★ギルドメンバー 2
「なぁ、駿。確か…今日の昼までだったよなバージョンアップ期間」
蒼真は「他の事は全く手が付きません」と言った感じで、僕に言葉を投げてくる。現に朝食はほぼ手付かずだ。
「あぁ」
朝から、十数回繰り返されるこの会話のリレー。最初はまともに対応してもいたが、今となってはまともな相づちを挟む事にもかなり飽きてきている。だが、今回は十数回目にして初めて続きが有った。
「今回は何が追加されるんだろうな。あぁ、楽しみだ。俺は楽しみで、楽しみで…」
「さぁ、どうなんだろうな。僕も楽しみは楽しみなんだけど。それよりも、僕としては新規のプレイヤーとかは、どうなんだろな」
僕は、バージョンアップで追加される内容よりも、新規参入のプレイヤー達が、どんな行動を取るかの方が遥かに気になる。
すでにトリプルオーの世界を気に入っている僕としては、鞄の時に暴れたプレイヤーみたいなのは、増えて欲しくないからな。少なくとも、僕の周りにだけは…
あっ、そう言えば、あの鞄事件の時に使えない性能の鞄を渡したプレイヤー達はどうなったんだろうな。全く見かけないから完全に忘れていたよな。軽い仕返しや嫌がらせくらいは有ると思ってたんだけど。
「昼休み、サイト検索」
僕に向かってVサインをしてくる。どうやら、純も楽しみにしているようだ。ただし、純は蒼真と違って朝食を完食している。
純の言う通り、昼休み頃なら情報系サイトに書き込みされている可能性は高いよな。午前中いっぱいで終わる予定のバージョンアップ終了と同時にログインするプレイヤーも絶対にいるからな。
「じゃあ、いつも通り昼休みは俺達の教室に集合で良いか?」
僕は蒼真と同じ教室だから、別に問題ないけど。わざわざ改まって集合する程の事なのだろうか?まぁ、どっちにしても一緒に弁当を食べるのだから、結果は同じ事なんだろうけど…
「分かった、そろそろ食べ終えて」
気付けば、普段家を出る時間が過ぎていた。蒼真のお陰で、いつもよりゆっくりな朝食になっていたみたいだな。まぁ、いつも家を出る時間より遅いと言っても、まだまだ充分学校には間に合う時間なのだ。なんだかんだ言って、僕自身もバージョンアップが楽しみで仕方が無いならしい。
「それと、そこの弁当を忘れるなよ」
「今日のメイン、何?」
「サンドイッチ。晶のリクエストだ。蒼真の好きなポテサラを挟んだサンドイッチも有るぞ」
「…前から聞こうとは思ってたんだが、お前と晶は、その、なんだ…付き合ってたりするのか?」
「はぁ?」
僕には蒼真の言っている意味が分からない。多分、今は何とも言えない不思議な顔をしている事だろう。
どこをどう間違えたら、弁当を作るだけで付き合う事になるんだ?それを言いだしたら、僕と蒼真は、付き合ってる事に…
うぇぇ~~~
くそっ、朝からもの凄く気持ちの悪い事を想像したじゃないか。それに…
「今日の弁当は前に約束してたから作っただけで、付き合ってないぞ。それに僕がモテる訳が無いだろう。もう食べ終わったなら、さっさと学校に行くぞ」
まだまだ充分に時間が有ると言っても、この時間からの洗い物は流石に厳しい。洗い物を残したままにするのは不本意だけど仕方が無いだろう。
それに、今までの経験から充分に知っているはずだよな。君たちと違って僕がモテない事を…
「あぁ、これは俺だけの勘違いなのか…?」
蒼真の隣にいた純はともかく、僕に蒼真の呟きは最後まで聞こえる事はなかった。
「駿くん、サンドイッチありがとう。とっても美味しいよ」
喜んでくれて良かったと思う。サンドイッチなら、三人分も四人分も作る手間は変わらないからな。
「喜んでくれたなら良かったよ。また今度作ってくるな」
「いいの?楽しみにしてるね」
僕の作ったものを食べて「美味しい」とか「ありがとう」とか言われるのは普通に嬉しいからな。そう言ってくれるのなら、僕は弁当の一つや二つ作るのを惜しまないだろう。
「それで、蒼真。サイトで何か分かったのか?」
一口目のサンドイッチを口にくわえたまま、携帯を凝視している幼なじみ。サンドイッチを食べるか、携帯を見るか、どちらか一つにして欲しい…と言うか、せっかく僕が作ったサンドイッチを味わえ。晶みたいに…
「う~ん、分かったようで、いまいち分からないような内容だ」
自分で一通りの確認が終わったのか、蒼真は気になる部分を僕達にも見せて、くわえたままだったサンドイッチを咀嚼する。
まぁ、僕も気になっていたのは隠しようのない事実だし、遠慮なく見せて貰おうか。
・【シュバルツランド】の南側に鉱山の街【ヴェルク】追加
・【シュバルツランド】の東側に港湾の街【ポルト】追加
・鉱山ダンジョン、洞窟ダンジョン追加
・上位スキル、複合スキル、上位属性の追加
・市販アイテムの販売数の減少と制限
・NPCからの新クエスト追加
「なるほどな…確かに、いまいち分かりにくい内容も有るな」
街の追加と言うは分かるけど、僕の知っている【シュバルツランド】の東側は数キロに渡って断崖絶壁が続いているはずだ。
魔物の出現率が低く、訪れる人も少ないので、アーツの練習や鉱石の採掘でもお世話になっているので間違いないはずだ。
スキルに至っては追加と言われても、今でもほとんど詳しい事が分かっていなからな。追加されても、それが新しいスキルなのか既存のスキルなのかの判断がつかないよな。
「うん。何点か気になる事も有るよね。私としては、上位属性と市販アイテムの販売数減少と制限ってとこかな」
「上位属性、気になる」
純は全属性の魔法を持つ事をプレイスタイルの一つにしている。それなので、属性の追加には興味が有るようだ。でも、これ以上取得すると、十枠と言うスキルの制限が有る限りは、戦闘中に余る属性が出てくるんじゃないのか?それとも強引に全属性魔法を十枠しかないスキル枠にセットするのだろうか?
「俺は、やっぱりダンジョンとクエストだ。これは色々と検証する必要が有るぞ。夜、【noir】のホームにパーティーメンバーを連れて行っても良いか?」
「駿くん、私達は別に良いよね。【noir】も新しいメンバーもいるから紹介するね。と言っても、皆が知ってる人なんだけどね」
「紹介か…それなら、純もパーティーメンバーを連れて来るか?」
頷いているので来るらしい。それにしても、誰も東側の街は気にならないのか?東側は断崖絶壁なんだぞ。まぁ、僕やフレイみたいに普段から常に採掘を意識してないと、断崖絶壁がかなりの距離に渡って続いている印象は薄いのかも知れないけどな。
「じゃあ、夜にホームでな。晶、部活頑張れよ。慌てて帰って来なくても待ってるからな」
「うん。頑張るね」
そろそろ、夏の始まり…インターハイの季節だ。晶は、毎日遅くまでバスケの練習をしていて、僕達はそれを陰ながら応援している。昼食のサンドイッチも、実際は毎日遅くまで続く部活の練習で疲れているであろう晶を労う為の差し入れの代わりだったりするんだよな。
今日の午前中に終わったバージョンアップ。バージョンアップ以降、初めても僕がログインしてみると、すでにログインを済ませていたガイアからメールで鞄の試作品にOKの返事が出ていた。
なので、僕は皆との待ち合わせまでの時間を使って少しずつだが【ワールド】専用の鞄を作り始めている。最後に施す刺繍はアキラの仕事なので、一つとして完成する事はないのだけど、時間の有効利用は大切だからな。
ちなみに、ログイン直後には神殿前の広場に寄ってバージョンアップの内容を確認してみたが、昼休みに蒼真達とサイトで確認した内容とたいして変わらなかった。それと、SPが貯まっていた事に気付いた僕は、《探索》スキルを《見破》スキルへと進化も済ませている。
『シュン、いるのか?』
約束していた時間よりも少し早いが、アクア達が来たらしい。
『いるぞ。うん?ジュネ達も一緒か…えっと、七、八、九人か。まぁ、紅茶でも飲みながら自由にしてて。もうすぐ、アキラ達も来れるみたいだから』
人数分の紅茶を入れていく。ここにいる何人かは、すでに珈琲よりも紅茶が好きと言った身体に改造済で、僕の淹れる紅茶を何においても楽しみにしてくれている。紅茶好き仲間が増えたのは、僕にとっては何よりも嬉しい事だからな。
『ただいま。あれ?アクア達、もう来てたんだね。もしかして、待たせちゃったかな?』
『おかえり。皆、今来たところだから大丈夫』
僕としては逆に、紅茶の普及を推進力する時間を得れて有り難かったくらいだからな。
『ただいま』
紹介者と紹介される者がほぼ同時にログインしてきた。
『おかえり。皆も揃った事だし、予定より早いけど始めるね。すでに皆も会った事は有ると思うんだけど、こちらがフレイ。この度、【noir】の新メンバーになりました』
『そう言う事になったから、改めてヨロシクしたってな。【noir】での担当は《鍛冶》関係。変わった依頼を持って来たってな。大歓迎やから』
軽くフレイの紹介も済ませて、検証の話しを始める。
『じゃあ、私から、《光魔法》と《闇魔法》、取得出来た』
普段は自分から進んで話さないジュネが、真っ先に話始めた。
相変わらず、短く言葉を切って淡々と話す。これだけは何回言っても治らない。まぁ、最初に自分から話始められるくらいには正式稼働からの数ヵ月で皆に気を許しているんだろうけど。
さらに驚く事に、ジュネは新しい属性の魔法スキルの取得を既に済ませたらしい。パッと見た感じでも凄く嬉しそうなのが分かる。だから、妙にテンションが高いのか?
『えっ、もう?どうやったの?』
『三属性で、光か闇、上位属性の選択』
『…なるほどな』
どうやら三つの属性魔法スキル取得で、光か闇どちらか一つの上位属性魔法スキルを取得出来るようだ。三つも属性魔法を取得しているプレイヤー自体が稀な存在なので、ジュネが居なかったら知り得ない情報かもな。少なくとも【noir】のメンバーだけでは、見付けられない内容だろう。
その結果、六属性を持っていたジュネは光と闇の両方取得出来たらしい。それにしても、これで八属性持ちですか…全く半端ないですね。
属性魔法スキルの複数取得が上位属性の条件だったみたいだけど、これが追加された複合スキルにもなるのか?もしかすると、このパターンは生産系でも有るかも知れないな。
『次は俺で良いか?俺とレナは洞窟ダンジョンを見付けた。見付けたと言っても、たまたま歩いていた時に街の東側の断崖絶壁に、ぽっかりと空いた洞窟の入口が比較的見付かり易い感じで出来ていただけなんだが』
次はドームからの報告だ。
ドーム達は、早くも二つ目のダンジョンを発見したんだな。比較的に見付け易い場所と言っても偉業だと思う。
でも、これで僕の中の謎が一つ解けたな。多分、地理的に洞窟ダンジョンを越えた場所に港湾の街【ポルト】が有るのだろう。これには、絶壁の存在を理解している人達からは同意見を得られた。
『じゃあ、新入りのウチが【noir】を代表して一つ報告や。バージョンアップで南の川の向こう側に追加された鉱山ダンジョンでは銀鉱石が採掘出来るねん。これがその銀鉱石を加工して作った銀製の武器や。使ってみた結果としては、なかなか良い素材やな。ちなみに、【ワールド】はすでに鉱山ダンジョン攻略中や』
フレイは報告をしながら、鞄から銀で作った剣と槍を取り出した。皆も興味津々と言った感じで手に取ったりして見ている。アクアに至っては、すでに製作の依頼や相談もしてるぐらいだし。
『あっ、そうそう。さっき、街に帰って来た時にドームと露店に寄ったんだけど、消耗品系のアイテムが売り切れてたり、買うのにも一人あたりの個数制限が有るアイテムも有ったよ。新規のプレイヤーは気兼ねなく買えるみたいだけど、私達みたいに初期から参加しているプレイヤーは買えない物とかも有るみたい』
また、意地の悪い設定だな。
基本的に自給自足が出来そうなくらい生産系スキルが充実している【noir】は良いけど、露店に頼っていた他のプレイヤー達は大変だよな。ゆくゆくは、消費アイテム等もショップで売ったりして、プレイヤーのサポートを陰から出来るようにしたいな。
その事を踏まえて考えると、前のイベントにも感じた違和感と言うか、妙な生産系スキルの優遇はこの為の布石だったのかも知れないな。
前回のイベントに参加したプレイヤーは、そのコウリャク過程でかなり幅広い事をやらされている。生産系を取得していないプレイヤーでも採取や採掘をしないといけなかったからな。多分、攻略するのは大変だったんだろう。今後使うかどうかも疑わしい生産系スキルを新たに取得しているプレイヤーも多くいたみたいだからな。
その後も様々な話をしていくが、バージョンアップについては新しい情報は出てこなかった。
ただ、【noir】のホームに来るまでの間に、【シュバルツランド】の街中を中心に新規プレイヤーとその新規プレイヤーをギルドに勧誘している者で溢れていて、勧誘に失敗したプレイヤー達が少し殺伐とした空気を発しているのを感じたようだ。それと同じくして、街の周辺で弱い魔物相手の狩りをする以前の僕と同じようなプレイヤーが増えている事も分かった。
まぁ、街の近くは比較的に安全だからな。しばらくの間は近くの狩り場は新規のプレイヤーに譲って、僕達は遠出した方が良いかも知れないな。
『まぁ、今のところ分かるってるのは、これくらいなのかな。皆はこれからどうするんだ?』
『俺達は、せっかくドームやレナが洞窟ダンジョンを見付けから、洞窟ダンジョンの攻略をメインにする予定だ。その為にも武器を…』
さっきから、新しい武器の事しか頭に無さそうだな。
『私達も、洞窟ダンジョン、目指せ【ポルト】』
アクアもジュネも各々のパーティーメンバーと相談して答える。確かに、新しい街や推定踏破系のダンジョンの魅力には勝てないのも事実だ。
『僕達は、どうする?』
『ウチは、鉱山に行きたいな』
『私は、どっちでもOKだよ。ただ、依頼の鞄も有るから、しばらくダンジョンの攻略は無理かなとも思う』
そう言えば、リツとの約束も有ったな。それも利用させて貰おうかな。
『じゃあ、週末限定で僕達【noir】は鉱山の方に行ってみようか。フレイなら、銀鉱石以外の鉱石も採掘出来る可能性も有るよな』
【noir】としての方針も、まとまった時間の取れる週末までは、各自で依頼をこなしていく事に決まった。リツとガイアにもメールして予定を確認しておく。
アクアやジュネ達は、早速洞窟に向かって行くようだ。レナの話を聞く限りは、ダンジョン攻略よりも先に消費アイムの入手経路を押さえる方が先だと思うけどな…知ってると思うけど、消費アイテムは使えば無くなるんだよ。まぁ、自由に遊ぶのが一番なので、人の遊び方まで気にしなくても良いんだけどな。
それに、アクアは別として抜け目のないドーム達は露店に寄った時に。自分達が使う最低限の消費アイテムを押さえていると思うからな。
皆と別れたあと、僕とアキラは《鞄製作》に、フレイは採掘の道具類を新調する為に街に出掛けて行った。
土曜日の午後、ログイン直後にガイアとリツにコールを入れた。リツには依頼の報酬の一つとして洞窟ダンジョン方面を案内して貰う約束になっている。ガイアへの用件は濃い紺色をした同じ型の鞄百個の納品の為だ。性能もガイアの注文通り、僕が知り合いに渡している物並みの品質に仕上がっている。
鞄その物を作るよりも、僕としては価格を付ける方が難しかったのだが、フレイが一つ五万フォルムと値付けしてくれている。これ以下の値段では、性能と価格のバランスが釣り合いが取れないらしく、他のプレイヤーが売っている鞄が売れなくなるらしい。勿論、【noir】だけで独占するのを防ぐ意味合いも有るようだ。
価格の方は、既にガイアにも話して有り、即答でOKの返事も頂いている。ただ、資金的に一括払いは【ワールド】の懐具合が苦しいので分割払いにして欲しいらしいけどな。まぁ、お金に困っていないから、払ってくれるのなら何回払いでも構わないのだけど。
『シュン、今日は【noir】では何かしらのイベントでも有るのですか?ホームの前に、もの凄い人だかりが出来てますよ』
ガイアからコールが入る。ホームの前?と言う事は…【le noir】か?でも、おかしいよな。ガイアの依頼で忙しくて、まだ商品が置けてない開店休業中なんだけどな。
『…特に何も無いはずだけど?中には入れそうか?』
『う~ん、やってみます』
コールが切れる。僕も窓から外を見てみるが、かなりのプレイヤーが集まっている。
一体何なんだろう?やっぱり、鞄を買いに来たプレイヤーなのか?もしかして、鞄事件の時に不良品をわたしたプレイヤーからのお礼参り…いや、それも違うか、そんな殺伐とした雰囲気ではないよな。
『いらっしゃい。それで、外で何が有ったのかは分かった?』
ようやく人の間を縫ってホームの中に入ってきたガイアから、直接話しを聞いた方が一人で考えるよりも早そうだな。
『このホームに入る時に『【noir】の方ですか?ギルドに入れて下さい』とか『鞄を売って下さい』とか言われて、中に入るの滅茶苦茶大変でしたよ』
『はい?』
鞄の方は予想通りだから分からなくないけど、ギルドに入れてくれと言うのはどう言う事だ?
『ですから、シュン達【noir】のメンバーの出待ちですよ。あれは…』
『えっ~と…ガイアさん、僕をからかってる訳では…ないんだよな。鞄の販売はともかく、最近三人に増えたばかりの超が付きそうな零細ギルド【noir】の事をどうやって知ったんだ?そもそも、【noir】も【le noir】も細々と活動…いや、活動自体をしてないはずだけど』
『えっ!?シュンは知らないんですか?情報系サイトでは極大ギルドホームとか、黒の職人さん率いる生産系ギルド、ゲーム製作会社推奨の優良鞄店とか言われていますよ。新人プレイヤーの《銃士》の比率も若干ですが、増えてるみたいですし。流石は私のシュンです』
いえ、あなたのシュンになった覚えは有りませんけど。それよりも…
『マジっすか!?』
全く知りませんでした。普段ギルドメンバーは、ゲートを使って移動するのでホームの入口からからは滅多に出ないから、街の情勢までは知らなかったよな。
考えたくはない事だけど、下手をするとバージョンアップ以降毎日こんな感じだった可能性も有る。
入口を使わないのなら、あんなに立派で目立つ入口は特に無くても困らないのではないかと言う事にもなるのだが、入口はギルドメンバー以外用として必要だ。確かに、目立つ必要は無いのだが間違えない為にも分かり易い必要は有るからな。
『シュンさん、あの…』
リツからも同様のコールが入った。ガイア同様に、どうにかしてホームの中に入ってきてくれと伝えた。
かなり、困った事になってきたな。黒の職人さんの件に関しては、顔がバレてないだけで色々な動画が出回っているし、このままホームの外に出れば、僕が黒の職人さん本人だと即効でバレる可能性も有る。
『リツ、せっかく来て貰ったのに悪いと思うけど、鉱山ダンジョンに行く予定を来週末に変更しても良いか?それと、今から【noir】のゲート設定をフレンドも使用可能に変更する。ガイアの許可さえ有れば【ワールド】のホームとも直接…』
ガイアとリツが同時に頷いたので、その場でゲートの設定を変更し【ワールド】のホームと直接繋げさせて貰う。
ゲート登録の認証作業には、当然反対側にあたる【ワールド】のガイアにも協力して貰っている。どちらかのゲートでまとめて登録出来るこのシステムは便利そのものだった。
『よし。今ゲートを繋げた。申し訳ないが今日はゲートから帰ってくれるか?僕は一週間かけて装備の外見…少なくとも街での活動用を変えようと思う』
今の装備でも、動画の時と見た目は変わっているが、MVP受賞の時に色々と撮られているからな。念には念を入れた方が良いだろう。
『あの状況を実際に見たので仕方ないですよね。それで、ゲートを繋いだって事はですよ。今後、私達はゲートから来させて貰っても良いのかな?』
『流石に、【ワールド】のメンバー全員は無理だけど、ガイアやリツに、それとこの前来たメンバーなら、そうして貰っても大丈夫だな。それよりも、二人には今回多大な迷惑をかけたみたいで、本当に申し訳ない』
頭を下げる。この状況の僕には頭を下げるしか出来る事が無い。ガイアとリツは、【noir】のメンバーではないにも関わらず、【noir】のメンバー、もしくは関係者として顔がバレてしまったのだ。これから先、どんな迷惑をかける事になるんだ?今の僕には想像すら出来ない。
まぁ、当の二人が手軽にゲートを利用して【noir】に来れるようになった事を喜んでくれているのが、せめてもの救いだな。
『では、また来週末に。メールかコールしますね』
ゲートからガイア達が帰って行く。窓から覗いてみるが、外はまだかなりのプレイヤーがいるようだ。ちょっと嫌になってくるな。
『ただいま。遅れて…おやっおやおや、まだシュンだけなんか?ちょっと遅れたかもと思ってたんやけど、これやとセーフやな。セーフ』
甫母時間通り…若干遅れ目でフレイがやって来た。
『いや、アウトだ。さっきまではガイア達も居たんだけど…』
『あれ?やっぱり、ウチ遅れてもうたんか?それやったら、堪忍してな』
『あぁ、そっちは大丈夫かな。アウトと言ったのは、ちょっと面倒な事になっててな』
僕は窓を背後に親指で指差して、外を見るように促した。
『…うん?あれ、どないしたんや?なんや、祭りでも有ったか?』
不思議な顔をして記憶の底から何かしらを思い出そうといるフレイに、僕は今までのやり取りと鉱山行きは来週末に延期した事を話した。
『それは…楽しみにしてただけに残念やけど、こればっかりはしゃあないわな。これやと、しばらく入口は使用禁止やな。それで、対処法としては…この際装備は新しい物に変えるとして、専用の裏口でも作るんか?』
フレイも装備を変えるみたいだな。まぁ、変えると言っても全部自分達で製作するのだけど。
『ごめんなさい。少し遅れちゃった…あれ、二人共怒ってる?』
しばらくして、アキラもやって来た。
僕等の険しい表情を見て怒っているように感じたアキラ。なので、アキラにもフレイと同じ説明をした。まぁ、今回はフレイからの少し過剰な演出も含まれていたけどな。分かりやすくなっていたので、あれはあれで有りだろう。
『うわ~、本当に大変な事になってるね。それで、二人は具体的にどんな装備に変えるの?』
アキラも、外の様子を確認して全てを諦めたらしい。まぁ、無理もない話なんだけど…
『ちょうど良い機会だから、装備を全体的に強化するのと、街中を歩く用にも装備を用意する予定だ。僕ならローブマントの色や形を変えるとか、いっそのこと街中ではローブマントを外すとか、かな。アキラ達なら新たにローブや帽子を新たに装備するぐらいで、外見の印象が変わると思うから、それだけでも大丈夫だと思う。あと、しばらくの間は入口の使用を絶対に禁止にして、斜め前に有る【プレパレート】のホームに行くにしても遠回りになるけどゲートを使って移動するくらいかな。だから、各々で欲しい物をリストアップしてくれ。革は僕、布はアキラ、金属と細工はフレイをメインに製作しよう』
すぐに、思い付くのはそれぐらいだよな。
それから三人が三人共に装備の要望を出していく。僕達が好む装備ではフレイがメインとなって担当する物が少なかったが、どの装備にも宝石や金属を部分的に使ったりするので、結局は一番忙しくなるはずだ。
アキラは、リツとフレイに作った物に似た籠手と部分的に金属を使った胸当て、ブーツ、服、扇を新しくした。
【西白星・籠手】防御力20〈特殊効果:弓の攻撃力+10〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
【東白星・扇/短剣】攻撃力35〈特殊効果:扇と短剣への変形〉〈製作ボーナス:速度上昇・中〉
※東西南北白星セットボーナス:MP回復速度上昇・大
同じギルドと言う共通点のお陰か?それともデザインが似ているからなのか?詳細は分からないが、フレイが作った物と僕が作った物を合わせてもセットボーナスを付ける事が出来た。ますます、条件が不明になったな。
そして、特殊効果やボーナスを含めて初めて大の効果が付いた。生産者としては嬉しいかぎりだ。防具を見てもアキラが作った服のデザインとフレイの作った胸当てのバランスが凄く合っている。全て白が基調となっていて、アキラには良く似合い思わず見とれてしまった。
僕が、ちょっと見とれていた事を誰にも気付かれてなければ良いのだけど…
フレイは、この前僕が作ったガントレットに合うブーツと上半身は二枚を重ね着する事も出来る左右の袖の長さと全体の生地の厚さが違う武道着。下半身にはその武道着に合う七分丈のハーフパンツ、その上から右半分の腰から下に装備するマントらしきものを装備している。フレイは武器も新調しており、僕とフレイの合作で三節棍を作っている。
この三節棍なのだが、製作過程で僕とフレイが宝石を《細工》したり、《錬金》を使ってこれでもかと遊び心をふんだんに加えていった結果、他人には見せる事の出来ないとんでもない物が出来上がってしまっている。
【フレイムブーツ】攻撃力30/防御力30〈特殊効果:火属性効果上昇・少〉〈製作ボーナス:回避上昇・中/耐火〉
【三位一体節光棍】攻撃力60〈特殊効果:火属性/水属性/風属性〉〈製作ボーナス:光属性〉
通称【三節棍】の三節に分かれる部分各々に別種の属性が付いており、一本の棍状態で使うなら光属性になる。遊び心で三節の部分に三属性の宝石を使ったのだが、上位属性まで付ける事が出来るとは思わなかった逸品に仕上がっている。
また、フレイのブーツは薄い青を基調とした炎のラインアートをデザインしていて凄く格好良いと思う。それに、フレイには青が良く似合うと思う。
最後に僕は、今まで三つに別れていたホルスターを一つのアイテムとして作り直した。さらに、手持ちの【ハンドガン】を【デルタシーク】に変更して、その内一丁だけ色を黒に変えて状態異常弾専用にしている。
【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
※四丁収納可能
腕輪と胸当てには部分的に銀を使いフレイと僕で合作し、革製のブーツは僕が一人で製作している。残りの服だが、これはアキラに作って貰った。
【ノワールブレスト】防御力25〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:重量軽減・小〉
【ノワールバングル】防御力15〈特殊効果:回避上昇・小〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
【ノワールブーツ】防御力15〈特殊効果:速度上昇・中〉〈製作ボーナス:跳躍力+20%〉
【ノワールクロース】防御力20/魔法防御力15〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:耐火/重量軽減・小〉
防具を全部合わせれば、アキラの武器の時と同様にセットボーナスが付くかな?と密かに期待していたが、今回はセットボーナスが付く事は無かった。セットボーナスの発生条件が本当に判明しないよな。まぁ、検証している数も少ないので法則が判明しなくても仕方の無い事だと思うけどな。
他には頭の上に付けていた【ゴーグル】をやめて、レンズの下側だけに縁が付いた【ダテ眼鏡・赤】をかけている。銃と眼鏡以外が真っ黒なところに変わりないが、見た目の印象は変わっている事だろう。特に【ゴーグル】から【ダテ眼鏡】に変えたの大きいと思う。
今まで街中では、ローブマントに付けてあるケモミミフードを被っていたが、これから街で行動する時用にケモミミを完全に隠し通せる物に変更した。これにより、フードを被った状態では、僕の種族を特定するのは無理だろう。ローブマントのデザイン自体もより幻想的に変更したのでパッと見は《魔術師》にしか見えない。変装を兼ねた装備としては最高だと思っている。
これだけ頑張ったからには、他人から見た印象も変わっているはずだ。もはや、一目見ただけでは僕が黒の職人さんだとバレる事は無いだろうと内心では自信を持っていた。まぁ、三人がかりで一週間も費やして装備の製作をしたのだ。簡単にバレて貰っても困るのだけどな。
先週末の土日は、ホームの前で【noir】のメンバー目当てに集まる多くの新人プレイヤー達が出待ちと言う名の張り込みを続けていたが、この平日五日間は人が少なかった。
その出待ちの人が少ない平日の間に神殿から女性のNPCを店舗で雇う契約も済ませているし、その店舗で扱う鞄の在庫も万単位で用意して有る。しばらくの間は僕達が店舗に直接立つ事が出来ない為、店舗の運営はNPCにお任せ状態になるだろうな。
これで、鞄目当てのプレイヤーの出待ちは減るだろう…と言うか、頼むから減ってくれ。僕達からの切実なお願いだ。
ちなみに、店舗用のNPCは接客販売と倉庫からの補充を含めた在庫管理を自動でしてくれるらしい。だだ、オーダーメイド品等の個別な依頼を受けたりとか突発的な事に判断する機能はついてないみたいだ。まぁ、今の僕達にはその方が逆に都合が良いんだよな。
そして、また次の土曜日がやって来た。
『う~ん。先週よりも確実に増えてるよな…』
何故だ?僕に出来るだけの対策は済ませたはずだよな。少なくとも鞄はNPCから買えているはずだから、カバー目当ての客は減っているはずなのだから。
『シュン、今サイト見て来たら、【noir】の情報が先週よりも充実してたよ。ギルドメンバーの構成とかも何故かバレてるみたい』
情報サイトの確認の為に、一度ログアウトしていたアキラが戻ってきた。
この世界観にもストーカーでもいるのだろうか?もう少しプライバシーを優先させて欲しいんだけどな。全くもって、頭が痛くなる話だ。
『それと、これは言いにくいんだけど…』
『その感じだと、写真や動画が載ってるのは僕だけってところかな?』
『…うん。やっぱり分かっちゃった?』
本気で頭が痛くなってきた。そんなステータス異常は無いはずなんだけどな。
まぁ、何にしても装備を変えて本当に良かったかな。
『この調子なら、しばらくは無視しとかなアカンのやろな。諦めて今日のところは予定通りゲートから出て鉱山ダンジョンのデビューやな』
フレイの言う通り、今日の予定は鉱山ダンジョンでの採掘、リツ達も待たせているので予定は変えられない。
流石に、二度連続のドタキャンは人として間違っていると思うし、終わっているだろう。それに、【鍛冶】命のフレイにとっては採掘禁止のお預け状態続く現状が、すでに我慢の限界って感じなのだから、ストレスの発散の為にも必要だろうな。
『そうだね。最初に神殿に転移して、南の門までは静に目立たずに行こうよ』
『うん。それが良いだろうな』
僕もアキラの案に賛成する。ガイアとリツの二人との待ち合わせは、門の外を指定しておいた方が無難だろう。
『お待たせ。少し遅れてごめんなさい』
周りの目を警戒して、なるべく人目の少ない路地裏を通りながら目的の門を目指した為に、少し待ち合わせの時間を過ぎてしまった。アキラが僕達を代表してガイアとリツの二人に謝る。ガイアとリツには重ね重ね申し訳ない話だ。
『遠目から見ましたが、今日もギルド前は凄かったですもんね。気のせいかも知れませんが先週よりもプレイヤーの数が増えてませんか?』
会話をしながらも五人でパーティーの登録を済ませて、歩き始めた。
今回組んだパーティーには、ドームやレジーアみたいな完全な壁役はいないけど、前衛に安定のガイアがいるので安心出来るだろう。フレイも前衛向きのプレイスタイルだが生産がメインなのであまりレベルは上がってないからな。
『多分、増えてるな…一応、店舗の方には対策を施してるけど、あまり意味が無かったみたいだからな。それに、ギルドの方はな…僕には、どう対処したら良いものかが、さっぱり分からない。【ワールド】の方は大丈夫なのか?第一回の公式イベントの覇者で【noir】よりも遥かに有名なギルドだろ?』
リツ達にも先週に引き続き迷惑をかけ、心配してくれているのも伝わってくるので、ギルドの内情を少しだけ教えておいた。
『まさか、【noir】よりも有名って事は絶対に無いですよ。それに、私達は大きなトラブルも無いですし、シュンみたいなトラブル巻き込まれ体質な人もいないですからね。バージョンアップ後に少し人数も増えたので、現在はレジーア達を中心に数パーティーに分けての指導兼レベル上げをしているとこですね』
『そうか…』
凄くまともな感じで羨ましいのだけど、トラブル巻き込まれ体質と言うのだけは言わないで欲しかった。そして、アキラとフレイも僕から目を逸らさない。
普段なら綺麗は正義が絶対主義の僕だけど、今日だけは平和が正義だな。
『あ、あれですよ。そう、【noir】は少し特殊ですからね。人気が出ても無理ない話ですよ。少人数で大規模、一種のステータスってところですかね。それに、ギルドマスターがMVPで黒の職人さんですし…』
全くもって不本意な話ばかりなんだよな。やっぱり、あの時にどうにかしてMVPを返上するべきだったよな。もう手遅れの後の祭なのだけど…
『そろそろ川に着きます。皆さん、気をつけて下さい』
話しながら歩いていると川まで着いたようだな。
えっ~と、川までが普通に歩って約40分くらいだから、その間ずっと凹んでいたのか?全く不健全な話だよな。でも、そろそろ気分を切り替えないとな。
『そやそや、大事な事を聞き忘れてたわ。この川は、どないして渡るん?』
フレイがもっともな事を確認している。
それは、僕も気になっていたんだけど…この川は、ただ川と言っても反対側の岸まで渡るにはかなりの川幅と深さが有る。まさか、身体に任せて泳いで渡る…と言う事は無いよな。泳ぐ事は出来るが濡れるのは嫌だぞ。
『フレイもシュンも、そんなに心配しなくても泳ぐとかは無いですよ。もう少し向こうに、以前は無かったんですが橋が出来ていて、その橋を越えてしばらく道なりに歩くと鉱山に着きます。バージョンアップで新しく出来た街とバージョンアップ前から有った鉱山ダンジョンが一緒になってるんですよ。それと橋を越えるとモブの強さが一気に変わりますので注意して下さい』
言葉に出したフレイはともかく、この川を泳いで渡るのが嫌だと言うのが僕の顔に出てたかな?まぁ、フレイやアキラも同じなんだろうけどな。
それにしても、橋とかも出来てたんだ。バージョンアップの度に少しずつだけど地形にも変化があるようだな。でも、そうなると今後のバージョンアップも楽しみになってくるな。
バージョンアップ後の鉱山ダンジョンは、街の中に入口が有る為、一度街に入ってからしかダンジョンに入れないらしい。まぁ、鉱山の街【ヴェルク】も、今回の遠征の目的の一つなので、僕達的には一石二鳥なのだけど。
今日は、ガイアとリツを含む五人でパーティーを組んでいて、ガイアとフレイが前衛、僕を含めた残り三人が後衛となっている。だから、《探索》スキル進化させた僕は全く気付く事が出来なかった。
〔『皆、振り向かずに聞いてね。街を出た時からなんだけど、何故か私達は尾行されてるみたい…多分、二人かな?初期装備みたいだし新規のプレイヤーさん?かな』〕
アキラが急にパーティーチャットで会話をしてきた。
この機能は以前から有る事は知っていたが、使うのは初めてだ。まぁ、今までは基本二人パーティーだったからな。使う必要が無かったから仕方が内のかも知れないけどな。
〔『皆さん、どうされますか?』〕
『どうされますか?』と言われてもな…相手の目的が分からない事には、僕としては対処方法が思い付かないかな。
〔『近くに魔物もいるみたいだから、初心者を置いて逃げるのも気が引けるよね』〕
〔『ほな、ウチが少し話てみよか?』〕
〔『じゃあ、頼むよ。僕達は先に近くにいる魔物を片付けるよ』〕
僕達はパーティーチャット維持した状態で話を切り上げ、各々の行動に移る。現れた魔物は新種で、大きなパンダらしき魔物の群れだ。
『一撃の威力が大きいです。後衛は援護より回復と補助をお願いします』
ガイアが真っ先に魔物の群れの中に突っ込んで行きながら、背後の僕達に指示を出す。
僕達を尾行していた二人のプレイヤーは、あまりの出来事に茫然自失になっている。あちらはフレイに任せよう。きっと、悪いようにはならないはずだから。現に、僕も初めて声を掛けられた時は安心したからな。
『ガイア、リツ、アキラ、〈防御力上昇〉〈回避上昇〉〈速度上昇〉だ』
左手に持つ【魔銃】から放たれる《付与魔法》を、次々と連続でキャストしていく。
その間にも僕は右手の【デルタシーク】では援護と牽制も忘れていない。
複数の魔物を同時に、初心者?組の方には絶対に近付けさせないように心掛ける。両手に二丁持っている状態なので、リロード時には少しだけ時間が掛かるが、今日はソロじゃない。アキラやリツが、その時間を稼いでくれている。パーティープレイは楽と言うか、行動する前に一呼吸出来るから落ち着けるし、安心するんだよな。
『アキラ、今回は《扇》スキルより《弓》スキルだ。その方が、ダメージの通りが良さそうだ』
進化させた《見破》スキルのお陰で、直接目で見るだけで手に取るよう相手の出方やステータスと名前までが判った。魔物の名前はパンにゃ。その凶悪な見た目とは違って可愛いらしい名前だな。
アキラも武器を扇から弓に変えて攻撃していく。相変わらずなのだが、他の人の攻撃を見ると、自分の攻撃力の低さが悲しくなってくるよな。
『視認で残り三体、ガイアそっちの一体は任せるね』
残りの二体に二人が矢を浴びせていく。僕はアキラとリツを、援護する為にパンにゃの足元に射撃していく。その隙にアキラとリツが同時にアーツを放った。
『〈フレイムアロー〉』『〈ウインドアロー〉』
『えっ!?』『うっ、えっ~~!?』
思わず、呆然と立ち尽くしてしまうアキラとリツ。火の矢と風の矢が渦のように混ざり合って、魔物に突き刺さると同時に炎の竜巻が天高く巻き起こった。
僕が知る上で過去最大級の一撃を喰らった魔物は、魔物を倒した時に出る光の泡すら残さなかった。アキラ達二人は何が起こったのか分からないようだが、僕は《見破》スキルのお陰で何が起こったのかを知る事が出来ている。
『《跳弾》《曲射》…《零距離射撃》』
まだ一体残っているのにも関わらず、二人はアーツが放たれたその一点だけを見つめて茫然と立ち尽くしてピクリとも動こうとしない。まぁ、僕に動く余裕が有るのは、何が起こったか分かっているからなのかも知れないけどな。
僕の視界の端では、ガイアが受け持った一体に止めを刺してた。
【デルタシーク】から放たれた《跳弾》は、地面に反射して勢いを増していく。さらに、銃弾を反射させている間に【魔銃】から《曲射》を放ち、僕は相手の懐の中まで一気に切り込み、止め代わりに【デルタシーク】で《零距離射撃》を放った。
その三連発コンボによって残っていた一体も倒れた。勿論、光の泡を霧散させながら…
まぁ、いくら攻撃力の無い銃と言っても、アーツの三連発で僕に出来る最大限の連続攻撃だ。倒れて貰わないと困るのだけど…僕としては切実にな。
『シュン、そちらも終わりましたか。それで、あの二人には何があったのですか?私は全く見てなかったものでして』
ガイアが近付いてきた。あんなにも派手で目立つアーツだったのに全く見てなかったらしい。
『あとで良いなら説明する。それよりも今はあっちだな。ガイア、アキラ達をお願いします』
今は、アキラとリツのアーツよりも、フレイ達の方が気になっている。まぁ、フレイを含めた三人共、パッと見たところで被害は無さそうだから、急がなくても大丈夫なんだけど…どちらかと言うと、これは心情的な問題なのだろう。
『フレイ、こっちは終わったぞ。悪かったな』
〔『それで、その二人は何か話したのか?』〕
会話とパーティーチャットの二重会話だ。間違えないように注意が必要だが、こう言う時には便利な機能だよな。
『お疲れさん、それは気にせんでもええで。こんなんは基本適材適所やからな。そっちは…なんや、あの二人は?大丈夫なんか?』
〔『あかんわ、全く何も話さへんわ。まぁ、注意して見てたからケガだけはさせてへんで』〕
あの二人か…多分じゃなくても、アキラとリツの事だろうな。
『大丈夫だ。あれについては、あとで皆と一緒に話すな』
〔『そうか、ありがとな。お疲れ様』〕
僕も一回見ただけだからな。考え…と言うよりも、どう説明するかをまとめる時間が必要だからな。
『取り敢えず、名前も分からないそこの二人に聞いて欲しいんだけど…僕はシュン、こっちはもう自己紹介終わってるかも知れないけどフレイ。【ヴェルク】までは一緒においでよ。この辺りで出現する魔物は新人プレイヤーには、ちょっと辛いから』
今までの戦闘は見ていたのだろう。この提案には、二人共が黙ってコクコクと頷いた。まぁ、ちょっと闘ってみた結果、僕もソロで戦闘するのは遠慮したい場所だからな。一体ならともかく、群れは無理だ。
それと、僕の知っている問いかけに頷いたと言う事は、こちらと全く意志疎通を取る気が無いって事では無いみたいだな。
『ほな、あっち行こか』
無口な二人を引き連れて、まだ呆然としていた二人の方に近付いていく。
『そっちも、まだあかんか?』
〔『こっちはアカンわ。取り敢えず、街までは一緒に行く事になったで』〕
『こっちは、もう少しかかりそうですね』
〔『分かりました。お疲れ様です』〕
茫然としている二人が回復するのを待つ事に、この感じだとしばらく戻ってくるのは無理だろうな。
この場所で、優雅に紅茶は無理だけど、クッキーを摘まみながら紅茶で休憩するくらいなら大丈夫だろう。僕は、名前も分からない二人を含めて全員に配った。名前も知らないからと言って、仲間外れにする気はないからな。
『…あれは、何だったんでしょうか?』
リツが、まず戻ってきた。
『…あれは何?』
間髪入れずアキラも…
『僕は、《見破》スキルのお陰で大体は分かった。あとで説明するから、先に皆で街まで行こうか』
別に、この場で説明しても良いのだけど、また新人?組を守りながら魔物に襲われるのは非常に面倒臭いし、新人?組に聞かせる話でも無いからな。
『それで、無事【ヴェルク】に到着した訳だけど…そっちの二人は何か話す気になったか?』
まぁ、話す気になれないなら、ここで別れるだけの事なんだけど。
少し考えて。お互いの顔を見合せて頷き何かしらの覚悟を決めた新人プレイヤーであろう二人はガイアとリツの二人を指差した。
『私…達ですか?』
ガイアとリツはお互いの顔を見合いながら、首を傾げている。多分、指を指された理由が分からないんのだろう。
『俺はカゲロウ、ダークエルフで《防衛士》の《調合》持ちです』
『私はヒナタと申します。エルフで《魔術師》をしてます、生産系は《木工》を取得しています。私達をお二方の…』
『『ギルドに入れて下さい』』
二人は同時に頷き、順番に口を開き一つの文章を紡ぎあげ、揃って頭を下げてくる。
『『お願いします』』
どうやら尾行されていたのは、僕達ではなくガイア達らしい。
どうでも良い事だが、なにかとカゲロウくんとヒナタちゃんの行動が揃うよ。僕とジュネは双子にも関わらず全くシンクロしない残念な双子だから、ちょっと羨ましく感じるな。
『すみませんが、【ワールド】は、人間種限定にしているんです。だから、エルフとダークエルフのお二人を入れる事は出来ません。本当にごめんなさい』
それが【ワールド】に加入する為の唯一無二のルールだから、断られても仕方ないのだけど、カゲロウくんとヒナタちゃんの二人は、何故かお互いに顔を見合わせ驚きを隠せていない。
『どうかしましたか?』
今度はリツが聞く。ガイアも思わず聞きそうになっていたが、リツの方が一瞬だけ早かった。
『『???』』
誰が見ても明らかに動揺しているのが分かるのだが、加入を断られた事がショックです…と言う感じでも無いよな。
『あの~、つかぬことをお伺いしますが、お二方は生産系ギルド【noir】の方では、ないのでしょうか?』
『はい。違いますよ。私はガイアと言いまして【ワールド】のギルドマスターをさせて頂いております。【noir】の…』
〔『ガイア、頼む。僕達の事は、まだ秘密でお願い』〕
『…【noir】の方と、どうして私達を間違えたのですか?』
〔『はい。心得ました。シュン、貸し一ですよ』〕
『私達は、先週…えっ~と、ガイアさん達が【noir】のホームに入るのを見掛けたんです。それで、また今日街を出ていくお二方をお見掛けしたので、悪い事だと思いましたが跡を付けさせて頂きました。本当にすみませんでした』
また二人揃って同時に頭を下げる。もしかして、この二人も双子なのだろうか?
『そこまでして、どうして【noir】に入りたいんだ?』
僕は、その理由が分からないし、知りたいとも思う。今後の為にも…まぁ、ある程度は見当は付いているのだけど。
『僕達は、情報系のサイトで動画を見たんだ…』
やっぱり、あのPVPの動画が原因か…本当に迷惑な話だよな。動画職人達の編集の力で僕の実力以上の評価がされているのだから。
『…それで、他人の為に素材を安く集めて、多くの鞄を作って売っていたのが格好良かったんだ』
『私達はあの姿に一目で憧れたんです。それで、トリプルオーを始めたら黒の職人さんのギルドで生産活動や冒険をしようって二人で決めてました。だから…』
目の前にいる僕が、今話している黒の職人さんだと分かってないから、話せてるんだろうけど、言われている本人としては、かなり恥ずかしい…と言うか、恥ずかさを表情に出さないように隠すのでいっぱいいっぱいだ。そして…
〔『おい、そこの笑いを堪えてる四人、あとで覚えとけよ』〕
『えっと、今話してた動画っての言うはPVPの分じゃないのか?』
『それも凄かったけど、俺とヒナタは黒の職人さんのあの心意気の方に憧れを感じたんだ』
どうやら、完全に僕の思い違いだったようだな。でも、少し過大評価し過ぎだと思うんだけど………
〔『フフッ、シュン、きっと良い子達だよ。入れてあげても良いんじゃないかな。私ならOKだよ』〕
〔『そ、そやな。ウ、ウチも良いと思うで、悪い子や無さそうやわ…やっぱり、アカンわ。ウチは笑いを堪えきれへん。シュン、堪忍な』〕
〔『僕も悪い子達ではないと思うけど…そこの【ワールド】二人はニヤつかない。僕の正体がバレるから、フレイはもう少し色々と自粛して欲しいかな。それとギルドへの加入の件は少し考えさせてくれないか?一つ試してみたい事が有るんだよ。それに、他にもこんな事するプレイヤーが出てくると、今日のガイア達みたいに他の知り合いにも迷惑をかける事になるからな』〕
丁度良いから、この二人には実験台になって貰おうか。あっ、今の僕は、ちょっとだけ悪い顔してるかも知れないな。
〔『うん。それもそうだよね。分かった任せるよ。だけど、無茶は止めてよね』〕
〔『ウチも、無茶をしない範囲でなら了解やで、二人の憧れのギルドマスターさんに従うわ』〕
〔『フ・レ・イ』〕
〔『冗談、冗談やがな。シュン、落ち着かなあかんで。ほら、二つ目のが不信な顔をしてるやん』〕
少なくともフレイにだけは何かしらの仕返しを考えておこう。ティータイムのお茶菓子抜きとか、優し目なやつを。
『そうだね。君達の話は分かったよ。僕達は【noir】のギルドマスターをよく知っているから、君たちの事を話してみるけど、期待はしないでくれ。彼はかなりの変わり者だから。またこちらから連絡するから、どちらか一人は僕とフレンド登録をしてくれるかな?』
周りにいる四人が、より一層に笑いを堪えて耐えているのが分かる。だが、僕は嘘を言ってないぞ。僕が、僕の事をよく知っているのには間違いないし、下手をするとアキラやフレイの方が僕の事をよく知っている可能性も有るからな。
通常、お互いにフレンド登録をすると相手の名前や種族、所属しているギルドまで分かる。だが、滅多に使う事は無い機能の中に、簡単な連絡をする為だけのフレンド用に名前以外の詳細を秘匿する事も可能になっている。今回、僕は初めてその機能を利用させて貰ったが、意外に使い勝手の良い機能かも知れないな。
『ほ、本当に良いんですか?ありがとうございます。では、私が代表してフレンド登録させて頂きます』
ヒナタちゃんと言う女の子とフレンド登録をして別れる事になった。
『お~い。そこでゲート登録をしてから、ゲートで【シュバルツランド】に戻れよ』
最後に、嬉しそうな顔で僕達から離れて行く二人にアドバイスを送った。自力で戻ろうとして、死に戻りになったら、流石に寝覚めが悪いからな。
『さて、シュン。色々と聞きたい事も有るから、一回ホームに戻ろうね』
『そやな。ここまで来れたら、採掘の方はいつでも出来るからな。一人でも来れる訳やし、急がなくてもええからな。ウチも気になる事が有るんよ』
『そうですね。私達も、お邪魔してよろしいですか?』
『じゃあ、ゲート登録して戻ってからホームで話すか。ここだと少し聞かれたくない話しも有るからな』
あのアーツの事を話すなら、誰に聞かれてるか分からないこの場所を離れるくらいの用心は必要だろう。
装備
武器
【デルタシーク】攻撃力30〈特殊効果:なし〉×3丁
【銃弾2】攻撃力+10〈特殊効果:なし〉
【銃弾2】攻撃力+10〈特殊効果:毒Lv2〉
【魔銃】攻撃力40〈特殊効果:なし〉
防具
【ノワールブレスト】防御力25〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:重量軽減・小〉
【ノワールバングル】防御力15〈特殊効果:回避上昇・小〉〈製作ボーナス:命中+10%〉
【ノワールブーツ】防御力15〈特殊効果:速度上昇・中〉〈製作ボーナス:跳躍力+20%〉
【ノワールクロース】防御力20/魔法防御力15〈特殊効果:なし〉〈製作ボーナス:耐火/重量軽減・小〉
【ノワールローブ2】防御力15/魔法防御力20〈特殊効果:回避上昇・中〉〈製作ボーナス:速度上昇・中〉
アクセサリー
【ダテ眼鏡】防御力5〈特殊効果:なし〉
【ノワールホルスター】防御力10〈特殊効果:速度上昇・小〉〈製作ボーナス:リロード短縮・中〉
【ノワールの証】〈特殊効果:なし〉
《双銃士》Lv7
《魔銃》Lv6《双銃》Lv4《拳》Lv31《速度強化》Lv49《回避強化》Lv47《風魔法》Lv44《魔力回復補助》Lv49《付与魔法》Lv53《付与銃》Lv23《見破》Lv5
サブ
《調合》Lv14《鍛冶》Lv24《家事》Lv39《革職人》Lv44《木工》Lv21《料理》Lv21《鞄職人》Lv47《細工》Lv16《錬金》Lv16
SP 3
称号
〈もたざる者〉〈トラウマを乗り越えし者リターンズ〉〈略奪愛?〉〈大商人〉〈大富豪〉〈自然の摂理に逆らう者〉〈初代MVP〉〈黒の職人さん〉