ただならぬ予感でして
―――玲子ちゃんと緒方さんが帰り、夕食も済ませた私は、一人、自分の部屋にいた。
玲子ちゃんから渡された物と向き合って、溜め息を吐く。
“自分の目と耳で確かめて、判断してちょうだいね。”
そう言われて渡されたのは、沖田さんが1ヶ月後にリリースするという、アルバムだった。
彼が全面プロデュースしたというこのアルバム。
私が手にしているのは、サンプルらしいが、店頭で販売される物と、ほとんど同じらしい。
…透明なプラスチックのケースに、私の顔が映りこむくらいの、真っ黒なジャケット。
沖田さんが何を思って、このジャケットにしたのか…。
曲の中にヒントがある気がして、私はCDをプレイヤーにセットした。
プレイボタンを押して、目を閉じる。
イントロの後に、彼の声が耳についた。
沖田さんの歌声を聞くのは、これが初めてじゃないのに……
プレイヤーを通して聞こえる彼の声は、少し大人びたようで…。
やっぱり聞き手を魅了する。
やっぱり沖田さんは凄いなぁ…。
…ついこの間まで、私はこの人のマネージャーだったんだ。
あんなに思い出したくなかったはずの彼の記憶が、曲と重なって、みるみる鮮明に蘇る。
最初は“使いモンにならねぇ”って言われて、怒られてばっかりだった事。
…トラブルという爆弾を抱えながらも、何とか乗り切ってきた。
彼と一緒に走り抜けてきた芸能界。
彼に誓った事。
彼の為に決心した事を、思い出す。
泣きたいほど…
苦しいほど…
切ないほど…
悲しいほど…
痛いほど…
胸がギュッと締め付けられるほど…
私は彼を好きになった。
気持ちを隠す事で、彼と一緒にいるその先を選んだ私。
だけど……
それはできなかった。
叶わなかった。
気持ちをぶちまけてしまった私は、これからという時に、沖田さんにクビにされたんだ。
最後の思い出があまりにも辛くて、私はガックリとうな垂れてしまう。
でも、不思議と涙は出なかった。
それは、自分の気持ちを伝えた事を今は後悔していないから。
きっと……
どの道こうなってたんだと思う。
私は、感情を抑えられる程、大人じゃなかったんだ…。
そう割り切れるようになった私は、大人へと成長しているのかもしれない。
何だかんだと考えているうちに、アルバムは、ラストの曲に差し掛かる。
聞こえてくる切なげな音に身を委ね、私はベッドに横になった。
だが……
私は即座にベッドから体を起こす事になる。
聞こえてきた沖田さんの声。
その歌詞。
それを耳にして……
「えっ……今…何て…??」
耳を疑う私は、もう一度ラストの曲をリプレイした。
『好きとか嫌いとか
関係ない』
喧嘩をしたあの日、沖田さんが私に向けて放った言葉。
私の心を傷付けたその言葉が、直接歌詞になっている。
『君を傷付けた僕は
歪んだ恋心の持ち主なのかもしれない』
もしかして……
『側にいたいから
遠ざけたんだ』
私の……
『君を守りたいから
遠ざけたんだ』
………歌??
『好きじゃないよ』
沖田さんは……
『君に恋してない』
……私の為に…
『君を愛してるから』
歌ってるの…??
『嫌いじゃないよ』
私は……
『嫌いにならないで』
自惚れてもいいの…??
『君がいないと歩けない』
この歌詞は……
『ひび割れて砕け散る心の破片は涙色』
沖田さんの言葉だと思ってもいいの…??
『憂いの夜に』
『一人の夜に』
『喉が乾くほど
泣き続ける』
『胸の中で叫んでる』
『失う物なら君以外の何だっていい』
『君の言葉を聞かせて』
『君の声で
僕を遠ざけて』
沖田さん……
私は、アナタに会ってもいいのでしょうか…。
もう一度……
私の気持ちを言っても、いいのでしょうか……。
◇◆翌日◆◇
ケータイの着信音で目覚めた私は、寝ボケ眼で、そのディスプレイを見る。
あ……
玲子ちゃんだ。
「もしもし。」
一つ咳払いをしてから、電話に出た私。
《あら。まだ寝てた??》
それでも玲子ちゃんにはお見通しのようだった。
「あぁ……昨日ちょっと遅くまで起きてたから。」
私のその一言に“待ってました”と言わんばかりの明るい玲子ちゃんの声が続く。
《流星のCD、聞いた??》
「うん……。」
沖田さんに関しての質問の返事には、歯切れが悪くなってしまう。
《…事務所の件だけど、考えてくれた??》
できるなら引き受けたい。
だけど……
「やっぱり、私には無理だよ。」
自分に自信がない…。
自惚れだったら……
勘違いだったら…
それこそ私は、一生立ち直れない。
《そう。…莉子ちゃんが考えて出した結果なら、何も言わないわ。》
その後、玲子ちゃんは、“また東京に遊びに来てね”とだけ言って、電話を切った。
ケータイを手放した私は、フーッと息を吐く。
それから、雑念を振り払うように首を横に振った。
これでいいんだ……。
どちらを選んでも後悔をするのなら、私はもう…傷付きたくない。
傷付かなくて済むのなら、私は逃げる方を選ぶ。
同じ人間でも、私と彼とでは、住む世界も、立場も何もかもが違い過ぎたんだ。
最初から分かっていた事を、改めて思い直すと、自嘲の気持ちで笑けてくる。
「ははは……」
頭のネジが一本抜けたように、私はそのまま乾いた声で笑い続けた。




