48. 誓いは命がけ
『リスタート』で復活した俺の目の前には、絶望的な光景が広がっていた。
銀の刃が突き立ち、黒い炎が渦巻くその地面に、赤い血の花が咲いている。
その中央に。
乱れた金髪とうっすらと開かれた水色の目。
黒いとんがり帽子は地面に落ちてぼろぼろで、愛用のマントは見る影もなく。
「コリス!!」
俺は駆け寄ってコリスの上半身を抱き上げた。
ごぼ、とその小さな口から血が吐き出される。
うめきとも取れる弱々しい呼吸音が、途切れ途切れに、聞こえる。
「コリス! おい!! しっかりしろ!!」
「あれを喰らってまだ生きているか」
冷徹な声が、降った。
「……ああ?」
「本来なら即死だ。上手く急所を避けたようだが、神技と言っていい」
アウルは関心がなさそうにそう言うと、俺たちに右手を向けた。
その手に銀と黒が混沌とした、火球が生まれる。
「だが、これで終わりだ」
俺は静かにコリスを抱えて、立ち上がった。
「避けられるとでも?」
「……」
俺は答えずに、腕の中のコリスを見た。
白い顔を蒼白にして、今にも死んでしまいそうに呼吸をするコリス。
俺の中に、目の前の炎以上に熱くて暗い感情が渦巻く。
「……お前はいつか、絶対、俺が倒す」
俺はそう誓った。
せめて最後に反撃してやろうと、アイテムボックスからとあるものを取り出そうとしたところで、轟音が響いた。
アウルの背後の森から突然、トラックが現れたのだ。
俺は望外の仲間の到来に驚くと同時、コリスを抱えて走る。
トラックがアウルを引き殺さん勢いで突っ込んできた。
アウルはやむなく火球をトラックに向ける。
しかし、さらに意味不明な事態がアウルを襲った。
「……は?」
アウルが急に光った空を見上げて一瞬、愕然とする。
空中に突然巨大な建造物がいくつも現れたのだ。
おそらくはモニカのチートだろう。
古き良き時代の日本の木造住宅のようなそれは、出現すると同時重力に従って、アウルめがけて落下する。
アウルは攻撃をためらう。
相手が複数かつ巨大すぎる。その上、トラックや建築物に当たったとしても、爆発で破片が飛び散ると攻撃範囲が読めなくなる。
結果、アウルは召喚魔法の応用で攻撃圏内から離脱した。
直後、巨大な建造物が地面に墜落し、木が砕ける甲高い音が轟く。
トラックはその合間を縫って俺の方までやって来て、スリップしながら止まった。
「乗れ!!」
ロティの鋭い声が俺の耳を刺す。
俺はコリスを抱きかかえたまま、助手席に乗り込んだ。
「大けがじゃねぇか!!?」
ロティの言う通り、コリスの怪我は酷過ぎた。
いくつもの銀の刃が彼女に突き刺さっていて、かなり重度の火傷も負っている。血もだいぶ流したから、一刻の猶予もない。
しかし、回復系の“恩典”を使ったとしても、ここまで重症では焼け石に水と言える。
特殊な回復系のチート持ちのところに連れて行けば治る。というか、治せる奴に心当たりはあるのだが、そこまでコリスが持たないだろう。
俺が頭を悩ませていると、後ろの席からアイズが声を上げた。
「俺に任せろ」
そう言われて、気がついた。焦っていて俺はその可能性に気がつかなかったのだ。
「コリスを仮死状態にするつもりか?」
アイズのチートの効果は本来、『相手は死ぬ』ものなのだが、こいつの要らん想像力のために『対象を仮死状態にする』ように効果が作りかえられている。
しかもアイズのチートの『仮死状態にする』という部分は強制効果の可能性が高い。つまり、どんな状態だろうと仮死状態にして氷の中に閉じ込める事が出来るかもしれないのだ。
「頼む」
俺はそうアイズに頭を下げた。
アイズは一瞬きょとんとしたようだが、いやという訳でもないようですぐにコリスの額に手をあてた。
「キョーイチさんの頼みじゃ仕方ないな」
いつもの調子を取り戻すためにかそう言うと、アイズの手からあの、精霊の手が出てきてチートが発現する。
「エター○ルフォースブ○ザード!!(詠唱破棄)」
額から首、体そして手足に、銀色の氷が張り詰めて、コリスを覆いつくした。
どういう原理なのか、コリスを抱えている俺は肌寒さすら感じる事はなかった。
「……どうだ?」
アイズが恐る恐る俺に尋ねるが、俺にだってわからない。
ただ、“アンダーワールド”で死亡すると死体は光の粒子みたいになって消えるはずなので、とりあえず今のところ死んではいないようだ。
「大丈夫そうですね」
後部座席から身を乗り出してみていたモニカもそう言うと、安堵のため息をついた。
「あっちは大丈夫そうじゃねぇけどな」
ロティは後ろの方を片手で示す。俺が窓から背後を見てみると、黒い火球が丁度、トラックの背後に着弾した。
轟音とともに土砂がトラックに降りかかる。
「ちっ、捕捉されてるのか」
トラックの下には、見覚えのある魔法陣が煌いていた。
「ちょっと奥の手を使うぞ……」
重々しく、ロティはそう言った。
「奥の手? なんかあるのか?」
「ああ、博士にこのトラックいじくってもらってな。ちょっとしたチートを積んでんだよ」
ロティはそう言うと、ハンドルの横から不自然に出ているレバーを引いた。
とたん、ハンドルの中央、先ほどまでクラクションがあった位置に妙なボタンがせり出してきた。
「ありえない速度で加速できるんだが、ちょっと欠点があってな」
「欠点?」
SFとかに出てきそうなそのボタンは、赤い水晶玉のようで、その中央には翼を広げた鳥のような紋章が浮かび上がっている。
中央にはアルファベットでTRAN……M?
何か書かれているが、トラックの揺れが酷くて上手く読めない。
「速すぎてとんでもないGがかかるんだ。特殊な訓練をしてないとやばいんだが……オレはいいとして大丈夫か?」
「ああ……」
俺はトラックに乗っている人間について考えた。
不死身な俺。
不死身なモニカ。
凍っている仮死状態のコリス。
そして、中二病のアイズ。
「……大丈夫だ。問題ない!!」
「あれ、なんか俺嫌な予感がするんだけど」
後ろでアイズがなんか言っていたような気がするが、緊急事態である。
「おっし、それじゃあ行くぜ!!」
ロティは一度景気よく片手を握りしめて振り上げ、
「トラン○ム!!」
「赤くて三倍速になるやつか!!」
俺が納得すると同時に振り下ろした。




