30. コリスの本気は命がけ
『虚無の万雷』。
コリス最強の魔法にして、彼女が唯一名前を付けた創作魔法である。
どうしてこんな中二臭い名前になっているのか以前聞いてみたところ、詠唱の最後の一文からそのままとったのだとか。
名前の仰々しさの割に、由来はすごく適当である。
そんな『虚無の万雷』であるが、威力については折り紙つきである。これを喰らって死んだ俺が言うのだから間違いない。
その威力は全てを灰燼に帰し、その範囲は街一つすら飲み込む。
天空城ごとオロチを殺す事も可能だろう。
それならどうして初めから『虚無の万雷』で一掃しなかったのかというと、この魔法には致命的な欠陥があるのだ。
それは本来なら長所であるべき、とてつもない威力と攻撃範囲である。
例えて言うなら、家からネズミを追い出すのに、核兵器を持ち出すバカはいない。
なぜなら、家ごとぶっ飛ぶからである。それでは本末転倒だ。
そう言えばどこぞの青狸がぶっ壊れた時、たった一匹のネズミをやっつけるため、地球丸ごと消し飛ばせる爆弾を使おうとして、横にいた黄色い眼鏡君が必死で止めていたのを、俺はテレビで見た覚えがある。
……認識としてはまあ、そんな感じで問題ないだろう。
つまりは、強すぎて使えないという、とんでもない魔法なのだ。
実際、コリスですら前衛ではとても運用できないほど長い詠唱が必要で、その上魔力の大半を持っていかれるらしい。
さらに、色々巻き込んでぶっ放すため、この世界で使うとカルマ値の変化が読めないという恐ろしいデメリットも存在する。
オロチよ、コリスにここまで本気を出させるとは、敵ながらあっぱれな奴め。と俺は心の中で賞賛の拍手を送った。
『虚無の万雷』を喰らって五回ほど絶命しながら。
この『虚無の万雷』。なぜ攻撃力が異常に高いのかというと、コリスが攻撃範囲に設定した内側を、黒い雷が縦横無尽に駆け巡るためだ。
そのため俺が絶命して『リスタート』で復活すると同時、すぐにまた絶命することになる。
およそ一分程、黒い雷が空間を蹂躙する。
俺は絶命する合間に、周囲を確認していた。
オロチは跡形もない。どころか、天空城すらも落下しながら瓦礫へ、そしてチリと消えていくのが見える。
俺自身、落下しているようだが体は死へと繋がる雷の暴威にさらされ、落下の感覚を全く伝えて来ない。
モニカが心配だ。
とはいえ、この魔法は一撃で範囲殲滅を行うものではなく、息もつかせぬ連続攻撃で範囲内を殲滅する魔法である。
モニカの体の再生速度が勝てば、生存は可能だろう。
俺は考えても仕方ない事は放棄し、自分の目的を果たすために周囲を見渡す。
……“知悉の特赦”はどこだ?
通常、“恩典”を破壊することは不可能だ。
以前戦ったスライムのような例外を除き、ただの攻撃で“恩典”を破壊することは難しい。
これは小説家になろう的に言うなら、『“恩典”がVRMMOの破壊不能オブジェクトに設定されているから』である。
例えば、以前俺が飲んだ“探査の実”を思い出してほしい。
もしあれが破壊可能なものだったとしたら、半分に切って二回に分けて使う事ができてしまう。
逆に全てを飲まないと発動しない設定の場合、針の先ほどでも欠けると発動しないため、これはこれで発動不良の事故が起きてしまう。
そういったバグや抜け道を防ぐため、回復薬など一部の“恩典”を除いて、破壊や調合はできないように設定されているのだ。
スライムが“探査の実”を溶かせたのは、おそらくチートによって例外的に干渉できたためだろう。
……または、エロ大魔神の執念のたまものか。
とにもかくにも、いくら『虚無の万雷』が規格外な威力を誇ったとしても、オロチからドロップした“知悉の特赦”は破壊できない。
俺は絶命の合間の一瞬に、神経を集中させる。
絶命してしまうにもかかわらず、一秒のインターバルもなしに『リスタート』を連続使用しているのも、早く目的の“恩典”、“知悉の特赦”を探すためだ。
すでに絶命している俺には“探査の実”の“恩典”の効果は消えていて、“知悉の特赦”の位置が正確にはわからない。
闇雲に、視覚を頼りに探すしかないのだ。
だが、幸運な事にすぐに目的のそれは見つかった。
なぜなら、“恩典”として規格外の大きさを誇ったからである。
それは公衆電話のような形をしていた。
“恩典”である以上、一定の範囲に近づきさえすれば取得可能なので、回収は容易である。俺はいとも簡単にそれを入手した。
それから数秒後、『虚無の万雷』が止まる。
俺は落下しながら、あたりを見回した。
モニカの姿は、俺よりかなり下の方にあった。
俺が見た時、彼女の体は半分ぐらい消し飛んでいたが、それもすぐに再生していく。
「おーい、モニカーー!!」
俺は叫んだが、彼女の耳には届かなかったようだ。というか、空気が耳を打つ音が激し過ぎて、自分にもよく聞こえなかった。
おそらく、俺の事はコリスが回収してくれるだろうが、モニカの事をコリスは知らない。
仲間だという事を示さないと、誰にも助けられず、モニカは地面にぶち当たってしまうだろう。
俺はテレビで見たスカイダイビングのまねをして、空気抵抗が少ない体勢を取り、落下速度を上げた。
結果、ぶつかるようにモニカを抱きとめる事になったが、まあ仕方ないと言えるだろう。
「やっぱり外に出ると、生きてるって感じがしますね」
「いや現在進行形で死にかけてるからな俺ら!?」
まあ不死身っちゃあ不死身だけどさ。
そう俺が思った頃には、コリスが全速力でやって来ていたので、俺はコリスのほうきの端をつかんだ。
「無事なようだな」
コリスはモニカを気にしながらも、そう言った。
大方博士の発言の意味を勘ぐっているのだろうが、その表情はあまりいいものとは思えない。
あれだけ強力な魔法をぶっ放したのだから、仕方ないと言えば仕方ないが。
「ああ、助かった」
だが俺はあえてそれを無視する。
コリスは強がりだ。ねぎらいの言葉ならともかく、心配そうに声をかけてもいい顔はしまい。
「とにかく、いったん下に降りてから博士のところに行こう」
だから俺は用件だけを伝えた。
俺たちは博士と会わなければならない。彼やアルダなんかは、モニカについて何か知っているだろうから。
そして、その返答次第では――
――俺とコリスが、少しだけ暴れることになるかもしれない。




