68. その権利は命がけ
俺はアウルが再び放った炎に吹き飛ばされて、転がった。
立つどころか指一本動かす気力すら失う。
全身を襲う痛み、『リスタート』の喪失感、あまりに理不尽な力の差。
それらが俺の意志を完全にへし折っていた。
もういいんじゃないのか、という気になってくる。
十分頑張ったし、この世界での生活もずいぶん長く楽しんだ。
『リスタート』はなくなったが死亡したのだから、上手くすれば日本に戻ることだってありうるかもしれない。
そうだ、妹と映画を見に行く約束をしていた。気が進まないようなホラー映画だが、約束を破ったら機嫌を損ねてしまうだろう。
高校の友達にも会えるだろうか。真面目なくせに変に不器用な奴、未だに中二病から抜け出せてない奴、重度のオタクな奴。高校で仲のいい友達の顔を思い浮かべようとして――
――どうしたって、そんなものより何より先にコリスの顔が思い浮かんでしまう。
現実逃避や諦めのための理論武装。自分を納得させるためだけの泣き言が、一気に吹き飛んだ。
(ったく、死んでも死なない俺だからな)
そんな存在ででもない限り、彼女の隣は務まらないのだから。
俺は必死の思いで目を開けて、状況を確認した。
アウルはもう俺のところから離れていた。
生死の確認を怠ったのではなく、単純に『リスタート』がない俺に興味を失ったのだろう。実際、立ち上がるだけの力が入らない程度には痛めつけられているし、無力化されたと言っていい。
「お前が神か」
「そうだよー。ところで、興味があるから聞くんだけど、貴方には私がどういう風に見えてるのかなー?」
神様は相変わらず何とも言えない笑みを浮かべていて、それが変にしゃくに障った。
しかしその後のアウルの一言は、そんな気分を頭から消し飛ばすには十分だった。
「……顔がない」
神様の姿は、理想の異性像の投影だ。
それがないという事は、アウルには理想の異性がいない、あるいは異性に興味がないという事なのだろうか。
それとも、彼の理想が既に壊れてしまっているという事か。
「中々面白いねー貴方は。それで、私に何か用かなー?」
「貴様という神について知りたい事がある」
「へー、でも素直に答えるとでも思うの?」
「私は知りたいと言ったのだ。答える必要はない」
不穏な会話の中で、アウルは神様の頭部をわしづかんだ。
「抵抗しないとでも?」
「神に危害を加える訳ではない。少々読むだけだ」
「それでも人間が知るべきじゃない事だって、色々あるんだよー?」
「だからと言って神は必要以上に人間に干渉しまい?」
「今は必要な時だと思わない?」
「さあ、どうだろうな?」
どうして神様が抵抗しないのか俺は頭を抱えた。
最悪神様がアウルを追っ払ってくれれば良し、と思っていたのだが、何やら抵抗しない理由があるらしい。神様とて万能ではなく、制約か何かがあるのか。それともアウルが何かしているのか。
俺はそのわずかな時間の間にも様々な方法を考える。現状をつぶさに観察しながらも、現実を受け入れながらも、最後の一秒までアウルを倒す方法を考えるために使い尽くそう。
俺の目的は生還だ。
問題はアウル。
倒すにしろ逃げるにしろ、まず俺の体はうまく動かない。コインがあと一枚あるが、あの黒い炎がある以上は攻撃しても意味はなかろう。
となると逃げる方がまだ現実的だが、そもそも神域からどうやって出るのか神様から聞いていない。
“知悉の特赦”でこちらに来た以上、帰還方法があるだろうからそれを使って逃げればいいのではないのか。
そう考えた俺の思考に、神様が直接語りかけてきた。
「無駄だね。あれはこっちに来る用で、帰るための方法は用意していないの。別の“恩典”を使わないと、ここからは出られない」
ならば、と俺は次にダンジョンの入り口に戻る“恩典”をアイテムボックスの中から探し出して使ってみるが、拒否される。
「今君は敵とエンカウントしてるからねー。発動できないよ」
他の“恩典”も確認してみたが、所持している中に有効そうなものは見つからなかった。
(クソッ! 何かないのか!? この場所を切り抜ける方法が。今までに見落としはないか? 神様がアウルを倒してくれる可能性はないのか? 神様の力を借りる方法はないか?)
「うん、私はアウルを攻撃できない。というか、理由があって攻撃しない。もし仮に攻撃したとしても、殺すまで干渉は出来ない。神様って世界のシステムだから、変に融通利かないしねー」
だったら、と俺は手に力を入れてみるが、体を起こすことしかできない。
「私が君の大切な彼女を連れて行った時、君が彼女への攻撃を肩代わりしたように、今度は君が私を攻撃して、アウルを巻き込もうっていうのかなー? でも、君の体はもう動かないし、両手はその炎に拘束されている」
俺はその方法が無意味だと分かると、他の方法を必死で思考する。
何かないのだろうか。この理不尽な終わりを回避する方法は。
思いつく手段はすべて試した。他はもう何もないだろうか。
探せ。
見落としはないか、思い込みはないか、手段はないか――
(畜生!!)
俺は渾身の力でこぶしを握った。
(何も思いつかない。あれだけ苦労して、折角コリスが元気になったのに。ようやくまた一緒に――)
ピリ、と。
頭に引っかかりを覚えた。感情的になりかけていた頭が急に、冴える。
それは誰の言葉だったか。
そう、アイツから聞いたのだ。ある意味俺と同じイレギュラーな存在。転生以外の理由でこの世界に生を受けた存在。
女騎士、ルトに。
その時明確に、神様が今までになく深い笑みを浮かべたのを俺は見て、確認する。
(神様)
「何かなー」
(俺はアウルに“別の世界から”召喚された)
「うん」
(“故意に”来た訳じゃない)
「そうだねー」
(俺は今、この“アンダーワールド”、つまりは異世界にいる)
「うんうん」
(今は『リスタート』だって持ってない)
「それでー?」
俺はある種の不思議な確信を持って、神様に宣言する。
(そんな俺には、チート能力って奴を一つ、神様からもらう権利があるんじゃないのか?)




