65. 『リスタート』は命がけ
この世界の事を、アウルは“アンダーワールド”と呼んだ。
「“アンダーワールド”では不老。死ぬと次の世界に転生する」
これが、“アンダーワールド”を端的に表したアウルの一言だった。
話を詳しく聞くと、アウルは他の世界からこの“アンダーワールド”に渡ってきたのだそうだ。そして、この世界で調べたい事があったため長期間滞在しているそうなのだが、ついでにちょっとした実験をしたくて俺を召喚してみたらしい。
にしても……アウルなんでもありだな。まるで「小説家になろう」のテンプレだ。
「この世界には“恩典”が散らばっている。これはこの世界で神に益する事をした人への褒美だ。“恩典”の中には一定の特典が来世へと追加されるものも存在する。その手の“恩典”の効果は様々だが、持ち主が死ぬと自動発動する」
大体が身体能力強化とか、回復薬とかだがな、と付け加えるアウル。
「そして、君の世界で言うと……チート能力というのか。それを一つ、君に与えようと思う。名は『リスタート』」
そうだ。
そして俺は得たのだった。『リスタート』という、世界で一番要らないチートを。
その後アウルは俺に選択を求めてきた。
この“アンダーワールド”をアウルと一緒に旅するか、それとも俺一人で行くか。
前者ならば『リスタート』の戦闘データを間近で集められるので助かるが、後者でもある程度のデータは集まるようにする――具体的には俺が死亡した場合、どのような状況下で死亡したのかをアウルに伝達するような魔法をかけるとの事だった。
要は、彼にとってどちらでも構わないのである。完璧な不死の魔法を研究するためのサンプルデータの一つだと、隠しもせずにアウルは言った。
ただし、後者を選んだ場合アウルと出会った記憶を適当なものにすり替えるとも言われた。なんでも、最近彼の弟子が偶然この世界にやって来たため、目立った活動が出来なくなったらしい。
それらを聞いた俺は前者を選ぼうとは毛ほども思わなかった。
いきなり異世界に呼ばれた理不尽、俺と言う個人にほとんど関心のないアウル、不死と言う恐ろしい研究命題――そして何より、実験動物を見るようなアウルの目が、彼との和解を不可能に思わせた。
俺はこいつとは相いれないと直感していたのだ。
一応、どうしてわざわざ俺を異世界召喚なんてしたのか、元の世界には帰れないのかなどを俺はアウルに問いただしてみた。
前者については単なる興味で、この世界でも異世界から召喚する魔法が使えるかどうかの実験を兼ねただけだそうだ。
後者については予想外にも可能だという返答が来た。
「どうすればいい!?」
「落ち着け」
アウルは静かな声で説明を始めた。
「この世界の人間は全て、前世の姿かたちを取っている。これはおそらく魂が持っている記憶と言うやつを神が引っ張り出して、肉体を再構成しているのだと考えられる。だから、今の君をこの世界に召喚する際、私は君の魂だけを引っ張ってきた。ほかの有象無象と同じ状態であった方が、神に見つかりにくいのでね」
俺が理解が追いつかず目を白黒させていると、アウルは俺に手を伸ばした。その手は俺の体を突き抜ける。痛みはない。
「今の君はいわば幽霊だ。そして肉体は元の世界に置いて来てしまっている。この世界で君が死ぬと、元の世界の肉体に帰るように設定してある」
空間的にだけでなく、時間的にも誤差なく帰還させてやれるから安心しろ、ともアウルは言った。
「幽霊って、もう俺死んでるようなものなのに、どうしろって言うんだよ!?」
「簡単だ。『リスタート』の効果の網の目を抜けて、死亡する事。それが君の帰還条件だ」
そう言うと、アウルは俺の胸元に手をかざすと不思議な光がにじみ出して俺の体を覆う。
突如、今まで夢の中にいるような浮遊感が抜け、手足の先から全身まで力がみなぎるのを感じた。
「今のが『リスタート』。今の発動の感覚をよく覚えておくといい。効果は死亡後任意の場所から復活する事だ。この世界の神が魂の記憶から肉体を再構成する方法を分析し、魔法として作り変えたものだ」
俺はよく分からないなりに、とんでもない事に巻き込まれたのだとようやく理解し始めた。自分の体に起きた変化で、現実味を感じ、思考が現実逃避や無意味な暴走をやめたという事もある。
「はっきり言うが、これをもってしてまともに死亡する方法はないと私は考えている」
「なっ!!?」
俺の驚愕をも楽しむように、アウルは続けた。
「だからこそ、戯れに帰還の術式まで召喚に組み込んだのだよ。私の予想を超えて死亡する事が出来るのならば、帰還が出来る。少しでも勝機のある実験の方が、君もやる気を出すだろうと思ったのだよ」
俺はあんまりな言い草に怒りを抱いた。
こぶしを握りしめ歯を食いしばる。
「今は諦めろ。帰還も、私への攻撃も。私を殺したところで君の帰還条件は変わらない」
俺は静かに息を吐き、ゆっくりと吸う。
俺は怒りに任せて行動するタイプではない。今もしアウルを殺して元の世界に帰れるというのならば、それも検討する程度には酷い思考をしているつもりだが、意味がないというならば諦めが勝った。
何より、今までの説明を聞いていて、アウルに勝てる気がしなかった。
それでも普段なら怒鳴りぐらいはするのだろうが、まだ頭のどこかがぼんやりとしていて夢だとでも思っていたのかもしれない。
「それではせいぜい、いい結果を残してくれ」
アウルは俺の額に人差し指を突きつけると、不思議な呪文のようなものを唱え始める。それと同時、意識が再び夢の中へと引きずられていくような感覚に襲われ、俺はああやっぱり夢だったんだな、とただおぼろげに思っていた。




