生い立ちを知りまして
◇◆放課後◆◇
「なんか変な感じ。」
迎えの車が来たと連絡が入り、沖田さんと並んで校門まで歩いている私。
「何が変なんですか??」
「放課後まで学校にいる事がなかったから。」
私はこれが普通だけど…
沖田さんは違うんだよね。
「そうですよね。
今まで学校よりもお仕事が優先でしたもんね。」
校門に辿り着き、沖田さんを先に車に乗せる。
続いて、私が乗り込むと、車のエンジン音が響いた。
「昼休みだけど。」
車が走り出した直後に、短い言葉を私に 向けた沖田さん。
「昼休みですか??」
「何してた??」
問い返されて返答に困ってしまう。
「……えっと…」
「学校案内してやろうと思ったのに。」
「えっ??」
そんな事思っててくれたんだ……。
「何だよ。」
「いえ。沖田さんにしては優しいなって。」
嬉しくなって、つい彼を冷やかすように言うと、案の定、沖田さんは顔を歪めた。
「俺がいつも優しくねぇみたいな言い方すんな。」
言った後、沖田さんは私から顔を背けて、窓の景色を見やる。
照れてる時は、いっつもソッポ向くんだよね。
そんな沖田さんを、微笑みながら見ている私。
それから、何を話す訳でもなく、穏やかな沈黙に包まれたまま、マンションの前に着いた。
いつものように先に降りて、沖田さんが座る側の扉を開ける。
車を降り立った沖田さんが、私の背後の光景を見て、無言で眉をひそめた。
気になって振り返ると、女の人が一人、沖田さんを切なげに見ている。
女の人に向かって、沖田さんは“チッ”と舌を打つと、明らかに不機嫌な様子でマンションの中へと足を向けた。
「五郎くん!!」
沖田さんを本名で呼ぶ女の人。
でも、その声に足を止めたのは、私だけだった。
沖田さんは、気に止める事なく、ズンズンと歩いて行く。
女の人を横目に、私は彼を追いかけた。
「あの。呼んでますよ??」
沖田さんの腕を捕まえて言うと、険しい顔が私に向けられる。
「人違いだろ。」
「そうじゃないと思いますけど。」
沖田さんの言葉に、即座にツッコんだ私。
「五郎くん。」
立ち止まったまま、沖田さんとそんなやり取りをしていると、先程の女性がすぐ近くまで来ていた。
「…もう来んなっつっただろ。」
女性をあしらうように言って、沖田さんがエレベーターのボタンを押す。
「一郎が…一郎の会社が大変なの。」
沖田さんにすがるように言った女性は、どうにか話を聞いてもらおうと精一杯のようだ。
「知らねぇよ。」
冷たく言い放つ沖田さんと、必死の女性の間に、私は割って入ってしまう。
「“一郎”って……。
…アナタは、沖田さんの義理のお姉さんですか??」
私の言葉に、今にもエレベーターへ足を踏み入れようとした沖田さんの動きが止まった。
「アンタ…何で知ってんの。」
私が事情を把握している事を知らない沖田さんは、驚いたように言った。
「…沖田さんは黙ってて下さい。」
沖田さんを制した後に、再び女性に向き直る。
「沖田さんに何の用ですか??」
落ち着いた口調で言うと、女性は目を伏せがちにポツリと話し出す。
「……一郎の会社が倒産しそうなの…。
…だから……お金を工面してもらおうと…」
こんな話をされたら同情するか、情けをかけるかのどちらかが普通の行動だろう。
でも、私の気持ちはそうはいくまいと揺るがなかった。
「…自分から沖田さんを追い出しておいて、今更都合のいい話ですね。」
私の口をついて出た言葉は、女性を罵倒している。
止めようと思っても止められなかった。
「自分の都合で沖田さんを頼るんですか??
そんなの、酷すぎます。」
私が口を出すべきじゃない事は、分かってる。
でも、沖田さんの気持ちを考えたら、我慢できない。
「アナタに何が分かるのよ。」
それまで目を伏せていた女性が、私に向かって急に牙をむいた。
「私は当事者ありません。
だけど……」
私のその言葉の先は沖田さんによって留められる。
「もういいって。」
私をたしなめるように言った後、沖田さんは、女性の方に視線を移した。
「いくら必要なのかは、事務所に言って。
金受け取ったら、もう俺の前に姿を見せるな。」
それだけ言うと、軽く私の背中を押して、エレベーターに乗るように促した沖田さん。
「……五郎くん…
ありがとう…。」
女性の呟きが、背中から聞こえる。
悲しげで、苦しげで…
名付けようのない声だった。
リビングに入るや否や、私は女性にぶつけようと思っていた怒りを、沖田さんにぶつける。
「どうして言う事聞いたんですか!!」
「………。」
だが…
沖田さんからの反応は、言葉になって返って来ない。
「許せないですよ!!
……って、沖田さん??
聞いてます??」
沖田さんを視界に入れると、彼はソファーに体を預けて、仰向けになっている。
「色々聞きたいのは俺の方なんだけど。」
その言葉に、ギクリと肩が強張り、私は視線を泳がせた。
「ななな何ですか??」
動揺の色を隠す事ができず、口をなめらかに動かす事もできない。
「何でアンタが兄貴の事知ってんだよ。」
今更ながら、自分が口をすべらせた事に後悔した。
「……秋本先生に聞きました。」
逃れられないと知って、正直に話すと、沖田さんが苦虫を噛んだような顔をして、口を開く。
「笑顔の押し売り野郎め。
何で俺の周りは口が軽いヤツばっかなんだ。」
笑顔の押し売り野郎って。
優しい先生なのに…。
「違うんです。
私が…無理矢理聞いたんですよ。」
「アンタが??なんで??
何の為に??」
全く分からないと言った様子で、沖田さんが私に疑問を投げかけた。
「知りたかったんです。
沖田さんの事が。
何も話してくれないし…
聞いたら怒るし…」
若干拗ねるような口調で言うと、沖田さんが上半身を起こして、私に手招きをする。
「来い。」
「え??」
沖田さんの行動の意図が読めず、キョトンと聞き返した。
「隣、座れ。」
「もう慣れましたけど、いっつも命令形ですよね。」
「おいで。」
「ごめんなさい。
サブイボたちました。」
「早く来いっ!!」
苛立ったように叫んだ沖田さんは、私の手をグイッと引く。
「うわっ!!」
私の体は、吸い込まれるようにソファーへ……
「アンタ、見かけに寄らず、重てぇな。」
「はっ……!!!!」
気付けば……
沖田さんを下敷きに…。
「俺の骨、折るなよ。
この体、商品だから。」
「ごめんなさいっ!!
すぐ退きますっ!!!!」
慌てて体を起こそうとするが、それを沖田さんの逞しい腕に邪魔される。
「……俺の事…知りたいんだろ??」
私の背中に密着している彼の体。
沖田さんの体温が、制服の上から伝わってくる。
「知りたい……です。」
心臓が、穴という穴から出るんじゃないかと思うくらいに、激しく鳴っていた。
「まぁ…秋本から聞いただろうけどさ。
俺、家族いねぇんだわ。」
誰よりも沖田さんの近くにいるはずなのに……
「…そんな……5人兄弟じゃないですか…。」
心臓が煩くて、沖田さんの声が聞き取り辛い。
「……兄弟っつっても、みんなそれぞれ家族がいるし。
…俺は、その中には入れねぇんだよ。」
秋本先生の言う通りだった。
沖田さんは、ご両親が亡くなって、お兄さんに引き取られたものの、肩身が狭くて……
「…お兄さんの家を出てから……どうしてたんですか??」
沖田さんの痛みを、私にも分けて欲しい……。
私の腰に回る彼の手を握り締めて、心からそう思った。
「ブラブラしてた。
…野宿したり……ナンパされた女の家に泊まったり……。」
沖田さんの表情は、私の後ろにあって見えない。
でも、辛そうな彼の声で、どんな表情をしているのかは分かる。
きっと……
……顔を見られたくないんだ…。
「………。」
そう思うと、何も言えなくなる。
「金はねぇし、でも腹は減るし……
…コンビニで何かパクってやろうと思ってたら、女社長に声掛けられた。」
「そうだったんですか…」
それから暫く、沖田さんの話は続き、彼に起こった色んな出来事を、抱き締められながら聞く。
4人のお兄さんの家から家へ、たらい回しにされた事。
どこにも居場所がなくて、放浪生活を送っていた時の事。
そのどれもが、悲惨である事に変わりはない。
芸能界に入るまで、彼がくぐり抜けてきた人生は、私の想像を遥かに超えるものだった。
「兄貴たちが結婚する前は、ビンボーだったけど、それなりに楽しかった。」
沖田さんは、気持ちを切り替えるように、お兄さんたちとの思い出を語り出した。
「聞かせて下さい。
沖田さんの楽しい思い出も。」
私が言うと、沖田さんの声が笑い混じりになったのが分かる。
「アンタ、ドン引きするかもよ??」
「え??私、滅多な事じゃないと引かないですよ??」
「だよな。俺の本名知っても笑わなかったし。」
“フッ”と笑った沖田さんの息が、耳にかかってくすぐったい。
「引かないですから。
教えて下さい。」
でも、それが心地いい。
「…兄貴の就職祝の時、赤飯が出てくるかと思いきや……」
そこで言葉を切った沖田さん。
気になって、彼を呼ぶ。
「沖田さん??」
寝返りを打つか打たないかの所で、沖田さんは私を腕から離した。
え……??
考える間もなく、彼の影を目で追うと……
「ここで問題です。」
天井があるはずの真上。
でも、それは沖田さんの顔で遮られている。
私の顔の横に手を付いて、彼は私を見下ろしていた。
「問題…??ですか??」
突然出題されて、私の頭に?マークが浮かぶ。
「正解できなかったら…
罰ゲームな。」
「ばっ?!?!」
私の反応を面白がるように、嫌な笑みを浮かべる沖田さん。
「さて、問題です。」
焦る私を無視して、沖田さんは仕切り直した。
「ちょ…待って下さい!!
罰ゲームって……」
「教えねぇ。」
私の言葉を、彼は上から重ねて言った。
「そんな……」
私は諦めるという選択肢しかないみたい。
「ハイ、問題。
…兄貴の就職祝いの時、赤飯の代わりに出てきた物は何でしょう。」
お赤飯の代わりに??
何だろう。
「…うぅ~ん……」
唸ってみるものの、答えは出てこない。
「……10…9…8…」
次第に、沖田さんのカウントダウンが始まった。
「カウントダウン早くないですか?!?!」
「さっさと答えろ。
……6…5…4…」
残り3秒になった時……
私は、一か八かの答えを出す。
「ジャムパン!!!!
お赤飯の代わりに、出てきたのはジャムパン!!」
「………。」
私の答えを聞いた沖田さんは、口をあんぐりと開けて唖然としていた。
「間違ってました??」
お赤飯の代わりにジャムパンなんて……
「……馬鹿。」
やっぱり失礼だったよね……。
「ごめんなさい。
それはいくら何でも…」
「正解してんじゃねぇよアホ。」
……え??
正解だったの…??
「あははは。
罰ゲーム、免れちゃいましたね。」
罰ゲームなんて、誰もが嫌がる事なのに……
「…何でそんな残念そうな顔してんだよ。」
沖田さんの言う通り、私は残念に思ってる。
「……残念そうに見えますか??」
彼になら、何をされてもいいと思ってる私って……
ちょっと危ない女??
「してやろうか??
罰ゲーム。」
「いえ、結構です。」
断ってしまうのは……
建て前??
それとも、意地??
「あっそ。」
あ……
やだ…
離れて欲しくない。
その願いを叶えるように、私の顔に、沖田さんの影が落ちる。
「……えっ。」
「…だったら、正解したご褒美やるよ。」
綺麗な顔が、至近距離に迫り、頬に沖田さんの息がかかった。
ギュッと目を瞑った私の体は、カチコチ。
私の前髪を、彼の熱っぽい手が掻き上げた。
「…これで勘弁しといてやるか。」
沖田さんの唇は、私の額にそっと触れ、ほんの数秒で離れていく。
「…沖田さん。」
目を開いて見ると、さっきまですぐ近くにあった沖田さんの顔はもうなくて……
見えるのは、夕日でオレンジ色に染まる白い天井。
「…寝っ転がってねぇで早く着替えろよ。」
ソファーから体を起こすと、沖田さんがリビングから出て行く背中が見える。
「……はい。」
私は沖田さんの唇が触れたオデコに手をやりながら、小さく返事をしたのだった。
その夜。
もう寝るだけの状態の私は、台所で水を飲んでいた。
あれから沖田さんは普通だけど……
…ドキドキしてるのは私だけなんだろうな…。
彼がどうしてあんな事をしたのか…
沖田さんの気持ちが分からなくて、切なさが募る距離を感じる。
音の出ない溜め息を吐いて、コップを流しに置いたところで……
「なぁ。」
呼び掛けるような声が、私を振り向かせた。
「あ……もう寝てるかと思ってました。」
見ると、沖田さんが食器棚にもたれかかって、腕を組んでいる。
「アンタは??寝ねぇの??」
その体勢のまま、私に問い掛けた沖田さん。
「もう寝ようかと思ってたんですけど……」
見つめ合う状態がくすぐったくて、時計にチラリと目をやる。
針は、11時を回っていた。
「………。」
「………。」
意味の読めない沈黙と夜の静寂に、トクンと胸が音を出す。
とても静かで……
でも、心臓は高鳴っていて……
「………。」
「……っ?!?!」
私が何かを言い出そうとした瞬間、沖田さんが私の腕を捕まえた。
「来て。」
「へっ?!?!」
そのまま、引きずられるようにして、沖田さんの寝室へと歩かされる。
「今まで……仕事の忙しさで、家族の事なんて忘れてた…。」
私を寝室に入れ、ベッドの上に座らせた沖田さんは、寂しげに呟いた。
「ごめんなさい…。
…思い出させちゃいましたか??」
彼を目に映して言うと、小さな返事が聞こえる。
「……うん。」
「寝れないんですか??」
もう一度問い掛けると、今度は無言でコクリと頷いた沖田さん。
「…じゃあ、沖田さんが寝れるまで、側にいますね。」
何の気なしに言った言葉だが、それが思いもよらぬかたちで返ってくる。
「ここがどこか分かってんの??
…ベッドの上で大胆な事言うねぇ。」
「違っ…!!私はそういうつもりで言ったんじゃ……」
慌てて弁解しようとすると、沖田さんは私の唇に人差し指を押し当てた。
「冗談だし。
…でも……側にいてくれる…??」
そう言ってから、ゴロンと寝転がり、彼は私の手を握る。
「……沖田さん。」
彼の名前を呼ぶ私の声は、愛おしさで溢れていた。
「手ぇ、握ってていい??」
消え入るような沖田さんの言葉に、自然と私の首は縦に動く。
「はい。」
「もう一個の手はこっち。」
沖田さんは私のもう片方の手を取ると、自分の頭の上に乗せた。
「はい。」
私が頭を撫で始めると、彼は目を閉じる。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
静かな寝室に、沖田さんのスーッという寝息が流れた。
頭、撫でられるのが好きなんだなぁ…。
そんな事を思いながら、彼の寝顔を見つめるうち、私もいつの間にか眠りについていた。




