実感しまして
◇◆数日後◆◇
それから数日経ったある日。
私はついに実感する。
私……
マネージャーの仕事全然してないや…。
自分の不甲斐なさに言わずもがな溜め息が出る。
沖田さんは、放っとけばいいって言ってたけど…
…いつまでもこのままでいいワケないし。
やっぱり自分から動かなきゃ。
そう思い、事務所にて、近々行われるオーディションリストに目を通していた。
「最近仕事熱心ね。」
私の姿を見つけた玲子ちゃんが、事務所の一室の長椅子に座る私に言った。
「うん。あんな騒動の後だし。
…やっぱり、こっちから動かないとと思って。」
当然の事をしているのに、褒められるとは思っていなく、照れ笑いを浮かべながら返した私。
「いいんじゃない??
そういう考え方は、嫌いじゃないわよ。」
そう言って、玲子ちゃんは元気付けるように、私の肩に手を置く。
「でも、沖田さんの反応はイマイチなんだよね…。」
最近、私が仕事の話をすると、沖田さんは機嫌が悪くなる。
“放っときゃいいんだよ。”
“そんなに俺を、働かせてぇのか??”
とか言われちゃったし…。
「今が勝負だからね。
頑張りなさい。
何かあったら言ってね。」
私を励ました玲子ちゃんは、それだけ言って部屋を出て行く。
玲子ちゃんの背中から、再びオーディションリストの紙に視線を移した。
私が頑張らないとね。
やるんだ私!!!!
自分で自分を一喝しながら、電話の受話器を取る。
オーディション主催の、様々な会社の連絡先。
それら一つ一つに片っ端から電話をかける。
「あっ…もしもし。
…アライブ芸能事務所の藤瀬と申します。」
《アライブ芸能事務所の藤瀬さん??》
「あ…はい。」
《沖田 流星のマネージャーの??》
「そうです。」
だが……
《何の用かな??》
「えっと…今度行われるドラマのオーディションなんですけど……」
《もしかして、応募するつもり??》
「……はい。」
なんか……
電話の相手の人、雰囲気悪いなぁ…。
《オーディション受けたところで、無駄だと思うよ。
それに、沖田 流星の応募は認められない。》
「そんな……」
《じゃ、忙しいから切るね。》
引き止める間もなく受話器からは、電話が切れた後の虚しい機械音が放たれた。
オーディションも受けさせてもらえないなんて……
ガッカリして、先程電話した会社の欄に、赤線を引く。
その後、電話をかけ続けたが、どこも同じような反応だった。
赤線だらけのオーディションリストを見て、フーッと溜め息を吐く私。
ダメだなぁ。
八方塞がりだ。
窓の外に目をやると、既に真っ暗。
街灯とネオンが、煌々と光っている。
今日はもう帰ろう…。
事務所を出て、トボトボと歩く。
以前、料理本を買った本屋が、何となく目についた。
店前に置かれている週刊誌を手に取ると、そこには……
“沖田 流星、芸能界引退か??”
“愛の逃避行??”
などなど、好き勝手に、面白おかしく書かれていた。
フン!!
何だい何だい!!
みんなで寄ってたかってさっ!!!!
心の中で怒りを感じながら、本当は投げつけてやりたい週刊誌を、そっと棚に戻した。
と、次の瞬間……
「ねぇねぇ!!」
「キミさぁ、沖田 流星のマネージャーだろ??」
テンションの高い声に、次々と囲まれる。
「え……」
気付けば、私の周りは、ちょっとした人だかりができていた。
「ねぇねぇ♪沖田 流星とヤったの??」
下品な質問や……
「絶対遊ばれてるって(笑)!!」
私を侮辱するような言葉が、次々と飛んでくる。
そんな中……
「莉子ったらヒドイなぁ。」
左の方から声がしたような気がして、相手を見る。
しかも……
莉子って……
私?!?!
「…アナタ……だ…」
「俺という存在がありながら、沖田 流星と浮気??」
“誰??”と聞きたかった私の質問が見知らぬ男性によって遮られた。
「…いや……私…アナタの事……」
「さぁ、家に帰ろ??」
“知らないし”とも言わせてもらえない。
私を囲む周りの人たちも、呆然とその男性を見ていた。
「……帰ろうって言われても…」
「莉子。ケンカの続きは家でしよ??ね??」
再び言葉を遮られたかと思いきや、今度は力強く手首を引かれる。
「ちょっ……!!!!」
「あははは(笑)」
慌てる私にお構いなく、男性は陽気に笑っている。
何なのこの人!!!!
ワケ分かんないんですけどっ!!!!
手を振り解く事もできず、連れられるがままの私。
「あのっ!!!!」
耐えきれず、大声を張り上げた。
「メンゴメンゴ♪
手、痛かった??」
“メンゴ”って……
死語なんじゃ…
「アナタ誰なんですか??
何で私を知ってるんですか??」
立ち止まり、ようやく離された私の手首は、赤くなっている。
「…いきなり質問責めだねぇ。
ハイ。僕は、こういう者です。」
名刺を目の前に差し出され、そこに書かれた文字を読み上げる。
「たなか……さぶろー??」
「そうだよん♪
“サブちゃん”って呼んでね♪」
何だか分からないけど…
テンション高……
……っていうか……
「田中 三郎って……」
私が何か思い出したように言うと、男性はニッコリと笑う。
「あ、分かっちゃった??
田中家三男の三郎でぇ~す♪
僕チン、五郎の……っていうか、沖田 流星のお兄ちゃんでぇ~す♪」
ちゃ……チャラい…。
てか、沖田さんのお兄さんって事は……
私が無言で三郎さんを見つめていると、彼の口が言葉を放つ。
「ちょっと話さない??」
この人も…
沖田さんをたらい回しにした張本人なんだよね……
でも、悪い人じゃなさそうだし…
「分かりました。」
そう返事をして、近くのレストランへ向かった。
「何でも好きな物頼んでね♪
オジサン、可愛い子には奢っちゃう♪」
自分の事を“オジサン”って……
一体いくつなんだろう。
「じゃ…コーヒーで。」
少し緊張気味に言って、ペコリと頭を下げた私。
「そんなのでいいの??
もしかして、お腹すいてない??
オジサンはステーキセット頼んじゃおっかなぁ♪
こう見えても、胃は現役なんだよね♪」
話が……
前に進まない…。
「すみません。
家で沖田さんが待ってるので……
その…手短にお願いできませんか??」
私が言うと、二つ折りのメニュー表をパタンと閉じ、コーヒーを二つ注文した三郎さん。
「何から話そうかなぁ…。」
コーヒーを片手に、三郎さんはどこかへ視線をさまよわせている。
「………。」
私は、何も言わずに三郎さんの言葉を待っていた。
「…アイツ、俺の事恨んでる??」
問い掛けられると思っていなかった私は、焦って言葉を探す。
「どうして…ですか??」
問い返す事で相手の反応を窺うしかなかった。
「…恨まれても当然だからさ。
俺はアイツの事、守ってやれなかったし。」
後悔するような三郎さんの言葉に、私は疑問を抱く。
「え……??」
「アイツを引き取ったはいいんだけど…
俺は仕事で忙しくてね。
丁度海外へ出張してる間に、アイツは出て行ってしまったんだ。」
三郎さんの声は、悔しさが滲み出ているようだった。
「そうだったんですか…。」
頷くと、三郎さんが話し続ける。
「…もっと俺が、構ってやりゃあ良かったんだけど……
…俺の嫁さんがね、気が強いヤツで。
実質、アイツは嫁さんに追い出されたようなもんだ。」
確か……
一郎さんの家を出たキッカケもそうだったような……
「…三郎さんの奥さんと仲が悪かったんですか??」
私が言うと、三郎さんは苦笑を浮かべる。
「…奥さんっていうか、“元奥さん”ね。」
「離婚されたんですか??」
核心を突いた私の質問を、三郎さんは受け流す。
「…まぁ、この話しは、置いとこうよ。
五郎の話をする為にキミを誘ったんだし。」
「……あ…ハイ。」
三郎さんのごもっともな言葉に、私は下を向いてしまう。
「聞いたよ。
五郎の仕事、探してるんだって??」
その問い掛けに、俯いていた私の顔が上がる。
「何で……それを…??」
途切れ途切れに言うと、三郎さんの表情が柔らかくなった。
「名刺見なかった??
オジサンこれでも、テレビ局のプロデューサーなんだよん♪」
ポケットにしまった名刺を慌ててみると……
「ホント…だ……。」
某テレビ局の名前の下に、三郎さんの名前が書かれていた。
「アイツは俺と仕事やりたがらないだろうけど…
アイツにピッタリの仕事があるから、良かったら、五郎に話してもらえなかな??」
真剣な表情に切り替わった三郎さんは、私を真っ直ぐに見ている。
「何ですか…??
ピッタリの仕事って。」
「ヒーローの役。」
ヒーロー?!?!
そんな大役を……
沖田さんが?!?!
「そんなお仕事を任せてもらえるんですか?!?!」
興奮気味の私は、言うまでもなく鼻息が荒くなった。
「ヒーローって言っても、特撮のね。」
特撮……??
三郎さんの返答に、一瞬固まった私。
「もしかして……」
言いかけると、三郎さんが口を開く。
「変身して戦うヒーロー。」
それを聞いた私は脱力感に襲われた。
「あの……一応話してはみますけど…」
気まずそうに頭を掻く私を見て、三郎さんがその先を知ったように言う。
「断るだろうねアイツは。
しかも、俺と一緒だって分かったら、断る確率は格段に増える。」
…っていうか、沖田さんに全然ピッタリの仕事じゃないんじゃ……
でも……
「沖田さんに、この仕事を受けてもらいます。
誰が何と言おうと、私が受けさせます。」
今は…
仕事を選んでる場合じゃない。
「頼もしいねぇ。
こんな可愛いマネージャーがいるなんて、五郎が羨ましいよ。
んじゃ、頼んだよ。」
目を細めて私を見た三郎さんからの優しい言葉。
「はい。必ず。」
そんな三郎さんの期待に応えられるように、私は固く決心をした。
「出ようか。」
一通りの話を終えて、私と三郎さんは、レストランを出る。
「ご馳走さまでした。」
一礼すると、申し訳なさそうな三郎さんの声が返ってくる。
「仕事で送ってあげられないんだけど、気を付けて帰ってね。」
「大丈夫です。
ありがとうござます。」
そう答えると私とは反対方向に背を向けた三郎さん。
それを見届けて、私も踵を返した。
―――そして……。
「ただいま帰りました。」
一言口にしてから、部屋の中に入った私。
「遅いじゃねぇの。」
椅子に座り、足を組んでいる沖田さんが目に入る。
「ちょっと……仕事してました。」
三郎さんに会っていたと、すぐには言えなくて、何となく気まずさを感じた。
「ふぅーん。」
興味なさそうに言った沖田さんは、ペットボトルを口にしている。
「着替えてきますね。」
制服のまま仕事をしていた為、私は自分の部屋へと足を向けた。
だが……
「本当はどこ行ってたんだよ。」
「……え??」
後ろから肩に手を置かれ、振り向かせられる。
「本当に…事務所で仕事してただけで……」
「……あの姪っ子馬鹿の女社長が、アンタをこんな時間まで働かせるワケねぇだろ。」
もう夜の9時前。
沖田さんの言ってる事は、図星だ。
「ごめんなさい。」
謝ったものの、やっぱりそれ以上は言えなくて、口をつぐんでしまう。
「別に、知ったこっちゃねぇけどさ。
一緒に住む方としては、心配するっつーか……」
「心配してくれてたんですか??」
沖田さんが“心配”と言ったのを聞き逃さなかった私は、すかさず問い掛けた。
「アンタ、一応女だし。
胸はペッタンコだけど。」
一言多いなぁもぉっ!!!!
いい雰囲気が台無しじゃないかっ!!!!
「大丈夫です。
胸はペッタンコなんで。」
口を尖らせて言ってから、もう一度自分の部屋に向かおうとした。
「待てよ。まだ話は終わってねぇだろ。」
話を戻されて、再び言いようのない緊張感に包まれる。
「えっと……」
言葉を選んでいる間も、当たり前だが、この空気は変わらない。
「言えねぇのかよ。」
そうじゃない。
そうじゃないんだけど…
「先にご飯にしましょう。
…その時に……話しますから。」
私が言った事に納得してくれた沖田さんだが、どこか複雑な表情を私に向けて、ソファーに座り直した。
それを見受けて、私は自分の部屋へ行く。
―――暫くして。
部屋着に着替えてから、夕食の準備に取りかかっていると……
「うっわ……。
帰りが遅せぇ上に手抜き料理かよ。」
嫌味を含んだ声が、背後から飛んだ。
「すみませんね。
材料もないし、夜も遅いので。」
あしらうように言うと、倍になって返ってくる。
「焼きそばとか腹の足しにもなんねぇよ。
しかも、キャベツ焦げてるし。
俺、この歳でガンになりたくねぇ。」
私が手にしているフライパンを、後ろから覗く沖田さんが言った。
「今日はこれで勘弁して下さい。
頑張って料理も覚えますから。」
私が言うと、沖田さんは“フッ”と息を漏らす。
「しゃーねぇなぁ。
焼きそばくらいまともに………」
そこで切れた言葉に、私は沖田さんの顔に目を見やった。
「どうしたんですか??」
いつものリズミカルで、軽快な嫌味が途切れたので、不思議に思って聞いてみると……
「…アンタ……マジで…どこで何してたんだよ。」
沖田さんの視線は、ある一点に向けられおり、その目は見張っている。
「…これは……何でも…ありません……。」
私は、沖田さんの視点に気付き、隠すようにして、自分の手を後ろにやった。
「手首、赤いけど。
どんなプレイしたんだよ。」
そう……
三郎さんに強引に引かれた手首が、赤く腫れているのを、沖田さんに見つかってしまったのだ。
「本当に…何でもないんです。
……ちょっとトラブルがあったというか……」
曖昧に笑って返すが沖田さんの顔はより一層険しくなる。
「どうせボォーッとして、どこぞの男に連れて行かれそうになったんだろ。」
す……凄い…。
ちょっと当たってる…。
「それも含めてお話しますから。
座って下さい。」
台所から押し出すようにして、沖田さんを椅子に座らせた。
「人に心配かけといて、横暴だなぁオイ。」
言いながら、渋々と椅子に腰を掛けた沖田さん。
「いつも横暴なのは沖田さんじゃないですか。」
聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、私は焼きそばが盛られたお皿を沖田さんの前に置く。
「心労だってのによぉ、焦げた焼きそば食わされるし。」
「文句言うなら食べないで下さいっ!!!!」
お皿を引っ込めようと手を伸ばすと、その手を彼に掴まれた。
「話してもらおうか。
コレの理由。」
そう言って、沖田さんは私の赤く腫れた手首を見る。
「……はい。」
手を離された後、私は力が抜けたように椅子に座った。
「……で??なに??
…またアンタのみっともねぇ話??
笑う準備できてるから。
早く話して。」
本っっっ当にこの人は…
嫌味を言わせたら、天下一品というか…
嫌味選手権で1位を獲れる逸材だ。
なんて……
思ってる場合じゃないよね…。
思い直して、私は沖田さんを見据える。
「今日…一般の人に囲まれちゃったんです。
“沖田 流星のマネージャーだろ”って…。」
「やっぱりな。
アンタ、ドン臭いから。
そんなこったろーと思ったよ。」
沖田さんは、呆れたように言って、焼きそばを頬張った。
「でも、助けてくれた人がいて……
…その人が……偶然にもテレビ関係の人で…」
その人が三郎さんである事はあえて告げずに言葉を続ける。
「その人が、沖田さんに仕事の話を持ちかけてくれたんです。
私も…是非、沖田さんにその仕事を受けて欲しくて……」
沖田さんを見ると、目を丸くして呆然と私を直視している。
その口からは、一本の麺がプラーンと垂れていた。
「仕事……??」
気を取り直した沖田さんは、垂れていた麺をすすって、私に問い返した。
「はい。」
小さく頷きながら答える私。
「仕事って何??」
再び質問が返ってきて、どう答えようか迷うものの、何とか言葉を紡ぎ出す。
「…子供が……喜ぶ仕事です。」
「ザックリしすぎだろ。
具体的に言えよ。」
漠然とした私の答え方が悪かったのか、間髪入れずに沖田さんにツッコまれた。
「でも…やりがいがあるお仕事だと思うんで……
…会議だけでも参加してもらえませんか……??」
肩を強ばらせながらも、恐る恐る言うと、沖田さんは言葉を放つ。
「別に暇だし。
…付き合ってやらなくはねぇけど。」
ぶっきらぼうだったが、私はその言葉に、心の中でガッツポーズを決めた。
「会議は明後日です。
ちょうど日曜日ですし、学校も休まなくて済みますから。」
「あぁ。」
こうして……
ようやく一つの希望が、見いだせる結果となり…
私の思惑は、期待へと、真っ直ぐに向かうのだった。




