど、何回注意してもその都度はぐらかして、黒の職人さんと呼ぶのを止めないので、半ば諦めていたりもする。
まぁ、僕が黒の職人さんと呼ばれて正体がバレる事を望んでいない事も知っているので、人が多い場所や知り合いの全くいない場所では絶対に呼ばないし、それ以外は本当に超が付く程の良い人だなのだ。それくらいの事は特別に許容しても良いかと思えるくらいには。
それに、オークションの説明会以降は頻繁にメールで打合せをしているから、付き合いは短いけど性格等はそれなりに分かってもいるんだよな。
『これっすか?五つのペアがこのエリアに転送されて来るまでは、全ペア待機みたいっすよ。長い人で二十分くらいは待ってるみたいっすね。詳しい内容は、あそこの掲示板は見えるっすか?あれに書いて有るっす。ちなみに、黒の職人さん達で四ペア目っすよ。それと、あっちにいるのが僕のパートナーさんっす。僕共々よろしくお願いするっす』
掲示板の存在とチャリさんがさっきまでいた場所にいる女の子を紹介される。
秘書と紹介された女の子は、僕達と距離が離れていても自分が紹介されたのが分かったのだろう。紹介された女の子は丁寧に頭を下げてきた。説明会の時も見掛けたけど、ギルドのサブマスター兼優秀な秘書らしい。お返しに僕もパートナーを紹介した。
それにしても、チャリさんの話通りなら、五つのペア…プレイヤーが十人必要って事になるんだよな。十人も人数が必要な事って何か有ったか?パーティーの上限なら六人だし、それを二つとなると十二人で二人足りなくなる。有り得そうな可能性としてはスポーツと言うのも有るけど、野球やサッカーは人数的に考えにくい。となると…十人と言う縛りで、手っ取り早く思い付くのは…最近見た事もあってバスケの試合だけど、あれは五人対五人でやる競技で、このイベントでは個々のペアを二つに割る事が出来ないのだから、多分違うよな。
まぁ、ペアを二つに割る事が出来ないだけで、二人が別れて行動する事は可能なので、有り得ない訳でもないのだけど。
『おっ!!最後のペアが転送されて来た見たいっすね。じゃあ、また後程っす』
そろそろ、このイベントが始まるのか?チャリさんもペアの女の子の元に戻っていった。
『えっ~と、そろそろ何か始まるのでしょうか?です』
『チャリさんの言う通りなら、そうなんだろうな』
僕は、イベントの開始よりもイベントの内容の方が気になる。まともなイベントだと良いんだけどな…
〔大変長らくお待たせ致しました。五つのペアの皆さま、只今より脱出ゲームver.Sを開始します。それでは、あちらをご覧下さい、この洞窟エリアに五つの扉を用意致しました〕
運営側からの連絡と共に、先程までは何も無かった壁に1~5の数字が描かれた五つの扉が現れた。本当に無駄に凝った造りだよな。
それにしても、ver.Sねぇ…一体、何パターン有るんだろうか?単純に考えてアルファベットのSなら十九番目、最低でも十九パターン…Zまで有るとすれば二十五パターンか。まぁ、Sについてはそれ以外にも可能性は有るけど、僕の運なら関係のない話だろう。本当に無駄に凝った造りだな。
〔1~5の扉には、各々一つのペアしか入れません。各々の扉の中には別の指令がご用意しております。このエリアは、他の脱出ゲームとは違い、五つのペアが全ての扉で指令を達成しなければクリアになりません。当然、クリア報酬も有りませんのでご注意下さい。最後になりましたが、扉の中の内容や行動は各々のペアで別になりますが、五つのペア10名様で協力しなければクリアする事は出来ないでしょう。それでは、頑張って下さい〕
『…となると、僕達二人だけではクリア出来ないのか…』
ちょっと、困った事になったな。入る扉は別でも協力しなければクリア出来ないと言う事も気になるところだけど…今の内に他のペアに協力を呼び掛けた方が良いのかな?少なくともコールくらいは出来た方が後々便利なんだろうけど…
『あの~、マスター。私達だけになりましたです』
『…そうなんだよな』
どうやら僕がこのあとの展開を考えている間に先に進んだみたいだな。
すでに、僕達以外の他のパーティーは扉を選んで進んでいる。選ばれ終わった扉は消えてしまっているので、どうやっても他のペアと同じ扉を選ぶ事は出来ないらしい。しかも、よりによって縁起の悪い番号が残っている。まぁ、僕が先に選んでいたとしてても4番だけは選らばずに残すのだけどな。
『まぁ、このまま考えてても仕方ないから、僕達も進もうか。ケイトも何が有るか分からないから、僕から離れるなよ』
『分かりましたです。絶対に離れませんです』
名瀬か嬉しそうに僕の横を歩くケイト。今のところで、何かケイトを喜ばせるような要素が有ったのだろうか?これも、ある意味で謎だな。
僕達は二人で警戒しながら、4番の扉の先へと進んだ。進んだ先には、ただ単に真っ直ぐ延びた通路が…そして、十二分に警戒して扉を開けて中に入ったつもりだったが、扉の中に入ると同時に今入ってきた扉自体も無くなってしまっている。
これも、一つのお約束と言えばお約束だし、他のペアが入った扉を見た時に思った通りでも有るのだけど、これで扉を戻る事でのリタイアは出来なくなったらしい。まぁ、僕達は残された選択通りに先へと進むだけなんだけど。
仕方が無く進んだ先の部屋は、何一つ存在しない行き止まりの部屋で、これまた背後に有るはずの僕達が進んできた扉も無くなっている。
何かしらが隠されているのかと二人で部屋の中を汲まなく探してみたけど、僕達では何一つ見付ける事が出来ない。密かに大きな期待で使ってみた《見破》でも、この部屋の中からゴミ一つすら見付ける事が出来ない。
昨日のパターンを参考にして考えてみたけど、この部屋の壁に対しての採掘は出来そうもない。かといって、他の四ペアで唯一の知り合いであるチャリさんにコールしようにも、この部屋自体がコール不可に設定されているようで、ご丁寧な事にメニューからもコールの選択肢が消えている。
やっぱり、選ばされた扉はハズレだったのか?つまり、現時点で僕とケイトには施す術無し状態と言う事だな。
『これは、いきなり詰ん…』
僕が覚悟を決めた言葉を出そうとした瞬間に次の部屋へと続く新しい扉が現れた。これについては、すでに諦めムードの僕とケイトが特に何かをした訳では無いはずだ。
『…では無かったみたいだな』
これは時間経過で開く扉だったのか?心が折れたくらいのタイミングで開くとは少し意地が悪過ぎませんか?運営さん。
『はいてす。マスター、先に進みましょうです』
二人で新しい扉へと進む。今は、そこしか進めるところがないから仕方が無い事だけど。例の如く、真っ直ぐ延びた通路(さっきよりも短い?)の先で、新しい部屋へと入った途端に背後の扉は閉まり、扉が有った事も判らなくなった。だが、今回はさっきまでとは違う。入った部屋には一枚の指令書が用意されていた。
僕は、その指令書を手に取り軽く目を通した。そして、全てを理解する。
『ははっ…そう言う事か』
確かに、これは五つのペアで協力しなければクリア出来ないエリアだろう。と言うか、協力をしないとクリア以前に先へ進む事すら出来そうもない。
『あの~、マスター?』
『僕達は協力と言う言葉に気を取られ過ぎてたみたいだ。確かに、これも見方を変えれば立派な協力になるからな』
僕は、ケイトにも手にした指令書を見せた。
指令1
檻の中の魔物を五体倒せ
クリアすると2ー2の扉と3ー1の扉が開きます
※クリアしても、この部屋の扉は開きません
『なるほど、なるほどです。私も理解しましたです。この指令書通りですと、自分達の指令を達成しても自分達は進めませんです。私達が進むには他のペアの達成待ちをしますです』
おおよそ、その通りなんだろう。まぁ、それだけで終わらない気もするけどな。
『多分、そう言う事だな。確かに、これなら一つのペアがリタイアしただけでクリア出来なくなるよな』
これは、またエグい仕様だよな。しかも、目の前に有る檻の中には明らかに五体以上魔物がいる。
五体を倒せば指令はクリア出来るけど、ここの扉は開かない。扉が開いてから五体の魔物を倒すと言う選択肢も有るけど、この指令がどこのペアの指令とリンクしているか分からないので、これは大きなギャンブルになるよな。仮に五体の魔物を倒す指令を扉が開くまで待つとすると、ここの扉の指令がこの指令をクリアした先に有る指令とリンクしていれば、永久にクリアする事は出来ない。
つまりは、結果としては誰かが扉を開けてくれるまで延々と魔物を倒して待ち続ける選択肢を選ばざるを得ないと言う事か。
『取り敢えず、さっさと五体倒しましょうです』
言葉よりも先にケイトが勝手に檻を開けた。
もう少しで良いので警戒して欲しい…と思いながらも、僕はケイトに〈防御力増大〉を掛けていく。
檻から出た魔物は、目の前にいるケイトを完全に無視して僕を目指して攻撃してくる。まぁ、僕よりも防御力の低いケイトが狙われるよりはマシなんだけど…全部が僕を狙わなくても良くないですかね?
僕は両手の銃を前に突き出して連射を始めた。ここでは、いつもみたいに回避を重視しない。檻の出口に魔物が同時に二体出てくる広さが無いからだ。その為、単純に檻の出口に向かっての連射で事足りる。まぁ、僕の持ってきたマガジンのスペアさえ、次の扉が開くまで保てれば…の話だけどな。
『援護いきますです。〈ウインドカッター〉』
檻の出口付近で渋滞している魔物からは、全くと言って良いほど邪魔をされないので、ケイトの威力を重視した詠唱の長い攻撃魔法が渋滞している背後に控える魔物達にも難なく決まり、一網打尽にしていく。
…う~ん、僕達としては非常に楽だから助かるのだけど、この檻は完全に設計ミスだと思われる。経験値的にも美味しい、まるでカモのような存在だ。
二十二、三体くらい倒した時に檻が閉まり、新しく扉が開いた。誰か分からないけど本当にありがとう。色々と飽きてきたところだったので助かりました。
その代わりと言ってはなんだけど、僕達も次の部屋で頑張るからな。次の部屋では、紙の指令書の代わりにタブレットが用意されていた。
指令2
ランダムで出題される○×クイズを三問連続で答えろ
失敗時にはペナルティーが付きます
クリアすると1ー3の扉と5ー3の扉が開きます
※クリアしても、この部屋の扉は開きません
Q1 トリプルオーの上位属性は光属性と闇属性の二つだけである
『これは×だな』
魔法やアーツの融合を使えるプレイヤーが身内にいる僕達にとっては、間違いようの無い問題だろう。
〔ピ~ンポ~ン!!正解〕
クイズに正解して嬉しいのだけど、何か妙に腹の立つ音声だよな。それに、ピ~ンポ~ンをわざわざ口で言う必要は有るのだろうか?
Q2 港湾の街の名前は【ポルト】である
『当然○だ』
全員で訪れて、一緒にゲート登録もしてある場所なので、【noir】の皆は当然知っている。
〔ピンポポポ、ポ~~ン!!正解~〕
…うん。ここは、我慢だ。あと一問なのだから…まぁ、次を間違えた場合、僕がどうなるかは分からないけどな。
Q3 初代MVPのプレイヤーの通称は【黒の商人さん】である
『私は×を選びますです』
この問題は、本当にランダムでの出題なんだよな?この場を誰かが監視していて、訪れたプレイヤーに合わせて出題しているとかは無いよね?本当に悪意は無いよね…信じるからな、運営さん。
〔ピンポ~ン、ピンポ~ン!!だぁ~~~い、せぇ~い、かぁ~~~~い。【黒の職人さん】本人には、ちょっと簡単過ぎた?〕
『おい、いい加減にしろ!!』
だが、これで三問連続で正解したはずだ。人の気分を逆撫でるのも何かしらの作戦の内なのか?
僕の隣にいるケイトは、音声に対して何も文句は言わなかったけど、いつもにこやかに笑っているケイトが、まるで気絶しているかのような無表情になるくらいには鬱陶しかったよな。
次の問題が出てこないので、また待機になったのだろう。自分の思うようには進めないし、いつまたイベントが進むかも分からないので少しも気が抜けない。それに、若干だけど感情度も下がってるみたいだし…あっ!!さっきの音声は、感情度の減少も狙っていたのか?そうだとすると少々悪質過ぎる気もする。僕個人だけを狙ったピンポイント攻撃は反則だと思う。まぁ、ケイトにも少なからず影響は有ったみたいだけどな。
もしかして、今回の公式イベントでは新しく導入した感情度システムのテストを兼ねているのか?
でも…そう考えると、色々と腑に落ちる事も有る。フレイとの墓場エリアでの肝試しは、僕が取り乱した事も多少は影響しているのだろうけど、あの時も今回のように感情度が下がっていたと考えると、普段以上に僕が幽霊やお墓を怖がった理由も納得出来る気がする。まぁ、感情度抜きにしても怖かったのは怖かったんだけど。普段の僕なら、もう少しは冷静にいられたはずだ(多分…)。
ヒナタとの樹海エリアの時は、今思うとヒナタが少し冷静じゃなかった気もするな。あの時、もう少し詳しく観察しておけば良かったと少し後悔する僕。
まぁ、あの時は皆との約束を守って《見破》使ってなかったから仕方が無い事だろう。それに、女性に対しては観察すると言う行為は男として間違っている気もするからな。そもそもの話、僕には皆との約束を破る気はこれっぽっちも無い。
ただし、だ。これからも自分自身に対しては様々な経過観察の為にも《見破》を使うけどな。
『また、待つですか?です。私は、マスターの淹れてくれる紅茶が恋しくなりましたです』
『おっ、ケイトも気に入ってくれたのか?ありがとな』
紅茶ファンが増えるのは素直に嬉しい。
手持ちぶさたの僕としてもケイトが望むのなら淹れてやりたいけど、アイテムの持ち込みが出来ない状況では無理だ。ホームに戻ったら美味しい紅茶を淹れさせて貰おう、お茶菓子付きで。
あっ、そうだ。そろそろ新しい種類の茶葉でも仕入れて、レパートリーを増やしても良い頃かも知れないな。
『勿論ですよです。もともとはコーヒー派でしたが、今は断然にマスターの淹れる紅茶派になりましたです。マスターの紅茶は美徳してますです。今度、私にも紅茶の淹れ方を教えて下さいです』
『おう、良いぞ』
今のケイトの美徳の使い方は正しいのか?正解のような…間違いのような…
…と言うか、今のケイトのマスターの言い方だと、違う意味合いで聞こえてくるのは僕だけなのだろうか?
『それに、そんなに強いこだわりが紅茶を好きになって貰える事に比べると僕には無いんだよ。まぁ、強いて言うのなら、好きな茶葉を自分好みの濃さに自由に調整する事がポイントかな。僕なら濃いめ、アキラなら少し薄め、とか』
『なるほど、なるほどなのです。凄く勉強になりますです。あっ!!マスター、新しい扉が開きましたです。他の皆さんに感謝しますです』
前から知ってはいたけど、ケイトは感謝が出来る外国人だ。これはこれで、かなりの美徳だと僕は思うけど…やっぱりケイトの呼ぶマスターが喫茶店の主にしか聞こえこない、今日この頃。
そのあとも、僕達は二つの指令と三つ扉を越えた…待機時間もケイトと何気無い世間話が出来たお陰で、感情度の減少はお互い最小限に留まっている感じだ。
『マスター、この部屋は新しい指令書とすでに開いている次の扉が有りましたです。Oh~!!どうやら次の部屋が最後みたいですよです』
扉の先を覗いてい話すケイト。
今までとは違い。すでにこの部屋の指令は他のペアによってクリアされているらしい。まぁ、他のペアの事を考えると、この部屋の指令を無視する事は出来ないのだけとな。
『まぁ、まずはこの部屋の指令からだな。他のペアの状況が分からないから、先に進むのはあとだ』
指令5
どちらか一人を犠牲にして、残りの一人が先に進む
クリアすると5ー6の扉と2ー7の扉が開きます
※クリアすると、同時にこの部屋の扉は閉じます
『…う~む』
これは困ったな。
幸いにして、まだ指令5の内容をケイトは見ていない。僕の今の様子にも気付いてなさそうだ。ここで女の子を一人だけ残す犠牲とかは有り得ない。だから、これを僕が選ぶのは当然の選択だ。
『ケイト、よく聞いてくれ。ここから先はケイト一人で進むんだ。説明はしないけど、ここには僕が残る。次の部屋の課題はケイトに任せるからな。だから、頑張れよ』
まだ、次の扉の先を覗いていたケイトを軽く押して先に進ませる。
『あっ!!マス…』
ケイトが扉を越えた瞬間に扉が消えて、同時にケイト声も途絶えた。
『ケイト、頑張れよ』
まぁ、本当に頑張らないとダメなのは、この部屋に残された僕かも知れないけど…
僕の目の前で、どこからともなく現れた檻から、魔物が次々と溢れ出てくる。ご丁寧な事に今回の檻の出口は三ヶ所。
『さて、本当にどうしたものかな…』
一人残された僕に、こんな大量のお友達を紹介してくれなくても、結構なんだけど。僕の友達は充分間に合っているのだから。
まぁ、ここは一つ死なない程度に頑張りますか。僕は、両手の銃をより一層力強く握り締めた。
『…ター、何でなんです…か?です』
ケイトは涙を流しそうになる自分を精一杯堪えて、必死で涙を圧し殺した。
『でも、こうしてる場合じゃないですよです』
普段の私なら、ここで落ち込んで座って泣いて諦めていますです。でも、今の私が何もしない訳にはいかないのです。私はこの場をマスターに託されたのです。
それに、早くマスターを助けに行かないとダメなのです。今日のマスターを守るのは私しかいませんです。
ケイトは部屋の中央で辺りを見回した。
『Oh~!タブレットが有りましたです』
私は私に出来る事を精一杯しますです。だから、マスターも私を信じて待っていて下さいです。
まずは、これですねです。
最終指令
この部屋の謎を解け(意図が合っていればOK)
『Why?何故なんですか?です。今までの内容と全然違うですよです…私は謎解きを苦手にしてますです』
でもでもでも、指令の通りなら、この部屋の中に何か謎が有ると言う事になりますです。もしかすると、特殊な仕掛けの可能性も有りますです。それなら、私にでも解ける可能性は有りますです。
もう一度部屋の中を見回すケイト。
この小さな部屋の中には、このタブレット以外は何も無いように思えますが…私は探しますよです。
『今日の私はアリさん一匹たりとも見逃してあげませんです』
『…う~~、さっきは言い過ぎましたです。ごめんなさいです。私には何も見付ける事が出来ませんです』
しばらくの間、一生懸命探し続けたケイトだが、この部屋には何かしら仕掛けどころか指令が書かれたタブレット以外はチリ一つ見付ける事が出来ない。
マスター、私はどうすれば良いんですか?です。マスター…私を助けて下さいです。
ケイトがシュンの事を思い浮かべていると、シュンのある言葉を思い出す。
『僕達は協力と言う言葉に気を取られ過ぎてたみたいだ。確かに、これも見方を変えれば立派な協力になるからな』
…言葉に気を取られ過ぎてた。見方を変えれば…
言葉に気を取られる?見方を変える?
指令には謎を解けと書いて有りますけど、この部屋の中を探せとは書いて有りませんです。
『…もしかすると、この部屋の謎と言うのは、この部屋全体が問題であって、部屋の中には無いのかも知れませんです』
その思いつきと共にケイトはこの部屋の土で出来た地面に、この脱出ゲームが始まってから起きた出来事を順に書き出し始めた。
『やっぱり、私の勘違いでしたかです。何もヒントになるような事は有りませんです…うん?ここは間違えてますです。えっ~と、正確には通り過ぎた扉が一、二…十四、扉と扉をつなぐ通路は七つ…つまりは訪れた部屋は合計七部屋で、指令を五つクリア…いえ、今の指令をいれると六つになりますです』
だんだんとおぼろ気ながらですが鮮明に思い出してきましたです。この調子で頑張るのです、ケイト。
『あっ!そう言えば、最初の…いえ、全ての部屋の形は円形でしたです。それに、進んだ部屋の大きさや扉が出現した方向もバラバラだった気もしますし、通ってきた通路の長さもまちまちでしたです』
新しい事を思い出したケイト…だがしかし、地面に書かれた図には書き出すスペースはすでに存在しない。
『もう一度…最初から、最初から考えますです』
日本には急がば回れと言う諺が有りましたです。まずは、部屋の大きさ、扉が出来た方向や通路の長さを意識して、新たに地面に今度は大きく書きますです。
『え~っと、最初は斜め右で…』
私が思い出せるだけ…書けるだけ正確に書いていきますです。
ゆっくりとだが、起きた出来事や部屋の形状を出来事るだけ正確に書いていくケイト。その書き直しの数は遂に二桁に迫る勢いだった。
『Oh~!!これは、The・Plough?』
えっ~と、日本語では確か北斗七星だったですか?です。
ケイトは、すぐにタブレットに北斗七星と平仮名で入力した。
すると、シュンと共にここに辿り着くまでに散々苛つかされた、どこからともなく聞こえてくるピンポ~ンの正解を告げる声と共に、今まで閉まっていたケイトとシュンを切り離していた扉と転送用のゲートが現れた。
『ふ~~、いつまで倒せば良いんだろうな。これ…』
先の見えない目の前の状況に僕は思わず愚痴をこぼした。
すでに、持ってきた全ての銃弾は切れている。かろうじて、【魔銃】での牽制を兼ねた射撃と【拳】による受け流しで魔物達の数は減らせないながらも攻撃を凌げてはいるけど、そう長くは僕のHPや精神力が持ちそうもない。
頼みの綱のMPも風前の灯か…
『はっ!?き、消えた?』
一体全体何が起きたんだ?
僕が半ば諦めかけた時に、僕の目の前で溢れに溢れていた魔物達が一瞬で消え去った。それと同時に…
『マスター、もう逃がしませんです』
今にも泣き出しそうな声でシュンの背後から、思い切りシュンに抱きつくケイト。
『えっ、なっ!?その声はケイトか?』
何が起きたのかをまるで理解していなかった僕は、ケイトに背後から抱きつかれた事で、全てを理解した。
そうか、ケイトが頑張ってくれたんだな。
『ケイト、ありがとな。頑張ってくれたんだな。本当にありがとう』
『マスターは大バカの中の大バカです。次は…次は絶対に許しませんです』
背後から抱きつかれた為に、その顔を見る事は叶わなかったが、ケイトが泣いている事だけは伝わってきた。
どうやら…また心配を掛けたらしい。
『分かった。約束するよ』
ケイトが泣き止むまで、僕の背中を奪われた。
ある意味、自業自得なんだろうけど…この体勢はつらい。ケイトの胸が背中に密着して感じる温かさがマジで恥ずかしい。これも感情度の仕事なのか?でも、照れると言う気持ちは喜怒哀楽だけでは表現出来そうもないんだけどな。
それに、今まで特に意識した事は無かったけど、ケイトの胸は見た目以上に大きくて柔らかいようだ。理性を保つのに苦労するけど、これについてだけは非常に良い仕事をされていると思いますよ、運営さん。
『ケイト、そろそろ行けるか?』
『はいです。もう、大丈夫になりましたです』
ケイトが泣き止んで落ち着いたのを確認して、僕はケイトが一人でクリアしてたくれた最終指令の有った隣の部屋へと入った。その部屋に有ったのは転送ゲートと一つの|綺麗な色をした宝箱。僕が鉱山ダンジョンで見付けた錆色をした宝箱とは断然違う。
『ケイト、あの宝箱はケイトへのクリアボーナスらしいぞ。開けてみたらどうだ?』
あの綺麗な色をした宝箱は《見破》で確認するまでもなく、この部屋を攻略したケイト当人にしか開ける権利がない。
『はいです。開けてみますです』
【七星杖】攻撃力77/一属性増える事に攻撃力+7/最終的に七属性を得ると攻撃力777〈特殊効果:七つの属性を付加出来る杖〉※七属性は宝石等で選択が可能です。ただし、一度付加した属性は変更する事が出来ませんので慎重に付加して下さい。選択出来る宝石等は所有者に依存します。
※七の小部屋をクリアした者だけのユニーク武器
『ケイト、それは凄い綺麗な武器だな。良かったな』
ユニーク武器…と言う事は唯一無二と事になるのか?そんな装備も有るんだな。
初めて見た…そして、何よりも美しくしい見た目とその醸し出している性能がどの武器よりも破格過ぎる…
『そうですねです。でも、私はマスターが作ってくれた【風華水流】の方を好みますです』
例え、ケイトの台詞が僕を気遣ったお世辞だと分かっていたとしても、嬉しいものは嬉しいよな。それだけで、僕は充分に満足です。
二人で転送ゲートから転送していく。着いた先は勿論、最初に五つのペアが集まった広場だった。そして…どうやら、僕達が最後だったらしい。まぁ、最後は時間が掛かったから、仕方が無いよな。
〔そうであったペア様も、そうでなかったペア様も大変長らくお待たせ致しました。四つのペアの皆様、只今最後のペアが戻ってまいりました。残念ながら、今回は四つのペアが未達成と言う結果になりましたので、申し訳ございませんがクリア報酬はございません。あちらのゲートより【シュバルツランド】にお帰り下さい〕
『あらら…』
四つのペアね…どうやら僕達以外は失敗だったらしい…残念だとは思うけど、最終指令とその一つ前の指令が僕達と同じだとするなら、仕方が無い事かも知れないな。
それと、クリア報酬が無い事をわざわざ強調したと言う事は、やっぱり【七星杖】は、ケイト個人宛の特別な報酬らしいな。
『黒の職人さん、お疲れ様っす。僕のところを含めて全ペアが失敗だったっすから、クリアしたのは黒の職人さんペアっすね。やっぱり、流石っすよ。だてに黒の職人さんを名乗ってないっすね』
チャリさん達を含めた僕達以外の他の四つのペアは、最後の謎が解けなかったり、謎を解くまでに相方が魔物に倒されたり、最後の部屋に誰が入るかで揉めて失敗したらしい。まぁ、最後の謎の答は詳しく聞いてない僕も知らないんだけどな。
ちなみに、チャリさんとそのペアの秘書さんは最後から一つ前の部屋に誰を残すのかと言うところで、お互いがその部屋に残って、相手を先に進めようとして揉めに揉めて、最終的にはお互いが譲らずリタイアしたらしい。本当に仲のよろしい事で…まぁ、チャリさんの場合、何となくだけど、その場面が想像出来るよな。
『ありがとう。でも、僕としては黒の職人さんと名乗った事は無いはずなのだけど…それと、言っておくけど、僕達がクリア出来たのはパートナーが頑張ってくれたお陰だからな』
間違いなく、ここだけは間違えられないように訂正しておかなければならない。
『おぉ、ケイトちゃんも凄いっすね。これからもヨロシクして下さいっす。良かったら、【サイク=リング】に移籍しませんかっす?』
『それはお断りしますです。私のギルドは【noir】しか考えられませんです』
『そうっすか。残念っす。じゃあ、逆に僕が【noir】に移…い、痛い。痛いっすよ。冗談、冗談っす』
全ての言葉を言い切る前に、無言の秘書さんに右耳を思い切り引っ張られるチャリさん。痛みを感じているかは分からないけど(多分、感じてはいないはずだけど…)、妙に痛そうだな。
『それじゃあ、次はまたオークション前に会いましょうっす』
そう言い残して、チャリさん達は転送して行った。
さっきの勧誘はどこまで本気だったのだろうか?僕にとっては最後の部屋の謎よりも謎だ。
『私達もお家に戻りましょうです』
『そうだな』
今日は疲れたからな。ゆっくりとお風呂に入りたい…
うん!?ちょっと待てよ。トリプルオーの中でもお風呂は作れるのか?今度、トウリョウさんに相談してみようか。作れるものなら作って入りたいからな。作ったら作ったで、入り浸る可能性も高いけど…
・第二回公式イベント四日目 ~幕間~
今日は当初の予定通り、トリプルオーにログインする事は無い。何故かと言うと、蒼真の両親が海外から日本に帰ってくる数少ない日で、この日だけはどんなに仕事が残っていても僕達の両親も仕事を休む事が社則で決まっているらしい。つまり、両親の会社が完全に社員とアルバイト任せになる一年で唯一の日だ。
世の中はお盆と言う事も有り、午前中は家族全員で墓参りに行って来た。この日ばかりは、お墓が嫌いとは言えないし、言う気も無い。まぁ、お墓と言うよりも洋風な墓地だから、それも完全に明るい時間帯なので、そこまで怖くは無いのだけど。
それに、逢えるかどうかは分からないけど、例え幽霊だったとしても逢いたい相手は僕にもいるのだから…
ここにいない蒼真は、空港まで両親を向かえに行っている。夕方には、これまた定例通りにお墓参りを済ませて戻ってくる予定だ。
普通の家族が行うようなクリスマスやハロウィン等の年中行事の決まっていない両家だが、この日に相馬家の庭でBBQをする事だけは決まっている。小さな頃から変わらない相馬家と水野家共同の唯一無二の行事と言っても過言では無いだろう。さらに、蒼真が日頃からお世話になっていると言う建前の元、食材費は全て水野家持ちになるのも、相馬家の台所事情を担う僕としては嬉しい限りだ。
この日に買われてくる食材達は全てが高級食材だ。他人のお金だから高級な品を買うと言う訳では無く、両親達の好物が必然的に高価な代物に片寄っているだけだ。僕としては、比較的家計に優しい鶏の股肉を塩焼きに出来れば、文句は無いのだから。
ちなみに、このBBQは普段から蒼真の面倒を見ているお礼と蒼真の誕生日祝いと言う名目も兼ねているのだが、僕達は勿論、本来は祝われる側である蒼真当人も知る事は無い。まぁ、誕生日祝いと言うのは世間的な建前で、その実体はお互いに仲の良い両親達の懇親会を兼ねた飲み会なのだから。そして、僕はその専属料理人と化す…
まぁ、僕と純は庭でBBQの準備だけ進めておけば良いし、久しぶりにおじさん達に会うのは楽しみでも有るんだけどな。
「そうだ。どうせなら、晶も呼ぼうぜ」
急に思い出したかのようにそう言った蒼真が両親を迎えに行く前に電話をしていた。名目上は主役が言っている事なので僕と純に反対は無い。若干、様々な事に巻き込まれるであろう晶に同情しない訳でも無いけどな。
まぁ、それに普段から一緒にいる事が多いので、この場に居ても違和感は無いからな。その為と言うか、準備から逃げ出したと言うか…今ここにいない純は近くまで晶を迎えに行っている。
残念ながら、例年同様準備の方でも彼女に出番は無いので、丁度良かったと言えば丁度良かったのかも知れないよな。毎年のように居たたまれない空気を醸し出す姉を見るのは弟としては辛いのだから…まぁ、本人が居たたまれないと思っているのかは別の話しだけどな。
両親達は久しぶりに取った(何度も言うようだが、取れたではない)二人揃っての休みの為、朝から買い物に出掛けている。まぁ、たまにはそう言う日が有っても良いんだろうけど…たまにはと言う事ならば、僕が料理を休む日が普通に有って良いのではなかろうか?と言う疑問も浮かんでくる。流石に、「駿の料理が一番美味しい」の一言だけを放たれて負けると分かっていて、この疑問を新たに提議する気は無いのだけど…
結局一人残された僕はと言うと、さっき買ってきた材料の下処理やBBQの準備を始めている。これも毎年の事では有るのだけど、料理はともかく、BBQの準備までが僕一人と言うのはどうなんだろう?
話を戻すようだけど、普段から家事全般を請け負っている身からすると、今日ぐらい休みが有って良いのは僕ではないのだろうか?まぁ、料理自体は好きでしてるから良いんだけど…考えれば考えるほど、腑に落ちなくなってくるんだよな。
メニューは、名目上は蒼真の誕生日を兼ねているので、蒼真の好きな物を作っておけば良い。取り敢えず、ポテトサラダだ。これだけを山のように作っておけば、ヤツは十分に満足するだろう。
「ただいま。晶、連れてきた」
「駿くん、お邪魔します。これ、母から。良かったら使ってね」
純が晶を連れて戻って来た。その晶の手にはデザートに良さそうな見事なフルーツの盛り合わせが有る。
気軽に楽しめれば良いと思っただけなのだが、かえって気を遣わせたかも知れないな。あとで、そのフルーツを使ってクレープやパフェでも作ろうか。
「おう。晶、いらっしゃい。わざわざ御丁寧に、どうも…おばさんにもありがとうと伝えておいてくれ。それと、ゆっくり出来るかは分からないけど、ゆっくりしていってくれ。純、飲み物」
「あっ、駿くん、私も手伝うよ」
「ありがとう。そうだな…うん、今は大丈夫そうだ。今日の晶はゲストだから、ゆっくりしててくれたら良いぞ。あとで、蒼真の従姉妹も来ると思うから、出来たら仲良くしてやって」
今年も蒼真の事が推定大好きらしい従姉妹がゲストとして来る。
蒼真を含めた僕達三人は、基本的にこの蒼真大好き従姉妹が苦手なので会いたくは無い…のだが、この日だけは絶対に居留守が使えないので、必ず捕まってしまう。それなら、最初から誘わなければ良い話になるのだけど、この従姉妹の家が空港近くに有って、この従姉妹の家に蒼真家は車を預けているので、必然的に帰国した蒼真の両親が誘ってしまう。まぁ、蒼真を犠牲にすれば、僕と純には関係が無くなる話でも有るんだけど。
「晶、駿は好きでやってる事、最早趣味の領域、邪魔したら逆に悪い」
さっきは返事はしなかった純だけど、僕に言われた通りに晶にジュースを持って来た。そこは素直で良いと思うけど、さりげなくとんでもない事を言ったよな…今。
好きでやっている事については否定はしないけど、「暗黒料理研究家様と寄生虫様が一切何もしないからですよ」と少し嫌味を言いたくなった。晶がいるから言わないけどな。
「まぁ、そう言う事だ。ほら、出来立てのポテサラの味見。あ~ん」
僕がスプーンを晶の前に差し出すと、晶が妙に恥ずかしそうな表情で、差し出されたスプーンを咥えた。
これは、あとで理由に気付いた事だけど、今のが伝説のリアルあ~んだったんだよな。普段、純や蒼真相手によくやっている事なので、その場では気付かなかった事だが、実際に気付いた時は僕も晶と同じように顔から火が出そうなほど恥ずかしかったのは、また別の話。
「…シ、シンプルなのに、とっても美味くて、良いお手前だと思います」
それなら良かった?かな。それにしても、良いお手前って…お茶会じゃないんだから、もっと気軽で良いと思うんだけどな。
でも、これでヤツの好きなごく普通のポテサラの完成だ。ただし、きゅうり抜き。これに限る。
蒼真も僕もきゅうりそのものは好きだけど、ポテサラにきゅうりを入れるのはルール違反だと思っている。ポテサラには季節に合わせた数種類のジャガイモと細かく刻んだ人参が入っていれば良いのだ。見た目を気にするのなら、蒸したブロッコリーを端に添えれば済む話なのだから。その方が彩り的にも美しいし、味的にも美味しいので、一石二鳥になるからな。
蒼真への献上品の次は、本日のメインだ。僕は切った肉と野菜を次々と串に刺して行く。こう言う時に素人は見た目を優先して肉と野菜を交互に刺したがる傾向にあると思うが、肉と野菜では火の通りが全く違うので、一緒の串に刺すのはBBQで最も素人的な行為の一つだと思っている。
「おっと」
そろそろ、蒼真達も従姉妹を伴い帰ってくる頃か。火の準備の方も始めておくか。
火を起こす事も実に手慣れたもので、すぐ炭に火が着き、鉄板や網を温めて行く。まぁ、これは僕の技術が高いのではなく、進化に進化を重ねた商品名「9秒99」のお陰なんだけどな。その商品の売り文句同様、着火材を用いた時の炭への着火は軽く十秒を切るのだから、技術の進化と言うものは侮れない。
「「「「「ただいま」」」」」
「今年もお邪魔します」
う~ん、どこでどうなったのかは分からないけど、僕の両親と蒼真達親子達が一緒に帰って来た。
追加で食べきれるか分からない程の食材やお酒を買い込んでるところを見ると…スーパーで一緒になったか?と言うか、そっちも、食材を買ってくるのなら、事前に一言連絡が欲しいよな。僕の色々な仕込みが無駄になるのだから。それに、母親同士はすでにアルコールが入っているような気もする。
今は、純と蒼真が晶を皆に紹介している。それにしても、晶は何て皆に紹介されたんだ?僕は、皆の飲み物等を準備しているので聞こえなかったけど、晶の顔は真っ赤になっていて、四人の大人達は妙に上機嫌だ。一人だけは物凄く不機嫌になっているけど…まぁ、これは仕方が無いだろう。大好きな蒼真の周りに女の子がいるのだからな。
「おじさん、おばさん、お帰り。お仕事お疲れ様でした。そして、今年もゴチになります」
形式的な挨拶と同時に大人組四人に良く冷えた缶ビールとお酒の進んでいるであろう二人にはワインとグラスを手渡した。
すでに蒼真は従姉妹に連れていかれて、この場にはいない。本当に好かれているんだよな。確か、従姉妹同士なら結婚は出来たよな。(僕と純に危害が加わらないなら)本当におめでたい話だ。
「ただいま。毎年毎年、準備から料理まで駿くんや純ちゃんに任せっきりで、申し訳無いんだが、今年もいっぱい食べてってくれ、フフフッ」
何故か皆揃って、ニヤニヤ笑っている。僕の両親を含めて四人共と言うところが気になるな…僕は、この一年で何かしでかしたっけ?全く検討が付かないのだけどな。
缶ビールやワインの銘柄も全て好みの物のはずなんだけどな。蒼真の父親が七福神の一人がプリントされたビールで、僕の父親が首の長い動物ビールで間違いは無いはず。母親達用のワインも、去年気に入って散々飲み明かしていた物を出してある。それ以外となると…
「おい、蒼真。おじさん達は何か有ったのか?さっきから、こっちを見ながらニヤニヤと笑われているだけど…」
あまりにも気になった為、従姉妹に解放されたらしい蒼真に尋ねてみた。
「あぁ…駿、すまん。俺には純の暴走を止めきる事は出来なかった。一応否定はしたんだが、全く聞く耳を持たないと言うか、あの五人相手では通じる気配すら無かった…」
「うん?一体、何をだ?」
ここで、あまり良い予感はしないけど…今、確認しておかないのは悪手だろう。
「純が、晶を駿の彼女と紹介した」
ふ~ん。晶が僕の彼女ねぇ…
「ほぇ!?」
…なるほど、あの不躾なニヤニヤは、そう言う事か。納得出来たな。そうか、それで…か。
「教えてくれて、ありがとう。そして、おめでとう、蒼真君。今日はポテサラ抜きが決まりました」
僕の中で全てが一つに繋がった。我が姉ながら全く迷惑な事を…と言うか、僕の事よりも晶に多大な迷惑かけてるな。
「晶、さっきは純が余計な事をして、すまなかった。親父達には、あとで必ず訂正しとくから。それと、隣にいながら心の中で笑っている純お姉様には、しばらくの間御飯を作らない刑が待ってますので、ヨロシクお願い申し上げます」
晶と純が会話しているところに割り込む僕。晶は、恥ずかしそうに「大丈夫だよ」と言ってくれだが、純には僕が本気だと言うのが伝わったようだ。
首をフルフルと捨てられた子犬のように振っている。これに関しては完全に自業自得だよ…しばらくの間は許す気が有りません。悪しからず…
うん?少し空気が悪くなったか?
「あっ、そうだ!晶、明日はヨロシクな。昨日、一昨日も大変だったからな…」
急に思い出したかのように場の空気を変えにかかる僕。こう言う時は、話題を変えるに尽きるからな。
「あっ、えっ~と、昨日はケイトとペアだったよね?もしかして、また幽霊系だったの?」
それを察してくれて、載っかってくる晶。感謝です。
「いや、内容的には脱出系の亜種だと思うけど、結果的には失敗だったな」
昨日の内容を純と晶に話したが、やっぱり二人とも複数ペアによる準協力系のエリアが存在している事は知らなかった。
昨日ホームに戻った時にカゲロウにも確認してみたけど、カゲロウ達のクリアした脱出ゲームには、他のペアは出てこなかったらしい。まぁ、そんな情報はサイトにも出てないみたいだからな。
でも、こうなってくると脱出ゲームのサブタイトル?に「ver.S」って付いていた事も気になるな。Sって、アルファベットの19番目のSでは無くて、スペシャルとかシークレットの頭文字のSじゃないのか?まぁ、定かでは無い事だし、もう終わった事だから、どっちでも良いんだけどな。
それにしても、今回のイベントも純達は順調にクリアしているらしいな。まぁ、順調な事よりも幽霊を苦手にしなくも良い事が一番羨ましいのだけどな。
「駿兄、お久しぶり。さっきから何の話してるの?」
蒼真の従姉妹、真理ちゃんが蒼真を引き連れて…もとい、左の耳を引っ張ってやって来る。
いつ見ても、飼い主とペットの関係にしか見えないな。
「やぁ、真理ちゃん、久しぶり。相変わらず元気そうだな。今はトリプルオーって言うVRMMORPGの話しかな。真理ちゃんは知ってる?」
あえて元気だったのか?とは聞かない。今の一連の動きで、こちらが引くぐらい元気過ぎるのは伝わっているのだから。
「知ってる、知ってる。真理もトリプルオーをプレイしてるよ。これでもヘビーユーザーだからね」
あまり成長が芳しくない胸をこれでもかと張る真理ちゃん。
どことなく晶が共感しているような気がしなくもない。当然、言葉には出さないけどな。
そんな事よりも…お~い!!運営さん、ちょっと世界が狭すぎないかい?
身内と言うか、僕の狭い狭い世界の知り合いにヘッドギア持ってるのが多過ぎだと思うぞ。クラスの友達は抽選ハズレてばかりなんだぞ。何とかしてやってくれ…と言うか、今の抽選確率は一体どうなってるんだろうな。そんなに変わってないとは思うけど…あとで調べても良いかもな。
「そなのか?それは知らなかったな…蒼真は知ってたのか?」
「いや、俺も初耳だぞ」
蒼真自身もかなり驚いている様子だし、横から「何で駿兄がトリプルオーをしているの教えなかったの?」と真理ちゃんに横腹を小突かれ続けていてるのだから、本当なんだろうな。まぁ、僕としては「グッジョブ」と言う言葉を蒼真に送りたい。
「でもでも、駿兄はゲーム苦手じゃなかった?それとも好きになったの?」
「いや、苦手なのは代わりないけど、トリプルオーは別腹と言うか、色々な面でかなり興味が有ったからな」
「ふ~ん。まぁ、その辺はどうでも良いや。それで、駿兄のプレイヤーネームは何?」
おい、どうでも良いんかい(突っ込み風)!こう言う点が僕や純とは、どうも噛み合わない。
「プレイヤーネームはシュン。名前と一緒だな。純は少し変えてジュネ。それと友達の晶が名前と一緒でアキラだな。ちなみに僕と晶は同じギルドに所属してる。それで、真理ちゃんは?」
まぁ、あえて僕から聞く必要は無かったのだけど、こっちから聞かないと五月蝿そうだからな。仕方が無いだろう。
「真理はマリアージュって名前でプレーしてるよ。でもでも、駿兄は特別にマリアって呼んでも良いよ。ギルドは、他のゲームで知り合った仲間と申請予定だよ」
マリアージュか…やはり、全く知らないプレイヤーネームだな。まぁ、あれだけプレイヤーがいたら、晶みたいな知り合いに合う確率(厳密に言うと、晶は少し違うのだけど…)は低いんだろうけど…だから、より一層今のヘッドギアの当選確率が気になるんだよな。
「それでそれで、駿兄は明日の公式イベント最終日、誰かと参加するの?駿兄の事だから、どうせ誰も居ないんでしょ。真理が特別に一緒に参加してあげても良いよ。嬉しいでしょ」
蒼真が真理ちゃんの背後で、助かった感を大いに醸し出して笑っている。僕を犠牲にする気か?残念だけど…
「ありがとな。でも、残念ながら、明日は晶と約束してるから、ゴメンな。あっ、そうだ!多分、明日は暇している蒼真と参加したらどうだ?」
「えっ~~~、蒼ちゃんは忙しいらしいよ。ねっ!!」
真理ちゃんの言葉に必死に頷く、若干青ざめた顔の蒼真。
蒼真以外の僕達は誰も気付かなかったので、あとで聞いた話だが、この間蒼真の右足は真理ちゃんの左足のヒールで足の色が変わるまで踏まれていたらしい。御愁傷様です…
「そうか…でも、明日は本当にダメだ。ごめんな」
「じゃあじゃあ、今度絶対に真理が遊んであげるからね。ギルドのホームは有るの?有ったら名前教えて」
「あぁ、ギルド名は【noir】。勿論、ホームも有るぞ」
「…【noir】!?…シュン…えっ、黒の職人さん!?えっ!?マジ?」
「あぁ、その黒の職人さんだ。ただ、その、何て言うか、黒の職人さんと呼ばれるのは好きじゃないんだけどな。まぁ、それよりも今は食べようか。せっかく両親達が用意してくれてるんだからな。ほら、純と真理ちゃんの好きな貝も食べ頃だぞ。晶は何が好きだ?」
あまり気の乗らない話になってきたので、さっさと話題を変える事にする僕。まるで良く出来た執事のように純や真理ちゃんに焼けた肉や貝をどんどん取り分けて行く。
「私?えっと、私も貝好きだよ」
晶にも食べ頃の蛤を取り分ける。
そろそろ大人組にも肉や野菜、追加のツマミでも出そうか。大人も子供も大好きな最強のビールのお供である枝付き枝豆の準備もしてあるし。それを出したあとは、僕もゆっくりさせて貰おうか。
…蒼真の誕生日と言う名の飲み会がお開きになるまで、皆で楽しんだ。後片付けは、これも毎年恒例行事で蒼真の仕事だ。誕生日の主役にも関わらず毎年率先して行っている。
「普段お世話になっている事を絶対に忘れるな」と言う水野家の教えらしいけど、どう見ても四人の両親達に面倒事を押しつけられてるだけなんだよな。
結局のところ、あまりにも不敏過ぎる蒼真を見かねた僕と純も、毎年のように手伝う羽目になっている。まぁ、今年からは晶も一緒だろうけど…
あらかじめ断っては置くけど、決してこの為に晶を呼んだ訳では無いからな。ここだけは絶対に間違える事が無いように!
装備
武器
【烈火】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に火属性が追加〉
【霧氷】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に氷属性が追加〉
【雷鳴】攻撃力50〈特殊効果:銃弾に雷属性が追加〉
【銃弾3】攻撃力+15〈特殊効果:なし〉
【魔銃】攻撃力40〈特殊効果:なし〉
防具
【ノワールブレスト】防御力25〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:重量軽減・小〉
【ノワールバングル2】防御力15〈特殊効果:回避上昇・小/耐水〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
【ノワールブーツ】防御力15〈特殊効果:速度上昇・中〉〈製作ボーナス:跳躍力+20%〉
【ノワールクロース】防御力20/魔法防御力15〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:耐火/重量軽減・小〉
【ノワールローブ2】防御力15/魔法防御力20〈特殊効果:回避上昇・中〉〈製作ボーナス:速度上昇・中〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
+【マガジンホルスター】防御力5〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
《双銃士》Lv38
《魔銃》Lv36《双銃》Lv33《拳》Lv34《速度強化》Lv67《回避強化》Lv71《旋風魔法》Lv21《魔力回復補助》Lv69《付与術》Lv34《付与銃》Lv47《見破》Lv56
サブ
《調合職人》Lv8《鍛冶職人》Lv24《革職人》Lv45《木工職人》Lv12《鞄職人》Lv47《細工職人》Lv20《錬金職人》Lv20《銃製作》Lv30《裁縫》Lv19《機械製作》Lv1《料理》Lv28《家事》Lv55
SP 39
称号
〈もたざる者〉〈トラウマ王〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉