転校生になりまして
◇◆翌日◆◇
“7時起きだかんな”
昨晩、寝坊グセのある私は沖田さんに釘を刺されたが……
「寝れるワケないって…」
目覚めたのは6時。
上半身を起こしてベッドの上からハンガーに掛けられた制服を見る。
赤のリボンに、ピンクのシャツ。
紺のブレザーに、グレーのプリーツスカート。
前の学校とは違って可愛らしい制服なのに、今の私にはその制服が不安の塊でしかなかった。
「…はぁ~~~……」
深く溜め息を吐いて立ち上がると、制服を取って、部屋着を脱ぎ捨てた私。
前の学校に戻りたいな…
できる事なら、転校なんてしたくない…。
うな垂れるようにして、最後に襟にリボンを通すと、そのまま部屋を出た。
「…珍し。ちゃんと起きてるし。」
「寝れなかったんですよ。」
先にリビングに出ていた私を目にした沖田さんは、目を見張っている。
「アンタって繊細??
そんな風に見えねぇけど。」
「私を何だと思ってるんですかっ!!」
やや八つ当たり気味に言って、作った朝食を運ぶ。
「アンタが作ったのか??」
並べられた朝食を見ながら、沖田さんが言った。
「そうですよ。
今日は早起きしましたから。」
その問い掛けに難なく答えると、ジロジロと目玉焼きを見つめ、匂いを嗅ぐ沖田さん。
「うん。普通だな。」
「普通ですよ!!
てか、普通の物しか作れませんから!!!!」
相変わらずの毒舌。
沖田さんの嫌味。
彼が放つ文句。
不快に思っていたはずなのに、そんないつもの朝が、私の強張った肩を解してくれるような気がして、少しだけ沖田さんに感謝した。
いつも通りにしてくれてるんだよね。
口は悪いけど、なんだか和むなぁ。
自分で淹れた紅茶に、息を吹きかけながらそう思った。
沖田さんが通っていると言う学校に着き、辺りを見回した私は、思わず興奮する。
右も左も、前も後ろも…
芸能人だらけぇ~~!!!!
「…アンタは、俺と同じクラス。」
沖田さんの背中に着いて行くのが精一杯な私は、その言葉を聞き逃す。
「え……??今…何と??」
「…だから、アンタと俺、同じクラス。」
面倒臭そうに答えた沖田さんは、足早に教室を目指して歩いて行く。
「待って下さいよ!!」
「アンタはあっち。
職員室へ行け。」
指を差された場所に視線を移している間に……
「おっ…沖田さん?!?!」
彼の姿はどこぞやに消えていた。
プラカードを目印にして、職員室の前まで歩いて行くと、肩を小さくしている私に声が掛かる。
「もしかして藤瀬さん??」
まさか自分に声が掛かると思っていなかった私は、呼び掛けられた背中に力を入れた。
「あ…ハイ。藤瀬です。」
振り向いた先には、教員らしき中年の男性。
「やっぱりね。
僕は、キミの担任になる秋本だよ。」
秋本先生か。
優しそうだなぁ。
笑った時の目尻のシワが印象的な、穏やかな感じの先生だった。
「よろしくお願いします。」
気を付けをして頭を下げた後、秋本先生に連れられ、私は教室へと案内された。
「藤瀬さんの席は、一番後ろね。」
緊張の紹介が終わって、指定された席に座る。
うおぉ~~……
私の隣に座ってるのって、大河ドラマの……
「柊 可南子。
よろしくね。」
私が頭の中で名前を思い出すよりも早く、柊さんが挨拶してくれた。
「よろしくお願いします。」
戸惑いながらも一礼した私。
「そんなに畏まらないでよ(笑)
可南子でいいから♪」
わぁ……
キレイな笑顔だなぁ…。
「ハイ。分かりました。」
畏まるなと言われても、やっぱり畏まってしまう私だった。
それにしても…
この学校は、芸能人だらけ。
まさに芸能人パラダイス。
芸能人じゃない人の方が少ない。
机の横に掛けられているカバンは、みんな有名ブランドだし。
身に付けてる物だって、きっと高いんだろうなぁ…。
セレブの中に庶民が一人。
なんか…
こんな漫画があったような……
思いを巡らせながら授業を受けていると、ふと、離れた席に座る沖田さんと目が合う。
「……ぁ…」
小さく呟くと、彼は私に向かってノートを掲げた。
ん……??
なになに??
目を凝らして見ると……
【口開いてる】
【バカ丸出し】
二行に渡る、私への嫌味のカンペ。
こんな時まで嫌味か。
あの人、どれだけ暇なんだろう。
負けじとシャーペンを取った私は、沖田さんに仕返す。
【口の中を換気中です】
ドヤ顔でノートを掲げ、沖田さんを見た。
だが、彼も負けてはいない。
【アンタの口、臭いもんな。】
ドヤ顔をドヤ顔で返された。
匂った事ないクセにっ!!
【授業に集中しましょうよ】
そうノートに書いて掲げたが、彼はもう黒板に向かっていた。
自分からやり出しといて、スルーですか!!
マイペースな沖田さんに、授業中も振り回された私は、言うまでもなく、授業内容聞き損ねてしまったのだった。
“キーンコーンカーンコーン……”
そんな私にお構いなく、授業終了のチャイムが鳴り響く。
教科担当の先生が出て行くと、教室は一気にざわめきだした。
そんな中……
「流星と仲良しなんだね。」
左隣に座る柊さんが、私に向かって言葉を出した。
私と沖田さんの授業中のやり取りを見ていたんだろう。
「仲良しというか…
…マネージャーをさせてもらってて。」
曖昧に笑って言うと、柊さんは感慨深そうに頷く。
「そうなんだ。
前のマネージャーとは、喧嘩ばっかりしてたけどなぁ。」
頬に手を当てて、何度も頷く柊さん。
「沖田さんの前のマネージャーさんを知ってるんですか??」
何気なく聞くと、柊さんは困惑したように苦笑する。
「流星のマネージャーはコロコロ変わるから。
あたしが知ってるのは、流星と噂になったマネージャー。」
そこまで言うと、柊さんは言葉を切った。
「あの…それって……」
恋人疑惑が持ち上がったマネージャーなのかもしれないと、問い掛けようとしたが……
「チンチク莉子。」
頭の上から低い声が聞こえて、遮られてしまう。
「沖田さん。」
顔を上げると、仏頂面の沖田さんの顔と出くわす。
「コイツに余計な事言うな。」
沖田さんは私を指差し、柊さんに向かって言った。
「ごめんごめん。」
柊さんは、手のひらを合わせて、おどけるように沖田さんに謝っている。
余計な事って……
私に知られたくない事なのかな…
沖田さんの生い立ちに、沖田さんを変えた過去。
また私の中で、彼の謎が増えるのだった。
◇◆昼休み◆◇
秋本先生に呼ばれ、私は再び職員室へ来ていた。
「場所を移動しようか。」
そう言われて、入ったばかりの職員室を出る。
「あの……私、初っぱなから問題起こしちゃいました??」
進路指導室で先生と二人、向き合って座る私は、躊躇いがちに問い掛けた。
「そうじゃないよ。」
目の前の先生は私を心配させないように、笑顔を向けてくれている。
「………??」
呼び出しを受けた理由が掴めず、私は小首を傾げた。
「沖田くん……もとい、田中 五郎くんの事だよ。」
先生は沖田さんの本名を出して、溜め息混じりに話を続ける。
「…キミは、田中くんのマネージャーだったね??」
「はい。」
コクリと頷くと、また一つ、先生の口から溜め息が漏れる。
「キミは…田中くんの事をどこまで知ってるのかな??」
そう問い掛けられた私は、思い出すように、進路指導室の天井を仰いだ。
沖田さんの事……??
彼は、アイドルで…
俺様気質で、緊張すると私に甘えて……
たまに優しくて、たいがいは私に意地悪で…
それと…
それと……
「すみません。
私は彼の性格くらいしか分かりません。」
私が言うと、先生は優しく笑う。
「謝る事はないよ。
知らないのなら、それでいい。」
先生は、進路指導室の戸を開けて、私に出るように促した。
「先生は…何か知ってるんですか…??」
小さく声を出すと、私の問い掛けは、曖昧な言葉で返される。
「んー……まぁ、それは生徒の個人情報だから。」
大人の返し方だなぁ。
そう思うものの、納得のいかない私は、先生が開けた戸を再び閉めた。
「………。」
無言で先生を見つめる。
「藤瀬さん??」
そんな私をキョトンと見る先生。
「…教えて下さい。
沖田さんの事……。
私は、彼のマネージャーですから。
守秘義務は絶対に果たしますから。」
訴えかけるように、真剣な眼差しを先生に向けると、“仕方ない”と言ったように、先生は一息吐く。
「座りなさい。」
本人じゃなくで、第三者から話を聞くのは間違っているかもしれない。
でも……
「はい。」
私が今頼れるのは、先生だけ。
…沖田さんの過去に何かあるのなら、私は彼の暗闇や痛みを知りたい。
「田中くんのご両親はね、彼が14歳の頃に亡くなってるんだ。」
「えっ……」
沖田さんに起こった不幸が、あまりにも痛々しすぎて、肩をすくめてしまう。
「…彼が5人兄弟なのは知ってるかな??」
「……はい。」
寝室にあった写真立てを思い出して頷いた。
「彼は、一番末っ子で、生活力がない上に、義務教育の真っ只中だろ??
…それで、最初は長男の一郎くんが田中くんを引き取ったんだ。」
沖田さんのお兄さんって、一郎さんって言うんだ…。
もしかして…
二郎、三郎、四郎、五郎??
……って、そんな事考えてる場合じゃないよ…。
その間にも、先生の言葉は続いていた。
「…だけどね、既に結婚していた一郎くんは家庭もあって、田中くんは肩身の狭い思いをしていたんだ。」
そうだよね…。
そんな状況だったら誰だって遠慮するよ…。
何となくながら、沖田さんの気持ちが分かる私は、首を縦に振って、先生の声に耳を傾ける。
「…義理のお姉さんとの折り合いが悪くてね。
田中くんは自ら一郎くんの家を出たんだ。」
沖田さんを哀れむように、先生は肩を下げた。
「義姉さんに……追い出されたんですか??」
私がぎこちなく口を開くと、先生はやんわりと答える。
「そう言っても過言じゃないだろうね。」
そんな…
だったら……
…沖田さんはどうやって生活してたんだろう。
私が心の中で感じている疑問を解決するように、先生が口を動かす。
「…田中くんの今の生活を提供したのは、キミの叔母さんなんだよ。」
先生の一言で、玲子ちゃんと沖田さんの繋がりがようやく分かった。
「そうだったんですか…」
「僕は、キミの叔母さんと古い仲でね。
…玲子さんからこの話を聞いた時、彼に手を差し伸べようとしたんだが……」
言葉を途切れさせた先生を、目に映す。
「拒否したんですよね。
沖田さんは……。」
先生の言葉の続きが何となく分かってしまい、口に出した。
「そうなんだ。
…だから、キミが事情を知ってるのであれば……そう思ったんだよ。」
薄く笑みを浮かべながら、私に話してくれた先生を見つめる。
玲子ちゃんに、先生も。
沖田さんを思って、心配してくれている人がいるのに……
どうして彼は、差し伸べられる手を振り払うんだろう…。
先生との会話を終えた私は、会釈をしながら複雑な気持ちで進路指導室を出る。
沖田さんと向き合って話したいけど…
一体どうすればいいんだろう…
そう考えている間にも、時間は止めどなく過ぎていった。




