新たなスタートでして
◇◆数日後◆◇
「おい、タラ子。」
早朝。
「“タラ子”じゃない!!
私は莉子っ!!!!」
車の中。
「タラ子だろ。
タラタラタラタラ準備にもたつきやがって。
時間ギリギリじゃねぇか。」
私たちは、音楽スタジオへと移動していた。
「……ハイ。タラ子です。」
……と、まぁ。
沖田さんの風邪もすっかり治り、今日からお仕事スタート。
若いからってナメられないように、私は時間をかけて服を選んだんですが……
「チンチク莉子のクセに、色気付いてんじゃねぇぞ。
似合ってるとでも思ってんのかよ。」
…トホホ……。
悔しいけどその通り…。
悩みに悩んでスーツにしてみたものの、短い手足を余計に引き立たせている。
「別にいいのっ!!
主役は私じゃないんだから!!」
敬語で話すなと言われてから、こうして普通に話していると、本当に同い年なんだなぁと、改めて実感する。
沖田さんは大人っぽい。
それは…
私が経験してない事を、沢山経験してるから……なのか…??
でも…
中身は子供というか……
子供のまま大きくなっちゃったって感じなんだよね。
先日、甘えられた時の事を思い出しながら、沖田さんの顔を見る。
あの日は……
2回も抱き締められて…
「何だよ。ジロジロ見てんじゃねぇ。
俺の体に穴開くだろ。」
考えている矢先に目が合って、頬から火が吹きそうになった。
「見てないし。
私、そんな眼力持ってないから。」
けれども、冷静に返せるようになった私は、ある意味成長してるんだと思う。
「どうだかな。
実際、アンタの視線、熱かったし。」
しかしながら、図星な事を言われると……
「だだだだからっ!!
そっ…そんな風に見てないってばっ!!!!」
動揺して噛んじゃうんですよねぇ…ハイ。
そうこうしている間に、車は音楽スタジオの前で、ブレーキ音と共に止まった。
先に車を降りて、沖田さん側の扉を開ける。
「…タラ子にしては速くなったな。」
言いながら、沖田さんは満足げに、車から足を地面につけた。
「それはどうも。」
ビル内を歩きながらも、気のない返事をする私。
“タラ子”と呼ばれた事に対して、静かに抗議の目を向けた。
「仏頂面かましてんじゃねぇよ。
笑ってろ。
ブスが数倍マシになる。」
この人を支えたい…
守りたい…
そう思った私の頑なで、鉄のように固いはずの気持ちと誓いが、一瞬にして吹っ飛んでしまいそうになる。
「ブスだって自覚してるよ。
何も声に出して言わなくても……」
くじけそうになりながら、スタジオの扉を開けた。
すると、初めて目の当たりにする光景に遭遇する。
「おっ!!来た来た。
時間キッカリじゃん。」
音楽機材に囲まれて座っているお兄さん風の男性が、私たちに顔を向けて言った。
「本日は、よろしくお願い致します。」
深々と頭を下げて、再び顔を上げると、他のスタッフさんからも飛んでくる笑顔。
最初の一歩に粗相はなかったようで、ホッと安心して沖田さんを盗み見た。
「………。」
面倒臭そうに無言でどこかへ視線をさまよわせている彼。
「まぁまぁ座ってよ。」
一番最初に声をかけてくれたお兄さん風の男性に、スタジオ内の長椅子へと導かれる。
「歌詞とメロディーも、もう出来上がってるし、デモもあるから、沖田くんに聞いてもらおうか。」
座って数秒もしないうちに、別のスタッフさんが手際良く沖田さんにイヤホンを手渡した。
沖田さんは、それを耳につけると、プレイヤーのスイッチを押す。
その様子を見ていると、だんだんと彼の顔が青ざめていくのが分かった。
その様子が気になった私は、恐る恐る声を掛ける。
「お…沖田さん??」
「……マジ…??
…マジで……コレ、俺が歌うの…??」
途切れながらも、言葉を並べた沖田さんは、青い顔から放心状態へ。
「何言ってんだよ(笑)
沖田くんしか、歌い手はいないじゃないか(笑)」
魂を抜かれたように呆然としている沖田さんを見て、スタッフさんが豪快に笑いながら言った。
そう。
私たちは沖田さんが主演する、“顔面ライダー”の主題歌収録に来ていた。
沖田さんが耳にしていた音楽は、彼が歌う予定の、顔面ライダーの主題歌。
「沖田さん、大丈夫??」
顔を覗き込みながら言うと、彼は俯き加減に、膝の上で作った拳を、プルプルと震わせている。
「……大丈夫なワケねぇだろーがよ。」
そんなに彼を、戦意喪失させる歌とは、どんな物なのか……
「…私にも……聞かせてくれる??」
問い掛けると、彼に向かって差し出した手のひらに力無くイヤホンとプレイヤーが乗せられた。
耳に付けたイヤホンを、人差し指で押さえていると、イントロが流れ出す。
……ん??
そんなに絶句するような曲でもなさそうだけど…
Aメロが聞こえたかと思うと、男性の囁くような声が耳を貫く。
『顔面…顔面…顔面…
顔……面…』
歌うと言うよりはセリフを語るような静かな口調だ。
『貫けよ顔面。
繰り出せよ顔面。』
歌詞がメロディーにのる事はなく、ひたすら誰かに話し掛けるような……
『世界を変えるぜ顔面。
勇気を出そうぜ顔面。』
なるほど……
こりゃあ恥ずかしい…。
『さぁさぁ、顔面で奇跡を呼ぼうじゃないか。
レッツ・ファイティン・顔面ライダー!!』
あ……
終わった。
これは歌じゃないな…。
単なる呟きだ。
私がそう思っていると、沖田さんも同じ事を考えていたらしく……
「こんな語り口調で歌えるかよ。
つか、歌じゃねぇし。
呟いてるだけだろコレ!!」
沖田さんの隣で、陰ながら小さく頷く私。
だが、周りのスタッフさんは、呆れたように溜め息を吐く。
「分かってないなぁ。
インパクトだよ、インパクト。」
ここを仕切っているであろう、お兄さん風のスタッフさんが言った。
すると、別のスタッフさんも会話の流れで口を開く。
「メロディーにのせちゃうと、子供は逆に覚えにくいしね。」
そういうもんかなぁ…
だってABCも歌で覚えるくらいだし……
「今までにない主題歌でしょ??」
私の向かいにいたスタッフさんも、続け様に言葉を発して、ニッコリと笑った。
そして、みんなの視線が一斉に沖田さんに向けられる。
「分ぁーったよっ!!
歌えばいいんだろ!!
歌えばっ!!!!」
沖田さんは投げ捨てるように言って、録音ルームに入って行った。
ガラス越しに彼を見ると、ゆっくりとした手つきでヘッドホンを取っている。
沖田さんが耳に当てた所で、スタッフの合図により、先程の主題歌が流れた。
デモの通りに歌う沖田さん。
そんな彼を見て、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、収録を見守った。
―――暫くすると…
「オッケーオッケー!!
ナイスボイス沖田くん!!」
スタッフさんが、両手で大きく丸を作ると、げんなりとした沖田さんが、録音ルームから出て来る。
何十回も歌ったワケではないのに、彼の表情は、この世の終わりと言いたげだ。
「沖田さん、お疲れ様。」
気まずいながらも、何とか笑顔を作り、沖田さんへ飲料水を差し出す私。
「……この俺が…」
ブツブツと何か言葉を口にしながら、沖田さんは私が持つペットボトルに手を伸ばした。
「良かったよ、沖田くん。」
「さすが沖田くんだね。」
「今回のキャスティングは正解だよ。」
「そうよね!!
沖田くんで良かったわ!!」
次々とスタッフさんから歓喜の声が上がる中、沖田さんは浮かない顔。
「…人生を……やり直したい……
今…すぐに……」
彼は、さっきからずっと、呪文のように小さく声を発していた。
「じゃ、編集してから、CD化の計画に移るよ。」
スタッフさんにそう言われ、私は挨拶と一礼をした後、沖田さんの背中を押してスタジオを出る。
それはそれは温かい目で見送られ、嬉しいはずだが、沖田さんの様子を見ると、複雑な気持ちになった。
最後まで苦笑いのまま、私は今、沖田さんと廊下を歩いて、ビルを出ようとしている。
「あんな物が……
CDになるだと…??」
再起不能の沖田さん。
その足取りは、フラフラとしていておぼつかない。
「シッカリしてよ!!」
彼の片腕を両手で持って支え、やっとの事で専用車へ。
車の扉を開けると、沖田さんは倒れ込むようにして車に乗った。
続いて自分も反対側から乗り、待機していた運転手に会釈をすると、静かに車が動き出す。
「………。」
何も言わず、うな垂れるようにシートに背中を預ける沖田さん。
どんな言葉を掛けようか迷うものの……
「良かったよ??
沖田さんの声。」
安易な言葉しか見つからず、励ましになっているのかどうかすら分からない。
「………。」
それもそのはず。
彼が無言である以上、何を言っても同じだろう…。
でも私は、何とかいつもの沖田さんに戻って欲しくて、励まし続ける。
「スタッフさんもすごく褒めてたしさ……」
「思い出させんな。」
私が言う言葉の先を言わせまいとした沖田さん。
「………。」
私の口も動きを止めた。
「……不覚だ…。
一生の不覚だ……。
……恥だ…。
末代までの恥だ……。
…死にたい……。
……死なせてくれ…。
…そうだ…今から山奥に行って首を……」
「わぁーわぁーわぁー!!
やめてよっ!!
縁起でもないっ!!!!」
私たちを乗せた専用車は、負のオーラ満載で、次の現場へ向かうのだった。
音楽スタジオを出て数分もしないうちに、撮影現場が見えてきた。
「…俺…今日はもう……仕事する気が…」
「そんな事言わない!!
行くよっ!!!!」
現地に着いて、沖田さんを車から引っ張り出すと、下見をしている三郎さんの元へ行く。
“お疲れ様です”と声を掛けると、それに気付いた三郎さんが振り返った。
「やぁ。よく来たね……って、どうしたんだ…??五郎のヤツ。」
三郎さんの視線を追って、自分の背後を見ると、精気を失っている沖田さんが目に映る。
「ちょっと……色々と…ショッキングな事があったみたいで…」
頬を掻きながら苦笑いで説明した私。
それを聞いた三郎さんは、お見通しだったかのように目を細める。
「あっはっはっ(笑)
主題歌だろ(笑)??」
「…テメェ……
知ってたのか!!!!」
肩を上下にさせて笑っている三郎さんを見て、沖田さんが噛み付いた。
「そう吠えるなよ若僧。
俺はプロデューサーなんだぞ??
知らない訳がないだろ。
文句があるなら降板しろ。」
三郎さんの挑発するような言い回しに、沖田さんはグッと言葉を飲み込む。
「………。」
そんな沖田さんの背中に手を置き、促すようにして、私と彼は三郎さんと距離を取った。
「……沖田さん。
気にしないで頑張ろうね。」
彼の顔を窺いながら優しく言ったものの……
「どうせ他人事だろ。」
返ってきたのは、冷たく突き放すような言葉。
「他人事だなんて思ってないよ。」
一人用の椅子に沖田さんを座らせながら、彼を見つめて言った。
「思ってんだろ。」
「思ってない。」
この水掛け論に、沖田さんは自ら終止符を打とうと、力無く首を横に振る。
「……もういい。」
いつも自信満々で、何事にもあまり動じない彼。
それなのに……
「そんな沖田さん、見たくない。」
今の彼には、キツイ一言かもしれない。
でも、励まそうとしたって何も変わらないなら、自分の気持ちをぶつけるしかない。
そう思うと、口が勝手に動いていた。
「……アンタ…」
立っている私を見上げた沖田さんは、小さく呟いて私の頬に手を伸ばす。
や……ヤバイ…
こんな所…誰かに見られたら……
この状況をどう回避しようかと、思考を巡らせている間にも……
「……っ!!」
沖田さんの大きな手のひらが、私の頬を包んだ。
思わずギュッと目を瞑る私。
彼の親指が、何度も下唇を、右から左へ往復する。
「莉子…。」
甘く囁かれて……
この後の事も考えられなくなるくらいに、早鐘を打つ鼓動。
……と、思ったら…
「い゛た゛た゛た゛っ!!!!
な゛っ何しゅるの!!!!」
触れられていた頬をつままれ、一気に現実に引き戻された。
「何勘違いしてんだよ。」
その言葉の後、私の頬は離される。
誰だって……
勘違いするだろぉ~!!!!
「勘違いしてない!!!!」
心の叫びとは裏腹に、私の口から出たのは否定の言葉だった。
「生意気なんだよアンタの口。
女社長に似てきたな。
思いっ切りつねったら、何かスッキリした。」
私はストレス発散アイテムかっ?!?!
そうなのかっ?!?!
「社長に似てきたからって、私でストレス解消しないでよ!!」
「ヤダね。
女社長のホッペタつねったら、莫大な慰謝料ふんだくられそうだし。」
「いっその事、私がふんだくってやろうか!!!!
莫大な慰謝料を!!!!」
「おうおう。やれるもんならやってみやがれ。
アンタの給料がなくなるだけだ。」
ギャンギャンと言い合いをしていると、知った声が私たちの間に割って入る。
「お二人さん。夫婦喧嘩はそれくらいにしてね。
キャスト紹介するから。」
その言葉にピタリと動きを止めて見ると、三郎さんを始め、裏方さんや他の役者さんが輪になって私たちを見ていた。
「うわわわわっ…
すみませんっ!!」
周りがクスクス笑う中、私は沖田さんよりも速く、慌ててスタッフ側に整列する。
「よっこらせ。」
マイペースな沖田さんは、ゆっくりと椅子から立ち上がって、整列する役者さんに並んだ。
「…ヨシ。んじゃ、一人ずつ紹介していくから。」
三郎さんの紹介もほぼ終わる頃。
残る俳優の紹介は、沖田さんを含めた二人となった。
「悪役をやってもらう、山本 大地君。」
紹介された山本さんは、悪役とは思えぬ爽やかな笑顔で、軽く頭を下げる。
沖田さんの適役かぁ…
なんて思っていると笑顔のままの山本さんと目が合った。
そらす事ができなくて、小さく一礼をする私。
「そして…山本君のマネージャーの……」
三郎さんが言いかけると、山本さんのマネージャーさんが一歩前に出た。
「緒方 恭子です。
よろしくお願い致します。」
見ると、芸能人とも張り合える程の美人マネージャー。
周囲からも、“おぉ”と言う声が上がっている。
気を取り直すように三郎さんが言葉を続けた。
「そして、今回の主演。」
沖田さんに向かって手を出して、三郎さんは促す。
「沖田 流星です。
頑張りますので、よろしくお願いします。」
礼儀正しく挨拶を述べて、軽く頭を下げた沖田さん。
「……で、そのマネージャーの……」
何をしてても様になる彼をボォーッと見つめていると、私の前に、三郎さんの手が向けられていた。
「あっ…すみません。
沖田 流星のマネージャーの、藤瀬 莉子です。」
焦りながらも、噛まずに言えた事にホッとする。
一息吐いてから沖田さんを見ると……
「………。」
無言の圧力で私を睨んでいた。
そんな沖田さんに、心の中で当てレコしてみる。
“ボォーッとしてんじゃねぇよ”
“何??アンタの特技って、ボォーッとする事??”
“冗談じゃねぇ。
俺まで馬鹿にされるだろーが”
うん……。
言いそうな気がする。
てか、既に心の中で思ってそう…。
三郎さんの挨拶を聞きながら、そんな事を考えている私。
その後は、みんなで軽く食事をし、この日は解散となった。
―――帰りの車の中。
「……ったく。
…ボォーッとしてんじゃねぇよ。」
ホラきたっ!!!!
「エヘヘ。」
予想が的中しただけに、思わず笑みがこぼれる私。
「“エヘヘ”じゃねぇ。
何笑ってんだよ。
褒めてねぇし。
山本と目が合ったくらいでボヤッとすんな。」
別に、それでボォーッとしてた訳じゃ……
私は沖田さんを見てた訳で……
てか……
「山本さんと目が合ったって、何で知ってるの??」
結構遠くにいたはずなのになぁ…
「いつも見てるから。
……アンタの事。」
「えっ?!?!」
沖田さんの言葉に、心がバネのように跳ね上がる。
「…目ぇ離すと、何やらかすか分かんねぇし。」
あぁ……
そういう事か。
「大丈夫だよ。
これでも結構慣れてきた方だし。」
歯を見せて笑う私を見て、沖田さんが私の手を掴んだ。
「何も分かってねぇな…アンタは。」
「……?!?!」
そのまま、グッと引き寄せられ、私は逃れようと腕に力を込める。
「……甘いんだよ。
お馬鹿さん。」
パッと急に手を離され、私の体はその反動でひっくり返るようにシートに吸い込まれた。
束の間の事で、何が起こったのか分からず……
「はっ……」
気付いた時には、沖田さんの腕と腕の間にいる私。
「油断してっと、山本にこういう事されんだぞ。
……それとも…
山本にされる前に、俺とやっとく??」
久しぶりに見た沖田さんの怪しげな笑顔。
なまめかしい彼の表情に、暫し見とれてしまう。
だけど……
「大丈夫だってば。
こういう事されたら……」
その先を言う前に、私は沖田さんの首に手を回した。
「……は??……何してんだよアンタ……」
「こうしてやる。」
私の言葉の後……
“ゴチンッ!!!!”
鈍い音が車内に流れて、悶絶する沖田さんが私から離れる。
「オチは頭突きかよ!!
この石頭女っ!!!!」
私は、沖田さんの首に手を回し、思い切り引き寄せ、頭突きをするという、荒技の回避手段をやってのけたのだ。
「私だって自分の身くらい、自分で守れるよ。」
未だに額を押さえて唸っている沖田さんに言った。
「クッソ……
今回は俺が油断してた…」
うおっ?!?!
あの沖田さんが自分から負けを認めるなんて。
「私の方が顔面ライダーになれたりして(笑)」
「俺から三郎に言ってやろうか(笑)??」
どちらからともなく笑い出すと、私たちは穏やかな空気のまま、マンションへと戻るのだった。
―――部屋に戻ると……
沖田さんは、疲れきったようにソファーへ横たわる。
「さっきはごめんね。」
そう言って、私は彼の額に冷たいタオルを当てた。
「いらねぇ。」
額に乗せられたタオルを退けた沖田さん。
「でも…ちゃんと冷やしとかないと……」
言いながらタオルを再び額に置こうとすると……
「アンタの…手の方が…いいんだけど…」
恥ずかしいのか、隠すように、顔の上に腕を乗せている沖田さんが言った。
「ハイハイ。」
返事をしてから、彼の額に触れる。
彼の頬は、私が頭突きをした部分よりも赤く上気していた。
沖田さん、大事な所が隠れてないよ。
そう思うと、彼に対して微笑ましい気持ちになる。
「なぁ、莉子。」
沖田さんは、そのままの体勢で、何か問い掛けるように私を呼んだ。
私も、探るように問い返す。
「なに??」
「…今日……俺……頑張ったよな…??」
「うん。」
額を撫でながら答えると、沖田さんは私の手の上に、自分の手を重ねた。
「頑張ったねって……
俺の事…褒めてよ。」
今にも泣きそうな顔をして、潤んだ瞳で私を見ている彼。
そんな彼に、私は弱い。
「うん。頑張ったね。
沖田さんは偉いよ。」
何度も頷きながら言うと、彼は安心したように瞳を閉じた。
暫くすると寝息が聞こえ、それを確認してから私は彼の額から手を離す。
ずっと触れてたら……
…心ごと持って行かれてしまいそうで……
名残惜しさを感じながら、触れていた手をギュッと握って拳を作った。
沖田さんが私を求めない限り、私は彼に触れてはいけない。
寝ている彼を起こさないように毛布をかけると、私は自室にこもった。
パソコンと資料に向かいながら、沖田さんの今後のスケジュールと時間の調整をする。
今まで、見よう見真似でやっていたこの仕事も、玲子ちゃんに教えてもらったやり方だとやりやすい。
仕事がはかどる手応えを感じながら、楽々とこなしていく。
番組の宣伝CM撮影。
子供用の雑誌のポスター撮影。
番組本編の撮影。
ロケの場所確認。
まだまだやる事は沢山だ。
一旦手を止めて、両手を突き上げて伸びをする。
両手を下ろしてフッと息を吐いた時……
「莉子!!!!」
勢い良く開いた部屋の扉と共に、血相を変えた沖田さんが飛び込んできた。
「……え??…沖田さん??
どうしたの……??」
ビックリして、目を白黒させながら言うと、彼の表情がだんだんと正常に戻っていく。
「何…??……仕事??」
私の質問には答えずに、キョトンとした目で私を見て言った沖田さん。
「そうだよ。仕事しないと…私、給料泥棒になっちゃうよ。」
そう答えると、沖田さんは脱力して壁にもたれかかる。
「……出てったのかと…思った……。」
力無く言った彼を見て、私は立ち上がった。
「嫌な夢でも見たの??」
問い掛けながら、彼に近付く。
「……別に……そんなんじゃねぇし。
疲れてただけ。」
強がるような言い草に、どうしようもない愛おしさを感じてしまう。
「…どこにも行かないってば。
沖田さんって案外心配性だね。」
少し背伸びをして、彼の頭に手を置くと、そのまま撫でた。
何も言わなくても今は…
彼に求められてるような気がして…。
「……悪りぃかよ…
心配性で…。」
冷やかしたような私の言葉を、彼は口を尖らせて返した。
でも、頭を撫でられるのを拒む事はせず、私の手を払い退けない。
「大丈夫だから。
ちゃんと寝て??」
彼の頭を撫でる手を止めて、部屋の扉を開けて促した。
「ヤダ。」
「えぇっ?!?!」
彼の言った“ヤダ”の後、私の体がフワリと浮く。
私は、軽々と沖田さんの両腕に抱えられていた。
「このままじゃ寝れねぇもん。」
「はぁぁああ?!?!」
そして……
ものの数秒もしないうちに、彼の寝室へin。
ベッドの上へ、体を放り投げられた。
「俺、抱き枕ないと寝れねぇから。」
ちょ……
そんな理由で?!?!
「さっきは無くても寝てたでしょっ!!!!」
「さっきはさっき。
今は今。」
どんだけねじ曲がった理由付けだよっ!!!!
「じゃあ、抱き枕使えばいいじゃんっ!!!!」
「洗濯中。」
そもそも、抱き枕なんてあるのか?!?!
見た事ないぞ?!?!
「待って沖田さんっ!!!!
気を確かにっ!!!!
私はチンチク莉子ですぞっ?!?!」
「分かってるよ。
気も確かだし。
“ですぞ”って、ジジイみてぇな言い方すんなよ。」
……って言ってる間に…
どんどん壁に追いやられてるんですけどもっ!!!!
「待って待って待って待ってっ!!!!」
「早く横になれば??」
「ひぇぇぇえええ!!!!」
私たちの新しいスタートは、これからどうなる事やら……
ゴールまでの道のりが、遠く果てしなく思える私だった……。




