真相を知りまして
◇◆翌日◆◇
結局……
沖田さんは帰って来ず、そのまま朝を迎えた。
「あーぁ。ガツンと言ってやろうと思ったのに。」
寝ぼけ眼で口を尖らせる可南子は、不完全燃焼らしい。
「的がはずれちゃったね。」
冗談めかしたように言ったものの、心から笑えない私。
「仕方ない。
ガツンと言うのは、今度学校で会ってからにするか。」
「そんな……沖田さんを責めなくても…」
諭すように言った私を、可南子は溜め息混じりに見る。
「また莉子は。
嘘吐かれてるってのに、お人好しなんだから。」
あれ……??
昨日と言ってる事が違うような…。
「可南子、疲れてない??」
話題を変えるようにして言うと、可南子は肩をほぐすように、首をグルッと回した。
「まぁ、ラジオの仕事が終わってから速効で来たからね。
疲れてるっちゃ、疲れてるかも。」
そんなやり取りをしていると、“ガチャリ”と音を立てた玄関が、静かに開く。
「あ……」
玄関の扉を開いた人物と目が合った私は、小さな声を発して、身じろいだ。
「…ただいま……って、何で柊が居んの。」
扉を開いた人物とは…
勿論、沖田さん。
彼の鋭いツッコミが可南子にグサリと刺さった。
「あたしは莉子に会いに来たのっ!!
…流星を夜這いしに来たワケじゃないんだから。
そんな目で見ないでよ。」
沖田さんにガツンと言うと息巻いていた可南子でさえも戸惑っている様子。
「当たり前だ。
夜這いされてたまるかっつの。」
可南子にそう返した沖田さんは、やっぱり昨日の制服のままで……
その姿を目に映す事さえも、今は辛い。
「朝ごはん、沖田さんの分も作るね。」
力無く言ってから、台所へ行く私。
すると、可南子がそこで声を放つ。
「やい流星っ!!!!
10代の高校生が朝帰りとは、何事だっ!!!!」
「…はぁ??…アンタには関係ねぇだろ。」
可南子の怒声に、沖田さんは眉を吊り上げた。
それでも、可南子は怯む事なく喰ってかかる。
「莉子が心配してるって、分かんないの?!?!
莉子に嘘まで吐いて!!!!
アンタ一体どこで何してたのさっ!!!!」
………あ。
言っちゃった…。
電光石火のごとく、可南子が放った言葉に、暫し唖然とする私。
ハッと我に返り、沖田さんに視線を変えると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で俯いていた。
可南子も、“しまった”という顔つきで、自分の口元を手で押さえている。
誰が沈黙を破るかという張り詰めた空気だけが、広いリビングに流れていた。
自分の視線を、意味もなく台所の流し台に落とす私。
あれでもない、これでもないと、言葉を探していたその時……
「…莉子は、暫くウチで預かるから。」
その声に顔を上げると、可南子が沖田さんを見据えて言ったのが分かった。
「……待てよ。
何でそうなるんだよ。」
納得のいかない様子の彼が、それを制すように可南子を睨む。
二人の言い合いを、私は止める気力さえなかった。
「マネージャーの仕事はちゃんとさせるから。
それ以外の莉子の時間は、あたしが全部もらう。」
「おい!!待てって!!」
「…アンタもよく考えてから莉子を迎えに来な。
もっとも…迎えに来れる資格があるならね。」
「勝手に話進めてんじゃねぇよ!!!!」
「行こう、莉子。」
そこで可南子に握られた手を、私は振り解く事はなく……
「うん。」
あろう事か、何の迷いもなく、返事までしてしまった。
「莉子!!行くな!!」
追い掛けてくる沖田さんの声に、可南子は動揺する事もなく後ろ手で手を振る。
「荷物はまた取りに来るから。」
「…させるかよ!!」
玄関へと続く廊下の丁度真ん中で、沖田さんは私の手を捕まえた。
痛い程に強く掴まれて…
私の手首の脈が、まるで抵抗しているかのように、沖田さんの手のひらを跳ね返している。
「沖田さん、離して。」
「……何でだよ…。」
彼の切なげな声と共に、私の手首は解放された。
「………。」
「………。」
「………。」
人一倍孤独を嫌う彼。
私が出て行けば、再び彼を孤独が襲うだろう。
私は、そんな彼に、何にも負けない強さが手に入るようにと願った。
でも、その願いが叶う前に、私の心と体が押し潰されてしまう。
別れも告げないままに、エレベーターホールへと差し掛かった。
もしも……
時間が戻せたなら…
人生を選択できるのだとしたら……
私は彼に出会わない人生か…
彼に出会う人生か……
どちらを選択していただろう…。
今はそれすら分からない……。
彼に弱い部分があるように、私の心も相当弱い。
ささやかな不安でも足元がグラグラする。
ほんの些細な出来事で、心が揺さぶられる。
小さな苦しみで、針が刺さったように胸が痛む。
私が、沖田さんと距離を置こうと思ったのは、私自身が弱いからなのかもしれない……。
「莉子の選択は正しいよ。」
私は今、東京で実家暮らしをしている可南子の家にいる。
「……そうかな…。」
可南子のご両親も、私を快く迎えてくれた。
「離れてる分、流星には莉子の大切さを分かってもらわなきゃ。」
どこか割り切るように、可南子が言った。
「………。」
無言で俯いている私の肩に、可南子がそっと手を置く。
「莉子は何も悪くないんだから。
落ち込まないで。」
そう言われても……
夕方からの撮影で、私は沖田さんと顔を合わせる事になっている。
「……うん。」
一拍置いて返事をするが、沖田さんとどんな顔をして会えばいいのか、悩む一方だった。
「仕事、何時から??」
可南子の問いに私は不安げに答える。
「15時から。」
私の表情を、見て悟った可南子は、それ以上何も言わなかった。
今日は、スタジオ内での撮影。
予定時刻よりも、遥かに早く現場に着いた私は、専用車で到着するであろう沖田さんを待っていた。
いつ彼が来てもいいように、入り口付近で立っている私。
そんな私の背後から問い掛けにも似た声が掛かる。
「藤瀬さん…よね??」
振り返って相手が誰かを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「緒方さん……お疲れ様です。」
業務的に言葉を返すと、緒方さんの目は、いやらしい程に細くなる。
「…別々にスタジオ入りするなんて、何かあったのかしら??」
その目が見下されているようで…
悔しさと、憎悪感が込み上げる私は、グッと歯を食いしばった。
「別に…何かあったワケじゃありません。」
…本当は、自分の弱さが引き起こした事だけど……
この人に言うのだけは、絶対に嫌だ。
すると、続けざまに放たれた緒方さんの言葉が、私の胸を突き刺す。
「流星をね、今の事務所からウチの事務所に引き抜こうと思ってるの。」
その言葉を直に受け止めて、まるで夢でも見ているような私を、緒方さんは嘲笑う。
「…必ず流星を、ウチの事務所に引き抜く。
そして、私はもう一度、流星のマネージャーとして返り咲くわ。」
クスクスと笑いながら、どん底に突き落とされた私を、楽しむように見る緒方さん。
だけど……
負けてられない。
一々困惑してられない。
大切なのは、今なんだ。
「…そうだとしても、彼が私をクビにしない限り、私は沖田 流星のマネージャーです。」
言い切った私を、緒方さんは鼻で笑う。
「流星も、アナタの事を馬鹿だって言ってたけど……
私からすると、救いようのない大馬鹿ね。」
今まで散々沖田さんに、馬鹿だ馬鹿だと言われ続けた私。
だけど、この人に言われる筋合いはない。
この人が言う“馬鹿”は、人を人とも思わない“馬鹿”だ。
「馬鹿には馬鹿の考えがありますから。
あんまりナメないで下さい。」
火花が散るかと言うくらい、私と緒方さんは睨み合う。
「…昨日アナタ、ウチのマンションに来てたわよね。」
そう言われ、沖田さんを追って辿り着いた緒方さんのマンションを脳裏に浮かべる。
私はその場所で、今目の前にいる緒方さんと目が合ったのを思い出した。
「……あ…。」
周りの雑音で掻き消されるような私の声が、小さく口を吐いて出た後、緒方さんは顎を少し上げて笑う。
「“相談にのって欲しい”って言ったら、流星は迷いもなく駆け付けてくれたわ。」
心臓が鷲掴みされたように、嫌な音が走った。
「………。」
私が声を出せないでいると、緒方さんの言葉が続く。
「流星が、こんな仕事を受けるなんてね。
そういう意味ではアナタは凄いマネージャーなのかもしれない。
でも、少なくとも私なら、流星にこんな仕事はさせないわ。」
淡々と言った緒方さんに、手も足も出ない感情に陥る。
この人には適わないと、思ってしまう自分が情けない…。
でも……
「沖田さんは……頑張るって言ってくれました。」
その一言がどんなに嬉しかったか。
どれだけ私の心を満たしたか。
「分かってないわね。
…流星が無理してないとでも思ってるの??」
この人には、一生分からないだろう。
「もう止めろ。」
次の言葉を出そうとしたその時……
右側から声が聞こえたような気がして……
「流星?!?!」
緒方さんが驚いて見ている視線の先を見ると……
「ウチのマネージャー、あんまイジメんな。
…イジメんのは俺の仕事だから。」
気のせいじゃなかったのは、沖田さんの姿が視界に入った事で分かった。
「……沖田さん。」
会い辛いと思っていた私の気持ちが、一気に吹き飛んでいく。
「莉子、行くぞ。」
「ぅ…うん!!」
いつもの沖田さんでホッとする反面、自分の物のように彼が私の名前を呼んでくれた事に、胸が高鳴りを刻んだ。
緒方さんを振り返る事なく、私は彼の背中に付いて行く。
控え室に入って……
二人きりの空間に、今更ながら気まずさを感じる私。
“ドン”と床に荷物を置いた沖田さんは、私を見据えた。
絡み合う視線に、じんわりと熱くなる胸。
「アンタが思ってるような事はしてないから。
…それと……これからもそんな事は起こらないから。」
「緒方さんの……事??」
真剣な表情で、遠回しに言う彼に、探るような視線を向けた。
「緒方とは…もうとっくに切れてる。
事務所も移籍しない。
俺が緒方んとこに行ったのは、キッパリ断る為だ。」
「そう…だったの……。」
じゃあ、何で私に言ってくれなかったの??
聞き出したい疑問を、胸の中で留めていると、その答えが言葉になって返ってくる。
「柊から聞いたんだろ??
俺と緒方の関係。
…だから……その…」
そこで途切れた彼の言葉。
でも、その先が何となく分かった私は、意外に鋭い女なのかもしれない。
「ははっ(笑)」
しどろもどろになっている彼を見て、つい笑ってしまった。
「何が可笑しいんだよ。
つか、どこにも行かねぇっつったクセに、アッサリ居なくなってんじゃねぇよ。」
沖田さんが、全てを言い終える前に、私の体は、瞬く間に彼の腕の中へ閉じ込められる。
「……ごめん。」
「嘘吐き。」
私を“嘘吐き”と罵った彼の声が、切なく震えた。
「ごめん……。」
謝る事しかできなくて、言い訳を噛み殺す私。
「…謝るくらいなら……戻って来い…莉子。」
耳元で囁く彼の声。
私は彼の背中に手を回し、抱き締め返す事で答えた。
私の体と彼の体が、ギュッと擦れ合う音。
静かな控え室で、そんな幸せな音を聞ける自分に酔いしれる。
もしも……
沖田さんも私と同じ気持ちだったら…
有り得ない事を妄想するくらいに、頭と胸の中が、彼で独占されていた。
私はその時……
初めて、彼の特別な存在になりたいと、心から強く願ってしまったのだった。




