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Ⅲ 反撃

「反撃だ! 反撃のときが来たぞ!」

 どこかで友軍の兵士が叫んでいる。そう、遂に反撃のときが来たのである。今まで防戦一方だった私は期待に胸を高まらせた。……復讐のとき来たる! 殺された戦友たちの無念を晴らし、奪われた国土を回復しなければならない。

 敵の攻勢は度重なる陣地線突破の失敗により下火になり、このカレリア戦線において進撃を停止したソヴィエト軍部隊が続出していた。

「おいおい、何回、銃の点検をしたら気が済むのかい?」

 私は銃の分解と組み立てを繰り返すヴァルデに問いかけた。彼もこのときを待ち望んでいたようだ。

 冬季迷彩の白い軍服に、スオミ機関短銃を肩に掛け、胸にはプーッコと呼ばれる狩猟時に使われる小刀を下げた。そして足にはスキーを履いた。フィンランド人にとってスキーは最も得意とするもののひとつである。理由は説明する必要もないだろう。この気候が、勝手に人々を一流のスキーヤーに鍛え上げてしまうのだ。

 ところで、我々の扱うスキーのストックは、なんと日本から輸入した竹で作られている。ソヴィエト兵の使うストックを見たことがあるが、あんなものは全く使い物にならない。薪にもならない粗悪品だ。スキー兵による高速を欲するならばストックを初めとする装備品は軽量でなくてはならない。

 十二月十二日。この地区のフィンランド軍は反撃という大きな賭けに出た。この賭けを考え出したのは、地区の指揮官、パヤリ大佐である。

「敵は大いに疲弊している。開戦した当時の勢いが全く感じられない。今こそ反撃のときである」

 大佐は占領されたコティサーリの町を奪回するために指揮下の全部隊を集結させた。私の属する中隊が含まれる民間防衛隊、四個大隊の四千人に、正規軍一個連隊が増援として追加された。

 兵力は全部で一個旅団程度といったところだろうか。敵の大軍に比べたらどうみても少ないが、敵は疲弊している。そして、ソヴィエト軍は反撃されることなど夢に思っていないだろう。

「攻撃は奇襲である。大胆に、そして迅速に行わなければならない。敵に考える時間を与えてはいけない。奴らに与えるべきは時間ではなく、恐怖だ!」

 作戦開始に先立って、ライホ中尉が部下たちに激を飛ばした。いよいよ始まる反撃のとき……!

 雪原が我々スキー兵で埋まった。スキー部隊の任務は高速を利して本隊より先行し、敵に対し撹乱工作を行うことだ。小隊ごとに分かれて行動を開始。我々は雪原を駆け抜ける。

 敵を迂回し、後方に回り込む。攻撃は行わない。森の中の道を、木を切り倒して封鎖し、大軍の通行が可能だと思われる開けた土地には地雷を埋めていった。これらの工作活動が作戦の肝である。我々は自然を知り尽くしている。つまり、何をすべきかを知り尽くしているのだ。

 本隊と合流後に行われたコティサーリの攻防は我が軍の勝利に終わった。奇襲が成功したのだ。敵は全く備えができていなかった。我が軍が町へ突入すると敵は銃を捨て、砲を放置し、我先にと逃げ出し始めた。なんと情けない光景だろうか。

 私はこれを目にして、喜び勇んで町に飛び込んで行こうとした。ソヴィエト兵たちが私に背を向けて、どうぞ撃ってくださいと懇願しているのだから。

「ミッコ! 気軽に町に入っていくな! 市街戦では敵が何処にいるのかわからない。思いもよらないとこらから弾が飛んでくるぞ。気軽に進むな!」

 そんなときに、クルキ曹長が私の軍服を引っ張りながら忠告してくれた。

 逃げ惑う敵兵の背中目掛けて射撃する。これは戦闘とはいえないだろう。一方的な殺戮だ。だが、侵略者には変わりはない。奴らに容赦する必要などどこにもなかった。市街戦は初めてであったが、敵がこの有様ではいくらか気が楽になる。

 クルキ曹長の言っていたとおり、市街戦では思わぬところで敵と遭遇する。視界が開けていないので、敵兵を視認することが難しい。思わぬところから射撃され、肝を冷やすこともしばしばだ。

 敵は完全に組織的な抵抗ができない状況であったが、抵抗する敵兵が全くいないわけではない。町中を掃討する場合は必ず数人で行動した。

「ミッコ! あそこの家の窓を見てみろ。狙撃銃の照準器が光っているのが見える。狙撃兵だ。裏口から回り込もう」

「危ないところだった。奴らめ、隠れることだけは得意だな。全く、手間を掛けさせてくれる」

 私と共に行動しているのはヴァルデである。生まれながらの猟師である彼は驚くべき効率で敵兵を見つけ出し、殺していった。

 敵は大混乱である。町内の道々がソヴィエト兵の血で赤く染まっていく。我が軍の兵士たちは今までの恨みを晴らすかのように執拗にソヴィエト兵たちを追い立てた。千人以上のソヴィエト兵が鏖殺された。

 放置された兵器の大半は我が軍によって回収された。これら回収された装備は次の攻撃時に大いに役立ってくれることだろう。ありあまる捕獲品に我々は武器の不足に悩まされることはなかった。

町中がソヴィエト兵の折り重なる死体で一杯だった。

「ん? あれはなんだ?」

 そんな中、私は死体の山の中から服装の違う死体を見つけた。豪華な身なり、指揮官と思われた。

「おい! これを見てみろよ!」

 ヴァルデが将校の死体の傍らにあった書類ケースから何かを取り出した。この地区のソヴィエト軍に関する情報が詰まっていた。私はこの書類を、ライホ中尉を通してパヤリ大佐に渡した。彼は攻撃継続の真価を確認したようだ。

「情報は正しければ、敵は我が軍が集結して行動していることをまだ知らないらしい。これは大きな好機である。次の町を奪回しなければ! 敵は油断している! 私に続け!」

 翌日、パヤリ大佐率いる部隊はリッツェンサルミの町へ攻撃を開始した。市街戦のコツはもうつかんだ。昨日と同じように露助どもを料理してやろうではないか。

 敵の兵力は歩兵一個師団。かなりの大兵力である。敵は町の家々から射撃してくる。厄介だ。敵の姿を視認しにくい。すべての家屋が敵の陣地と化していた。前回と異なり、敵は本格的な防衛戦を仕掛けてきた。町に接近する度に、幾人もの友軍兵士が倒れた。敵の重機関銃の火線が我々を襲う。今回はこちらが鉛の雨を浴びることになった。

 装甲兵力を持たない歩兵ばかりの我々はこうなると容易に接近することができない。無理に突撃しても無駄な戦死者を出すだけだ。敵火点を狙撃や迫撃砲で潰していく必要がある。だが、敵の大兵力の前にこれは下策だ。我々のほうが先に力尽きるのはあきらかである。どうすればよいのか?

 町を取り囲んだ我々と、篭るソヴィエト軍と熾烈な銃撃戦は、一昼夜かけても終わらなかった。

畜生(パスカ)。きりがないな……」

「家ごとふっ飛ばさないと、いつまでたっても町に入れないぞ」

 我々は重火器が足りなさすぎるのだ。輸送車輌がないので、大量の野砲を引っ張ってくることは不可能だった。仮に車輌があったとしてもこの雪、結局無理な話だ。何度も言うが、そもそも我が軍全体が砲不足の状態にある。

 戦闘は終わらない。両軍ともに一進一退。戦局は動かない。通常、攻撃側は守備側の三倍の兵力を必要とするとされる。この戦いはその原則に大きく外れていた。攻撃側が数で負けているのだ。原則を打破するには奇襲しかない。

 そんな状況下で、ある中隊長がパヤリ大佐に提案をした。

「大佐殿。このままでは我が軍は疲弊するばかりです。我が中隊をもってして、突入を敢行したいと思います。許可をお願いします」

「やってくれるか……。わかった。全力で援護させてもらう。無事に帰ってきてくれ……。成功を祈る」

 この膠着状態を打破するために、なんと一個中隊が捨て身の突撃を掛けることとなった。もちろん強要ではない。彼らの志願によって作戦は実行されるのだ。なんとも頼もしい連中である。私は彼らの生還と、作戦の成功を祈った。

「強襲! 駆け足前進! 立ち止まるな! 突き進め!」

 作戦が始まった。雨霰の阻止砲火の下、勇気ある兵士たちが町に向けて走り抜ける。全部隊が全力で突撃隊を援護する。

 集中する火力。巻き上がる爆煙。突撃路が切り開かれる。敵火点に機銃を連射、敵を撹乱させる。敵狙撃兵に照準を合わせる余裕を与えてはならない。迫撃砲弾で巻き上がる噴煙は突撃隊の姿を隠した。こうなると敵は盲射せざるをえない。敵の射撃精度は大きく低下した。

 だが完全に突撃隊を守ることは不可能だ。何本もの火線、砲火が突撃隊に襲い掛かかる。ひとり、またひとりと突撃隊の隊員が雪原に臥していく。一体、何人が辿り着けるのか?

 我々の精密な射撃と奴らの低い練度のおかげで、突撃隊の大多数は突撃に成功した。突撃発起点より最も近い家屋を占領し敵の防御陣に穴が開く。

「よし! やってくれたな。全軍突入せよ! 突撃隊の働きを無駄にするな! 進め!」

 パヤリ大佐が叫んだ。全隊が突撃を開始し、あっという間に町から敵兵は駆逐された。ソヴィエト軍は防衛戦に慣れていないようである。

 町から駆逐されたソヴィエト軍一個師団の残余は森の中に逃げ込んだようである。彼らは敗北の鬱屈した空気の中で森の中に塹壕を掘り、戦車を周囲に並べ、防御体制を整えていた。普通に考えれば森という自然の陣地と合わさり、強力な防御陣となったことだろう。

 しかし、彼らは自然を理解していなかった。

「かかったぞ! 敵は我々の作戦にまんまとかかってくれた!」

 我々は森の中に逃れた敵に対し、一切の攻撃を仕掛けなかった。攻撃する必要がなかったのだ。我々が行ったことは、敵の兵站に対する攻撃である。それに、森の中の道は封鎖されていたのだ。補給が行われなくなったソヴィエト兵は吹雪の森の中で、次々と凍りつき、死んでいった。

 森の中で絶望の淵にいる部隊を救うため、ソヴィエト軍は一個師団を送り込んできたが、我が軍の反撃で大損害を受け後退した。この退却を支援するために敵は空軍もよこしたが、地上は両軍の乱戦状態である。敵機の投下した爆弾はソヴィエト兵の頭上にも容赦なく降り注いだ。

 吹雪はひどくなるばかりであった。気温もどんどん低下する。敗走状態にあるソヴィエト軍はこの劣悪な環境下に耐えることはできず、次々と斃れていった。だが、あまりにもひどい環境は、我々の行動も制限した。スキーでさえも埋没する積雪量。歩くことさえままならない。

 パヤリ大佐は、連戦によって疲れ切っている部下たちの状況を理解していたが、それ以上に今ここで敵に息をつかせてはいけないことも理解していた。

「君たちの苦境は理解している。しかし、今が好機なのだ。鋼鉄の意志をもって戦い続けてもらいたい……」

 二十日の晩、我が軍はアグラヤルビ村を攻撃、翌日には同村を奪回した。さらに翌日、我々はアィット川までソヴィエト軍を押し返した。敵は長期戦に備え、そこに塹壕を掘り始めた。

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