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76. エンディングは命がけ

「うん、こんなもんかな?」「うおっしゃぁぁぁあああ!!」「どうやら、何とか借りは返せたようですね」「終わったー!」「モフモフー!」「うぁ、これで終わり――ですよね?」「今夜は飲むぞぉぉおおお!」「どんなもんだよ、なぁオイ!!」


様々な歓声が上がる中で、


「キョーイチ!!」

「うぉあ!!?」


俺が倒れてしまうぐらいの勢いでコリスが抱きついてきた。倒れた拍子に視界が一瞬真っ暗になるほど、頭をぶつける。

いや、実際にほんの数瞬間、暗くなったのだ。

なにせ、今俺はこの世界を支えているのだから。


「やったぞ、ついにあいつは……終わった。終わったんだ」


コリスの顔を見て一瞬てれるも、すぐにアウルの事を思い出した。


「そうだな……」


俺は飛びついた拍子に落ちたつば広帽子を拾うと、コリスの頭にかぶせてやった。

今のコリスはアウルの解放を喜んでいる。それはいいんだが、どういう訳だか微妙にもやもやするのだ。


「どうした?」


見た事がない程の笑顔で首をかしげるコリスを見ても、むしろその笑顔を見れば見るほどに、その気持ちはなぜだか大きくなる。

……これから、それを俺は、失うのだから。


「いや……何でもない」


暗くなりそうな気持ちを抑えて、コリスの姿をよく見る。最後に目に焼き付けるように。


「どうしたんだキョーイチ? さっきから変だぞお前?」

「何でもねぇよ」


俺は顔をそむけながらも、心の中で思った。


(おいおいふざけんなよ)


俺は誰とにでもなく悪態をついた。

アウルを殺した瞬間、俺はアウルから神様が行っている仕事を引き継いだ。


しかしその内容は、俺の予想をはるかに超えていた。


太陽の軌道や日照量の調節、惑星自転速度への介入、果ては気流や地熱の調節まで、この惑星が人の住める状態にするために必要な条件のほとんどが、神様の干渉を受けていた。


「変わった奴だな。いや、元々そうか」


随分と失礼な事を言ってくれるコリスの頭に、手のひらをのせる。くしゃくしゃ、と細い金髪をなでた。

とにかくコリスを引き離さないと……会話はともかく、今の状態で思考をあまり他に割けない。気を抜いた瞬間、色々と大変な事になりそうだ。

こんなに壊れそうな世界を、神様は無理やり人の住める環境に改造していたというのか。


「お、おい、何をするんだ!?」

「抱きついてきておいてよく言うな」


今さらながら恥ずかしくなったのか、コリスに突き飛ばされ、俺からそのぬくもりは離れた。

名残惜しい一方で安堵をおぼえた。処理がどうしたって追いつかない。最低限必要な事だけでもこうなのだ。とてもじゃないが今の俺に世界を回すだけの力はない。


「うるさい……こんな時ぐらいいいだろうが」


後半はか細い声で。

俺は「小説家になろう」の一部の主人公のように突発性難聴持ちじゃないので普通に聞こえたので、座ったまま両手を広げてスタンバってみた。

大鎌の棒で頭を小突かれた。照れ隠しにしても強すぎて、また一瞬、視界が暗転するかと思った。


(これは……まずいよなぁ)


今の衝撃ですら、微妙に太陽ががくりとぶれた……気がした。

どうにもこの惑星の太陽はこの惑星の周りを回っているらしいのだが、それは元々あった別の太陽――おそらく今はもう燃え尽きたのだろう――の代わりに打ち上げたものらしく、常にチートを燃料代わりに差し出しながら、軌道を制御しなければならない。

しかもこいつを空に浮かべるとこの惑星の自転に干渉し始めるため、それもまた修正しなければならないというアンバランス設計。


(ばれてるのか……やっぱり)


コリスに抱きしめられながらも、どうしても、コリスの相手をする余裕がない。


こういう時(・・・・・)ぐらい、素直になってくれてもいいだろう」

「こういう時ぐらい、いつも通りでいたいって思う奴もいるんだよ」


ぎゅ、と一瞬だけお互いに力を入れた後、離れた。この一瞬だけを、俺は深く深く、心に刻む。


そしてコリスの泣き笑いのような表情を見て――


――ガキン。と。


俺の剣と大鎌が、交錯した。


ご都合主義(ハッピーエンド)回避したら、やっぱりそれ以外の……当然の結末(バッドエンド)になる訳か」


主人公が足掻けば物語がハッピーエンドになるというのならば、きっと俺は主人公じゃないだろう。

コリスを泣かせ、どころかこのままだとこの世界全体をバッドエンドにしてしまう。




俺は結局勇者じゃなくて魔王だったのかもしれない。




そもそも、アウルの用意した条件下でなら俺とコリスはずっと一緒にいられたのだから。

俺やコリスがアウルに干渉さえしなければ、もしかしたらあいつはあのまま神様をやり続けたかもしれない。平和な“アンダーワールド”の中で、今もバカやっていられたのかもしれない。


だが、そんなのは俺の性に合わなかった。


アウルに用意された環境で幸せを謳歌する事は出来ない。

それはコリスがアウルを開放してやりたいと言った事に対する裏切りで、同時に俺自身がアウルに勝てないと認めるという事で、嫌だった。

あいつの思い通りになるのがたまらなく嫌だった。


……違う。

認めよう。俺はアウルに嫉妬していた。その強さやコリスへの影響力に、対抗心を見せていた。

俺はあいつからコリスを遠ざけたかったんだ。


(そんなバカで下らない事で……!!)


だが、後悔はしていない。

きっとアウルとの決着がつかなければ、コリスはずっと心の底からの笑顔を見せてはくれなかっただろうから。

俺はコリスに一度、アウルを倒したと言った事があった。

神域から帰ってすぐの事だ。


「そうか……」


と、コリスは浮かない顔をした後、それっきり黙ってしまった。

てっきりアウルが死んで複雑な心境だと思ったのだが、すぐに違うと分かった。コリスは違和感を感じていたのだろう。

それが理屈なのか直勘なのか、それ以外の何かなのかは分からなかったが、俺はすぐにアウルが生きている可能性を自白するはめになった。


「そうなのか……?」


コリスはそう、不思議そうに首をかしげた。

理由を聞くと、なんとコリスは神様がアウルだと思っていたというのだ。先ほど俺がアウルに確認してそれは間違いだと分かったが、彼女はこの世界に来てからずっと、神様がアウルではないかと疑っていたのだという。

言われてみればコリス、精霊の森に飛ばされる直前、アウルを指して「神の名を騙る悪魔」という表現を使っていた覚えがある。

それは今までの神様=人間説では説明がつかなかったが、神様=アウルだとコリスが思い込んでいたのなら説明がつく。

……皮肉にも、その後アウルは実際に神様の座を奪った訳だが。


そうして今俺が神様の座にあるのである。


しかし、俺は正直、なめていた。

コリスにアウルの事を打ち明けた後、俺は神様の能力では世界を支えたりしないと約束していた。

アウルの死後は各チート持ちをうまく回して“アンダーワールド”を維持するようにすると言い、実際俺はそうできると思っていた。


だが、現実はたやすく俺の予想を裏切った。

あり得ない規模での世界への干渉、片時も目を離せないほどに繊細な操作、神様のチートを用いても追いつかない膨大な処理。

とてもではないがどの仕事も、神様のチート以外で出来る仕事ではない。

おまけに、俺が世界に干渉すればするほど、俺の存在がこの世界のシステムと化し、変質していくのが分かった。


(何が俺が神様になる必要はないだあのヤロウ!!)


このまま干渉し続けると、俺は様々な制約を受けるようになるのだろう……例えば、自分の意思に関係なくこの世界の維持をやめられなくなったり、人間に平等に接するように――特定の人物をひいき出来なくなったり。神様のように、世界という巨大な何かに、俺はからめとられそうになっている。

体の末端がまるで根のように、世界に深く深く食い込んで行く感覚があった。吸い取られているのは俺の方だが。


「どうしても……やるのか?」

「ああ」


コリスの返事を聞いた後、俺は周囲にいた仲間たちに結界のようなものを張った。

これで俺たちの攻撃があいつらを巻き込む事はないし、あいつらも俺たちに干渉は出来ないだろう。


「今の俺、強いぜ」

「ああ、知ってるよ」


俺の剣とコリスの大鎌が何度も何度もぶつかり合う。

その度に世界が揺れるほどに影響を受ける。こんなものを支えながらアウルは戦っていたのかと感心するが、今は関係ない。


「なあ、私はずっと一人だったんだ」


何度も何度も打ち合っていると、ぽつりと、コリスがこぼした。


「不老な私は何千年も、ずっと一人だった。誰かと一緒にいても、私の人生でそれは、すぐに過去になった」


繰り出される一閃は鋭く、重い。


「生きられる時間が長い分、私は友人全てとの別れを惜しみ、愛する者の死をいたまねばならなかった」


俺は受け止めるのに必死だ。


「だから同時に思ったんだよ。人間は人間でなければ幸せになどなれない。ましてや、神様なんてな」


ギリギリと競った刃を弾き返して、返す刃でコリスに斬りかかる。


「けれど私は、この世界に来て少し、変われた」


それはたやすく防がれ、すぐに二度三度と切り返される。


「みんなが不老で、私はここは天国だとすら思った。だが、それも長くは続かなかったさ」


必死に防ぎ、いなし、かわす。


「みんな弱すぎる。弱すぎて、すぐに死んでしまう。みんな不老であっても、別れは変わらず訪れた」


一撃一撃がどういう訳だか、俺には必殺に思えた。


「それを変えてくれたのがお前だ。死んだって死なないお前はどんな目に遭っても、私の隣にいてくれた」


混乱しながらも、俺は必死に切り結ぶ。




「だから……大好きだったよ、キョーイチ」




コリスの一撃を剣で受け止める。俺の両手が震えた。


(どういう事だ……)


俺は目の前に迫る大鎌の刃を見て、おぞけを感じる。


(どうして……斬れない!!?)


俺の剣にはこれでも、様々なチートが付与されていて、それは理屈抜きにコリスの大鎌を斬り裂いてしまえるはずだ。


(こんなの……おかしいだろ!!?)


だがその刃はコリスに届かない。それどころか今その剣の半ば以上まで、コリスの大鎌の刃が食い込んでいた。

俺が剣を直して再び斬り返すと、今度は根元から剣が折れてしまい、危うく大鎌を回避した。

俺はいくつもの可能性を考えたが、コリスが俺への有効な対処法を考えていたとはどうしても思えない。そんなものがあるのなら、アウルに向かって使ったはずだ。

だとすると、


(原因は俺にあるのか?)


そう考えればすぐ、俺は理由に思い当たった。

俺の使っているチートは言わば『想像を現実にする』とでもいうべきもので、俺の考えが及ぶ限りのどんな事象でも起こす事が出来る。しかも、思考能力や認識能力自体にさえこのチートで干渉しているので、実質なんでもできるようなものである。

そんな完全無欠にさえ思えるチートで、俺がコリスに勝てない理由をあえて――あえて考え出すとすると、




(俺自身が、俺がコリスに勝つ事を、想像すら出来ていないって事か!!?)




“アンダーワールド”で長年コンビを組んできたコリス。

どんな相手だろうとコリスなら大丈夫。例え危険な事があっても、彼女ならば乗り越えられる。

コリスへのそんな、信仰にすら近い絶対の信頼が、俺のチートにかせをはめているとてもいうのか。


(くっそ、ふざけるなよ)


――神様になってまでも、一番大切な人間一人救えないっていうのか、俺は!?


(コリス一人救いきれない無能(チート)なんて、世界で一番要らねぇよ!!)


俺にはしかし、絶望している暇なんてない。

何度も何度も斬りかかって来るコリスの攻撃を、ついに俺は防ぐ一方になった。


そもそも、今の俺がコリスと闘っているのはコリスを倒すためなんかじゃない。

完全に神様になる前に、せめて最後に出来るだけ、例え笑顔でなくとも、コリスの姿を目に焼き付けたかったからだった。


初めから勝つつもりなんてない。

この消極的思考も何らかの影響をチートに与えているのかもしれないが、分析する間も惜しかった。


(負けてしまう……負けて……!)


コリスをもう、見る事だって出来なくなってしまう。


「終わりだ、キョーイチ」


しかし、一方でコリスはどこまでも非情だった。

神様を生み出してはいけないという意志のためか。それとも俺を人間のまま、とむらおうというのか。

俺の剣はコリスの大鎌に弾き飛ばされた。


俺は逃げようかと、思った。

だけどそれは本気でぶつかってきたコリスからも逃げるという事で、同時に俺が最後に見るコリスの顔が、こんな酷い泣き顔になるという事で。

ほんの一瞬だけ、反応が遅れた。


「が……!!?」


気づけば胸元から背中に向けて、大鎌で貫かれている。

チートで治癒するどころか、カケラほども干渉する事が出来ない。理屈をすっとばす俺のチートは、理屈を抜きにしてコリスには勝てなくなってしまっていた。


「キョーイチ、痛いか?」


気づけば俺はコリスに抱きすくめられていた。


「ごめんな、私は我がままだ……だから、私だけじゃなくて、お前も幸せになってくれないと嫌なんだよ」


すでに大鎌は引き抜かれ、ぽっかりと空いた穴からはとめどなく血が流れている。傷口に干渉できない以上治す事は出来ないが、さっきの結界を使って軽く止血した。それでも、うまく止める事が出来ない。


「何、お前一人を行かせはしない。私も、すぐ後を追う」


そう言って人差し指を俺の胸元にあてた。

俺はてっきり傷を治してくれるのかと思ったが、気づけば大きな魔法陣が、俺たちの足元に輝いていた。


「ちょっとしたおまじないだ」


何をしたのか、と言おうとしてうめき声が漏れた。


「私とお前がもう一度出会える可能性を上げたんだ。運命の赤い糸みたいなものだよ」


恥ずかしそうに笑うと、強く、強く俺の事を抱きしめる。


「もしもまた逢えたら、またずっと一緒にいてくれるか?」


声を上げられない俺は、ほんのわずか、コリスを抱き返した。

小指の先ほどの力もかかってはいなかったかもしれない。だが、コリスはそれでも分かってくれたらしく、嬉しそうにささやいた。


「そうか、ありがとう」


こいつが素直に礼を言う時は、大体ロクな事がないな、とふと思う。前に言われたのは、確かアウルにコリスが殺されかけた時だ。

本当にロクでもない。


「また逢おう、キョーイチ」


最後にいつもとは逆に俺の頭をコリスがなでた。その瞬間、俺の中からどうしようもなく大事なものが抜けきったのを感じた。

その時のコリスの笑顔は今までになく自然で、けれどどうしようもなくはかなげだった。


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