失敗に終わりまして
「…巻き込むなっつっただろーがっ!!!!」
「仕方ないでしょ!!!!
あぁするしかなかったのよっ!!!!」
「その結果がこれだろうがよ!!!!」
怒号と怒号がぶつかり合っているのが聞こえて、目が覚めた。
上半身を起こして最初に思ったのは、なぜ今自分がここにいるかだ。
記者会見場からの記憶がない私は、怒号が聞こえる方へ体を動かす。
そこには、互いに一歩も譲らない玲子ちゃんと沖田さんがいた。
「あの……」
小さく声を出すと、それに気付いた二人が、ピタリと言い合いを止める。
「莉子ちゃん!!」
「気づいたか。」
玲子ちゃんは、私と目が合うと、ギュッと私の体を抱き締めた。
「ごめんね!!ごめん!!
ごめんなさいっ!!!!」
「く……苦しいよ……
玲子……ちゃん…」
窒息死する程の腕力だったので、私は玲子ちゃんの腕をタップする。
「やっぱり……初仕事にしては荷が重かったわよね…」
腕を解いてくれた玲子ちゃんが、うな垂れるように言った。
「だから言っただろ。
最初っから俺が一人で、会見すりゃあ良かったんだよ。」
こうなる事を察知していたように、沖田さんは溜め息混じり。
「会見は……どうなったんですか。」
そんな私の疑問は、消えるどころか、不安を与える。
「…莉子ちゃんは見ない方がいいと思うけど……」
玲子ちゃんは言いながら、DVDディスクを取り出すと、慣れた手付きでデッキへと入れて再生ボタンを押した。
テレビの液晶画面には、体力を使い果たしたような私の姿と、それを心配して肩に手を置いている沖田さんの姿。
この後の事は、自分でも想像がついた。
案の定、会場はパニックを起こし、画面が真っ白になる程のフラッシュが焚かれている。
『撮るな!!!!
撮るんじゃねぇ!!!!』
そこで聞こえてきた一つの声が、フラッシュを遮った。
必死に私を庇うように立って、沖田さんは両手を広げている……
その後……
「…え……」
私が息を飲んだ理由……
それは……
「……まるで、王子様とお姫様ね。」
玲子ちゃんの言葉を受けて、画面と沖田さんを交互に見た私。
「……ったく。
迷惑極まりねぇ。」
沖田さんにお姫様抱っこをされた私は、そのまま会場を出ていた。
「…そんな……」
これじゃあ、元も子もない。
疑惑を晴らす為の会見が、余計に大きな疑惑を呼ぶ事となった。
「今後の対策は事務所内で考えるわ。
連絡があるまで、二人はここから出ないで。」
玲子ちゃんはそう言って、部屋を出て行った。
そう。
私は、今沖田さんの自宅にいる。
何も記憶がないまま、このマンションに帰って来ていたのだ。
黙って彼を窺うと、その顔は不機嫌そのもの。
「何で俺に言わなかったんだよ。」
「……それは…」
玲子ちゃんに口止めされていたからと言っても……
沖田さんの事を思って、黙っていましたと言っても……
どの道、怒られるに決まってる。
八方塞がりの私は、口をつぐんでしまった。
「…アンタ、自分がした事の大きさ、分かってんの??」
分かってる。
充分過ぎるくらい。
だけど……
「………。」
何も言えない…。
唇を噛み締める私。
そんな私に、沖田さんの諦めたような声が耳に付く。
「まぁ……気にすんな。
これで俺も暇になる。」
それって……
仕事が来なくなるって事だよね…??
「…暇になったらダメなんじゃ……」
「ずっと忙しかった自分への褒美だって、そう思えばいいし。
あそこでアンタに死なれたら……
それこそ後味悪りぃよ。」
私の言葉を遮って、沖田さんは寂しげに言った。
彼にかけてあげる言葉が見つからず、見つかったとしても、私から言うべき言葉じゃない。
「………。」
否が応でも私は黙るしかなかった。
「………。」
沖田さんも黙り込んでしまい、重い沈黙が部屋を包み込んでいる。
「沖田さん……」
私は、ある決心をして、彼の名前を呼んだ。
「……ん??」
短く返事をした沖田さんは、私の目を見る。
「……私を…クビにして下さい。」
言いたくなかった。
だけど、言わざるを得ない。
「散々迷惑かけといて、トンズラかよ。」
「……え??」
おいそれとクビにされるかと思いきや、私を引き止めるような沖田さんの言葉に唖然としてしまう。
「何も解決しねぇまま、逃げんのかよ。
…アンタ、人間としても最低だな。」
胸を貫く程深く、沖田さんの正論が伝わった。
「そうですよね…。
私…最低です。
この件が解決するまで、沖田さんのマネージャーでいさせて下さい。」
懇願するように頭を下げる私。
「アンタをクビにするかどうかは、俺が決めるから。
自分からクビにしてくれとか、もう二度と言うなよ。」
優しさとも取れる沖田さんの言葉。
「はい。」
私はそれに、頷きながら答えた。
沖田さんの言う通りだ。
このままマネージャーを辞めたら、私は逃げる事になる。
そんな事、絶対にしたくない。
私が後悔する事を見越して、沖田さんは気付かせてくれたんだ。
「しかし……連絡って、いつまで待ちゃあいいんだよ。」
「そうですね……。
社長次第じゃないでしょうか…。」
目の前にある問題の大きさに、私も沖田さんも、なすすべを失うように溜め息を吐いた。
今は、玲子ちゃんからの連絡を待つしかない。
マネージャーでありながら、待つ事しかできない歯痒さで、どうしようもなかった。
「…アンタも動けねぇんじゃ、マジで当分二人きりだな。」
「そうですねぇ。」
相槌を打ちながら彼を見ると、何か企んでいるような面持ちで私を直視している。
「男女が二人きりねぇ。」
「沖田さん??」
「アンタ、俺にヤラシイ事すんなよ。」
「……それは普通、私のセリフですよね??」
「はぁ??俺がアンタみたいなツンツルテンに発情すっかよ。」
沖田さんが上から下まで私の体を指差して言った。
「つ……ツンツルテン??」
「アンタの体、凹凸なさ過ぎなんだよ。」
チンチクリンの次は……
ツンツルテンですか…。
酷い言われように落ち込んでいると、どちらかのケータイのバイブ音が、着信を知らせる。
「…沖田さんのケータイじゃないですか??」
「違う。アンタの。」
なぜかリビングのテーブルにある私のケータイが光っている。
「ホントだ。」
一言呟いてからケータイを取ると、ディスプレイは、玲子ちゃんからの着信を示していた。
《もしもし??》
「玲子ちゃん??」
沖田さんの部屋を出てからまだ間もないというのに、連絡があったという事は、解決策が見いだせたのかもしれない。
期待と不安との狭間で、私は玲子ちゃんの言葉を待った。
《手は尽くしたんだけどね……》
玲子ちゃんのその一言で期待は裏切られたと確信した私。
「やっぱり……」
《……うん。
…決まりかけてた映画の吹き替えも、CMも流星主演のドラマも全部パー。
スケジュールは白紙よ。》
厳しい現実を聞かされ、ケータイを持つ手にすら力が入らない。
「……沖田さんの芸能生活は…
…これからどうなるの??」
1秒毎に増す不安を抱えながら、なんとか問い掛けた。
《ただ一つだけ……
雑誌の取材は、オファーが来てるの。》
「本当に?!?!」
明るい兆しが見えてきたと思ったら、再び奈落の底に突き落とされる。
《でも、そのオファーは、こっちから手を引いたわ。》
「え……どうして??」
せっかく来たオファーを断るなんて……
その理由がなぜなのか、私には想像も付かない。
……と、言うより、想像できないでいた。
オファーを断ってしまったら、沖田さんの仕事は一つも無くなるじゃない…。
《雑誌の取材ともなれば、十中八九莉子ちゃんの話になる。
だから、断ったのよ。》
そうか……
納得した私は、目を伏せて頷く。
「…沖田さんの芸能界の復帰は……??」
《今のところ難しいわね。
てなワケで、明日二人で事務所に来て♪》
こんな状況だと言うのに、玲子ちゃんの最後の言葉が明るく聞こえた。
耳を疑った私は、驚きの声を上げる。
「えっ??」
《待ってるからね~♪》
「れっ……いこ…ちゃ…」
私の呼び掛けも虚しく、電話は切られてしまった。
ケータイを耳から離した私を見て、沖田さんから声が掛かる。
「女社長だったんだろ??
何だって??」
言い辛い……
だけど…
ちゃんと言わなきゃ…
……これも、仕事のうちだから。
「沖田さんのお仕事……全部無くなっちゃいました…。」
言えた。
でも……
沖田さんの顔が見れない……。
「あっそ。」
意外にも沖田さんの反応は薄く、私の方が動揺してしまう。
「ふっ…不安じゃないんですか……??」
「…別に。仕事がないんなら、アンタが仕事取って来りゃいいだろ。
アンタは俺のマネージャーなんだし。」
そうなんですけど…
そうなんですけどね??
私まだ見習いですから!!
他人事のように言った沖田さんは、素知らぬ顔。
「なるべく…頑張ります。」
…沖田さんの期待に応えられるかどうかは分からないけど……
今は、やるしかない。
「“なるべく”って何だよ。
必死こいて頑張れ。」
言葉は素っ気ないけど…
沖田さんが励ましてくれているのが分かった。
私を見る目は優しくて…
その表情はとても穏やかで…
だから私は、こう答えるしかない。
「必死で頑張ります。」
「それでヨシ。」
私の肩をポンッと叩いた後、沖田さんは、寝室へと歩き進む。
その後ろ姿は…
希望を完全に失っているようには見えなかった。
◇◆翌日◆◇
不安でなかなか眠れなかった私はというと……
「ゲッ!!もうこんな時間じゃんっ!!!!」
目覚めたのは、なんと…お昼前。
時計を見て、バネのように飛び起き、部屋を出る。
「ネボスケ。
…どんだけ寝りゃあ気が済むんだよ。」
扉から一歩踏み出した所で、沖田さんの不機嫌な顔と鉢合わせた。
「すみません…。」
謝りながらも、彼の顔をまじまじと見ると……
「何だよ。」
「…沖田さんも、何だか寝ぼけナマコですね。」
沖田さんの目の下には、うっすらとクマがあるように見えた。
「寝ぼけ眼だろ。
俺の眼はナマコじゃねぇ。」
「ぁ…ごめんなさい。」
朝から余計に不機嫌にさせてしまった事を痛感した私。
怒らせるつもりじゃなくて、心配して言ったのになぁ……
思いながら、洗面所へと向かっていると…
ふと、ある事を思い出す。
「沖田すゎんっ!!!!」
慌てた私の呼び掛け。
「スワン??
俺は白鳥じゃねぇぞ。」
「そうじゃなくてっ!!
社長が事務所に来るよう言ってました!!」
そう。
その事を、沖田さんに、スッカリ伝え忘れていた私。
「アンタの意識の低さ、どんだけ??
注意力散漫もいい加減にしてくれよ。」
「嫌味は、車の中で聞きますからっ!!!!とにかく、さっさと用意して下さい!!!!」
「“さっさと”だと??
嫌味でも何でもねぇだろ。
元々アンタが言い忘れたんだろが。」
「いいから早くっ!!!!」
支度を終えた私たちは、専用の車に乗り込む。
「……ったく。」
車が走り出して間もなく、沖田さんは不機嫌な息を吐いた。
「すみません…。」
反省して頭を下げると、お決まりの嫌味がぶつけられる。
「アンタの得意な事って何なワケ??
俺、アンタのお粗末な所しか見てねぇんだけど。」
確かに…。
私は、出会ってから沖田さんに良い所を見せていないかもしれない。
「でも、沖田さんの緊張を解すのは私が一番上手いと思いますよ??」
記者会見の前に、ホテルの一室で沖田さんの頭を撫でた事を思い出しながら言った。
「うっせ。」
沖田さんは、短く言葉を切ると、窓の出っ張りに頬杖をついてソッポを向く。
「照れてます??」
彼の表情が分からない私は、窺うように身を乗り出して問い掛けた。
「そんなんじゃねぇし。
つか、近寄るな。」
沖田さんに肩を押され、元の位置に戻った私。
照れてるな。
うん。
絶対照れてる。
声に出さずに、心の中で呟いては、笑いを堪える。
きっと…
子供のように甘える沖田さんが、本当の沖田さんで。
仕事中の彼は自分を強く見せようとしてるんだ…。
それって影の部分の努力なんだろうなぁ…。
そんな事を思いながら、車に揺られる私だった。
事務所に到着して、例のごとく社長室で玲子ちゃんを待つ。
「お待たせぇ~♪」
数分後、会議を済ませた玲子ちゃんが、明るい声で入って来た。
「何なんだよ。
そのテンション。」
そんな玲子ちゃんを見た沖田さんは、呆れ気味に肩をすくめた。
「流星の仕事がなくなっちゃいましたぁ~!!
アッハッハッハッ(笑)」
元気に笑い、豪快にソファーに座った玲子ちゃん。
どうしてそんなテンションでいられるのかは分からないが、それもこれも自分の責任なので、私は口が出せない。
「…可笑しくもねぇのに何笑ってんだよ。
気持ち悪りぃ。」
沖田さんは容赦なく玲子ちゃんに悪態を突いている。
「てなワケで、二人には高校生に戻ってもらいまぁ~す♪」
ニコニコと目を細めて言い放った玲子ちゃんに、私は問い返す。
「学校に行くって事?!?!」
「うん♪莉子ちゃんも、流星の通ってる学校に行ってもらいます♪」
首を横に傾けて、お茶目に笑う玲子ちゃんだが、私はそれが解せない。
「ちょっと待って!!
私、前に行ってた学校が……」
「大丈夫♪♪♪
手続きはしといたから♪」
私の言葉を遮った玲子ちゃんは、満足げに親指を立てた。
いや……
そうじゃなくて。
私…転校するんですか?!
「やめとけ。抵抗しても無駄だ。
アンタも知ってんだろ??
あの女社長の強引さ。」
私を制した沖田さんが、玲子ちゃんを顎で差す。
「そうですけど……」
その後に続ける言葉を探していると……
「ハイ♪これ、莉子ちゃんの制服ね♪
明日からファイト♪」
「えぇっ?!?!
明日からっ?!?!」
心の準備もできないまま、真新しい制服を手渡された私。
「こういうのは、早い方がいいのよ♪」
人の気も知らない玲子ちゃんは、“バチン”とウインクをして言った。
「学校とか久々だな。」
沖田さんは、動揺している私を無視して、学校に思いを馳せている。
事務所からの帰りの車の中。
「………。」
重苦しく、どんよりとした空気が、私を包んでいた。
「どうしたんだよ。
大人しいじゃん。」
事務所を出てから何も話さない私を察したのか、沖田さんが口を開いた。
「……何でも…ありません…。」
笑顔を作って言おうとしたものの、それに失敗してしまう私。
「…何でもねぇんなら、その負のオーラを何とかしろよ。
辛気臭せぇな。」
そんな嫌味もスルーできる程、今の私は困惑していた。
新しい学校か……
うまくやれるかな…
幼稚園から高校まで地元だった私は、新しい土地と言う、言い知れぬ不安に襲われている。
東京の学校って、めちゃくちゃ都会チックなのかなぁ……
不安は期待に変わる事はなく、何とも言えない気持ちで、一日が過ぎて行った。




