第四話:忘れ物
「良かったじゃないか…… 本当の主人に会えたんだろう?」
ラッキーは無言のままだ。
「早く行ってやれよ お前のこと今までずっと探してたんだろあの子」
ラッキーは黙ったままだ。
「早く行けってば!!」
僕は怒鳴ったが、ラッキーはそこから動こうとしない。
「お前がいなくなって清々するよ 本当の事を言うと迷惑だったんだよ! ワガママだし、食費はかさむ、大家からは文句を言われる、 お前が来てから良い事なん、て―――――」
言葉は続かないのに目からは、しょっぱいものが途切れることなく流れ出る。
ラッキーは何も言わない。 もう嫌われただろうな、そう思った。永遠なんてないことぐらい解っていたのに、いつか別れの時がくることぐらい知っていたのに、そのための練習だって今まで何度もしてきたのに、好きという気持ちが、一緒にいたいという想いが胸の中から溢れ出して、言葉となって出ていきそうだ。
「ラッキーどうしたの?」
女の子がラッキーに駆け寄る。
深呼吸を一回だけして僕は覚悟を決めた。
「じゃあな」
それだけ言うと走り出す。途中、前がぼやけて何度も転びそうになったが何とか耐えた。
「ワオォーーーン」
ラッキーの遠吠えが聞こえる。 体中の細胞が僕の足を止めようと必死だ。
少しだけ覚悟がゆらいだが、振り返ることはない。
今が本当の心を鬼にして対処するべきところだと解っていたから…‥――――――
どうやって帰って来たのかよく覚えてないが、部屋に戻った僕はただじっと座って黒いままのテレビをみていた。
僕はテレビから目を離すことができない。
何故なら見えていたのだ僕には、ブラウン管から映るラッキーとの思い出が…
初めて逢った階段でのこと、仕事から帰ってきて玄関を開けたときのラッキーの姿、ラッキーに愚痴を聞いてもらっている僕の姿、そしてラッキーと別れたときのことが一つ一つゆっくりと映っていた。
気がつくとまた目からしょっぱいものが溢れて視界がぼやけた。 それを手で拭って夢から現実に戻される。
引っ越してきたばかりの頃は、狭い狭いと思っていたワンルームも今は何故か広く感じられる。
周りを見てみると僕の部屋なのに僕の物ではないものが異様に目立つ、それを見ているだけでまた視界がぼやけてきた……‥
あれからもう三年になる。
尊敬していた木村先輩は今度、また昇進するらしく僕はまだまだ足元にも及ばない。
今、僕の目標はいつか木村先輩の右腕として働くことだ。 まぁ何年かかるか解らないが……
プライベートでは、経理の田中さんと二年の交際のすえに結婚することが決まった。
そういえば最近、ラッキーが結婚式に来る夢をみて、もしかしたらなどという期待をしている自分がいる。
しかし、よく考えると今更どんな顔をして逢うつもりなのだろうか、ありがとうの一言も言っていないのに……しかもあれだけ酷い事を言ったのだからラッキーは僕の顔すら見たくないだろう。
沢山あったラッキーの忘れ物もさすがに三年も経てば無くなる。
別に捨てたという訳ではなく今でも大切に押し入れの中に保管している。 というか捨てるに捨てられないだけだろう。 もし捨ててしまったらラッキーと過ごした日々が夢だったのではないかと思えてしまうから、僕とラッキーを繋ぐ唯一の物だから…
僕もいつか人の親になる日がくると思う。
その時は、動物と触れ合うことの楽しさや相手を思いやる優しさ、命の尊さなどを教えるために、真っ先にペットを飼って子供と一緒になって遊ぼうと思う。
名前はもう決まっている……‥幸運だ。
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