死
おぞましき実験の全貌が明かされます。
大門がその言葉を反復すると、玲子は口元に笑みを浮かべながら頷いた。
「あなたがガス爆発に巻き込まれたあの日――、いえ、正確にはガス爆発ではないわね。ある存在によってあの場所にいた人間達は殺され、生き残った人間達も生き埋めにされかけた事件」
「……ある、存在」
大門が夢の中にいるかのように呟く。
「ええ、そのある存在というのは――吸血鬼。伝承の中の化け物よ」
それを聞いた瞬間、大門の脳裏に秋瀬が話していた事柄が思い出された。吸血鬼、実際に存在する化け物、ハルカもその吸血鬼の仲間だった、と。
――ハルカ。
その名を思い出した刹那、大門は立ち上がった。ここに来た本来の目的を思い出したのだ。ハルカが一体何者だったのか。それを解き明かすために来たのだ。
大門は懐へと手を入れる。そして、いきなり立ち上がった大門を呆然と見つめる玲子の目の前へと漆黒の銃身を突きつけた。
玲子はそれを見て、特に驚くわけでもなく静かに銃を見つめながら言った。
「あら。それでどうするつもりなの?」
余裕さえ感じさせる笑みを浮かべながら玲子は大門を上目遣いで見る。大門は感情を殺しながら、低い声で言った。
「吸血鬼。ハルカもその吸血鬼の仲間だっていうことを俺は聞いた」
「ふーん。で?」
玲子が髪の毛をくるくると指先でいじりながら興味なさそうに言った。大門はそれで少しむきになって、玲子に向けて叫んだ。
「お前が、ハルカや吸血鬼について知っているんだろ! なら、それをまず教えろ! 大いなる実験だとかは、あとでもいい!」
叫び声が広い地下室へと余韻を残しながら吸い込まれていく。漆黒の床と天井がその叫びを充分に吸い取ったと思われるころに、玲子は口を開いた。
「――そう。でもね」
大門は、はっとする。いつの間にか玲子の指が銃身に絡みついている。それはなまめかしい動きを見せながら漆黒の表面をなぞるようにして握る。そして銃口の上に掌をかぶせて、真正面から銃を握ってきた。
「物事には順序があるのよ。今は黙って話を聞いてもらえるかしら?」
漆黒の瞳が大門を見つめる。黒の向こう側まで誘い込まれそうなほどに深い色を持つその眼に射竦められるようにして大門は言葉を失った。
玲子がそのまま銃を下ろす。それでなぜか大門も力が抜けるような心地がして椅子へと座り込んだ。
「さて、話を戻しましょうか。最初から、語らせてもらうわ」
異論はないか、と確認するような眼で玲子は大門を見る。その眼に対抗する言葉が見つからずに大門は無言のままに頷いた。
玲子はそれを見て、口元に笑みを浮かべながら語り始める。
「あの日に、あなたは吸血鬼の襲撃現場のど真ん中にいた。正確な死者の数が分からないように建物をわざわざ倒壊させて、吸血鬼はそこにいた人間達を――殺した」
大門は玲子の言葉であの日のことを思い出した。子供だった自分には何が起こったのかはさっぱり理解できなかったが、それでも異常なことが起こっているという認識ぐらいはあった。
弾丸のように降り注ぐ瓦礫。壁が砕ける瞬間に巻き込まれる人々。衝撃が身体を弄っていく、痛み。
あれらがたった一つの存在によって起こされたなんて考えるだけで胃の中の熱いものがせりあがってくる感触がする。
「ガス爆発のような惨状になったのは当然ね。彼らの能力は人知を超えているから」
そこまで言って玲子はまたカップを持ち上げてコーヒーを口に含む。
「襲撃、ということは、吸血鬼はもともと俺達を襲うつもりだったっていうことか?」
大門が質問すると、玲子はカップを机の上に置いてからかぶりを振った。
「いえ。もともと、というわけではないでしょうね。たぶんその吸血鬼は偶然にもその時、その場所で血が足りなかったのよ。だから、血の補充ができれば誰でも良かった」
――誰でも良かった。そんな理由で両親が殺されたなんて考えると、脳髄が焼けただれるほどの怒りを感じた。
「それで、俺達は襲われた。そんな、単純な理由で……」
膝に置いた手に力が篭る。身体の暗い部分からその吸血鬼に対する猟奇的な感情がムカデのような醜悪な足音で這い上がってくる。
「それであなたは重症を負い長い時間生き埋めになった。でも、その吸血鬼はその場所で得た血液だけでは満足しなかった」
その玲子の言葉に、はたと暗い感情が立ち止まる。――それだけでは満足しなかった、ということは、
「その日に、他にも何かあったのか?」
顔を上げて大門が質問すると、玲子が首肯し指を一本立てて言った。
「その日にもう一件。こちらも事故として処理されたわ。街外れの教会での全焼事件。その教会にいた孤児も含め、数十人の死傷者が出た」
大門はその事実に言葉を失った。その日のうちに、自分達を傷つけた吸血鬼がさらに人を殺したなどということがとてつもなく恐ろしかった。
「そこの重軽傷者達はすぐさま病院へと運ばれた。ちょうどこの時、あなたは生き埋めとなった瓦礫から救い出され同じ病院へと運ばれることになる」
大門はほとんど風化した自身の記憶の断片を探す。イメージだけだが確かに、あわただしい看護師達の声や、どこか化け物じみた呻き声を聞いた気がした。今にして思えばあの呻き声はその教会での被害にあった人々だったのかもしれない。
「そこで私の父が担当した。あなたを救うために」
そう言ったときの玲子の声は冷たかった。実の父親のことを話しているはずなのにどうしてか、彼女は軽蔑するような眼になって話を続ける。
「だけど、父はあなたを執刀する数分前にある重傷者を担当していた。その重傷者の様子はかなり惨いものだったらしいわ。剣でつけられたような傷を負っていて、とても助かりそうになかった」
――剣。それを聞いた瞬間に、秋瀬のことが思い出された。秋瀬が持っていたものも、剣のような形をしていた。
「でも、その重傷者は生きていた。だから父は助けようとしたんだけど、剣の通った傷口を診ていたときに妙なものをその重傷者の中に見つけた」
「……妙な、もの?」
大門が訊くと、玲子は頷きもせずに目を閉じて言葉を続けた。
「――心臓の横に、人間ではありえない臓器を見つけたのよ」
「臓器だと? ……どういうことだ」
大門のその問いかけに、玲子は目を開けて静かに語った。
「その人間は普通じゃなかった。父が執刀しようとしていたのは人間ではなく、負傷した吸血鬼だった」
大門は玲子が発したその言葉に驚いたが、それでも信じられなかった。秋瀬の話では吸血鬼は瞬時に自身の傷を治癒すると聞いていたからだ。
「ちょっと待ってくれ。吸血鬼なら病院に運ばれるまでに治癒しているんじゃないのか?」
疑問をそのまま口にすると、玲子は大門の台詞が予測できたように答えをすらすらと言った。
「剣が身体を貫通していたといったでしょう。その剣が少し特殊だったのよ」
「特殊?」
大門が聞き返すと、玲子は砂糖をコーヒーに加えながら、「そう」と答えて続ける。
「彼ら吸血鬼の細胞を完璧に断絶する凶器だった。通常の凶器なら吸血鬼はすぐさま再生する。でもその凶器は吸血鬼が身体を繋げるために必要な細胞を可能な限り破壊するようにできているんでしょうね。相当な切れ味か、それともそういう薬物を切っ先に塗ってあるか……」
答えを考えながら玲子はスプーンでコーヒーを混ぜ始めた。その様子を見ながら大門は秋瀬の持っていた剣を思い出す。確かに異質な雰囲気を持つ剣だったが、それほどのものだったとは思わなかった。思えば、そんなものを振り回す連中に自分は立ち向かおうとしていたのか。そう考えると、自然と身体が震えた。
「どちらにせよ、吸血鬼は致命傷を負っていて父はその重傷者が人間ではないことを知ってしまった。その時、父は思い出した。医者仲間の間でまことしやかに囁かれていた噂、不死の人間のことを。――そして、父は罪を犯した」
「罪、だと」
大門が言うと、玲子がスプーンの動きを止めた。そしてカップの中で回転する黒い液体を見つめていた視線を上げ大門を見つめて、呟くように言った。
「悪性の腫瘍だと言って、その臓器を取り出した」
その瞬間、大門は玲子の目におぞましいものを感じた。冷徹に父親のことを語る姿にも恐怖を感じていたが、それ以上にこれから語られることが聞いてはならぬ事柄のような気がして淡々と語る玲子の目から思わず視線を逸らす。
玲子はそれを気にする様子でもなく、話を続ける。
「それで吸血鬼は死んだわ。でもそんなことを気にもせずに父は次の患者、すなわちあなたの処置に取り掛かった。父の話ではあなたは全身に傷を負っていてとても助かる状態ではなかったと聞いたわ。その時にあなたに特殊な輸血が行われた」
――特殊な輸血。
なぜだか大門はそれだけでこれから語られることが分かったような気がして胃に重いものを感じた。
「それであなたは助かったわ。でもその時の輸血は通常の人間の血液ではなかった。ある存在の血液と合成された血液を、父は使った。――もう分かるわね」
頭が痛い。脳髄が殴打を受けているように目が眩む。玲子の姿が歪んで、ぐにゃぐにゃになった玲子が視界の端で笑う。
「――やめろ」
拒絶の言葉を口にするが、それでも玲子は話し続ける。
「あなたは父が採取した吸血鬼の血で助かった。つまりあなたの中には吸血鬼の血が流れているということに――」
その時、轟音が突如として地下室に響き玲子の言葉を遮った。
玲子が背後を見ると、壁に穴が穿たれそこから罅割れが生じていた。次いで、正面に向き直ると、大門が震えながら立っていた。その手には今しがた火を吹いた銃が握られている。
大門は俯いたまま叫んだ。
「む、無茶苦茶な作り話はやめろ! 俺は真実を知りに来たんだ。お前の作り話を聞きに来たんじゃない!」
叫んだ直後、銃を持つ手を必死にもう片方の手で押さえた。押さえていないと続けざまに今にも発砲しそうだったからだ。
だが玲子は大門が銃を撃ったとしても落ち着き払った様子で、口元に笑みを浮かべている。
「作り話じゃないわ。これが真実。父は、吸血鬼の血を埋め込んだあなたを監視するために手紙を送り続けていた。わざわざ私の名を使ってね。それが〝大いなる実験〟の第一段階。吸血鬼の血を埋め込まれた人間はどうなるのか、という単純な実験。あらゆる事件の情報を流したのは、残酷な事件が精神的に影響をどのように及ぼすかを探るために――」
「黙れ!」
叫びとともに再度、轟音が響く。弾丸として発射された殺意は机の上のコーヒーカップに中り、カップが散乱し中の黒い液体がこぼれて机に広がっていく。
玲子はそれでも動じることなく大門を見る。真っ直ぐに大門を見つめる鳶色の瞳に逆に大門が気圧された。その視線から逃げるように一歩下がる。
「でも、あなたに特別な変化はなかったわ。だから父はあなたを監視しつつ、第二段階へと実験を進めた。来る日も来る日も、狂ったように手に入れた臓器のことを調べ続けたわ。娘の私から見ても異常なほどに」
そこで玲子は自嘲的な笑みを浮かべた。自分がそんな親の娘であることがおかしいのか。
「そして、調べるうちにその臓器は吸血鬼の血と反応して特殊な薬物を精製することが分かったわ。それは吸血鬼の肉体の強化に使われたり、変異に使われたりすることも。そして吸血鬼の血で生み出せるある存在についても、父は研究を進めていった」
そこまで話して玲子は立ち上がった。大門はその姿に狙いを定める。だが玲子は臆すことなく、傍らの本棚へと歩み寄った。そして詰め込まれるようにして置かれた本と本の間から、薄い紙を一枚取り出した。
その紙を、銃を持つ大門の前に差し出す。黄色いシミが浮かんで、何重にも折ったあとがある汚らしい紙だった。大門は玲子と紙を交互に見ながら、無言でその紙を奪い取るようにして受け取り、目を通した。
そこには細かい文字が乱雑に躍っていた。何かのレポートのようだ。日本語とドイツ語がごちゃごちゃに書かれている。その中の日本語だけを拾い読みしようにも、文字を上から書かれていたり、方向が無茶苦茶だったりしてうまく読み取れない。
だが、大門はその文字群の中にほかとは独立していて唯一読める言葉を見つけた。無意識のうちにそれを読み上げる。
「――使い魔……。何だ、これは」
呟くようにして言うと、玲子が頷いて口元に笑みを浮かべた。
「そう。それが父の研究していたものの名前。吸血鬼の血から創り出せる特別な存在よ」
「創り出す? どういうことだ」
大門が再び玲子に銃を向けながら言う。玲子は両手を胸の前で組んで、俯きながら探るような口調で言った。
「吸血鬼の家畜……、と言ったところかしら。私達人間で言えば機械のようなものね。吸血鬼は自らの食事を得るために、それを使っていた」
――機械。そう口の中で呟く。
だがそれが自分に何の関係があるというのか。吸血鬼の機械なんてものが、一体どういう意味があるのか。
「それが話に何の関係がある。吸血鬼が機械を創ろうが知ったことじゃない」
それを聞いた玲子は、くすっと小さく笑う。まるで小さな間違いでも見つけたような無邪気さで。
「関係あるのよ。この話があなたには一番、ね」
玲子の様子を見て大門は怪訝そうな顔をした。何がそんなにもおかしいというのか。
「どういうことだ。いや、それ以前に、この紙には何の意味があるんだ」
「私達親子はそれを完成させたのよ」
玲子が顎で紙を示してさらりと言い放つ。大門はその言葉で紙を再度見た。
「半分以上父がやったんだけど、残りの半分は私がやった。服をあげたり、名前をあげたりしたのも私。苦労したわ。何せ彼女を創るためには相当な数の死体が要ったもの」
「死体だと?」
大門がその言葉に嫌な顔をして疑問を示すと、玲子は頷きながら平気な顔で答えた。
「そう、死体。彼女の内部はね、たくさんの死体のスクラップでできているのよ。そうしなければ、吸血鬼の使い魔としては成り立たない」
死体。その言葉が大門の脳を揺さぶった。
死体で構成される存在などこの世にあるというのか。
「そして死体を統制する脳として必要なのは吸血鬼の血。宮崎勝也は臓器から血液を採ってその存在の基礎を創り上げた。医者としての禁忌を犯すことに、彼はためらいなどなかった」
いつの間にか玲子は実の父親のことを赤の他人のように語り始めていた。大門はその話しぶりに奇妙なものを感じながらも、あまりに話が突拍子過ぎて口を挟むことができない。
「つまりその存在とあなたは同じ吸血鬼の血によって生かされたという点では同じものだということよ。だから彼女はあなたに最も近い」
その言葉に大門は反応した。相変わらず話の内容は理解できなかったが、吸血鬼と同じ存在と言われていることは分かった。大門は銃を向けながら否定する。
「違う! 俺は、化け物と同じじゃない。お前はさっきから何の話をしているんだ!」
「嘘。あなたはそれを知りに来たんじゃないの?」
いつの間にか大門の鼻先まで近寄ってきていた玲子が上目遣いで大門を見ながら言った。大門はそれに驚いて数歩下がった。その様子を見て玲子は肩を竦める。
「思い出せないの? あなたがもっとも知りたいことでしょう。あの子のことは」
――あの子。
それが誰のことを指しているのか最初は分からなかった。
「ここに来た目的は?」
玲子が問いかける。
「それは、手紙に書かれていたから。ハルカが殺された、真実を――」
そこまで言って気づいた。玲子が自分に何を分からせようとしているのかを。そして、あの子、とは誰を指している言葉なのかも。
「……嘘、だろ」
大門が呟く。それを玲子はかぶりを振って否定した。
「いいえ。あなたの思っている通り。吸血鬼が作り出した血液採集のための道具、使い魔。それを人間が創り上げたのが――ハルカ。宮崎勝也と私が創り上げた自信作よ」
それを聞いた瞬間、大門の意識が針の穴のように収縮した。そして気づいた瞬間には、銃を目の前に立つ玲子の頭へと真っ直ぐに向けていた。
大門は獣のように叫んだ。
「なんてことを、お前は、お前ら親子はなんてことをしやがったんだ! ハルカは、そんなことで、身勝手に生み出されて、殺されたって言うのか……。え? どうなんだよ、おい!」
叫びの最後のほうは嗚咽が混じっていた。
怒りで灼熱する脳裏に、大門はハルカの姿を思い出す。あまりにも純粋無垢で、真っ白で、無防備すぎて、常識もなくて、怒ってもこちらが馬鹿馬鹿しくなるほどに無邪気な少女。そんな少女が、人の命をなんとも思っていない親子によって、実験という理由の下に勝手に創りだされて勝手に殺された。
その事実に、吸血鬼に両親を殺されたと聞いたとき以上の怒りがこみ上げてくる。憤怒という名の熱の棒が延髄に差し込まれて、脳内を灼熱が焦がしていく。頭の頂点から熱くなっていくような怒りに銃を持つ手が震える。
玲子はたった数センチの目と鼻の先に銃口があるにも拘らず、依然落ち着いた表情を崩さない。燃え盛るような怒りを湛えた大門の目とは対照的に、玲子の目は湖畔の月のように冷たかった。そこには怯えもない。それどころかまだ大門に言葉を投げかける。
「――あなたはハルカを愛していたの?」
口元に笑みを浮かべ、玲子は大門に尋ねた。その瞬間大門は怒りに頬を歪め、銃を振りかぶってグリップを思い切り玲子に叩き付けた。それで玲子は力なく床へと倒れ、殴打された額を押さえながら蹲る。
大門は銃口を向ける。それを玲子が顔を上げて見つめた。額が切れて血が流れている。それを見て、大門は自分のしたことを悟り、一瞬逡巡した。だが、それでも余裕があるような笑みを崩さない玲子の態度を見て頭を振って迷いを振り払った。
――この女は悪魔だ。ならば。
大門は銃を向けたまま叫んだ。
「お前は裁かれるべきだ!」
引き金にかかる指に力を込める。大門は遂に見つけた。撃ち抜くべき答えを。目の前のこの女こそが、大門の人生を狂わせた張本人。ハルカの真の仇。
玲子は銃口が蹲る自分へと向けられていると知っていても、大門を見上げて尋ねる。
「私を殺すつもり?」
大門は答えない。今から殺す相手に話すことなどないと思っているのか。玲子を見つめる眼は暗く、奈落のように奥底が見えない。
今の大門には何を言っても通用しない、それを玲子は悟った。だが、それでも玲子は笑う。まるで嘲るような笑みを浮かべ、そして言い放った。
「――でも、もう手遅れよ」
その瞬間、背後から荒々しく巨大な音が響く。地下室の扉が開かれたのだ。あまりに突然なことに大門は玲子から視線を外し、そちらを見た。
刹那、何か熱いものが大門の左胸を貫いた。
何が起こったのか分からずに大門は自分の胸に手を当てる。なぜか、雨に濡れてもいないのにそこは湿っぽかった。手を離してみると、粘っこい感触を覚える。見ると掌が真っ赤に染まっていた。一体どういうことなのか。大門はこの部屋に入ってきた者達を見る。
彼らは一様に黒衣をまとっていた。そのうちのひとりが手に大門の持っているものとよく似たものを持っている。
銃だ。
見れば、それの銃口が真っ直ぐに大門のほうへと向いていた。銃口から放たれるものはひとつしかない。そしてそれが今しがた自分の胸を貫いた。
そこでやっと大門は悟った。
「そうか。俺、撃たれ――」
瞬間、視点が強制的に天井へと向けられる。自分の眼は急にどうかしたのだろうか、と思った。黒い天井なんて見たくないのに。
だがすぐにそれも分かった。足が自分を支える力を失ったのである。
背中に鈍い痛みが走る。それで顔をしかめようにも冷たくなった顔はなぜだか自分の言うことを聞いてくれない。
大門は視線を自分の手に向けた。銃は背中から落ちた瞬間、掌から離れていた。それを拾おうと思っても手が動かない。見ているうちに視界も白熱化したように、真っ白に染まっていく。
視界の端を今、赤い血が流れていく。それはまるで川のように、黒い床を満たしていく。
それをぼんやりと見つめていると、段々脳が遊離するかのように今までの思考が頭から外れていくのが分かった。ハルカのことも、ミヤザキレイコのことも、アキセのことも、キュウケツキのことも、すべて水のように蒸発して消えていく。
残った最後の思考の一滴が大門に告げる。白に染まった脳裏に浮かぶのはひどく単純な文字だった。
「死」
――大門は意味が分からずそれを再認しようとする。
その前に大門の思考は白い闇に閉ざされた。




