29. 脱出は命がけ
あのあとも色々聞いてみたが、結局分かったのは、モニカが天空城にオロチを閉じ込めるおとりになった事。彼女が不死身でその能力はある人物がくれた事。
そして、不死身であるからこそここで溶かされても再生し、オロチに養分として取り込まれ続けている事だった。
オロチが嬉々として俺と戦おうとしたのは、不死身の俺を食えば永遠に腹が膨れ続けると思ったためのようだ。
実際には俺の『リスタート』とモニカの不死身は仕組みが違うのでそうはならないが、俺が身の危険を感じたのは、自分が食われるという生物的かつ本能的な恐怖を感じ取ったからかもしれない。
さて、ここまではいいとして、そろそろオロチの体内から脱出する方法を考えたいと思う。俺がそうモニカに告げると、
「無理ですよ」
とだけ言って残念そうに笑った。
俺はその言葉に込められている感情の意味も考えず、モニカを励ますように言う。
「大丈夫だって。外には俺の仲間もいるし、少なくとも俺は死んだら外に出れるから、モニカがいる事を外の奴らに教える事は出来る」
それに外にいる俺の仲間すげぇ強いんだぜ、と俺はおどけて見せて、座っているモニカの手を取った。
驚いたモニカはバランスを崩して倒れる。
「どうし……」
たんだ、という言葉を俺は呑み込んだ。
倒れた拍子にすその広いモニカのロングスカートがめくれ、モニカの両足が少しだけ見えたのだ。
「ああ、見られてしまいましたか」
モニカの足首から下、皮膚の表面がぶよぶよとスライムのようになっていた。それは崩れては再生を繰り返し、まるで肌と同じ色の汗をかいているようにすら見える。
「不死身になった代償です。細胞分裂が異常な速度で起こっているらしくて、そのせいで私は両足が思うように動かせません」
モニカはそういうとスカートの裾を手で直した。
「だから、逃げる事はできません。歩けませんから。キョーイチさんのチートがどんなものかは分かりませんが、もし一人だけしか逃げられないのでしたらどうぞ、逃げて下さい」
俺はそう言ったモニカの顔を見た。卑屈になっているわけでも悲嘆にくれているわけでもない。その表情は、現実を長い時間をかけて受け入れた覚悟に満ち溢れていた。
「だから大丈夫だっての。俺の仲間が助けに来てくれるって」
俺はそう言って誤魔化した。モニカにこんな顔をさせた奴が許せない。そして、彼女の両足を見て目をそむけてしまった自分を、それよりもっと、俺は許せなかった。
「仲間の方を信頼されているんですね」
けれど、と――急に申し訳なさそうにして――モニカは言う。
「恐らく助けは来ないと思います。先ほどからオロチが全く動いていませんから」
俺はそう言われて気づいた。
胃袋があの長大な体のどこにあるのか知らないが、少なくとも本体が動けば多少の揺れぐらいある気がする。
モニカがうたた寝していたところを見ると、ここは揺れる程度なのかもしれないが。
「仲間の方は、一旦撤退されたか、もしくは……」
その後を、モニカは口にしなかった。
俺はコリスの行動を考える。
コリスの性格からして、俺を置いて逃げる事は絶対にない。
その程度に俺はコリスに大切に思われているだろう、という自意識過剰ではない。あいつはプライドが高いため、自分から逃げるなんて事を絶対しない。
それに逃げたとしても、ここまで援軍に来てくれる酔狂な仲間はいないだろう。そういう観点からも、合理的なコリスが撤退を選択する可能性はないに等しいと言える。
とすると。まさか……いや、そんな。
俺はその可能性の高さに気づいて、絶望に打ちひしがれた。
「そんな……バカな……!!?」
「だ、大丈夫ですよ! まだ死んだって決まったわけじゃないでしょう!?」
モニカの声が聞こえるが、聞こえるだけで反応できない。
この状況は全く予想していなかったのだ。俺がこんな状態になってしまうのも仕方がないと言えるだろう。
まさかこんな時にコリスは……!!?
「ねえ、元気出して下さいキョーイチさん!!」
モニカが俺の方に手を置いてくれた事で、俺はようやく正気を取り戻した。
「なあモニカ」
「はい、何でしょうか?」
こんな時に真摯に受け答えしてくれるモニカに、俺は涙が出そうになるのを堪える。
そして俺は残酷な現実を受け止めるために、こう切り出した。
「お前のチートは、例えば一分間に百回連続で雷に撃たれても平気か?」
「……はい?」
今の状態を全く理解していないモニカにたたみかけるように言う。
「俺は大丈夫だが死ぬほど痛いんだあれは! いや、実際に十回は死ぬんだが……とにかくモニカが大丈夫なのかが心配なんだよ!!」
俺の感情の変化に追いつけないのか、モニカはぽかんとしている。
「えと……おそらくは私を狙って局所的かつ一瞬で私を跡形もなく消し飛ばしたりしない限り死なないと思いますけど……」
と、モニカは分からないなりに答えてくれた。
「よし、それなら大丈夫! あとは腹をくくるだけだ!!」
俺は畳の上に胡坐をかいて、腕を組む。まるで立ち退き運動でもしているかのようだ。
「あの、何があるでしょうか?」
俺は俺自身を取り乱させるほどに嫌な推測を、モニカに聞かせてやった。
「コリスは多分、あいつが持ってる中で最強の魔法をぶっ放す」
そう言った直後、黒い閃光と巨大な衝撃が俺とモニカに襲いかかった。




