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泣き虫男は俺様アイドル  作者: 陽芽子
10/24

生い立ちを知りまして





















◇◆放課後◆◇




「なんか変な感じ。」




迎えの車が来たと連絡が入り、沖田さんと並んで校門まで歩いている私。




「何が変なんですか??」




「放課後まで学校にいる事がなかったから。」




私はこれが普通だけど…


沖田さんは違うんだよね。




「そうですよね。

今まで学校よりもお仕事が優先でしたもんね。」




校門に辿り着き、沖田さんを先に車に乗せる。


続いて、私が乗り込むと、車のエンジン音が響いた。




「昼休みだけど。」




車が走り出した直後に、短い言葉を私に 向けた沖田さん。




「昼休みですか??」




「何してた??」




問い返されて返答に困ってしまう。




「……えっと…」




「学校案内してやろうと思ったのに。」




「えっ??」




そんな事思っててくれたんだ……。




「何だよ。」




「いえ。沖田さんにしては優しいなって。」





嬉しくなって、つい彼を冷やかすように言うと、案の定、沖田さんは顔を歪めた。




「俺がいつも優しくねぇみたいな言い方すんな。」




言った後、沖田さんは私から顔を背けて、窓の景色を見やる。




照れてる時は、いっつもソッポ向くんだよね。




そんな沖田さんを、微笑みながら見ている私。




それから、何を話す訳でもなく、穏やかな沈黙に包まれたまま、マンションの前に着いた。




いつものように先に降りて、沖田さんが座る側の扉を開ける。




車を降り立った沖田さんが、私の背後の光景を見て、無言で眉をひそめた。




気になって振り返ると、女の人が一人、沖田さんを切なげに見ている。




女の人に向かって、沖田さんは“チッ”と舌を打つと、明らかに不機嫌な様子でマンションの中へと足を向けた。




「五郎くん!!」




沖田さんを本名で呼ぶ女の人。


でも、その声に足を止めたのは、私だけだった。




沖田さんは、気に止める事なく、ズンズンと歩いて行く。





女の人を横目に、私は彼を追いかけた。




「あの。呼んでますよ??」




沖田さんの腕を捕まえて言うと、険しい顔が私に向けられる。




「人違いだろ。」




「そうじゃないと思いますけど。」




沖田さんの言葉に、即座にツッコんだ私。




「五郎くん。」




立ち止まったまま、沖田さんとそんなやり取りをしていると、先程の女性がすぐ近くまで来ていた。




「…もう来んなっつっただろ。」




女性をあしらうように言って、沖田さんがエレベーターのボタンを押す。




「一郎が…一郎の会社が大変なの。」




沖田さんにすがるように言った女性は、どうにか話を聞いてもらおうと精一杯のようだ。




「知らねぇよ。」




冷たく言い放つ沖田さんと、必死の女性の間に、私は割って入ってしまう。




「“一郎”って……。

…アナタは、沖田さんの義理のお姉さんですか??」




私の言葉に、今にもエレベーターへ足を踏み入れようとした沖田さんの動きが止まった。





「アンタ…何で知ってんの。」




私が事情を把握している事を知らない沖田さんは、驚いたように言った。




「…沖田さんは黙ってて下さい。」




沖田さんを制した後に、再び女性に向き直る。




「沖田さんに何の用ですか??」




落ち着いた口調で言うと、女性は目を伏せがちにポツリと話し出す。




「……一郎の会社が倒産しそうなの…。

…だから……お金を工面してもらおうと…」




こんな話をされたら同情するか、情けをかけるかのどちらかが普通の行動だろう。


でも、私の気持ちはそうはいくまいと揺るがなかった。




「…自分から沖田さんを追い出しておいて、今更都合のいい話ですね。」




私の口をついて出た言葉は、女性を罵倒している。


止めようと思っても止められなかった。




「自分の都合で沖田さんを頼るんですか??

そんなの、酷すぎます。」




私が口を出すべきじゃない事は、分かってる。


でも、沖田さんの気持ちを考えたら、我慢できない。





「アナタに何が分かるのよ。」




それまで目を伏せていた女性が、私に向かって急に牙をむいた。




「私は当事者ありません。

だけど……」




私のその言葉の先は沖田さんによって留められる。




「もういいって。」




私をたしなめるように言った後、沖田さんは、女性の方に視線を移した。




「いくら必要なのかは、事務所に言って。

金受け取ったら、もう俺の前に姿を見せるな。」




それだけ言うと、軽く私の背中を押して、エレベーターに乗るように促した沖田さん。




「……五郎くん…

ありがとう…。」




女性の呟きが、背中から聞こえる。


悲しげで、苦しげで…


名付けようのない声だった。










リビングに入るや否や、私は女性にぶつけようと思っていた怒りを、沖田さんにぶつける。




「どうして言う事聞いたんですか!!」




「………。」




だが…


沖田さんからの反応は、言葉になって返って来ない。





「許せないですよ!!

……って、沖田さん??

聞いてます??」




沖田さんを視界に入れると、彼はソファーに体を預けて、仰向けになっている。




「色々聞きたいのは俺の方なんだけど。」




その言葉に、ギクリと肩が強張り、私は視線を泳がせた。




「ななな何ですか??」




動揺の色を隠す事ができず、口をなめらかに動かす事もできない。




「何でアンタが兄貴の事知ってんだよ。」




今更ながら、自分が口をすべらせた事に後悔した。




「……秋本先生に聞きました。」




逃れられないと知って、正直に話すと、沖田さんが苦虫を噛んだような顔をして、口を開く。




「笑顔の押し売り野郎め。

何で俺の周りは口が軽いヤツばっかなんだ。」




笑顔の押し売り野郎って。


優しい先生なのに…。




「違うんです。

私が…無理矢理聞いたんですよ。」




「アンタが??なんで??

何の為に??」




全く分からないと言った様子で、沖田さんが私に疑問を投げかけた。





「知りたかったんです。

沖田さんの事が。

何も話してくれないし…

聞いたら怒るし…」




若干拗ねるような口調で言うと、沖田さんが上半身を起こして、私に手招きをする。




「来い。」




「え??」




沖田さんの行動の意図が読めず、キョトンと聞き返した。




「隣、座れ。」




「もう慣れましたけど、いっつも命令形ですよね。」




「おいで。」




「ごめんなさい。

サブイボたちました。」




「早く来いっ!!」




苛立ったように叫んだ沖田さんは、私の手をグイッと引く。




「うわっ!!」




私の体は、吸い込まれるようにソファーへ……




「アンタ、見かけに寄らず、重てぇな。」




「はっ……!!!!」




気付けば……


沖田さんを下敷きに…。




「俺の骨、折るなよ。

この体、商品だから。」




「ごめんなさいっ!!

すぐ退きますっ!!!!」




慌てて体を起こそうとするが、それを沖田さんの逞しい腕に邪魔される。





「……俺の事…知りたいんだろ??」




私の背中に密着している彼の体。


沖田さんの体温が、制服の上から伝わってくる。




「知りたい……です。」




心臓が、穴という穴から出るんじゃないかと思うくらいに、激しく鳴っていた。




「まぁ…秋本から聞いただろうけどさ。

俺、家族いねぇんだわ。」




誰よりも沖田さんの近くにいるはずなのに……




「…そんな……5人兄弟じゃないですか…。」




心臓が煩くて、沖田さんの声が聞き取り辛い。




「……兄弟っつっても、みんなそれぞれ家族がいるし。

…俺は、その中には入れねぇんだよ。」




秋本先生の言う通りだった。


沖田さんは、ご両親が亡くなって、お兄さんに引き取られたものの、肩身が狭くて……




「…お兄さんの家を出てから……どうしてたんですか??」




沖田さんの痛みを、私にも分けて欲しい……。




私の腰に回る彼の手を握り締めて、心からそう思った。





「ブラブラしてた。

…野宿したり……ナンパされた女の家に泊まったり……。」




沖田さんの表情は、私の後ろにあって見えない。


でも、辛そうな彼の声で、どんな表情をしているのかは分かる。




きっと……


……顔を見られたくないんだ…。




「………。」




そう思うと、何も言えなくなる。




「金はねぇし、でも腹は減るし……

…コンビニで何かパクってやろうと思ってたら、女社長に声掛けられた。」




「そうだったんですか…」




それから暫く、沖田さんの話は続き、彼に起こった色んな出来事を、抱き締められながら聞く。




4人のお兄さんの家から家へ、たらい回しにされた事。


どこにも居場所がなくて、放浪生活を送っていた時の事。


そのどれもが、悲惨である事に変わりはない。


芸能界に入るまで、彼がくぐり抜けてきた人生は、私の想像を遥かに超えるものだった。




「兄貴たちが結婚する前は、ビンボーだったけど、それなりに楽しかった。」





沖田さんは、気持ちを切り替えるように、お兄さんたちとの思い出を語り出した。




「聞かせて下さい。

沖田さんの楽しい思い出も。」




私が言うと、沖田さんの声が笑い混じりになったのが分かる。




「アンタ、ドン引きするかもよ??」




「え??私、滅多な事じゃないと引かないですよ??」




「だよな。俺の本名知っても笑わなかったし。」




“フッ”と笑った沖田さんの息が、耳にかかってくすぐったい。




「引かないですから。

教えて下さい。」




でも、それが心地いい。




「…兄貴の就職祝の時、赤飯が出てくるかと思いきや……」




そこで言葉を切った沖田さん。


気になって、彼を呼ぶ。




「沖田さん??」




寝返りを打つか打たないかの所で、沖田さんは私を腕から離した。




え……??




考える間もなく、彼の影を目で追うと……




「ここで問題です。」




天井があるはずの真上。


でも、それは沖田さんの顔で遮られている。


私の顔の横に手を付いて、彼は私を見下ろしていた。





「問題…??ですか??」




突然出題されて、私の頭に?マークが浮かぶ。




「正解できなかったら…

罰ゲームな。」




「ばっ?!?!」




私の反応を面白がるように、嫌な笑みを浮かべる沖田さん。




「さて、問題です。」




焦る私を無視して、沖田さんは仕切り直した。




「ちょ…待って下さい!!

罰ゲームって……」




「教えねぇ。」




私の言葉を、彼は上から重ねて言った。




「そんな……」




私は諦めるという選択肢しかないみたい。




「ハイ、問題。

…兄貴の就職祝いの時、赤飯の代わりに出てきた物は何でしょう。」




お赤飯の代わりに??


何だろう。




「…うぅ~ん……」




唸ってみるものの、答えは出てこない。




「……10…9…8…」




次第に、沖田さんのカウントダウンが始まった。




「カウントダウン早くないですか?!?!」




「さっさと答えろ。

……6…5…4…」





残り3秒になった時……


私は、一か八かの答えを出す。




「ジャムパン!!!!

お赤飯の代わりに、出てきたのはジャムパン!!」




「………。」




私の答えを聞いた沖田さんは、口をあんぐりと開けて唖然としていた。




「間違ってました??」




お赤飯の代わりにジャムパンなんて……




「……馬鹿。」




やっぱり失礼だったよね……。




「ごめんなさい。

それはいくら何でも…」




「正解してんじゃねぇよアホ。」




……え??


正解だったの…??




「あははは。

罰ゲーム、免れちゃいましたね。」




罰ゲームなんて、誰もが嫌がる事なのに……




「…何でそんな残念そうな顔してんだよ。」




沖田さんの言う通り、私は残念に思ってる。




「……残念そうに見えますか??」




彼になら、何をされてもいいと思ってる私って……


ちょっと危ない女??




「してやろうか??

罰ゲーム。」





「いえ、結構です。」




断ってしまうのは……


建て前??


それとも、意地??




「あっそ。」




あ……


やだ…


離れて欲しくない。




その願いを叶えるように、私の顔に、沖田さんの影が落ちる。




「……えっ。」




「…だったら、正解したご褒美やるよ。」




綺麗な顔が、至近距離に迫り、頬に沖田さんの息がかかった。




ギュッと目を瞑った私の体は、カチコチ。




私の前髪を、彼の熱っぽい手が掻き上げた。




「…これで勘弁しといてやるか。」




沖田さんの唇は、私の額にそっと触れ、ほんの数秒で離れていく。




「…沖田さん。」




目を開いて見ると、さっきまですぐ近くにあった沖田さんの顔はもうなくて……




見えるのは、夕日でオレンジ色に染まる白い天井。




「…寝っ転がってねぇで早く着替えろよ。」




ソファーから体を起こすと、沖田さんがリビングから出て行く背中が見える。




「……はい。」




私は沖田さんの唇が触れたオデコに手をやりながら、小さく返事をしたのだった。





















その夜。




もう寝るだけの状態の私は、台所で水を飲んでいた。




あれから沖田さんは普通だけど……


…ドキドキしてるのは私だけなんだろうな…。




彼がどうしてあんな事をしたのか…




沖田さんの気持ちが分からなくて、切なさが募る距離を感じる。




音の出ない溜め息を吐いて、コップを流しに置いたところで……




「なぁ。」




呼び掛けるような声が、私を振り向かせた。




「あ……もう寝てるかと思ってました。」




見ると、沖田さんが食器棚にもたれかかって、腕を組んでいる。




「アンタは??寝ねぇの??」




その体勢のまま、私に問い掛けた沖田さん。




「もう寝ようかと思ってたんですけど……」




見つめ合う状態がくすぐったくて、時計にチラリと目をやる。


針は、11時を回っていた。




「………。」




「………。」




意味の読めない沈黙と夜の静寂に、トクンと胸が音を出す。





とても静かで……


でも、心臓は高鳴っていて……




「………。」




「……っ?!?!」




私が何かを言い出そうとした瞬間、沖田さんが私の腕を捕まえた。




「来て。」




「へっ?!?!」




そのまま、引きずられるようにして、沖田さんの寝室へと歩かされる。




「今まで……仕事の忙しさで、家族の事なんて忘れてた…。」




私を寝室に入れ、ベッドの上に座らせた沖田さんは、寂しげに呟いた。




「ごめんなさい…。

…思い出させちゃいましたか??」




彼を目に映して言うと、小さな返事が聞こえる。




「……うん。」




「寝れないんですか??」




もう一度問い掛けると、今度は無言でコクリと頷いた沖田さん。




「…じゃあ、沖田さんが寝れるまで、側にいますね。」




何の気なしに言った言葉だが、それが思いもよらぬかたちで返ってくる。




「ここがどこか分かってんの??

…ベッドの上で大胆な事言うねぇ。」





「違っ…!!私はそういうつもりで言ったんじゃ……」




慌てて弁解しようとすると、沖田さんは私の唇に人差し指を押し当てた。




「冗談だし。

…でも……側にいてくれる…??」




そう言ってから、ゴロンと寝転がり、彼は私の手を握る。




「……沖田さん。」




彼の名前を呼ぶ私の声は、愛おしさで溢れていた。




「手ぇ、握ってていい??」




消え入るような沖田さんの言葉に、自然と私の首は縦に動く。




「はい。」




「もう一個の手はこっち。」




沖田さんは私のもう片方の手を取ると、自分の頭の上に乗せた。




「はい。」




私が頭を撫で始めると、彼は目を閉じる。




「おやすみ。」




「おやすみなさい。」




静かな寝室に、沖田さんのスーッという寝息が流れた。




頭、撫でられるのが好きなんだなぁ…。




そんな事を思いながら、彼の寝顔を見つめるうち、私もいつの間にか眠りについていた。





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