8. 動物愛護は命がけ
俺たちが放り出されたのはニルデアの町の外。
町をぐるりと囲む城壁が後ろにあり、周囲には凹凸の少ない草原地帯が広がっている。そして、それらを大きく半透明な赤い壁が覆っている。
これはオンラインゲームでお馴染みな戦闘エリアのようなもので、あの円の外には“祭り”が終わるまで出られず、また、町の中にも入れない。
“祭り”の勝利条件は全ての魔物の撃破で、敗北は滅多にないが町が復興不可能なほど破壊されたり、全滅すれば勿論アウトである。
「あ、キョーイチさーん!!」
そして俺唯一の敗北条件であるアイズは、俺の近くで手を振っていた。
俺はそれに適当な返事をして他の奴らを見まわす。
それなりの顔触れがそろっていた。
知ってる顔はアイズを始め、ギルドマスターアルダと残念なソーイチ君。あとは数人の顔見知り程度の奴らだけだった。
人数的には数百人くらいいるんじゃないだろうか。
その中に、オレンジ色でボロイ服を、青い帯で占めている一団が三十人くらいいる。本職の『カメハメロケット特攻隊』のみなさんである。
“祭り”では主に空を飛ぶ魔物や動きの速い魔物を担当する事が多いが、毎度毎度新しいチートの使い方を考案しては失敗し続けている残念な方々である。
その割にチーム内の結束は固く、コスプr――ユニフォームを着て皆さん気合を入れていらっしゃる。
「今日も頑張れよー特攻隊」「足引っ張んじゃねぇぞ」「今日も綺麗な逆噴射、期待してますねーwww」
明らかに応援ではない様々なヤジが飛ぶ中、彼らの結束はさらに強くなっていくのだろう。
その中に、一人変な奴が混ざっている。
終始おどおどしながら周りを見回しているあたりが、“祭り”未経験の初心者である事を表している。
「おい、あれ誰だ?」
「ああ、あの子新入りですよ。確かドロシーちゃんとかいう」
答えてくれたのはアイズ。
それにしても珍しい。最近色んなアニメが増えたせいであのチートは減少傾向にあるし、何より女の子である。
コリスと同じ金髪だが、目は茶色い。長い髪をツインテールにしている。
ちなみに、おそらく同じ世界の人で外国人だが、言語に対しては「小説家になろう」のような言語チートはこの世界にも完備されているので問題ない。
「でも、なんかちょっと違うらしいですよ?」
「何が?」
「何でも、確かに衝撃波を飛ばすタイプのチート持ちらしいんですけど、出力が安定しないらしくて。ついたあだ名が『あやふや☆ロケット』とか言うらしいです」
「なんだそりゃ?」
元ネタが俺には分からないが、どうやらそもそもが残念な特攻隊の皆さんの中に、さらに残念なチートで入隊したようだ。
俺がそんな事を考えているうちに、遠くの方で雄たけびのようなものが上がった。
どうやら、魔物が投入されたらしい。
「やっほーみんなー、今回の魔物は全部で二種類だよー!!」
神様からの不思議な通信が、俺の頭の中に響いた。
「地面に居る方が『にゃんとらー』。見かけの割に速くて力強いから気をつけてね。空飛んでる方が『ドクロプテラ』。硬くて凶暴だから頑張ってー!!」
俺はその解説に違和感を覚えて、頭の中で言葉を強く念じる。こうする事で、通信中の神様に返事を出来る事は経験で分かっている。
「オイまさか、それ前の『ぽんぽこ大戦争』の改良版じゃないだろうな!!?」
「……れでぃごー!!」
「待て、何だ今の間は!!?」
俺は嫌な予感を覚えて前線まで走る。一応コンビを組んでるコリスは驚きながらも、好奇心旺盛なアイズは特に意味もなく、俺について来た.
前線では、既に戦いが始まっていた。
炎が飛び、雷撃がほとばしり、氷が辺りを銀世界に変えている。
そして、炎を放った奴と氷を放った奴が邪魔するなと喧嘩を始めていた。
雷撃を放ったバカは右腕が感電したらしく「お、俺の右腕がうずくぜぇ」と言いながら倒れた。元気そうでなによりだ。
さてそんな中、一部で別の混乱が起きている。
それは珍しく、初心者のチート無双しようとしている突出組ではなく、前線の少し後ろでカバーに奔走している中級者層で波紋を広げている。
「な、なんだあの魔物は!?」
「まさか、『QB事件』の再来か!?」
俺はその一言で予想が的中した事を悟った。
最前線にいる魔物を見る。
おそらくあれがにゃんとらーという魔物なのだろう。
全体的に虎猫のような姿で、つぶらな瞳、小さなモフモフした体、しなやかな尻尾。ああ、なんて……
「なんて可愛いんだーーー!!!?」
そう絶叫して中級者層の一部、主に女性が走って行った。
そして、そのうち恐れずににゃんとらーをモフり尽くし始めた方々は、彼らの目が怪しく輝いている事に気づかない。
そのまま、がぶりと噛みつくにゃんとらー。
思う存分モフモフしている彼らは、気づいた時には遅く転生してしまっていた。
「な……なんてこった」
「だめだ、魔物だと分かっていてもあのモフモフ……」
「攻撃できるわけないじゃないか!?」
一部に衝撃が走る。
そして、その後は俺の予想していた通りだった。動物愛護の精神にやられた一部の奴らが、にゃんとらーへ攻撃する初心者層に待ったをかけたのだ。
「邪魔だどけ!」
「どきません。こんな可愛い子を攻撃なんて許せない!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
「モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフー!!」
「戦うなんてダメだわ……ほら、このつぶらな目をよく見てみなさい」
「獲物を見てる目ですけどそれ!!?」
もはやカオスである。
「どうなってるんだ、キョーイチ?」
「『ぽんぽこ大戦争』の再来だな」
「なんですかそれ?」
仕方ない、と俺はアイズに説明してやる。
かつて『ある意味史上最悪の“祭り”』と騒がれた、『ぽんぽこ大戦争』の全貌を。