62. 思い込みは命がけ
コリスの頼みは簡単に言うと、仲違いの元になるようなものはさっさと処分してくれと言ったものだった。
俺もそれには賛成したいところだが、ロティたちを待たせているのが少しだけ引っかかった。早くみんなの元に戻って、コリスが元に戻った事を報告に行きたいという気持ちが強くある。
だが、よく考えてみるとそれほど時間を食う訳でもないのではないか。
俺の死因を聞いて、神様に応えてもらうだけだ。
この手のものは契約書みたいに杓子定規なものだろうから、質問文を別の意味に解釈出来ないように吟味する必要はあるだろうが、質問と回答にそれほどの時間がかかるとも思えない。
それにコリスの決断に水を差してしまうのも残念な気がする。
結局俺はコリスの提案を受ける事にした。
善は急げと言わんばかりに老婆とルトに丁重に別れを告げた後、俺は永訣の庭の近くで“知悉の特赦”をアイテムボックスから取り出した。
それは人一人が入れる透明な直方体形で、その大きさと材質から、電話ボックスのような印象を受ける。
底辺に明らかに怪しい模様が浮かんでいる事と、電話があるべき位置に水晶玉のようなものが浮かんでいる事に目をつむれば、ただの公衆電話に見えなくもない。
無理に公衆電話と見なす必要性は皆無なのだが。
「じゃ、使って来るわ」
「ああ」
ただ、俺はこの時もう少し用心すべきだったと言える。
公衆電話のような形状、“知悉の特赦”という“恩典”の性質。これら二つから俺はこの“恩典”を何となく、神様と通信するようなものなんだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
しかし公衆電話なんてピンポイントなものを連想するのは俺のいた時代の日本人だけだろうし、“アンダーワールド”クオリティを考えれば、ここで油断や思い込みなど冒していい訳がなかったのである。
そんな事にも思い当たらない俺は、そそくさとその公衆電話型の“恩典”の中に入ると、とりあえず水晶を触ってみた。
頭の中に使用するかどうかという問いかけが響いてきたので、俺はすぐにはいと答える。
瞬間、背筋が凍るような浮遊感が俺を襲った。
「……なんだこの状況」
俺は思わずそうつぶやいていた。
周囲は白一色の世界で、雲のようなものが辺りに漂っている。よく見るとその雲自体が微妙に発光していて、当たりが明るいのはこれのおかげなのかもしれない。
地面は白い石材で作られており、同じもので作られた規則的な柱列が広がっている。その柱はどこまでも空高く伸びていて、上空に広がる月のない夜空を支えているかのようにも見えた。
さて、地上が明るいのに満点の星空という状況も現象として矛盾しているのだが、俺はそれよりも目をそむけたい現実というやつに立ち向かわなくてはならないらしい。
「……」
「……」
我らが“アンダーワールド”の唯一神にして女神様。彼女が目の前にいた。
金髪に水色の瞳をした彼女は今、無駄にひらひらした服を着ている。
いや、もうぶっちゃけて言ったほうがいいと思うのだが、
「……」
「……」
明らかにアニメっぽい、ありえない色とデザインのセーラー服でコスプレをされていた。
しかも間の悪い事に、鏡の前で決めポーズを取っている最中だった。
「……見た?」
ようやくこう着状態から元に戻った神様は、一言そう確認した。
「見てないって言って信じてくれるのか?」
「……信じたい」
神様はそう投げやり気味に答えると、盛大にため息をついた。そして手を一振りすると滞空していた雲が集まって来て、神様の全身を包む。
そして、一瞬で霧散したかと思うと袖がなく裾の長い白のワンピースに着替えていた。
俺が若干驚いていると、気を取り直したのか服の上からでも分かる大きな胸を張って言い放つ。
「見たか、これが『神の奇跡』!!」
「セーラー服着るのが神様の能力なのか?」
一言突っ込むだけでまたうなだれる神様。なんか、可哀そうとはあんまり思わないが、本当にこんな奴が神様でいいのだろうかという疑問だけは俺の中でふつふつと沸き上がってくる。
「ああもう! それじゃいいよ!! 君の記憶いじるから!! 何の用で来たのか知らないけど、帰ったらここで見聞きした事全部覚えていないようにするからっ!!!」
「俺が“知悉の特赦”を使った意味は!!?」
俺の切実な訴えで状況を把握したらしく、神様は思い出したようにつぶやいた。
「ああ、そう言えばあんまり人が来ないから、“知悉の特赦”に神域への転送機能をつけたんだっけ」
そしてそのつぶやきで、俺は自分がとんでもない所に来てしまった事を知った。




