再びクビになりまして
◇◆翌日◆◇
私は、沖田さんと二人、玲子ちゃんのいる事務所に来ていた。
ノックをしてから、扉を開けると、デスクに頬杖をついている玲子ちゃんと出くわす。
入って来た私たちを見て、玲子ちゃんは立ち上がって目を丸くした。
暫く、沈黙で見つめ合った後、玲子ちゃんが言葉を放つ。
「…また二人してお通夜みたいな顔して、ココに来るなんてね。
悪い予感しかしないんだけど。
アタシの予感は当たってる??」
「………。」
「………。」
私も沖田さんも、玲子ちゃんの問い掛けに言葉を返せないでいた。
立ち尽くしている私たちに、玲子ちゃんはソファーを勧める。
「まぁ、いいわ。
とにかく座りなさい。」
私は、玲子ちゃんと向き合ってソファーに腰掛けた。
沖田さんも、私に並んで座る。
彼の重みも手伝ってか、ソファーはギシリと音を立てた。
その音が、静かな社長室に、嫌に響く。
話をどう切り出そうか、迷っている私にお構いなく……
「…俺はコイツをクビにする。」
沖田さんの低い声が沈黙を突き破った。
「……って、えぇっ?!?!」
玲子ちゃんは、テーブルから身を乗り出して驚きの色を見せている。
「オーバーなリアクションだな。
いい歳の大人が情けねぇ声出すんじゃねぇよ。」
未だに目を見張っている玲子ちゃんに、沖田さんの冷たい発言が飛んだ。
私は、無言でカバンの中から辞表を取り出す。
テーブルにそれを置いて、玲子ちゃんが手の届く距離まで突き出した。
「莉子ちゃん……
……本気なの??」
“信じられない”と言ったような玲子ちゃんの瞳が、切なげに揺らいでいる。
「………。」
何か言葉を発すると、涙が出てしまいそうで、私は声を出す事なく、首を縦に振った。
頷いたまま顔を下に向けていると、玲子ちゃんと沖田さんのやり取りが聞こえてくる。
「流星。…アンタが何かやらかしたんじゃないでしょうね??」
「はぁ?!何でそうなるんだよ。」
言い争うような二人の声が、痛いほど耳に突き刺さった。
「…そうとしか考えられないから、こうやって聞いてるんじゃないの。」
「フン。俺はどこまでも悪者らしいな。」
沖田さんは悪くない。
そう言いたいのに、頭を上げる事ができない。
「じゃあ流星の方から、莉子ちゃんにクビを宣告したワケね??」
「そうだっつの。
つか、どの道俺はコイツをクビにするつもりだったから。」
何の迷いもなく、沖田さんが言ったその一言が、私の胸を締め付ける。
やっぱり私は……
必要なくなれば、クビにされる予定だったんだ……。
悔しくて…
だけど、悲しくて…。
そんな混ざり合う感情を、受け止めるしかない私の心は、どうしようもない痛みを生じている。
「分かったわ。
流星は仕事に行きなさい。
…莉子ちゃんはこのまま残って。」
玲子ちゃんの言葉を受けて、沖田さんが社長室を出て行く気配がする。
本当に……
彼に会えるのは、これで最後かもしれない。
そう思うのに、沖田さんの背中を見送る事すらできない私。
“パタン……”
扉の閉まった虚しい音だけを聞き届けた後、私はやっとの事で顔を上げた。
「玲子ちゃん……」
出始める涙で、玲子ちゃんの輪郭がおぼろげになる。
「落ち着いてからでいいから、こうなった経緯を説明してくれる??」
「……うっ…」
嗚咽混じりに頷いた私は、ひとしきり泣いた。
……どうして…
理性で言葉を抑えられなかったのか…。
喉が熱く、息だけを漏らして、後悔の気持ちを語っている。
私の体の中心で、暴れ出した“好き”という感情と言葉。
それが彼にぶつかれば、全ては終わるんだと、最初から分かっていたのに…。
私は、甘い蜜を吸い過ぎて……
酔わされていたんだ…。
―――体中の水分を出し切ったんじゃないかというくらいに泣き枯らした私。
「……そう。
莉子ちゃんは流星を好きになってしまったのね。」
「………。」
小刻みに震える手に力を入れて、その拳を見つめながら、頷いた。
「だったら……
流星の決断は正しいわね。」
分かってる。
だけど、この恋は……
私の初恋だった。
「……玲子ちゃん、……ごめんね…。」
最後まで沖田さんのマネージャーを勤め上げられなかった不甲斐なさに、謝罪の言葉しか出ない。
そんな私に、玲子ちゃんから明るい言葉が掛けられる。
「莉子ちゃんは元は普通の女の子じゃない。
恋をするのは当然よ。」
玲子ちゃんはそう言った後、お得意のウインクを“バチン”と放った。
私は、そんな玲子ちゃんに、無理矢理ながら笑顔を作る。
「……初恋だったんだけどさぁ。
それにしちゃあ、いい夢見れた気がするよ。」
私の笑顔を、痛々しいと思ったのか、玲子ちゃんは肩と眉を同時に下げた。
「……もう少し…
莉子ちゃんと一緒に仕事がしたかったけど……」
次の言葉を、言い辛そうにしている玲子ちゃんに、私はその先を自分から口にする。
「うん。私もだよ。
…残念だけど、雇用解約して下さい。」
―――こうして……
私は東京を離れて、静岡へ戻る事に。
彼との出会いも別れも、突然で……
良い事ばかりじゃなかったけど、悪い事ばかりでもなかった。
何度もくじけそうになったけど、私は少しでも彼の支えになれたのなら、もう後悔はしない。
そんな彼との思い出は、東京に置いて、私は新たな日常を歩み出す事になった。
これからは…
前だけを見て歩くんだ。
もう後ろは振り返らない。
―――静岡の地に、再び足を付けた私。
やっぱり落ち着くなぁ。
玲子ちゃんが送ってくれると言ったのを断って、電車に揺られて帰って来た。
おばあちゃんの家までの道のりを、遅くもなく速くもないスピードで歩く。
見える景色は、田んぼが多く、静岡を出る前よりも、緑は少なくなっている気がした。
「ただいまぁー!!!!」
玄関先に着いて私が元気良く声を放つと、奥からおばあちゃんが顔を覗かせる。
「お帰り。
ちょうど良かった。
お父さんとお母さんが、来てるよ。」
「え??」
思いがけない事に、一瞬キョトンとするものの、私は靴を脱いで敷居をまたいだ。
居間に入ると……
「莉子。元気だったか??」
「髪伸びたんじゃない??」
穏やかな笑顔で目を細める両親に出迎えられる。
「元気だったよ。
うん、髪…伸びたかも。」
何事もなかったように、私は返事を返した。
すると、お父さんが誇らしげな眼差しを私に向ける。
「莉子。新しい家も見つかったし、帰って来ないか??」
ずっと帰りたいと思ってた。
だから、断る理由はない。
「う…うん。」
だけど、後ろ髪引かれる思いになるのは、まだ振り切れてない思い出があるから。
肩を落として俯いている私に、お母さんが元気付けるような言葉を言ってくれる。
「学校の方もね、事情を話して掛け合ったら、籍を置いておいてくれるって。
ね??だから帰りましょ??」
…静岡に帰る前に、もう後ろは振り返らないって決めたんだ。
「うん。帰るよ。」
私が微笑み返して言うと、両親は安心したように安堵の息を吐いた。
―――その後…
私はおばあちゃんの家の間借りしていた部屋に行き、早速荷造りを始める。
大した量ではないので、一時間程でキレイサッパリ片付いた。
スッキリとした部屋を、見渡していると、カバンの中に入れていたケータイが、けたたましく鳴り響く。
着信は、先程別れたばかりの玲子ちゃんからだった。
「はい。」
暫くは関わる事はないだろうと思っていただけに、緊張してしまう。
《莉子ちゃん??
流星の家にある莉子ちゃんの荷物だけど…》
沖田さんの名前が出てきた事に、胸が小さく音を立てた。
「えっと……新しい家が決まったから。
そっちに送ってくれるかな??」
《分かった。》
新しい家の住所を、玲子ちゃんに伝えて電話を切る。
遠い目でケータイを眺め、私はアドレス帳を開いた。
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沖田 流星
(オキタ リュウセイ)
080 ×××× ××××
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もう私には、必要のないアドレス。
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消去しますか?
YES
NO
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カーソルを合わせて、私の親指がボタンを押す。
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沖田 流星
(オキタ リュウセイ)
を消去しました。
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その画面を見届けた後、深く息を吐いた。
これでもう……
絶対に彼に会う事はない。
前に進む為にはこうするしかないんだ。
大丈夫。
明日からまた普通の生活が送れる。
私は立ち直りが早い方だもん。
立ち止まるくらいなら、前を向く。
前を向いたら、前進する。
前進したら、もう立ち止まらない。
何があっても、私はそうやって生きてきた。
大丈夫……
大丈夫。
……きっと。
―――その翌日。
私は両親に連れられて、晴れて地元へと帰ったのだった。




