45. 再会は命がけ
俺は仕方なくアイズと共に森の中を走っている。
別にアイズに説得されてしまったわけではない。
“アンダーワールド”において自由というものがかなり尊重されている。
単にみんなが勝手気ままに生きているという事でもあるのだが、俺達“アンダーワールド”の住人は年齢や貴賎なんかも無視して自分の判断で行動する。時には味方の説得を蹴っ飛ばし、理屈をにゃんとらーの口の中に放り込むような事だって平気でするし、気に入らない奴を裏切るのなんて日常茶飯事だ。
自由だ。
この世界では法律がないため、自分で自分を律する事さえできれば、それ以外の行動は基本的に何に縛られる事もない。
その裏返しとして人である限り何者も俺たちの自由を奪ってはいけないという考えが強い。
各々がチートを持っているため個々の能力差が大きい事、そして死後転生するという事も、この放任主義を助長した。
また、現在の状況を鑑みて、時間は何より惜しい。
そのため、こいつを連れて行く事を俺も渋々ながら了解したのだ。
仮にもアイズは“アンダーワールド”中級者以上。実力と踏んだ場数なら歴戦の戦士とそん色ないほどなのである。バカなだけで。
危なくなったら逃げるだろうし、仮に俺とコリスでかかって勝てない相手だったならもう誰にもどうしようもなかろう、と投げやり気味に腹もくくった。
そんな事を考えて軽く鬱になっていると、森の木々でふさがっていた視界が急に開ける。
俺はナイフを構え、アイズの背後には水の巨人がゆらりと現れた。
「気をつけろよ」
「ああ、分かってる」
何かが焼けたような臭いが鼻を突く。
半径百メートルあろうかという広場は、澄んだ泉を中心としていた。しかし今、その付近の大地はところどころが雷撃と炎で焼き尽くされ、地面はえぐられ、木々はなぎ倒されていた。
「居たっ!!」
その中心に、コリスがいた。
自慢の黒い魔女装束はところどころが破れて血がにじみ、つば広帽子のつばの端々は焼け焦げでいる。
その正面に、黒い男がいた。
真黒なローブを羽織っているというのもあるが、黒いのはその全てだ。
服装やオールバックにしている髪、鋭い双ぼう――だけではない。
黒い炎。
それが彼の体にまとわりついている。
無論、コリスの魔法ではなかろうし、一切服も体も燃えてはいない。彼自身の魔法なのであろう。
そして内部からは銀色の刃物がギラギラと、獣の牙のように見え隠れしている。
黒い炎と銀の刃。
何とも不思議な取り合わせだが、夜空に浮かぶ三日月や、死神とその鎌なんかを彷彿とさせる組み合わせだ。
「アイズ!」
「おう!」
心得ていたのか、即座にチートで吹雪を生み出すアイズ。
アイズのチートは攻撃範囲と威力においては強力と言っていい。
さらに、今までは操作性や速射性に難があったが、現在では精霊のおかげかその難点も解消されている。
現在のスペックならば、“アンダーワールド”の魔法職の中では、かなり強い部類に入るはずだ。
細長い吹雪が集まり、束ねられ、まるで錐のようになって、黒い男だけを標的に、飛ぶ。
俺はそれの横を並走。
回避された場合の追撃を狙う。
しかし、男の対応は俺が予想だにしないものだった。
「ふん」
片手を振り、黒い炎を放ったのだ。
それだけで、アイズのチートは簡単に焼き尽くされる。どころか、
「うわ!!」
黒い炎がアイズのチートを押し切り、危うく彼にぶち当たるところだった。
「邪魔だ」
男は続いて肉薄してきた俺の方に手を振るった。
なすすべなく俺は絶命し――
――背後から、男をナイフで突き刺した。
「なっ!?」
しかし、驚いたのは俺の方だった。
なんと黒い炎にナイフを突きいれた瞬間、ナイフが貫通することなく一瞬で蒸発してしまった。
「ん、幻覚の類か? 面白い術を使うものだな」
口ではそう言いつつ全く興味なさ気に、男は振り返りもせず、炎の中の刃を散弾のように放って俺を絶命させた。
「さて――」
俺は『リスタート』で復活して、今度はその口に向かってナイフを突き出した。
瞬間、俺の目の前から相手が消えた。
「なっ!!?」
そして背後からの衝撃で再び、絶命。
俺は『リスタート』でまた復活して理解した。
男の今いる位置は俺がナイフを突き出した位置で、俺が絶命した位置は男が元々いたはずの位置だった。
「俺とあんたの位置を入れ替えたのか……!?」
「ふむ、理解が早いな。そして、召喚魔法を応用した転移で捕捉できるという事は、貴様のそれは幻術ではないのか」
男は首をひねるようなしぐさをした後、俺の顔を見て言った。
「成る程、お前は……そうだったか」
そして一人納得していやがるようだ。俺はそれを無視して背後にいるコリスの様子をうかがう。
「コリス、無事か」
「これが無事に見えるのか?」
「はっ、軽口叩けるなら無事のうちだろう?」
いつもの調子でお互いに、過去も禍根も置いておいて、とにかく今は、目の前の敵に集中する。
「アウル、か」
「ほう、私を知っているのか」
黒い男、アウルは嫌味でしかない笑顔を浮かべて、俺たちの前に立ちはだかった。




