喧嘩の後でして
◇◆一週間後◆◇
あれから、沖田さんとは、仕事の話以外はしてない。
私は、彼を避けるように、顔を合わせようとせず、食事の時間や、帰る時間まで、まちまちにしていた。
そんな日々を送る中…
「打ち合わせは欠席されたので、番組内容の最終確認をして下さい。」
移動中の車に揺られながら、沖田さんに資料を渡す。
距離を置く為に、話し方を敬語に戻した私。
「分かった。」
だけど、沖田さんは何も言わない。
「スタジオ入りしたら、共演者さんに挨拶して下さいね。」
「面倒臭せぇ。アンタがやって。」
「分かりました。」
感情も何もない、無機的な会話。
……違う。
これは会話じゃない。
業務連絡だ。
霧がかったような、言い知れない気持ちを乗せて、私たちを運ぶ車は、目的地へと急ぐのだった。
―――スタジオに着いて、沖田さんを楽屋に残し、私は他の共演者の楽屋を回る。
「あ……。」
今日は、一週間前に打ち合わせをしたバラエティー番組の収録日。
私は、山本さんも一緒に共演する事を、すっかり忘れていた。
だが、挨拶しない訳にもいかない。
“コンコン……”
躊躇い勝ちにノックをすると、“はい”と言う声が聞こえた。
「失礼します。」
中に入って来た私を見て、山本さんは目を丸くする。
「……あれ??
莉子ちゃん…??」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしながらも、山本さんのその目が、何かを期待するように揺らいだ。
「挨拶に来ました。
本日共演させて頂く沖田を、よろしくお願い致します。」
言ってから頭を下げると、顔を上げる頃には、山本さんの瞳が残念さを物語っている。
「なぁ~んだ。
マネージャーの件、OKしてくれると思ったのに。」
そんな山本さんに、返す言葉を探す私。
「……それは…」
私が言いよどんでいると、明るさに満ちた声が返ってくる。
「でも、沖田くんを差し置いて莉子ちゃんが挨拶に来てくれるなんてね。
僕に会いたいと思ってくれてたんだったら、嬉しいな。」
勘違いも程々にして欲しい。
私は、沖田さんに代わって挨拶に来ただけだ。
そう言おうと、口を開きかけると……
「期待してもいいかな??
僕のマネージャーになってくれるって。」
沖田さんに負けず劣らずの綺麗な顔が、私に迫っていた。
その距離に焦るものの、気付くのが遅すぎたと、後悔する。
「すすみません……。
…沖田の楽屋に戻りますので……」
両手で、山本さんの体を押し返そうと試みるものの、ビクともしないどころか、間は縮む一方。
そんな時……
「……へぇ。…真っ昼間からお盛んな事で。」
楽屋の扉付近から、別の男性の低い声が。
その声を放った主を知った私は、放心してしまう。
何かを考える余裕すらも失った私は、ただ立ち尽くす事しかできない。
それでも、二人の会話は聞こえてくる。
「沖田くんさぁ、何か僕に恨みでもあるの??
いっつもタイミング良く邪魔するよね。」
「アンタ、ここに何しに来てんだよ。」
「仕事だけど??」
「フン。…俺にはそうは見えねぇな。」
「そうかもしれないね(笑)
実際、莉子ちゃんを口説いてたワケだし(笑)」
「アンタも趣味悪りぃな。
そんなダルマ女、口説いてどうすんの。」
「…ただ口説いてるワケじゃないよ。」
「あぁ??」
「…莉子ちゃんに、僕のマネージャーになってもらおうと思ってる。」
…山本さんのその言葉を最後に、楽屋内は沈黙に包まれた。
「………。」
何も言えない私と…
「………。」
押し黙る沖田さん。
「………。」
沖田さんの出方を待っている山本さんは、勝ち誇ったように笑っている。
だが……
「何やってるの、アナタ達。」
その空気を切り裂いたのは、また別の人物だった。
山本さんが、その人物に気付いて、小さく声を上げる。
「あ…緒方さん。」
どこからの会話を聞かれていたのかは分からないが、緒方さんは冷静さを保ちつつ、顔を歪めていた。
「莉子。」
私に楽屋を出るように、顎で指し示した沖田さん。
貫くような彼の声に、私はビクリと反応する。
「はっ…はい。」
下を向きながらも、私は沖田さんと共に、足早に山本さんの楽屋を出た。
「来い。」
次の一歩を踏み出そうとしたその瞬間……
「えっ??」
沖田さんの手が、ギュッと私の手首を捕まえる。
どこに行くのか、質問もさせてもらえないまま、私は引っ張られた。
「……ホイホイと触られやがって。
…浮かれてんじゃねぇよダルマ女。」
誰も通らない非常階段で、沖田さんの怒声が響く。
「…すみ……ませ…
ご迷惑……お掛けして…」
沖田さんが来てくれなかったら、今頃どうなっていただろう。
考えただけでも、恐怖を感じる私は、上手く言葉を口にできなかった。
「……別に。…アンタの迷惑には慣れたから。」
私が震えてる事に気付いたのか、沖田さんの口調が優しくなったのに気付く。
「ほ…本当に……ごめんなさい…。」
優しくされると涙が出そうになる。
その優しさを放り投げて逃げ出したい。
そうしないと、またあの時の気持ちに逆戻りしてしまう。
「…迷惑なら、いつでも受け取ってやるよ。
…でも…心配は受け取れねぇから。」
やっぱり彼は優しい。
「申し訳ありません。
次から気を付けます。」
これ以上彼に優しくされると、言ってはいけない言葉を口にしてしまいそうで…
“好きです”
言葉を噛み殺す私。
優しくされない為には、自分がシッカリしなくちゃ…。
自分に喝を入れるものの、私の体は正直に震えている。
「どうして欲しいんだよ。」
私を試すような沖田さんの目が、直線を描いて刺さった。
「……どうして…欲しいって……」
沖田さんの言葉の意味が、掴めない私。
「震えてんだろアンタ。
どうして欲しいか言えよ。」
抱き締めて欲しい。
逃れられないくらいに。
そのまま彼に奪われたい。
「……大丈夫です。
……すぐに…落ち着きますから…。」
でも、私から出たのは、またしても裏腹な言葉。
元通りに戻そうとしてくれた沖田さんの言葉を、私は冷静に振り切るしかなかった。
「……あっそ。」
私が彼を求めてしまえば、その時点で全てが終わる。
彼の側を離れるくらいなら、私は何度だって押し殺す。
“好きです”
この言葉を……。
彼には言えない。
絶対に…
絶対に……。
―――バラエティー番組の収録が始まり、私はカメラの後ろで見守っていた。
さっきの出来事なんて、想像もさせないような彼の雰囲気。
山本さんも、にこやかに笑っていて、順風満帆に収録は進んでいる。
「さっきの話だけど…」
小さな声が、背後から聞こえた気がして、振り返ると……
「緒方さん…。」
いつものように腕組みをしている緒方さんがいた。
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえたわ。」
やっぱり……
山本さんの楽屋で話していた事を、緒方さんに聞かれたのか…。
気まずさで下を向く私とは対照的に、緒方さんは淡々と話す。
「まさか、迷ってないわよね??」
「迷ってません。
私は山本さんのマネージャーになる気はありませんから。」
緒方さんのその質問には、迷いなく明確に答えた私。
「ならいいけど。」
緒方さんは、それだけを言うと、私から目線を外し、どこかへ行ってしまった。
―――収録終わり。
「お疲れー。」
「お疲れ様でぇーす。」
そんな声が飛ぶ中、時間通りに収録が終わった。
沖田さんと二人、楽屋へ戻ろうと、廊下を歩く。
「沖田さん。」
私は、おもむろに、彼の名前を呼んだ。
「何??」
無表情で私を見る彼。
冷たさが宿る彼の瞳に、次の言葉が、ねじ伏せられるような感覚になる。
「あの……ちょっと……ADさんに呼ばれてるので…」
「あぁ。行ってくれば??」
「……はい。」
気のない言葉を受けて、複雑な気持ちになりながらも、私は踵を返した。
また……
嘘吐いちゃった…。
ADさんに呼ばれたと、沖田さんに言った私。
でも、私が向かった先はというと……
“コンコン……”
「はい。」
「失礼します。」
山本さんの楽屋だった。
「座って座って♪
お茶でも淹れるよ♪」
ニッコリと笑う山本さんに、私は落ち着いて言葉を返す。
「いえ。結構です。
…マネージャーの件を、ハッキリお断りに来ただけなので。」
私が立ったままで言うと、山本さんは、こちらに笑顔を返した。
「莉子ちゃんって、意外に頑固ちゃんなんだねぇ。」
感情の読めない山本さんの笑顔に、私は一瞬戸惑う。
「そんな事は……」
「僕と仕事した方が絶対に楽しいのに。」
私が言葉を言い切る前に、山本さんの声が重なった。
「それでも私は……」
「沖田くんの側にいたいんだ??
そんなに沖田くんの事が好きなの??
それって恋愛感情??」
声を出すのを躊躇った私に向けられた山本さんの質問責め。
「沖田さんの事を好きな訳でも、恋愛感情を抱いてる訳でもありません。」
ひたすら動揺を隠しながら、キッパリと言った。
「…だったら…僕の所においでよ。」
それはできないと、私が強く言っているにも関わらず、しつこく強要する山本さん。
すると……
「やめなさい、大地。」
私の後ろから、山本さんを制すような声が聞こえた。
「何だよぉー。僕は緒方さんの味方なのに。」
山本さんは、緒方さんに向かって口を尖らせている。
そう。
山本さんを制したのは、あの緒方さんだった。
沖田さんのマネージャーに返り咲く野望を持っていたはずの緒方さんからは、考えられないような発言。
暫く、ボォーッと考えていると、緒方さんが、私の肩に手を置いた。
「あの時、アナタが言った事、私は忘れないからね。」
緒方さんにそう言われ、私はポカンと口を開ける。
「あの時……ですか??」
首を横に傾けて考えたが、何の事やら分からない。
「“沖田 流星のマネージャーは、私が最後です”って、アナタ言ったじゃない。」
苦笑しながら、緒方さんが言った言葉を受けて、私は“あっ”と声を上げて思い出した。
「ふぅ~ん。…そんな事言ったんだ。
本当に健気だねぇ、莉子ちゃんは。
僕は諦めるしかないなぁ。」
薄く笑って言った山本さんは、私から緒方さんに視線を変えて、言葉を続ける。
「ねぇねぇ。莉子ちゃんと二人にしてくれない??」
「大地、諦めなさい。」
緒方さんは、山本さんを諭すように言った。
「諦めてるよ(笑)
だから、最後に莉子ちゃんと二人で話させてよ。」
嫌な予感はするけど…
諦めてるって言ってくれてるし……
私の反応を見ている緒方さんと目が合う。
「あの…少しだけなら、大丈夫ですけど…」
私がそう言うと、緒方さんは呆れた顔をして、楽屋を出て行った。
“パタン”と扉が閉まったところで、山本さんが口を開く。
「馬鹿っぽいから、騙して捨ててやろうと思ったのに。」
「え……??」
何の話をしているのかが掴めずに、溜め息を吐きながら椅子に座り直した山本さんを見つめた。
「あのさぁ、沖田くんのマネージャーなら、もっとまともに仕事しなよ。」
ワッツ??
いきなり説教??
てか、何で説教??
私……
山本さんに好かれてたんじゃ……
「………??」
面食らって、目を瞬かせていると、山本さんが、ニヤリと口の端を上げる。
「もしかして、勘違いしてる??
…本当に、僕が莉子ちゃんの事を好きだと思ってたの??」
「え……そうじゃないんですか??」
困惑気味に、質問を疑問に変えて返した私。
そんな私を見て、山本さんは鼻で笑う。
「やめてよ。
そんなワケないじゃん。
僕は、沖田 流星に憧れてこの世界に入ったんだ。
…なのに、キミみたいな駄目マネージャーのせいで、彼の格が下がってるんだよ。
分からないの??」
呆然と山本さんの冷ややかな声を聞いた後、私は思わずハッと息を呑んだ。
「だから…私を辞めさせようとして……」
「やっぱり馬鹿だね。
今頃気付くあたりが。
自分の危機管理もできてないマネージャーだなんて、沖田くんが可哀想だよ。」
山本さんの狙いは私ではなかった。
意外な真実に、開いた口が塞がらない。
そんな私を無視するように、山本さんの声が続けざまに降ってくる。
「沖田くんのマネージャー辞めて、とっとと田舎に帰りなよ。
田舎の方がキミにお似合いだよ。」
私を騙そうとしたクセに、ぬけぬけとっ!!!!
我に返って、怒りを感じた私は、山本さんを見据えた。
「マネージャーは辞めません。
田舎にも帰りません。」
私の断言に、山本さんは、嫌味を含んだ笑みを見せる。
「それはどうかな。
キミが沖田くんに対する気持ちを捨てない限り、どの道キミは田舎に帰る事になるよ。」
…私の沖田さんに対する気持ち……??
それは……
「何度も言いますけど、私は沖田さんに対して、恋愛観は持ち合わせてませんから。」
私の気持ちは……
誰にも知られる事を許されない。
「あら、そお(笑)??
でも、今に分かるよ。」
「失礼します。」
山本さんといると、全てを見透かされそうで、私は強引に話を切って、彼の楽屋を出た。
扉に持たれかかった私は、一つ深呼吸をする。
駄目だ……
…めちゃくちゃ動揺してる……。
思考を変えようと試みても、出てくるのは、さっきの山本さんの言葉。
“…キミが沖田くんへの気持ちを捨てない限り……”
振り切ろうとしても、頭から出て行ってくれない。
早く楽屋に戻らないと…
ようやく思い直した私は、足を踏みしめた。
だが……
「アンタ、嘘吐きに随分と磨きがかかったなぁ。」
「……あっ…」
山本さんの楽屋の扉の前にいた私の前方に、大きな影が落ちた。
「……全然気付かなかったよ。
廊下でADに会うまでは。」
「…沖田さん……。」
マネージャーの件を断る為とは言え……
沖田さんを心配させない為とは言え……
私は彼に嘘を吐いた。
「…俺よりアンタの方が嘘吐いてんじゃねぇか。
もう信用できねぇよ。」
吐き捨てるような沖田さんの言葉に、私の声は、喉の奥でせき止められる。
「何の話してたのか知らねぇけど…アンタ、山本のお気に入りだろ??
アイツのマネージャーになってやれば??」
“どこにも行くな。”
“俺から離れんなよ。”
沖田さんに、そう言われ続けてきた私。
その言葉をくれる彼が、大好きで。
そんな彼を愛おしく思っていた私にとって、さっきの沖田さんの言葉は、酷だった。
「私は……」
蚊の鳴くような声を出して……
「あぁ??聞こえねぇな。」
彼を真っ直ぐに見る。
「私は…沖田さんが……好きだから……
側に…いたい…から……」
今までしまい込んでいた想いが、言葉になって流れ出た。
理性を断たれた私の気持ち。
「そんなの…知ってる。」
沖田さんの呟きが、私の耳元をくすぐる。
強く強く……
もっと強く抱き締めて欲しい……
「沖田さん……。」
やっと言えた。
もう……
離して欲しくない。
「俺…は……」
私はどこにも行かないから……
「……うん。」
これからも…
ずっとアナタの側にいる。
「アンタをクビにする。」
………え…??




