みかんがおちた
日常。それは普通の人にとっては普通のことでしかない。
ボク――知多八作の場合は違う。一般人なんかと一緒にされていいわけが無い。
ボクはよく「みかん顔」と言われる。ソバカスは多いし、なんか顔色も黄色っぽい。おまけに柑橘系の匂いがするなんて言われたこともある。
コンプレックスだ。でもそれも一つの個性だと思って生きてきた。そんなボクの一般人としての日常。
いとも簡単に、バラバラと崩れ落ちた。
あの日。
朝起きると、ボクはミカンになっていた。
いや、起きたという概念があったのかどうかはわからない。ただひたすらに、みかんだった。
周りには何もない。ミカンであるボクが存在するだけ。
喋ることや動くことは勿論のこと、思考すらままならない。
やがて、ボクは考えるのをやめた。元々ポジティブな性格で、よく柑橘系男子と言われたものだ。
ふと、周りが明るくなった。視覚などなかったが、なんとなくそう感じたのだ。
そこはベットの上だった。
夢だったのだ。
ボクはそう信じていたさ。学校に行くまでは。
ボクはいつも通り、自転車で登校した。いつもと同じ時間、日常的行動。
そこまではなんとも思わなかった。
事が起きたのは靴を履き替えている時だった。
上履きを履いていると、幼なじみの渥美さんがやってきた。
「おっ、おはよう知多君!」
「やぁ、相変わらず元気そうだね」
渥美さんはとても笑顔が可愛い子だ。ぶっちゃけると、惚れていた。
「うん、知多君も相変わらず柑橘系だねっ!てかなんかいつもよりいい匂いする」
顔を近づけてくる。天真爛漫な彼女の行動は年頃の男の子にとってどんな影響を及ぼすのか知らないのだろう。ボクは胸が高鳴ったが、流石に恥ずかしかったので、離れようと思った。
その時。
彼女はそのままボクに噛み付いてきたんだ。
甘噛みなどではない。獲物を食うライオンのような噛み付き方だった。
「痛ッ!? ちょ、やめ、」
彼女は噛み付いたままはなさない。激痛に耐えきれず、思わず彼女を強引に振り払った。
ドッと倒れる渥美さん。ボクは我に返って駆け寄る。
「ご、ごめん大丈夫!?」
「いたた、あれ、あたし何を……?」
「いきなりどうしたの、噛み付いたりして」
渥美さんに問う。すると、渥美さんがボクのことをボーッと見ていることに気がついた。
そして、口の端には涎がついていた。
そこからは本能が働いたのだろう。全力で渥美さんから逃げた。教室に駆け込むと、みんなビックリしていたが僕はそれどころではなかった。
まだ痛む噛まれた右肩を確認すると、少し血が滲んでいた。制服越しにわかるのだから相当なものなのだろう。
「おい、その肩大丈夫か?」
後ろの席の男鹿君が心配そうに声をかけてくれる。ボクは笑ってごまかしたが、保健室に行こうにも渥美さんが怖くて教室から出れない。
そう思っていた矢先。
僕の左肩に激痛が走った。
「痛ッ!? な、何やってんだよ男鹿!!」
男鹿が左肩に噛み付いていたのだ。
男鹿は体育会系で、そのせいもあるのか渥美さんとは断然に痛みが違う。肩の筋肉が断ち切れそうだった。
「だれか!助けてくれ!」
幸い教室には14,5人、生徒がいたので助けを請うことは造作もないはずだった。
それすらも叶わなかった。
みんながみんな、目を輝かせてボクに襲いかかってきたんだ。
ボクは命の危険を感じた。本能がまた働いたんだろうか、全力で振り払い、教室を飛び出した。
職員室に駆け込み助けを呼ぶが、ここもダメだ。学校を飛び出し、近くの交番に行ったがそこもダメだ。
そのうち町中のみんながボクに噛み付きに来たんだ。まるで美味しそうな食べ物に釣られるかのように。
そしてボクは捕まり、手足をちぎられ、首を切られ、みんなに美味しそうに食べられた。
気がつくと、ボクはみかんになっていた。
そしてまた起きて学校に行って、逃げて、捕まって、食べられた。
気がつくと、ボクはみかんになっていた。
そしてまた起きて学校に行って、逃げて、捕まって、食べられた。
気がつくと、ボクはみかんになっていた。
そしてまた起きて学校に行って、逃げて、捕まって、食べられた。
日常ってこんなに楽しいものなんだね。