54. 思わぬ接点は命がけ
俺の『リスタート』は不死身のチートだ。
それはもうどのような殺され方をしようが、任意の場所から何度でも復活できてしまうのだから殺しようがないだろう。
『リスタート』は自動ではなく任意効果を持つチートで、死んだあと俺は実は意識があるまま死亡した地点に立っている。
言ってしまえば目に見えない幽霊のような状態で、ここから移動して好きな地点で『リスタート』を発動して復活する事が出来る。
幽霊のような精神体になっているのか、それとも違う次元でも歩いているのかは俺にもよく分からないのではあるが。
ただ、この移動できるという点が勝手が効く部分で、偶然生まれた利点でもあるのだが、死亡中の移動は物理法則に縛られない。
行きたいと思えば空も飛べるし、速度だってある程度自由自在。その上、生物無生物にかかわらず、どんなものでも通り抜ける事が可能と来ている。
だから精霊の森では死亡して復活するまでの間に高速で移動し、コリスの元に駆けつける予定だったのだが、出来れば自分で自分を必殺する必殺技なんて使いたくない。
コリスに瞬間自殺移動と名付けられたこの必殺技。俺としては必殺技の名に恥じぬ致死率百パーセントの奥義と自負している。
世の中にはびこる必殺しない必殺技より余程必殺技という名前にふさわしい結果を生むものの、必殺するのが自分だというのがオチだ。
俺自身、こんな倫理的にも大問題な必殺技は、相当切羽詰まらない限り使わない。
今回はいきなり使った理由は、コリスの件で焦っていたのと、出し惜しみせず全力を尽くそうと思ったのが半々ぐらいだろう。
ただ、これを防がれるとは正直思っていなかったので、内心どうして俺が復活したのが察知されたのか急いで分析している。
「ふ、ふふふ」
しかし、俺がルトのチートが気配察知にかかわるものなのかと勘繰ったあたりで、彼女が急に笑い出した。
その美しい顔を無理やりゆがめるような笑みは、どういう訳だか俺の背筋に冷たいものを感じさせた。
「ふふはは、はははははははは!!!」
笑い出す以前との雰囲気の落差のせいか、まるでケタケタと骸骨にでも笑いかけられたような気分になる。
「もしかして貴様があの“戦刃”を倒したキョーイチか?」
どうやら、俺の事を知っていたらしい。
ただ、こういう場で名前が知られているという事は、大体マイナス要素でしかないので嬉しくもなんともないものだ。
「そうだが、それがどうした?」
俺のぶっきら棒な答えにも気を悪くするそぶりすら見せずに、ルトは言った。
「いや、一度会いたかったんだ。あの“戦刃”を倒してくれた恩人に」
ルトはそう言うと急に真剣な顔になって、
「あの男、ちょっと理由があって私に付きまとっていてな。それで困っていたんだが」
ルトは大剣をしまった。
「負けを認めるのか?」
「まあ聞いてくれ」
そう言うとルトはどこから話したものかという風に首をひねってから、俺に確認する。
「お前はあの男のチートが何か知っているのか?」
「魔剣を作り出すチートだろう?」
俺は迷わずに答えた。
ただ、厳密には違う。
かの男、“戦刃”と恐れられた宗教家にして古強者のチートは本来、剣を作り出すというような物騒なものではなかった。
彼は自らの信ずるところの神に、いつまでも祈りを捧げ信徒として仕える事を望んでいた。
それゆえ、彼が神に祈ったのは、彼の宗教における聖書の、奇跡を使う事だった。
その宗教の顕現にして権限は、例えば足が動かない人を歩けるようにしたり、悪魔を信ずる人をたちに雷を落としたりするようなものだったのだが、彼の宗教の特殊性がいつしかそれを剣の創造に集約した。
彼の宗教では、最高神が聖剣を振るうとされていた。
その聖剣は混沌から天と地を分け、星の上に生命を生み、世界の理を定めたという。
その宗教の信徒は神に祈る事でその聖剣の力の恩恵を受け、奇跡の片鱗に触れることが許されると言われているらしい。
そのせいか、いつしか彼は聖剣を生み出そうとするようになった。それが彼が“魔剣を生み出す”チートだと言われるゆえんである。
特殊な効果が付加されたその魔剣は、この“アンダーワールド”でもそれなりの価値で流通している。
ただ、俺は『リスタート』で復活する際武器をどうしても落としてしまう(服やナイフは復活する前にアイテムボックスから出して装備している)ので、いわゆるユニーク武器との相性が良くない。
俺もさすがにコリスのデスカイザー(笑)とかみたいなのは御免こうむるが、取り回しやすい武器が欲しいというのが本音だ。
それはさておき、彼の宗教の内容はひそかにこの“アンダーワールド”でも知られている。
おもに彼が宗教活動をする際無償で聖書を押し付けては去って行った結果だが、その聖書は町の人間を無作為に百人集めて「聖書持ってるか?」と聞いたとしたら、おそらく十人くらいが持っていると答えるだろう。
そして、残り九十人のうち五人はアイテムボックスに入れたこと自体を忘れている。
この神が近すぎる世界で、神の神秘性など存在しない。
実際この“アンダーワールド”では神様に会いに行けるようになっていて、“神域”と呼ばれる神様の居住区もあるのだが、ラストダンジョンでも意識したのか周囲の魔物のレベルが高すぎて、人が寄り付かない。
誰から聞いたか忘れたが、“神域”のキャッチコピーは当初、
「会いに行ける神様目指します」
というどこのアイドルだよ、と突っ込みたくなるようなものだったらしい。
このような神様のおとぼけも手伝って、この世界で宗教家は少ない。
「それで、そのチートがどうしたんだ?」
俺は無理やり話しの無軌道さを修正するため、ルトに問いかけた。
「かの宗教家は私を信徒にしようと熱望した。それゆえ私は彼を試したのだ」
「試した?」
「私の世界に、三十三の礼という故事のようなものがある」
ルトは自分の分を超えて難しい事を説明しようとしている人がたまに作る無駄な間を空けてから、ゆっくりと言う。
「とある国王が一人の策士を軍師として欲した。しかしその策士は王の使者から話を聞くとこう言った。“一国の王と言えど、直接願いに来る事もせずに何を得られようか”
これを聞いた王は怒る事もせずにその通りだと思い、策士の元へ行き軍師として推戴したい旨を伝えた。しかし策士はさらにこう言った。“一度だけでは心変わりする事がなかろうか”
本来ならば不敬罪で殺されても仕方ないセリフを吐く策士に王は怒るどころか、主としての器を問うているのだと思い、その後も毎日策士のところへ通った。
そして三十三日、ついに策士は折れ国王のもとで聡明な軍師として名をはせたと言う」
長い長い話だったが、俺は何とか最後まで聞き届けた。
「……それで?」
「私も“戦刃”に要求したのだ。三十三日、貴様の魔剣を持って毎日、私の元へ来るのであれば、その熱意を認めようとな」
何か今、すごい不吉な話を聞いた気がしたのだが、何だったのだろうか。
「本当は断る口実だったのだが、三十二日まで来たときは内心焦った」
「いや、アホすぎるだろ」
俺は突っ込み精神だけなら、三百六十五日と四年に一回のうるう年のプラス一日だって忘れない自信があるが。
「そして来る三十三日目、いつまでたっても奴が来ないと思っていたら、お前が倒してくれていたという訳だ」
ルトはそう言うとうんうん言って、
「つまりありがとうと言う事だな」
「これだけ長い話しといて結論それか!?」
ルトはちょっとだけキョトンとしてから、
「ああ、そうだった。それで、その時の魔剣なんだが、」
ブン、と妙な音がしたかと思うと、ルトの手にさっきまでとは異なる剣が握られていた。その刃は輝いていて、水晶のように透きとおってもいる。
「私が全部持っているので、な。」
ルトはようやく真剣な顔に戻ると俺に向かって言い放った。
「とりあえず三十二通りの効果で、貴様を殺してみようと思うんだ」




