騒動がありまして
打ち上げが終わり、マンションへ戻った私たち。
私は、自分の部屋で着替えていた。
全身鏡に自分を映して、お腹の肉をビヨーンと引っ張る。
移動が車ばっかりだからなぁ……
太ったかも…。
そう思うも束の間。
次に自分が目にした首筋に、ボンッと顔が赤くなった。
あんな事があって忘れてたけど……
私…
沖田さんに…キスマークつけられちゃったんだよね…。
右手でその部分を覆うと、記憶とは鮮明な物で、その時の情景が、くっきりと蘇る。
沖田さんは……
どういうつもりで、あんな事したのかな…。
思いを巡らせながら部屋を出て、俯きながらリビングを歩いていたその時……
“ドンッ!!”
「あ痛ッ!!」
大きな物体とぶつかった。
「…ってぇな。
前見て歩けよ。」
ぶつかった物体……
…じゃなくて……
「沖田さん!!!!」
彼の事を考えていただけに、私の驚きメーターはMAXを振り切る。
「声でけぇよ。
耳潰れんだろ。
…つか、アンタの顔…
真っ赤っかなんだけど。
ダルマごっこでもしてんの??」
ダルマごっこって……
座敷わらしごっこと言い……
「私がいっつも遊んでるみたいに言わないでよ。」
「冗談だし。
…でもさぁ、体系はダルマみてぇじゃん??」
とっておきの嫌味を言って、彼は意地悪な笑みを見せた。
「…それはしょうがないじゃん。
成長には個人差があるし。」
まだ冷めやらぬ頬を手で隠しながら言うと、彼は私のその手を退ける。
「個人差ねぇ。
でも、横に成長してどうすんの。」
「な゛っ!!!!」
「…アンタ、最近太っただろ。
まさか、自分で気付いてねぇの??」
くぅーーーーーっ!!!!
人が気にしてる事をっ!!
「えぇ太りましたよ!!
私だって、ちゃんと自覚してるんだから!!!!」
感情に任せて怒鳴る私を、面白そうに見る沖田さん。
「アンタのアダ名変更。
今日からブリブ莉子。」
この人は……
アイドルの才能よりも、嫌味の才能のが高いんじゃないか??
「もういいよ。
好きに呼べば??」
反撃するのを諦めて、彼の横を通り過ぎようとすると、素早く体に回された沖田さんの腕が、私を後ろから抱き締める。
「面白くねぇな。
いつもなら言い返すクセに。」
私の胸の鼓動は……
ドキドキなんてもんじゃない。
ドンドンと太鼓を打つように響いている。
服の上からでもピクピクと心臓が動いてるのが分かるくらい……
「だって……言い返したって、沖田さんには負けるもん。」
こういうシチュエーションは初めてじゃない。
毎晩抱き枕にされてるし…。
だからって慣れてるワケじゃないけど……
こんなにドキドキするのは……
「……なぁ。
さっき顔が赤かったのって、コレのせい??」
そう言った彼は、人差し指で、トントンと、私の赤紫の部分を叩いた。
「ちっ…違っ……!!!!」
図星を突かれるも、否定した私。
だが…
もう遅い。
「アンタ、エロいなぁ。
思い出して、何の妄想してたんだ??」
確かに…
少し舞い上がっていたのは事実だ。
キスマーク一つで、彼に縛られたような気がして…
特別な存在になれる気がして……
でも……
彼は私を“好き”だとは言ってない。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ!!!!」
自分の勘違いに気付いた私は、急に恥ずかしくなって……
彼の体を押し退けてしまった。
自分から彼を拒絶する事は、もうないと思っていたのに……
「何すんだよ。」
彼は、一瞬面食らった後、私を見据える。
「…何で……こんな事…するの……??
…私の事…好きじゃないくせに。」
やってしまった手前、私も後には引けなかった。
“ごめん”と素直に言えば、すぐに楽になれる。
だけど…
そう言ってしまえば、何も変化しない。
私は、何も進まない彼との関係に、どこか苛立っていたのかもしれない…
「…好きとか嫌いとか、関係ねぇよ。」
ボソッと彼から出たその一言に、色んな思いが膨らむ。
好きという感情も…
嫌いという感情すらも、持ってもらえない私は、彼にとって、どうでもいい存在なんだろうか。
じゃあ…
何であんな事したの??
“したいからやった”
それが正解の答えなら、私はもう立ち直れない。
「沖田さんは色んな人にこんな事してるんだね。
……緒方さんにも…。」
何も考えずに、緒方さんの名前を出してしまった私は、思わずハッとする。
「あ゛ぁ??今何つった??
もっぺん言ってみろよ。」
瞳に怒りを宿す彼が怖くて……
だけど、彼に何とも思われていない事実を知った今、私の唇は止まる事を知らない。
「もう私に触らないで。」
……言ってしまった…。
もう二度と……
…彼に触れてもらえない現実なんて、これっぽっちも知らずに……
◇◆翌日◆◇
仕事へ向かう為に、私は起きて支度をする。
スケジュール表を確認して、溜め息を吐いた。
今日も学校に行けそうにないか……
できれば、可南子に会って相談したいところだが、そうもいきそうにない。
着替えてから部屋を出て、電話の横にある彼のスケジュール表を見てホッとした。
今日は……
別々の仕事だ。
沖田さんは、昼の生放送に出演。
私は、バラエティー番組の打ち合わせ。
昨日の今日で、気まずくなるのは必至。
それが分かっているだけあって、今日の自分の運の良さに、少し心が軽くなった。
まだ開かない彼の部屋の扉を見つめながら通り過ぎ、玄関へ行くと、靴を履いて外へ出る。
私の心とは裏腹の快晴に出迎えられ、深く息を吸い込んだ。
夏へ移り変わろうとする季節の境目。
暑くもなく…
寒くもなく……
肌で感じ取る曖昧な風を受けながら、今日の仕事場へと向かうのだった。
―――仕事場に着いて、会議室のドアを開けると……
「げっ…。」
思わず嫌悪感たっぷりの声を漏らした私。
「本当にアナタは失礼な子ね。」
そこには、腕組みをして私を見る緒方さんと……
「僕たち、相当嫌われてるね(笑)」
楽しそうに、笑っている山本さんが、並んで座っていた。
「…すっすみません。」
慌てて謝ると、空いている席を探す。
「残念だけど、ここしか空いてないみたいだよ(笑)」
山本さんが、そんな私を見て、自分の隣の席をポンポンと叩いて言った。
「………。」
視線をさまよわせながら、軽く頭を下げ、私は山本さんの隣に座る。
それにしても……
またこの人たちと一緒に仕事するのか…
番組内容がプリントアウトされた資料に目を通すが、全く内容が入ってこない。
そんな中……
「ねぇねぇ。」
私の隣から、小声で呼び掛ける声がした。
「……??」
無言で横を見て首を傾げると、イタズラっ子のような笑みを浮かべる山本さんの顔と出くわす。
「打ち合わせ終わったらさぁ、お昼食べに行かない??」
嫌です。
心の中では即答するものの、実際はそう言えず、やんわりと断る方法を考える。
「えっと…この後も仕事が……」
続きは言わなくても分かるだろうと、私はそこで言葉を止めた。
「何がいいかな??
パスタにしよっか。
本当は、フレンチに誘いたいけど。
お昼からフレンチは重いよね(笑)」
……って…
人の話聞いちゃいねぇ!!
「いや…あの、仕事が…」
「大事な話があるからさ。
ちょっとだけ付き合ってよ。」
私の言動を留めた山本さんの顔が、真剣な表情に切り替わる。
「……え??」
その気迫に押され、言葉を失い、私は断る事ができなくなってしまう。
「ね??」
今度は固まる私に微笑みかけた山本さん。
コロコロと変わる彼の顔に、意味を掴もうと、私は精一杯だった。
気が付くと、打ち合わせはとっくに終わっており、バタバタと番組のスタッフが動き出す。
しまった……
全然打ち合わせの内容、聞いてなかった…。
山本さんに誘われた事と、山本さんが言っていた“大事な話”が気になり、脳のスペースがそれらで埋め尽くされていた私。
資料をカバンへしまって立ち上がると、王子様スマイルを私に送っている山本さんが視界に入る。
「行こうか。」
山本さんは、笑顔を変える事なく、会議室の扉を開けて、私に出るように促した。
「は…はい。」
いつもは私が扉を開けて、沖田さんを先に通すので、山本さんのレディーファーストにぎこちなく答えてしまう。
「あはは(笑)!!
そんな固くならないで。」
油の切れたロボットのような私の動きに、山本さんは失笑している。
この場合…
緊張しない方がおかしいでしょ……
自分は、ノミの心臓なんだと、この時に改めて思った。
―――ほど近い所にあるイタリアンのお店。
そこで今、私と山本さんは向かい合って座っている。
「何で私を誘ったんですか??」
一口水を飲んでから、私は冷静に尋ねた。
「んー??…莉子ちゃんと食事がしたかったから……かな??
僕、莉子ちゃんみたいな子、すごくタイプだし。」
うん。
この人はチャラ男だな。
三郎さんの上をいくかもしれない。
「冗談はやめて下さい。
私に話があるって言ってたじゃないですか。」
煮え切らない彼の態度に、口調が強くなってしまう私。
「そんなに怒らないで(笑)
タイプって言ったのは、本当だから♪」
余裕綽々に、山本さんは話しているが、そんな事を言われても、信用できるはずがない。
「それより、話って何ですか??」
本来の話題を持ち出そうとしたが…
「“それより”とは心外だなぁ。
愛の告白の返事はなし??」
見事にはぐらかされる。
「いい加減にして下さい。
私この後、本当に仕事があるんです。」
山本さんを見据えて言った私。
私の言葉に、一拍置いた山本さんは、私を見つめ返した。
「沖田 流星のマネージャーなんか辞めてさぁ、僕のマネージャーにならない??」
「え??」
山本さんの問い掛けに、困惑した私は、間の抜けた声しか出せなかった。
「あんなワガママアイドルのマネージャーするより、僕のマネージャーする方が楽だよ??
どんな仕事でも文句言わないし。」
確かにそうかもしれない。
山本さんは顔面ライダーの敵役も、監督の指示に忠実に動いてた。
主役の沖田さんは文句ばかり言って…
だけど……
私が断りの言葉を言う前に、山本さんが口を開く。
「それに……」
彼は、気になるところで言葉を切らした。
黙ってその言葉の続きを待っていると……
「僕…好きな子は、側に置いときたい主義なんだ。」
何の迷いもなく、山本さんは私にそう告げた。
真剣に私を射抜く山本さんの瞳に直視され、私の頬の温度は一気に上昇する。
何も言えないまま、俯いて、膝の上の拳をギュッと握った。
すると……
“ブーッ…ブーッ…ブーッ…ブーッ…”
カバンの中のケータイが、音を立てて震え出す。
「あ……」
“ブーッ…ブーッ…ブーッ…ブーッ…”
「電話??出てもいいよ??」
迷う私に、山本さんは、先程の王子様スマイルで“どうぞ”と、手のひらを差し出してくれた。
お言葉に甘え、焦りながら電話に出る私。
「もしも……」
《アンタ、今どこで誰と何やってるんだ。》
ケータイのディスプレイの確認を怠った私は、その声を聞いて、ギクリと肩が強張る。
「…えと……仕事現場の近くでお昼ご飯を……」
《答えになってない。
“誰と”が抜けてる。》
この、横暴な声の主は、勿論沖田さん。
答えに戸惑いながらも、山本さんから離れ、お店の出入り口で通話を続ける私。
…何となく、山本さんと一緒にいるって言いたくないな……
「……一人…で??」
まぁ…言ったって、沖田さんが気に止めるはずもないんだけど……
《何で疑問形??
つか、嘘吐くな。》
見抜けるはずのない嘘を見抜いた沖田さん。
「うう嘘じゃないって!!」
電話越しなのに、体の前で両手を強く振ってしまう。
動揺している証拠だ。
《当ててやろうか??
アンタは今、Y本と一緒にいる。》
ガーーーーーーーン…
正に…
この効果音がピッタリ。
仕方ない……
こうなったら奥の手だ。
「あ……ちょっと…電波が……」
《また嘘吐きやがったな。
電波ビンビンに立ってんだろ。
冗談は顔だけにしろよ、ブワァ~カ(←馬鹿)》
通じなかったか……
お母さんは騙せたのに…
「ごめんなさい……。」
逃げ場がなくなり、観念して謝ると、電話の向こうから溜め息が返ってくる。
《……ったく…。
後ろ、見てみろ。》
そう言われ、ガラス張りのお店の扉を振り返ると……
「なんでっ?!?!」
ムスッとした顔の沖田さんが、ケータイを耳に当てて立っていた。
私は、自分の目に映った景色に唖然とする。
《アンタが遅せぇから、迎えに来てやったんだ。
この俺様がっ!!》
「でもっ……何で…この場所……??」
《緒方から聞いた。》
そこで電話は切れ、彼がツカツカとこちらへ歩み寄って来る。
お店の扉を開けて入って来た沖田さんは鬼の形相。
「お…沖田さん…??」
何をしでかすか分からない彼を見て、私はたじろいだ。
「山本め。」
沖田さんは、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いて、ゆっくりと私たちが座る席へと足を向ける。
その足取りは、大怪獣・ゴジラを想像させる勢い。
「ウチのマネージャーに何の用??」
山本さんの肩に手を置いた沖田さんは、開口一番に問い掛けた。
「あちゃちゃー(笑)
邪魔が入っちゃった(笑)」
山本さんは、おどけて、大袈裟に額に手を当てている。
「別に、邪魔するつもりはねぇけど。
こんなダルマ娘で良かったら、いつでもどうぞ。」
だ……ダルマ娘…??
「こんな可愛い子相手に、ヒドイ言い草だなぁ。
ねぇ莉子ちゃん、さっきの話、考える気になったでしょ??」
私に視線を変えた山本さんの言葉を聞いた沖田さんが、怪訝に私を見た。
「さっきの話って何だよ。」
言葉に躊躇っていると、山本さんが口を挟む。
「莉子ちゃんの答えが出るまで待ってるから。
いい返事を、期待してるよん♪」
この場を、掻き回すだけ掻き回した山本さんは、伝票を手に取り、お店を出て行った。
すると…
呆然と立ち尽くす私と、沖田さんをジロジロと見る周囲が、騒ぎ出す。
マズイ……
「なぁ。
アンタ、山本に何言われたんだよ。」
変装も何もしてない沖田さん。
あぁっ!!!!
あのお客さん、写メろうとしてるっ!!
「聞いてんのかよ。」
「沖田さん。
取りあえず、店を出よ!!」
彼の背中を強く押して、出入り口へ向かう私。
「答えろよ!!」
なりふり構わず叫ぶ沖田さんを何とか押し出し、お店に横付けしてあった専用車に乗り込んだ。
「△△の、××スタジオまでお願いします。」
私が言うと、発進した車。
「俺に言えねぇ事すんなっつったよな。」
怒りを帯びた沖田さんの声が、車内に響いた。
「……沖田さんだって…私に嘘吐いたじゃん。」
か細い声を出して、頼りなく漏れた私の言葉。
私は以前、沖田さんが、緒方さんと密会していた事を、遠回しに言ったのだ。
でも、沖田さんは動じる事なく言葉を放つ。
「それがどうした。」
自分の事は棚に上げるような発言に、苛立ちを隠せない私。
「嘘吐かれたら嫌な気持ち、分かったでしょ。」
まるで言い捨てるような私の言葉を受けて、彼は筋違いの話を投げ掛ける。
「アンタ、まだ昨日の事怒ってんの??」
そうじゃない。
それも少しはあるけど…
今も気まずいと思ってる自分もいるし。
でも……
「沖田さんは矛盾してる。」
「はぁ??」
「自分がされて嫌な事を、私にもしてるんだよ。」
私が言うと、彼は何かを考えるように間を置いた。
そして、その後……
「……あっそ…。
アンタがそう思うんなら、もう何も言わねぇよ。
勝手にしろ。」
私を突き放したような彼の一言が何よりも痛い…。
彼の側に居られなくなる訳でもないのに、心がどんどん冷めていく…。
縮みかかっていた彼との距離を、私は自分から遠ざけたんだ……。




