53. 決闘は命がけ
俺は二人の勝負を見ていて不思議に思った事がある。
女騎士は一体どんなチートを持っているのだろうか、という事である。
観察している限りでは多少人間離れした筋力や速度を持っているようにも見えるが、せいぜい達人の域とも取れる。
剣や鎧を生産するチートでもなかろうし、追い詰められていないからと言ってチートを使わないというのもおかしい。使っている事に俺が気付かないとすれば身体能力強化か剣術自体がチートという可能性もあるが、それはそれでチートとして選ばれるほどのものでもない気がする。
つまり、何か隠し玉がある可能性がある。
それが女騎士にとって不利になるものなのか、俺に害をなすものかは分からないが、警戒しておいた方がいいだろう。
無論、魔女と同様チートを持っていない人間の可能性もあるのだが。
まあ何にせよ、俺の中に逃げるという選択肢はないので、戦うしかないのだ。
「貴様も挑戦者か?」
俺の心の機微など読んではいないだろうが、丁度分析が終わったところで女騎士から声がかかった。
「ああ、見ての通りだ」
こん、と俺は手の甲で凍ったコリスの肩を叩いた。
「なるほどな……いいだろう、相手をしてやる」
「連戦で大丈夫なのか?」
「むろんだ。私はいついかなる時であろうと挑戦は受ける」
女騎士は永訣の庭の中心まで歩いて行った。
「この庭の中央に来て、互いの名を名乗った後決闘を開始する。開始の合図は特にない。先手は譲ろう」
どうやら、騎士なんて形容されるだけあって、見てくれだけでなく中身まで騎士らしい。異世界の騎士に騎士道があるのかどうかは知らんが。
「そりゃどうもご丁寧に」
俺はコリスを最後に一目見て、決意をより強固にして立ち上がった。
「山瀬恭一だ。こっちじゃみんな、キョーイチって呼ぶ。あんたと決闘しに来た」
俺は騎士と相対して堂々と名乗りを上げる。
「ずいぶんと軽い名乗りだな……まあいい。私はルト。ただのルトだ。人によってはスケさんと呼ぶ」
「……人によっては?」
「主に魔女」
「悪名の割に実はお茶目!?」
結局シリアスなんて吹けば飛ぶほどにさえも存在しなかった。
そのあとなんだか格式ばった宣誓の文句を見よう見まねで復唱したりしたが、このやり取りのせいで俺は思い出し笑いを我慢するのに精いっぱいだった。
最後に、俺は女騎士、ルトと握手をした。
「それでは、決闘だ。先手さっき言った通り譲ろう。どこからでも来るがいい」
ルトは両刃の大剣を構えてそう宣言した。
俺はアイテムボックスからナイフを取り出す。
「ところで、この決闘、俺は転生したら負けだよな? 他に何か俺が負ける条件はあるか?」
「……ないな。誰かの助力を借りたりしたら決闘が無効になるが、貴様が負けるのは、私にやられて転生した時だけだ」
「そうか」
「どうしてそんな事を聞く?」
「いや、負けそうになったら降参出来ないかと思っただけだよ」
「軟弱な……。降参など認めはせんよ」
「そーかい」
俺は適当に会話を打ち切った。笑いをこらえるのに必死だ。
ルトは俺の誘導尋問にまんまと引っかかってくれた。“アンダーワールド”では“転生”と“死亡”がほぼ同義だから、別段違和感を感じなかったのだろう。
これで『リスタート』を使っても、俺が死んだから決闘が無効だとは、言えないだろう。
「悪いが、一撃で終わらせてやるよ」
俺は久々の対人戦での一対一に、初めから全力で臨む事に決めていた。
だから、精霊の森で使い損ねた俺のチートが誇る“必殺技”を、初撃に使う。
「……え?」
ルトが間の抜けた声を上げたが、仕方がないと言えるだろう。
何せ、一撃で終わらせたのだから。
「……どうして」
「……はは」
俺のナイフで、自身の喉をかき切って、自分の命を。
ルトの目の前で大量の血を流して、俺の体はくずおれた。
「貴様、何してるんだ!!?」
何人もの挑戦者を退けてきたルトにも分かるまい。致命傷を受けた俺を見て、ルトは呆然と構えを解いていた。
だが、それが命取りだ。
俺はルトを背後からナイフで突き刺した。
「!!?」
しかし刃が届く寸前、ルトは俺の気配を察知したのか即座に身を引き、こちらに向き直った。
「何だお前……!?」
俺は“必殺技”で仕留められなかった事を残念に思いながらも、久々にきちんと名乗りを上げさせてもらう。
「俺は『リスタート』の山瀬恭一だ」
“アンダーワールド”広しと言えど、自分を必殺する必殺技を使えるのは、俺だけだと言っても誇大妄想にはならないだろう。




