復帰しまして
玲子ちゃんによって再び事務所に連れられ……
「ここで待っててね。」
今私は、数日前に去ったばかりの社長室にいる。
“コンコン……”
待って数分もしないうちに、社長室のドアがノックされた。
「入って。」
玲子ちゃんが一言そう言うと、社長室のドアが開く。
「失礼し……」
男の人の声が途切れたのが気になり、振り向いた私。
「沖田さん。」
視線の先には、ジャージ姿で、完全にオフ状態の沖田さんがいた。
「…何でチンチク莉子がいるんだよ。」
目を合わせて早々、沖田さんの渾身の嫌味が、私の耳を貫く。
「それが……私にもどういうワケだか…」
愛想笑いで返すと、沖田さんがドカッと私の座るソファーの隣に腰掛けた。
その反動で、一瞬私の体が飛び跳ねる。
「のわっ!!!!」
「…フン。
これだからチンチク莉子は。」
ソファーから落っこちそうになった私を見て、沖田さんは鼻で笑った。
そんなやり取りをしていると、玲子ちゃんが書類を差し出して口を開く。
「莉子ちゃん。
ここにサインして。
判子はこっちで用意するから。」
「……え??」
困惑しながら書類に目を通すと、一番上には……
“雇用契約書”
と書かれている。
「流星のマネージャーとして、正式に働いてもらうわ。」
玲子ちゃんの言葉を聞いた沖田さんは、私から書類を取り上げた。
「ふざけんな。
俺はマネージャーなんていらねぇっつってんだろ。」
言いながら、沖田さんは書類を玲子ちゃんに突き返す。
「事務所命令よ。
守れないなら……
流星、アナタもクビよ。」
「………。」
玲子ちゃんのとても冷たい言い草に、沖田さんは押し黙った。
「…またあの時の生活に戻りたいの??」
「煩せぇ。」
あの時の生活って……
…沖田さんは過去に何かあったの……??
二人の会話の意味が読めず、私はそこで声を出す。
「沖田さん、過去に何かあったんですか??」
思いのほか、サラリと出た質問に、沖田さんはギロリと私を睨んだ。
「アンタには関係ねぇ。」
ですよね…。
私も何で聞いちゃったんだろう。
「………。」
黙って下を向いていると、沖田さんに首根っこを掴まれる。
「なななな何するんですかっ!!!!」
動揺していると、沖田さんは首根っこを掴んだまま、ズイッと書類を私の前に出した。
「さっさとサインしろ。」
そう言った後、突き放すように私の首根っこから手を引き、ソッポを向いた沖田さん。
「サインしてもいいんですか??」
「しょうがねぇだろ。
事務所命令なんだから。」
納得いかない様子の沖田さんだったが、私は何だか嬉しかった。
「はい!!」
笑顔で返事をして、迷う事なく書類にペンを走らせる私。
「ありがとう莉子ちゃん。
流星をよろしくね。」
玲子ちゃんと握手をして、沖田さんと共に事務所を出た。
「どこ行くんですか??」
専属の運転手が走らせる車の後部座席に沖田さんと並んで座っている。
「家に決まってんだろ。
俺、謹慎中。」
相変わらず、沖田さんは素っ気ない。
「そうですよね。」
「あー腹減った。
アンタのせいで、無駄な労力使ったし。」
脱力感たっぷりに溜め息を吐きながら、沖田さんがお決まりの嫌味を呟いた。
「謹慎中は、お食事とかどうされてたんですか??」
私が言うと、沖田さんは、若干目を丸くする。
「謝るかと思ったのに、まさかの質問かよ。」
「はい。理不尽な言葉は聞き流すって決めました。」
「都合のいい耳だな。」
「何とでも言って下さい。」
出会った頃に比べたら、私は格段に強くなっただろう。
…正式にマネージャーとなった今は、弱音なんて言ってられない。
少しでも、沖田さんの役に立たなくちゃ。
これは仕事なんだ。
それから何事もなく沖田さんの家へ戻ってきた。
「アンタ、荷物は??」
沖田さんに言われ、自分が身一つで着の身着のままここへ来た事に、今更気付く。
「あ……後で社長に送ってもらいます。」
「あっそ。早く靴脱いで上がれ。」
「はあ。」
小さく頷いて、沖田さんの玄関から敷居へと上がる。
「…アンタの部屋、前と同じ部屋だから。」
「ハイ。えと……
……ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
「何だよそれ。
アンタを嫁にもらうつもりなんてねぇから。」
でも、この場合の挨拶って、他に思い付かないよ…。
「あの、お電話借りてもいいですか??」
沖田さんの家の電話を指差して言うと、質問が投げかけられる。
「なんで??
どこに電話すんの。」
「社長に荷物送ってもらわないと……」
「いいよ。後で俺が言っとくから。」
沖田さんは私の言葉を上から被せるようにして言った。
「ありがとうございます。」
お礼を言った直後、沖田さんは“うーん”と伸びをした。
「腹減ったぁー。」
あ……
車の中でも言ってたな。
「何か作りましょうか。」
そう口にしたものの料理なんてした事のない私。
「…アンタ、料理できんの??」
「できません。」
「即答だなぁオイ。
いいよ。無理しなくて。」
あれ??
また使えねぇって言われると思ってたのに…。
身構えていたので、何だか拍子抜けする私。
「やっぱり作ります。
健康管理も私の仕事ですから。
何が食べたいですか??」
問い掛けるや否や、沖田さんは言い迷う事なく口を動かす。
「ハンバーグ、エビフライ付き。」
ハンバーグ??
エビフライ??
ハードルが高い…。
てか、食べたい物が子供っぽい(笑)
「…ぷっ……。」
そう思うと可笑しくなって、私の口から笑いの息が漏れた。
「今“沖田さんって子供っぽい”って思っただろ。」
見透かしたように私に言った沖田さんは、心なしか少し不機嫌。
「いえ。思ってません。」
表情を真顔に戻して言ったが、私は笑いを堪えている。
「アンタの考えてる事、ダダ漏れだから。」
ダダ漏れですか…。
沖田さんから見ると、私って本当に馬鹿なんだろうな…。
「…沖田さん、ハンバーグとエビフライの作り方は調べておきますので、カレーとかハードルの低い物にしてもらえませんか??」
そうお願いすると、彼は“フン”と鼻を鳴らす。
「やっぱメシいらねぇ。
変なモン食わされて、腹下したくねぇし。」
発言が転々とするなぁ。
あんなにお腹減ったって言ってたのに…
「でも…食べないと…」
「…いらねぇっつったらいらねぇんだよ。」
私が子供扱いしたから…
拗ねてる??
「分かりました。
でも、食材は買わないといけないんで、買い物してきますね。」
そう言って玄関へ足を向けようとすると……
「今度迷子んなっても、迎えに行かねぇから。」
「え……??」
何だろう……
背中に体温が……
「馬鹿だなアンタ。
また騒ぎになったらどうすんだよ。」
私今……
後ろから抱き締められてる!?!?
そう確信したのは、私の腰に回る沖田さんの手が証明していた。
「ここっ…今度は迷子になりませんからっ!!」
言うまでもなく、上擦った声しか出ない私。
「明日にしろよ。
もう遅いから。
今日はカップラーメンで我慢してやるよ。」
言いながらも、沖田さんは私の体を離さない。
「分かりました!!
分かりましたから、離れて下さいっ!!!!」
大きく声を放ったと同時に、後ろから後頭部を叩かれる。
「近所迷惑。
ここペット禁止だから。
犬飼ってると思われたらややこしい。」
犬?!?!
私が犬?!?!
てか、こうなった原因は沖田さんじゃないかっ!!!!
沖田さんは、私から体を離すと、またリビングへと戻って行く。
その背中を見ながら思う事は沢山あった。
ビックリしたなぁもぉ。
…いきなりあんな事するなんて……
でも……
騒ぎになったあの日…
やっぱり沖田さんは私を心配してくれてたんだ。
そう思うと、嬉しさで胸が一杯になる。
マネージャーとして今後の不安を感じていた私にとっては、何にも変えられない温かさ。
そんな温かさを私にくれる沖田さんは、やっぱり優しいのかもしれない。
「沖田さんって、優しいですね。」
偉そうにソファー座り、ふんぞり返る沖田さんに向かって言った。
「だから、自惚れんなっつっただろ。
喋ってばっかいねぇで、アンタもくつろげば??」
「あ……はい。」
ただ、言い方が問題なんだよなぁ……
何となく気まずい私は、テーブルを前にして椅子に座る。
思ってる事を口に出すのはいい事だとは思うけど、沖田さんの場合は……
「…口に出し過ぎなんだよね。」
「アンタもな。
考えてる事、口に出過ぎ。」
しまった……
私…
口に出して言ってたっ!!
「すすすみまてんっ!!」
「噛むなよ。謝るんなら、ちゃんと謝れ。
それより……」
ワザと言葉を途切れさせたのか、沖田さんの顔がグッと近付く。
「そういうの……やめて下さいってば。」
当然、私は顔を背ける。
「俺がくつろげっつってんのに、何でそこに座ってんだよ。」
「……はい??」
…さすがに気まずいとは言えないな…。
「…テーブルはメシ食う場所。
くつろぐ場所はソファー。」
そう言って、沖田さんはテーブルとソファーを交互に差した。
「あ……えっと…
沖田さんのお邪魔になりたくないので。」
沖田さんは、私の言葉をドヤ顔で返す。
「…アンタ、居るだけで邪魔だから。
散々迷惑かけたクセに、今更何言ってんだよ。」
うっ……
そうですよね……
もう、仰る通りでございます。
「…じゃあ…私は部屋でくつろがせて頂きます。」
沖田さんを押しのけるように椅子から立つが、彼はそれを許してくれない。
「ダメ。」
あ…
今の“ダメ”は可愛いかも……。
私がそう思うよりも早く、沖田さんは私の手を取って、強引にソファーに座らせた。
「えっと……」
何と言えばいいのか分からず、言葉に詰まった私。
「言う事聞いてりゃいいんだよ。
アンタ、俺に雇われてんだから。」
「えっ????
私は事務所に雇われてるんじゃ……」
「やっぱアンタは馬鹿だな。
契約書ちゃんと読んだのかよ。
その分じゃ、将来詐欺に遭ってもおかしくねぇな。
つか、俺でもアンタの事騙せそう。
そういうの、世間知らずって言うんだよ。
どうせ一人っ子で、家という温室でぬくぬく育ったんだろ。
田舎っぺと大して変わんねぇな。」
長々とお説教……いや、嫌味をありがとうございます。
どうせ私は田舎っぺですよっ!!!!
「ハイ。ごもっともです。」
思っている事を口に出さないように、細心の注意を払って言った。
「アンタの給料は、俺のギャラから払われるから。
俺がアンタのクビを宣告しない限り、アンタは俺のマネージャー。」
面倒くさそうに言いながら、沖田さんはアクビを一つ出す。
「眠たいですか??」
「別に。」
そう言っているものの、沖田さんの瞼はだんだんと落ちていく。
「ここで寝ちゃダメですよ。
……って、もう遅いか。」
私が声を掛けるより先に、沖田さんはスヤスヤとリズミカルな寝息を立てていた。
「………。」
沖田さんの寝顔を見て、彼の睫毛の長さに感動しながら、沖田さんの寝室に向かう。
毛布出してあげないと。
風邪ひいちゃう。
扉を開いて、一歩足を踏み入れると、驚く事に、きちんと整理整頓されている。
ベッドは、ホテルのようにシーツがメイキングされており、棚に並ぶ本やDVDは、アイウエオ順に置かれていた。
す……すご。
沖田さんって綺麗好きなんだな…。
関心しながらも、ベッドから毛布だけを取る。
すると、机に腕が当たった拍子に、何かが倒れた。
“カタン…”
さほど大きい音ではなかったので、動揺せずに倒れた物に手を伸ばすと……
「……うそ…。」
それを見た私は、驚愕の声を上げた。
倒れた物の正体は、沖田さんの過去を写す写真立て。
そこには、学ランを着てムスッとしている沖田さんを含め、5人の男の人が写っていた。
私には、この5人が兄弟である事がすぐに分かった。
顔つきや肌の色。
髪の色や目の色。
それら全てが沖田さんと同じだから。
5人兄弟なんだ。
兄弟がいない私は、羨ましく思った。
微笑ましいその写真を見ていると、癒やされるような気がして、何度も見返してしまう。
あ……
沖田さんに早く毛布持って行かなくちゃ。
そう思い直し、私は寝室を後にした。
リビングに戻ると案の定、沖田さんは深く眠っているようだった。
手にしている毛布を彼にかけると、私は自分の部屋へ行く。
記者会見が明後日に迫ってる。
その成功と無事を祈って、私は部屋の扉を閉めた。
―――だがその数分後。
“バンッ!!!!”
何の前触れもなく開いた部屋のドアに、寿命が縮まりそうになる。
「びびビックリするじゃないですかっ!!!!」
そう声を上げると、いやらしく目を細めた沖田さんが、妖艶に笑う。
「ドッキリ大成功。」
「ちょっと!!そんな地味なドッキリ、やめて下さいよ!!!!」
本っっっ当に……
何なんだこの人は…。
「地味でも派手でも驚くんなら変わりねぇだろ。
…つか、驚くって事は、何かヤバイ事でもしてたんじゃねぇの??」
座っている私を見下ろす沖田さんは、今日一番のドヤ顔を私に放って言った。
「してませんから。
それより、何か私に用ですか??」
問い掛けると、彼の顔が真顔に戻る。
「腹減った。何か作れ。」
たったの二言。
しかも命令形。
気を悪くしない人なんていない。
でも……
「分かりました。」
これは仕事だから。
仕事じゃなかったら、私は間違いなく……いや、何の迷いもなく、沖田さんをぶっ飛ばしているだろう。
それくらい自分でやれよコンニャロー!!!!
ってね。
「夜中だからからな。
太るモンは作んなよ。」
「はい。」
「胃に優しいモンにしろ。」
「はい。」
「毒盛るなよ。」
「はい。」
まったく…。
私を何だと思ってるんだ。
「遅い。まだか??」
「できましたよもぉっ!!」
テーブルへ、できた料理を運んだものの、沖田さんはそれを見て顔をしかめる。
「これが料理と言える女を、俺は見た事がねぇな。」
「仕方ないじゃないですかっ!!!!
だから買い物に行こうとしたのにっ!!!!」
私が作った物。
それは……
「ラーメンに白メシって、炭水化物のオンパレードだろが。」
ご飯を炊いただけでも、ありがたく思って欲しいものだ。
「いいじゃないですか。
ラーメンの汁に、ご飯を入れると美味しいですよ。」
沖田さんが“ラーメンでいい”って言うからそうしたのに。
てか、ラーメンしかないんだもん、この家。
「俺、ラーメンいらねぇ。」
出たっ!!
沖田さんのワガママ!!!!
沖田さんはラーメンを横にずらした。
「人がせっかく作ったのにっ!!!!」
私はそれを見て吠えまくる。
「“ゴハンだぞ”取って。」
“ゴハンだぞ”…??
あぁ。
海苔の佃煮か。
「冷蔵庫ですか??」
「そうに決まってんだろ。」
分かりきっている事を、一々質問するから沖田さんをイライラさせてるのかな…。
距離感が掴めないや…。
「はい。どうぞ。」
「ん。」
瓶を差し出すと、受け取った沖田さんは、固そうなフタをポンと開けた。
そういう仕草は男らしくてカッコイイのになぁ…。
「固いフタを開けられる男の人って、カッコイイですよね。
ジャムの瓶とかこう……」
言った後、後悔した私は、言葉をつぐんで息を飲んだ。
ヤバ……
“カッコイイ”とか言っちゃったよ。
「ジャムの瓶じゃなくて悪かったな。」
“ケッ”と言って、沖田さんはごはんをかき込んでいる。
「いえ!!“ゴハンだぞ”がブルーベリージャムに見えました!!」
意味の分からない弁解をすると、沖田さんは手を止めた。
「ふっは(笑)!!
アンタの妄想癖、すげぇな(笑)」
うわ……
雑誌でもテレビでも見せない沖田さんの素の笑顔が、私の胸を甘く貫く。
心の中で芽生えた何かに気付いてはいけない気がして、私はグッと胸を押し殺した。
ダメだなぁ……
何考えてるんだろ私…




