70. 最大の失策は命がけ
その矛盾に気づいたきっかけは、些細なものだった。
「神の名を騙る悪魔がいない事を証明するためだよ」
コリスが語った彼女が強くなろうとする理由。
初めはこれがアウルの事を指していて、コリスの“アンダーワールド”での目的もアウルを倒す事だとばかり思っていた。
しかし、よく考えて欲しい。
アウルが“アンダーワールド”にいると分かったのは、最近の事だ。存在するかどうかも分からない相手を倒すために、強さを求める事なんてあるのだろうか。それとも、コリスは強くなったらこの世界から出て行って、アウルを探すつもりだったのだろうか。
それも何の手がかりもなく、星の数ほどある異世界の中から。
そして、アウルは神になろうとしたのであって、神の名を騙る存在ではない。
ならば、コリスは何を倒そうとしていたのか。
神域で神様と相対して記憶が戻った際、動揺の中でこの疑問は俺の中で生まれた。そして、眼前の神様を見た俺の中で組み上げられたのは、こんな仮説。
コリスはこの神様をこそ、悪魔と呼んだのではないのか。
そうなるとコリスが急に俺に刃を向けた理由にも説明がつく。
生死も行方も分からないアウルを探すには元から“知悉の特赦”は必要だった。だが、あの時いきなり俺を裏切ったのは――そして途轍もない動揺を見せたのは――この世界にアウルがいると分かったからだ。
裏を返せば、あの時コリスが言った通り、もはやコリスはアウルの事を能動的に探すつもりはなかったのではないのか。ただ、偶然近くにいたためにいてもたってもいられなくなったのではないのか。
そして、コリスはアウルを、“悪魔”と呼んだ。
ではここで言う悪魔とは一体何なのか。
コリスが“神の名を騙る悪魔”と言ったのが神様の事だとすると、悪魔たるアウルと共通項となりえる要素は何か。
そしてコリスはアウルの目的を何だと言っていたのか。
それらを考えた時、最も簡単で今まで気づかなかった答えが俺の中から導き出された。
「あの神様、元人間だろ?」
俺はアウルが放った光の球を剣で薙ぎ払い弾丸で撃ち落としながらそう問いかけた。
「そのようだな、だがなぜ貴様が知っている?」
「そんなの決まってっ――!!」
撃ち漏らした光球を、危ないところで剣で受けた。
威力自体は拮抗しているのだが、さっきから互いが互いに相手の能力妨害と自身の能力展開を繰り返しては処理速度でせめぎ合っており、時折体の反応が急に落ちるので怖い。
ちなみに、この応酬の最初期にアウルは神様の姿や口調の擬態を解いているので、すでにいつもの真黒なスタイルで戦っている。
ただ、得物は黒い炎から俺とおなじ白い光を放つものに変わっているので、今ではモノクロ状態だが。
俺はそんな余計な事を考えながらも、途中になったセリフを一歩、アウルに肉薄しながら叫ぶ。
「俺の新しいチートは、神様の能力を真似たものなんだよ!!」
つまりは、俺の存在自体が人間の身でもあの神様の領域に至れるという証明なのだから。
「ふむ、僅かな一部の観察からこうも全体を推測されるとは正直、思わなかった」
「俺にも分からない事があるが、な」
「何だ?」
「いつ神様と入れ替わった?」
アウルは俺の剣を杖で叩き伏せ、中から迫る数十のナイフを光の帯でいなす。
同時に杖をはね上げて俺の顔面を突くが、顔をそらして危ういところでかわす。
「神域でお前から『リスタート』を奪った時――」
「やっぱり『リスタート』で入れ替わったのか」
「!? そこまで気づいていたのか!」
魂の記憶を引き出して肉体を再構成する『リスタート』。
それを応用すればお互いの肉体をあべこべに再構成する事だって不可能じゃないのではないのか。
俺はそういう風にアタリをつけていたものの、『リスタート』の生みの親であるアウルならばいつでも『リスタート』を使えるだろうし、他の方法を取った可能性もあり、時期を確定できなかったのだ。
ただ、神様がカルマ値にかこつけてコリスをアウルにぶつけた事を考えると、あの時点では入れ替わっていなかった可能性が高い。コリスを利用して危険分子であるアウルを排除しようとしたのだと俺は見ていた。
だがそう考えると、俺にも腑に落ちない事が一つある。
「最期どうして神様は抵抗しなかったんだ?」
「さあな、それこそ神のみぞ知るというところではないのか?」
アウルの皮肉を聞き流しながら、俺は剣と杖、ナイフと光球をぶつけ合って駆け抜ける。
「私からも一つ聞きたいのだがな」
「なんだよ?」
「どうして私が神様と入れ替わっていると気づいた?」
「そんなの、お前がコリスの姿になったからに決まってんだろ」
そう。
それが最大の失策だったのだ。それさえなければ俺はこいつがアウルだと特定できなかっただろう。アウルはあの時やられたと、希望的観測にすがって思い込むこともできたはずだ。
しかし、俺が事もなげに言い放つと、ほんの一瞬だけ、アウルは今まで見せた事もないような呆けた顔をした。
どうしてそんな顔をしているのだろうか。
確かに今の状況を考えれば、俺とコリスがくっついていた方がこいつにとって都合がいい事は分かる。そう考えられる理由には心当たりがあり、しかも俺が取れる最善の解決策を使ったところで、下手をするとコリスだけは納得してくれない。
今の俺ならば力押しでねじ伏せられるかもしれないが、仕方ないだろう。そういう事もまた、本当に、うやむやにしておきたかった。
「お前はてっきりコリスとそういう仲何だと思っていたが……」
しかし、予想に反してアウルから出たつぶやきは存外に下世話なもので、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
踏み込むつもりだった足で地面を蹴り、後ろへ下がる。斬りこむ気持ちをそがれてしまった。
追撃の牽制のために弾丸をばら撒くが、アウルの光球とぶつかりあい、爆発した。
それにしても、まさか俺が逃げ出したのがそういう理由で、うやむやにしたかった事実がアウルと神様の入れ替わりの件や、それに伴う色々な問題の事でなく、別の事だとでも勘ぐっていたのだろうか。
「だから、俺は特殊趣味じゃないって言ってるだろうが」
「いや……そもそも、そういう話ではなく、どうして私だと分かったんだと聞いているのだ。どうして貴様はコリスの姿をした時私だと判断した?」
さすがは神様に向かって顔がないと言った男だ、と俺は思った。理想が壊れて狂ってしまったとでもいうのか。
「俺は特殊趣味じゃない。というか、」
はっきりと俺は、胸を張って言ってやった。
「どちらかというと巨乳派だッ!!!」
直後、いつの間にか俺の背後にいた誰かが、俺に向かって極大の雷をぶっ放した。




