75. バッドエンドでも命がけ
「何か言い残す事があれば聞こう」
「そうだな……あんたにはいろいろ思うところはあるが、正直あまり怨んでないのかもしれないな」
「そうかね?」
「あんたのお陰で俺はこの世界に来れた。くそったれの魔女にも出会えた」
「……そうかね」
「ありきたりだが、違う出会い方をしていれば、案外気があったりしたのかもな、俺たち」
「貴様のようなやつでは、私の弟子にはなれんだろうがな」
「はっ、言ってやがれ」
短いやり取りの後、俺は剣を振りかぶる。
アウルは最後の最期に、小さくかすれた声でつぶやいた。
「私を殺せば、君も死ぬ。人間としてだがね。せいぜい足掻くがいいさ。新たな神よ」
ぐしゃり、とあっけなく俺の手によってアウルの体は真っ二つになった。
アウルの体は光の粒子のようなものになって、それが風によって飛び、消える。
アウルは死んだ。
俺が殺した。俺の感覚が“アンダーワールド”のせいでまひしているのか、それともアウルという存在に人間味がないためか、不思議と罪悪感は湧かなかった。
あの最後の一撃。
俺の剣が砕けたのと同時、アウルの杖も同時に砕け散った。
しかしそのまま俺はもう一歩踏み込んだ。
剣の欠片を手に。両手を突き出して。アウルの胸元へ。
ぐさり、と。
刺し貫らぬかれたアウルは虫の息で、俺は最後にあいつとささやかに語り合い、とどめを刺した。
「やった……やったん、だよな」
静寂に包まれた中で、最初に口を開いたのはコリスだった。
それを皮切りに周囲からは様々な叫び声が上がった。
「うん、こんなもんかな?」「うおっしゃぁぁぁあああ!!」「どうやら、何とか借りは返せたようですね」「終わったー!」「モフモフー!」「うぁ、これで終わり――ですよね?」「今夜は飲むぞぉぉおおお!」「どんなもんだよ、なぁオイ!!」
腕を振り上げ、武器を投げ出し、座り込んだりしながらもみんな、この時の喜びを口々に叫び合った。
そんな合間をコリスは走り抜けて、一番に俺のところにきた。
「キョーイチ!!」
「うぉあ!!?」
どころか、俺が倒れてしまうぐらいの勢いで抱きついてきた。倒れた拍子に視界が一瞬真っ暗になるほど、頭をぶつける。
「やったぞ、ついにあいつは……終わった。終わったんだ」
一瞬照れたものの、要領を得ないコリスの言葉を拾って冷静になる。
「そうだな……」
俺は飛びついた拍子に落ちたつば広帽子を拾うと、コリスの頭にかぶせてやった。
今のコリスはアウルの解放を喜んでいる。それはいいんだが、どういう訳だか微妙にもやもやするのだ。
「どうした?」
見た事がない程の笑顔で首をかしげるコリスを見ても、むしろその笑顔を見れば見るほどに、その気持ちはなぜだか大きくなる。
……何だこれは。
「いや……何でもない」
もしかしたら俺は嫉妬しているのかもしれない。
コリスの感情をここまで揺さぶる事が出来るのだと、コリスの中の、アウルという存在に。
だから俺は――
――いや、いい訳のようによそに行きそうになる思考を分投げて、俺は再びコリスのつば広帽子に手を伸ばし、わきに置いた。
この方がこいつの顔が見える。太陽にきらめく金髪と、空のような水色の瞳。今その中には俺が映っていた。
「どうしたんだキョーイチ? さっきから変だぞお前?」
「何でもねぇよ」
俺は顔をそむけながらも、心の中で思った。
(おいおいふざけんなよ)
アウルという鎖から解き放たれたコリスは、今までで一番輝いて見えた。
「変わった奴だな。いや、元々そうか」
随分と失礼な事を言ってくれるコリスの頭に、何となく手のひらをのせる。くしゃくしゃ、と細い金髪をなでた。
「お、おい、何をするんだ!?」
「抱きついてきておいてよく言うな」
今さらながら恥ずかしくなったのか、コリスに突き飛ばされ、俺からそのぬくもりは離れた。
「うるさい……こんな時ぐらいいいだろうが」
後半はか細い声で。
俺は「小説家になろう」の一部の主人公のように突発性難聴持ちじゃないので普通に聞こえたので、座ったまま両手を広げてスタンバってみた。
大鎌の棒で頭を小突かれた。照れ隠しにしても強すぎて、また一瞬、視界が暗転するかと思った。
(これは……まずいよなぁ)
大鎌をしまったコリスが腕を組み、こちらを怒った顔で見下ろしていた。若干顔が赤く、唇の端がぴくぴくしているようにも見える。
怒ったような顔を作っているのだろう。今にも口元から声が漏れそうになっている。
(ばれてるのか……やっぱり)
コリスはそのまま無言で、俺を抱きしめた。
「こういう時ぐらい、素直になってくれてもいいだろう」
「こういう時ぐらい、いつも通りでいたいって思う奴もいるんだよ」
ぎゅ、と一瞬だけお互いに力を入れた後、離れた。
俺は立ち上がり、お尻についた土ぼこりをはたいた。コリスは帽子を拾っている。
どちらかともなくお互いに、見つめ合い視線が絡み合った後――
――ガキン。と。
俺の剣と大鎌が、交錯した。
「ご都合主義回避したら、やっぱりそれ以外の……当然の結末になる訳か」




