表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣き虫男は俺様アイドル  作者: 陽芽子
14/24

新たなスタートでして




















◇◆数日後◆◇




「おい、タラ子。」




早朝。




「“タラ子”じゃない!!

私は莉子っ!!!!」




車の中。




「タラ子だろ。

タラタラタラタラ準備にもたつきやがって。

時間ギリギリじゃねぇか。」




私たちは、音楽スタジオへと移動していた。




「……ハイ。タラ子です。」




……と、まぁ。


沖田さんの風邪もすっかり治り、今日からお仕事スタート。




若いからってナメられないように、私は時間をかけて服を選んだんですが……




「チンチク莉子のクセに、色気付いてんじゃねぇぞ。

似合ってるとでも思ってんのかよ。」




…トホホ……。


悔しいけどその通り…。




悩みに悩んでスーツにしてみたものの、短い手足を余計に引き立たせている。




「別にいいのっ!!

主役は私じゃないんだから!!」




敬語で話すなと言われてから、こうして普通に話していると、本当に同い年なんだなぁと、改めて実感する。





沖田さんは大人っぽい。


それは…


私が経験してない事を、沢山経験してるから……なのか…??


でも…


中身は子供というか……


子供のまま大きくなっちゃったって感じなんだよね。




先日、甘えられた時の事を思い出しながら、沖田さんの顔を見る。




あの日は……


2回も抱き締められて…




「何だよ。ジロジロ見てんじゃねぇ。

俺の体に穴開くだろ。」




考えている矢先に目が合って、頬から火が吹きそうになった。




「見てないし。

私、そんな眼力持ってないから。」




けれども、冷静に返せるようになった私は、ある意味成長してるんだと思う。




「どうだかな。

実際、アンタの視線、熱かったし。」




しかしながら、図星な事を言われると……




「だだだだからっ!!

そっ…そんな風に見てないってばっ!!!!」




動揺して噛んじゃうんですよねぇ…ハイ。




そうこうしている間に、車は音楽スタジオの前で、ブレーキ音と共に止まった。





先に車を降りて、沖田さん側の扉を開ける。




「…タラ子にしては速くなったな。」




言いながら、沖田さんは満足げに、車から足を地面につけた。




「それはどうも。」




ビル内を歩きながらも、気のない返事をする私。




“タラ子”と呼ばれた事に対して、静かに抗議の目を向けた。




「仏頂面かましてんじゃねぇよ。

笑ってろ。

ブスが数倍マシになる。」




この人を支えたい…


守りたい…


そう思った私の頑なで、鉄のように固いはずの気持ちと誓いが、一瞬にして吹っ飛んでしまいそうになる。




「ブスだって自覚してるよ。

何も声に出して言わなくても……」




くじけそうになりながら、スタジオの扉を開けた。




すると、初めて目の当たりにする光景に遭遇する。




「おっ!!来た来た。

時間キッカリじゃん。」




音楽機材に囲まれて座っているお兄さん風の男性が、私たちに顔を向けて言った。




「本日は、よろしくお願い致します。」





深々と頭を下げて、再び顔を上げると、他のスタッフさんからも飛んでくる笑顔。




最初の一歩に粗相はなかったようで、ホッと安心して沖田さんを盗み見た。




「………。」




面倒臭そうに無言でどこかへ視線をさまよわせている彼。




「まぁまぁ座ってよ。」




一番最初に声をかけてくれたお兄さん風の男性に、スタジオ内の長椅子へと導かれる。




「歌詞とメロディーも、もう出来上がってるし、デモもあるから、沖田くんに聞いてもらおうか。」




座って数秒もしないうちに、別のスタッフさんが手際良く沖田さんにイヤホンを手渡した。




沖田さんは、それを耳につけると、プレイヤーのスイッチを押す。




その様子を見ていると、だんだんと彼の顔が青ざめていくのが分かった。




その様子が気になった私は、恐る恐る声を掛ける。




「お…沖田さん??」




「……マジ…??

…マジで……コレ、俺が歌うの…??」




途切れながらも、言葉を並べた沖田さんは、青い顔から放心状態へ。





「何言ってんだよ(笑)

沖田くんしか、歌い手はいないじゃないか(笑)」




魂を抜かれたように呆然としている沖田さんを見て、スタッフさんが豪快に笑いながら言った。




そう。


私たちは沖田さんが主演する、“顔面ライダー”の主題歌収録に来ていた。




沖田さんが耳にしていた音楽は、彼が歌う予定の、顔面ライダーの主題歌。




「沖田さん、大丈夫??」




顔を覗き込みながら言うと、彼は俯き加減に、膝の上で作った拳を、プルプルと震わせている。




「……大丈夫なワケねぇだろーがよ。」




そんなに彼を、戦意喪失させる歌とは、どんな物なのか……




「…私にも……聞かせてくれる??」




問い掛けると、彼に向かって差し出した手のひらに力無くイヤホンとプレイヤーが乗せられた。




耳に付けたイヤホンを、人差し指で押さえていると、イントロが流れ出す。




……ん??


そんなに絶句するような曲でもなさそうだけど…





Aメロが聞こえたかと思うと、男性の囁くような声が耳を貫く。




『顔面…顔面…顔面…

顔……面…』




歌うと言うよりはセリフを語るような静かな口調だ。




『貫けよ顔面。

繰り出せよ顔面。』




歌詞がメロディーにのる事はなく、ひたすら誰かに話し掛けるような……




『世界を変えるぜ顔面。

勇気を出そうぜ顔面。』




なるほど……


こりゃあ恥ずかしい…。




『さぁさぁ、顔面で奇跡を呼ぼうじゃないか。

レッツ・ファイティン・顔面ライダー!!』




あ……


終わった。


これは歌じゃないな…。


単なる呟きだ。




私がそう思っていると、沖田さんも同じ事を考えていたらしく……




「こんな語り口調で歌えるかよ。

つか、歌じゃねぇし。

呟いてるだけだろコレ!!」




沖田さんの隣で、陰ながら小さく頷く私。




だが、周りのスタッフさんは、呆れたように溜め息を吐く。




「分かってないなぁ。

インパクトだよ、インパクト。」




ここを仕切っているであろう、お兄さん風のスタッフさんが言った。





すると、別のスタッフさんも会話の流れで口を開く。




「メロディーにのせちゃうと、子供は逆に覚えにくいしね。」




そういうもんかなぁ…


だってABCも歌で覚えるくらいだし……




「今までにない主題歌でしょ??」




私の向かいにいたスタッフさんも、続け様に言葉を発して、ニッコリと笑った。




そして、みんなの視線が一斉に沖田さんに向けられる。




「分ぁーったよっ!!

歌えばいいんだろ!!

歌えばっ!!!!」




沖田さんは投げ捨てるように言って、録音ルームに入って行った。




ガラス越しに彼を見ると、ゆっくりとした手つきでヘッドホンを取っている。




沖田さんが耳に当てた所で、スタッフの合図により、先程の主題歌が流れた。




デモの通りに歌う沖田さん。




そんな彼を見て、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、収録を見守った。










―――暫くすると…




「オッケーオッケー!!

ナイスボイス沖田くん!!」





スタッフさんが、両手で大きく丸を作ると、げんなりとした沖田さんが、録音ルームから出て来る。




何十回も歌ったワケではないのに、彼の表情は、この世の終わりと言いたげだ。




「沖田さん、お疲れ様。」




気まずいながらも、何とか笑顔を作り、沖田さんへ飲料水を差し出す私。




「……この俺が…」




ブツブツと何か言葉を口にしながら、沖田さんは私が持つペットボトルに手を伸ばした。




「良かったよ、沖田くん。」




「さすが沖田くんだね。」




「今回のキャスティングは正解だよ。」




「そうよね!!

沖田くんで良かったわ!!」




次々とスタッフさんから歓喜の声が上がる中、沖田さんは浮かない顔。




「…人生を……やり直したい……

今…すぐに……」




彼は、さっきからずっと、呪文のように小さく声を発していた。




「じゃ、編集してから、CD化の計画に移るよ。」




スタッフさんにそう言われ、私は挨拶と一礼をした後、沖田さんの背中を押してスタジオを出る。





それはそれは温かい目で見送られ、嬉しいはずだが、沖田さんの様子を見ると、複雑な気持ちになった。




最後まで苦笑いのまま、私は今、沖田さんと廊下を歩いて、ビルを出ようとしている。




「あんな物が……

CDになるだと…??」




再起不能の沖田さん。


その足取りは、フラフラとしていておぼつかない。




「シッカリしてよ!!」




彼の片腕を両手で持って支え、やっとの事で専用車へ。




車の扉を開けると、沖田さんは倒れ込むようにして車に乗った。




続いて自分も反対側から乗り、待機していた運転手に会釈をすると、静かに車が動き出す。




「………。」




何も言わず、うな垂れるようにシートに背中を預ける沖田さん。




どんな言葉を掛けようか迷うものの……




「良かったよ??

沖田さんの声。」




安易な言葉しか見つからず、励ましになっているのかどうかすら分からない。




「………。」




それもそのはず。


彼が無言である以上、何を言っても同じだろう…。





でも私は、何とかいつもの沖田さんに戻って欲しくて、励まし続ける。




「スタッフさんもすごく褒めてたしさ……」




「思い出させんな。」




私が言う言葉の先を言わせまいとした沖田さん。




「………。」




私の口も動きを止めた。




「……不覚だ…。

一生の不覚だ……。

……恥だ…。

末代までの恥だ……。

…死にたい……。

……死なせてくれ…。

…そうだ…今から山奥に行って首を……」




「わぁーわぁーわぁー!!

やめてよっ!!

縁起でもないっ!!!!」




私たちを乗せた専用車は、負のオーラ満載で、次の現場へ向かうのだった。




















音楽スタジオを出て数分もしないうちに、撮影現場が見えてきた。




「…俺…今日はもう……仕事する気が…」




「そんな事言わない!!

行くよっ!!!!」




現地に着いて、沖田さんを車から引っ張り出すと、下見をしている三郎さんの元へ行く。





“お疲れ様です”と声を掛けると、それに気付いた三郎さんが振り返った。




「やぁ。よく来たね……って、どうしたんだ…??五郎のヤツ。」




三郎さんの視線を追って、自分の背後を見ると、精気を失っている沖田さんが目に映る。




「ちょっと……色々と…ショッキングな事があったみたいで…」




頬を掻きながら苦笑いで説明した私。




それを聞いた三郎さんは、お見通しだったかのように目を細める。




「あっはっはっ(笑)

主題歌だろ(笑)??」




「…テメェ……

知ってたのか!!!!」




肩を上下にさせて笑っている三郎さんを見て、沖田さんが噛み付いた。




「そう吠えるなよ若僧。

俺はプロデューサーなんだぞ??

知らない訳がないだろ。

文句があるなら降板しろ。」




三郎さんの挑発するような言い回しに、沖田さんはグッと言葉を飲み込む。




「………。」




そんな沖田さんの背中に手を置き、促すようにして、私と彼は三郎さんと距離を取った。





「……沖田さん。

気にしないで頑張ろうね。」




彼の顔を窺いながら優しく言ったものの……




「どうせ他人事だろ。」




返ってきたのは、冷たく突き放すような言葉。




「他人事だなんて思ってないよ。」




一人用の椅子に沖田さんを座らせながら、彼を見つめて言った。




「思ってんだろ。」




「思ってない。」




この水掛け論に、沖田さんは自ら終止符を打とうと、力無く首を横に振る。




「……もういい。」




いつも自信満々で、何事にもあまり動じない彼。


それなのに……




「そんな沖田さん、見たくない。」




今の彼には、キツイ一言かもしれない。


でも、励まそうとしたって何も変わらないなら、自分の気持ちをぶつけるしかない。


そう思うと、口が勝手に動いていた。




「……アンタ…」




立っている私を見上げた沖田さんは、小さく呟いて私の頬に手を伸ばす。




や……ヤバイ…


こんな所…誰かに見られたら……





この状況をどう回避しようかと、思考を巡らせている間にも……




「……っ!!」




沖田さんの大きな手のひらが、私の頬を包んだ。


思わずギュッと目を瞑る私。


彼の親指が、何度も下唇を、右から左へ往復する。




「莉子…。」




甘く囁かれて……


この後の事も考えられなくなるくらいに、早鐘を打つ鼓動。




……と、思ったら…




「い゛た゛た゛た゛っ!!!!

な゛っ何しゅるの!!!!」




触れられていた頬をつままれ、一気に現実に引き戻された。




「何勘違いしてんだよ。」




その言葉の後、私の頬は離される。




誰だって……


勘違いするだろぉ~!!!!




「勘違いしてない!!!!」




心の叫びとは裏腹に、私の口から出たのは否定の言葉だった。




「生意気なんだよアンタの口。

女社長に似てきたな。

思いっ切りつねったら、何かスッキリした。」




私はストレス発散アイテムかっ?!?!


そうなのかっ?!?!





「社長に似てきたからって、私でストレス解消しないでよ!!」




「ヤダね。

女社長のホッペタつねったら、莫大な慰謝料ふんだくられそうだし。」




「いっその事、私がふんだくってやろうか!!!!

莫大な慰謝料を!!!!」




「おうおう。やれるもんならやってみやがれ。

アンタの給料がなくなるだけだ。」




ギャンギャンと言い合いをしていると、知った声が私たちの間に割って入る。




「お二人さん。夫婦喧嘩はそれくらいにしてね。

キャスト紹介するから。」




その言葉にピタリと動きを止めて見ると、三郎さんを始め、裏方さんや他の役者さんが輪になって私たちを見ていた。




「うわわわわっ…

すみませんっ!!」




周りがクスクス笑う中、私は沖田さんよりも速く、慌ててスタッフ側に整列する。




「よっこらせ。」




マイペースな沖田さんは、ゆっくりと椅子から立ち上がって、整列する役者さんに並んだ。




「…ヨシ。んじゃ、一人ずつ紹介していくから。」





三郎さんの紹介もほぼ終わる頃。


残る俳優の紹介は、沖田さんを含めた二人となった。




「悪役をやってもらう、山本(ヤマモト) 大地(ダイチ)君。」




紹介された山本さんは、悪役とは思えぬ爽やかな笑顔で、軽く頭を下げる。




沖田さんの適役かぁ…




なんて思っていると笑顔のままの山本さんと目が合った。




そらす事ができなくて、小さく一礼をする私。




「そして…山本君のマネージャーの……」




三郎さんが言いかけると、山本さんのマネージャーさんが一歩前に出た。




緒方(オガタ) 恭子(キョウコ)です。

よろしくお願い致します。」




見ると、芸能人とも張り合える程の美人マネージャー。




周囲からも、“おぉ”と言う声が上がっている。




気を取り直すように三郎さんが言葉を続けた。




「そして、今回の主演。」




沖田さんに向かって手を出して、三郎さんは促す。




「沖田 流星です。

頑張りますので、よろしくお願いします。」





礼儀正しく挨拶を述べて、軽く頭を下げた沖田さん。




「……で、そのマネージャーの……」




何をしてても様になる彼をボォーッと見つめていると、私の前に、三郎さんの手が向けられていた。




「あっ…すみません。

沖田 流星のマネージャーの、藤瀬 莉子です。」




焦りながらも、噛まずに言えた事にホッとする。




一息吐いてから沖田さんを見ると……




「………。」




無言の圧力で私を睨んでいた。




そんな沖田さんに、心の中で当てレコしてみる。




“ボォーッとしてんじゃねぇよ”




“何??アンタの特技って、ボォーッとする事??”




“冗談じゃねぇ。

俺まで馬鹿にされるだろーが”




うん……。


言いそうな気がする。


てか、既に心の中で思ってそう…。




三郎さんの挨拶を聞きながら、そんな事を考えている私。












その後は、みんなで軽く食事をし、この日は解散となった。





―――帰りの車の中。




「……ったく。

…ボォーッとしてんじゃねぇよ。」




ホラきたっ!!!!




「エヘヘ。」




予想が的中しただけに、思わず笑みがこぼれる私。




「“エヘヘ”じゃねぇ。

何笑ってんだよ。

褒めてねぇし。

山本と目が合ったくらいでボヤッとすんな。」




別に、それでボォーッとしてた訳じゃ……


私は沖田さんを見てた訳で……


てか……




「山本さんと目が合ったって、何で知ってるの??」




結構遠くにいたはずなのになぁ…




「いつも見てるから。

……アンタの事。」




「えっ?!?!」




沖田さんの言葉に、心がバネのように跳ね上がる。




「…目ぇ離すと、何やらかすか分かんねぇし。」




あぁ……


そういう事か。




「大丈夫だよ。

これでも結構慣れてきた方だし。」




歯を見せて笑う私を見て、沖田さんが私の手を掴んだ。




「何も分かってねぇな…アンタは。」





「……?!?!」




そのまま、グッと引き寄せられ、私は逃れようと腕に力を込める。




「……甘いんだよ。

お馬鹿さん。」




パッと急に手を離され、私の体はその反動でひっくり返るようにシートに吸い込まれた。




束の間の事で、何が起こったのか分からず……




「はっ……」




気付いた時には、沖田さんの腕と腕の間にいる私。




「油断してっと、山本にこういう事されんだぞ。

……それとも…

山本にされる前に、俺とやっとく??」




久しぶりに見た沖田さんの怪しげな笑顔。


なまめかしい彼の表情に、暫し見とれてしまう。




だけど……




「大丈夫だってば。

こういう事されたら……」




その先を言う前に、私は沖田さんの首に手を回した。




「……は??……何してんだよアンタ……」




「こうしてやる。」




私の言葉の後……




“ゴチンッ!!!!”




鈍い音が車内に流れて、悶絶する沖田さんが私から離れる。





「オチは頭突きかよ!!

この石頭女っ!!!!」




私は、沖田さんの首に手を回し、思い切り引き寄せ、頭突きをするという、荒技の回避手段をやってのけたのだ。




「私だって自分の身くらい、自分で守れるよ。」




未だに額を押さえて唸っている沖田さんに言った。




「クッソ……

今回は俺が油断してた…」




うおっ?!?!


あの沖田さんが自分から負けを認めるなんて。




「私の方が顔面ライダーになれたりして(笑)」




「俺から三郎に言ってやろうか(笑)??」




どちらからともなく笑い出すと、私たちは穏やかな空気のまま、マンションへと戻るのだった。




















―――部屋に戻ると……




沖田さんは、疲れきったようにソファーへ横たわる。




「さっきはごめんね。」




そう言って、私は彼の額に冷たいタオルを当てた。




「いらねぇ。」




額に乗せられたタオルを退けた沖田さん。





「でも…ちゃんと冷やしとかないと……」




言いながらタオルを再び額に置こうとすると……




「アンタの…手の方が…いいんだけど…」




恥ずかしいのか、隠すように、顔の上に腕を乗せている沖田さんが言った。




「ハイハイ。」




返事をしてから、彼の額に触れる。




彼の頬は、私が頭突きをした部分よりも赤く上気していた。




沖田さん、大事な所が隠れてないよ。




そう思うと、彼に対して微笑ましい気持ちになる。




「なぁ、莉子。」




沖田さんは、そのままの体勢で、何か問い掛けるように私を呼んだ。




私も、探るように問い返す。




「なに??」




「…今日……俺……頑張ったよな…??」




「うん。」




額を撫でながら答えると、沖田さんは私の手の上に、自分の手を重ねた。




「頑張ったねって……

俺の事…褒めてよ。」




今にも泣きそうな顔をして、潤んだ瞳で私を見ている彼。




そんな彼に、私は弱い。





「うん。頑張ったね。

沖田さんは偉いよ。」




何度も頷きながら言うと、彼は安心したように瞳を閉じた。




暫くすると寝息が聞こえ、それを確認してから私は彼の額から手を離す。




ずっと触れてたら……


…心ごと持って行かれてしまいそうで……




名残惜しさを感じながら、触れていた手をギュッと握って拳を作った。




沖田さんが私を求めない限り、私は彼に触れてはいけない。




寝ている彼を起こさないように毛布をかけると、私は自室にこもった。




パソコンと資料に向かいながら、沖田さんの今後のスケジュールと時間の調整をする。




今まで、見よう見真似でやっていたこの仕事も、玲子ちゃんに教えてもらったやり方だとやりやすい。




仕事がはかどる手応えを感じながら、楽々とこなしていく。




番組の宣伝CM撮影。


子供用の雑誌のポスター撮影。


番組本編の撮影。


ロケの場所確認。




まだまだやる事は沢山だ。





一旦手を止めて、両手を突き上げて伸びをする。




両手を下ろしてフッと息を吐いた時……




「莉子!!!!」




勢い良く開いた部屋の扉と共に、血相を変えた沖田さんが飛び込んできた。




「……え??…沖田さん??

どうしたの……??」




ビックリして、目を白黒させながら言うと、彼の表情がだんだんと正常に戻っていく。




「何…??……仕事??」




私の質問には答えずに、キョトンとした目で私を見て言った沖田さん。




「そうだよ。仕事しないと…私、給料泥棒になっちゃうよ。」




そう答えると、沖田さんは脱力して壁にもたれかかる。




「……出てったのかと…思った……。」




力無く言った彼を見て、私は立ち上がった。




「嫌な夢でも見たの??」




問い掛けながら、彼に近付く。




「……別に……そんなんじゃねぇし。

疲れてただけ。」




強がるような言い草に、どうしようもない愛おしさを感じてしまう。





「…どこにも行かないってば。

沖田さんって案外心配性だね。」




少し背伸びをして、彼の頭に手を置くと、そのまま撫でた。




何も言わなくても今は…


彼に求められてるような気がして…。




「……悪りぃかよ…

心配性で…。」




冷やかしたような私の言葉を、彼は口を尖らせて返した。




でも、頭を撫でられるのを拒む事はせず、私の手を払い退けない。




「大丈夫だから。

ちゃんと寝て??」




彼の頭を撫でる手を止めて、部屋の扉を開けて促した。




「ヤダ。」




「えぇっ?!?!」




彼の言った“ヤダ”の後、私の体がフワリと浮く。




私は、軽々と沖田さんの両腕に抱えられていた。




「このままじゃ寝れねぇもん。」




「はぁぁああ?!?!」




そして……


ものの数秒もしないうちに、彼の寝室へin。




ベッドの上へ、体を放り投げられた。




「俺、抱き枕ないと寝れねぇから。」




ちょ……


そんな理由で?!?!





「さっきは無くても寝てたでしょっ!!!!」




「さっきはさっき。

今は今。」




どんだけねじ曲がった理由付けだよっ!!!!




「じゃあ、抱き枕使えばいいじゃんっ!!!!」




「洗濯中。」




そもそも、抱き枕なんてあるのか?!?!


見た事ないぞ?!?!




「待って沖田さんっ!!!!

気を確かにっ!!!!

私はチンチク莉子ですぞっ?!?!」




「分かってるよ。

気も確かだし。

“ですぞ”って、ジジイみてぇな言い方すんなよ。」




……って言ってる間に…


どんどん壁に追いやられてるんですけどもっ!!!!




「待って待って待って待ってっ!!!!」




「早く横になれば??」




「ひぇぇぇえええ!!!!」




















私たちの新しいスタートは、これからどうなる事やら……




ゴールまでの道のりが、遠く果てしなく思える私だった……。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ