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白と黒

 教会側の視点になります。


「ここまで来れば大丈夫だろう。さぁ、話を聞こうか」

 

 アルヴァがそう言って振り向いた。シスカを背負った男は頷き、立ち止まってあたりを見渡す。ジョシュアはそれを怪訝そうに見つめていた。どうしてそこまで警戒する必要があるのか。ここは組織の敷地内だ。吸血鬼が襲ってこられるような隙はないはずである。厳戒態勢にある今ならばなおさらそうだ。だというのに何をそこまで恐れているのか。


「どうした?話さないのか?」


 いつまでも周囲を気にする男の様子を見てアルヴァも不審そうな口調で聞いた。それで男は我に返ったようにアルヴァを見て言った。


「いえ。聞かれるとあまりよくない話なので」


「何か問題があるのか?心配しなくてもここならば吸血鬼は来られない。安心して話すといい」


「ええ。それがですね。その吸血鬼なんですが……」


 男が語尾を濁す。その時ジョシュアは男の手が妙なことに気づいた。包帯を巻いているのだ。傷を負っているのならばなんら不思議なものではないが男は先ほど自分で言ってはいなかっただろうか。自分は傷ひとつないと。


 その時、男がその包帯で巻かれたほうの手をゆっくりと上げて、アルヴァを指差した。それにアルヴァは不愉快そうに眉をひそめる。


「何だ?何の真似だこれは」


 それに対して男は、アルヴァを真正面から見つめて言った。


「もう入ってきているんです。この場所に」


 その言葉の意味をアルヴァが理解する前に男が手の包帯を解いた。包帯がするすると解けていき、中の手が露になる。


 その手の色は普通の色ではない。鉄器のような黒だ。


 そこでアルヴァはやっと目の前に立っているのが何者なのか気づいた。アルヴァの顔から見る見る血の気が引いていく。それを見て男が嘲るような笑いを浮かべた。


「その首、いただきますよ」


 その言葉で男がアルヴァに向けて指していた黒い指先が針のように鋭くなった。その鋭い先端を見てアルヴァは後ずさる。


「アルヴァ様!」


 それを見てジョシュアがアルヴァへと駆け寄ろうとする。しかしその行き先にはシスカがいた。ジョシュアが立ち止まるとシスカは目に巻いた包帯を取り去った。透き通った青い眼がジョシュアを正面に捉える。それを見た瞬間、ジョシュアが情けない叫び声を上げた。


「き、吸血鬼か……?」


 恐怖に震えるかのように歯を鳴らし、目の前の事実を受け入れられないかのように目は右往左往している。シスカはそれに対して鼻で笑いながらジョシュアへと近づいていく。


 それに気づいたジョシュアはすぐさま逃げ出そうと背中を向けた。その瞬間に、ジョシュアの身体を何本もの黒い針が貫いた。それは全てシスカの指が伸びたものだった。首筋に一本、背中に三本差し込まれた針はスルスルとジョシュアの身体から抜けていく。全て抜け斬った瞬間に、ジョシュアの身体は糸が切れたように前のめりに倒れた。うつ伏せになった身体から赤い鮮血が地面に広がっていく。


「ほら。もうすぐあなたもああなりますよ」


 ジョシュアを顎で示しながら男が言った。


 そして次の瞬間、その針の先がアルヴァの顔に向けて直進した。


 それに気づいて顔を動かそうとする。しかし気づくのが遅すぎた。針がアルヴァの顔を貫くには二秒もあれば充分だった。


 アルヴァは視界の中心に近づいてくる針を見つめる。まるでスローモーションのように、針が顔の中心に迫ってくる。この針の先端が皮膚を貫き、脳に達し、さらには頭蓋さえ貫いて自分の頭を串刺しにする。そんな幻覚に最後の思考が奪われる。


 やがて針の先があと一ミリで眉間を貫くかと迫った、その時である。


 唐突に視界の中の針が止まった。


 アルヴァはそれが既に死した自身の脳が生み出した幻想かと最初は思った。しかしいつまでたっても思考の死が訪れない。


 自身に向けて針を出してきた男の姿がその時倒れた。倒れた男の背には刀傷のような鋭い傷跡が斜めに走っている。そこからすぐに血が流れ出し、銀色の地面を濡らした。


 それでやっと、自分が生きていることをアルヴァは解した。


 その時鼻先で突風が巻き起こった。その衝撃にアルヴァはよろめくように後ずさりして地に尻餅をついた。


 視界の中で男に抱えられていたシスカが突然に、まるで吹き飛ばされたかのように近くの幹に激突した。アルヴァは何が起こったのかと視界を巡らせる。すると、シスカが先ほどまでいた場所に誰かが立っていた。


 視線を動かし顔を見る。それは秋瀬であった。


 見れば片手に神託兵装の剣を握っている。それで秋瀬が男とシスカを斬りつけたのだということを悟った。


 秋瀬はアルヴァの姿を一瞥すると、今しがた斬りつけたシスカのほうへと止めを差すために真っ直ぐに向かっていく。


 その眼は狩人の眼となっている。


「……吸血鬼、それも擬態能力をもつ奴か」


 響く低い秋瀬の声に、肩口を押さえながら痛みに顔を歪ませてシスカは嗤った。


「狩人、秋瀬・コースト神父ね。噂に違わぬいい腕だわ」


「私を知っているのか?」


「あの子があなたの名前を聞いたでしょう。それでよ。あたしとあの子は繋がっているもの」


 その言葉とともに、シスカの顔が泥のようになって融けて行く。茶色のウェーブのかかった髪が毛先から真っ赤に変わっていく。


 秋瀬はその様子を冷静に見つめていたが、やがて現れた顔に平静を忘れ、目を見開いた。


 先ほどまでシスカという女の顔だった目の前の吸血鬼は、先ほど秋瀬が地下室で尋問した吸血鬼、Q8と同じ顔になっていた。


「馬鹿な。いつ逃げ出した?」


 秋瀬のその言葉にQ8と同じ顔の吸血鬼は口元を歪ませて答える。


「逃げ出してなんていないわ。あの子は今も地下牢につながれておとなしくしているはず。あたしはあの子のオリジナルだもの。名前はQ。顔が同じなのは当然よ」


「……増殖能力か」


 そういえば聞いた事があった。血を交換することで自分とまったく同じ能力を持つ個体を無数に作れる吸血鬼がいると。それは血を吸われた人間が「感染」によって吸血鬼化するよりも高い確率で成功し、効率よく個体を増やせる。だが、そんな能力をもつ吸血鬼はそうそう多くない。もしそんな能力を全個体が持っていれば瞬く間にこの世は吸血鬼に支配されてしまうからだ。


 増殖能力、という言葉を聞いて、Qは顔をしかめた。


「あまり素敵な呼び名じゃないわね。虫か何かの行動を呼ぶときみたいな不細工な言い方。嫌いよ、そういうの」


「貴様らに好かれようなどと思ってはいない。それで、貴様は自分が増やした仲間でも助けに来たのか?」


 秋瀬が切っ先を真っ直ぐに向けて問う。しかし動じることなくQは笑いさえ交えながら答えた。


「仲間? 冗談言わないでよ。あの子はただの駒。それも捨て駒よ。それを助けるだなんて、馬鹿馬鹿しい。道具を守って自分の首を絞めてどうするのよ。あたしはただあなた達を壊滅させるために来ただけ。コピーがどうなろうと関係ないわよ」


 秋瀬はQのその言葉を聞きながらどこか違和感を覚えた。コピーは関係ない、これは本当のことだろうが問題はたったふたりで組織を壊滅させようとしたというところだ。たった二体の吸血鬼に壊滅させられるほど組織は脆弱ではない。それだというのにわざわざ自分のコピーが捕まっている場所に仕掛けてきた理由とは何なのか。


 秋瀬は気になったが、それよりも今目の前の吸血鬼を討伐することが先だと思い、右耳の位置にある聖痕を押そうとした。


 その時、近くでうめき声のような声が聞こえた。秋瀬はその声の主を探る。その声は斬られたはずの男から発せられているものだった。


 まだ生きている。そう思って見ていると徐々に男の姿が変わっていった。身体が小柄になり、顔つきが変わっていく。それにつれて髪が伸び、端からどんどん赤く染まっていった。骨格が変化するバキバキという音が響き渡る。


 それにアルヴァは慄くように尻餅をついたまま後退する。男がすっと立ち上がる。否、それはもう男ではなかった。赤い髪で青い眼の女がそこにいた。


 女の青い眼が侮蔑するようにアルヴァを見下ろす。そして再度、手を黒く硬化した。アルヴァはその女の姿に心奪われたようになって身動きが取れない。それを見て女が薄く笑った。


「抵抗できないの? なら、すぐに楽にしてあげる」


 女が硬化した手を上げる。それを呆然とアルヴァは見つめている。その時秋瀬がそれに気づいた。


「アルヴァ様!」


 急いでアルヴァの下へ行こうとする。だが間に合わない。女はそのまま手を突き出すようにしてアルヴァへと勢いよく振り下ろした。


 その時、白い姿が女の両脇を一瞬駆けた。


 女はそれに気づいて手を止めて両脇を見た。そこにはフードを目深にかぶったふたりの白装束が手に何かを持って立っていた。


 剣である。それの切っ先を地面につけて白装束達は女を見上げていた。その剣を見て女が警戒するような眼を白装束達に向ける。無闇に動かないのは吸血鬼の反射神経ならばこの距離からでも避けられる自信があるからだ


 しかし白装束達からは動く気配がない。まるで全てが終わったように立ち尽くしている。それを見て女がいぶかしげに両脇の白装束達をもう一度首を回して見ようとした。その時、唐突に視界が地面に落ちた。その視界は地面に落ちたかと思うとすぐさま自分の胸元へと変わり、さらに腰へ、足へと落ちて行く。一体何が起こっているのだろうか、と思っているとゴトンという重い音が耳元で響いた。その時には視界はもう足元にあった。その足元から巡るように視線を上げていくと見知った自分の身体が目の前にあった。そこから何か赤い液体が際限なく顔に降り注いでくる。それは見知った香りの見知った液体、すなわち血液であった。


 それが自分の首の辺りから雨のように降ってくるのだ。そこでやっと女は自分が既に首を落とされたのだということを知った。しかしいつ、どの瞬間に落とされたのかは検討もつかない。それを考えていると突然、影が自分の頭の上に落ちた。


 視線を上げるとそこには白装束がいた。剣を力なく持ってこちらを見ている。


 こいつが自分の首を落とした。そう考えると怒りがこみ上げて思考が白い熱に冒される。


 その瞬間、自分の頭に体重がかかった。見ると白装束の靴の底で踏みつけられていた。女はそれで最後の気力を振り絞り、憎しみの篭った眼で白装束を睨んで言い放った。


「……殺してやる」


 その言葉が自身の耳に響く前に、視界が踏み潰された。


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