あの道を行くと
今日も空は泣いていた。
重たいしずくが、彼女の肌にまとわりつく。
いつものように傘の華たちをすり抜け
いつものように、あの道の前で足を止めた。
騒がしい街の隅にある、小さな横道――。
霧の立ち込めた、少し薄暗くて、不気味なくらい静かで、でもどこか人をひきつける神秘的な道――。
一瞬、
奥からさわやかな風が吹きつけた。
まるで、向こう側の世界へいざなうかのように。
すいよせられるように、彼女はその道へ入っていった。
ハープのような優しげなメロディーが、彼女をさらに誘い込む。
奥へ奥へと進んでいくと、目の前に大きな野原が広がった。
建物も人もない、自然が広がるその場所で、
風の軽やかな舞にあわせ、草花もさわさわとやわらかい旋律を奏でる。
いつの間にか雨はやんでいて、太陽が微笑を投げかけていた。
騒がしいあの街に、こんなに静かな世界が隠れていたなんて――。
私だけが見つけた、静かな場所。
心休める、優しい空間。
静かな、私だけの空間――。
どのくらいそうして歩いていただろう。
だいぶ時間がたった気がしたのに、
太陽は変わらず微笑みを投げかけ、風も変わらず舞い続けている。
まるで来たときから時間がとまってしまったかのように。
それに気づいたときだった。
この空間のすべてを否定する、
頭の痛くなる、さび付いた時計塔の大きな音がしたのは。
気味の悪い、不吉な、いやに大きすぎる鐘の音。
ぞっとした寒気を覚えて、彼女は身震いした。
五感のすべてが、危険だとサイレンを鳴らしている。
帰れ。
今すぐに、帰れ。
全身の脈が早まるのを感じて、
おぼつかない足どりで来た道を急いで引き返す。
帰れ。
早くもとの世界へ帰れ。
耳元で止まない声が心を急かし、
胸の奥から黒くて重たいものが流れ出す。
体を押しつぶすような不安を必死に振り払い、
もと来た道を引き返す。
やっとの思いで入り口に戻ると、
この世界ともとの世界とをつなぐあの道はなく、
威圧感ある大きな鉄の壁が、血のように赤い夕日の中で立ちはだかっていた。