【競作】夏の夜の回顧録
第七回競作イベント、夏のファンタジックホラー祭り開催!
本作は競作『起承転結』の『起』であります!
お題は『肝試し』。色々ありますよね、ええ、色々。
ファンタジックホラーというジャンルに相応しからぬ(原文ママ)出来だと自負しております。
起承転結と銘打たれていますが、私の作品は連作ではなく曖昧なつながりのみ意識しておりますので単独でお楽しみいただけます。
「部長が主催する肝試し、お前も行くの?」
『いいや、俺はよしておくよ。一回行けば懲りるからな』
「そんなに怖いのか」
『まあ、行けば分かるよ』
なぜ疑問を抱かなかったのか。
我が栄えある第一オカルト研究会の部長にして、アダルティな魅力を持つ大人の女性。部の活動を引っ張る精神的支柱であるところの彼女が開催する肝試し大会は、なぜかいつもいつも不評だった。
一度でも参加したことのある人にはひと通り様子を聞いてみたのだが、一人は口に手を当ててもう行きたくないとゲロ吐きそうな顔になり、一人は慌ててトイレに駆け込んでリバースした。一人はお腹をさすってその場にうずくまって、一人はその名を聞くだけで泣きながら「もういいですからーっ」と叫んで逃げ出した。再度の参加の誘いがくるとみんな気まずそうに断った。
今にして思えば、おかしいことだらけだったのだ。
我ながら馬鹿であると思うのだが、それらに一切疑問を抱かず、明日への希望にてかてかと満ち溢れていた。
なぜ疑問を抱かなかったのか。
愚かな俺、可哀想な俺。
これは回顧録である。あるいは後悔録としてもいいかもしれない。
俺には、この回想の中の俺がこれから出会う悲劇を、今でもありありと思い出せる。
というか、ついさっきのことだ。思わず吐き出したい気分だ。だからこうして、死ぬ前のひとときでノートに書き取っているのだが。
なぜ疑問を抱かなかったのか。
何度でも繰り返そう。この悲劇を後世の人間が免れることができるように。
回想を進めよう。
俺は、部長の告知通り、午後九時の学校に忍び込んで指定された場所で待機した。夜遊びはしないたちだったので、こうした校則から外れた感じのワルをするだけで無意味に興奮していた。真っ暗な家庭科室にあった光源は手持ちのライトの乏しい光だけしかなかったから、気づかないところで恐怖心も感じていたのかもしれない。
しばらくすると美貌の部長がやってきた。つやつやした白すぎる肌、ぎょろりと大きな目、長い黒髪。映画『リング』の貞子そっくりだ。可愛い。超可愛い。
俺はデレデレしながら挨拶したり、雑談を振ったりしたはずだ。少しばかり記憶が曖昧だが、そんな会話をしたような気がする。
そして予定の時間になっても他の参加者は来なかったので、どうやら今日の参加者は俺だけらしいと気づいた。
(まさか! 二人っきり!? ヤッター)
その時の俺は体温の上昇を感じていたのかもしれないが、いずれにしても正常ではなかったのは確かだ。健全な男子が暗い部屋で大人の女性と一緒なんてシチュエーションでは期待するなという方が無理だろう。
そんな淡い期待は、やってくる恐怖によって脆くも打ち砕かれるのだが。
「今日の参加者は一人ですか……仕方ありませんね。では、さっそく肝試しを始めましょう」
若鶏のさえずりのような健康的で美しい声。部長一生ついて行きます、なんて馬鹿なことをこのときは考えてたはずだ。
部長は、無言で別の部屋へ引っ込んでいった。そして戻ってくると、ああ思い出すのもおぞましい、恐怖の物体をその手に抱えていたのだ。
ねちょっとした湿り気のあるモノ。柔らかな印象とは裏腹に、赤黒く禍々しさを感じさせるカラーリング。
俺はこの期に及んで理解をしていなかった。
「なんですか、それは?」
恐怖が、やってくる。
「肝です」
それを聞いた俺はきっと目が点になったことだろう。
「……なんですか、それは?」
わけがわからず繰り返した。
「だから肝ですってば」
至極真面目な表情で部長は言った。
俺は混乱していた。
いいや、そのときには薄々気づいていたのだろう。気づいてしまっていたのだろう。
「なんなんだ……なんなんだ……」
重圧を感じていた。なぜかこのあと取り返しの付かないことを聞いてしまう気がびんびんとしていた。
そうして部長はぶっちゃけた。
「牛の肝です。肝臓です。レバーです」
「なん、だと……?」
「これは近江牛のですね。いけてますよ」
そう。これは肝試しだった。
だけどただの肝試しじゃない! 自身の肝を試すほうのではなく、テイスティング系の試すだったんだよ!
な、なんだってー!?
さて、この手記をご覧の賢明なる皆様はおわかりだろう。俺はこのあと、生レバーを死ぬほど食べた。舌がおかしくなるぐらい食べた。死ぬ一歩手前まで食べた。食中毒にかかって中毒死する恐怖と格闘しながら必死に食べた。そして部長の「おいしいですか?」という穢れなき笑顔に答えるために嘘をつきながら必死に食べた。
特殊相対性理論とかなんとかで、試食会の時間は無限にも感じられた。何度、胃の中のレバーが蛙よろしく大海を知ってしまうところだったか、それを堪えきった回数を数えたくはない。
「おいしかったですね。ブレイクしましょうか」
先輩の休憩を告げるその一言を聞いただけで涙が出るかと思った。
そして、なぜ疑問を抱かなかったのか。休憩中、俺はへらへらと薄っぺらい感想を言って、吐き気を必死にごまかしていた。
休憩を告げるということは、そのあとにまだ続くということに。そして休憩が明ける。
部長は魔の一言を放った。
「次は牛肉以外を行ってみましょうか」
さて、この手記もいよいよ書く時間がなくなってきたようだ。
部長が冷蔵庫のある部屋から戻ってくるまでのたった数分間だったが、これを見るものに警句を残せたことは死にゆく俺にとって望外の成果だといえるだろう。
願わくばより多くのものに、この警鐘が聞こえるとよいのだが……
「夏の生レバー、ダメゼッタイ」
【――手記はここで途絶えている――】
P.S
これはあとで聞いた話で余談なのだが。
部長は実は高校を二年間留年していて年齢的にも大人だが、その理由が生レバーを食べたことが原因の食中毒による入院だったらしい。
一発ネタだった。やりたかった。反省はしている。
厳密に言うとレギュレーション違反ですかね? そうですか、すいません、どうしてもやりたかったんです!!