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31. 説明は命がけ

博士の研究所に戻った俺たちを待っていたのは、アルダと博士だった。

俺に背負われて来たモニカを見て、アルダは驚きの表情を浮かべ、博士は達観したようなため息を一つついた。

やはり、この二人はモニカの事を知っている。

もし、モニカを背負って身動きが取れない状態でなければ、俺は二人のうちどちらかに掴みかかっていただろう。

それだけの事を、彼らはモニカに背負わせたのだから。


「ああ、お久しぶりです!! アルダさん! 博士さん!」


けれども、俺が椅子にモニカを下した時、彼女が発した場違いに明るい声には、白々しさはかけらもなかった。

ただ純粋に二人に再会できた事が嬉しいのだろう。

その純粋さに、アルダは表情を一層暗くし、つぶやいた。


「ついにこの時が来たか」


その言葉に、俺はとうとうブチ切れてしまう。


ついに(・・・)って、どういう事だよ!!? お前ら、こんな女の子に全部押しつけて、それを誰にも教えずにのうのうと生きてて、恥ずかしくないのかよ!!」


俺の声は主にアルダの方に向いた。以前から親しかっただけあって、アルダが彼女の事を隠していた事がショックだったのだ。


「俺たちが寝てる時も、起きてる時も、飯を食ってる時も――泣いて笑って怒って喜んでる間にだって、ずっとこの子は一人で苦しんでたんだぞ!!?」


俺の言っている事は偽善だと、俺自身分かっている。

知らなかったとはいえ、俺も彼女の犠牲の下に勝ち取られた平和を謳歌していた一人なのだから。


「まあまあ、落ち着きたまえ」


そう言ったのは博士。アルダが俺の言葉で傷ついているのを見かねたのだろう。

しかしそれは火に油を注ぐ事にしかならなかった。


「落ち着いてる場合かよ!!」


俺は博士の白衣、その胸倉をつかんで机に押し付けた。


「あんたもアルダも、彼女が苦しんでいる時何をしてた!? あぁ!!? 何してたんだよ!? 言って見やがれ!!? 自分のやったこともみ消して、さぞ楽しく暮らしていたんだろッ!!? なあオイ!?」


俺が息をつぐタイミングを見計らってか、博士はぼそりと言った。


「184……と113……392――」

「何?」


怒声を発し、少しだけ冷静に戻った俺は、博士の胸倉をつかんでいた力を弱めた。


「184種類のチートと、113個の研究成果、そして392個の科学とチートを合わせた複合理論……合計689通りの方法でもって、私が絶対に彼女を治す」

「……」


俺は博士を放した。

その瞳にあふれていたのは、老いてなお尽きせぬ、科学者としての真摯な情熱だった。


「治すって……どういう事だよ?」


俺は思わず後ずさりながら聞いていた。


「なんだ、知らなかったのかね」


俺は俺の最悪の予想が的中したと思って戦慄した。

モニカのチートは生産系で、不死身の能力は誰かからもらったものだと言っていた。


だからこそ、不死身の能力を与える事ができる人物を、俺は考えてみた。

結論を言えば、それは目の前にいるこの老人しかありえない。そう俺は推測していたのだ。


「彼女はオロチを閉じ込めるために不死身になったのだよ」


しかしその言葉は予想外のもので、俺はさらに困惑すると同時、目の前に悪魔を幻視した――さながらコマ送りか、古びた映像のように。


オロチにニルデアの街が蹂躙される中、果敢に戦いながらも散っていく命。

そこに一人の身なりのいい男が現れ、こう持ちかける。


“私は人を不死身にする事ができます。そしてその人をおとりにすればみんなが助かりますよ。何、簡単ではありませんか。その一人の犠牲で他の全員が助かり、その一人は決して死なないのですから”


初めは反対したり罵声を浴びせたりする街の人たちだったが、オロチの進撃を止める事も出来ず、どうしようかと焦り始める。

そんな中、みんなの中で一番純粋で無垢で優しくて。

優しい優しい、モニカが――


「私ヲ不死身にシテくださイ」


「……やめろ」


俺は自分に向ってぼそりとつぶやいた。

額に汗がにじみ、手は震える。それぐらいに外道の発想だった。最悪の妄想だった。


「それで、モニカを不死身にしたのはあんたなのか?」


俺の問いかけに、博士は少しだけ口の端を歪めた。


「本当に何も知らないのだね」


それは俺を嘲った言葉ではなく、ただただ意外だという気持ちがにじみ出ていた。


「彼女を不死身にしたのは私ではないよ。科学者を何だと思っている」


博士はそう言うとお返しとばかりに俺の両肩をつかんできた。ただ、その力は強くはなく、せいぜい俺が抵抗しなければ博士と無理やり目線を合わせられる程度のものだ。


「私は人間だからこそ、科学という文化を生み出せたと思っている」

「文化……?」

「そう、文化だ」


博士の声に熱が入ったのを、俺は見逃さなかった。


「科学は文化。それは絶対ではない。なぜなら、科学とは『すべてを疑って成立するもの』だからだ!」


博士の口調から熱は薄れ、湖面に浮かぶ月影のような、静かな語り口で続ける。


「しかし、今では人々は科学を信じて(・・・)いる。おかしいだろう?」


俺は素直に首を振った。博士は俺の方から手を放すと、さもおかしそうに続ける。


「科学は万能な理論ではあるが、全能ではない。全てを疑えば結果的に人間らしさがなくなり、つまりは、人間が科学を(・・・・・・)生み出す必要(・・・・・・)がなくなる」

「科学は人間を必要としない」

「しかし私はまた、思う。人間でなくなれば、科学者ではあれないと」


博士の矛盾した言葉は、しかしなお連続性を欠かずに続く。


「例えば、ぬいぐるみを抱かなければ寝る事ができない少女がいるとしよう」

「その少女は果たして、ぬいぐるみが存在しない世界に生まれたとしたら、何もなしに寝ることができたのだろうか?」


博士は指を一本立てて、俺の額を指さした。


「科学とは、そういう存在だ」


ぽん、とその指は俺の額を突く。


「私は科学者である事を、人間である事を誇りに思う。だからこそ、私は不死身の研究などしない」


俺は不思議な気分になった。

煙に巻かれたようでいて、核心を理解したような気分でもある。


「それどころか、ここ百年近く私は彼女が帰ってきた時のため、彼女の体を正常に戻す研究をしていたんだよ。アルダにも協力してもらって、ギルドから生産系チートを派遣してもらったりもしてね」


それでここには状態異常を治すような薬がたくさんあったのか、と俺は納得した。


そして、俺はアルダの方を見た。その顔は本当に苦しそうで、辛そうで、何かを諦めきれないでいるようだった。


「本当は俺もこんな事はしたくなかった。だが、あの時は誰かが犠牲にならなければどうしようもなかった」


そう、静かに、言った。


「ただの人間じゃ百いてもオロチのおとりにはなれない。だから不死身の能力が必要だった」

「……じゃあ、どうして彼女の事を誰も、誰にも言わなかったんだ」

「それは……尊厳のためだ」


アルダは少し言葉を探して、厳密に言った。


「モニカの事を知れば、“アンダーワールド”にいる人間全部が罪の意識にとらわれてしまうかもしれない。だが、これは俺たちの選択で、俺たちの罪だ。あとから来た奴らまで気に病むことじゃない」


それに、とアルダは続ける。


「助けに行こうとする奴がいたとしても、オロチは倒せない。そう思ってたんだ」


アルダはつき物がとれたみたいに肩をすくめると、コリスに向かって、言った。


「ありがとな」


かつてないシリアス回(笑)

博士さん語りに熱が入りすぎです。

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