何かが起こっていまして
◇◆放課後◆◇
久し振りの登校だからか、放課後までがあっという間だった。
それもそのはず。
私は授業を2限もサボっている。
可南子に連れ去られ…
教室へ戻ったと思えば、沖田さんに手を引かれ……
散々だったけど、いつもとは違う1日を送れた気がする。
「莉子??何してんのさ。」
生徒たちもまばらになった教室で、一人机に向かう私に、可南子が問い掛けてきた。
「なはは……。
1限と2限、立て続けにサボっちゃったから……課題を…。」
哀愁漂う私の言葉を聞いて、可南子は苦笑する。
「あちゃー…。
あたしのせいでもあるし、手伝うよ。」
椅子をまたいで、私の前の席に座った可南子と向き合った。
「大丈夫なの??
可南子、仕事あるんじゃないの??」
「大丈夫♪深夜にラジオが一本あるだけだから。」
こうやって普通に話してるけど……
やっぱり可南子も芸能人なんだなぁと、つくづく思う。
私が関心していると……
「柊。」
誰かが可南子の苗字を呼んだ。
「なに??珍しいじゃん。
流星があたしを呼ぶなんて。」
可南子を呼んだのは、脇にカバンを抱え、今にも帰ろうとしている沖田さんだった。
「いや…その……
俺は残ってやれねぇから……」
言いにくそうにしている沖田さんに、可南子は意地悪な笑みを浮かべる。
「大丈夫よ~♪
あたしが、莉子と一緒に残るから♪
てか、そのつもりだったしぃ~♪」
「なら…それでいい。」
沖田さんは短く言うと、私と可南子に背を向けた。
沖田さんのよそよそしい態度が気になって、私は思わず呼び掛けてしまう。
「沖田さん!!」
「どうした??」
私の声に反応すると、彼は迷う事なく振り返った。
「どこか……行くの??」
私のその質問に、沖田さんは戸惑いの色を見せる。
「ちょっと……。
仕事関係の話があるから。」
仕事関係って……
今日はオフだよ…??
……とは言えず…
「そっか。頑張ってね。」
追求も詮索もできない私。
「じゃあな。」
踵を返して歩いて行く彼を、黙って見送る事しかできなかった。
すると、私たちのやり取りを見ていた可南子から、声が飛んでくる。
「あーぁ。莉子も素直になればいいのに。」
「………。」
見透かしたように言われて、私は言葉を失ってしまう。
「…流星のヤツ、絶対に嘘吐いてんじゃん。
あんまり表情を表に出さないヤツ程、口調で分かるんだよねぇ。」
可南子の言う通り……
沖田さんは何かを隠しているっぽい…。
「でも……」
私が言いよどんでいると、可南子がそっと背中を押してくれる。
「……追い掛けなくて…いいの??」
そんな事していいの??
思わず自問自答した私。
本当の事を知るのが……
すごく怖い…。
大事な物が……
壊れて散っていく気がして……
「ホラ!!莉子!!これ持って、さっさと追い掛けて来なっ!!!!」
そう言って、可南子は私のカバンを投げ渡す。
「だって……課題が…」
カバンを受け取ったものの、まだ迷う私。
「だってもクソもヘッタクレもヘチマクレもない!!!!」
うわ……
すごい…
早口言葉……??
てか、可南子さん…
“ヘチマクレ”って何??
私が唖然としていると、可南子は教室の扉を指差す。
「追い掛けなきゃ、あたしは莉子を女だと認めないよ!!!!」
えぇっ?!?!
追い掛けなきゃ…
私は男扱い?!?!
「うっ…うんっ!!!!」
返事をするや否や、私は急いで教室を飛び出した。
自分なりの全速力で昇降口へと向かう。
つまづきそうになりながらも、何とか校門を抜けた。
右、左と首を動かして、周囲を窺う。
すると、西方向へ向かう、いつもの専用車が見えた。
……遅かった…。
けど、やっばり諦めきれない…。
「あそこっ!!あの黒色の乗用車!!!!
追い掛けて下さい!!」
なんの躊躇いもなく、私はタクシーを止めて運転手に叫んでいた。
「はは…はい…。」
運転手は、私の気迫に押されながらも、アクセルを踏む。
緊張感だけが私の心臓を見事に独占していた。
前方に見える専用車を、どこか祈るような気持ちで見守る。
その車の行き先が、私が安心できる場所でありますように。
沖田さんの言っていた事が、嘘じゃありませんように……。
でも、そんな私の祈りは、脆くも儚く散り去るのだった…。
「止めて下さい。」
専用車が止まるのを確認して、数十メートル後ろでタクシーを止めた。
そこで私は自分の無謀さに気付く。
「……あ…。」
タクシーの料金メーターを見て、小さな声が出た。
「お客さん、お金……」
私の異変を察したのか、タクシーの運転手が顔を引きつらせている。
「…あの……えっと…
荷物もケータイも、ここに置いて行くので…
少し待っていてもらえませんか…??」
ダメ元で聞いてみると、運転手は一つ息を吐いてから頷いてくれた。
“すみません”と、一礼してからタクシーを降りる。
あの茶色いマンション…
沖田さんの姿は、とあるマンションの前で消えた。
息を切らせてマンションの前まで足を向ける。
見上げると、制服姿の彼が、誰かの部屋のインターホンを鳴らしていた。
開かれた扉から彼の肩越しに、女性の長い髪の毛が垣間見える。
次に見えたのは……
「………っ!!!!」
一番見たくない人の姿だった。
その相手は、マンションを見上げる私に気付き、色のない笑みを浮かべる。
その笑顔に名を付けるとすれば……
それは、勝ち誇ったような笑みだった。
沖田さんを止められずにいた私は、呆然と立ち尽くす。
すると……
「…藤瀬様。」
いきなり背後から名前を呼ばれ、ビクッと首を縮めた私。
内緒で追い掛けて来ただけに、罪悪感が伴って、恐る恐る振り返る。
「……早川さん??」
私の視線の先には、いつも専用車を運転してくれている早川さんの姿があった。
「やはり…沖田様を追って来られたのは、藤瀬様だったんですね。」
早川さんは私が乗った、尾行するタクシーに気付いていたらしく、優しげな眼差しを向ける。
「あの……気になって…」
戸惑いながら言葉を紡ぎ出すと、早川さんが顔をしかめた。
「同感です。
沖田様は昨夜も緒方さんと会われていました。」
昨夜って……
じゃあ…
沖田さんが朝まで一緒にいた相手って……
そう。
私が見たのは、緒方さんがいる部屋に、沖田さんが慣れた素振りで入って行く光景だった。
それに加えて、昨夜もって事は……
やっぱり二人はまだ繋がってるの……??
「全くもう。タクシー代に9千円なんて、一体どこに行ってたの??」
年がら年中、財布の中が極寒の私。
結局、そのままタクシーで事務所に行き、玲子ちゃんに経費で落としてもらう事にした。
「あはは……。
……ちょっとね。」
乾いた笑いを出してごまかそうとする私の顔を、玲子ちゃんが覗き込む。
「“ちょっと”なんて顔してないわよ??」
あぁ……
…私の顔は、なんて正直なんだろう……。
玲子ちゃんの視線から、逃れるように顔をそむけた。
「今後の仕事の為に……その…色々と勉強しようと思って……」
どうにか言い訳ができないかと、視線を泳がせながら、たどたどしく言った。
「…それで、タクシー代9千円??
…考えもなしに、学生が使うお金じゃないでしょ。
アタシには衝動でタクシーに乗ったとしか思えないんだけど。」
玲子ちゃんのもっともな言い回しに、私は泳がせていた目を伏せる。
社長として、この事務所をまとめている玲子ちゃんには、言った方がいいのかもしれない。
でも、玲子ちゃんに言うと、大事になりかねないからなぁ……。
頭の中でぐるぐると考えてみるものの、ベストな答えが見当たらない。
何も言えないまま、時間だけが過ぎていった。
そんな中、玲子ちゃんが声を発する。
「言えない事なら、無理に言わなくていいわ。
…でもね、莉子ちゃんがアタシを頼らなきゃならない時は、遠慮するのは御法度よ??」
最後の言葉を、ウインクで決めた玲子ちゃん。
「うん。」
私は、それに促されるように笑顔で頷いた。
「じゃ、今日はもう帰りなさい。
流星も待ってるでしょ??」
「あぁ……うん。」
でも沖田さんの事となると、返事に戸惑ってしまう。
曖昧に笑いながらも、私は社長室を出た。
すっかり慣れた道のりを、沖田さんのマンションを目指して歩く。
―――部屋に着く頃には、空が茜色と紫のコントラストを描いていた。
当然の事ながら、沖田さんは帰って来ていない。
今彼は……
あのマンションの一室で何をしているのか…
考えると、悪い想像ほど膨らむものだ。
頭を左右に振って、自分を奮い立たせる。
壁にぶち当たるのは、今が初めてじゃない。
私がシッカリしなきゃ。
気を取り直して、着替えを済ませようと自分の部屋へ行くが、その足がピタリと止まる。
カバンに入れていた自分のケータイが、鳴っている気がしたからだ。
荷物を床に置いて、中身をガサガサと掻き回すが、ケータイは見つからず……
あ……
切れちゃった…。
ケータイのバイブ音は、途切れてしまった。
履歴だけでも確認しようと、ケータイを探す手を止めずにカバンをあさる。
すると、ピカピカと光を放つケータイが、ようやく姿を現した。
画面を見ると、“着信あり”の文字と、メールが一件。
着信履歴に目を通すと、先程私に電話をしてきたのは、沖田さんだった。
慌てた私は、迷う事なく折り返す。
彼が私に何を知らせたかったのか……
それとも、私に助けを求めているのか……
ケータイを耳に当てたまま、私は彼からの声を待った。
やがて、電話のコール音が途絶える。
《何でさっき電話に出なかったんだよ。》
第一声を放ったのは、彼だった。
「ごめん。カバンの中に入れてたから、気付くのが遅れちゃって。」
お互いに顔が見えるワケでもないのに、私は苦笑いを浮かべる。
《どうせアンタの事だから、カバンの中もゴチャゴチャなんだろ。》
沖田さんのその言葉に、自然と自分のカバンに視線を変えた。
彼の仰る通り、玩具箱をひっくり返したような私のカバン。
……って、そうじゃなくてっ!!!!
「電話、何の用??」
気になっていた事を短く問うと、沖田さんの声が、間髪入れずに返ってくる。
《アンタ、ちゃんと家に帰ってる??》
それは、どこか私を心配するような口振りだった。
「帰ってるよ。
今から夕飯作るとこ。」
《あっそ。
…俺がいないからって、羽目はずすなよ。》
その言葉を受けて、私は“プッ”と笑いの息を漏らす。
「なんか、家を空ける時のお父さんみたいだね。」
《うっせぇ。
あと俺、晩メシいらねぇから。
俺が遅くなっても、ちゃんとベッドで寝ろよ。
じゃあな。》
「あっ…待って!!」
言うだけ言って、電話を切ろうとする沖田さんを引き止めた。
《何だよ。忙しいんだけど。》
そう言いながらも、私の言葉を待ってくれた沖田さん。
「今……どこにいるの??」
嫌な音を奏でる自分の胸を押さえながら、彼からの答えに構える。
《今……は…》
電波の状況が悪い訳でもないのに、途切れる彼の言葉。
お願いだから……
本当の事を言って…!!
それでも……
私の願いは、意図も簡単に打ち砕かれる。
《……事務所だよ。》
電話の向こうで彼が吐いた嘘。
「…そっ…か……。」
分かっているのに、それが現実だと受け止める事しかできない自分が歯痒い。
そして、“気を付けて”と言い残した私は、電話を切った後、さっきまで彼と繋がっていたケータイを見つめる。
“俺に言えねぇような事はすんな。”
いつか沖田さんに言われた一言。
「言えないような事してるのは…沖田さんじゃん……っ。」
消え入るような独り言を言って、ケータイをソファーに投げつけた。
膝を抱えたまま、リビングの床に寝転がる。
今日も彼は、朝まで帰らないんだろうか……
いつか、この不安は安心に変わるんだろうか……
仕事にも慣れてきて…
沖田さんとの距離も縮まって……
私は平和ボケしていたのかもしれない……。
―――数時間後。
“グールルルル……”
私のお腹の虫が、盛大に歌い始めた。
こんな時なのに、お腹が減るとは……
生きてるって凄い。
台所に立ったものの、食べるのは自分一人なだけに、作るのが面倒臭くなってくる。
冷凍庫を開けて、レンジで調理可能のピラフを取り出した。
時間は、既に23時。
夜中も近いっていうのに、こんなの食べたら太るかな……
でも、空腹には勝てず、ピラフをレンジへ。
出来上がりを待つ間に、ふとメールを受信していたのを思い出した。
ケータイをソファーから取り上げ見ると、その画面は、可南子からメールがあった事を知らせている。
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課題は、あたしがやっときました!!
今度、学食のカレーおごってね!!
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何とも可南子らしいメール……
私は、お礼もかねて返信すると、ケータイをテーブルの上へ置いた。
出来上がったピラフを口に運ぶ。
……味がしない…。
ガランとしたリビングは、私の溜め息が響き渡る程静かだ。
食べる手を止めて、少し満たされたお腹をさする。
食べ切れなかったピラフを、再び台所へ持って行った後、ソファーへ腰を沈めた。
何を考える訳でもなく、ボォーッとしていると、突然ケータイが音を発する。
気を抜いていただけに、ビックリしてテーブルを振り返ると、ケータイは、またもや着信を知らせていた。
彼からかもしれないと、はやる気持ちでケータイに手を伸ばす。
けれど……
着信は、可南子からだった。
可南子には失礼だが少し残念な気持ちで、ケータイを耳に持って行く。
「もしもし??」
何の気なしに電話に出ると、耳を貫いたのは、可南子の明るい声。
《今ね、流星のマンションの近くにいるんだけどさぁ!!
遊びに行ってもいい??》
唐突にそう告げた可南子への返答に困る私。
たとえ可南子でも、沖田さんがいない時に、人を上げてもいいのかな……
壁に掛けられた時計を見ると、もう日付が変わる時刻を前にしている。
沖田さんが、帰って来る様子もない。
「…うん。少しだけならいいよ。」
迷った挙げ句、私はそう返事をした。
《やったぁー!!!!
じゃ、15分後くらいにお邪魔するね♪》
“ピンポーン……”
可南子がそう言った矢先に、インターホンが鳴った。
「分かった。
誰か来たみたいだから、電話切るね。」
“ピンポーン……”
再び鳴るインターホンに、焦って電話を切る。
玄関へと向かい、確認もせずに扉を開けた。
「こんばんはッス!!!!」
「えぇっ?!?!」
顔を覗かせたのは…
15分後くらいにやって来るはずの可南子。
「ビックリした??」
「…可南子……家の前で電話してたの??」
「うんっ!!」
イタズラっ子の笑みを向ける可南子に呆れながら、私は彼女を家に通した。
可南子は部屋のあちこちを見渡し、圧倒されている。
「さすが金持ちアイドル。
結構広いねぇ~。」
「あはは。私は、ここに連れて来られたのが突然過ぎたから、そんな事思う余裕もなかったなぁ。」
あの日から、今までの事を思い返すように可南子に言った。
「流星は??
まだ帰って来てないの??」
このタイミングで聞かれたくない質問が、可南子の口から出た事に、私は言わずもがな動揺する。
「多分…まだ仕事中……なんじゃないかな。」
私が答えると察しのいい可南子は、疑惑の眼差しで私を見た。
「本当に仕事かねぇ…。
あたしに課題を押し付けて流星を追い掛けたクセに、あたしは蚊帳の外ってか??」
「そっ…それは、可南子が追い掛けろって言うから……」
私の弁解は、可南子によって掻き消される。
「分かった。
じゃあ、学食のカレーは我慢するよ。
だから本当の事話して??
あたしは莉子が心配なんだよ。」
学食のカレーと、真実を天秤にかける可南子は、少しズレている。
だけど……
誰かに聞いて欲しい気持ちには変わりない。
「…沖田さんを……
タクシーで追い掛けたんだ…」
私が話し始めると、可南子は真剣な顔で、首を縦に振って相槌を打った。
沖田さんが乗る専用車が、私が見た事のないマンションの前で止まった事。
そのマンションを見上げた先には、沖田さんを部屋へ導く緒方さんの姿があった事。
昨夜も沖田さんは朝まで帰って来ずに、緒方さんと会っていた事。
私が見た事と、運転手の早川さんから聞いた事を、順々に話していく。
そこで私が感じた疑問や不安を交えながら……
「それで??…今も帰って来ないと。」
「……うん。」
話を聞き終えた可南子が締めくくり、私は頷きを返した。
「…まさか……流星が、莉子に嘘吐いてまで緒方の家に行くとはね……。」
可南子が言った、“嘘”というキーワードが、私の胸を締め付ける。
「緒方さんの家に行ったんだとしても……
嘘は吐いて欲しくなかったっていうか……」
弱々しい私の声に、可南子は眉間にシワを寄せた。
「嘘吐いてるのはどっちよ。」
「え……??」
意味を掴みかねて、私は、言葉足らずに問い返す。
「自分の気持ちに嘘吐いて、勝手に不安がってるのは莉子でしょ。」
「………。」
そこまで可南子に言われて、やっと気付いた私は、喉から声を出せない。
「ヨシッ。流星が帰って来たら、あたしがガツンと言ってやる。
何はともあれ莉子を不安にさせた罰だ!!
ふはははははは!!!!」
可南子は、両手を腰に、ふんぞり返って、不適に笑った。
「帰って来たらって……」
可南子の意気揚々とした態度に、私はギクリとするばかり。
こうして……
“少しだけ”だったはずのガールズトークが、深い深い夜に、絶え間なく続いた。




