暗い過去がありまして
◇◆翌日◆◇
「おはようございます。」
起床してからすぐに部屋を出た私は、既にリビングにいた沖田さんに声を掛けた。
「はよ。」
普通に返ってきた挨拶に、ホッとした私。
「………??」
洗面所へ向かおうとすると、玄関へ続く廊下に、大きなダンボールが4つほど積み上げられていた。
すると、不思議そうに、ダンボールを見ていた私に向かって、沖田さんが声を出す。
「アンタの荷物届いた。」
「…あ……」
自分の荷物だと分かり、洗面所へ行くよりも先にダンボールを開けた。
おぉ……
おばあちゃんが荷造りしてくれたのかな…。
色々入ってる。
ダンボールの中に、顔を突っ込んで見ていると……
「…そこで商売でもするつもり??
邪魔なんだけど。」
ジロリと私を睨む沖田さんの顔と出会う。
「すみません。
すぐ部屋へ運びます。」
そう言って、ダンボールに手をかけると、沖田さんがそれを制した。
「俺が運ぶから。
アンタは洗面所で顔洗ってくれば??
目クソ付いてるし。」
「目クソ?!?!」
慌てて自分の目に手をやると、沖田さんに重ねて言われる。
「汚ねぇ。
早く洗って来い。」
ダンボールを両手に、私の背中を片足で軽く蹴った沖田さん。
「痛いです!!!!
暴力反対っ!!!!」
私は、沖田さんに女扱いされていない事をひしひしと感じながら、洗面所へと向かったのだった。
身なりを整えた私は再び部屋へ戻って、荷物の整理をする。
だが……
ダンボールには、肝心の洋服が入っていない。
どうしよう……
そう思いながらも、最後のダンボールを開けると、ようやく服らしい布が見えた。
……良かった。
一息吐いて、服を広げるが、それは私が見た事のない洋服
こんなの持ってないのに……。
20着以上ある服の中で、どれも私の見覚えのある服はなかった。
“コン……コン…”
戸惑っていると、遠慮がちに扉をノックする音が聞こえる。
「はい。」
返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。
「整理できたか……って、どんだけ散らかしてんだよ。」
沖田さんのツッコミを受けた私は、戸惑う気持ちを沖田さんにぶつける。
「だって……コレもアレもソレも、私の服じゃないんですもん!!」
困ったように言った私に、沖田さんは溜め息を吐いた。
「…女社長が用意したんじゃねぇの??
華やかな芸能界で働くってのに、アンタの毛玉が付いた洋服じゃ不憫だと思ったんだろ。」
あ……
そっか。
そういう事か。
「てか、私の洋服に毛玉が付いてるって、勝手に決めつけないで下さいよ!!!!」
ギャン!!と吠えると沖田さんは私を指差して言う。
「…今着てんのだって、毛玉だらけだろ。」
言われた私は、自分の服を見下ろした。
「ホントだ……。」
少々落ち込んでいると、沖田さんの言葉が飛んでくる。
「早く片付けろよ。
…それと、用意できたら事務所に来いって。
女社長から連絡あった。」
それだけ言って部屋を出ようとする沖田さんを、私は引き止める。
「沖田さんも行くんですか??」
「俺は行かない。
…呼ばれてんのはアンタだけ。」
“パタン……”
扉が閉められたと同時に、狭い部屋に不安がドッと広がった。
私だけ……
そう思うと、急に気持ちが暗くなってくる。
しかし、そうも言ってられない。
契約した以上は、マネージャーとしての責務を果たさなければ……
気持ちを切り替えた私は、急いで身支度をし、事務所に向かった。
「早かったわね。」
事務所に着いて早々に、社長室に入ると、玲子ちゃんが色んな書類に判子をついていた。
「…あんまり待たせちゃ悪いと思って。」
なぜか緊張している私は、視線を泳がせている。
「似合ってるじゃない。
その服。」
そんな私を見た玲子ちゃんが、微笑みかけて言った。
「ありがとう。
気を遣ってくれて。」
お礼を言うと、キョトンと首を傾げ、目を丸くしている玲子ちゃん。
「何の話??」
「…いや……荷物送ってくれたりとか、この服とか……」
私が困惑しながら言うと、玲子ちゃんはフッと目尻を下げた。
「アタシは、荷造りしただけよ。
洋服は今一緒に住んでる馬鹿アイドルからじゃないの??」
「えぇっ?!?!」
沖田さん……
そんな素振り見せなかったのに…
思いもよらない事で自分の目が点になっている事が分かった。
だが、驚く暇もなく玲子ちゃんの言葉が続く。
「今日はね、莉子ちゃんに話しておきたい事があったから、呼んだの。」
椅子から立ち上がった玲子ちゃんが、ソファーに座り直したのを見て、私も促されるように腰を下ろした。
「話って??」
「流星の事よ。」
それは分かるけど……
二人きりじゃないとマズいのかな…。
真剣な表情の玲子ちゃんを前にすると、高まる緊張が抑えられない。
「………。」
何も言わずに玲子ちゃんの言葉を待つ。
「まずはね、明日の記者会見だけど。
…それが、莉子ちゃんの初仕事になるわ。」
「うん。」
「…それでね、協力して欲しいの。」
張り詰めるこの場の空気に、時計の秒針の音が大きく聞こえる。
「私は、沖田さんのマネージャーだから。
役に立てるなら、何でもするよ。」
大見得を切った私の言葉は、玲子ちゃんの驚きの言葉で返される。
「カメラの前で、動画に映っているのは莉子ちゃんだって事を断言して欲しいの。」
なるほど。
アイドルは恋愛御法度だもんね。
……って…
「わっ…私がカメラの前で?!?!」
それって…
私がテレビに出るって事だよね?!?!
「うん。
お願いできるかしら。」
“うん。”って……
ノリ軽いなぁ玲子ちゃんはっ!!!!
「ちょっ…待って!!」
「待てないわ。
一刻を争うのよ。
莉子ちゃんが、見習いのマネージャーである事を証明できれば、恋愛沙汰は防げるの。」
そういう事なら……
やるしかないか…。
「分かった。
じゃあ、家に帰って沖田さんと打ち合わせするよ。」
「待って。」
話に一段落が付いたので、ソファーから腰を上げると、玲子ちゃんが私を引き止めた。
「…え??」
不思議に思いつつも、再びソファーに座り直した私。
「流星には言っちゃダメよ。絶対にダメ。」
意味を掴み損ねて、私は首を横に傾ける。
「なんで??」
「流星は、莉子ちゃんを巻き込みたくないと思ってる。
前にも言ったでしょ??」
そういえば……
…でも、私は沖田さんのマネージャーなんだし、巻き込んでくれてもいいのにな…
「なんか……沖田さんに悪い事してるような…」
「それでも、絶対に言わないで。
流星の為だと思って。」
「……うん。」
心に迷いを抱きながらも、私は頷く事しかできなかった。
「ごめんね。マネージャーになって早々、こんな事になるなんて…」
眉尻を下げる玲子ちゃんに、私は笑顔で返す。
「落ち込まないで。
沖田さんの役に立つ為のマネージャーだから。」
「ありがとう。」
玲子ちゃんの顔に笑顔が戻った。
それを見て、ふと私は、ある疑問を問い掛ける。
「…あの……沖田さんの過去の事なんだけど……」
言いかけると、玲子ちゃんは再び眉を下げた。
「…その事は……アタシから話していいのか分からないし…
流星が莉子ちゃんに話せるようになったら、話してくれると思うから。」
「そっか……」
それから、事務所を出た私。
駅までの道のりを歩く足取りは、言うまでもなく重かった。
沖田さんの過去を知りたいと思ったのは……
マネージャーとしてなのか、一人の人間としてなのか……。
それすらも分からなくなっている自分がいる。
「あっ…。」
考えながらフラフラ歩いていると、本屋の前で自分の足が止まった。
“ハンバーグ、エビフライ付き”
沖田さんの言葉を思い出した私は、本屋へ吸い込まれるように入り、料理本を手に取る。
本を見ながらだったら作れるだろうと、料理本を手にしたままレジへと向かった。
まずは、できる事から始めようと、スーパーへ行き、買い物も済ませた私。
上手くできるといいなぁ。
沖田さんが喜んでくれている顔が見られるかもしれないと、淡い期待を胸に、家路を急ぐ。
「ただいま戻りま……」
スーパーの袋をぶら下げてリビングへ入った私は、思わず一歩後ずさった。
「あーぁ。…煩せぇのが帰って来た。」
そこには……
残念そうにしている沖田さんと…
「なに??新しいマネージャー??」
私を怪訝に見ている半裸の女性。
「そ。コイツ超使えねぇの。
…ミキにくれてやってもいいけど。」
「使えないんだったら、いらなぁ~い。」
お互いの体を絡ませるように、ソファーでイチャイチャしている。
あの女の人……
モデルさんだ…。
佐藤 美紀だ。
「…アンタ、どこからも必要とされてねぇじゃん。」
沖田さんは、私を侮辱して笑った。
それを聞いた佐藤 美紀は、更にその言葉に輪をかける。
「人気アイドルのマネージャーってだけで、浮かれてんじゃないの??
何そのスーパーの袋。
恋人気取り??
超所帯染みてんだけど。」
初対面の人に、そこまで言われたくないなぁ。
うん。
私馬鹿だけど、腹が立ってきた。
「お邪魔してすみませんでした。
続きをどうぞ。」
そう言って、スーパーの袋をテーブルに置いた後、再び玄関へ。
“パタン……”
閉まった扉の向こうで、沖田さんがしている事を考えると、胸が痛くなる…。
冷静に……
冷静に冷静に。
呪文のように、心の中で呟きながら、マンションを離れた。
ボォーッとする頭で宛てもなく歩いていると、車のヘッドライトに照らされて、思わずハッとする。
ダメじゃん。
私は沖田さんのマネージャーなのに…
彼の行動を叱るべきだったと思い直した私は、再びマンションへと踵を返した。
怒りに任せて出てきちゃったけど……
私は、冷静になる部分を間違えてんだ……。
歩いて来た道を、小走りで帰る。
私との恋愛疑惑が持ち上がってるっていうのに!!
もっと行動に責任を持ってもらわなくちゃ!!
そう思うと、次第に足が速く動く。
速く速く……
速く速く速く!!!!
もっと速く動け私の足!!
マンションへ着く頃には、それはもう汗だくだった。
“ガチャ……”
情事が起こっているかもしれないリビングへ再度突入。
「なんだ。帰って来たんだ。」
そこに居たのは、素知らぬ顔でソファーに座る沖田さんが一人。
「あれ??佐藤さんは…??」
「帰った。
アンタがタイミング悪いから萎えたんだよ。」
サラッと、質問に答えた沖田さんに、思わず怒鳴る。
「沖田さんっ!!!!
また問題になったらどうするんですかっ!!!!」
「問題起こした張本人が何言ってんだよ。」
私が正論を言ったものの、軽く言い返されてしまった。
「そそそソレはソレ!!
コレはコレです!!!!」
正論を正論で返されたので、動揺する私。
「うっせぇ。
自分の事棚に上げんな。」
態度が悪い人だなぁ。
一体どういう教育を受けてきたんだろう。
「だっ…だいたい、佐藤さんとは付き合ってるんですか?!?!」
「付き合ってねぇし。
俺も美紀も、お互い本気にならねぇから楽なだけ。」
面倒臭そうに言った沖田さん。
そんな彼を見ていられなかった。
「不健全ですよっ!!!!」
私が声を放つと、沖田さんはおもむろにソファーから立ち上がる。
「よく吠える犬だな。」
色のない目をしながら、私の方へ歩いて来る。
「私は、マネージャーとして……」
最後の言葉は言わせてもらえず、沖田さんが私の前に立ち、重圧的な視線を向けた。
「マネージャーだったら、何してもいいっての??」
「そういう訳では……」
「アンタが俺の欲求不満解消してくれるワケ??」
手首に温もりを感じて、そちらに目をやると……
「離して下さい!!!!」
いつの間にか、沖田さんに両手首を掴まれていた。
「…一生の思い出にしてやるよ。」
沖田さんの言葉の後、私の首筋に彼の唇が落ちてくる。
「……やめっ…」
抵抗した矢先、“ドン”という強い衝撃音が耳を貫いた。
「……アンタ、空手でもやってた??」
我に返って沖田さんを見ると、お腹を押さえてうずくまっている。
「どうしました?!?!
お腹が痛いんですか?!
便秘ですか?!?!」
思い付く限りの言葉を並べ、沖田さんに問いかけた。
「アンタが蹴ったんだろ。
…ったく……馬鹿力。」
あ……
そうだったんだ…
「すみません。」
無我夢中だった私は沖田さんのミゾオチを蹴っていたらしい。
「…アンタと居ると調子狂う。」
立ち上がった沖田さんは、寝室へ向かおうとしていた。
「寝るんですか??」
「ちょっと……
横になる。暴れんなよ。」
グッタリとしている沖田さんの背中を見送る私。
迷惑かけてばっかりだな……
てか、こうなった原因は沖田さんにもあるんだし、深く考えない方がいいよね。
前向きな気持ちで、私は台所に立つと、夕飯を作り始めるのだった。
“ガシャーーーン!!!!”
“ボンッ!!”
“バンッ!!!!”
“ガンッ!!”
“ガガガガガガガ…”
おかしいな…。
料理本の通りにやってるのに、一向に進まない。
台所で一人首を捻っていると、不機嫌な声が私の前を通過する。
「何だよこの騒音は。
台所の工事なんて頼んでねぇんだけど。」
声を辿って見ると、腕組みをして私を睨む沖田さんの姿が…
「えぇっとですね…
……これは…」
私が言いよどんでいると、沖田さんが言葉を重ねる。
「これは??」
「夕飯を……ですね??」
「作ろうとしてたと。」
私の言いたい事を先に言ってくれたのはいいが、沖田さんの不機嫌な表情は変わらない。
「煩かったですか??」
恐る恐る問い掛けると、ある意味期待通りの言葉が返ってくる。
「…煩せぇなんてレベルじゃねぇよ。
何事かと思ったじゃねぇか。」
ですよね……
「ごめんなさい。」
肩をすくめて謝ると沖田さんからは考えられないような言葉が聞こえる。
「…まぁ、できねぇ事に挑戦した事は認めてやるよ。」
え……??
この人、本当に沖田さんですか??
「沖田さん??」
疑惑の眼差しで見ていると、彼はソッポを向く。
「食えるモン作れよ。」
「ハイ!!」
沖田さんの背中に向かって、明るく返事をした私。
彼の根っこの部分の優しさに、再び触れた気がする。
それだけで、嬉しく思う私は、単純なのかもしれない。
だけど、その素直な気持ちを止める事ができないでいた。
再び料理本と睨めっこしながら葛藤していると、動いていた私の手が止まる。
お皿って……
どこにあるのかな。
沖田さんを呼ぼうとしたが、彼はソファーでウトウトしていた。
彼を起こすまいと、自分で探すものの、食器棚の高さに自分の手が届かない。
足が吊る程背伸びをした私。
うぅっ……
あと5センチ身長が高ければ……
自分の身長を恨みながら、あと少しと手を伸ばしていると、私の頭の上を、大きな手が通り過ぎた。
「置き場所変えねぇと、チンチク莉子じゃ届かねぇな。」
その手の先を見る。
「あ……起こしちゃいましたか。」
お皿を取ってくれた沖田さんがいた。
「寝てねぇし。」
「でも、ウトウトしてましたよね??」
「何が完成すんのか不安で寝てらんねぇの。」
沖田さんは私にお皿を手渡し、またソファーへと戻って行く。
「ちゃんと食べれますよ。」
沖田さんに聞こえるか聞こえないかの声で、私は口を尖らせて言った。
料理をテーブルに運び終えて、沖田さんと向かい合って座る。
「いただきます。」
行儀良く手を合わせた彼を見て、唖然とする私。
「意外ですね。」
「なにが??」
私の顔を見た沖田さんは、不思議な物でも見るように言った。
「意外と行儀がいいなって思いました。」
「俺の事、何だと思ってんだよ。」
沖田さんは、私が作ったハンバーグを食べながら、苛立った様子。
「どうですか??」
初めて尽くしで、自信がない私は、味の感想を沖田さんに聞いた。
「………普通。」
「やったぁーーー!!!!」
沖田さんの言葉に、私は両手を挙げて喜ぶ。
「なに喜んでんだよ。
…美味くもなく不味くもないっつってんのに。」
私の異様な喜びように、沖田さんは怪訝に私を見ていた。
「凄いじゃないですか!!
初めてにしては、高評価ですよ!!」
「……アンタ、どんだけポジティブ??
脳ミソだけ天国逝ってんじゃねぇの??」
「すみません。
はしゃぎ過ぎました。」
シュンと落ち込む私に、エビフライをくわえた沖田さんが言う。
「アンタさ、いい嫁にはなれなくても、いい母親にはなれんじゃねぇの??」
誰からも言われた事のない言葉に、心臓がドキリと跳ねた。
「なんで……そう思うんですか??」
早鐘を打つ心臓を静めるように言うと、沖田さんは何食わぬ顔で答える。
「別に。何となく。
アンタが居ると、明るくなるから。」
そう言った後、彼が一瞬フワッと笑った気がした。
今の笑顔は……
私の気のせいなのかな…
でも、少しだけ心を開いてくれたって思っても…いいよね。
「沖田さんのお母さんは、どんな人ですか??
…そう言えば、お部屋に写真立てがありましたけど、沖田さんは5人兄弟なんですね。」
「ごっそーさん。」
何の気なしに話していると、沖田さんは席を立とうとする。
「沖田…さん……??」
そんな彼を目で追うと、沖田さんは私に冷たく言い放つ。
「家族の話はすんな。」
この時。
私はが思ったのは2つ。
沖田さんの過去は、私が思うよりも相当暗い事。
そして、その暗い過去には、沖田さんの家族が深く関わっている事。
そう思わざるを得なかった。




