元の日常に戻りまして
◇◆数日後◆◇
新しい家にも少し慣れた頃。
学校から帰宅した私に、お母さんから声が掛かった。
「玲子から莉子宛てに、電話があったんだけど。」
自分の部屋に直行しようとしていた私の足が、ピタリと止まる。
「え??」
荷物も送ってもらったし、もう用事と言う用事はないはずだ。
「かけ直してって言ってたわよ??」
玲子ちゃんからの伝言を私に伝えたお母さんに頷き返す。
「…分かった。」
階段を上り、部屋の中へ入った私は、溜め息にも似た息を漏らし、玲子ちゃんに電話をかけた。
《もしもぉ~し!!》
いつもの調子の玲子ちゃん。
電話の向こうからでも、玲子ちゃんの明るさは伝わってくる。
「どうしたの??」
しかしながら、玲子ちゃんが電話をかけてきた事を疑問に思う私。
《アタシが送った、莉子ちゃんの荷物なんだけど、もう開けた??》
そう問い掛けられ、ダンボールのままの荷物に視線を変えた。
「あぁ…まだ…だけど。」
開けてしまうと、彼との思い出を掘り返してしまいそうで。
未だに怖くて、開けられずにいた。
《……あら、そう。
その中にねぇ、仕事用のデータが入ったSDが紛れ込んでるかもしれなくて……》
訴えるような玲子ちゃんの声に、私は仕方なく言葉を返す。
「分かった。
もしあったら、事務所宛てに郵送するよ。」
《よろしくね。》
そこで通話を終わらせて、取り留めのない用件だった事に、ホッとした私。
そして、再びダンボールに視線を送る。
無くて困る物なら、早く探してあげないと。
思い直した私は、荷物へと手を伸ばした。
ガムテープを引っ張って開けると、やっぱりそこには、彼との思い出が詰まっていて……
沖田さんが選んでくれた洋服……
彼の為に買った料理本。
沖田さんと一緒に通っていた学校の制服までもが、綺麗にクリーニングされて詰め込まれていた。
手を止めていると、余計に思い出してしまう。
私は少しずつ中身を取り出して、慎重にその中を探った。
すると……
「ぁ……あった。」
青色のSDカードが、今私の手のひらに乗っている。
玲子ちゃんに、メールを入れてその事を知らせた。
何の気なしに、SDカードを見つめる。
これって……
…間接的に、沖田さんが関わってるのかな。
…そう思うと、まだ彼と繋がっていた気がして、胸が熱くなった。
ギュッとSDを握り締め、熱くなった胸元に置く。
まだ少し残っている、捨てられていない未練。
自分がこんなにしつこい人間だったとは、思いもしなかった。
振り払おうとすればする程……
忘れようとすればする程……
目を閉じれば、瞼の裏に蘇る思い出。
彼に触れられた部分。
やっぱり……
心を断ち切ろとするのは、私には無理みたい……。
◇◆翌日◆◇
今日は土曜日。
「休みだからって遊んでないで、勉強しなさい!!
単位落として留年になるわよ!!」
朝からお母さんの怒号が響く中、私は玄関を出る。
「ちょっとコンビニ行くだけだから!!」
「あ゛っ!!
待ちなさい莉子!!」
お母さんの声を振り切って、私は家の外に飛び出した。
その直後……
“キキキキーーーーッ”
急ブレーキを唸らせる車と衝突しそうになる。
「……危な…」
反動で出る独り言を止めた私。
ん……??
……この車…
どこかで見た気が…
「ヤッホィ莉子ちん♪」
車から出て来た人物が、私の名前を呼んだので、思わずハッとした。
「れっ玲子ちゃん?!?!」
何の因果なのか…
また玲子ちゃんと顔を会わせる事になんて……
言わずもがな、私の口はあんぐりと開けられ、その視線は、唖然と玲子ちゃんを捕らえるのだった。
―――そして……
「急に来るんじゃないわよ玲子。」
玲子ちゃんを見て、プリプリ怒るお母さんに……
「まぁまぁ、いいじゃないか。」
それをなだめるお父さん。
私はというと……
「……玲子ちゃん、結構こってるね。」
なぜか……東京から遥々やって来た玲子ちゃんの肩もみをさせられていた。
「あぁー気持ちいい。
莉子ちゃんに急に会いたくなっちゃったからさ♪」
話題の中心の玲子ちゃんと言えば、私のマッサージを満喫しながらも終始笑顔。
「全くもう……。」
お母さんは呆れてしまい、二の句も次げられないようだった。
そんな楽しい(?)一時を過ごしていた私たちの耳に……
“ピンポーン…”
訪問者が来た事を知らせるインターホンの音が。
「誰だ??」
“お前の友達か??”とでも言いたげに、お父さんが私の顔を見て言った。
「さぁ。」
覚えがない私は、答えながらも小首を傾げる。
「私が出るわ。」
お母さんは、リビングに居た誰よりも早く、玄関に向かって行く。
私は、気に止める事なく玲子ちゃんの肩もみを続けた。
玄関の方からは、お母さんと誰かが話す会話が、微かに聞こえてくる。
だけど、内容までは分からない。
暫くすると、バタバタという足音と共に、お母さんがリビングの扉を開けた。
それと同時に、私に向かって声が放たれる。
「莉子。アナタにお客様よ。」
“私に??”
と、問い返す間もなく、私を訪ねて来た人物が、リビングに姿を現した。
「……え…」
思わぬ来訪者に、私の目は全開。
「久しぶり。」
相手の挨拶はそれだけだった。
その後……
私に一歩二歩と歩み寄った来訪者は、右手を大きく振りかぶる。
“バチンッ!!!!”
私の頬が、鈍い音を立て、有無を言わさず首が左を向いた。
痛みは感じない。
ただ、思うのは疑問ばかり。
どうしてこの人がここにいるのか。
どうしてこの人は、私に対して怒りを露わにしているのか…。
「ちょっと!!!!いきなり来て、莉子ちゃんに何するの!!!!」
私の頬を思い切り叩いた相手に、喰ってかかる玲子ちゃん。
「玲子。アンタもいきなり来たでしょ。」
お母さんのツッコミが、見事に炸裂。
そんなやり取りを呆然と聞いているうちに、来訪者の冷静な声が、静かに空気を切り裂く。
「…本当は、社長に用があったんです。
外出先を秘書の方にお伺いしたら、こちらにいると聞きまして。
私も、藤瀬さんにお話がありましたから。」
最後の言葉を聞いて、私はやっとの事で我に返った。
声を出せない私の代わりに、玲子ちゃんが相手を促す。
「莉子ちゃんに話??
とにかく座りなさい緒方。」
そう。
私を訪ねて来たのは……
「はい。」
沖田さんの元マネージャーであり、あの山本さんの現マネージャーである緒方さんだった。
「姉さん、緒方のお茶もお願い。」
「本当にアンタは。
自分の家みたいに。」
お母さんと玲子ちゃんのちょっとした会話の後、まだ状況が把握しきれていない私は、突っ立ったまま。
「莉子ちゃんも座って??」
そんな私を見て、玲子ちゃんが一人分のソファーのスペースを空けてくれた。
「う、うん。」
ぎこちなく返事をして腰掛けるものの、正面にある緒方さんの顔が見れない。
「で…??わざわざこんな所に押し掛けて来るような急ぎの話なの??」
玲子ちゃんは、足を組むと、緒方さんに話を切り出した。
「いえ…。そうじゃないんですが…」
「それにしては登場早々莉子ちゃんに張り手を喰らわすなんて、物騒じゃない??」
玲子ちゃんに食い気味で言われた緒方さんは、口ごもってしまう。
「…その……私は…」
「どうして莉子ちゃんにあんな事したの。」
玲子ちゃんは確信を突いたように、言葉の迫力で緒方さんに詰め寄った。
「それは……許せなかったから…」
緒方さんはポツリと呟いた後、意を決したように私を見つめ、言葉を続ける。
「私にあんな大口叩いといて。
どうして簡単に辞めちゃったのよ。
私は……アナタだから、流星を諦めたのよ!!」
緒方さんの気迫に、私の背筋が強張った。
「………。」
何か言わなきゃ……
でも…
声が出てくれない。
「シッポを巻いて逃げたアンタが…よくもまぁ、そんな事が言えるわね。」
私が何も言えないでいると、玲子ちゃんの声が、割って入った。
「………。」
玲子ちゃんの発言に、私の次に無言になったのは緒方さん。
「アンタがあんなに感情的な人間だったなんてね。
何も言わないで、流星を放って逃げた冷酷な人間だと思ってたわ。」
玲子ちゃんの声は呆れたような軽いトーン。
でも、その言葉は厳しい。
「私は……本当に流星の事が好きだったんです。
だから…自分の手で流星の未来を潰していくのが怖かった。
そう思うと……気付いたら逃げ出していたんです。」
当時の緒方さんの想いが、ゆっくりと語られていく。
私と玲子ちゃんは、緒方さんの話を遮る事なく聞き続けた。
「…流星が、私を必死になって探してくれていた事も知っていました。
私も、流星から逃げる事に必死で……
でも、思ったんです。
私が芸能界に身を置いていれば、いつかまた流星と仕事ができるんじゃないかって……」
だから……
別の事務所で山本さんのマネージャーをやってたんだ…
私がそう理解すると同時に、玲子ちゃんが口を挟む。
「でも、流星を放ったらかして逃げたのは事実でしょ。」
その言葉を受けて、緒方さんの視線が、下へ下へと落ちていった。
私を含めて、張り詰めたリビングの雰囲気に、より一層緊張感が走る。
お父さんもお母さんも、ハラハラした様子でこちらを見ていた。
すると、緒方さんの口から、思いもよらぬ言葉が出る。
「今度は逃げません。
…ですから、私を流星のマネージャーに戻して下さい。」
ハッキリとそう言い切った緒方さんの顔は、どこか清々しい。
緒方さんの、強い意志を表している目の輝きに、心が奪われそうになる。
「…だってさ。
莉子ちゃん、どうする??」
「は??」
緒方さんと玲子ちゃんの間で成立する会話だと思い込んでいた私は、急に話を振られて、間抜けな声が出た。
「…どうして藤瀬さんに聞くんですか??」
玲子ちゃんの言動に呆気にとられている緒方さん。
「そうよ。莉子に決定権なんてないじゃないの。」
我慢しかねていたであろうお母さんまでもが口を出した。
「そうだよ。何言ってんの玲子ちゃん。」
苦笑して返した私を見て、玲子ちゃんはフッと目を細める。
「まぁ、落ち着いて。
アタシの話をお聞きなさいな。」
一人だけ事情を知っている玲子ちゃんの笑顔が、優しい微笑みから、イタズラっ子の笑みに変わった。
嫌な予感しかしない雰囲気に、固唾を飲んで、玲子ちゃんを見る。
緒方さんも、私と同様に、意味ありげな玲子ちゃんの笑顔を、貫くように見つめていた。
すると、玲子ちゃんは、一息吐いてから唇を動かす。
「先に言っとくわね。
“SDカード”は口実。
“急に莉子ちゃんに会いたくなった”も口実。」
その口実とやらに、どんな意味があるのかを、私はひたすら考える。
「社長!!言っている意味が分かりません!!」
玲子ちゃんのじれったい言葉に、緒方さんは耐えかねたようだ。
“そんなに焦らないで”と、玲子ちゃんは緒方さんをなだめると、また話し出す。
「アタシね、第二の人生は、海外で暮らそうと思ってるの。
今まで結婚もそっちのけで仕事してきたし。」
うん。
だから??
……と言いたい気持ちは抑えて、玲子ちゃんの話に耳を傾ける。
「ウチの事務所の所有権と、その他の権利を全て莉子ちゃんに渡すわ。」
玲子ちゃんのその言葉の後、それぞれが何かを考えるかのような、沈黙が流れた。
そして……
「「えぇ~っ?!?!」」
玲子ちゃん以外の全員が、同じ反応で声を上げる。
私たちの反応を見て面白がる玲子ちゃん。
「ちょっ…待ってよ玲子ちゃん!!!!」
急にそんな事言われても……
「就職難の時代だし悪い話じゃないと思うのよ♪
あっ!!モチロン、莉子ちゃんが高校卒業してからの話よ♪」
私の戸惑いなど知る由もない玲子ちゃんは、意気揚々と話を進めている。
「納得いきません!!
私は現社長であるアナタに決定権を求めます!!
藤瀬さんの意見は、ただの一般人の意見に過ぎません!!」
緒方さんは、我慢ならずに立ち上がり、玲子ちゃんと私を交互に睨んだ。
そんな緒方さんの言葉を、玲子ちゃんはアッサリと受け流す。
「あら。その現社長が、次期社長に意見を求めてるのよ。
それこそ緒方には、口を出す権利はないわ。」
玲子ちゃんはそう言うけど……
私だってまだ納得できない。
てか……こんな話、信じられないって…
「玲子ちゃん……。」
弱々しく名前を呼ぶと、玲子ちゃんの顔が、こちらに向いた。
「どうしたの??」
…玲子ちゃんが私を信頼してくれてるのは嬉しい。
だけど、どう考えても、私は沖田さんに受け入れられない。
歓迎してもらえない。
「ありがたいんだけど…
その話は断るよ。
それに……私はもう沖田さんと一緒に仕事はできない。」
…彼に受け入れてもらえないのであれば、私も受ける意味がない。
私の困惑を見て悟ったのか、玲子ちゃんは肩を落とした。
「そう……。ごめんね。
アタシも何も考えずに、こんな話を持ち出して。
でもね……」
最後の一言と共に、玲子ちゃんは、ある物を私に差し出す。
「………??」
真四角で、プラスチック製の真っ黒な……
何だろうと、その物体をしげしげと見る私。
「開けてみて??」
玲子ちゃんに促されて、私はその物体を手に取る。
「これ……は…」
…その中身は、私が想像しえない物。
それを見つめ、終始唖然とする私だった。




