72. 住人達は命がけ
はっきり言って、“アンダーワールド”の住人による加勢は圧倒的だった。
ほとんどが“アンダーワールド”中級者以上、二割程度は古参すら含んでいる彼らのスペックはチート以外の何物でもなかった。
「我が剣にひれ伏せ愚民ども!」「再構成!!」「せっかくだから俺はこの赤い扉を喚ぶぜ!!」「秘技・滅城豪腕波動空殺獄炎斬んんんっ!!!」「打牙断割!」「擬体複製×100!」「魔技巧罠!!」「あううあうあうああうあぁぁぁ!!」「竜火陣!!」
中二成分過多なのを見て、俺が交友関係の広げ方を間違えたのだろうかと割と真剣に悩んだのは内緒である。
チートの内容も、同じ顔の人間が百人ぐらい一気に特攻したり、竜をかたどった炎が飛んで行ったり、せっかくだから扉を召喚したりと、やりたい放題だった。
ただ、分身が喰らったダメージがそのまま本体にフィードバックするので割と危険だったり、竜の形を取る事にこだわりすぎて威力が微妙だったり、赤い扉と言う割には特に赤くなかったりと、安定の残念仕様である。
ある意味、闇帝ならぬ不安帝ディ○グさんもビックリの不安定ぶりだ。
「何なんだ一体お前たちは!?」
物量に押されてさしものアウルもうろたえる。そこへ、“アンダーワールド”の住民たちは容赦ない怒涛の連撃を続ける。
「――喰らえ、エター○ルフォースブ○ザード!!」
アイズの十八番、MPオーバーキルが牙をむいたかと思えば、背後からドロシー含む特攻隊が中距離から援護し、決死のソーイチ君がレール○ンをぶち込み、モニカが建築物を的確に生み出して退路を断ち、中遠距離の弾幕が薄くなった所にルトが斬りこむ。
「九番、“灼けた砂漠の陽炎剣”!!」
赤熱するルトの剣から、真っ赤な金属の粉のようなものが鋭く飛散する。
本来ならば持ち手も剣が帯びる熱のせいでただでは済まないのらしいのだが、ルトは中身が魔物として強化された白骨なので、そんなものは関係なく軽々とその凶器を振りまわす。
「くっ!!」
それらの合間にも、俺とアウルの間で同種のチートによる妨害と展開のせめぎ合いは続いていて、アウルは強力な能力を発動するスキを得られない。
俺自身も危ういところだが、味方の加勢がある分余裕がある。
俺やアウルのチートは、つまるところ情報処理能力の差が勝敗を決するのだ。
思考時間の加速とか体感時間の延長だとか、チートをそういう方向に使ってもいるが、お互いにそういう効果は率先して打ち消し合っている。結果、お互いの情報の処理、相手の能力の分析、優先順位の判断といったものが重要になってくる。
俺以外の攻撃はアウルにとって大したことではないが、“アンダーワールド”の住人が持つチートは一つ一つが異なる論理によって成立している。結果、一括に処理する事が出来ず、個々に対応するために処理能力を割かざるを得ないようで、俺に一手遅れる形になってしまう。
「みんなどけぇぇ!!」
一斉に中遠距離からの弾幕が止まった刹那、転生トラックがアウルに向かって突っ込む。
しかし、それはロティが操縦している訳でもなくどうやら身体能力強化のチート持ちの誰かが、アウルに向かってぶん投げたらしい。
三トントラックが宙を舞う姿は、シュールだ。
直撃する前にアウルに撃墜されてしまったが、その攻撃のために一瞬のスキが生まれる。近距離担当の奴もおらず、俺にとっては好都合。
剣を一本、創造する。
剣と言っても、長さ十メートル、横幅五十センチほどの規格外なもの。
チートによって莫大なエネルギー付与されたそれは、空間をも断裂させ、時間の概念をあいまいにし、音すらをはるか後ろに置き去りにして――
――振り下ろされた。
見ているのに見えない色、音とも言い難い音、手ごたえとも言えない感触を、俺の五感がとらえた。
一瞬のうちに俺の目の前の地面が一直線に消し飛び、前方百メートル程が暴風と灼熱に蹂躙される。
「コリス!!」
俺の一言で理解したコリスは丁度、その詠唱を終えたところであった。
「――虚無の万雷ッ!!」
コリスのオリジナルスペルにして彼女が持つ最強の魔法、『虚無の万雷』が絶妙なタイミングで放たれた。
直径一キロに渡って球形に、漆黒の雷が駆け巡る。
その疾走は約一分近く続き、やがては塵一つ残さず破壊しつくした事だろう。
それが内側から破られなかったならば。
「これでも……ダメなのか……」
傍らのコリスが呆然とつぶやいた。
味方の怒涛の援護、今の俺に放てた最高の一撃、コリスの最大威力の魔法。それらを長年の付き合いから生まれた絶妙なるコンビネーションを用いて連続で叩きこんでも倒れないとは、どうしろと言うのか。
そりゃ俺だって分ってはいた。
このチートを用いた戦いが処理能力の勝負だという事は、翻って言えば処理能力が残っている限りお互いに負けない訳で、つまり俺がアウルを、アウルが俺を倒すには、相手を一撃で必殺するしかないのである。
今のアウルは体に軽度と言うには重く重度と言うには軽い負傷を負っているが、四肢も頭も未だ健在。アウルを倒すにはやはり、こいつに厳重にかかっている不死のチートの効果を外した上で、致命傷を与えるしかない。
いや、厳密には方法があると言えばあるのだが、その方法というのが一つは危険に過ぎ、もう一つは本末転倒に過ぎて実行する気になれない。後者に至っては、この“アンダーワールド”を――
――とそう考えながら、俺が必死にアウルの回復処理を妨害していると、頭の中に聞き慣れた声が響いてきた。
「やあ、みんなのアイドル神様だよー」




