9. 『ぽんぽこ大戦争』は命がけ
随分前の話になる。
これは俺も古参の“アンダーワールド”参加者から聞いた話なので、細部についてよく知らない事をあらかじめ了承してから聞いてもらいたい。
とある“祭り”での話だ。
その“祭り”で投入された新種の魔物は、たったの一種類だった。
時には三・四種類ぐらい投入されるので、その時“祭り”に参加していた奴らは割と気楽に構えていたらしい。
俺が聞いた古参の奴も自分の身を守る事を考えながら、これなら楽勝だろうと思っていた。
だが、そこが“アンダーワールド”クオリティ。たまに本気になった神様は、天災となって俺たちに突如襲いかかって来る。
さて、その“祭り”で現れた魔物は名前を『ポコ太』といった。
その古参は名前からして弱そうだと思ったらしいのだが、実際弱かったのだが、ただただ可愛かった。
全体的に丸々したタヌキみたいな姿で、手に乗るくらいに小さく、額に木の葉を載せている。つぶらな瞳は女性の心をつかんで離さない。
結果、こいつは今回のにゃんとらーと同じように、一部の動物愛護精神を激しくかき乱し、敵味方入り乱れる大乱戦となった。
これだけ聞くと何やってんだアホと思うだろうが、いくつか“アンダーワールド”と他の世界の違いについて考慮してもらえると、彼らの心境を理解してもらえるのではないだろうか。
この世界には魔物がいる。というか、より正確には魔物以外の生物がほとんどいない。
しかも他の生物もまるで、ゲームでモンスターが現れるみたいに、急にこの世界に放り出される。
彼らは転生したわけでもなく、単純に過不足なく行き渡るよう神様に数を調整されるのだが……この部分が大きな問題を引き起こしていた。
この世界の生物は大人の状態でこの世界に放り出される。そして、どうしても魔物がいるためすぐに絶滅してしまう。
また、どの程度数が増えてもいいか、つまり、どの程度の生殖能力を持たせればいいかという事も、この世界で実験されているため、そもそも子供を持たない種も多い。
これらせいで、ほとんどの生物は子供を持てない状態で生まれ、魔物や人に食われなかったごく一部しか子供という個体を生みださなかった。
つまりこれらの条件によって、小さく弱い生物では生きられず、大きい生物は初めから大きいため、可愛らしい生物が限りなく少ないという状態になる。
一方、多くの動物好きたちは人知れず禁断症状に陥っていた。
「普通の……普通の犬がモフモフしたい」
「猫が飼いたい……いや、この際もうドブネズミですらかまわない」
「モフモフモフモフモフモフモフモフー」
このような状態である。
このような変態である。
彼らの欲求不満はポコ太を前にして爆発した。
「これが……新しいスタンダードか!」
「神は俺たちを見捨てなかった!!」
「モフモフッ!!?」
そしてもう一つ重要なのがこの世界での“死”の軽さである。
来世に転生する事が分かっている“アンダーワールド”参加者にとって、それは特別な目的がない限り恐ろしく軽い。
少なくとも、くだらない事に命をかけ、くだらない理由で人を殺せるぐらいには。
そして、乱戦が開始されてすぐ、新たな異変が起きた。
「あれ、お前さっき後ろの方にいなかった?」
「え、俺ずっと前線にいたんだけど」
「おい、お前なんで二人いるんだ!?」
「え、ちょ、お前……俺!?」
ポコ太唯一の取り柄である、変化能力がさく裂したのである。
元からの同士討ちに、同じ姿をした第三勢力の介入が重なり、事態は混迷を極めた。
よく見れば尻尾が出ているのだが、恐慌状態に陥った初心者層と、ポコ太愛護団体の暴走は、“アンダーワールド”史上初の“祭り”での敗北を濃厚にしていた。
しかしその時、古参たちの重い腰が上がった。
神様は“祭り”で敗北した場合どうなるかを明示していない。
それはつまりどうなるか分からないという事である。そして古参たちは“アンダーワールド”クオリティをよく知っている。
まさかとは思うが、全員転生させられるという事もあり得なくはないと思い始めたのである。
それからは早かった。
熟練した彼らは個々のスペックでもって戦場を駆けまわり、尻尾つきの変化ポコ太を片っ端から倒していった。
彼らにとってこの戦いで一番困った事は、初心者・中級者層がポコ太が全滅して“祭り”が終わった事に気づかず、延長戦をやり続けた事だったらしい。
その余りの酷さに神様が介入して戦いを止め、古参たちは戒めとしてこの話を方々に吹聴して回ったそうだ。
そしてこの戦争は、一歩引いて戦況を見ていた古参の一人が、
「『ぽんぽこ大戦争』だーー!!!」
と叫んだ事により命名された。
二種類ほど映画のタイトルを混ぜている気がするのだが。また、後半の映画のCMがそんな感じで叫んでた気もする。
それはさておき、これが後の“アンダーワールド”で『ポコ太の内乱』『ぽんぽこ大戦争』『QB事件』などと好き勝手言われている、残念な事件の全貌である。